福生市の外れ、多摩川沿いにある多摩川緑地福生南公園。
テニスコートや健康遊具、バーベキュー施設が備え付けられたその公園の中央にはシンボルとも言える彫刻がある。
その彫刻の近くに異常があった。
常ならばなんでもないはずの空間に魔空回廊が出現したのだ。
そこから現れたのは齢12歳程のタールの翼を持つ美しい少年と16体のヴァルキュリア達。
少年が指示すれば、12体のヴァルキュリア達が3体ずつに分かれ飛び立っていく。
飛び立ったヴァルキュリア達は、少年の濁った瞳が侮蔑の色を浮かべ自分達を見ていたことの意味も理由も探ることなくー―ただ命じられたままに武器を振るう。
1体は槍を繰り、1体は弓を引き、また1体は日本刀を抜く。
住宅地に舞い降りた彼女達は1人を殺し、2人を死なせ、3人を殺害し、4人、5人をと、次々と住人達をその手にかけていく。
まるで流れ作業のように淡々と行われていく虐殺。
けれど、彼女達は泣いていた。
人を殺す毎に、血の涙が一筋、また一筋と頬を伝い落ちていく。
「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いが佳境に入ったところなんですけど……エインヘリアルに、大きな動きがあるみたいです」
河内・山河(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0106)は風に浚われそうになる黒髪に構うことなく説明を始めた。
鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの公認として、新たな王子が進行を開始したらしい。
エインヘリアルはザイフリート配下であったヴァルキュリアを強制的に従えー―人間達を虐殺させ、グラビティ・チェインを得ようとしているのだという。
今回、そのヴァルキュリアを直接率いてくるのが妖精八種族の一つ『シャイターン』。
山河が予知した福生市の3体のヴァルキュリアを従えているのも、同市に現れたシャイターンだ。
シャイターンを撃破する間、各地で暴れるヴァルキュリアを放置することはできない。
その逆も然り。
つまり、ヴァルキュリアに対処しつつシャイターンを撃破する必要があるのだ。
「ヴァルキュリアは住民を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとしてますけど、邪魔者の排除を優先するよう命令されてるんやと思います。せやから皆さんがヴァルキュリアに戦いを挑めば、ヴァルキュリアが住民を襲うことはないはずです」
自身が予知した光景を思い出し、山河は表情を曇らせた。
「泣いとったんです、彼女達。ホンマはあんなこと、しとうないんでしょうね」
けれど、ヴァルキュリア達と同じ福生市に現れたシャイターンがいる限り、彼女達は止まれない。
シャイターンによる洗脳は強固なもので、迷いも躊躇いも無くケルベロス達を殺しに来る。
操られているヴァルキュリアへの同情心があっても、決してそれを一番に置いてはならない、と山河は言う。
ケルベロスの敗北はヴァルキュリアによる虐殺に繋がるからだ。
「せやけど、シャイターンが撃破された後やったら違う思います。確かなことは言えないんですけど……隙が出来るかもしれません」
でも、と呟いた山河の髪が風で巻き上げられる。
「一番は虐殺を防ぐこと。場合によっては、同情を殺してもらわないけません」
山河は風に動じること無く、毅然とした眼差しでケルベロス達を見つめている。
「それでも、それを覚悟の上で彼女らを助けたい思いはるんやったら、殺さんよう『手加減』してあげてください。その時の鍵は、同じ福生市におるシャイターンが握ってるはずです」
参加者 | |
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小華和・凛(夢色万華鏡・e00011) |
絶花・頼犬(心殺し・e00301) |
白雪・まゆ(月のように太陽のように・e01987) |
白波瀬・雅(サンセットガール・e02440) |
ロジェスタ・アーレイ(ドラグザネゴシエイター・e04340) |
レイブン・ギード(渡り鳥・e11716) |
ルゥ・ドゴール(氷霜の聖少女・e18610) |
五十嵐・虎徹(ドラゴニアンの降魔拳士・e20887) |
●血
空を翔けてきたヴァルキュリアが1人、2人、3人と地上に舞い降りる。
血の涙を流す彼女達に躊躇いは見られない。
それぞれの得物を手に、獲物を求め、ぐるりと周囲を見渡した――その時。
黒髪のヴァルキュリアに一息で肉薄した白雪・まゆ(月のように太陽のように・e01987)が、痛烈な一打を叩き込んだ。
「誰かを操って無理やり戦わせるなんて、ちょーっとひどいのです」
一打と言葉に込めた憤りはヴァルキュリアを操る者へと向けられたもの。
黒髪のヴァルキュリアの刀が目にも留まらぬ早さで抜かれ、まゆの血が弧を描く。
さらに銀髪のヴァルキュリアが槍をまゆへ向けたところにロジェスタ・アーレイ(ドラグザネゴシエイター・e04340)が飛び込んだ。
「君達との交渉は、その意思が取り戻されたときに改めて行いたい。涙を見せる女性に手を上げるのは不本意だが、しばし我慢したまえ!」
流星の煌めきと重力を宿した蹴りを見舞うと、その反動を利用してロジェスタはすぐさま離れる。
すると続けざまに白波瀬・雅(サンセットガール・e02440)が蹴りを繰り出し、その間にも小華和・凛(夢色万華鏡・e00011)が溜めたオーラでまゆの傷を癒やす。
凛はヴァルキュリアへの思い入れを持たないが、彼女達を救いたいと願う仲間には応えたいと思う。
「配下がいての指導者だろうに……強いてはただの虐めだ」
「本当、嫌な空気が漂ってる」
後方へと飛び退いた雅が着地すると同時に、弓を持つヴァルキュリアが矢を放ち、黒髪のヴァルキュリアを回復させた。
この僅かな攻防の流れの中でも、彼女達の眦から血が零れていく。
嗚呼、と絶花・頼犬(心殺し・e00301)の小さな声が響いた。
「涙を流すなんて、よっぽど……人を殺すなんて、誰もしたくないよね」
その頼犬の頭上に無数の剣が現れる。彼が駆け出すと、剣の雨が黒髪のヴァルキュリアへと降り注ぐ。
そこへ槍を構えたヴァルキュリアが迫り、肩を抉る。
あまりの衝撃にたたらを踏む頼犬だが、すぐに痛みが軽くなった。
「やれやれ、洗脳された奴が相手か……なんとも面倒だねぇ」
ひらり、手を翻すレイブン・ギード(渡り鳥・e11716)が溜めたオーラによる治癒だ。
言葉通り気だるげな雰囲気を漂わせているがその眼光は鋭い。
小動物が姿を変えた杖を片手に、ルゥ・ドゴール(氷霜の聖少女・e18610)の御業が黒髪のヴァルキュリアを鷲掴む。
タイミングを合わせ、五十嵐・虎徹(ドラゴニアンの降魔拳士・e20887)が軍服を靡かせながら繰り出した拳を、ヴァルキュリアはするりとかわす。
ヴァルキュリア達が動く度に血の涙が軌跡を描く。
その姿を目で追いながら、虎徹は呟く。
「可能性が万に一つでもあるならば、賭けてみたい」
このような殺戮はいずれ彼女達にも遺恨を残すと虎徹は理解していた。
お好きになさったら、と言い放ち、ルゥは前を見据える。
「嫌な予感がしますわね……」
厳しい戦いとなる。そう予感し、ルゥは眉をひそめた。
●絆
一進一退……と言えるかどうか。
戦闘開始から5分を過ぎた頃には、ケルベロス全員が浅いとは言えないほどの傷を負っていた。
「以前、俺は紅葉の綺麗な山奥で君達の仲間と戦ったことがある。その時の彼女も、山の風景に見惚れながら自らの行いに疑問を感じていたよ」
鉄塊剣に炎を纏わせたロジェスタは、些細な切欠にでもなればと声をかけ続ける。
けれど、強固な洗脳は微塵にも揺るがない。
ロジェスタの攻撃後の隙を埋めるように雅は掌からドラゴンの幻影を放つ。
「やっぱり待つしか無さそうだね」
「そのようだね」
流れに乗った凛はウイングキャットの『白雪』と共に仲間の傷を癒していく。
はっきり言えば、回復が追いついていない。
治癒に特化したレイブン、守りに重きをおいた凛と白雪の2人と1体がかりでも、ヴァルキュリアの攻撃が上回っている。
徐々に深まっていくケルベロス達の傷跡。
「大丈夫ですよ」
頬の血を拭いながらも、まゆは断言した。
「絶対に、シャイターンと戦ってる人達が倒してくれますよっ!」
心を貫くかのような矢に射抜かれるも、頼犬は笑った。
「うん、そうだね。だから、俺達が倒されちゃいけないよね。難しいけど待とう。倒さないように、倒れないように」
置いてきた刀の代わりに杖を振るい、頼犬は自らの傷を癒やす。
滴っていた血を隠すように椿の花びらが舞う。
銀のヴァルキュリアが槍を掲げ仲間を鼓舞し、まるで競うようにレイブンも空高く弾丸を放つ。
「魔を滅し、祝福を以ちて降り注げ、浄化の雨よ。シルバーレイン……てか?」
銀の雨が降り注ぐ中、ルゥは僅かに浮き上がっていた溝蓋を蹴飛ばした。
螺旋を描きながら飛来する溝蓋を、黒のヴァルキュリアは刀で打ち払う。
しかし、その隙に虎徹の螺旋もが迫り、ヴァルキュリアの手に氷が纏わりつく。
構わず、黒のヴァルキュリアは刀で緩やかな弧を描く。
その弧がロジェスタを捉えるよりも先に、凛が身を滑り込ませた。
刻まれる傷。舞う赤。
戦いが進めば進むほどに地面が赤く染まっていく。
凛は苦痛の声を噛み殺した。
ヴァルキュリアを打ち倒すことを優先していたならここまで苦しくはならなかっただろう。
それだけ『攻』に重きを置いている。
けれど、ケルベロス達が選んだのはヴァルキュリアを救う道。それは耐えなくてはいけないもの。
治癒、守勢、妨害――いずれかに秀でた者があと1人でもいたならば、状況はもう少し楽だったかもしれない。
連携が途絶えがちとなってしまったことも理由の一つといえるだろう。
流水の如き滑らかさで振るわれた刀が、最前に立つ4人のケルベロスと白雪を薙ぎ払う。
ズザザザザザザ。地面に手を付いて衝撃を殺しながら、まゆは地獄の炎で自らを包む。
「まだ……まだですっ! 自分の気持ちを諦めないでくださいです!」
まゆの炎は傷を祓うと同時に戦闘能力を向上させたが、ヴァルキュリアは綻びを見逃さない。
妖精の加護を宿した矢が最も傷の深い男――虎徹へと放たれる。
「っ……!」
「虎徹!」
上がるルゥの悲鳴。
針に糸を通すかの如く、的確に急所を貫かれた虎徹はそのまま崩れ落ちる。
ロジェスタは駆ける勢いのままに跳び上がり、流星の煌めきと重力を足に乗せる。
蹴り上げられた黒のヴァルキュリアは膝を震わせながらも日本刀を支えに立っている。
頼りないその姿に雅はぎりっ、と奥歯を噛み締めた。
かつて雅が吸収したヴァルキュリアの魂がシャイターンの影響を受けることはない。
それでも怒りが湧き上がる。ヴァルキュリア達にこのようなことを強いた存在への、強い怒り。
ロジェスタが差し出すように鉄塊剣を持ち上げると、心得た雅が地面を蹴り、鉄塊剣を踏み越え、天高く舞う。
戦乙女の鎧に身を包み、槍の如き鋭い一撃が銀のヴァルキュリアへと叩き込まれる。
凛は暫しの逡巡の末、一瞬先よりも数分先を選ぶ。
溜めたオーラをレイブンへと放ち、僅かな催眠を払拭し、その傷を癒やした。
「ごめん、後は頼んだよ」
ヴァルキュリアが槍を手に突撃する。
この一撃で、最前に立つ全ての者が倒れ伏した。
彼らの後ろに控えていた者達も、あとどれだけ耐えられるだろうか。
歯噛みしたくなる状況の中、レイブンが溜めたオーラを放つ。
それと同時に――
「……来たっ!」
雅の声にレイブンは顔を上げた。
星辰の剣を携えたヴァルキュリアの姿がそこにある。
「ストレス溜まりますわね……」
ルゥは苦い表情で御業の鎧で頼犬を守護する。
血に塗れた3体のヴァルキュリアの傍に、すとんと降り立つ無傷のヴァルキュリア。
新たに現れた光の翼は、ケルベロス達にとって暗雲そのもの。
気が付けば戦闘開始から15分が経っていた。
●絆
やはり血の涙を流しながら、星辰の剣を持つヴァルキュリアが駆け出そうとした――その寸前。
かたり、かたりと刃が震えた。
「違う、違う……こんなこと、こんなこと違うっ!」
叫び、ヴァルキュリアが剣を振るった相手はケルベロスではなく、金髪のヴァルキュリア。
ルゥが目を見張ると、レイブンの懐から戦場にコール音が響き渡った。
一度、二度、三度と鳴って途切れたコール音。
通話をする余裕はないが分かる。シャイターンへ向かった仲間達が定めた撃破の合図だ。
雅は血で足跡を刻みながら駆け、加減した蹴りを繰り出す。
「殺し合いがしたいんじゃない! お願い、戦うのを止めて!」
「シャイターンは倒したよ。もう戦わなくていいんだ」
雅と頼犬が言葉を絞り出す。
本当は攻撃の手を止めたかったが、それは出来ない。
このままヴァルキュリア達の攻撃が続けばケルベロス達も危ない状況で、それは虐殺に繋がることだったから。
黒髪のヴァルキュリアは躊躇いなく刃で弧を描き、頼犬を切り捨てた。
表情を変えぬ乙女へと手を伸ばしながら、頼犬は最後の気力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「力の、ない人々を……殺すなんて、君た、ちもしたくない、よね……」
ヴァルキュリアの瞳に感情の色が浮かぶ。
崩れ落ちていく姿をヴァルキュリアは呆然と見送った。
そのまま力なく雅を見つめる。
対して雅は、自身の胸を握りしめながら力強い眼差しを向ける。
「縛られちゃ、いけない。お願い。止まって」
レイブンとルゥは静かにそれを見守る。
説得の言葉こそ持たないが、仲間の命を犠牲にするつもりはないという彼らの覚悟の表れ。
静かに金髪のヴァルキュリアが矢を番えた。
応じるようにルゥがカードを構えるが、矢が放たれることはなかった。
キィン、という甲高い金属音と共に矢が日本刀によって弾かれる。
「私達の戦いは、こんな風であってはならない」
黒髪のヴァルキュリアはそのまま刀を収め、空へと舞い上がる。
「私は君達に応じるつもりはない。だが……正気に戻してくれたことだけは感謝する」
悲しげに目を伏せると、黒髪のヴァルキュリアは飛び去っていく。
「私達の御先祖が地球に出した結論を、今の貴女ではどのように出すのか……非常に興味深く拝見させて頂きますわ」
その背を見送り、ルゥは改めて残りの3体のヴァルキュリアへ視線を向けた。
最初に異変を見せた星辰の剣のヴァルキュリアはすでに元の状態へ戻ってしまっている。
けれど、彼女達は攻撃を再開することなく、突如どこかを振り返った。
レイブンは警戒を解かず、引き金に指をかけたままだ。
意図が読めない。
ケルベロス達の半数以上が戦闘不能となった状態で、相手がどう出るかわからないまま手を出す訳にはいかない。
そんな動きを意に介する事無く、ヴァルキュリア達はとんっと軽やかに地面を蹴り、飛び上がっていった。
見る見る間に小さくなっていくヴァルキュリア達の姿。
黒髪のヴァルキュリアと真逆の方角へ向かったことから、何か新たな指示でも受けたのかもしれない。
戻ってくることは無いのだと察し、ケルベロス達は武器を収め、倒れた仲間達の様子を見た。
中でも凛と虎徹の傷は特に深いが、しっかり息はある。
倒れた仲間達の傷を癒やしていると、慌ただしい複数の足音が聞こえてきた。
足音に敵意は無く、むしろケルベロス達の救援に駆けつけた者達。
それは、全てが終わったのだという報せでもあった。
作者:こーや |
重傷:小華和・凛(夢色万華鏡・e00011) 五十嵐・虎徹(呑龍・e20887) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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