シャイターン襲撃~冬のひだまり

作者:千々和なずな

 東京都立川市。
 立川駅周辺は近未来都市と言われる発展ぶりだが、そこからやや離れればまだ緑の残る街並みが見られる。そんな住宅街にある公園。
 ベビーカーを押しながらの立ち話、子どもを遊ばせながらベンチで一休み。冬のひだまりの中、子ども連れの母親たちが思い思いに時間を過ごしている。
 そんな中、由佳里はベンチに座り、顔見知りの主婦と話をしながら手を伸ばしてベビーカーをゆっくりと前後に動かしていた。今日はなぜか子どもの機嫌が悪くて、手を止めるとぐずりだす。
「そういう日ってあるわよねぇ」
 相手が返してくれるのはたわいない相づちだけれど、それにちょっと救われた気分になる。子育てにままならないことがある、と分かってくれる相手との四方山話は育児の疲れを少しだけ軽くしてくれるようだ。
 だが、そんないつもと同じ日常は、突然の来訪者によって崩れ去った。
 空から公園に光の翼を持つヴァルキュリア3体が舞い降りる。
「あれはなに?」
 問われた由佳里も答えられず、ただベビーカーをぎゅっと引き寄せた。
 ヴァルキュリアの2体は剣を、もう1体は斧を手にしていたが、地面に降りざまにそれを……砂場で遊ぶ子どもへとふるう。
 つんざくような悲鳴は倒れた子どもではなく母のもの。その母もすぐに子どものあとを追うように屠られた。
 子どもに駆け寄る母親、手を引いて逃げようとする母親、泣く子ども。
 逃げないと。
 由佳里はぎくしゃくする足を励まして、ベビーカーを押して駆け出した。が、その前をふさぐようにヴァルキュリアが現れた。
 もう逃げられない。由佳里はベビーカーの上に身体を伏せる。せめてせめてこの子だけは。
 顔だけを向けて振り仰げば。
 ヴァルキュリアは無表情に斧を振りかぶり……風を切る音とともに振り下ろす。
 由佳里が最期に見たものは、ヴァルキュリアの頬をすべる血の涙。そして銀色に光る死の刃、だった。
 
「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っている所ですが、エインヘリアルにも大きな動きがあったようです」
 セリカ・リュミエールはそう前置きしてから、今回の事件の情報をケルベロスたちに説明した。
「鎌倉防衛戦で、第一王子ザイフリートが敗北したことは皆さんの記憶にも新しいことと思います。その後任として、新たな王子が地球への侵攻を開始したようなのです」
 エインヘリアルは、ザイフリート配下であったヴァルキュリアをなんらかの方法で強制的に従えている。そのヴァルキュリアに魔空回廊を利用して人間達を殺させ、グラビティ・チェインを得ようと画策しているらしい。
「その魔空回廊のうちの1つが、東京都立川市に開くことが分かりました。そこからヴァルキュリアと、それを従えている敵……妖精八種族の一つシャイターンが現れます。シャイターンはグラビティ・チェインの奪取のため、ヴァルキュリアに人々を虐殺するように命じ、ヴァルキュリアはそれに従います。このもくろみを壊すためには、都市内部で暴れるヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターンを撃破する必要があります」
 
 魔空回廊から現れるのは、1体のシャイターンと16体のヴァルキュリア。
 そのうちのヴァルキュリア3体の対処を任せたいのだとセリカは言った。
「3体のヴァルキュリアが向かうのは、住宅街にある公園です」
 セリカは地図にある公園を円く囲んだ。
「この公園ではお母さんたちが子どもを遊ばせているところです。ヴァルキュリアはこの公園にいる者すべてを殺し、グラビティ・チェインを奪います」
 それを阻止するのが今回の依頼だ。
「ヴァルキュリアが命じられているのは、住民を虐殺してグラビティ・チェインを奪うこと。ですが、それを邪魔する者が出た場合は、邪魔者の排除を優先して行うよう命令されています」
 つまり、ケルベロスが戦いを挑めばヴァルキュリアにとって優先となるのはケルベロスの排除となり、住民は襲われずに済む、ということだ。
「公園にはヴァルキュリアが来る前に到着できます。公園にいる人々に何があるかを事前に知らせるのは構いませんが、避難を始めてしまうとヴァルキュリアの進路が変わってしまう恐れがあります。住民を移動させるのは、ケルベロスがヴァルキュリアに一撃でも攻撃をくわえたあとにしてください」
 人々を先に散らしてしまうとまったく別の場所が襲撃目標とされてしまうかもしれないからと、セリカは念を押した。

「ヴァルキュリアのうち2体はゾディアックソードを使い、もう1体はルーンアックスを使って戦います。3体の中ではルーンアックスを使うヴァルキュリアがやや強いようです」
 ヴァルキュリアはれぞれの武器のグラビティを使用して、全力で襲いかかってくる。
「住民の虐殺は決してヴァルキュリアの望むところではありません。けれど、都市内部にシャイターンがいる限り、ヴァルキュリアの洗脳は強固であり、何の迷いもなく命令を遂行しようとするでしょう。操られているヴァルキュリアには同情の余地もありますが、ケルベロスが敗北すればヴァルキュリアによって住民が虐殺されてしまいます。ここは心を鬼にしてでも、ヴァルキュリアを撃破する必要があるでしょう」
 淡々と殺戮を行うヴァルキュリアの、真の心を表すのはその流す血の涙のみ。
「洗脳を解く方法はないのか?」
 ケルベロスに問われ、セリカは目を伏せる。
「残念ながら今の状態では、洗脳を解くことは出来ません。ただ……」
「ただ?」
「シャイターン撃破に向かったケルベロスがシャイターンを撃破した後ならば、なんらかの隙ができるかもしれません。けれど今の段階では、シャイターン撃破後にヴァルキュリアがどういう状態になるかは不明です。あくまでも可能性が考えられる、という程度にすぎません」
 洗脳を解こうと試みるならば、シャイターン撃破までヴァルキュリアを殺さないようにする必要がある。成功するがどうか分からない上、その分戦闘の難易度はあがるだろう。それに賭けるか、倒すことを優先するかは依頼に参加した者次第だ。
「もう1つ、気をつけていただきたいことがあります。戦いの状況によっては、もう1体ヴァルキュリアが援軍としてやってくる場合もあります。くれぐれも注意は怠らないようにしてください」
 援軍としてやってくるヴァルキュリアはシャイターンが連れている4体のうちの1体。妖精弓のグラビティを使用するだろうとセリカは説明した。
 
「3体、もしくは4体とのヴァルキュリアとの戦いは楽なものではないでしょう。ですがこのままにしておけば、多くの住民が殺されてしまいます。ヴァルキュリアにとっても、操られて虐殺に手を染める前に止めてもらえるならば……それが自身の命と引き替えになろうとも、良いのかもしれません」
 どうかこの悲劇を止めて下さい。そうセリカは頼むのだった。


参加者
楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)
岬・よう子(金緑の一振り・e00096)
コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)
文月・蒼哉(着ぐるみ探偵・e04973)
天宮・燕雀(籠の鶏売りもすれば買いもする・e14796)
ノイアール・クロックス(ちぎり系ドワーフ・e15199)
東雲・菜々乃(ウェアライダーの自宅警備員・e18447)
瑞澤・うずまき(纏風紅花・e20031)

■リプレイ


 冬の日が公園に差している。
 いつもは見かけない顔が何人もいるが、溶け込んでいるためか、公園の人々は誰も気にしていない。
 そしてまた2人、天宮・燕雀(籠の鶏売りもすれば買いもする・e14796)と文月・蒼哉(着ぐるみ探偵・e04973)が公園に入ってきて、さりげなくケルベロスたちに視線を送った。
(「警察の配備完了ってことなのですね」)
 東雲・菜々乃(ウェアライダーの自宅警備員・e18447)は砂場に近いベンチに座り、周囲に気を払っていた。本当に住民をうまく避難させられるかと考えると不安だが、今は自分のやるべきことをしなければ。
 燕雀はさりげなく空を見上げた。今の所は冬色の空があるだけだ。
 襲撃を待つ間、親子連れを見ていた瑞澤・うずまき(纏風紅花・e20031)は、子どもの可愛さに釘付けだ。
 あやしたい。
 恐る恐る話しかけると、母親が子どもを軽く揺らして笑顔にしてくれた。きゃっきゃと笑う子どもに、この平和を守らなければとうずまきは心に決めた。
「何を作っているんだ」
 岬・よう子(金緑の一振り・e00096)は砂を台のように盛っている子に話しかけた。
「クリスマスケーキ! 今年はね、チョコのなんだよ」
 すぐそこに迫っている死の運命も知らず、子どもは笑う。
 その様子にちらりと目をやると、ノイアール・クロックス(ちぎり系ドワーフ・e15199)はメールをチェックしているふりへと戻る。画面に目はやっているけれど、それ以上に脳裏を占めていることがあるから内容は全く頭に入ってこない。
 さりげなさに緊張を隠し、時を待つ。
 そして――。
 空に現れる3つの影。それは見る間に大きさを増しながら迫ってきた。


 ヴァルキュリアが降り立つその瞬間。
 楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)は星座の重力を宿した剣を、全力で斬り下ろした。
 牡丹自身はまだもやもやとした割り切れなさがあり説得には消極的ではあるが、共に戦う皆がそうしたいと言うのなら、盾となるのに迷いはない。その横でテレビウムのブローラが、手にした凶器を振るった。
 ヴァルキュリアは牡丹と同じ攻撃を以て反撃する。ずしりと斬り込むその重み。だがその攻撃を受けるのが子どもでなくて良かったと牡丹は思う。
「戦う相手はこっちっすよ」
 ノイアールがヴァルキュリアへと蹴りを繰り出すと、ミミックのミミ蔵はその前に位置取り、ふたと本体でがぶりと食らいつく。
 よう子は両手を交差して左右の腰の斬霊刀を抜き放ち、まだ地面に降りきる前の1体へと精神を集中させた。突如起きた爆発がヴァルキュリアを襲う。
 何が起きているか分からず立ちすくむ人々へ、よう子は呼びかける。
「子らよ、何も心配せず母と手を取れ」
「皆さん、砂場から離れて警察の指示に従って下さい」
 予め避難誘導を依頼していた警察に合図した燕雀は、丁寧ではあるがはっきりした声で人々に呼びかけてから、その場でオーラの弾丸を撃ち出した。
 そこでやっと、自分たちが直面している事態が飲み込めたのか、母親は必死に我が子の元へと走った。それがパニックに変わる前に、蒼哉はケルベロス探偵コートを羽織った黒猫の着ぐるみ姿にスタイリッシュ変身。
「落ち着いて警察の指示に従い逃げるんだ。大丈夫、ここは俺たちケルベロスが抑える!」
 親しみやすく、かつ恰好良く。蒼哉は母子を促し、公園に雪崩れ込んでくる警察の方へと誘導を始めた。
 警察官の制服、何よりケルベロスが護ってくれるという希望が人々の足を動かした。もう少し誘導が必要だと判断した蒼哉は仲間に戦闘の場を任せ、一旦避難に付き添う。
 攻撃を受けながらも降り立ったヴァルキュリアは、剣からオーラを飛ばしてきた。乙女の姿を取るオーラが燕雀を含め、後衛に立つケルベロスに氷となってまとわりつく。
 最初に降りた敵の左、逃げる人々の一番近くに降りたヴァルキュリアめがけ、菜々乃は魔力をこめた咆哮をあげた。当たらずとも目を引けばと意図した攻撃だが、それはきれいに命中する。そこにうずまきが、武器にグラビティ・チェインの破壊力を乗せ叩きつけた。2人のウィングキャット、プリンとねこさんが前衛と後衛に手分けして清浄の風を送る。
 コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)は状況を判断して菜々乃を回復させた後、片目を閉じ、打ち合わせ通りにアイズフォンで連絡を入れる。これで戦闘開始したことが、立川市に現れたシャイターンと戦うアンドロメダ・オリュンポスへ伝わるはずだ。
 立川市の各地で戦いが始まる。その先に待つ未来は如何に。


 ルーンアックスを使うヴァルキュリアがやや強い。そう教えられてはいたが、実際その斧が唸りをあげるたび、大きなダメージがケルベロスを襲った。
 戦い方で判断するに、斧使いがクラッシャー、最初に降りた剣を持つ長身の女性がディフェンダー、その後方の長い金髪の剣使いがメディックだと思われた。
 見切られてもまだしもゾディアックブレイクのほうが命中率が高いので、牡丹は斧使いへとゾディアックソードを振るい続ける。受ける傷は大きくとも、メディックのコッペリアとうずまきだけでなく、皆が皆の体力に気を払い、こまめに回復をかける。
 今回取っている作戦は、倒れず、相手も殺さず長期戦を行うというもの。
 ケルベロス側の前衛すべてがディフェンダー。回復も十分に用意して戦いに臨んでいる。
「恐るることはない、奢るることはない、戦場で共に踊ろう」
 よう子は愛らしい笑顔で御先の旗印を使い、敵の目を引く。そうして足止めするうちに、仲間が戦え、人々を救えるのなら、それこそがよう子の有り様だ。
 ノイアールの電光石火の蹴りも、燕雀の妖精の加護を宿す矢も、狙いは斧使い。強い相手を先に倒そうという目的からではなく、庇いにかかる敵のディフェンダーを万が一にも殺してしまわぬようにとの配慮だ。
 序盤は手加減不要だと、菜々乃は蔓触手形態にした攻性植物を斧使いに絡みつかせ、締め上げる。
 シャイターンを倒した後、この状況の何が変わるか分からない。だがその機会を生かすためにも戦い方は重要だ。

 一方蒼哉は、避難の人々を警官に引き渡し、戦場に駆け戻るためすぐに身を翻す。
 だがそのとき。
 アンドロメダからの連絡を受けたコッペリアが声をあげた。
「お気をつけください。援軍が派遣されたようでございます」
「えっ、もうなのです?」
 戦闘開始してから3分ほどしか経っていないのにと菜々乃は空に目をやった。もちろんまだ何も見えないが、来るとすれば1、2分で到達してしまう。
 大急ぎで戻る蒼哉が合流したとしても、敵が1体増えればかなり厳しい戦いとなる。敵の援軍はどこに向かうのだろうか。


 援軍の有無に関わらず今やらねばならないことは変わらない。
 戦線に加わった蒼哉はまずはとサイコフォースを斧使いに炸裂させた。ヴァルキュリアはそれを淡々と受け、淡々と攻撃をしてくる。表情は凍り付いたように動かない。
「こんな命令嫌なんだろ? 血の涙を流すほどに」
 意に反して虐殺を強制されるなど酷い話だと蒼哉は苦い思いを噛みしめる。
 よう子はシャイターンの凶器とされた彼女らに、責を問いも同情もするつもりはない。ただ護るべきものへ切っ先が向けられるなら、自身の身で跳ね除ける。それだけだ。
「心があるというのなら、抗え。操られたのは貴様の弱さだ。貴様の強さを見せてみろ」
 刃をあわせた相手をよう子は叱咤した。
 よう子の傷を溜めたオーラで癒しつつコッペリアは、
「如何な事情で従っているか存じません。しかし、狡兎死して走狗烹らる。待っているのは使い捨てられる未来しか存在しないことだけは確かでございます」
 未来ではなく、現在既にそうされているのかも知れないヴァルキュリアへと言葉を紡いだ。

「そろそろ手加減攻撃に切り替えるべきでしょうか?」
 尚も続く戦闘の中、燕雀は皆に尋ねた。攻撃を受けてもヴァルキュリアは無表情で、どの位ダメージが入っているのかの推測が難しい。
「正直分かんないけど、切り替えておいた方が安心っすね」
「はい。説得のためにも時間を稼いでおくのですよ」
 ノイアールの言葉に菜々乃も頷く。
 手加減の出来ないサーヴァントには回復以外をしないようにと指示を出し、蒼哉は攻撃するのを控え、ケルベロスたちは手加減攻撃へと切り替える。
 こちらが手加減しても敵の攻撃の手は緩まない。回復が十分足りていることと、敵の援軍が現れる様子がないのが幸いだ。
 金髪のヴァルキュリアから乙女座のオーラが、後衛を凍てつかせんと放たれた。牡丹は身を呈してうずまきを庇い、ダメージを引き受ける。
「痛い……けど、痛くない!」
 同様に燕雀をかばったブローラは持ち堪えられずに倒れた。けれど牡丹は心を励ます。
「良い女の条件その1! 初志貫徹すること!」
「そう、ここで負けてられないですよ。すまいるっぜろえんーっ」
 うずまきの打ちだした弾丸は虹色に輝いて命中すると、温かな微睡みのような光で包み込み傷を癒した。きっとこの戦いの先にも、笑顔の未来があることを示すように。

 攻撃目標は敵クラッシャーの斧使い。
 敵も抵抗するが、集中する攻撃に徐々に押され、ついに。
 大振りしたルーンアックスがよう子の斬霊刀に弾かれる。体勢を崩した敵をよう子は鮮やかな身のこなしで斬り祓った。戦闘不能となった敵は崩れるように膝をついた。最早これ以上の戦闘続行は不可能。そう判断したヴァルキュリアは、地面を蹴るようにして空中に逃れ撤退していった。
 やっと1体。だがクラッシャーを退けたのは大きい。
 残るは2体。とはいえ手加減攻撃が届くのはディフェンダーのみだから、ケルベロスたちの攻撃は自然と集中する。
 敵はゾディアックソードを巧みに使い、こちらの守護を打ち破り、重い攻撃を叩き込んでくる。その敵の足下に滑り込むようにしてノイアールは蹴りをくらわせた。
 油断できない相手ではあるが、これならば1体ずつ戦闘不能にしていけそうだ。だが……手加減攻撃で倒せば、敵にはわずかながら体力が残る。戦えない状態で戦場に留まる理由のない敵はその力で撤退を選び、立ち去ってしまうだろう。
 それは、犠牲を出さないという願いには反しない。けれど……。
 迷いはあるが、いつまでも敵の攻撃を受けていては回復できないダメージが積み重なり、ケルベロスとて倒れてしまう。相手が攻撃の手を止めないのならば、倒すしかない。
 迷ううちにも戦闘は進み、燕雀と菜々乃の放つ矢を立て続けに受けたディフェンダーが頽れた。だが彼女もまた、息をひとつつくとすぐに撤退していった。
 残るはメディック1体。仲間が倒されても何の感情もなく、ゾディアックソードを挑むように構えてケルベロスに相対する。
 倒すしかないのか。そうケルベロスが覚悟を決めたとき。
 ヴァルキュリアがはっとしたように身じろいだ。そして掲げていた剣の切っ先を下げ、地面に守護星座を描いた。守護星座は輝き、そして……ケルベロスの前衛の傷を癒した。
 一体何を。
 湧き上がる疑問に、コッペリアの声が重なった。
「シャイターンが撃破されたそうでございます」


「今の回復はその影響なの?」
 牡丹の問いかけの答えを知る者はいない。もしやと見守ると、ヴァルキュリアは何事もなかったかのようにゾディアックブレイクで斬りかかってきた。
 かと思えば、剣を持ち直し自分めがけて突き入れ自ら傷を負う。やっていることが滅茶苦茶だ。
 何が起きたのかは分からないが、シャイターン撃破により何らかの変化が起きたのは間違いない。
「あなた方に命令していたシャイターンは我々の別働隊が倒しました。投降をお願いします」
 コッペリアはそう呼びかけたが、返ってきたのはゾディアックミラージュだった。完全に洗脳が解けているのではないようだ。どこまで言葉が届くのだろうと訝りながら、菜々乃も話しかけてみた。
「望まない戦闘は、真に仕える主のためにもやめるのですよ」
 せめぎ合うものに耐えるように、ゾディアックソードの切っ先が震えている。
 その様子に、燕雀は考えを巡らせる。
(「血の涙を流すほどに苦しいことを強制されるとは、デウスエクスとはいえ同情を禁じ得ませんねぇ。それに何とかして洗脳を解くことが出来れば、恐らく今後にプラスに働くでしょうし……」)
 何か相手の興味を引けることを、と燕雀は言ってみる。
「ザイフリートは生きています。あなたは此処で私たちと戦っていて良いのですか?」
 ヴァルキュリアは動かない、いや逆に、戦おうとする身体を動くまいと抑え込んでいるのか。耐えるようにうつむいたその頬をさきほどより多くの血の涙が伝い落ちてゆく。
 胸の痛む光景を何とかしたくて、うずまきはそっと話しかける。
「泣きながら人を殺めるだなんて、二重の意味で悲しいよ。ましてや自分を傷つけるなんて。もうやめてください。あなたのしたいのは、こんなことじゃないでしょう? 本来のやりたいこと、思い出してほしいんです」
 ここで解放できなければ、ヴァルキュリアは操られたまま、己の望まぬ殺戮に駆り出される。止めたいのに、その方法が分からないのがもどかしい。
 ノイアールはどこか苦い笑みの欠片を噛みしめたあと、ヴァルキュリアへと歩み寄った。
「公園に集う人の虐殺なんて、本心じゃないっすよね」
 そして持ってきていたヴァナディースフラワーを見せた。
「女神が咲かせた花っす。自分、女神の残霊と遭遇したっすよ」
 ヴァルキュリアはそこで初めて顔を上げた。じっと視線を花束にあてる。
「女神はあなたたちの自由を望んでたっすよ。――自分もあなたたちを助けたい。だから……どうか、武器をおろしてくれませんか?」
 もう1歩、ノイアールは近づく。構えている剣に身体が触れそうな位置に。
 ヴァルキュリアはゾディアックソードを……だらりと下げた。重みに負けたように、剣はそのまま地面に落ちる。その顔は無表情から苦しげな表情へと変わっている。彼女自身の感情だ。
「洗脳は解けたようっすね。戻ればまた操られるかもしれないから、このまま地球に留まったほうがいいっす」
「ですが……」
 ヴァルキュリアは小刻みに震える手を握りしめる。そこに蒼哉も口を添える。
「こんな戦い止めて俺たちと一緒に来たらいい。自由になれる道はきっとある」
「自由……」
「そうだ。重力は俺たちの意思を縛りはしない。共に生きよう、この大地の上で!」
 蒼哉の言葉にヴァルキュリアは女神の花束に手を差し伸べた。ノイアールの手に手を添えて花束を持つ。その2人の手を、蒼哉の着ぐるみの両手が上からしっかりと結びつけるように握り込む。
 ヴァルキュリアの目から血ではない澄んだ涙がひとすじ、公園に差す冬の日差しに輝きながら流れ落ちた――。

作者:千々和なずな 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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