夜に瞬く

作者:遠藤にんし


 夜まで続く都市の賑わいも、住宅地に入ってしまえばしじまの中に消える。
 住宅地には人気がない……皆、家の中で休んでいるのだろう。
 きらりと空に光ったのは、青白い怪魚の姿。
 不気味な色を持つ怪魚は3体。3体で1つの円を描くように怪魚は浮遊し、幾重にも描かれた円はやがて歪み、魔法陣へと変わる。
 ――魔法陣の中から現れたものは樹木に似ていたが、樹木と呼ぶのはためらわれるもの。
 根は絡み合いながら絶え間なく動き回り、ばさばさと乾いた表皮の隙間からは赤い樹液が滴り、葉は黒い泥のようなものに変わっている。
 形から辛うじて、もみの木だと分かる程度だ。
 怪魚……死神によて召喚されたもみの木は、苦しげに踊りながら、街へと向かう。
 クリスマスの賑わいに溢れ、イルミネーションの灯る街へ、虐殺を贈るために。
 

「死神が、虐殺をしようとしています」
 ユーベル・クラルハイト(マルチレイヤストラクチャ・e07520)は告げ、続きは高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)が引き受けた。
「3体の死神によって、先日撃破されたはずの攻性植物が蘇った。彼らは、中心街にいる人々を殺そうとしているようだ」
 怪魚型の死神は下級の存在で知性が低く、会話などは出来ない。
 召喚された攻性植物も、元からは変異した存在――彼らに死をもたらす以外に、彼らを止める方法はない。
「死神の出現地は、ある住宅地だ。時刻は23時30分くらい、人通りはほとんどない」
 家屋に人はいるが、ケルベロスが赴くとなれば事前に避難勧告は出せる。
 人を巻き込む心配はほとんどないだろう。
 また、死神が攻性植物を召喚するまで、死神への攻撃はしないでほしいと冴は言う。
「召喚前の死神を攻撃すると、死神は逃げ出して、別の場所で事件を起こしてしまう。そうなると、事件を追うことが出来なくなるからね……」
 目の前に敵がいるのに攻撃出来ない、というのは歯痒いことかもしれない。
 しかし、そうしなければまた別の所で人命が奪われてしまうだろう。
「攻性植物をクラッシャーに、怪魚型死神をスナイパーに置いた、攻撃主体の戦い方をするようだ。攻性植物は死神に対してはヒールをすることもある」
 ――このまま怪魚と攻性植物を放っておけば、彼らはイルミネーションの灯る街へと繰り出し、そこにいる人々を襲いだすだろう。
「時期が時期で、カップルも多いことだろう。彼らの幸せがこんな形で奪われないようにするためには、君たちの力が必要なんだ」


参加者
天音・藍(白夜の炎虎・e00461)
星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)
林崎・利勝(蜀犬日に吠ゆ・e03256)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
儀竜・焔羅(咆撃要塞・e04660)
小鳥田・古都子(ことこと・e05779)
エフイー・ゼノ(闇と光を両断せし機人・e08092)

■リプレイ


 地上に降り立ったもみの木は、中心街へと一歩、根を伸ばす。
 ――その時、何かがその根に喰い込んだ。
 ……立ち止まり、身をよじる攻性植物。後ろをついて泳いでいた怪魚型死神も動きを止めた。
 そこに姿を見せたのは星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)らケルベロス。
「クリスマスっぽいっていえば『ぽい』のかもしれんけど……」
 光は呟き、ハウリングリボルバーを攻性植物へと向ける。
 根に喰い込んだのは光の撃ち込んだ弾丸。それに気付いているのか、あるいは目の前の生き物を殺したいのか、攻性植物と死神は先ほどとは異なる慎重さで、ゆっくりとケルベロス達に近付いていく。
 小鳥田・古都子(ことこと・e05779)は、死神が攻性植物を蘇らせる間に思っていたことを再び想起する。
(「……敵を逃がさず倒す。被害を出さない。皆で無事に帰る」)
 仲間とは十分に相談してきた。自分もたくさん考えてきた。深呼吸もして、気持ちは落ち着かせてきた。
 あとは、やるだけ。
 竜の翼を大きく広げ、古都子は守護星座を地面いっぱいに描く。暗い住宅街の中で仄かに光るそれらは戦場いっぱいに広がり、仲間へと癒しの力を付与する。
 炎と共に儀竜・焔羅(咆撃要塞・e04660)のライドキャリバーは攻性植物の背後に回り込み、突撃をおこなう。攻性植物の正面から焔羅はゼログラビトンで挟撃、逃げることも進むことも彼らに許さなかった。
 リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)の射出した御業は攻性植物を超え、死神へと向かう。
 巨大な光線に薙がれ、姿勢を崩す死神たち――攻性植物はすかさず一体へと回復を施した。
 体勢を整えた死神は黒々とした瞳をリーズレットに向ける。無感動な瞳の死神がその場で宙返りをすると、そこに黒い弾丸が出現した。
 出現すると同時に放たれた弾丸は二つ、いずれもリーズレットの瞳を狙っていた――文字通り眼前に迫る弾丸は、しかしエフイー・ゼノ(闇と光を両断せし機人・e08092)によって阻まれる。
「ゼノさん――」
 リーズレットが呼びかけようとした時、エフイーはまばゆく輝く果実で味方へと守りを捧げていた。
「……大丈夫か? リーズレット」
「大丈夫だぞ! ……ありがと!」
 そんな二人の様子をちらと見てから、三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)は両腕を大きく広げる。
 着物の袖の下から鋭い何かが走りだし、攻性植物の元で炸裂した。着物の下に隠したミサイルポッドからの攻撃を、攻性植物は避けることも出来ない。
 林崎・利勝(蜀犬日に吠ゆ・e03256)が藤四郎祐定による斬撃を攻性植物に浴びせかけようとも、攻性植物の外見上の変化はない――だが、利勝が焦ることはなかった。
 利勝の刃が与えたのは内部汚染のみ。決して見えないダメージが攻性植物を苛み、苦しみを与えているのだから。
「あたしのスナイピングポイントはちゃんと用意されてるわね、よしよし」
 天音・藍(白夜の炎虎・e00461)はにっと笑い、ケルベロスたちの最後方へと位置取って手を掲げる。
「群装、押し潰せ!」
 藍の言葉に姿を見せたのは地獄――今ではもう地獄となってしまった存在。
 魔力弾の雨は激しく攻性植物へと降り注ぐ。広い範囲へと注ぐ炎は攻性植物の退路を奪い、炎群を無防備に受け入れることを強要していた。


 撃ち込まれた・降り注いだ弾丸を抜くことも弾痕を癒すこともなく、攻性植物は枝をくねらせてケルベロスらへ立ち向かう。
 枝を受けとめたのは千尋だった。胴を締め上げる枝の力は強く、千尋は声にならない息を吐き出すほかない――だが、刃と一体化した心は、あらゆる攻撃を断つだけの強さを千尋に与えていた。
 攻撃を受けようとも、千尋が前衛から下がることは絶対にない。
 そんな千尋の背後からリーズレットの時空凍結弾と響のブレスが放たれる。二つの攻撃は逸れることなく攻性植物へと向かい、見事に命中した――中衛と後衛の彼らが、前衛のアタッカーが攻撃に専心するためにも、ディフェンダーの千尋は矢面に立ち続けるつもりだった。
 焔羅はひらりとヴォルクスに飛び乗ると、死神の放つ弾丸を避けてアームドフォートの主砲を一斉斉射。ヴォルクスで移動しながら撃ち込まれる攻撃に攻性植物は翻弄され続け、その隙を古都子が狙う。
「……此処!」
 動き回る攻性植物の体幹へ、古都子はバイオレンスギターのピックを投げつける。ピックが刺さる衝撃そのものはそう強いものではない――反撃しようとした攻性植物だったが、全身に痺れるような倦怠を覚え、その動きは半端に止まる。
 その隙をついてエフイーは攻勢植物へ肉薄し、暴風を伴う回し蹴りを放つ――その風は後衛に立つリーズレットにすら届くほど激しく、ボクスドラゴンの響はリーズレットの頭上から吹き飛ばされないように必死でしがみついていた。
「逃がさない、ってね!」
 藍の持つブラックスライムは銃を模り、黒い弾丸を撃ちだす。ダメージを与えることも大切だったが、どちらかといえば攻性植物の動きを止めることが目的だった。
 普段は丁寧な物腰で人と接する利勝だが、敵に対しては違う。敵への眼差しは鋭く研いだ刀よりも鋭く、外の空気以上に冷ややかだった。
 根を伸ばして攻撃することが多い攻性植物の根を、利勝は急所であると見抜いて断つ。その瞬間攻性植物は体勢を崩し、うずくまるような形を取った。
「とどめをお願いします」
 利勝の言葉に、光は勢いよく飛び出して。
「往生際が悪いのはよくないね」
 言って、光は片方の手でハウリングリボルバーを構え、もう片方の手でウルブズハットを押さえる。
「キッチリ消えてもらわないと!」
 告げて放たれた弾丸――幹の最奥へと到達した瞬間。
 攻性植物は塵の山と化し、二度目の死を迎えた。


 山のような塵をかき乱したのは、死神のひれを打って泳ぎだす動き。
 あっという間に塵は山の形から崩れ、小さな塊を作る。その塊は三つの弾丸となり、三人のケルベロスを狙う。
 一人はとどめを刺した光。渾身の一撃によって消耗した体力を回復する余裕もない光には、それを避けることは出来ない。
 そんな光への攻撃を受け止めたのは千尋。千尋は右手の日本刀で弾丸を斬り払い、左手の斬霊刀で死神の守りを打ち破る突きを放った。
「お勤めはちゃんと果たすさ」
 ねえ、と笑いかけられた藍へと、もうひとつの弾丸が向かう。
 それを助けたのはヴォルクス。炎と煙を上げて藍と弾丸の間に割り入ったヴォルクスが勢いのままに弾丸を破壊するのを見て、焔羅は満足げにうなずくのだった。
「良くやった、ヴォルクス」
 声をかける焔羅のそば、三番目に狙われたのはリーズレット。
 リーズレットの胸めがけて射られた弾丸の射線を読み、エフイーは弾丸を背で受け止める。銀の長髪が、背中ではらりと揺れた。
 ふたりの視線が交錯する――互いの無事を確かめるように。
「おやおやぁ。王子様に助けて貰えるとは羨ましいねぇ」
 愉快そうな声は千尋のもの。リーズレットはびっくりして思わずそちらを見るが、エフイーに名を呼ばれて向き直る。
「援護を頼む……後ろは任せたぞ」
「待って!」
 駆け出そうとするエフイーを呼び止めると、リーズレットは両手でエフイーの顔を挟む。
 手といっても、素手ではない。肉球グローブをはめた手だ。
「皆大好きにくきゅうぷにぷに、癒しの時間がやってきたぞー!」
 ホンモノの肉球さながらのぷにぷに感。腕をいっぱいに伸ばしてエフイーにヒールを施すリーズレットの姿も含めて、癒しが体中に広がっていく。
 ヒール中の隙を埋めるように、古都子は新たに取り出したギターピックで「片翼のアルカディア」を奏で始める。
 力強い曲はケルベロスに接近しようとしていた死神をその場に押しとどめるだけでなく、それ以上動かないように戒める力も持っていた。
 古都子によって与えられた戒め――この瞬間を無駄にするまいと、藍は声を張り上げる。
「そこを、うごくなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 口汚い藍の咆哮に、死神は戒めを解こうという努力すら忘れて硬直する。
 焔羅は自分の元に戻ってきたヴォルクスに飛び乗ると戦場を駆け巡った。コンクリートの地面に轍は残らないが、その代わりに後からは小型無人機が発生し、仲間へと癒しを振りまいていた。
「空になっちゃったね――」
 ハウリングリボルバーを手に、光はつぶやく。
 光の全身を包み込むのは荒野の風。光は無防備とも思える様子で死神へと歩み寄り、すれ違いざまに銃を抜いた。
 中身は空のはずだった――しかし、何かが死神を捉えた。
「出来ることはやってみせるよ。今だって、一仕事くらいはさ」
 銃声の代わりに響いたのはそんな声。撃ち込まれた重力は、音もなく死神の内側を破壊していく。
 とどめを刺そうと、利勝は備州法光を閃かせる――すんでのところでかわす死神を見据える利勝は、ごく低い声で。
「ええ加減にせえよ。命をおもちゃかなんかと勘違いしとるんとちゃうんか、このボケ」
 出身地の方言を剥き出しにつぶやいて、利勝は更に死神へと迫るのだった。


 攻撃を避けられた怒り、死神への嫌悪と敵愾心をあらわにし、利勝は死神にひと太刀を浴びせかける。
 爆音――銃火器を用いたのかと思うほどのそれは、しかし確かに利勝の刀から。
 音すら置き去りにした強力無比なる一撃が振るわれるのから一拍遅れて響いた音と共に、死神の一体は力なく地に伏せる。
 残るは二体。だが、いずれもダメージは蓄積している。
 そう見て取り、焔羅はひらりとヴォルクスから飛び降りると、武装を全て展開した。
「地獄の業火はこの身に宿り、この地に顕現せし」
 焔羅が述べると同時に武装の全てが火を噴いた――輝きは白。圧倒されるほどの火力を浴びながらも、死神は口を開き、古都子へと噛み付く。
「……っ!」
 突然の攻撃に瞠目し、息を詰まらせる古都子。戦いの前に押し込めたはずの不安が一気に噴出する――その寸前、古都子は柔らかな光に包まれた。
「不屈なる者、不変なる者、不退なる者。栄光の道、来たれり」
 もう一体の死神の攻撃を受け止めるエフイーによる女神の凱旋……それが古都子を不安と緊張の中から救い出し、更なる戦いの力を付与した。
 ギターをかき鳴らし、歌声を張り上げる古都子。歌声は一体の死神を撃墜させ、残るは一体のみ。
 ――機械の駆動する低い音は、千尋の右腕から。
「両手の刀だけがアタシの剣じゃないんだよねぇ――三本目の刃、受けてみるかい?」
 いつ間合いを詰めたのかも分からなかった。いつレーザーブレードユニットが死神に振るわれたのかも分からなかった。
 だが、両断された死神は千尋の足元に落ち。
 千尋はケルベロスたちに、にぃと笑って見せていた。

「ふぅ……。任務成功、でいいのかな。お疲れ様でした」
 言って、古都子は初めての笑顔を浮かべる。
「あぁ、お疲れ。――ま、まだやることはちょっとだけあるね」
 千尋は言い、古都子と共に後片付けを始めることにした。
「ったく、廃品回収でもあるまいに……」
 戦場の後片付けをしつつ、光はそうぼやく。
 四体もの敵と戦って疲れているというのに、後片付けもしなければいけないとは……本当に、死神というのは厄介な存在だった。
 響は定位置であるリーズレットの頭上に戻ってご機嫌な様子。主であるリーズレットはといえば、ジャンガリアンハムスターのファミリアロッドである藍とブラックスライムのユキを今日は使ってあげられなかったことを、ちょっとだけ気にしている様子だった。
「今度は、ちゃんと使ってあげないとな」
 思うリーズレットの隣には、エフイーの姿がある。
 崩れた塀の欠片を除去して、ヒールをして、避難勧告を取り下げて……これからやるべきことを考えるエフイーは、そっと溜息をつく。
「まだまだ……やることは残っているな」
 焔羅は黙々と破片や瓦礫を拾っていく。
 年末も近い時期だというのにこんな物騒な事件が起こったことは焔羅からすれば残念なこと……だが、死神からすれば年末だ何だということが無関係なのだろうとも分かっていた。
 ――全ての始末をつけてから、利勝は中心街の方へと目を向ける。
 賑わいは、かすかにここまで届いている。クリスマス前の賑わいに彩られた街では、きっとたくさんの人の喜びと楽しみが溢れていることだろう。
 それを守れたことに、利勝は心から安堵するのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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