花嫁さんとパーティを

作者:遠藤にんし


 あるチャペルでは、貸衣装を身に纏った夫婦たちが談笑をしながらパーティーの支度をしていた。
 このチャペルの催したクリスマスパーティは、ここで結婚式を挙げた夫婦たちを招待して行われる。
 彼らの会話の内容は、自分たちの式の思い出や夫との馴れ初めなど、幸せなオーラに満ちたもの――そんな控室の様子を確認してから、このパーティを企画したウェディングプランナーは、パーティ会場の最終チェック中に向かう。
「――あら?」
 彼女が眉をひそめたのは、会場の隅に蜘蛛がいたから。
 小さな蜘蛛だったが、気分が損なわれてしまうかもしれない……開始前に気付けたことに感謝しつつ、彼女は蜘蛛の死骸をティッシュにくるみ、そっと潰す。
 殺すことに少しのためらいはあったが、会場は30階の高さにあり、窓は開かない。逃がすことは出来ないのだ。
 ――その時、彼女は視線を感じて振り向く。
「……!?」
 そこにいたのは、知性のない濁った瞳をしたデウスエクス――ローカストの存在。
 ローカストは彼女を捕えると、静かにグラビティ・チェインを奪い始めた……。
 

「パーティをめちゃくちゃにするなんて……許せないわ!」
 憤る春宮・たんぽぽ(夢見るわたぼうし・e02183)。ヘリオライダーの高田・冴も深くうなずいて、集まったケルベロスたちを見渡す。
「チャペルでのクリスマスパーティにローカストが出現する。どうかこれを撃破し、パーティーを守ってくれ」
 ウェディングプランナーにして今回のパーティーの企画を行った女性が蜘蛛の潰したことで、ローカストは出現したようだ。
「ローカストの撃破をお願いしたいから、申し訳ないが彼女が蜘蛛を殺すことを止めることは出来ない」
 捕まえられた女性は、手首を縛りつけられて捕えられ、ゆっくりとグラビティ・チェインを奪われている。
「すぐに死ぬことはないが、このままではパーティーは中止になってしまう」
 ケルベロスたちには現場へ急行しローカストを撃破、一時間後に開始となるパーティーを開催出来る状態にすることが求められる。
「戦場はパーティー会場だな?」
 小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)の問いに、冴はうなずく。
「広さは十分、ヒールで修復出来ないような品物もないから、戦場としては申し分ないね。中にいるのも、今のところはローカストと捕えられた女性だけだ」
 今回現れたローカストには知性がなく、会話なども出来ない。
 そのため、戦いにのみ集中することが出来そうだ。
「それと……このパーティーは夫婦限定で行われているようだが、企画者を助けたということなら、きっと君達も参加させて貰えるはずだ」
 夫婦やカップル、あるいは友人と……独りであっても楽しめるように企画者の彼女は心を尽くしてくれるはず。
「戦いの後の、そんなひとときを楽しみにしても良いかもしれないね」


参加者
リリィエル・クロノワール(其の剣は舞い散るように・e00028)
アイリス・フィリス(気弱なトリガーハッピー・e02148)
春宮・たんぽぽ(夢見るわたぼうし・e02183)
フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)
クライス・ミフネ(究極的な守護者・e07034)
アリス・スチュアーテ(不縛の碧風・e10508)
リディア・リズリーン(ぬるぽの地獄・e11588)
神喰・鈴(月猫・e17026)

■リプレイ


 ローカストは、ゆっくりと、着実に女性からグラビティ・チェインを奪っていく――。
「待ちなさい!」
 その時、閉ざされていた会場のドアを開く者があった――それは、リリィエル・クロノワール(其の剣は舞い散るように・e00028)をはじめとしたケルベロスたち。
 リリィエルはハロウィンオーラを立ちのぼらせつつ、ローカストを見据える。
「ほらほら、あなたの相手はこっちよ!」
 斬霊刀を手に、リリィエルが言う――その間にも、クライス・ミフネ(究極的な守護者・e07034)は間合いを詰めていた。
「さて、竜を討ち得た力……幸せのために振るいましょう!」
 重力は脚と拳に。
「森羅万象の理を以ち、天に轟し、地に堕ちよ――」
 クライスは力強い踏み込みと共に、一撃を加える。
「天龍の嘶きよ……疾れ!」
 クライスが一撃を打ち据える間に、リリィエルもローカストに接近していた――リリィエルはにっと笑い、言う。
「さて……躱せるかしら? っと!」
 途端に、踊りは激しさを増した。
 片足の爪先だけでくるりと回り、剣もひらりと踊る。リリィエルの全身が激しく動いているというのに、斬霊刀の切っ先はローカストを傷付け続けた。
 そうする間にも、ケルベロスたちは続々と会場へ姿を見せる。
「話が通じないならしょうがないでぃす! 覚悟っ!」
 リディア・リズリーン(ぬるぽの地獄・e11588)は言うと側転、ミニスカートから伸びる華奢な足でローカストへと流星の蹴りを放った。ナノナノのナノもめろめろハートで、ローカストの動きを鈍らせにかかる。
「みなさん、闘いというものは臆した者に負けがおとずれます」
 アイリス・フィリス(気弱なトリガーハッピー・e02148)が声を張り上げると同時に出現した小型無人機は、会場のシャンデリアの光を受けてキラキラ輝いている。
「だから、ファイトー! です!!」
 声と共に小型無人機は前衛の警護を開始した。
 大地を揺るがす甲弾闘士の鋼鉄の叱咤によって放たれた小型無人機を見上げてから、春宮・たんぽぽ(夢見るわたぼうし・e02183)は負けていられないと気合を入れて妖精弓を構え、射る。
 矢に込めたのは妖精の祝福――ここを訪れる人々は、全員が持つべき気持ちだ。
 フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)は柔らかな狐の耳と尻尾にまで闘志をたぎらせ、リボルバー銃の狙いを定めていた。赤い瞳でフェリスはローカストの不気味な姿を見つめる。
「灰になるまで燃やしちゃいますです!」
 ローカストの容姿に嫌悪を抱くのはアリス・スチュアーテ(不縛の碧風・e10508)も同じ。
 アリスは近付き過ぎない距離を保ちながらブラックスライムを伸ばし、ローカストを捕えようとする。
 ケルベロスたちの奇襲によって、ローカストに隙が生まれた。それを見て取り、神喰・鈴(月猫・e17026)は小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)やサポートの面々と共に駆けだした。
「鈴さん、アキヒトさん! 私とたんぽぽさんが守っている間にその人を!」
 声をかけるのはアイリス。鈴が女性の元へ辿り着いた瞬間、近くの柱から激流が迸った。
「――――曲輪来々包囲狂、暮葉紅々刳々刃――『白花爛丹 燦禍羅』ッ!!」
 リディアがそちらに目を向ければ、そこにいるのはマリエル。
「はろはろ~♪」
 にっと笑いながら手を振り、引き続き支援行動を取るマリエル――彼女を頼もしく思いながら、鈴は女性に声をかける。
「私達はケルベロスです。立てますか?」
 突然のことに驚いて女性は座り込んでしまっていたが、怪我をしていたり、意識がなくなっているわけではなかった。
 女性に肩を貸し、その場から撤退する鈴――ローカストの方をちらと見たが、ローカストは鈴や女性を気に掛ける様子もない。知性の低いこのローカストには、女性を囮にして戦いを進めるような知恵は働いていないのだろう。
 鈴が去るのを背中で感じながら、ケルベロスたちはローカストを取り囲む。
 戦いに、負けるわけにはいかなかった。


 鈴が女性と共に会場を後にすると、リディアもその後に続いた。
「怪我はないみたいだけど、念のためでぃす♪」
 言って、リディアは「ブラッドスター」を演奏し始める――扉一枚隔てた向こうで、仲間が戦っているのを感じながら。
 ローカストの発する不快な音が、ケルベロスたちの精神をかき乱す。
「……くっ! この程度の攻撃で倒れるほど、私は脆くないです!」
 ダメージを受けてもアイリスはひるまず、果敢に蹴撃を放つ。
 一瞬にしてローカストの全身が炎に呑まれた――炎はすぐに消えてしまったが、同じくグラインドファイアでフェリスが続き、ローカストは再び炎に包まれることとなった。
 一歩後退するローカストに対して一歩踏み出し、クライスは龍殺大刀・星列刀皇による斬撃を与える。
「引きつけるわっ!」
 リリィエルが柔らかく身を躍らせると、藍色の長髪が大きく広がる。
 高く上げた脚が振り下ろされる――それはフェイント。本命の攻撃は、斬霊刀によるひと太刀だ。
 アリスがなびかせるのは緑色の髪。蹴りに込められた流星の力はローカストの全身にまとわりつき、見た目の軽やかさとは裏腹の重さでローカストを戒めた。
 サポートの仲間による支援があるとはいえ、六名でローカストを押し留め続けることは難しい。
「絶対に倒れないの!」
 たんぽぽは気持ちを鼓舞するように言って、ジョブレスオーラで仲間たちの癒しを固める。
 ローカストの攻撃は力強かったが、耐性を高め、メディックのリディアがいないとはいえヒールも十分。優勢とは言い切れなくとも、六名は互角にローカストと渡り合えていた。
「お待たせしました!」
「参戦でぃす!」
 もっとも、リディアと鈴が離席していた時間はそう長くはなかった。
 会場を出た二人は女性が落ち着きを取り戻すのを待ってから、式場のスタッフに事情を説明した上で彼女を託した。戦闘以外のことは、彼らに任せれば安心だろう。
 そして戻ってきた二人は会場の扉の前で、すぐさま戦闘の用意を始める。
 鈴の掌に藍色の靄が発生した――かと思えばそれは実体を持たないドラゴンへと変貌し、ローカストへと食らいつく。
 ディフェンダーの二名は消耗が激しい、と見て取ったリディアはたんぽぽへと向き直り、桃色の霧に愛を込める。
「もう、大丈夫だよ……♪」
「ありがとう、なの!」
 ハートフルミストの高い癒しの力に、たんぽぽの怪我はたちまち癒される。
 ナノのナノナノばりあでヒールされたアイリスは、大きな瞳でローカストを見つめる。
「覚悟してください……!」


 フェリスは詠唱を開始する。
「籠目等角、呪術に似る」
『黒陽』と呼ばれる銃口に出現したのは、三角形の紋様。
「千古の織り目に其は宿る」
 そこに重なるは逆三角。
「金穂の可見、銀輪の日暈、重陽の菊其れ凡て黒陽の天恵也」
 重なった二つの三角形を囲むようにひとつの円が出来れば、それは六芒星を示す。
 歪み瞬く六芒星の陣――呪術を込めた弾丸が、ローカストの腹を食い破った。
 深い傷を負い、ローカストは奇声を上げながらシックルをリリィエルへと振り下ろす――受けとめたのは、アイリスだ。
「リエルさん危ない!」
 シックルを掴んだアイリスの手から、ぽたりと血の雫が落ちる。
「アイリスちゃん……! たんぽぽちゃん、お願い!」
 リリィエルに呼ばれ、たんぽぽはすぐさま祝福の矢をアイリスに放つ。
 フェリスの放った天の逆手に黒陽の壇によって、ローカストの体力は大幅に削れている。あとは畳み掛けるだけだと判断し、アリスは右腕へと魂を憑依させる。
 肩から拳まで、右腕が姿を変える――巨腕は黄金に、視界を埋め尽くさんほどの輝きを見せ。
「もっとだ!! もっと!! もっと輝けぇ――――――――!!!!」
 右半分をタテガミ状のプロテクターで覆われながらも、アリスは叫ぶ――その間も、打突は止まらない。
「すごい……強いなあ」
 立て続けに放たれた攻撃に、鈴は思わずそうつぶやく――それから、負けてはいられないとドラゴンの幻影を解き放った。
「もうすぐです!」
 言いつつリディアは更に癒しを振りまいていく。
 クライスは星の煌めきにも似た日本刀を振り上げると、ローカストを袈裟に斬り落とす。
「私は人々を導く……そんな道を拓く……。その手助けをする人を護りますっ!」
 ――鋭い斬撃を受け、ローカストは抵抗も出来ずに息絶えた。

 戦場には戦いの痕跡がいくつも残る。
 これからパーティーの会場になるのだから、と、ケルベロスたちはくまなくヒールをかけて回ることにした。
 ヒールをかけた後の建物には幻想が含まれる――でも、どんな風にかは分からない。
 どきどきしながらヒールをかけたたんぽぽだったが、お花や宝石でいっぱいの、式場にふさわしい幻想がそこには含まれた。
 これなら大丈夫……思って、たんぽぽはにっこりと笑う。
「パーティーの始まりなの!」


 華やかな衣装に身を包んだ夫婦たち。
 ケルベロスたちも衣装を貸してもらって、パーティーを一緒に楽しむことにした。
 リリィエルが纏うのは星空にも似た、濃紺に色とりどりの輝きを灯したドレス。丈はロングだが透け感があって大きく広がるため、踊るのに不足はなかった。
 リディアは「ブラッドスター」を歌い上げる。
 女性に潰された蜘蛛、殺したローカスト……生きるために殺されてきた数多があろうとも、ここで死ぬわけにはいかない――そう語りかけるかのような歌声に、アリスはうっとりと聞き惚れる。
 アリスが借りたドレスは形こそタイトでシンプルだが、レースで作られたドレスはそれだけで芸術品のように美しく、アリスの愛らしい顔立ちによく似合っていた。
 演奏を終えてアリスの元へ戻ってきたリディア。辺りをきょろきょろ見回していたクライスは、ぱっと顔を輝かせて二人に向き直る。
「アリス、リディア。あっちにも美味しそうな料理があるよ!」
 戦闘と演奏を終えて空腹となっていたリディアは、その言葉に料理を山のように盛って食べ始める。幸せそうなその表情に、アリスとクライスも顔をほころばせる。
「ぁ、こっちのも美味しいのですよ~♪」
 白黒のゴシックドレスの裾を翻し、マリエルが持ってきたのはチキン。思い切りよくかじりつき、マリエルは笑顔を見せるのだった。
「お、良いドレスじゃないか。よく似合ってるぞフェリ! それによく頑張ってパーティー守ったな。偉いぞ!」
 シレンは言い、賑やかなパーティーに人見知りを発揮して後ろに隠れてしまっているフェリスを見る。
 可愛らしいドレス姿のフェリスだったが、初めて着るドレスに慣れないのか、裾を引っ張ってみたり袖に手を置いたりと落ち着かない様子。シレンのいつもよりピシっとした姿も珍しいのか、じっと見つめたりもしている。
「兄ぃ、あれ食べたい」
「取ってくるから、待っててくれよ」
 シレンが料理を持ってくると、フェリスは勢い込んで料理を食べ始める。
「お、これ美味いな……って、ほらフェリ、折角可愛い衣装着てるんだからもう少し上品に食べなよ。ドレスも汚すと大変そうだし……」
 そんなフェリスの様子に苦笑しながら、シレンはフェリスの口元をぬぐうのだった。
「鈴。怪我はないな?」
 雅胤は言ってから、おやと首を傾ける。
 鈴が纏うのは青のイブニングドレス。雅胤自身もいつもより上等なスーツで髪もオールバックに撫でつけていたが、鈴のドレス姿は新鮮なものだった。
「綺麗だな」
 言って雅胤が鈴の頭に手を置くと、鈴の顔がぱあっと明るくなって尻尾がぶんぶん左右に揺れる。
 その姿に雅胤は思わず笑ってしまったが、鈴は緊張がほどけた気分だった。
(「少しは、お似合いに見えるかな」)
 思いながら歩いていたせいか、鈴はすれ違う人とぶつかってしまう。
「会場、混んでるし、手……繋いでもいいかな?」
 耳をちょっぴり伏せ、おずおずと申し出る鈴。
 雅胤は答えずに鈴の手を取った――腕を組むか手を繋ぐか迷っていたのは、秘密にしておくことにした。
 たんぽぽの借りたウェディングドレスは、大きく真っ白なリボンが飾られた贅沢なもの。たっぷりとした裾を持ち上げながら、たんぽぽはにこにこと夫婦のなれ初めを聞いていた。
 うっとりした様子で素敵な夫婦の物語に聴き入るたんぽぽ――その横では、ピンク色のドレスを着たアイリスが歓声を上げている。
「そうなんですか!? キャー!! 素敵過ぎますぅ!!!! それからそれからどうなったんです!?」
 アイリスは頬に手を当てたり首を左右に振って悶えながら話を聞くのだから話し甲斐があるというもの。夫婦の語る口調にも、自然と熱が入っていた。
 たんぽぽとアイリスの方をちょっと見て、クライスはウェディングプランナーを呼び止める。
「わしも婚約者がいるんじゃケド……結婚式について聞いても……いいカナ?」
 もじもじと問いかけるクライスに、想い人のいるアリスやリディアも興味津々だ。

 ――喜びと楽しみに満ちたパーティーの時間は、こうしてあっという間に過ぎていくのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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