シャイターン襲撃~戦場の乙女たち

作者:りん


 東京都稲城市。
 それは大きな鯨の胴体のような陸橋の丁度真ん中でのこと。
 最初は小さな黒い点であったそれは渦を巻いてどんどん大きくなり……やがてその渦……魔空回廊から複数の影が現れる。
 一つは見たことのない姿のデウスエクス。そしてそのデウスエクスを護る様に光る翼を生やした少女たちが移動している。
 光りの翼を生やした少女……ヴァルキュリアたちは一部を残し、男の命令に従って4方向へと散っていく。
 金髪に碧眼の戦乙女は槍を、黒髪に赤眼の戦乙女は妖精弓を、茶髪に緑眼の戦乙女は日本刀を持ってふわりと降り立ったのは稲城市西部のショッピングモールであった。
 突然現れた彼女たちに買い物客は騒然とし……そしてその場は地獄と化した。
 我が子を庇う母親を抱えた子供ごと槍が貫き、逃げ惑う人々の手足を矢が壁や床に縫い付けて、動けなくなった彼らの首を日本刀が刎ねていく。
 泣き叫ぶ人々の声に彼女たちはその端整な顔を歪め、宝石を思わせる瞳からは赤い涙が止め処なく流れ落ちていた。


「エインヘリアルに大きな動きがありました」
 ケルベロスたちのそう告げたのはセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)だ。
 城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入って気を抜けない状況だと言う所に、エインヘリアルまで動きを見せるとは。
 むしろ気を抜けない状況だからこそだろうか。
 失脚した第一王子のザイフリートに代わる新たな王子が地球への侵略を開始したらしい。
「エインヘリアルはザイフリート配下であったヴァルキュリアを何らかの方法で強制的に従えて、魔空回廊を利用して人間たちを虐殺してグラビティ・チェインを得ようとしています」
 場所はいくつかあるのですが、とセリカは前置きした上で、集まってもらったケルベロスたちには東京都稲城市に向かって欲しいと告げた。
「ヴァルキュリア達を従えているのは、妖精八種族の一つであるシャイターンです」
 どのように操っているのかはわからないが、ヴァルキュリアをそのままにしておくわけにはいかない。
 都市内部で暴れているヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターンを撃破する必要があるだろう。
「皆さんにお願いしたいのは稲城市西部のショッピングモールに降り立つヴァルキュリアたちの対処です」
 彼女たちは周辺の人間を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとしているらしい。
 だが邪魔者がいた場合はそちらの排除を優先するよう命令がなされている様子だ。
 つまり、ケルベロスがヴァルキュリアに戦いを挑めば、彼女たちが住民を襲うことはないということだ。
「ただ……シャイターンがいる限り、彼女たちの洗脳は強固です。何の迷いもなく皆さんを殺しに来るでしょう」
 シャイターンを撃破に向かったケルベロスたちがシャイターンを撃破した後ならば、何らかの隙ができるかもしれないが、今の時点で確かなことは言えない。
 操られているヴァルキュリアに思う所はなくはない。
 だがここでケルベロスた敗北すれば罪もない住民たちの命が奪われてしまうのだ。
「……同情の余地はあるでしょう。しかし、虐殺行為はゆるされることではありません」
 3体のヴァルキュリアたちはそれぞれに槍、妖精弓、日本刀を持ち、それぞれの武器グラビティを使って攻撃をしてくるようだ。
 そして援軍が来る可能性があるとセリカは指摘する。
「シャイターンの能力はまだわかっていません。ですが、ヴァルキュリアを操っていることだけは確かです」
 ヴァルキュリアたちも望んで従っているわけではないだろうが、彼女たちが罪を犯す前にその呪縛から解き放ってやるのも一つの手なのかもしれない。
「厳しい戦いになると思いますが、どうかよろしくお願いします」


参加者
アシュヴィン・シュトゥルムフート(月夜に嗤う鬼・e00535)
佐竹・勇華(華の勇者・e00771)
星野・優輝(新米提督の喫茶店マスター・e02256)
バルドロア・ドレッドノート(ガンシップドラグーン・e03610)
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)
アナーリア・シス(新緑の蒼・e06940)
シヴィ・ルブランシュ(シャドウエルフのガンスリンガー・e14983)

■リプレイ


 シャイターンもヴァルキュリアも、同じ妖精八種族。
 そしてそれはシャドウエルフのアナーリア・シス(新緑の蒼・e06940)も。
 ヴァルキュリアを無理やり操るなど、許される行為ではない。
 その行為を許せないと思うのはエーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)も同じだった。
(「……僕たちにできることがあるのなら……」)
 ここ、東京都稲城市のヴァルキュリアを操っているシャイターンの元には、別のケルベロスたちが向かっている。
 エインヘリアルのイグニス、ザイフリートの両王子に加え、ヴァナディース……。
(「一体どんな関係なのかしら」)
 シヴィ・ルブランシュ(シャドウエルフのガンスリンガー・e14983)は考えるが自身の中だけでは憶測の域を出ない。
 その関係性を問う為にも、まずはここを蹂躙する予定のヴァルキュリアたちを止める所からだ。
「オレ達はオレ達の仕事をやらないとな」
 徐々に近づく影を見止め、アシュヴィン・シュトゥルムフート(月夜に嗤う鬼・e00535)はこつこつとエアシューズの具合を確かめる。
 望まぬ戦いを強いられているという彼女たちもまた被害者。
 救ってやりたいと思うのはこの場の全員の意思で。
 そんな中、佐竹・勇華(華の勇者・e00771)は一際強い思いを抱いていた。
「彼女たちにこんなことを強いるなんて……!」
 ケルベロスたちと戦ったこともあるヴァルキュリアだが、それでも彼女たちは一族の矜持を守りながら行動していた。
 その誇りを傷つけるようなこの行為は決して許されるものではない。
「無理矢理に操るなど……虫唾が走るね」
 勇華の言葉にレイ・ライトブリンガー(九鬼・e00481)が深く頷き、帽子を被り直す。
 ヴァルキュリアたちの姿が徐々に大きくなる。
 ばさり、と翼の羽ばたきが聞こえる距離にまで達し、星野・優輝(新米提督の喫茶店マスター・e02256)は愛用のライトニングロッド……銀龍の翼【Zauberer】を構え、息を吸った。
「ミッション・スタート!」


「これより防衛戦を開始する」
 バルドロア・ドレッドノート(ガンシップドラグーン・e03610)はその言葉と共に、付き出された槍の軌道をGAU-EX05《サラマンダー》……ガトリングガンで逸らしていく。
 狙い通り槍の軌道を逸らせて直撃は免れたが鋭い切っ先は彼の身体を掠め、彼の身体に痺れを残していく。
 そこに飛んでくるのは一本の矢。
(「避けられんか」)
 冷静に判断を下して痛みを覚悟したバルドロアの前にレイが立つ。
 受け流すつもりで広げた掌だったが、しかし矢の速度は思った以上に早く、彼は痛みと共に感じた違和感に心の中で舌打ちをする。
 思考がもやもやとして纏まらない。何らかの状態異常にかかったのは明らかだった。
 そんなレイの首に狙いを定めた日本刀の前に勇華が躍り出る。
 愛用のバトルガントレット……桜花乱舞と咲き誇る桜花でどうにかその日本刀の軌道を変えることに成功したが、弾かれた日本刀は軌道を変えて彼女の太ももに一筋の赤い線をつけた。
 斬られる痛みはなかったが、血が噴き出した瞬間に傷口が一気に熱を持つ。
「……っ!」
 長期戦を覚悟してきたとは言え、このまま彼女たちの攻撃を真正面から受け止めるつもりはない。
 最初に動いたのはアシュヴィンが狙うのは後衛に位置する弓のヴァルキュリア。
 流星の煌めきを宿したエアシューズを巧みに操り、彼はヴァルキュリアの頭上から蹴りをお見舞いしていく。
「大人しくしててもらおうか」
 アシュヴィンの蹴りがヴァルキュリアの肩を打ち据えて動きを鈍らせれば、エーゼットの放った漆黒の巨大矢が逆の腕を打ち抜いていく。
 体勢を崩した所をシヴィのバスターライフルから放たれた魔法光線が打ち抜いた。
 彼らが攻撃を仕掛けている間に、優輝は前衛4人の身体に雷を纏わせ、アナーリアは愛用のゾディアックソード……Code:libraを描いていた足元の守護星座へと突き立てた。
 特に先ほど攻撃を受けた面々はディフェンダーとしてこれからも攻撃に晒されるだろう。
 彼らの体力を回復すると同時に攻撃に対する耐性を上げ、メディックであるアナーリアはバルドロアの痺れを取り、レイの精神を落ち着けて行く。
 ある程度傷が塞がった3人はそれぞれに武器を握り直す。
 弓の動きがすでに鈍っていると判断した勇華はアームドフォートの銃口を槍のヴァルキュリアに向け、迷わず主砲を打ち放った。
 レイは心の中で九字を切りを感覚を研ぎ澄ますと同時に体力を回復し、ディフェンダーの中でも体力の低い彼を狙わせまいとバルドロアはGAF-DR07《ヘカトンケイル》……アームドフォートに特殊弾頭を装填していく。
「MN弾頭装填、射角調整……弾道計算クリア。MNSR威力行使」
 弓のヴァルキュリアの頭上に射出されたそれはそこで炸裂し、降り注ぐ装甲弾は不協和音を奏でていく。
 攻撃を受けたヴァルキュリアの視線が刺さり、彼は狙いが上手くいったことを確信した。

「……覚悟は、していましたが……」
 思ったよりもきつい状況にアナーリアは唇を噛みしめる。
 ディフェンダーのおかげで後衛はまだ無傷だが、それはすなわちヴァルキュリアの攻撃を一手に引き受けているということ。
 アナーリアと共に優輝やバルドロアもライトニングウォールやヒールドローンを展開して手助けをしてくれるが、回復をした傍から日本刀一撃が前衛全体を薙ぎ、防御が弱った所へ槍と矢が降り注ぐ。
「ぐっ……」
「シンシア、回復を!」
 片膝をつくレイにエーゼットのサーヴァント……ボクスドラゴンのシンシアが回復を施していく。
 彼を庇うように前に出たアシュヴィンが槍のヴァルキュリアに回し蹴りを仕掛けて行くが、その行動は読まれていたのかひらりと軽く躱された。
「チッ……やっぱり手強いな」
 バックステップで後ろに下がれば、入れ違いでシヴィの凍結光線と勇華の蹴りが槍のヴァルキュリアへと向かう。
「あなた達には少しお休みしてもらわないとね」
 ぱきん、と足が凍りついて動きを鈍らせた所で、エーゼットが白い羽を一枚引き抜く。
「白銀の翼よ、我が命に従いかの者を穿て……無限なる白き矢!」
 羽を引き抜くぴりりとした痛みなど、彼女たちの心に比べれば大した痛みではない。
 弾丸のように彼の手から飛び出した白い羽は槍のヴァルキュリアの肩に突き刺さり、その気脈を絶った。


 ゆっくりとレイの身体から槍が引き抜かれ、彼の身体が地面に倒れた。
「……っ!」
 息はあるものの意識がないことは明白だった。
 アナーリアはぐっと拳を握り、バルドロアの身体にオーラを溜めて行く。
 すでにボクスドラゴンのシンシアも倒れており、残ったディフェンダー2人の身体も傷だらけだ。
 槍か日本刀、どちらかのヴァルキュリアを早いうちに戦闘不能状態に出来ていれば結果は違ったのかもしれないが、攻撃の要であるクラッシャーの攻撃が見切られたことにより、体力を削ることができずにいたのが大きいだろう。 
 回復を終えて、そして僅かながらこちらからの攻撃を終えればまた彼女たちのターン。
 その時、ヴァルキュリアたちの動きが止まり、彼女たちの表情に変化が見て取れた。
「これは……もしかして」
「ああ、恐らく」
「シャイターンが撃破されたんだろう」
 だとすれば、説得するなら今しかない。
「誇り高きヴァルキュリアよ! 戦いは終わった!」
 血を流したまま語りかけるバルドロアに、槍のヴァルキュリアの瞳が揺れる。
 その反応にアシュヴィンも言葉を続ける。
「本当はこんな戦い嫌なんじゃないのか?」
「ああ……あああ……」
 今まで一言も発さなかったヴァルキュリアの口から言葉が漏れ、ケルベロスたちは今が説得のチャンスだと確信し、それぞれに言葉をかけていく。
「この襲撃は望んでやっていない事はわかっている。己の意思もなく戦う事に何の意味があるんだ?」
「君たちの意思に関係なく操るような者……シャイターンを僕は許せない。敵の敵は味方―シャイターンの敵である僕等は味方……とは簡単には思えないかもしれないけれど僕たちは手を取り合えないだろうか?
 優輝に続きエーゼットも語りかけるが、混乱しているらしい彼女たちにどこまで通じているかはっきりとしたことはわからない。
 だが、語りかけないよりはましだと言葉を尽くす。
「戦う、意味……シャイターンの……命令」
 虚ろな瞳のまま、日本刀を振り上げたヴァルキュリアの背に、弓のヴァルキュリアが放った矢が突き刺さる。
「あ、あ、駄目、私たちは……!」
 ケルベロスたちからの攻撃もあり、限界が近かったであろうヴァルキュリアはその場にがくりと膝を折る。
 想定外だった同士討ちに焦りながら、勇華はギリギリで意識を保っている日本刀のヴァルキュリアに当身をして気を失わせると、残った2人に対して声を張り上げる。
「ヴァルキュリア!目を覚ましなさい! あなた達はこんなことは望んでいないんでしょう? 今までの行動を見たら分かるよ! 人を虐殺する事なんてしなかったもの! あなた達は誇り高い人たちだって分かるもの! わたし達が必ずあなた達を助ける! ザイフリート王子の方にも仲間が向かってる! 彼もきっと仲間が救い出すわ!」
 王子の名前を聞いた彼女たちはますます混乱したのだろう、弓のヴァルキュリアはバルドロアに矢を放ち、槍のヴァルキュリアがその傷を回復していく。
 アナーリアはそんな槍のヴァルキュリアに優しく言葉をかける。
「以前貴女無闇に私達とは戦おうとしなかった……少し話をしませんか?」
 前に会ったとき、こちらとの戦闘を一切行わなかった彼女の瞳は今、混乱と血の涙で濡れている。
 戦いたくないという事は、彼女たちの行動から見てわかる。
「ここで殺しあってはシャイターンの思うがままです。私達は一般人だけではなく貴女達も救いたいのです」
 どうか、シャイターンの命令に抗って欲しい。
 彼女たちの瞳に光が灯ったかと思うと、しかしその光はまた消え、攻撃を繰り出していく。
 それでもケルベロスたちは諦めない。
 飛んできた矢をバスターライフルではたき落とし、シヴィは微笑む。
「前にも会ったわね。今なら少しわかるかもしれないわ」
 シャイターンは仲間が退治をしていること、そしてザイフリート王子の救出も行っていること。
「あなたの女神様は、戦乙女を従えし融和の女神? 今は戦わなくともいいの。まずは話を聞かせて。私達があなたの勇者になれるかもしれないわ」
 混乱している彼女たちからの答えはない。
 だが彼女たちの瞳には正気の光が明滅し、聞こえていることだけは確かだった。


「……行っちゃいましたね」
「ああ……」
 エーゼットの言葉にアシュヴィンは静かに頷いた。
 あれから幾度かのやり取りの後、彼女たちははっと顔を上げたかと思うとボロボロになった翼を羽ばたかせて飛び去ったのだ。
 何かしら別の命令が下ったかのようなその行動で、戦闘は終わりを告げた。 
「聞きたいことは色々あったんだが……」
 優輝の言葉にシヴィも頷くがまともに話せる状態ではなかったのは明らかで。
 ケルベロスたちが伝えた言葉はどれくらい彼女たちに響いたかもわからない。
 しかし、まったく届かなかったわけではないことは先ほどの様子から見てとれた。
「また、会えるわ」
 自身に言い聞かせるようにシヴィが言えば、他のメンバーもそれに同意する。
 それがどんな再開になるのかはわからないが、その時は誇り高き戦乙女に戻っていることを祈り、ケルベロスたちは帰路についたのだった。

作者:りん 重傷:レイ・ライトブリンガー(九鬼・e00481) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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