●城ヶ島制圧戦
『城ヶ島制圧戦』は、ケルベロス達の勝利に終わった。
ケルベロス達はドラゴン勢力に勝利を収め、白龍神社に築かれた『固定された魔空回廊』の占拠に成功したのだ。
「ですが、本番はここからですね」
激戦に傷ついたケルベロス達は、白龍神社に口を開けた魔空回廊を見る。
島での戦いの大勢は決した。撤退した竜牙兵もいるようだが、ドラゴン達が敗れた今、もう逃げるしかできないだろう。
しかし、それでも城ヶ島の魔空回廊を巡る戦いはまだ終わったわけではない。
この制圧戦の最終目的は、ドラゴン勢力の『ゲート』の位置を特定することにある。
魔空回廊は、各デウスエクスの本星から地球へと伸びるゲートへと通じている。
ケルベロス達が占拠した魔空回廊の向こう側には、ドラゴン達の本星『ドラゴニア』へと繋がるゲートが存在しているはずだ。
位置さえ特定すれば、全地球の総力を結集した『ケルベロス・ウォー』によって、ゲートを破壊することも夢物語ではなくなる。
そうすれば、ドラゴン勢力がゲートを通じて地球に新たな戦力を送り込むことは、二度とできなくなるのだ。
●魔空回廊を踏破せよ
島の各所から戦う力を残したケルベロス達が集まって来る中、ニケ・セン(六花ノ空・e02547)が戦いを共にした仲間達に問う。
「どうする。もっと応援を呼んで、大戦力で攻め込む?」
「……いえ、その余裕は無いと思います」
城ヶ島強行調査での情報を改めながら、メリッサ・ニュートン(e01007)が眼鏡を光らせる。どういうことか、と説明を求めるニケ・セン(六花ノ空・e02547)に、メリッサは島の各所での戦闘状況を纏めながら応じた。
「前の強行調査の際に安房崎灯台にいたという、強力なドラゴンなのですが」
「暴走を引き起こした奴だね」
「撃破報告が、ありません」
神社に集まったケルベロス達の顔にも緊張が走る。
新条・あかり(くらがりのあかり・e04291)が暴走する事態を招いた、光と雷を操る金色の瞳のドラゴン。
その強さは別格というべきもので、強行調査の際に戦いに挑んだケルベロスが8人で挑んでも、勝てる見込みは全く無かった。あかりが暴走して立ち向かう姿が最後に確認されたが、一人で勝てたはずがないのである。
「つまり、あのドラゴンはまだ生きており、制圧戦に姿を見せていない」
「ということは……」
「十中八九、固定された魔空回廊内の守りに着いている、か。最悪だな」
ケルベロス達の視線は、自然と魔空回廊へ吸い寄せられた。
魔空回廊は、その用途的にドラゴンが悠々と通れる広さの一本道と推測される。
もし敵がいれば、隠れるのは困難だろう。
時間をかけて問題の光雷竜が襲撃に気付き、ゲート側からの増援を従えて神社側に現れたなら、ケルベロス達の目論見は破綻する。
「……いや、こっちに来る必要すらないのかも知れないぜ」
ゲート側でも、白龍神社と同様の手段で魔空回廊の入口を固定しているのなら、そちらにある石碑を壊してしまえば良いからだ。
加えて城ヶ島の南側の海中には、強力な『戦艦竜』がいた。城ヶ島大橋から撤退した竜牙兵達が彼らに接触したり、あるいは自分達で別に魔空回廊を開いてゲートに帰還するという判断を下しても、ケルベロス達が襲撃を仕掛けたという情報は伝わってしまう。
いずれにしても、時間はかけられない。
すぐにでも魔空回廊を踏破し、ゲート側へ至らねばならないのだ。
「魔空回廊ではデウスエクスの強さは3倍になる。だが全員でかかれば……?」
「ダラダラ戦ってる間に、他の敵に気付かれたらおしまいだがな」
「目的は、戦闘に勝つことじゃない。そこは意識しておくべきですね」
デウスエクスの地球侵攻が始まってからの七百年に渡り、ただの一度も成し遂げられたことのない、ゲートを破壊するという悲願を果たすため。
ケルベロスは、魔空回廊へと挑むのだった。
参加者 | |
---|---|
ミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108) |
ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128) |
リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241) |
トルティーヤ・フルーチェ(ファッションモンスター・e00274) |
早門瀬・リカ(星影のイリュージョニスト・e00339) |
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468) |
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859) |
青泉・冬也(人付き合い初心者・e00902) |
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912) |
メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007) |
フクロウ・リブラフォレスト(影のない竜翼・e01213) |
キース・クレイノア(角隠し・e01393) |
ディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872) |
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171) |
ニケ・セン(六花ノ空・e02547) |
月見里・一太(闇夜の黒狼・e02692) |
星迎・紗生子(元気一番星・e02833) |
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232) |
天蓼・テオドシウス(勇なき獅子・e04004) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301) |
アルタ・リバース(穏心の放浪者・e05478) |
ピコ・ピコ(レプリカントの螺旋忍者・e05564) |
五ヶ瀬川・葵(緑斬風・e05660) |
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969) |
巽・清十郎(町長・e06957) |
ユイ・オルテンシア(紫陽花の歌姫・e08163) |
千歳・涼乃(銀色の陽だまり・e08302) |
ネフィリム・メーアヒェン(機械人間は伝奇梟の夢を見るか・e14343) |
ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642) |
●魔空回廊突入
白龍回廊に開いた『魔空回廊』の奇怪な色彩は、一つの色に留まることはなく、常に変化し続けている。
「じっと見ていると頭が痛くなりそうね」
ミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108)は魔空回廊から、準備を進めるケルベロス達へと視線をやった。
ここにいる者達は、城ヶ島制圧戦において、各方面で戦っていた者達だ。
腕利きのケルベロス揃いとはいえ、初対面の者も多く、悪く言えば寄せ集めと言っても良い。だが、その士気は高く、目的意識は共通している。
「うっし、やってこうか!」
顔を一つ叩くと、ミリアムは気合を入れ直し、自分の準備を再開した。
ケルベロス達は手早く打ち合わせと準備を済ませると、その魔空回廊の前に立つ。
「700年に渡り、地球は奪われ続けて来ました。対して此方は10分と少しの時間で反撃の牙を打ち込みにいくとはね」
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)が、これからの短く、そして厳しいであろう時間のことを思う。
「長い舞台でも山場は短かったりするものさ。それにしても、こんなに大切な舞台に立つ事になるとは。此処に素晴らしき英雄譚の一頁を刻める様、励もうじゃあないか! なにせ史上初だからね!」
「史上初。ふむ、悪くない響きだ」
満面の笑みで応じるネフィリム・メーアヒェン(機械人間は伝奇梟の夢を見るか・e14343)の言葉に、フクロウ・リブラフォレスト(影のない竜翼・e01213)が地獄化した翼をひとつ振った。
「戦いの総仕上げね。皆のためにも、負けられない……」
五ヶ瀬川・葵(緑斬風・e05660)は共に戦った仲間達のことを思い、決意を新たにする。今から始まる戦いは、城ヶ島強行調査から続く一連の流れの中にある。
魔空回廊を踏破するに至ったのは、今この場にいる者達を含め、多くのケルベロス達の戦いの成果だ。オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)は、改めてその事実を心に刻む。
「送り出してくれた人達のためにも、必ず成し遂げましょう」
「神様、わたしたちをお守りください……」
翼を揺らし、リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)が己の信ずる神に祈りを捧げる。
(「パパ、必ず帰るよ。ママ、サキチャンと皆を守って」)
ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)と並んで最年少である星迎・紗生子(元気一番星・e02833)は、心の中でそう祈ると、手にした斬霊刀「黒鏡」を握りしめる。
「よし、行こう。誰か一人でいいんだ。みんなで、抜けるよ」
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)の言葉に、皆が頷く。
誰か一人でも辿り着けば良い。そのためには、全員の協力が必要となるであろうと、その場の全員が確信していた。
ケルベロス達は、30人一丸となって魔空回廊へと足を踏み入れた。
一瞬の意識の混濁があり、次の瞬間、ケルベロス達の視界を、目も眩まんばかりのまばゆい光が覆い尽くす。
その強烈な光は、すなわち魔空回廊内で警戒態勢を取っていた光雷竜が放った最初の攻撃であった。
●魔空回廊の死闘
「――やべぇ! 耐えろ!!」
「待ち伏せですか!?」
回避など不可能との即座の判断を下した月見里・一太(闇夜の黒狼・e02692)が叫び、後衛の者達が被害を最小限にするよう咄嗟に構える。
反射的に動いたアルタ・リバース(穏心の放浪者・e05478)をはじめとするディフェンダーが、その前に飛び出し、光を受け止めた。
「無事ね!?」
「ああ……!」
葵の確認に、キース・クレイノア(角隠し・e01393)は気だるげな目をドラゴンへと向けた。
自分達が、待ち受ける光雷竜の眼前に現れた形となっていることを理解しながら、キースはアームドフォートの主砲の先端をドラゴンへと向けた。アームドフォートが立て続けに砲声を上げ、続けて同じ数だけの爆音が響く。
ドラゴンへと向かった砲弾が、ドラゴンの身を壁のように覆う光によって、まとめて撃ち落されたのだ。
爆風が服や髪を揺らす中、ケルベロス達は状況を再確認する。
魔空回廊の内部は、大きなガラスの筒の中にいるようなものらしい。
足元は奇妙な見た目でありながらも、走るのに支障はなさそうだ。
ケルベロス達の何人かは、全面がガラス張りとなった水族館を思い出す。
固定された魔空回廊の両方の入口を通じて大気が流れ込んでいるのか、呼吸にも問題はなかった。
だが、目下、最大の問題としてケルベロス達の命を脅かしているのは、小山の如きドラゴンの存在であった。
「アンノさん」
「ああ、間違いないね。あの光雷竜だ」
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)の視線を受け、出現が予測されていた光雷竜との唯一の交戦経験者であるアンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)が頷く。
「あの光の防壁は……」
「回避の代替だろうね」
先の戦いでは見せていない能力だ。魔空回廊で力が向上しているが故だろう。
全身に走る激痛が、光雷竜の力を嫌というほど伝えて来ているが、ケルベロス達の人数の多さもあり、一撃で倒れた者はいない。
『念の為に控えていたが、3体揃って殺されるとは。警備すら満足に果たせぬとは……ならば、このバルバレルが相手をせねばなるまい』
光雷竜が、城ヶ島で敗死した同胞達を悼むでもなく呟く。
「ここから先、裸眼はお断りですよ……通りたければまず眼鏡をかけやがれ!」
『視覚の環境適応を否定する矯正器具。我らには無用のものだ』
メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)が、振りかぶった大眼鏡を投げつける。大眼鏡が鱗の表面で輝いた光を受けて弾け飛んだ。
ケルベロスチェインを手繰りながら、ミリアムが気勢を上げる。
「今のうちに抜けるわよ、皆!」
「よし、進むぞ! 急げ!」
惨殺ナイフを手に走り出す青泉・冬也(人付き合い初心者・e00902)に続き、ケルベロス達は、二つの塊となって走り出した。
片方は光雷竜をそのまま狙い、もう片方は光雷竜を迂回するように走り出す。
「テメェと遊ぶ暇はねぇんだよ!」
「ハハハハハ! 突破さえしてしまえば、こちらのものだぜ!」
光雷竜を迂回する側を走る一太が光雷竜へ言い捨てて足を速め、トルティーヤ・フルーチェ(ファッションモンスター・e00274)が高笑いを上げる。
光雷竜へと向かう軌道を取る集団にいた天蓼・テオドシウス(勇なき獅子・e04004)が、彼らへ叫んだ。
「時間が無い! こいつは命に代えてでも止めてみせる! だから、先へ!」
「ダミー投影開始……分身を囮に、一気に駆け抜けてください」
前方にいる仲間達へと、ピコ・ピコ(レプリカントの螺旋忍者・e05564)が支援プログラムを起動。仲間達の横に、ホログラムの分身が現れる。
『無駄なことだ』
翼を揺らし、ドラゴンが浮かび上がった。
巨体故に一つ一つの動作は鈍重そうにも見えるが、その巨体が生み出す速度は、ケルベロス達のそれを大きく上回る。たちまちのうちに先行していた14人のケルベロス達の前へと回り込んだ光雷竜が、その行く手を遮る。
『お前達の小賢しい企みも、眼鏡とやらと同様に無駄だ。城ヶ島ばかりか、ゲートまでも狙った己の愚かさを悔いながら息絶えるがいい』
「眼鏡は無駄なんかじゃないですよ! あなたが10倍の力を持つなら、私は百倍の眼鏡で……」
「メリッサ嬢、落ち着いて」
「はっ、すみませんネフィリムさん」
愛する眼鏡をけなされて怒るメリッサをネフィリムが御している。
それを意識の外に追いやりつつ、ティクリコティクは光雷竜へと顔を向けた。
「勝てるとは思ってないさ。だけどお前を倒すことが勝ちでもない。……これは賭けだ。付き合って貰うぞトカゲ野郎」
ティクリコティクがライトニングロッドの先端をドラゴンへ向ける。
ドラゴンが軽く怪訝な様子を見せると同時、先ほどまでドラゴンを狙う動きを見せていた16人が、そのままの勢いで加速した。
もはや完全にドラゴンを無視する形でゲートの出口へと向かう、彼ら16名が本命の突破班だ。
先に加速を見せたティクリコティクをはじめとする14人は、光雷竜を足止めすることだけに専念する足止め班だった。さきほどまでの言動は、ただの偽装である。
『フン……小賢しい真似を』
「騙し討ちなんて小賢しくて矮小な、人間らしい策でしょう? 手段なんて選んでられないのよ」
『オラトリオが……。定命化と同時に、誇りまでも失ったか』
先を急ぐオルテンシアの背に、唾棄すべき堕落とでも言わんばかりに光雷竜が吐き捨てる。
(「……気を付けて、な」)
冬也は先を行く仲間達へと心の中でそう祈りを向けた。
「さあ、僕らは僕らの仕事をしよう。準備は万端だ!」
フィーが救急箱から薬瓶を取り出す。蒼い秘薬を振りまくと、仲間達の周囲を光が覆った。
光雷竜の翼が一つ空気を叩き、巨体がゲートの出口へ向かうオルテンシア達16名への距離を詰めんとする。
それを阻むべく、アンノは即座にドラゴンの顔へと手を向けた。
「星喰らう影、天を蝕む黒き水泡、因果を捻じ曲げ、理を歪めよ!!」
己に有利な魔術領域を形成するアンノ独自の魔術は、しかしドラゴンの一瞥で光が煌めくと共に消し飛ばされた。だが、それを驚く様子をおくびにも見せず、アンノは言う。
「ボクって意外と根に持つタイプなんだよね」
『……?』
「外のドラゴンはほとんど倒したよ。あとはキミだけ、この間の借りを返させて貰うからね」
『この間……ああ』
それでようやく思い出したらしい。
「健忘症かな?」
『貴様ら程度を喰らったところで何も得られんからな。貴様らとて、殺したオークや竜牙兵の顔など、いちいち覚えてはおらんだろう』
光雷竜の顎が開き、光が収束していく。
会話の間にも、ケルベロス達は果敢に光雷竜への攻撃を仕掛けていた。
「あれだけの巨体だっていうのに……」
「まともに撃っても当たりやしないとはね!」
ライトニングボルトを撃ち放つ佐楡葉とティクリコティクだが、二人の眼は、現状でドラゴンに対して自分達の攻撃がまともに命中しない事実を瞬時に見抜いていた。
巨体故に狙いやすいが、堅固な鱗や、先ほどキースの砲撃を阻んだ光の防壁が、まともな命中を許さない。
巨体故か俊敏な動きには難があるようだが、それを突いても良くて一、二発当たるかどうかといったところだろう。
それだけでは、たとえ命中したとしても、致命傷には到底至らない。
「暴走したケルベロスを相手にしても、尾を引くような傷は無し……新ためて確認するまでもなく、元々の実力が私達を大きく上回っているようです」
ドラゴンを観察していたピコが、そう結論しながらヒールドローン達に命令を下す。辛うじて距離を詰めようとする動きを阻んではいるが、それも時間の問題だ。
「もうすぐ、本隊が来ます……それまでの辛抱です!」
佐楡葉がこちらの狙いを欺瞞せんと叫んだ。
『報告は受けていたが、やはりか。随分と大規模な攻撃を仕掛けたものだ。……石碑を破壊し、この魔空回廊を閉じる他あるまいな』
(「報告?」)
頭の隅を疑問がかすめるが、佐楡葉が放ったライトニングボルトを鱗の光で消し飛ばす光雷竜。
巨大な顎が開き、ブレスの前兆となる光がそこに宿る。
光雷竜の顔が向けられる先が、足止めを行う者達ではないことに気付いたのは、葵だった。一直線の魔空回廊は、その全域が光雷竜の射程内だ。それを遮るような地形などありはしない。
「やらせない……ッ!」
魔空回廊の出口を目指すうちの1人、千歳・涼乃(銀色の陽だまり・e08302)の背中を狙って吐き出された閃光のブレスを、葵がその身で受け止める。
葵の肩口を貫いた光は、熱を伴い葵の身を裂く。
「……ッ! あなたがわたしたちより強くとも、『勝つ』ことはできるわ!」
意志の力だけで踏みとどまった葵の叫びは、ケルベロス達の意志を表していた。
●城ヶ島のドラグナー
後方での戦闘が繰り広げられる中、突破班16名は出口を目指し、ひた走る。
「あとどれぐらいかかるかな!」
「そうですね……」
先頭を走る早門瀬・リカ(星影のイリュージョニスト・e00339)の疑問に、エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)はじっと前方を見た。
ゲート側の魔空回廊、ケルベロス達にとっての『出口』は、立ち込めた靄のような空間となっている。
足元や横、チューブ状の魔空回廊の外には、入り口で見たような極彩色のエネルギーの奔流が流れているため、なんとも距離が測り辛い環境だ。
「2kmは無いと思うけれど……まあ、私達が全力で走れば数分ね」
「妥当な見立てだな」
オルテンシアの見立ては間違っていないだろうと、巽・清十郎(町長・e06957)は頷く。
巨体のドラゴンが出入りできるよう『固定された』魔空回廊という特殊環境故に、広さはあるようだが、長さの面では他の魔空回廊と大差ないのだろう。
後方で起きた閃光に、涼乃は藍色の瞳を一瞬だけそちらへ向けて、足を速める。
「とはいえ……それも、全力で走るのを邪魔する敵がいなければ、ですが」
涼乃は前方を見る。
そちらから飛来するのは、巨大な炎の塊だ。
竜語魔法なるドラゴン勢力の魔法体系を操り、ケルベロス達への攻撃を仕掛けて来ているのは、2つの人影だった。
「俺達で止めるぞ!」
「はい! ここで止まるわけには……!!」
回避行動を取っても無駄であろう一目で判断できる速度と精度で飛来する炎塊を、フクロウとユイ・オルテンシア(紫陽花の歌姫・e08163)がそれぞれに受け止める。
爆炎を突き抜けてケルベロス達は疾駆。
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)とベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)が、傷ついたフクロウとユイを即座に癒しながら言葉を交わした。
「ドラグナーだね」
「間違いないでしょう」
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)の目にも、問題の人影の肉体がそれぞれに混沌化しているのは見て取れた。
ケルベロス達は城ヶ島制圧戦で、本来のドラグナー達よりも強いであろうドラゴンを降してきているが、
「魔空回廊ですからね……」
相手の回避のタイミングを見極めて放ったはずのフォートレスキャノンを軽々と回避され、カルナは我知らず渋面になった。
「これもダメですか!!」
「やっぱり魔空回廊内での戦いは、完全にアウェイね」
リリアがケルベロスチェインを繰り守りを固めながら、改めてその事実を認識する。
ドラグナー2体というのは外で交戦したとしても油断ならざる相手だが、今の環境では、16人でやり合ったとしても、倒せるかどうかは怪しいところだろう。
「とはいえ、倒す必要が無い以上は何とかなるはず……いえ、するわ」
背の翼を意識し、リリアは敵の隙を窺いながら再び飛来した炎を縛霊手で撃ち払う。激しい衝撃と共に、縛霊手の内側を血が滴った。
「ええーいっ!!」
紗生子が魔法によって形成された竜鱗が飛来するのを黒鏡で切り払う。全てを撃ち落とすことなど到底かなわず、小さな体が朱の色に染まる。
「でも、あのドラグナーちゃん達、なんでこんなところにいるの? ゲート側からの援軍?」
「城ヶ島に、ドラグナーが拠点化したと思われる地点が幾つかなかったっけ?」
ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)が、魔空回廊に入って以降、通信が途絶した携帯電話に一瞬目を落としながら言う。
「そこの主達か。なるほどね」
ルルの言葉に、ディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872)は合点がいったと頷いた。彼へと飛来する魔法を、今度はフクロウが受け止める。
城ヶ島への強行調査を行った際に確認された情報では、水産技術センター、ホテル、城ヶ島灯台の3地点が、ドラグナーによる改造を示す『黒い塔』へと変化していた。
このうち、城ヶ島灯台のドラグナーは強行調査の際に撃破されている。しかし、
「残り2地点のドラグナーは未確認だったね」
「連絡役として動いていたのかな。僕達の攻撃があるだろうことも、少なくとも神社付近のドラゴンには報告済みと」
ニケは、先ほどの待ち伏せ、そして神社にヘリオンを用いての強襲をかけた段階でも、神社を守っていた竜達にさして驚いた様子が無かったことを思い出す。橋への陽動が開始された時点で、あのドラグナー達による伝令が行われていたのだろう。
もっと言えば、それ以前の強行調査の段階で、襲撃は予期されていたのだろうが。
「それでも、ドラゴン勢力が魔空回廊を閉じなかったのは……」
「こちらを甘く見てくれているからでしょう」
『個体最強種族』のプライドか。人類がデウスエクスに抗しうる力を得たという現実をいまだ完全に呑み込めていないのかも知れないと、ルルとカルナは意見を同じくする。
ドラグナーが魔法を放ち、突破班のディフェンダー達が身を挺して魔法を凌いでは反撃を繰り出す。
後方から突破班を狙って放たれる光線を防ぎ、距離を詰めようとする光雷竜を食い止めるのは足止め班の役割だ。
そのような攻防を数度繰り返すうち、いまだ光雷竜との距離が縮まり切らぬうちに、ドラグナーと突破班は間近に迫った。
光雷竜の竜声が、焦れたような響きを帯びて魔空回廊に響き渡る。
『竜化せよ。確実に防げ』
「はっ──」
ケルベロス達の間近に迫った2体のドラグナーの姿が見る間に肥大化していく。
「あれは、もうダブルジャンプってわけにもいかないな……!」
ディクロの尾が、ブラックスライムを纏って激しく揺れた。
既に2体のドラグナーは、完全なドラゴン形態へと変貌を遂げ、接近するケルベロス達を見下ろしている。
光雷竜には及ばないが、2階建ての建物ほどもあろうかという巨体だ。
飛べる者達ならばともかく、ドラグナー達が二段ジャンプ程度で頭上を超えられそうにはない。
片方は紅白二色の鱗に、鋭い刃を生やしたドラグナー。
そして、もう一方は、扁平な円盤のような頭部を持つ紫鱗のドラグナーだ。
『城ヶ島の仲間達は良いようにされたようですが』
『魔空回廊の中でまで、負けるわけにゃいかないってんだよ!』
「図体ばっかり大きくなったって!」
リカは敵の迫力に負けるまいと気合を入れる。
一度は開いた光雷竜と突破班の距離は、光雷竜がブレスを放ちながら迫るたび、次第に詰められつつある。
「光雷竜に足止め班を突破して来られたら、今度こそ道を塞がれてしまいますね」
一度後ろを振り返り、涼乃はそう判断する。
遅滞攻撃を仕掛ける足止め班の奮戦がなければ、ケルベロス達は瞬く間に追い付かれ、道を塞がれていただろう。
この魔空回廊が広く、完全に道を塞がれることこそ無いとはいえ、迂回を繰り返せば速度は落ち、その分だけ光雷竜が攻撃する機会は増えてしまう。
「足止め班と突破班を誤認させられたのも、一度切り……となれば」
「だったら、やるしかないだろうな」
ルルの言葉を受け、史仁は不敵に笑った。涼乃が一度魔空回廊の出口を惜しげに見つめながら、ドラグナーへと狙いを定める。
「こうなったら、しょうがないか!」
「ゲートのある場所なんて面白そうな所、是非見てみたいが、最初の一目はくれてやるよ。こっちはこっちで魔空回廊を堪能していく」
「ここはわたしたちが……先のことは、お願いします」
史仁が言い、ユイの喉から、歌声が溢れ出した。
「幽かなる 雨音来たりて 時止まれ♪」
歌声の響きが、魔空回廊に、静謐なる空間を作り出す。
16人の突破班が、再び8名と8名に分かれる。
またか、とドラゴン勢力側が警戒した時、8名のうち片方が、さらに2つに割れた。
わずかに4名ずつの2隊は、ドラグナー2体へとそれぞれに突っ込んでいく。
●道塞ぐは刃
ケルベロス16人とドラグナー2体。
頭数で言えばケルベロス達の方が上だが、魔空回廊という環境を鑑みれば、戦力面で優越しているのはドラグナーの側だ。
その状況で、なおも戦力を分割すれば、ドラグナー達はケルベロスを一蹴できる。
『愚かなことですね』
「さて、どうかな!」
鋭い刃を備えた紅白のドラグナーへと迫るのは、フクロウ、ディクロ、ニケ、テオドシウスの4名だった。
ドラゴン勢力は知らないことだが、突破班は4名ずつの4チーム構成だ。そのうち、交戦での残り耐久力を元に、残るチームを決めるという方針が定められていた。
だが、刃持つドラグナーの、残った者達への対応は、『無視する』ことだ。
攻撃がさして脅威にもならず、自分を狙ってくるというのならば、奥へ向かおうとする者達の行く手を阻むのを優先すれば良い。
「行くぞぉ!!」
その妨害をさせじと飛び込んだのは、テオドシウスだった。
両手のマインドリングを合わせ、光の巨人へ変じた彼の一撃を、魔空回廊の力で強化されたドラグナーの怪力は、しかし易々と受け止める。
(「今のうちに!」)
決死の表情で念じるテオドシウスの思いに応じるように、さらに先を目指す8名は加速せんとする。だが、それでも振るわれる刃の切っ先が、2体の間をすり抜けるようにして先を目指すベルカントを狙う。
「目覚めよ、竜翼の盾!」
だが、詠唱が響き、硬質の音がそれに続いた。
フクロウが地獄化した翼で、刃がベルカントに届く寸前の受け止めたのだ。
盾ごと自分の体を斬り裂いた刃を引き戻そうとする動きを、フクロウは渾身の力を込めて阻止。
足止め班の方から飛来したライトニングボルトをかわすため、ドラグナーが身を捻った隙に、突破をかける8人は出口へ向かう。
『邪魔をしますか』
「するに決まっているよ。何度だって!」
耐え切ったフクロウを内心で称賛しながら、ニケは魔法陣を続けざまに描き、仲間達の守りを固めていく。
ドラグナーが顔をしかめた瞬間、ドラグナーと組み合うテオドシウスの後ろからディクロが飛び出す。まさに俊敏な猫の如く、ディクロはドラグナーの鱗に靴のつま先をひっかけると、さらに喉元目掛けて跳躍した。
突きだされた黒猫獣人の爪が、ドラグナーの鱗の隙間へと滑り込み、僅かな傷をつけた。
『……貴様』
「お前の相手は俺達だ。……黙って踊りなよ」
静かな狂気を帯びたディクロの言葉と共に、怒りの魔力を帯びたリボンが傷口の鱗に巻き付いていく。
冷静さを欠いたドラグナーの目が、ディクロへと向けられた。してやったりと言わんばかりに黒猫の尻尾が揺らめく。
テオドシウスがドラグナーとの殴り合いに入るのを見ながら、ニケは魔空回廊の神社側へと目を向ける。そして、そこに見た光景に、思わず眉を寄せた。
●紫鱗のドラグナー
円盤のような歪な頭部を持つドラグナーへと立ち向かうケルベロスは、紗生子、史仁、ユイ、涼乃。
「やるぞ!!」
史仁の号令の元、ニケ達、刃のドラグナーと戦う側同様に、先を急ぐ者8人とドラグナーとの間に身を滑り込ませ、進路を確保する。
『その手は、もう見た……』
竜形態への変身前は魔法を主体に戦っていたが、変身した後のドラグナーのグラビティは即座に見抜けるようなものではない。が、その性質はすぐに分かった。
ケルベロス達へと襲い掛かるのは、頭部から放たれる強烈な怪音波だ。
ユイが生み出した静寂の空間を内側から引きちぎるように、その怪音波は一定間隔で波長を変えながら響き渡る。
「……ッ」
「シンバルでも食ったのか、このドラグナーは!?」
「パラボラアンテナかも知れませんね」
「ダモクレスでもあるまいに……おい、しっかりしろ!」
怪音波を響かせながら、突破を図る8名の前へ回り込もうとするドラグナーを阻止する紗生子とユイの意識が、時折怪しくなっているのを見て取り、史仁は高めたオーラを放ち、治療に当たる。
「あれは……厄介ですね」
その音が催眠効果を帯びていることを涼乃は聞き取った。
威力が分散する分、即座に戦闘不能に陥ることは無いが、少人数で戦うケルベロス達にとって、1人の行動不能による悪影響は大きい。
さらに問題なのは、先を急ぐ者達の方まで怪音波に巻き込まれていることだ。
一秒が惜しい状況で、まとめて複数の者達が敵味方の区別がつかなくなり、足を止めてしまえば、突破どころの騒ぎではなくなる。
「ごめん、この音まで全部防ぐのムリ!!」
「構いません!」
「こちらはこちらで、なんとかしますから!」
紗生子の声に、ベルカントとエルス、メディック担当の2人から頼もしい返事が返る。あの2人が治療を続けてくれれば、前を走る8人にも問題は無いだろう。そう判断すると、涼乃はドラグナーへと意識を集中させる。
「やーい弱虫だから追っかけ何てするのねおバカさん! 悔しかったら倒してみなさい!」
ユイが電波に対抗するように殲剣の理を歌い上げる横、紗生子が拙い語彙でドラグナーを挑発する。
さらに足止め班の方からもアルタの制圧射撃が飛来し、ドラグナーの意識が一瞬、逸れた。隙をついて、涼乃はグラビティを滑り込まていく。
「たとえ仄かな灯りでも、集まればそれは希望となる……任せた、涼乃!」
「ここは、禁縄禁縛呪でいきます!」
史仁の生み出す薄霧が、涼乃へと力を与える。生じた光縄が身をよじったドラグナーへと素早く巻き付き、その体を締め上げた。
『チッ、だが、この程度で……!』
肉体を締め付けられ、ドラグナーが僅かに動きを鈍らせるも、完全に動きを止めるには至らない。続けざまに石化光線を放つべく詠唱を開始する涼乃だが、ニケからの警告が、彼女に新たな危機を告げる。
「注意しろ! 光雷竜が、追い付いて来る!」
●光雷竜猛追
『何をやっている……!』
後ろを任せたドラグナー達による妨害が失敗する光景に、光雷竜が激昂するのをトルティーヤは目の当たりにした。
「どうした、顔色が変わってみえたぜ!!」
『黙れ』
怒りと共に放たれた光の軌道へと身を躍らせたトルティーヤのミミックが、光を受けて消滅する。
広がる光や雷を受け、傷つく体に鞭打って、冬也は惨殺ナイフを手に竜へと切りかかっていく。既に彼を含め、光雷竜のブレスに身を晒したディフェンダー達は、多かれ少なかれ傷ついていた。
足止め班の者達に狙いを向けていないのが幸いして脱落したケルベロスはまだいないが、守りに動いたサーヴァント達は消え、気力だけで動いているような状態の者も複数いる。
「みんな、まだまだいけるね? こんな所で、斃れる訳にはいかないだろう?」
「ああ、当然だ!」
だが、窮地を乗り越えてこその英雄譚とばかり、発破をかけて来るネフィリムの言葉に、冬也の手に力が宿る。
「もう何分も無いわ。もうひと頑張り、いきましょう!」
自分に言い聞かせるように、ミリアムは光雷竜へと旋刃脚を繰り出していった。
既にケルベロス達の先頭は、ドラグナー2体の横を抜け、魔空回廊の半ばを通過している。ゲートに辿り着くまで、もうそう時間はかからない。
『この私が、むざむざと突破を許すだと? そのようなこと、認められるものか!!』
だが突破を許すことは、ドラゴン勢力の優位性を保つ上において、そしてこの光雷竜のプライドの面においても、認められるものではなかった。
攻撃を鱗からの光が弾くに任せ、阻止せんとする足止め班のケルベロス達をその巨体で無理やりに押しのけて、光雷竜はゲート側へとこれまで以上の加速を見せ始める。
「……馬鹿力だな」
「おいおい、浮気は無しだぜ!」
キースは立て続けにアームドフォートから砲弾を放ち、一太がチェーンソー剣で切りかかる。光雷竜の体を覆う光が集中して防壁のように一太のチェーンソーの切っ先を食い止める間に、キースの砲弾が届き、鱗に傷をつける。
「攻撃の命中を確認。支援は有効に機能しています」
「あちらさんに、まるで堪えた様子がないのは困ったもんだけどねぇ」
ケルベロスチェインで魔法陣を描きながら、フィーが赤頭巾に覆われた頭を揺らす。
繰り返しピコやフィーからの支援を受けた足止め班のスナイパー達の攻撃は、戦闘開始直後に比べ、光雷竜の光防壁を突破して命中するようになって来ていた。
「向こうになら、ボク達の攻撃もまだ当てやすいね」
全体の戦線がゲート側に近付く中、ティクリコティクをはじめとして、足止め班の一部は突破班と交戦中のドラグナーもその狙いに含め、突破班への妨害をさせまいとしている。
だが、勢いを弱められながらも、加速を開始した光雷竜の動きは止まらない。
先ほどまでの光雷竜がケルベロス達の攻撃にも動じぬ巨岩ならば、今の光雷竜の勢いは山を駆け下る土石流のようだ。
「断じて、先へは行かせません!」
「ここで負けたら眼鏡がすたりますよ!」
翼を広げ加速する光雷竜の体へと、アルタが蹴りを繰り出し、メリッサがヒールドローンを従えて竜の動きを止めんとする。
他の足止め班の者達もまた、メリッサに追随するように身を挺し、至近距離からグラビティを繰り出して竜の動きを止めにかかる。
だが全員の体と装備を合わせれば1トンを軽く超えるであろう重量も、光雷竜を止めるには軽過ぎる。
「彼らの邪魔は、させないわ……鎌鼬に横切られて、不吉だけで済むと思わないことね!」
光雷竜の前へ回り込んだ葵の蹴りが生み出す不可視の衝撃波が、荒々しく加速する光雷竜の鼻先を裂く。瞬間、返す刀で放たれた閃光が、彼女の体を貫いた。
後方から迫る光雷竜の姿に、先を急ぐ突破班も気付いていた。
ドラグナーの相手をするために残った2チームは、その相手に忙殺されている。
これまで攻撃を食い止めてくれている足止め班にも限界はある。
「次は、私達が……!」
ルルの声に、ベルカントとカルナ、リリアが反転した。自分達よりも、残る4人の方が確実に辿り着けるという判断だ。
「ありがとう、お願いします!」
先を急ぐエルス、リカ、オルテンシア、清十郎の4人を守るように、残った者達は光雷竜への迎撃態勢を取る。
もはや、魔空回廊の出口までケルベロス達を阻む者はいない。ファミリアロッドを構えたカルナが、ドラゴンの体を守る光防壁が消える一瞬を見極めるべく狙いを定める。
「追い付かれるまでの時間を稼げば、僕達の勝ちです!」
「イコちゃん、あとちょっとだよ。がんばろ!」
ルルに声をかけられたテレビウムが、大きく手を振った。凶器を振りかざして竜へと向かおうとしたテレビウムが慌ただしく画面を切り替えたかと思うと、先を急ぐ4人への間を遮るように身を躍らせる。
瞬間、稲光を受けたテレビウムが、画面を弾けさせて消滅。
稲光と交差するように放たれたカルナのファミリアが、光雷竜へと向けて放たれた。
『何を手こずっている、先頭の者達に攻撃を集中させろ!』
光雷竜からドラグナーへの指示が飛び、それぞれにケルベロス達に応戦していたドラグナー達が、先頭を行く4人へ攻撃を向けんとする。
「目的を果たし、みんなと一緒に必ず帰る……そのために!」
リリアは、紅白のドラグナーから放たれた刃を何重にも束ねた鎖で食い止めながら、光雷竜達を見据えた。
ドラゴン勢力側の3体が、力の差に驕っている様子はもはや無い。
「正念場だ、気合を入れろ!」
気咬弾を放ちながらフクロウが叫ぶ。
彼が攻撃している紅白のドラグナーだけではなく、紫鱗のドラグナーもまた怪音波をケルベロス達に叩きつけ、脳を揺さぶり同士討ちを誘わんとしてくる。
「むー、こっち向いてー!」
紗生子はドラグナーがこちらを寄せ付けまいと振るう尾を掻い潜ると、『黒鏡』を振るった。切っ先が紫の鱗を裂き、ドラグナーに僅かな傷をつける。
「そのまま、食い止めていておくれよ!!」
紗生子に声援を送ったネフィリムがオーラを高め、催眠に陥ったアルタを癒した。
「……っ、助かります」
我を取り戻したアルタは、リリアを退けんとする紅白のドラグナーの足元へ鋭く蹴りを叩きこんだ。その蹴り足を直蹴りに変え、もう一度ドラグナーを蹴りつけると、アルタは再び光雷竜の妨害へと戻っていく。
「失礼、このドラグナーは任せます」
「うん、後はこっちで!」
ドラグナーの態勢が崩れたのを見逃さず、ルルの手にした宝珠から花弁が溢れた。
「花の棺にて、永久の眠りを」
ドラグナーを包み込んだ花びらが、その動きを鈍らせていく。
追いすがるドラゴン勢力とケルベロス達は、混戦状態のままに魔空回廊の出口側へと近づいていった。残るケルベロス達の誰もが、ここが正念場だと理解している。
「とっておきの弾丸だ。心して聴きなッ!!」
銃を真上に向けて放たれたトルティーヤの弾丸が、ケルベロス達の戦意を奮い立たせる。続けて響くのは、ベルカントの魔曲だ。
「響け、玲瓏たる月の囁き」
凛と響き渡る魔曲が、怪音波の影響を打ち払き、難敵に立ち向かうケルベロス達の意識を研ぎ澄ます。
「今なら……!!」
合わせるように響いたユイの澄んだ歌声が、紫鱗のドラグナーの意識を自分へと引き寄せる。すかさず涼乃が翼から聖なる光を放ち、ドラグナーへと向けた。
『くっ、何故、こうもままならんのだ……』
「敗因は一つ……お前は裸眼で、私は眼鏡だ!」
「妄言と判断します」
眼鏡教主の言葉を、ピコが冷静に否定した。彼女のヒールドローンが仲間達を守りにかかる横、フィーは薬瓶を次々に合流した味方へと振りまき、その攻撃の精度を高めにかかる。
「ま、過信を捨てなかったのが、命取りだよねぇ」
「自分が強過ぎて、戦力評価を誤ったんだろうね。配下を信用し過ぎだよ」
以前の交戦を思い出しながら、アンノは魔術領域を形成していく。
強行調査の際、アンノは光雷竜の前に退くことを余儀なくされたが、城ヶ島全体で見れば勝っているのはケルベロス達の側だ。
それと同様、この場でも明らかなように、戦力と勝敗は直結しない。
バルバレルというらしい光雷竜が、最初から全力で魔空回廊のゲート側出口へと逃げ、向こう側から魔空回廊を閉じていたなら、ケルベロス達にも為す術は無かった。
それを不可能にしたのは、自分達ならば、そして魔空回廊での戦いならば、ケルベロス達を確実に食い止められると考えた強者ゆえの傲慢だ。
「俺達を甘く見過ぎだぜ、光雷竜!」
「その慢心を抱いたまま、敗北してもらうよ」
一太のチェーンソー剣が光防壁とぶつかり合い火花を上げる。生まれた隙間にティクリコティクがねじ込んだ杖の先端から、雷弾がほとばしり、光を散らした。
『ならば、見せてやる、力の差を……!』
光雷竜の体に生えた角が光を帯びた。稲妻の前兆に、ミリアムが眉を寄せる。
「あれ撃たれるのは、ちょっとマズいわね」
『このバルバレルの目の前で、突破などさせるものか!』
さらに光が強まり、稲妻が放たれようとした瞬間だ。
「その隙、貰ったよ!」
声と共にほとんど真下から繰り出されたのは、直前までドラグナーと交戦していたディクロの爪の一撃だった。貫く爪の痛みとそこに帯びた魔力を受け、ドラゴンは反射的にディクロへと稲妻を向けてしまう。
「やりましたね!」
稲妻がマインドシールドごとディクロをかばったテオドシウスを焼き尽くすが、テオドシウスの顔には笑みがあった。
攻撃の機を逸し、己の迂闊さを呪うように唸る光雷竜の口から、今度は光の収束ブレスが放たれようとする。
だが、それよりもケルベロス達の攻撃が、一斉に光雷竜へと放たれる方が先だった。
「やらせません……!!」
佐楡葉のシャドウリッパーが、鱗の表面に留まっていたライトニングボルトの残滓を引きずるようにして傷口をさらに斬り裂く。戦闘開始から幾度となくケルベロス達が繰り出して来たグラビティの効力が、ついに光雷竜の体を捉え、その巨体を痺れさせる。
『……!?』
光が放たれる寸前、動きが止まる。その一瞬が、明暗を分けた。
突破班の先頭を行く4人の姿が、魔空回廊の出口の向こうへと消えていく。
『なんという……醜態だ!!』
光雷竜の苦渋に満ちた声が、ケルベロス達の目的達成を告げていた。
●火山島の『ゲート』
陽光が、4人のケルベロスを照らし出す。
振り向いた4人は、魔空回廊の出口が、どこかの火山の広い火口の淵にあるのを知った。
魔空回廊の傍には、白龍神社と同様、回廊を固定するための石碑がある。
そして、広い火口の周辺には、自分達の傍にあるものと同じように、魔空回廊を固定するための石碑が幾つも見えた。
まだ魔空回廊は開いてはいないようだが、ドラゴン勢力が地球侵略を止める気が全くない事実が、この光景だけでもよく分かった。各地に潜入しているドラグナー達は、今もどこかを拠点化する準備を進めているのかもしれない。
火口から反対側に目を向けると、見下ろす視界には森が映る。
山を覆った森の向こうに続くのは、広い海原だ。島は空から見れば、十字の形をしているようだった。
「広い島だね……」
「なんだか、不自然な植生や形のような気もしますけど……」
呟いて数歩を走ったリカとエルスは、魔空回廊の出口から距離を取ると近くにあった岩の影に隠れ、火口を覗き込んだ。
周囲を白い杭のようなもので飾られた火口の中央には、魔空回廊にも似て、色を常に変化させ続ける光の『門』が存在していた。
「あれが、ゲート!」
追い付いてきた清十郎とオルテンシアも、並んでそれを見つめる。
「すぐに、皆に知らせないと」
「うん、お願い! 私は撮影しておくから」
スマホを取り出し、ゲートの撮影をはじめるリカ。エルス達は電波の切断から復帰するまでの時間をもどかしく感じながら、GPSを確認する。そこに示された地点を見て、3人は等しく怪訝な顔になった。
「太平洋上? 東京の真東のようだけれど……」
「この位置に、このように大きな島があったという記憶は無いが」
清十郎が示された地図を覗き込んで、4人に共通の疑問を口にする。
GPS機能が示すリカ達4人の居場所は、東京からほぼ真東、およそ1200kmほどの海上だった。
オルテンシアは通信が生きているのを幸い、知っているケルベロス達へと手当たり次第に情報を発信していく。
「人跡未踏の……ドラゴン勢力が造った島ね」
第二次大侵略期に向けて、地球が行った防衛策。
龍脈をいじり、全世界のグラビティ・チェインを日本に引き寄せて防衛地点を日本に限定する際に、デウスエクス達の『ゲート』も、日本周辺に引き寄せられたとされる。
早期警戒衛星をはじめ、現代地球の科学技術を駆使すれば、地表にあるものを衛星軌道上から映し出すことも可能だ。
つまりゲートの位置が判明していないのは、『地上にない』もしくは『機械を欺瞞する何らかの手段で隠ぺいされている』、といった理由があることになる。
「ここも、上空からは見つからないようになっているのでしょうね」
「島の大きさからすると、何か発見できないような仕掛けがあると思って間違いないだろうな」
そうした会話を聞きながら、撮影モードのスマホをゲートから周囲の柱に向けたリカは、それを観察し、自分の目を疑った。
「何、あれ……?」
「どうかしました?」
リカを慄然とさせたものは、ゲートの周囲を覆い尽くすように突き刺さった、無数の白い柱だった。
視界に入るだけでも数千はあろうかという杭のそれぞれが、自分達を大幅に上回る力を持つ竜牙兵が『牙』の姿を取って待機しているのだと気付いた時、リカが受けた衝撃は、他の3人にも伝播していた。
「ただの兵士で、あれか。ドラゴン勢力の地球側本拠地を甘く見ていたな」
「あれでは、『ケルベロス・ウォー』を発動させても……」
城ヶ島での戦いを通じ、ドラゴン勢力に勝利を収めて来た4人は、ドラゴンが個体最強種族と呼ばれる所以を、まざまざと見せつけられていた。
あれだけケルベロス達に苦戦を強いた光雷竜ですら、指揮官の一人程度に過ぎないのだろう。
竜牙兵だけで、あの強さだ。仮にケルベロス・ウォーの態勢を整えても、ゲートが発見されたことがドラゴン勢力に伝われば、主力であるドラゴン、ドラグナーによって、さらなる守りが施されるだろう。
そうなってしまえば、今のケルベロス達に、勝ち目はない。少なくとも、今は。
「いずれにせよ、長居は無用ね。すぐに戻りましょう」
オルテンシアが厳しい表情で促す。
既に、ドラゴン勢力のゲートの位置は特定した。作戦の目的は果たされたのだ。
デウスエクスのゲート位置の把握という前人未到の快挙を成し遂げた4人は、自分達の来た魔空回廊へと飛び込んだ。酩酊するような感覚の中で、自分達の横を巨大な影が通過していくのを4人は感じる。
それから数秒のうちに、4人の姿は魔空回廊の中に再び現れる。出口の間近でドラグナーへと砲撃を行っていたキースが、4人の方に目を向ける。
「戻ったか」
「待たせたわね。さあ、早く……」
帰りましょう。
オルテンシアの言葉が仲間達に届くよりも早く、魔空回廊にいた全ての者達を、激しい揺れが襲った。
「魔空回廊が消えるのか!」
「光雷竜め、石碑を壊しやがったな!?」
冬也とトルティーヤの言葉に、4人が先ほどすれ違った気配が光雷竜のものであると理解した時──城ヶ島とドラゴンの島を結ぶ魔空回廊は、完全に消失した。
●魔空回廊の消失
「く……ッ」
一瞬の意識の混濁の後、白龍神社には再びケルベロス達の姿が現れていた。
彼らの前で、魔空回廊を固定していた石碑が音を立てて砕け散る。
『バルバレル様……私達を見捨てられたか!』
『しゃあねぇって、奴らを突破できなかった俺達が悪いだろ』
ケルベロス達と同様に白龍神社に現れていた紅白のドラグナーが嘆くように天を仰ぎ、紫鱗の方はさばさばとした様子でケルベロス達に敵意を向ける。
『だがせめて一矢報いねェとな! 魔空回廊の外だろうと、テメェらなんぞに負けるかよ!』
「そいつは、こっちのセリフだ。散々やってくれた分、今度はこっちがお返しさせてもらうぜ!」
一太のチェーンソー剣が唸りをあげる。
「では、戦いの幕引きと参りましょうか!」
ネフィリムの言葉と共に、ケルベロス達は2体のドラグナーとの交戦を再開する。
紅白のドラグナーや光雷竜の攻撃から仲間をかばった葵とフクロウ、テオドシウスは魔空回廊内での戦闘で戦闘不能に陥り、傷ついた者達も多い。
だが、ドラグナーの力は、魔空回廊内にいた時より遥かに弱く見え、ケルベロス達に勝利を確信させた。
「……それでも、私達より個々の実力としては上なのですが」
「こりゃ感覚狂いそうだねぇ。過信した光雷竜の気持ちが分かる気がするよ」
言葉を交わしつつ、ピコとフィーが、最後の仕上げとばかりに支援を行っていく。
魔空回廊というデウスエクスにとって絶対的な優位を得られる戦場から離れた今、二十人を超える数のケルベロスは、着実にドラグナーを追い詰めていく。
「決着がつくまで、そう時間はかからなさそうね」
「……?」
葵と共に神社の本殿に避難し、戦いの様子を見守っていたテオドシウスは、ふと怪訝な表情を浮かべた。
「どうかしたか」
「人数、少なくありませんか?」
言われ、フクロウは戦場を改めて見つめ、そこで戦う仲間の人数を数える。
「……23人」
戦闘不能に陥った自分と葵、テオドシウス、戦闘不能になって消えたサーヴァント達。そして、魔空回廊を突破したはずの4人が戦場にいない。
葵は魔空回廊の性質を思い出す。
「魔空回廊が消えた時、中にいた者は『元の場所に戻る』……」
その戻る位置が所属勢力によるものではなく『侵入した側に戻る』という意味であることは、消滅していくドラグナー達の姿からも明らかだった。
仮に全員の生還を目指すのであれば、帰路のことも考える必要があった。
フクロウは、スマートフォンに連絡が届いているのに気づき、それを確認するため画面を押す。そこに映し出されるのは、4人が『ゲート』から送信した情報だ。
4人がいるはずのドラゴン勢力のゲートの位置を、その情報が伝えて来る。
「東京から、東に1200km!?」
「……遠過ぎる」
即座にヘリオライダーに救出を手配するよう連絡を送りながらも、フクロウの頭の冷静な部分は、それが不可能に近いことを理解していた。
在日米軍から即座に動かせる輸送機を借りたとしても、到着に何時間かかり、そしてどれだけの人員が必要で、そもそも可能なのか。
致命的な遠さに、ケルベロス達は4人の生還を祈るしかなかった。
それが儚い祈りだということも、もちろん理解していた。
●四人
自分達の絶望的な状況を、ゲートの島に取り残された4人はすぐに理解した。
が、それで茫然としている者は誰もいなかった。
壊れた石碑の横で4人を見下ろす光雷竜が抱いた強烈な怒りを、その視線からひしひしと感じていた。
『我が失態も極まれりだ。この竜十字島への侵入を許すとは、な……』
さらには石碑の破壊に気付いたのか、島のあちこちから巨大にして強大な者達が動き出す。
森の木々の下から、あるいは岩肌に穿たれた洞窟から、ドラゴン達が現れ、魔空回廊のあった場所へと飛んで来ようとしている。
「森へ逃げろ!!」
清十郎の言葉に、弾かれるようにして他の3人は走り出す。
だが、清十郎はそこに留まったまま、光雷竜へと刃を向けた。
「リカ、2人を頼むぞ」
「清十郎さん!?」
「急いで」
清十郎が踏みとどまったことに気付いて声をあげたエルスを、抑えるような声でオルテンシアが促す。
山を駆け下りたリカ達3人の姿が、木々の間に消える。
清十郎は独り、藤原定家の句を口ずさんだ。
「春くれば 星のくらいにかげみえて 雲居のはしに いづるたをやめ」
彼が修めた天真正伝鞍御守流の極意たる水月位の境地に入る。
だが、反するように血は沸騰するように滾り、清十郎の肉体を突き動かそうとしていた。己が死の淵にあることを、清十郎は改めて自覚する。
こちらへと突進して来る光雷竜の口に光が宿った。
島の上空に現れつつあるドラゴン達が、自分達へと視線を向けて来ている。
ドラゴンの口から光が弾けた瞬間、清十郎は飛び出した。
それまでにはありえぬ速度で光を掻い潜り、光の防壁の隙間へと刀を叩きつける。
「聞け、竜の血族共! 我が名は巽清十郎。貴様ら降魔が作り出した地獄に生まれし、不死なる呪いに寿ぎを与えるケルベロス!」
手首と鍔と紐を結んだ刀で光雷竜を斬り裂きながら、清十郎は堂々と名乗りを上げた。撃ち下ろされてくる雷撃が、彼の半身を焼く。
己の中で暴走する力に意識を押し流されそうになりながら、清十郎は駆けた。光雷竜は、いまだ完全に回復したわけではない。仲間達がつけた傷口を抉るように降魔真拳が繰り出されようとし、しかし光の防壁によって弾かれた。
振り下ろされて来る光を帯びた爪に、『魔空踏破』の名をつけた死経装が深々と斬り裂かれる。
山の斜面を転がりながらもバトルガントレットで地面を殴りつけて追撃をかわすと、清十郎は再び刀を構えた。
「汝らのゲートはこれで我らが知る所となった。我らの力、貴様らにはまだ及ぶまい。
だが! 遠からざる未来、我らは必ず勝つ!」
自分はなんと稀有壮大なことを言っているのかと、清十郎の口元に、笑みが滲む。
何しろ光雷竜一体をとってみても、その実力は暴走しつつある今の清十郎よりも、よほど強いのだ。戦いに反応して上空を舞うドラゴンの中には、光雷竜を上回る力を持つ者が混じっているのも見て取れる。
それでも、ケルベロス達ならば。
「次なる戦をせいぜい楽しみにするがいい!」
渾身の力を込めて振るった刀が、光雷竜の腕を深々と斬り裂く。
直後にほとばしった閃光が、彼が最期に見たものだった。
●三人
森へと逃げ込んだ3人は、火口から見えた建造物があった場所を極力回避しながら、木々の間を縫うようにして、ひたすらに海岸を目指していた。
上空には、ドラゴン達がおり、発見されれてしまえば一たまりも無い。
「敵の追跡が鈍いのは幸いかな」
「攻め込まれることなんて、想定していなかったんでしょうね」
侵略が開始されて以来、地球に住む定命の者達はデウスエクスの『ゲート』を発見することが出来ずにいた。
まさか『個体最強』を謳われる自分達がその最初の例になるとは、ドラゴン達も想像していなかったに違いない。
逃走中に川を見つけ、それに沿う形で海沿いの崖近くまで至った3人は、しかしそこで足を止めた。木々の向こうには滝があり、その周辺には竜牙兵達の姿がある。
自分達の捜索に出て来たのかは分からないが、発見されればそれで終わりだ。
「……あたしが気を逸らすから、その間に逃げて」
リカは即座にそう決断し、映像データの入ったメモリーカードをスマホから取り出すと、エルスとオルテンシアに向けて突き出した。
迷う様子の2人に、リカは続ける。
「あたし、飛べないからさ。ついてったら足手纏いになっちゃうよ」
清十郎が、留まった清十郎が、自分を名指しした意味を、リカは理解していた。
生還できる見込みがあるのは、飛べるエルスとオルテンシアだけだ。
「どちらかが、担いでいけば……」
「すぐに追い付かれちゃうでしょ?」
オラトリオの飛行能力は生身で時速30kmを維持することが可能だが、他に1人乗せればそれも半減する。
リカを担ぎ、速度が半減した状態で、飛べるドラゴンや竜牙兵の追跡を逃れられるとも思えなかった。僅かな逡巡の後、オルテンシアがリカからメモリーカードを受け取り、一つ頷いた。
「それじゃあ、ね」
リカは言って、森から飛び出した。
「我が呼び出すは虚なる雷の獣、目の前を敵を噛み砕け!」
呼び出された雷の幻獣が、竜牙兵へと飛び掛かる。驚いた様子の竜牙兵達に、リカは堂々と名乗りを上げた。
「早門瀬リカ、参上! さあ、ついて来なさい!」
そう言うと、リカは島の崖沿いを走り出す。
よく走る日だ、とリカは思った。先ほどまでは魔空回廊を突破するため、そして今は2人が逃げる時間を稼ぐために。やっていることも、先程までと違わない。魔空回廊を突破した時と同様に、帰れる見込みのある者を返すために、誰かが時間を稼ぐ。
牙の形態に変形した竜牙兵達が、先回りするべく飛んでいく音を聞きながら、彼女は森へと飛び込み、さらに走り続ける。
「くっ……!」
眼前に現れた魔術師型の竜牙兵から、竜炎が飛来し、彼女の纏う『疾風迅雷』を焦がした。足が止まった瞬間を逃さずに、竜牙兵達が殺到して来る。どうか2人が無事に逃げられるように、と願いながら、少女の命は白刃の群れの下に消えた。
●二人
リカと別れ、崖から飛び立ったオルテンシアとエルスの2人は、空を西へと飛んでいた。僅かに数分を飛んだところで、それまで見えていたはずの竜十字島が完全に見えなくなったのに気づき、エルスは声をあげた。
「島が……消えた?」
「一定距離を離れると、見えなくなる仕掛けがあるようね」
そういう能力を持つドラゴンがいるのか、あるいは何かの儀式魔術なのか。
だが、それを考えている余裕は、今の2人には与えられていなかった。
島のあった場所の傍に、竜や飛行形態をとった竜牙兵達の姿が見えたのだ。
「追跡部隊ですか……」
限界まで速度を上げる二人だが、やがてドラゴンのうちの一体が、自分達へと距離を詰めて来る。その速度が完全に自分を上回っているのを見て取り、
オルテンシアはエルスに近付くと、リカから渡されたメモリーカードを手渡す。
「……!?」
苦渋に満ちた表情を浮かべたエルスに一度手を振ると、オルテンシアはドラゴンへと向き直る。
この場を突破すれば、少なくともエルスは帰れる見込みがある。
これから力を限界まで絞り出した自分が、どうなるかは分からないが──。
「シビュラを疑え。ヴォルヴァを訝れ。――天を欺き、エヌマ・エリシュを覆せ!」
如何なる窮地においても、未来に繋がる一手はあるはずだ。
カードを引き、得られた文言を以て自らの力を高めると、オルテンシアは飛来するドラゴンへと突っ込んでいった。
●一人だけの帰還
ドラゴン勢力の目を避けるべくガトリングガンを重石に海中に潜伏していたエルスが、彼女の持つGPSの反応を元にして人類側に発見されたのは、その日のうちだった。
ケルベロスの力があれば窒息死することは無いが、戦艦竜のような海に適応したドラゴンの存在も確認されている以上、生還できたのはそれらに発見されなかっただけという幸運の賜物に他ならなかっただろう。
ドラゴンのゲートの位置は判明し、しかし同時に、『ケルベロス・ウォー』を以てしても太刀打ちできないであろう敵の強さもケルベロス達へと伝わる。
いつでも『ケルベロス・ウォー』を仕掛けることは出来る。
しかし、それで勝てなければ、受ける経済的打撃も甚大だ。
いかにしてゲートを攻略し、デウスエクスの地球侵略を断つか。
ゲート位置の特定を受け、ケルベロス達の戦いは、新たな段階へと突入する。
作者:真壁真人 |
重傷:なし 死亡:早門瀬・リカ(星影のイリュージョニスト・e00339) 巽・清十郎(先代・e06957) 暴走:オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232) |
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種類:
公開:2015年12月24日
難度:難しい
参加:30人
結果:成功!
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得票:格好よかった 254/感動した 49/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 20
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