竜吼ファンファーレ

作者:三咲ひろの

 鉄筋コンクリートのビルが、轟音を立てて沈み込んだ。
 大量の瓦礫が、駅へ続く道路を埋める。

 グオァァァァアア!

 地響きのような低い咆哮に、人々は身を竦ませ、土煙の向こうに目を凝らした。
 現れたのは、全長10メートルはあろうかというドラゴン。
 ドラゴンは大きな爪で目の前の建物を薙ぎ倒し、首をもたげた。次の瞬間、凶悪な口から吐き出される灼熱の炎。
 瓦礫を踏み越え、ドラゴンは街の中心を目指す。あり得ない光景を目にして立ち竦む人、泣き出す子ども、腰を抜かす老婦人。それらの命を、等しく奪うために。
 本能が警鐘を鳴らす。逃げろ逃げろ逃げろ!
 空から、炎が降り注ぐ。
 ヘリオライダーの笹島・ねむが予知した事件は、耳を疑うものだった。
「ドラゴンです、ドラゴンが来ますっ!」
 それは、先の大戦末期に封印されたドラゴンの復活。
 忽然と現れたドラゴンは翼を持つ爬虫類に似た姿をしているが、復活したばかりでグラビティ・チェインが枯渇している為か、空を飛ぶことはできないようだった。
 代わりにドラゴンは、ビルを薙ぎ倒しながら人が集まる駅前の商店街へ向かう。狙うのは人々の命と、グラビティ・チェイン。
 辿り着いた先で起きるのは、命を踏み潰し町を炎に染める阿鼻叫喚の虐殺だ。
 現場は埼玉県所沢市。県南西部にあるここは東京のベッドタウンで、駅周辺は通勤通学や買い物客で賑わっている。
 ドラゴンは、駅と逆側の商店街入口が接する街道に現れる。出現直後に攻撃を仕掛け、人が多い商店街に着く前に仕留めて欲しい。
「入口? それとも出口? でもドラゴンから見たら入口ですよねっ」 
 一部建造物の破壊は免れないだろうが、町はヒールで修復できるのでドラゴン撃破に注力できるだろう。
 弱体化してもドラゴンは驚異的な力を保っている。その攻撃は3種類。広範囲に降り注ぐ炎のブレス、手足の爪は高速で対象を貫き、太い尾は一閃で周囲を薙ぎ払う。どれも看過できない威力だ。
「市民に、避難勧告をお願いします」
 ドラゴンは沢山の命を奪い力を蓄えれば、すぐにでも飛び去ってしまう。その前に決着をつける必要があった。
 ねむは、もうひとつの願いを口にした。
「みんなも、無事に帰って来ましょうね!」
 暁月・ミコトは、驚きを隠せない声音で呟いた。
「ドラゴン、ですか……まさか、そんなものが」
 驚愕が過ぎた後に残るのは、強い決意。
「けれど、どんな相手だとしても殺戮なんて許せません。僕たちの力で、ドラゴンを倒しましょう」
 この手には、戦う力があるのだ。


参加者
ゾゾ・シュレディンガー(レプリカントの鹵獲術士・e00113)
セルジュ・ラクルテル(紅竜・e00249)
佐原・エイキチ(普通のカフェ店員・e00251)
石馬・無明(人生は無駄の積み重ねである・e02609)
望月・克至(黎明の月・e03450)
御影・籐眞(十年磨一剣・e04536)
ヴァイス・グラニート(餓竜・e04691)
牧野・慎也(使い捨ての刃・e04845)

■リプレイ

●吼える
 ドラゴンの咆哮は空を震わせ、ビルの窓ガラスが軋んだ音を立てた。
 背の翼に巨体を浮かべる力はない。長き封印で力が枯渇しているのだ。ドラゴンは苛立ちに任せてブレスを撒き散らす。
 苛烈な炎が収まった次の瞬間、空から人が降り立った。
「ここから先は人もドラゴンも立ち入り禁止だ! 死にたくなけりゃ、これ以上進むんじゃねぇぜ!」
 真紅のケルベロスコートに身を包んだ石馬・無明(人生は無駄の積み重ねである・e02609)が強い殺気を放つ。逃げ遅れていた人々がその場を離れようと身体を動かした。
 ポニーテールをゆるく振り、佐原・エイキチ(普通のカフェ店員・e00251)は口元を笑みの形に引き上げた。
「初めての戦いがドラゴンって、めちゃくちゃカッコイイじゃん俺たち!」
 軽い口調の裏で、エイキチの目は逃げ遅れた一般人を探す。
「僕は避難誘導に行きます。ボクスドラゴンはみんなと足止めをお願いするね」
 避難誘導に向かう前に、望月・克至(黎明の月・e03450)がサーヴァントに交戦の指示を出す。彼のボクスドラゴンは敵に精一杯の威嚇をしてみせるが、可愛らしい姿は笑みを誘った。
 ゾゾ・シュレディンガー(レプリカントの鹵獲術士・e00113)が時間稼ぎは任せておけと請け負った。
「ここに釘づけにしてやるよ。避難誘導は頼んだぞ!」

 足止め役に残ったのは6人。巨大な敵を前に、怯える者はいなかった。
「ふふ、見るからに強敵って感じよね。ワクワクしてくるわ……!」
 セルジュ・ラクルテル(紅竜・e00249)の胸に宿るのは、強大な敵に相対することへの期待感。
「初依頼が竜狩りとは、なかなか楽しいことになりそうですね」
 御影・籐眞(十年磨一剣・e04536)の穏やかな口調の奥には、敵の撃破と無事の帰還を果たす強い意志がある。
「さて、斬りましょう」
 牧野・慎也(使い捨ての刃・e04845)は、ニコニコと笑顔のまま無造作に斬霊刀を引き抜いた。
 ドラゴンが、大きく空へ咆哮する。それは力を取り戻すための生贄を見つけた喜びの声。
 戦いの始まりに、ヴァイス・グラニート(餓竜・e04691)はその身に纏う空気を一変させ、金色の瞳を狂気の色に染めた。
「喰らってやる」
 凶暴さの滲む声で宣言すると、ドラゴンを挑発するようにブレイスクラッシュを叩き込んだ。

●飛べない翼
 戦いの空気を感じながら、克至は避難誘導の声を上げる。
「大丈夫です、皆さん落ち着いて避難してください」
 ドラゴンを茫然と見上げていた人々が我に返り、安全な場所へ避難を始める。
 エイキチは、座り込んでしまっている子どもに気さくな口調で声をかけた。
「どうした坊主、お母さんとはぐれちまったのかァ?」
 動ける人には言葉で促し、自力で避難できない場合は手を貸し導くことで、一般人の避難は大きな混乱もなく進んでいく。同じく誘導を担う暁月・ミコト(地球人のブレイズキャリバー・en0027)に声をかけたのは、支援に来た仲間だった。
 人が多く集う商店街に避難指示を出した掃田・銀河(レプリカントのウィッチドクター・e00478)達は、逃げ遅れた市民を探して声をかけていた。
「少しでも早く合流して頂けるよう、この国木田、やりますぞ!」
 国木田・祐一(地球人のガンスリンガー・e05476)が示したルートに、人々が列を成して行く。その流れから離れた場所にポツリと立つ少女を見つけ、功刀・夏芽(日輪の魔法図書館・e01214)が駆け寄った。
「動けるかい? 安全な場所に案内するから、しっかり着いてきて!」
 結城・灰(地球人の降魔拳士・e07604)は戦闘の余波を防ぐため人々の後方についた。ドラゴンが起こす風圧や瓦礫が届かぬよう、万が一被害があればフォローすべく目を配る。
 逢川・アイカ(レプリカントの降魔拳士・e02654)が、ミコトの連れた怪我人に手を貸そうと声をかけた。
「ここからはあたしたちに任せて、戦闘に戻ってください」
 一刻も早く力を集中させ、ドラゴンを倒したい。それが関わる皆の思いだ。
 戦闘区域外に出れば、避難誘導する警察の姿もある。この辺りで十分だろう。克至達はそう判断すると戦場を振り返った。ドラゴンの吐き出す炎が、空を赤く染めている。
「それじゃ、あとは任せたぜ」
 エイキチは逸る気持ちを抑え、戦いの場へ駆け出した。

●力、今此処に
「とりあえず、無いよりマシの保険です。慎重に行きましょう」
 籐眞がヒールドローンで自分を含めた前衛4人の守りを強化した――その直後。ビルの窓ガラスを割り砕きながらドラゴンの尾が迫り、前衛がまとめてなぎ倒される。弱体化していても、敵は究極の戦闘種族デウスエクス・ドラゴニア。その一撃は目を見張るほどの威力だ。
「好き勝手はさせねぇよ! 的がこんだけでかいなら、その脚だって縫い付けてやる」
 突破を防ぐゾゾの掌から、炎の竜が放たれた。彼女のボクスドラゴンが炎のブレスを吐く。素早く立ち上がったセルジュが、テイルスイングで反対の足を狙った。
 敵が振り切った尾を足掛かりに、慎也がドラゴンの背を駆けた。狙うは急所――眼球だ。半ばで振り落とされかけて的を翼に変えたが、斬霊斬はドラゴンの身体に毒を残した。 
 ドラゴンは威嚇に翼を広げた。彼らの繰り出すグラビティが己を脅かすものだと気付いたのだろう。6人を睥睨する目に敵意が宿る。
 次いで繰り出された爪は鉄骨のビルを傾ける程の威力だった。
「やれやれ、コイツは中々にヘヴィだな。まぁ、飛ばないだけマシってモンか」
 攻撃を避けた無明は、破壊されたビルを省みて肩を竦める。少人数で時間を稼ぐ戦いに、困難は覚悟の上だ。
 近くに人影がなくなったことを横目で確認しつつ、セルジュは攻撃の手を休めず動き続ける。幻影を作り三方向からの同時斬撃を繰り出すのは、無明が得手とする暗殺剣 阿修羅。無明の斬霊刀がドラゴンの腕に突き刺さった。
 ミミックの八八花が大きく口を開け、ドラゴンに喰らいつきその足を捕らえる。好機を見た慎也がすかさず斬り込んだ。雷を纏う刃が神速の速さでドラゴンに迫るがドラゴンは首を捻って突きを避けた。その合間を縫って突き入れられた一撃。スピードと的確さを重視した籐眞の攻撃は、彼の意図通りドラゴンの意識を惹きつける。
 ドラゴンが大きく力を溜めた。注意深く観察していたヴァイスが前兆に気付き、仲間達に警告する。
「ブレスに備えろ!」
 直後に降り注いだ炎のブレスは、まさに烈火。
 胸の底、熾火のような想いがヴァイスを動かす。過去を捨て、その身に狂気を纏おうとも、弱き者を助ける嘗ての想いは確かにあった。
「無事……か?」
 仲間を庇って炎を受ける。振り返ると、疲労の色が濃いながらも頷きが返ってきた。まだ、戦える。
 アスファルトに落ちた炎が消える前に、ドラゴンが鋭く足を踏み出した。狙いはセルジュ。彼女の身体が引き裂かれようとしたその時。
 ドン。強い衝撃音とともに、ドラゴンの爪へ弾丸がめり込んだ。凶器を封じられたドラゴンが、吼える。
 後方から目にも止まらぬ速さで撃抜いたのは、避難誘導を終えたエイキチだった。
「待たせたな。ここからは、俺らもバンバン撃ってくぜェ!」
 リボルバー銃を構え、ドラゴンと相対する。
「僕も、皆さんと戦います」
 ミコトは真っ直な瞳でドラゴンを見据える。ケルベロスチェインを携えてクラッシャーのポジションについた。
 慈雨のように降り注ぐのは、薬液の雨。
「すぐに回復を!」
 克至のメディカルレインが、特にダメージの大きい前衛を癒していく。それは体力の回復とともに、仲間の心を鼓舞した。
 全員が揃った。ここからが本番だ。

●竜吼ファンファーレ
 ヒールドローンで体制を立て直すと、籐眞はドラゴンテイルを掻い潜り、今まで以上に攻め入って行く。
 攻撃の余波で抉られた瓦礫が舞う中、慎也は敵前で刀を引いた。叩き付けるような鍔鳴りが戦場に響く。松に鶴。それは味方を癒す破邪の音。
「それでは、また斬りましょうか」
 自然な動作で、斬ることが無上の喜びのように。慎也は笑顔のまま、ドラゴンへ狂気を向けた。
 ドラゴンの足元にばら撒かれる弾丸は、エイキチの制圧射撃だ。的確な攻撃はドラゴンの侵攻を食い止める。鎖に地獄の炎を纏わせたミコトが、それに合わせて敵を打ち据えた。無明の斬霊刀がドラゴンの左足を狙って繰り出される。しかしそれは、フェイク。空いた胴体に触れた掌から、螺旋の力が放たれドラゴンを内部から破壊する。
 増えた手数を捌き切れず、ドラゴンが闇雲に尾を振り回す。信号機が巻き込まれて横倒しになる。前衛が防御に備える間に、後方から雷撃が落ちた。
「いざ、その身に受けよ退魔の雷!」
 克至の構えた杖から激しい雷が迸り、ドラゴンの頭部を捉えた。
「アタシ、力の制御って苦手なの…。だから、手加減はできないわよ?」
 セルジュが解放するのは、制御しきれない強大な力。渦巻く炎が肩から指先まで包み込む。
「さあ、最大火力よ! 喰らい尽くしてあげるわ……!」
 触れるもの全てを焼き尽くす炎竜の牙がドラゴンに突き刺さるのに続いて、ドラゴンの腹部へ素早く駆け込んだのは籐眞だ。
「無駄なく、隙なく、油断なし。渾身の技、受けて貰おうか!」
 放たれる撃剣 鳳仙華。鋭い斬撃と刺突の乱撃は、赤く咲き、弾けるホウセンカのよう。
「汝爆ぜて、虚空に滅せ」
 攻撃をまともに食らったドラゴンが足を崩すと、ヴァイスはビルの瓦礫を駆け上がり、蹴りつける動作でドラゴンに向けて飛翔した。その背には地獄化した翼。羽ばたき勢いを増してドラゴンの喉元に喰らいつく。
 漆黒を纏う飢牙に魂を貪られ、ドラゴンが大きく咆哮した。それは、絶叫。
 ここが最後の力を合わせる時だ。エイキチは真っ黒な鉄塊剣を引き抜き前線に駆け上がる。振るう剣が、重厚無比な一撃を加えた。
 ゾゾが魔導書を繰る。
「せめてドラゴン退治らしく、引導渡してやらぁ」
 危険を察したドラゴンが炎のブレスを吐き出すよりも早く、召喚されたのは氷河期の精霊。猛烈に打ち付ける吹雪がドラゴンを固い氷に閉ざす。
 そしてそれきり――動かなくなった。
 バキリ、と氷漬けのドラゴンの背から羽がもげて、地面に触れる前に消滅する。

 斬るモノをなくした慎也が、無造作に刀をしまった。
 後に残ったのは、壊れたビルと焼けたアスファルト。瓦礫の積もる街並みだけ。
「ふー…何とか終わりましたね」
 ボクスドラゴンを抱きあげて、克至が大きく息をついた。当初の予想した状況より小規模な被害に、セルジュも胸を撫で下ろす。
 消滅するドラゴンから力の欠片を取り入れて、ヴァイスはゆるりと金色の瞳を細めた。
「貴様の力、俺の糧にさせて貰うぞ」
 倒壊するドラゴンの身体の全てが、解けて消えていく。
 目覚めの勇壮な咆哮に代わり、瓦礫の降る物悲しい音が消滅するドラゴンを見送った。

作者:三咲ひろの 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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