シャイターン襲撃～ザイフリート暗殺事変

■リプレイ

●心の枷
　ザイフリートはすでに戦火の渦中。ヴァルキュリア達はじりじりと包囲を狭めるシャイターン達に阻まれ、駆けつけることもできない。
　すでにシャイターンの手近にいたヴァルキュリア達は、一方的な攻撃を仕掛けられている。戦闘の中心から比較的離れた場所にいたヴァルキュリアの一団も、覚悟を決めてシャイターンを迎え撃とうと槍を掲げた。
　しかし、その矛先を遮るように、立ちはだかった八つの影があった。
　デウスエクスではなかった。戦場にわざわざ赴いてくる定命の者……それは、ケルベロスでしかありえない。
「貴様ら……っ！」
　怒りと絶望に、ヴァルキュリアは歯噛みする。この上ケルベロスまでをも敵に回して、彼女達には万に一つの活路もない。
　が、すぐに違和感に気づいた。人影は、全員がヴァルキュリア達に背を向けている。
　立ち塞がっているのではない。ヴァルキュリア達を背に庇うように、シャイターン達と対峙しようというのだ。
「……なんのつもりです」
　低く抑えられたヴァルキュリアの問いかけに答えたのは、マイ・カスタム（装備なしでも重装型・e00399）だった。
「今は貴女達と争うつもりはない。少なくともシャイターンを退けるまでは休戦と願いたいな」
「ヴァルキュリア達よ。私たちは君たちを攻撃することはしない。今やるべきことは、悪辣非道なシャイターンをこの場から退けることだ。もちろん、この戦いの後、双方が剣を引くなら君たちを追撃することもしない」
　矢野・優弥（闇を焼き尽くす昼行燈・e03116）の朗々とした呼びかけに、ヴァルキュリア達に動揺が走る。
「……貴方がたの敵も、シャイターンであると？」
「話が早いな。お前達やザイフリートと戦う気はない」
　コクヨウ・オールドフォート（グラシャラボラス・e02185）は、戦いも復讐も、気持ちよく心置きなくやれんとつまらんしな、と口許をニヒルに笑わせる。
　ヴァルキュリア達にとって、願ってもない申し出だった。だが、果たして信用に値するのか……迷いが、彼女達を口ごもらせてしまう。
　しかし時間は限られている。レイ・ジョーカー（魔弾魔狼・e05510）は、あっさりと情報提供に踏み切った。
「今まさに、日本各地でシャイターンが洗脳したヴァルキュリアを引き連れて大暴れしてんだ。俺達ケルベロスの目的はそいつらの殲滅。あと、何か情報を持ってそうなザイフリートや君達に話を聞きたいとも思ってる」
　あけっぴろげな状況説明の内容に衝撃を覚えつつも、ヴァルキュリア達に納得が浸透する。互いの利用価値が確認できれば、一時休戦のハードルはかなり下がる。もちろん、その内容を信じられるか、感情をねじ伏せられるかはまた別の話だが……。
「今、俺達が争っている場合じゃない。シャイターン達を倒す事。ザイフリートを生かす事。それだけを考えてくれないか？　信じてもらえなくとも、行動で示そう」
　笠凪・澪（乱刀・e01280）は倒すべき敵を見据えて殺気をみなぎらせる。シャイターン達の嘲笑うような足取りも、もはや決して遠くはない。
「まあそんな難しく考えなくっても、なんとなくお話してみたい、とか、同じ妖精族のよしみとかさ。基本的にケルベロスってのはお人よしとか多いから、そんな警戒しなくてもいいと思うぞー」
　フェミナ・アローン（やる気は衰退しました・e02844）は気楽に請け負いながら、ひらひらと手を振る。
「あの数の奴らを相手取るには、君たちの状態では力不足と見えるよ。目的が同じなら、今だけ我々に力を貸してほしい。互いに損はない。悪くない案と思うが、どうかな」
　口元に優美な笑みを刷きながら、いっそ共闘しないかと提案する月杜・イサギ（花筐・e13792）。
「ボク達はあのシャイターンを倒したい。今だけでも手を貸してもらえないかな」
　ヒメ・シェナンドアー（白刃・e12330）もまた、シンプルに、真摯にヴァルキュリア達へと訴えた。

●ツーマンセル
　即答は返らない。ヴァルキュリア達の瞳は、思案と葛藤にすぼめられている。
　だが、ヴァルキュリアがどのような結論を下そうと、ケルベロス達は彼女達と敵対しない覚悟で来たのだ。交渉の機は逸したとしても、取るべき行動は変わらない。
　ケルベロス達は、間近まで迫り来るシャイターンに身構える。
　が、次の瞬間、八人の脇から、八本の槍が突き出された。
　ケルベロス一人一人の傍らに踏み出したのは、八人のヴァルキュリアだった。
　呆気にとられるケルベロス達。まるで戦友のように隣に佇んだ彼女達の、生き生きと輝く戦意は、確かにシャイターンへと向けられている。
「ハーァハハハハハッ！！　なんだそりゃ。お前ら、とうとう頭がイカレちまったのかァ！？」
　シャイターン達が下卑た哄笑を上げる。
　それには構わず、中央のヴァルキュリアは、わずかに挑戦的な瞳で傍らのケルベロスをちらりと見上げた。
「我等は八人、貴方がたも八人、敵も八体。力を落とした我々がこの戦に最大限寄与するには、貴方がた一人一人と組み、互いを補い合うこと……そう判断しましたが、いかがでしょう？」
　是非もない。ケルベロス達は視線と笑みをかわし合い、うなずき合った。
　そして、応える。共に戦おう、と。
　共闘の成立だ。
　シャイターン達が一斉に笑い止み、不気味に静まり返った。濁った両眼に、重苦しいほどの殺意がみなぎる。
「オレらのお人形のままでいりゃぁ良かったのによォ……たっぷり後悔させてヤんぜェ……！」
　掌中に生じた灼熱の炎に、奇怪に歪んだ黒い笑みが照らし出された。

●八つの戦い
　彼我の単純戦力差は８対１６。
　総勢でぶつかり合えば混戦は避けられない。戦場は自然、各々が担当となる敵を見定め、小分けに分断していった。
　内訳は、ケルベロス・ヴァルキュリア二人一組につき、敵シャイターン一体。ケルベロス同士の連携は犠牲になるが、同時に敵の連携も阻害できる。加えて、今は一人につき一人、頼もしい味方がついているのだ。

「こっちだ！」
　マイはモノアイから放つ熱視線で、一体のシャイターンを釣り出した。即座に苛立ちに満ちた炎塊が返されるも、甘んじて受ける。
　確実な手応えににやりとほくそ笑むシャイターン。その隙を、背後からヴァルキュリアの輝く槍が捉え、肩を貫く。
「ぐぅっ……このメスどもが！」
　シャイターンが砂嵐を巻き起こす。ヴァルキュリアは風に巻かれ、急激な眩暈に頭を振った。催眠の効果だ。
「纏え！　分身！」
　咄嗟にマイが分身の術を飛ばし、ダメージを逸らすとともに耐性を付与する。
　生真面目そうなヴァルキュリアは、はっとしてマイを見た。マイは頼りがいのある笑みを返す。
「防御と回復はこっちに任せな！」
　守護役とばかりにテレビウムのてぃー坊を寄越され、ヴァルキュリアもわずかに口許をほころばせると、しっかりと頷き返した。

　澪が対峙するのは、細長い曲刀型のゾディアックソードを構えた個体だ。
「俺が相手になろう」
　両手に二刀を携え、果敢に斬り込む澪。激しい打ち合いのさなか、半歩身を引くと、瞬時に下段に構え直し、敵の脚部を切り裂く。シャイターンの喉が醜い悲鳴を引き絞った。
「……クソがぁッ！」
　至近距離で灼熱が膨れ上がった。澪は炎を全身に浴び、転げ出るように後退した。重大な熱傷はしかし、瞬く間にかき消えていく。
「我々は癒しの術を体得しています。存分に力を揮われるがよろしいでしょう」
　ヴァルキュリアの鼓舞は癒しと破剣の力を帯びていた。凛として大人びた彼女の笑みに、澪は目を細める。
「感謝する。恩は、奴を倒すことで必ず返そう！」
　言うが早いか、澪は再び二刀を構えて敵へと斬り込んでいった。

　コクヨウは敵の攻撃を一身に浴びる覚悟だ。
「俺を殺せたら土産に黒豹の毛皮をくれてやろう。お前ら弱卒どもには無理だろうがな！」
　挑発とともにブレイズクラッシュを叩き付ける。
　シャイターンは忌々しげに舌打ちすると、マインドリングで具現化した光の戦輪を飛ばした。底意地の悪いことに、標的はコクヨウではなかった。
　あどけない顔立ちのヴァルキュリアは体勢を崩した状態で、迫り来る戦輪に、衝撃を覚悟してぎゅっと目をつむった。
　しかし、激痛はやってこない。コクヨウが立ちはだかり、彼女のダメージを請け負ったのだ。
「立てるか？」
　渋みのある呼びかけに、ヴァルキュリアはごしごしと目元をぬぐうと、大きく頷き立ち上がった。

　フェミナについたヴァルキュリアは、地獄耳であった。
「あのぽんこつ王子、やっぱりちょっと惜しいんだよな。妙に人間臭いというか……話してみたいなぁ」
　戦いの騒音に紛れるはずだった独り言を、敵に突撃をかましながらも、きっちり拾い上げていたらしい。
「ザイフリート様をぽんこつ呼ばわりとは何事です！　訂正してくださいっ！」
　顔を真っ赤にしながら律儀に噛みついてくる。実はかなり人懐こい性格なのではなかろうか。
　敵はその隙に火球を飛ばしてくる。咄嗟に悲鳴を上げるヴァルキュリアだったが、想像以上の衝撃の軽さに、呆然と目を瞬いた。なんちゃってドラッグ、サークリットチェイン等々、フェミナがあらかじめ重ねに重ねた耐性が、彼女を守ったのだ。
　フェミナはしてやったりとばかりに口許を緩めた。
「だからこそ、助けてやりたいって言ってんの。ほら激レアだぞ、私が頑張るなんて」

　優弥は前衛を相方に任せ、後衛で一撃一撃を確実に撃ち込んでいった。
「……さすがにこれだけの陣営となると、壮観だな」
　思わず感嘆が漏れた。後方からは戦場全体が見渡せる。ザイフリートや他のヴァルキュリアの元に駆け付けたチームの奮闘も、大雑把に伝わってくるのだ。
「気を散らさないでいただきたい」
　ヴァルキュリアが硬い口調で叱咤を飛ばした。
　言われずとも、優弥の仕事は確実である。返答の代わりに打ち込んだペトリフィケイションが、敵の体力を大きく削いでいく。
　ヴァルキュリアは面白くなさそうに顔を歪めた。優弥はにっこりと笑いかける。
「戦いが終わったら、ゆっくりとお茶でもしながら、お互いの考えを話し合いたいものだね」
　……これで、ナンパのつもりはないらしい。ヴァルキュリアは頭痛でも催したかのように額を抑えた。

　レイとヴァルキュリアは競い合うように次々と攻撃を仕掛けていった。少々慎重さに欠けるバディだが、大胆な攻勢で急速に敵を追い込んでいく。
　シャイターンが悪態をわめきながら、逆手に持った惨殺ナイフで斬り込んでくる。ヴァルキュリアは攻撃に集中しすぎて反応が遅れてしまう。
　が、横合いからのクイックドロウがナイフの攻撃力を削ぎ、さらにライドキャリバーのファントムが滑り込んで、ダメージは肩代わりされた。
「良ければ、頼ってくれていーぜ」
　ちょっと得意げなレイ。ヴァルキュリアはむっとして、お返しとばかりにファントムに癒しを施す。今のレイは、ヒールを活性化していなかった。
「頼ってもらっても構わんぞ」
　相当な負けず嫌いらしい。レイは小さく噴き出した。

　ヒメは補佐に回り、敵の動向を注視しながら盤石に立ち回った。
「矢がくる！　気をつけて！」
　敵が妖精弓に矢をつがえたのを見取り、鋭く忠告を放つ。ヴァルキュリアはそつなく回避動作に入るが、矢はその動きを追尾してヴァルキュリアの腿を貫いた。か細い悲鳴が痛々しい。
「大丈夫、まだ繕える――」
　即座にヒメが西風を起こした。緩やかな風が光を帯びてヴァルキュリアを包み、淡く瞬く。儚く消え果てたのちには、腿の傷はすっかり癒えていた。
「あ……ありがとう」
　ヴァルキュリアは視線を泳がせながら、照れくさそうに礼を言った。
　ヒメは口許をほころばせたが、すぐに引き締め、敵を見返った。
「今はただ目の前の敵を倒しましょう。ここを超えなければ何も成せないわ」

　イサギは戦闘狂だ。
「もうお終いかい？　案外つまらないね。もっと私を愉しませておくれよ」
　戦術は堅実ながら、敵を斬りつける愉悦を隠そうともしない。
　バディを組んだばかりのヴァルキュリアにも、それは十分に伝わっていた。だから彼女は、何を言うでもなく後衛に立ち、補佐を主軸に行動した。こちらは感情よりも効率を好む性質だった。
「もっぺん人形になってみるか、アァ！？」
　シャイターンの罵倒と同時に、砂嵐が吹き荒れた。
　消耗と催眠の眩暈に耐えるヴァルキュリアを、イサギのオラトリオヴェールがすかさず癒す。
「斬る方が得意なのだけれどね」
　すげなく肩をすくめ、次の攻撃に備えるイサギ。いかにも事務的な処置だが、かえってその方がやりやすいと、ヴァルキュリアは小さく笑みを浮かべる。相性は悪くなさそうだ。

●ハンドインハンド
　ケルベロスとヴァルキュリアの混成バディは、順調に敵を追い詰めていった。シャイターン達はいつしか防戦一方を強いられ、それがさらにケルベロス達の攻勢を後押ししていく。
　真っ先に戦況を動かしたのは、レイのバディだった。果敢に攻め込むヴァルキュリアが活路を開き、
「全てを撃ち抜け！　ブリューナクッッ！！！」
　レイの放つ高密度のエネルギー弾が、五条の光となって敵を撃ち抜き、塵へと返した。
　断末魔の叫びが戦場に轟き渡る。周囲のシャイターン達に一瞬の動揺が走った。その隙を逃すケルベロスではない。
「よそ見とは感心しないな……私を煩わせるな」
　イサギの一刀が繊月の軌跡を描く。
「これ以上、やらせない！」
　ヒメの斬撃が急所への残影を宙に引く。
「古に伝わる八柱の龍王よ……」
　優弥の招来した八体の龍が氷の嵐を巻き起こす。
「やればできる。信じれば、通じる！」
　フェミナの堅い一念が魔法に変わる。
「俺の流儀でやらせてもらう」
　コクヨウの地獄が炎の刃を創生する。
「……素早く斬る！！」
　澪の非物質化した斬霊刀が敵の霊体へと迫る。
「――アイレーザー照射」
　マイのモノアイから無機質な光線が直進する。
　渾身の一撃が、ほぼ同時に各々の敵を粉砕した。
　七重の絶叫が一帯にこだました。

　ケルベロスとヴァルキュリアは、晴れやかに互いを見合った。
　ただ笑みをかわし合う者、不器用に労い合う者、淡々と社交辞令で結ぶ者……様々だった。
　しかし最後は、誰もが自然と、手を差し出していた。
　固く結ばれ合った八組の握手は、一時と言えど心を通わせ死闘をくぐり抜けた、お互いの勲章になるだろう。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月24日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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