●決戦の火蓋
夜。かすみがうらのとある廃工場に、無数の人影があった。
不良の若者達である。
「逃げずにここに来たことは誉めてアゲルワ」
熊のぬいぐるみを胸に抱えた黒髪の娘が、くすくす笑う。
「はん、言ってくれやがったなぁ!」
対峙するのは、髪の一部を白く染めた、いかつい少年。彼は怒りを露わにし、腕をまくって、娘に指を突きつけた。
「いいな、ミサ! てめぇはこの俺、タツキ様がボコってやるからな!」
「ふふ、その強気がいつまで続くのカシラ?」
つまりは、これは決闘である。
リーダー同士で戦い、負けた方のグループが、勝った方のグループの傘下に入る、という取り決めのもとでの、果たし合いだ。
ただし――ミサもタツキも、普通の人間では、ない。
「行くぜ白竜丸……うおおお!」
タツキの両腕が、叫びと共にサボテンめいたものへと変わって。
「おいでナサイ? バラバラにしてアゲルワ」
微笑みを崩さないミサの片腕は蔓へと変化し、無数の黒薔薇を咲かせる。
デウスエクス同士の戦いが、始まろうとしていた。
●ヘリオライダーは語る
「――ただの抗争事件ならば、ケルベロスの皆さんが関わる必要はないのですが……」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は真剣な表情で話す。
「若者の中に、デウスエクスである、攻性植物の果実を体内に受け入れ、異形化した人物がいるとなると、話は別です」
しかも、と彼女は続ける。
「彼らは、攻性植物化した人物同士をグループの代表として決闘を行い、『負けたグループは勝ったグループの傘下に入る』……という戦いを始めたようなんです」
もし、この状況を放置すれば――。
「かすみがうらの攻性植物が一つの集団に統一され、デウスエクスの強力な組織ができあがってしまう恐れがあります。……よって、攻性植物の撃破を、お願いします」
セリカは丁寧に頭を下げてから、補足する。
「攻性植物同士の決闘の場に乗り込むことになりますが、もし攻性植物2体が一時休戦してケルベロスの皆さんと戦うようなことになれば、戦闘で勝利することは困難になると思われます」
よって。
「1体だけでも、確実に攻性植物を撃破できるような工夫が必要かもしれません」
攻性植物2体を除いた若者達はただの人間であり、脅威には全くならない。攻性植物とケルベロスが戦いを始めれば、勝手に逃げていくと考えられる、という。
「2体の攻性植物は、それぞれ、黒薔薇とサボテンです。黒薔薇を操るのは熊のぬいぐるみを持ったヴィジュアル系の若い女性で、サボテンの方は直情的な印象の若い男性でした。女性は『ミサ』、男性は『タツキ』という名前のようです」
2体とも、大地に融合して飲み込んでくる攻撃、および破壊光線による攻撃を行う。さらに、ミサには蔓触手、タツキには捕食という異なる攻撃手段がある。
なお、ミサはジャマー、タツキはクラッシャーのようだ。
「攻性植物がこのまま組織化するような事態を、見逃すわけにはいきません。どうか、よろしくお願いします」
そう言い、セリカは再び深くお辞儀をした。
参加者 | |
---|---|
星喰・九尾(星海の放浪者・e00158) |
朧月・咲楽(闇夜静煌咲紅黒桜・e01003) |
シュミラクル・ミラーゲロ(ヴレイビングキャンセラー・e01130) |
神無月・明人(天に唾する・e02952) |
リンダ・ラブレース(小悪魔スパイガール・e03050) |
糸瀬・恵(好奇心は猫をも殺す・e04085) |
プロデュー・マス(黒猫ピーやん・e13730) |
狗塚・潤平(青天白日・e19493) |
●黒暗
現場の廃工場近くに到着したケルベロス達。
その1人、糸瀬・恵(好奇心は猫をも殺す・e04085)が、簡単な偵察から戻ってきて、告げた。
「残念ながら、戦場を分断するのは無理なようです」
「ってことはだぁ、タツキの攻撃もこっちに届くのか? ちっ、面倒くせえなぁ」
神無月・明人(天に唾する・e02952)が舌打ちする。
「まあ、なんとかなるじゃろうて」
露出度の高い桃色の着物を纏った、星喰・九尾(星海の放浪者・e00158)が、余裕のある表情で言い放つ。
「そうだな。作戦通り、班分けするしかねぇだろうしな」
「ええ。こちらの班でタツキの気を引くことさえできれば、連携して攻撃してくるようなことは避けられるはずよ」
狗塚・潤平(青天白日・e19493)と、リンダ・ラブレース(小悪魔スパイガール・e03050)が、それぞれ頷く。
「しかし、力欲しさにここまでするとは……気持ちは分かるが、真っ向から否定せざるを得ないな」
攻性植物の力に手を染めたミサとタツキを遠目に見やり、朧月・咲楽(闇夜静煌咲紅黒桜・e01003)は呟いた。
「別に、若い子がエネルギーに満ち溢れているのは構わないと思うわ。ただそのエネルギーの出所が問題なのよね……」
白の戦闘装束に全身を包んだ、シュミラクル・ミラーゲロ(ヴレイビングキャンセラー・e01130)が肩をすくめる。
「全くだな。……攻性植物を使って自分達のために抗争か、呆れるやら嘆かわしいやら……」
プロデュー・マス(黒猫ピーやん・e13730)は咲楽とシュミラクルに頷いてから、ミサとタツキのいる方向に向き直った。
「そろそろだな。行こう」
プロデューは駆け出して、床を蹴り、高く跳躍。取り巻きの一般人達の頭上を跳び越え、相対するミサとタツキの間に降り立った。
●白黒
「!?」
「あん?」
ミサとタツキは、突如として目の前に出現した闖入者に驚く。一般人達もどよめいた。
闖入者、すなわちプロデューは、素早く地面に手をつく。
――鬼気滅焼・原罪樹縛(シン・ブレイズ・ムスペルヘイム)。
「足掻いたところで逃れる道理はもはやない。燃え尽きろ、我が罪過に縛られて!」
プロデューの攻性植物が瞬く間に繁殖し、タツキを絡め取ったかと思うと、直後、地獄の炎が蔓を這い伝わり、タツキの身を焼いた。『火薬の庭』の顕現。その炎は怒りを伝播して、タツキの注意をプロデューに向ける。
「う、うわぁっ!」
一般人の不良達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「おっしゃー!」
潤平は自分の拳を打ち合わせて気合を入れ、獣化したその拳でもってタツキに殴りかかった。回避され、潤平は素早く体勢を整え、タツキに向き直る。
「お仲間がたくさんいねぇと怖いのか? だっせーな」
「てめぇ、何言ってんだ?」
ぎろりと潤平を睨むタツキ。そこに続いて飛び込むのはリンダだ。螺旋を籠めた掌でタツキの身に軽く触れ、破壊すると共に、言葉を放つ。
「得体の知れない植物に頼るアナタは、ただの腰抜けよ」
「……あぁ!? 今てめぇ、俺の白竜丸を得体の知れない植物っつったか!? んで俺は腰抜けだと!? てめぇ……ふざけんなよ!」
リンダの言葉は特に効果的だった様子。プロデュー、潤平、リンダの3人がタツキの注意を引く――これについては作戦の通りと言っていいだろう。
リンダのライドキャリバー、オースティンがガトリングを掃射する。硝煙の向こうから現れたタツキ、その腕に鮮やかな色の花が咲き、花から放たれた破壊光線はプロデューの肩を射抜いた。
「一体何ナノ? 何が起きてイルノ?」
戸惑うミサはまだ気づいていない。襲撃者の本当の狙いは、ミサの撃破にあるということに。
「くかか、どこまでもバカっぽいよなぁ、チンピラ同士のナワバリ争いなんざ?」
「……バカ? チンピラ? 誰のことカシラ」
明人の言葉に、ミサはそちらを向く。その時、自分を値踏みするように見ているシュミラクルがミサの視界に入った。
「あら……ただの小娘じゃないの。お子様が粋がってるだけね」
シュミラクルが放った挑発の台詞、そこまではまだミサは微笑みを崩さなかった、が。
「……来なさい? 遊んであげる。顔の下の醜いモン暴くわよ」
シュミラクルがそう言ったのを聞いて、ミサの笑顔は引きつる。
「……今、醜いって言ったカシラ? 私のことを醜いッテ……!!」
ミサの黒薔薇の蔓が伸び、地面を侵食。大地に融合し、前衛のケルベロス達を飲み込んだ。しかし、潤平と九尾に負傷はない――プロデューとシュミラクルがそれぞれをかばったのだ。
「護りの力を、ここに」
恵が自らの攻性植物に黄金の果実を宿させ、聖なる光で前衛の仲間達を癒し、力を与える。
九尾は花魁下駄を履いた足でもって、ミサの頭部に素早く蹴りを繰り出した。がっ、と命中。
「地を削り、空をも穿て……凍滝!」
咲楽が振るった刀の切先から、地を走るような斬撃が飛ばされる。それは滝を昇るがごとく跳ね上がり、ミサを切り裂いた。傷口が凍てついてゆく。
シュミラクルは、己の体術を用いた動作でミサに近づく。アームドフォートの主砲の砲口をミサの体に押し当て、接射。轟音。
「天の怒りをぶちかましてやりたかったがなぁ……」
ミサとタツキは同じ列にいないがゆえ、明人は2人まとめての攻撃を諦める。
「まあいい。バカタレどもがよぉ、誰に迷惑かけようが俺ぁ興味ねえが、俺の手を煩わせんじゃねぇ、よッ!」
明人はミサに鉄塊剣を振り下ろし、重厚無比なその一撃によって怒りを与え、ミサの気を引きつけた。
●白熱
戦いは、次第に熱を帯びていくこととなる。
その中では、ケルベロスが危機に陥ることが、何度もあった。
優れた挑発を行ったリンダやシュミラクル、グラビティによって敵に怒りを与えた明人やプロデューが攻撃の標的にされ、痛打を受けた。
ミサとタツキがたまたま同時に前列を狙い、埋葬形態の攻性植物達がケルベロス達を飲み込んだ後には、半壊した戦線がそこにあった。
それでもケルベロス達が立ち続けていることができたのは、ひとえに作戦のおかげだろう。
「大丈夫ですか?」
ケルベロスチェインが守護の魔法陣を描く――癒しの要である恵は無傷。ミサやタツキが、他の者を狙うことを優先しているためだ。
催眠や炎による被害も少ない。運が向いていたのもあったかもしれないが、それ以上に、前衛を中心に耐性を付与し、護りを固めておいたのが功を奏したと言えるだろう。
「Reset and Restart…Can-cell!」
シュミラクルも戦線を支えるのに貢献した。VerticalArts・Can-cell――グラビティを内包する電撃で、仲間達の身体の細胞を励起し、行動を停止・修正・動作変更。被害を抑えたのだ。
「むう、やってくれたのう」
「おら行くぜぇ!」
「黒だったら何でもビジュアル系だと思ってんじゃねえよバーカ! あとそっちのアンタは白メッシュってありきたりだろうが!」
九尾、潤平、明人。この3名がドレインを交えた攻撃を行ったのも、戦線維持に役立っていたと言える。
加えて、咲楽がミサに幾度も付与し続けた氷は、確実にミサの身を蝕んでいた。その氷は、ケルベロス達が攻撃を仕掛けるにつれて、たびたびミサの体力を削っていった。
これらの要素のいずれか一つでも欠けていたら、おそらく簡単に敗北を喫していたであろう。
そのくらいに危うい、まるで綱渡りのようなバランスで、ケルベロス達は戦いを続けていた。
●黒死
「そろそろ倒れろよ、面倒だっつってんだろッ! バーカ!」
明人はあくまで相手を小馬鹿にした態度を取り続けながら、ミサに一撃……しかし、ミサはこれを見切り、回避。明人の言葉には、くすっという笑いで応じる。
だが、その笑顔は虚勢。ミサの額には冷たい汗が浮いている。もう余力はほとんどない。
プロデューは、蔓でタツキを絡め取り締め上げる。ぎりりと食い込むそれに、タツキは歯を食い縛り耐えた。
「つまんねぇ喧嘩してんじゃねぇよ……仲間は増やしゃいいってもんじゃねぇだろうがっ!」
潤平の、獣たる拳がタツキをとらえた。潤平は、喧嘩は好きだ。だが、タイマンを好む彼にとっては、むやみに仲間を増やすような手段は気に入るようなものではないのだ。
「るっせぇよ! 力が強いってのは魅力があるってことだ、だから仲間が増えるんだ。一体何が悪いってんだよ!」
叫んだタツキに、すっと近づいたのはリンダ。
「さぁ……感じなさい」
指先でタツキの身体の一点を突く。
「っひゃん……っ!? ……てってめぇ、俺に何しやがったぁ!!」
「ふふ、ひ・み・つ」
快楽拷問(エクスタシー・マッサージ)によってタツキの精気を吸い取ったリンダは、満足げに微笑む。思わずふらつくタツキに、オースティンは容赦なく掃射。
「なめんなぁ!!」
タツキがサボテンめいた両腕を大地に融合させ、前衛を埋葬形態によって飲み込む。
「……受けナサイナ!」
ミサも同じく、前衛を狙った。黒薔薇が戦場に咲き乱れていく。
一撃目は明人を守り、二撃目は九尾を守り……連続して仲間をかばって、攻撃を受けきったシュミラクル。その身体が、ぐらりと傾いだ。
「ここまでかしらね。……クソが」
言い捨て、シュミラクルは倒れ伏す。
「シュミラクルさん!」
恵が思わず叫ぶ。……けれど、仲間をかばっての負傷が大きいのは、プロデューも同様だということにすぐに気づいた。ただちに、オーラを溜めてプロデューを回復。それでも、もう一撃でも受けたら、危険な状態である。
「ふむ、そろそろ決着をつけた方が良さそうじゃの」
九尾は竜語魔法を口から紡ぎ、それと共に指で宙に文字を描いていく。詠唱完成と共に掌をかざすと、ドラゴンの幻影がミサに放たれ、炎がミサを包んだ。
ミサの持っていたぬいぐるみが、ミサごと燃えていく。
「イヤ……」
首を横に振るミサに、咲楽が迫る。
「終わりだ」
咲楽は、日本刀を一閃。
ミサの胸元から血飛沫が上がり、凍てつき、煌めいて散っていく。
「あ……綺麗、ネ」
それが、ミサが最期に発した言葉だった。
●白雪
「ミサ……?」
動かなくなったミサを見やり、タツキは呆然として呟く。
「……てめぇら、ケルベロスだったのかよ」
(「やっぱり……」)
恵は察していた。ミサとタツキの決闘が可能だったのは……デウスエクス同士が戦い、致命傷を負わせても、コギトエルゴスムになるだけで済むからなのだと。
ケルベロス達はここまで、身分を隠してタツキ達と戦ってきた。グラビティを使ったのだから一般人だとは思われていなかっただろうが、今のタツキの発言からして、デウスエクスだと思われていた可能性が高い。
よって、おそらくは……タツキは、ミサが死ぬなどとは考えていなかったのだろう。
「任務完了、ね」
「だな。退くとするかァ」
リンダが宣言し、明人が倒れたシュミラクルを背負う。
プロデュー、咲楽、恵……一人、また一人と、戦場を離脱していく。
「やることやったし今日は仕舞いだ! じゃあな、またどっかで会ったら喧嘩しようぜー!」
笑顔で言って、潤平も去ろうとする……その背中にタツキの叫びが届いた。
「喧嘩じゃ済まさねぇ、次は殺す! 覚悟してろ、ケルベロス!」
潤平はちらりとだけ振り向き、今度こそ立ち去る。
最後に残った九尾は、ふと気づく。
「雪が、降ってきたようじゃの」
和傘を差し、悠々とした足取りで九尾は廃工場を後にする。
項垂れるタツキと、骸と化したミサ……後に残されるは、敗者達のみ。
この戦いは、ケルベロス達の作戦勝ちに終わったのだ。
作者:地斬理々亜 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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