シャイターン襲撃~空色の乙女

作者:鉄風ライカ

●歪められた心
 渦様に歪んだ空間。
 魔空回廊と呼ばれるその異空間から金の翼を羽ばたかせ現れたのはシャイターンに率いられたヴァルキュリア達、みな美しい戦乙女の姿をしていた。
 ヴァルキュリアは、四つの部隊となりそれぞれの担当する方向へ飛び去って行くが、目的地は共通して、人の多く存在する場所。
 そのうちの一部隊が飛来した病院に程近い公園も、例に漏れず行き交う人々で賑わっている。入院患者への見舞品を手にした男性、子供の手を引く女性、散歩や近隣幼稚園の遠足など彼らが公園を訪れる理由は様々だが、そんなことはヴァルキュリアには関係がない。
 ただ『目的を果たす』。それだけしか今は考えられないのだから。
 糧となる惨劇を、と、逃げ惑う人間に武器を振るう。
 手にした得物に響く肉を断つ感触。
 老いも若きも区別なく、次々に凶刃に生命を奪われる。
 感情のない瞳で舞うように人を屠る三人の戦乙女の頬には、彼女達自身の目から溢れる赤い赤い涙が伝って。
 涙を拭うことも忘れるほどに、熱心な虐殺は繰り広げられ続けた。

●空色髪
 城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っているところだが、
「エインヘリアルのほうにも、見逃せない動きがあるみたいっすね」
 そう言ってケルベロス達の顔を見渡し、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は表情を引き締めた。鎌倉防衛線で失脚したザイフリート王子の後任として新たな王子が地球への侵攻を開始したらしい。
 今回現れたヴァルキュリアは元はザイフリートの配下であったようだが、エインヘリアルはそれを何らかの方法で強制的に従わせているようだ。魔空回廊を利用して人間を虐殺してグラビティ・チェインを得ようと画策し、実行に移そうとしている。
「皆さんには、神奈川県相模原市に向かってもらいたいっす」
 ヴァルキュリアを従えるのは、妖精八種族のひとつ、炎と略奪を司るシャイターン。都市内部で暴れるヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターンを撃破しなければならない。
 ダンテは地図に描かれた大きな公園を指さす。
「担当してもらいたいのはヴァルキュリアとの戦闘っす。ヴァルキュリアは人を殺してグラビティ・チェインを奪おうとしてるっすけど、邪魔者が出たらそっちを優先するように命令されてるらしいっすよ」
 つまり、ケルベロスがヴァルキュリアに戦いを挑めば、ヴァルキュリアは虐殺の手を止めケルベロス達へと向かってくる。
「ただ……」
 集まった面々を真剣に見据え、少しだけ声のトーンを落とすダンテ。
「都市内部にシャイターンがいる限り、ヴァルキュリアに掛けられてるっぽい洗脳はすげぇ強いっす。何の迷いもなく皆さんを殺しにくるはずっす」
 シャイターン撃破に向かったケルベロスがシャイターンを撃破した後ならば、なんらかの隙が出来る可能性もあるが、それすらも確かではないため曖昧にしか言えない。
「ヴァルキュリアは操られてる、って考えれば、ちょっと可哀想かなとも思えるかもしんないっすけど……ケルベロスの皆さんが負けてしまったら、ヴァルキュリアに多くの人が殺されちまうっす」
 どんな理由があろうとも、それだけは絶対に阻止しなければならない。
「皆さんに戦ってもらうヴァルキュリアは三体。それぞれに持つ武器と髪の色が違うんで、個体区別はしやすいと思うっす」
 説明されるヴァルキュリアの姿は、ルーンアックスを持つ青髪、妖精弓を持つ赤髪、日本刀を持つ黒髪。
「武器のグラビティを使うのが得意みたいっすから、参考にしてくださいっす」
 しかし洗脳ゆえか特に隊列を整えるような戦術は取らないようだ。その辺りの情報も皆さんの作戦に役立ててください、とダンテは意気込む。
 状況によっては更に敵のヴァルキュリアが援軍としてやってくる場合もあるようなので、この三体にのみ注意を払っていればよいという訳でもないのがつらいところではあるが。
「新しい敵、シャイターン……よくわかんなくて不気味っすけど、悪いことする奴らなら倒さないとっすよね!」
 強制的に使役されたヴァルキュリア、指揮官の変わったエインヘリアル。気になることはたくさんあるが、まずは。
「地球を守れるのは、皆さんだけっすから!」


参加者
紅・風子(紅風・e00187)
烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)
紅・桜牙(紅修羅と蒼影機・e02338)
インバー・パンタシア(その身に秘めしは鋼鉄の心・e02794)
ローレンス・カーライル(霧月夜・e06309)
ミレィ・ミィ(コタツムリ系可愛いものスキー・e06463)
アルヴィン・バートリー(聖なる雷霆・e06663)
リン・グレーム(神話時代のモザイク・e09131)

■リプレイ


 見遣る空は高く静かで、まるで嵐の前の静けさを絵に描いたようだった。
 これからケルベロス達の待つ公園へと飛来してくるヴァルキュリアは予知によれば三体。……いや、作戦としては最終的には四体となる。
 目線を手の平と宙とで交互に泳がせながら、ミレィ・ミィ(コタツムリ系可愛いものスキー・e06463)は仲間達と立てた作戦をおさらいとばかりに繰り返し確認していた。
「えーとぉ、シャイターン討伐まで足止めメイン、重体者が続発した場合を除き敵のHP残二割くらいになったら手加減攻撃織り交ぜ殺さない、ですよねぇ?」
 ブツブツと呟く声音はやはり彼女らしくどこかほんわりとした空気を纏っていたが、それでも抱く緊張は本物のようで。
「……こ、こういう頭を使うバトル初めてなので緊張しますぅ~」
 方針として定めた『助けるための戦闘』への責任感もあるのかもしれない。
「誰かちゃんと戦闘推移見極めて、いざとなったら止めて下さいねぇ?」
 不安そうな上目遣いに承諾の意を示す他のメンバーにも複雑な心境の者は多いらしく、インバー・パンタシア(その身に秘めしは鋼鉄の心・e02794)のシワの刻まれた柔和な目元にも苦渋の色が混ざっている。
「無理やり操られてる連中と戦うのは心が苦しいのぅ……」
「なんか不憫な存在だね、ヴァルキュリアは」
 紅・風子(紅風・e00187)も同意して頷く。
 アルヴィン・バートリー(聖なる雷霆・e06663)は万が一にも逃げ遅れる一般人が出ないようにと、ケルベロスであることを名乗って戦場となる公園から離れるよう周囲に呼び掛けていく。朗らかな笑顔を浮かべた明るい対応は人々に安心感を与えるものだったが、その実、彼の心を占める正義感はまるで青い炎のように昏く熱く燃える。
(「いくら操られていても、ヴァルキュリアはヴァルキュリアだ」)
 今回は不殺で行く。そう決めた、けれど。
「悪は滅ぼさなければ。絶対に……」
「アル」
 思考は聞き馴染んだ親友の声に途切れた。自分を気遣うローレンス・カーライル(霧月夜・e06309)にアルヴィンは大丈夫だと微笑みを向けてみせる。
 空を舞う三つの影が目の端に映り込んだのはそんな時だった。
「始まりますわ」
 烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)が涼やかに告げる。猛スピードで近付く影群、リン・グレーム(神話時代のモザイク・e09131)は雪色の髪を揺らし、
「さぁて美人なお姉さん方とダンスと洒落こみますかね」
 ひとつ大きく伸びをして、迫り来るヴァルキュリアを見据えた。


 清楚な制服を脱ぎ捨てた華檻の、戦闘服に包まれた豊満な肢体が露わになった。透けるような白い肌の覗く武装された腕に力を籠め、弓持ちの赤髪に叩き込む。
「あなた方を倒しに来た訳ではありません」
 ゴッ、と重く響く衝撃音。
「止めに来たのですわ」
 腹部への衝撃を無表情のままに受け止めるヴァルキュリアに、華檻は妖艶に唇の端を吊り上げた。
 現れたヴァルキュリア三体はいずれ劣らぬ、美女と呼んで差し支えない容姿を備えていた。この戦乙女達を撃破せず放置してまだ見ぬ自分好みの美しい女性が亡き者にされては困ると思いつつも、華檻にとっては、今目の前に対峙する三人の可憐な美女を助けられる機会でもある。気合も入ろうものだ。
 感情の篭らぬうろんな瞳がケルベロス達を敵と見定める。
 相手を殺さないように、助けるためにと動こうとするケルベロス側とは対照的に、ヴァルキュリアは完全に殺戮を目的に降り立っている。分の悪い防衛戦ではあるが、
「ボク達が負けることは絶対に許されない……これだけは曲げないよ」
 抱いた決意の強さならどんな敵にも負けない。洗脳による命令通り繰り出されているのであろう黒髪の一閃を食らった前衛に風子はヒールドローンを展開させた。
「ドローン発射! ボクの仲間達を守るんだよ」
 マントを翻して射出されたドローンは高速機動で広がり、味方の傷へ癒しを施す。人々を傷付けることはダメだよ、と八重歯を見せて、風子はヴァルキュリアへ元気に言い放った。
「君達の凶行は、このケルベロスの紅き旋風が防いで見せるよ!」
 ヴァルキュリア達が正気ならば、勇敢で誠実な対応に心揺らいだかもしれない。ミレィの流星を描く飛び蹴りにも赤髪は煩わしげに身を捩るだけだ。
「うぅぅ~、早く自意識取り戻してくださいぃ~」
 言うものの、その訪れてほしい転機はどんなに早くてもシャイターンの撃破後であることは全員がわかっている。今はただ、洗脳が弱まるまで戦い続けるしかない。
 青髪の斬撃から仲間を庇い、鍔迫り合いを跳ね飛ばして紅・桜牙(紅修羅と蒼影機・e02338)は作戦通り赤髪に狙いを定める。赤髪の目の前に出現した鏡像が彼女にしか見えない何がしかを映し出し、僅かに震えた細い指先に桜牙は苦々しげに軽く頬を歪めた。
「趣味じゃねぇんだがな」
 しかし与えた状態異常は確実に相手を蝕む好機となる。
 仲間との連携を意識して動くリンが、更なる行動阻害をと撃ち出す砲撃は重くヴァルキュリアに圧し掛かる。戦況を良く見た行動からは気負いのない雰囲気すら感じられるが、操られた戦乙女を見る瞳には同情も色濃く。
 倒さないで良いのであれば倒したくはない、だが、一般人や仲間達を蔑ろにもできない。
(「どうしようもないときはこの手で始末をつけるさ」)
 憐憫と、ほんの少しの親近感と。彼女達が望まぬ凶行に及ばぬように。
 リンの攻撃にアルヴィンが続く。空中に形成されたプラズマの矢は稲妻の如き閃光で煌めきながら赤髪を貫き、まるで軍服のような動力甲冑に武装したローレンスのフォートレスキャノンは正確に青髪を撃ち抜く。動き辛そうに、それでも能面じみた白い顔で弓を引き絞る赤髪の射撃を腕で払い、おかえしとばかりにインバーはアームドフォートをぶっ放した。
 さて、とインバーは目を細める。取り敢えず弓使ってる奴に一発、とは想定していたが。
(「痛そうな斧から順にだな」)
 ディフェンダーとして敵の攻撃を抑え込む役割だと己の立ち位置を意識して、インバーは青髪を睨んだ。
 容赦のない相手からの攻撃を、相手の状況を見極めながら戦わなければならない神経を使う戦局。たった数分間の経過を知らせたのは、華檻の所持する携帯電話と、それを伝える華檻の良く通る声。
「シャイターン側からの増援連絡ですわ!」
 確率は二分の一ですけれど、と華檻の言う通り、こちら側へ迫る敵影は見られない。どうやら他の部隊への増援となったようだと一同は認識するが、ゆくゆくは敵が増える実感を否応なく感じさせられる。
 本来ヴァルキュリア多数を相手取って戦線を維持するだけでも難しいのだ。耐える前衛は身を打つ衝撃の強さに改めて気を引き締める。
「まだ、まだ大丈夫だ」
 自身へ回復の紋章を起動させる桜牙の額にも一筋の汗が流れた。


 肩で息をするアルヴィンの攻撃が赤髪を昏倒させたのはシャイターン討伐の部隊からの二回目の着信が響く直前だった。
 今度は確実に新たな敵が向かってくる旨を大声で知らせながら、華檻は標的を青髪へと切り替える。
「シャイターンを倒して、あなた方を解放してあげます」
 言って、華檻は青髪の滑らかな肌めがけ跳躍した。
「さあ……わたくしと楽しい事、致しましょう……♪」
 鈍く鳴る関節の悲鳴。
 絡みつく華檻の柔らかな圧迫にぐらりとよろめいた青髪を、追撃とばかりにリンの掃射が襲った。
 自分と味方の体力は七割以上を保っていたい、だが、それを優先すればヴァルキュリアを沈めるに必要な攻撃量まで手が回らなくなる。
「こういうのも痛し痒し、ってやつなんすかね」
 余裕を演じる心の中で舌打ちをして、飛来したそばからソディアックソードを振りかざす増援のヴァルキュリアから仲間を庇うため、リンは素早くライドキャリバーを走らせる。鋭い斬撃に裂かれた肩口の傷を塞ごうと尽力するミレィのテレちゃんに手をひらひらさせて感謝を伝えるリンの後ろ、庇われたミレィが悲痛な声を上げた。
「うぇぇっ!? また増えたですぅ!?」
 理解していたことではあるが、この期に及んで無傷の敵が一体増える脅威は想像を上回っていて。
 折れたがる膝に喝を入れてミレィは気丈にヴァルキュリアへ視線を合わせる。
「……自由意思のない貴女達には負けません……負けられるわけ、ないじゃないですかぁ!」
 激情は溶岩となって足元から湧き上がり、迫る濁流は青髪を圧し潰した。崩れるように体を傾けた青髪に慈悲の一撃を食らわせ、
「残るは二体、ですか」
 ローレンスは未だ多くの体力を残す日本刀持ちとゾディアックソード持ちに目を移す。ここまでの戦いで負った深い傷を親友に悟られぬように冷静に振る舞うローレンスだが、隠しきれない疲弊は誰もが抱えている状態でもある。
 黒髪の刃の切先がインバーの胴に食い込む。鎧の体を貫かれる嫌な感触。鮮やかな緑色の炎を用いて出来る限り被害を減らすも体力は危険域であることに変わりはない。立ち替わり紅蓮を砲弾に乗せた桜牙の機銃が吼えた。
「燃えろよ」
 地を這う恫喝と共に放たれた炎が増援のヴァルキュリアに直撃する。
 ――手応えを感じた、次の瞬間。
 公園の砂塵が舞い上がる隙間から、血の飛沫に汚れた金の翼を一度大きく羽ばたかせた黒髪が白金の刃を閃かせた。
 光の軌道に桜牙が倒れる。続けざまにアルヴィンを狙ったゾディアックソードのオーラから彼を庇ったローレンスが膝を付き、地に伏した。
「ロウ!」
 名を呼ぶが返事はない。
 ケルベロスを倒したことに何の感慨も持たない瞳でヴァルキュリア達は武器を構えて佇む。キッと端正な眦に怒りを滲ませ、ミレィが叫んだ。
「もう貴女達は泣いても赦しませんからぁ!」
 手加減を加えない判断を下し、インバーも態勢を立て直す。
 各々の負ったダメージを思えば仕方のない選択だった。ケルベロスとして為すべきは、害あるデウスエクスを殲滅し、地球に平和を齎すことなのだから。
 ひとかけらの油断も許されない攻防を繰り広げ、更にケルベロス二人が倒れ……増援から三分ほどが経った頃。
「……ァ……」
 これまで揺らぎもしなかったヴァルキュリアの喉が、小さく上下した。
 華檻の携帯電話が高らかに歌う。
「ぁ……わたし……は……」
 戦乙女を搔き乱す混乱は、彼女達を支配していたシャイターンの撃破を明確に物語っていた。


 リンは息を荒げながらもザイフリート王子の生存を伝えようと言葉を投げ掛けるが、ヴァルキュリアの混乱した頭では行動と感情が噛み合わないらしく。
 崖っぷちのケルベロス達へ追い打ちを掛けるような攻撃を繰り出そうとするヴァルキュリアにもうひとりが刃を向ける、潰し合いの様相を生み出してしまっていた。
 もう必要以上に争うつもりはない、と負傷した腕を抱えて風子は言う。
「君達の目的はザイフリートの救出になったりするかな?」
 ザイフリートの名を聞くと瞳に感情が戻ったかに感じられる。しかしそれも一瞬のこと。協力を申し出るも受け止めるだけの心は未だ取り戻せないようだった。
 細く息を吐き、華檻はヴァルキュリアへ歩み寄る。
「引いてくれるならこちらも追いません」
 凛とした対応にヴァルキュリアが動きを止める。
 そのまま翼を広げた戦乙女達は先に倒れた赤髪と青髪の二人を揺り起こして、何か新たな指令を受け取ったようにその場から飛び去って行く。
 戦闘不能に追い込まれた仲間の数を鑑みても、ヴァルキュリア四体を相手に撤退させた事実は十分な戦果だろう。例えそれが、相手側の都合による撤退であったとしても。
 撤退時のヴァルキュリアの反応が気にはなるが、一同にこれ以上余力もない。
 全霊を尽くして得た勝利を噛み締めて、ケルベロス達はこの先待ち受けているであろう様々な戦に思いを馳せた。

作者:鉄風ライカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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