戦いの予感

■リプレイ

●それぞれの想い
「あれがドラゴンか……さすがにブルっちまうな……」
　襲撃地点へと急ぎながら、灰座・次遠（カイザージオン・e00412）は呟いた。
　レイーナ・イングラム（シャドウエルフのガンスリンガー・e00082）も皆と共に足早に進みつつ、周囲の地形を観察する。
　警官らの指示に従い自分たちとは反対に急ぐ人々の数は、少なくなったとはいえ存在していた。
　幸いだったのは援護の為にと駆けつけてくれたケルベロス、ボルの存在である。
　ドラゴニアンである彼は、文字通り飛び回って逃げる人々を助けて回っていた。
　逃げ遅れる人が出る事を懸念していた一行にとって、それは何より心強い援軍と言えた。
　チャールストン・ダニエルソン（灰色の幽霊・e03596）を始めとして、多くの者が逃げ遅れる人がいたらと気を揉んでいたのである。
　人々の姿が周囲から見えなくなっていくと、一行は意識をビルとドラゴンに集中させた。
　襲撃地点であるビルが近付くと、立花・佑繕（地球人の刀剣士・e02453）は遅れぬようにと注意しつつ、ビルの周辺を観察する。
（「ドラゴン……だけじゃないんだよね……」）
「どうして突然、デウスエクスが復活したのかな……何か解れば、いいんだけど……」
　月織・宿利（地球人の刀剣士・e01366）はそんな言葉を零した後、すぐに自分に言い聞かせた。
「まずは、目の前にあるやる事、がんばらなきゃ」
（「沢山の人、犠牲になるのは絶対に止めないと」）
　今、耳に届くのは人々のざわめきではなく、何かが倒れ砕ける音と恐ろしげな咆哮だけだ。
　ドラゴンの姿が、遠目とは呼べないくらいにまで近付きつつある。
「う……こうやって近づいてみると、凄く大きいね……見上げるのもちょっと、大変」
（「こんなに大きなドラゴンが、飛べるようになっちゃったりしたら……ううん、そうならない様にする為に、頑張るんだもんね」）
「皆、気を付けてね！」
　彼女の言葉に幾人かが力強く頷き、ビルの階段を駆け上ってゆく。

　屋上へと到着すると、一行は直ぐにドラゴンの位置を確認した。
　咆哮や破砕音は、既に空気を揺るがす程だ。
（「向こうは飛べないまでも上は向けるわけだしな……」）
　御崎・勇護（蒼き虎哮の拳士・e00655）は身を低くして、屋上の端から竜の姿を観察する。
　チャールストンは皆を見回してから、いつもと変わらぬ様子で口にした。
「ドラゴンの襲来とは、いさはや大変な事態ですな」
　一瞬、轟音を忘れるような空気がその場に流れる。
「いや今のは『いさはや』と『いやはや』の語感が似ていることを掛けた、場を和ませるジョークで……」
　少し間があって、誰かが噴き出すような音が微かに聞こえた。
　張り詰めていたものが、ほんの少し、ゆるむ。
「いきなりドラゴンとやりあえるとは、いい経験になりそうですね」
　皆に語り掛けるようにして、峰岸・周（地球人の刀剣士・e03978）は口を開いた。
「弱体化しているとはいえ格上ですし、抜かりなくいきましょう」
　その言葉に、其々の形で皆が肯定を返す。
　物陰に皆が身を隠し、レイーナは金属等が光を反射しないかと皆の様子に気を配った。
　次遠は自分の動きを確認しつつ、桐生・冬馬（レプリカントの刀剣士・en0019）と戦法を確認する。
「頼りにしてるぜ」
「私に出来る事で、全力を尽くさせて頂きます」
　次遠が口にすれば、刀剣士の青年は表情を変えずに静かな口調で頷いてみせた。
　確認を終えると、次遠は……後はひたすら自分に言い聞かせる。
「落ち着け、曲のイントロと思え。静かな導入からドカーンってやつだぜコレ」
　轟音と咆哮は、もう肌で感じられるほどだ。
「オレの得意なタイプのイントロだ。今まで入るタイミングをミスった事はねえ。やってやるぜ」
　道路が、周囲の建物が震え、ドラゴンの腕がビルに向けられる。
「い、いいい、いぃらっしゃいませーー！！」
　悲鳴のような叫びを発し、次遠がバイオレンスギターを手に先陣を切った。
「やれやれ……まるで怪獣映画みたいだな」
　街並みを眺め呟くと、勇護はバトルガントレットの動きを確認するように拳を握りしめた。
（「いくら直せるとは言え、放っておくわけにもいかん」）
「ここで退場願おうか！」
　そう叫び、彼も仲間たちと共に宙へと身を躍らす。
（「決めたんだ、護れるものは護るって」）
「にいさまねえさまに、誇れるように！」
　犬江・親之丞（仁一文字・e00095）も二振りの刃を強く握りしめると、真っ直ぐな瞳を竜へと向けた。

　今……九頭の地獄の番犬が、デウスエクスに牙を剥く。

●ドラゴン襲撃
　渾身の力を籠めて、次遠はバイオレンスギターをドラゴンの体に叩き付けた。
　そのまま転がるようにして竜の背中を駆け抜ける。
　まるで金属を殴りつけでもしたかのような痺れる感触。
　それでも、鱗の一部を包むように発生した氷は彼の攻撃が確かに効果を発揮した証だった。
　その攻撃に続くように。
「では、参りましょうか」
「当たって！」
　チャールストンが流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させ、親之丞が霊力を帯びた刃で次遠の攻撃をなぞるように斬撃を放つ。
　佑繕も竜の身に降り立つと流れるような動きで斬霊刀を振るい、ドラゴンへと斬りつけた。
「御崎流、鷹爪疾空脚！！」
　気迫のこもった声と共に勇護が身を回転させ、降下の勢いも乗せた鋭い蹴りを竜に放つ。
　周もビルの壁を足場に加速すると、雷の如き残光を残す突きを繰り出した。
　攻撃を受けたドラゴンは巨体を揺すりながら、襲撃者たちを迎え討たんと牙の並ぶ口を大きく開く。
　それを牽制するかのように、宿利は斬霊刀を手に距離を詰めた。
「貴方の相手は、私よ！」
　修練によって研ぎ澄まされた一撃が竜の身に放たれ、続くようにオルトロスの成親が炎の力を竜へと向ける。
「……想像以上に動きは機敏なようですね」
　素早い動きでドラゴンの尾や鉤爪を狙って精確な銃撃を行いながら、レイーナは敵の動きを観察した。
　完全に攻撃を回避されている訳ではないが、相手は硬い鱗などを利用して直撃を避けているようにも見える。
　獣のようではあっても、決して愚かな怪物ではないのだ。
　斬霊刀を非物質化した冬馬が、霊体のみを汚染破壊する斬撃を繰り出す。
　それらの攻撃を受けても、ドラゴンは怯んだ様子は欠片も見せなかった。
　むしろ怒りに震えるかのように、牙を剥き出し咆哮をあげる。
　一撃を浴びせたチャールストンは地上に降り立つと、いつもと変わらぬ飄々とした態度でデウスエクスへと呼びかけた。
「あの、ドラゴンさん。ここはひとつあっさりと倒されてはくれませんかね？」
　その言葉への返礼とでもいうかのように、開かれたドラゴンの咥内に雷の力が生み出される。
「……そりゃそうでしょうな」
　それでも態度は崩さぬまま呟いて、チャールストンは狙いを定まらせぬようにと動き出す。
　落雷のような轟音と共に放たれた雷のブレスが襲ったのは、距離を取っていた４人だった。
　周は何とか直撃を回避した上で防具の力を借りてダメージを軽減し、レイーナとチャールストンもダメージの半減に成功する。
　宿利も直撃を避ける事には成功したものの、それでも無視は出来ないほどにドラゴンの攻撃は強力だった。
　だが、傷付いた彼女を庇うようにして成親が少女に寄り添い、巨大な獣に牙を剥く。

「さあ、ここからがパーティータイムだぜ！！」
　仲間たちを鼓舞するように次遠が、超絶テクニックの早弾きによるギター演奏と燃えるフレーズを一帯へと響かせた。
　激しい攻防ではあったものの……今はまだ、互いが一撃を浴びせ合っただけだ。
　そう……むしろ此処から始まるのだ。
　神と、地獄の番犬達の死闘が。

●天裂け、地砕ける戦い
　鋭い爪がビルを固めるコンクリを鉄骨ごと切断し、逞しい脚が道路を踏みしめアスファルトをひび割れさせ地面を陥没させる。
　唸りをあげて薙ぎ払われた太い尾が、親之丞や勇護、佑繕と冬馬らを電柱や街路樹もろとも吹き飛ばした。
　痛みに顔を歪めながらも親之丞はビルの壁を蹴り、宙返りしながら胸元で両の手に握った太刀を交差させる。
　そのまま少年はドラゴンの眼前まで飛び込むと、刀身に力を籠め青藍色の光を生じさせた。
「犬江流二刀術、青藍青海波！！」
　気合の乗った声と共に刃が勢い良く閃き、宿った光が宙に軌跡を描く。
　少年の身体は勢いを殺す事無くそのまま回転し、流れるように竜の身を飛び越えた。
　ドラゴンの瞳がその動きを追う前に銃声が響き、レイーナの放った銃弾が硬化した鉤爪に命中する。
（「……命中は困難、という訳ではありませんが」）
　攻撃の精度を重視して位置取りを行うレイーナに取って、攻撃を命中させる事そのものは難しくは無かった。
　問題は自分行動が、成果に結びつくか如何かだが……こればかりは実際に結果を確認していくしか方法は無いだろう。
　撃破ではなく敵の行動の妨害を意識して、味方の援護となるように。焦りそうになる気持ちを抑えて。
　彼女は攻撃部位を狙う精密射撃と、破壊力と面制圧を重視した射撃という異なる手段を用いる事で、攻撃を見切らせないように注意しながら敵の動向を観察する。
　仲間たちの背後に気持ちを高揚させるカラフルな爆発を発生させると、次遠は生きる事の罪を肯定するメッセージを籠めた歌詞を唄いあげた。
「これだけ派手に暴れられると、ここも随分ファンシーな町へと変貌しそうですね」
　竜の攻撃によって破壊された建物や道路を眺めながら呟くと、周は傷を癒し異常を消し去るオーラで特にダメージの大きい者たちを回復させる。
　皆が倒れない事を第一に考える彼は、小型治療ドローンの小隊を味方の周囲にいつでも展開できるようにも準備を整えていた。
「ではこちらも、姫を守るナイトに助勢させて頂きましょうか」
　変わらぬ態度で呟きながら、チャールストンも自由なる者のオーラを操ってオルトロスの成親を回復させる。
　ドラゴンの意識を自分に向けるように、勇護は正面から巨大な獣に立ち向かった。
　分身の術を使う事で受けたダメージを軽減し、螺旋の力を帯びた掌打と高速の蹴りを使い分ける事で敵の見切りを防止しながら、青年はドラゴンを攻撃する。
　宿利も多様なグラビティを駆使する事でドラゴンが自分の攻撃に即応し難いようにと注意しながら攻撃を続けていった。
　その動きを援護するように成親が退魔の力を宿した炎を放ち、あるいは地獄の瘴気で竜の体を包み込む。
　ケルベロス達の猛攻を耐え抜いたドラゴンが、鋭い鉤爪を勇護へと振り下ろす。
　それを遮るように佑繕が素早い動きで両者の間に割り込み、二刀を交差するように構えて斬撃の勢いを半減させた。
　反撃とばかりに繰り出された斬撃を、ドラゴンも硬い鱗で弾く事で攻撃を逸らす。

　ケルベロス達も奮戦しているが、ドラゴンも決して劣勢とは呼べないという互角の状況。
　もっとも、当初の押され気味だった状況に比べれば戦況はケルベロスの側に傾きつつあるとも言えた。
　とはいえそれが即座に勝利に結びつくとまでは言い切れない。
　戦闘前と比べれば明らかに遅くなっているとはいえ、ドラゴンはゆっくりと前進を続けている。
　その周囲を駆けるようにして、９人は戦いを繰り広げているのだ。
　可能な限りの足止めは行っているものの、長引けば避難する一般人たちに被害が出てしまうかも知れない。
　攻撃の精度が落ちていないにも関わらず攻撃力が時折減少するのを確認したレイーナは、仲間たちにそれを告げた。
　他にも妨害によって、敵の戦闘能力は減少している。
　尾の薙ぎ払いを前衛たちが危険なく耐え抜いたのを確認すると、ケルベロス達は全面攻勢に移った。

●守る為に
「絶対行かせないから！」
　青藍色の光を宿した一対の太刀を手に、親之丞が再び竜の間合いへと踏み込んでゆく。
　それに続くように次遠もバイオレンスギターを手に、ドラゴンへと特攻した。
　理力による攻撃が有効ではと考えたチャールストンは、ローラーダッシュの摩擦を利用して生み出した炎をエアシューズに纏わせると、再び加速して竜へと跳躍し激しい蹴りをドラゴンの胴体へと命中させる。
　勇護も真正面から見据えるようにして、ドラゴンとの距離を詰めた。
「紫電五点砕」
　人の姿をしたモノには正中線上の急所を狙い、人ならざる姿のモノには同じ箇所への五連撃を撃ち込む、御崎流の奥義。
「……一、二、三、四、おぅりゃあ！」
　竜の巨体の、唯一点のみを狙って……青年は連撃を叩き込む。
　成親の炎による援護を受けながら、宿利も素早い踏み込みで一気に竜の懐へと飛び込んだ。
　霊力を纏った刃が、流れるように三日月の軌跡を描く。
「黄泉より還りし月の一振り、我が刃が断つは其方の刻を……！」
　斬り上げるように振るわれた斬霊刀の周囲に生まれた光の花弁が、月の欠片が舞い散るかのように宙へと消えてゆく。
　敵の動きを牽制するように周がドラゴンの脚部を狙ってサイコフォースを放ち、続くように佑繕も二刀を振るって霊体のみを斬り裂く衝撃波を放つ。
「神話や伝承だとケルベロスというよりドラゴンスレイヤーでしょうか、これ」
　仲間たちの攻撃を眺めながら呟くと、レイーナは意識を竜へと集中させた。
　彼女の背後に小さなホーミング弾が次々と姿を現していく。
「終焉に導く、優しき光よ」
　呟きに応えるように現れた無数の弾は、それぞれが異なる軌道を描きながら……白い軌跡を残し、竜の許へと収束してゆく。

　周囲を揺るがすような咆哮が起こった。
　それが、ドラゴンが発した最後の咆哮だった。
　巨体が大きく揺らぐと、地響きを立てて壊れた道路に横倒しになる。
　轟音に包まれていた戦場は、一変して……不思議な静寂に包まれた。

●決着の痕
　念の為にと逃げ遅れがいないか周囲を確認した勇護は、心配が杞憂と知って安堵の笑みをこぼす。
「勝てたのならばよしとしましょう」
　煙草を燻らせながらチャールストンが口にした。
「今の我々に必要なのは、勝つという『成功体験』の獲得です。それは自信となり、更なる勝利へと繋がりますからね」
　そう言ってから、軽く身体を動かして。
「にしても何ですね」
　彼は短く付け加えた。
「これだけ動いたら明日は筋肉痛になりそうですよ」
　飄々とした態度は崩さずに肩をわざとらしく窄めてみせれば、小さな笑みが幾つか起こる。
　戦いの終わりを実感すると、佑繕は周囲を見渡した。
　遠目から見てもわかるほどに、街の各所には大きな破壊の跡が刻まれている。
　もっとも、連絡を受けて既に修復が開始されている場所もあるようだ。
　その光景を眺めながら、少年は小さく呟いた。

「これから幾度越えることになるだろう。この光景を」

作者：メロス	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年9月1日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
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