シャイターン襲撃~架け橋の戦乙女

作者:黄秦

 多摩市某所を流れる河は、幅こそ広いが流れがゆるく浅い。
 その上に架けられた橋は大きく、毎日それなりの交通量がある。
 広い河川敷では、スポーツに興じる人、犬の散歩に楽器の演奏など、誰もが思い思いに過ごしていた。冬ながら日差しは暖かで、うららかな時間が過ぎていった。
 その平穏を引き裂く風と共に、3体のヴァルキュリアが飛来した。
 幼い少女の姿をしたヴァルキリアは、その身に余るほど大きな斧を担ぎ。
 柳のような細身の乙女は、既に弓に矢をつがえていた。
 悩ましいくびれを持つ妖艶なヴァルキリアは、長く真赤な槍を抱いている。
 車の列へと乙女が矢を撃ち込めば、運転手を射抜かれたトラックが、制御を失い横転した。後続の自動車が避けきれず次々衝突し、炎上する。橋の上はあっと言う間に阿鼻叫喚となった。
 橋上の惨劇に驚く河川敷の人々の目の前には、2体のヴァルキリアが舞い降り、逃げ惑う人々へ容赦なく斧を振るい、槍で突き殺す。
 ヴァルキリアらは殺人機械のごとく無慈悲な虐殺を繰り返し、顔にはまるで表情がない。いずれも返り血に塗れ、身体のほぼすべてを朱に染めていた。
 だからもし、この場に生きている者がいたとしても気づかなかっただろう。
 虚ろな瞳から、赤い血がとめどなく溢れ続けていることに。


「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っている所ですが、エインヘリアルにも大きな動きがありました。
 第一王子ザイフリートが失脚したようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の第一声は、かつて戦った相手の末路であった。
「後任として、新たな王子が地球への侵攻を開始した様子です。
 どうやらエインヘリアルは、ザイフリート配下であったヴァルキュリアをなんらかの方法で強制的に従え、魔空回廊を利用して人間達を虐殺し、グラビティ・チェインを得ようと画策しているようなのです」
 立川、あきる野、昭島……、東京の各都市への侵攻を阻止するため、ケルベロスたちも急ぎ向かって欲しいと言う。

「皆さんに行っていただきたいのは、『東京都多摩市』に流れている、ある河です。
 大きめの河で、架かっている橋は交通量もあり、河川敷には近隣住民が遊びに来ます。
 ヴァルキュリアたちはここで虐殺を行った後、近くの住宅街へと移るつもりでしょう。
 そうなる前に、この橋でヴァルキュリアを食い止めていただきたいのです。
 現在、ヴァルキリアを従えているのは、妖精八種族の一つ『シャイターン』と呼ばれる種族のようです。この事態を収めるには、都市内で暴れるヴァルキュリアに対処すると同時に、シャイターンも撃破しなくてはなりません。
 そちらには別のケルベロスの方々が向かっていますので、皆さんはヴァルキリアの対処に注力してください」

 ヴァルキュリア達は、住民を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとするが、邪魔する者が出た場合は、その排除を優先して行うように命令されていると言う。
 だから、ケルベロスがヴァルキュリアに戦いを挑めば、彼女らが住民を襲うことはないとセリカは説明した。
「……ただ、シャイターンによるヴァルキュリアの洗脳は強固です。都市内部にシャイターンがいる限り、何の迷いもなくケルベロスを殺しに来るでしょう。
 ケルベロスによってシャイターンが撃破された後ならば、なんらかの隙ができるかもしれませんが……確かなことは私にも見えません。
 ヴァルキュリアは操られているだけですから、同情の余地はあります。ですが、ケルベロスが敗北すれば、彼女たちは容赦なく住民を虐殺するでしょう。それはなんとしても阻止しなくてはなりません。
 どうか意志を強く持って、ヴァルキュリアの撃破をお願いします」

 ヴァルキリアは3体。
 巨大なルーンアックスを軽々と操る少女。妖精弓を持つ細身の乙女。身の丈よりも長い槍を抱く妖艶な女。
 少女と槍の女が前進して戦い、後ろから乙女が弓の援護と言った戦い方だとセリカは言う。
 さらに、状況によっては、更に1体のヴァルキュリアが援軍としてやってくる場合があるようだ。決して注意を怠らないよう、とセリカは強く念を押した。

 セリカは、どこか痛みをこらえるような表情になる。
「新たな敵、妖精八種族のシャイターン。未知数の敵ですが、ヴァルキュリアを使役して悪事をなすのであれば、それを阻止しなければなりません」
 そしてすぐ、その表情を引き締めた。
「新たなエインヘリアルの王子であろうと、未知の敵であろうと、関係ありません。
 地球にケルベロスのいる限り、どんな敵にも好きにさせないとエインヘリアルに知らしめてください。
 皆さんの勝利を信じています」
 よろしくお願いします、とセリカは深く一礼するのだった。


参加者
ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)
ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)
レナード・ストラトス(誇りを捨てたスナイパー・e00895)
シンク・マリス(シャドウエルフの巫術士・e01846)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)

■リプレイ


 東京都多摩市。
 その一角を流れる河に架かるアーチ状の橋の上で、ケルベロスたちは敵を待つ。
 やがて、白と灰色に厚く塗りつぶされた冬の空から、3人のヴァルキュリアが飛来した。
 いずれもが滂沱と血涙を流し、顔より首筋までが赤く染まっている。白銀の鎧に滴りおちて赤い模様を描いていた。

 赤以外は髪も肌も白いヴァルキュリアらは、迷いも淀みもない機械仕掛けの人形のような動きで舞い降りる。
 妖精弓を持つ乙女がアーチの上に音もなく降り立った。
 ルーンアックスの少女と槍の女はその横をすり抜けて着地しようとする、そこへ、時季外れの桜吹雪が舞った。続いて奔る薄紅色の斬撃を、女は僅かな動きだけで避ける。
 しかし。
「死を誘う桜吹雪、その身で受け止めるといいわ!」
 九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)の『桜花残影』の呼ぶ花弁は、無数の弾丸にも似てヴァルキュリアへと襲い掛かる。槍を旋回して弾き飛ばすに足りず、豊かな胸部を覆う鎧に穴を穿った。
 誰何の声はない。
 ヴァルキュリアの血色の双眸は、その攻撃を放った相手を、凝視する。
 橋の上、7人の、ニンゲン……。
「虐殺なんてさせない! お前たちの相手は私たちだ!」
 アンゼリカ・アーベントロート(黄金天使・e09974)の宣戦布告。
「貴方たちの行動は阻止します……オープンコンバット」
 ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)は砲門を開き、斉射する。注意を引くための射撃は空へ散開するヴァルキュリアには当たらない。
 だけどそれで良かった。ヴァルキュリア達は、思惑通りにケルベロスたちを敵と認識したのだ。
 ルーンアックスに呪力を宿しあるいは槍を構えて、戦乙女たちはケルベロスらめがけて急降下する。
 左右に分かれて避けるケルベロスたちの間を疾駆し、翼に風を孕んで滑空し着地する。
 ぐるり、素早く反転し少女は小さな体に似合わぬ巨大なアックスを振り上げ、跳躍と共に振り下ろした。
「名乗りもしねえとは愛想がねえなぁ!!」
 ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)は『冥刀』でその一撃を受け止める。が、彼の膂力をもってしても受けきれない重さで、少女のアックスはジョーイに痛打を与えていた。
 思わずよろめくそこへ、槍の穂先に氷を纏い女が突進する。
「援護します」
 ミオリが守護の星座を描いて即座に傷を癒していく。
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩聯・e03755)は白銀の巨大な鋏を構えて走る。放つ衝撃波で槍持つヴァルキュリアを攻撃する。
「長引かせたくはないよね、お互いにさ。だから、まずは全力で行かせてもらうよ」
 その言葉が届いているのかどうか、虚ろな双眸から止めどなく血涙を流すヴァルキュリアは、その攻撃を槍を旋回させて弾いた。
 突然の爆発がヴァルキュリアを襲う。ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)のサイコフォースが炸裂したのだった。
 「ちょいとデケェの行くからしっかり受け止めとけよ?」
 ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)は冥刀を振りかぶり、気合の入った雄叫びと同時に一気に振り下ろす。
 女は避けず、あえて槍を構えて受け止めた。
 隙とみて、シンク・マリス(シャドウエルフの巫術士・e01846)は氷の魔法を詠唱する。
「『……無慈悲なる白銀の抱擁を、その身に受けなさい。』!」
 地面を割って突き出す氷柱を、少女ヴァルキュリアは飛んで躱した。その手に足に氷が纏わり凍てつかせる。
 きゅい、と鳴いたのはボクスドラゴンの『藍』。属性を注入してシンクに力を与える。
 乙女は妖精弓につがえた矢を放てば、それは櫻子を追尾し、射抜いた。
 ルーンアックスに光を宿し、間合いに入ろうと踏み込む少女ヴァルキュリアの足元に、無数の弾丸が撃ち込まれた。さすがに驚いてか跳び下がり、さらにもう一歩後退する。
 どこからと探す血眼に映ったのは、アンゼリカだ。それゆえに、今の攻撃はこの金の娘だとヴァルキュリアは認識した。
「さぁ、お前の相手は私だ!」
 凛々しく立ち合いを宣言するアンゼリカが発する魔力を込めた輝きは、少女を挑発し怒りを覚えさせたようだった。

「あなたのお相手は、私がして差し上げますわ。正々堂々勝負なさい!」
 槍の女へと櫻子は達人の一撃を放つ。槍の柄で弾こうとするところに、アリシスフェイルのレゾナンスグリードが食らいついた。
「私たちは簡単に倒れないから、だから安心してよ」
 そう、自分たちならちょっとやそっとでは倒れない。……だから、あなた達は虐殺もしなくていい。
 そんなアリシスフェイルの心中など知らず、ヴァルキュリアは槍を振るい、ブラックスライムを引き剥がす。
 一方で少女のヴァルキュリアはは体より大きく重いルーンアックスを、全身を使って巧みに操っている。ともすれば自分を両断しかねない勢いで振り回す。
 叩きつけられる衝撃に、アンゼリカを庇うミオリの身体が悲鳴を上げる。
「まだ機能停止するわけにはいきません!」
 ミオリは叫び、気力を奮い起こす。ルイが妙にかっこいいポーズで気力溜めを使い、さらに癒した。
 間合いを詰めたジョーイは一撃を叩き込む。
「入ったか?」
 手ごたえはあった。だがヴァルキュリアは倒れない。逆に、光を帯びた槍の一撃で激しくジョーイを突き飛ばした。勢い余って欄干から放り出され、河川敷に落とされる。
「クッソ、面倒くせえことしやがって!!!」
 受け身はとったがダメージは大きい。傷む体を顧みず、急ぎ橋へと駆けあがる彼を、弓の乙女が追い撃つ。
 シンクの操るケルベロスチェインが槍に巻き付き、さらには女の肢体へと絡みついた。ぎちりと締め付けると、さしものヴァルキュリアも苦悶の声を漏らした。
(「……無理やり従わされる相手との戦いですか。正直複雑ですが」)
 それでも、戦うしかない。被害を出さないためにも、彼女たち自身のためにも。


 ケルベロスとヴァルキュリアの戦いは、長引いた。
 ヴァルキュリアは強く、彼女たちを殺さないように戦うことはか想像以上に苦しかった。加えて、いつ援護が来るかもわからない。
 櫻子は斬霊刀を抜いて斬りつける。卓越した鋭技量で放つ太刀筋は槍のヴァルキュリアを捉えた。女は膝をつきかけるが、少女ヴァルキュリアが描いたハガラズのルーンを宿し、踏みとどまる。放つ殺気が濃くなって、櫻子の心胆寒からしめた。
「斉発、始め」
 ミオリの主砲が開いて一成発射する。弾幕に動きを止めたヴァルキュリアへと、アリシスフェイルのレゾナンスグリードが絡んだ。
 輝線を走らせ、強烈な槍の一撃がお返しとばかり櫻子を貫く。
 妖精弓の一矢がシンクに刺さると、意識が不意に混濁した。
「きゅい!」
 『藍』が属性を注入したおかげで、何とか耐えられているのだ。
 ルイはひたすら守護星座を描き、間に合わないと見ればオーラを放出して仲間を支える。長期戦を余儀なくされる今、ヒールの力はなくてはならない物だった。
 それにしてもヴァルキュリアと相対して、どれくらいの時間が立っているのか。
 洗脳のせいで表情の変化はわからない。彼女らもお互いに癒しあっていて、どれくらいのダメージが行っているのか掴み切れない。
(「結構殴ってるんだけどね……」)」
 空を見上るのはもう何度目だろう。
 血なまぐさい覇権争いなぞ、地球以外でやってほしいものだと、半ばうんざりと感じている。
 戦乙女の飛来した方角には、一面厚く重なる冬の雲と合間から広がる空の蒼以外になにも見えず、鳥以外には何も現れない。
「危ない!」
 影が差したと思えば、放たれた矢を自分のミオリが代わりに受けたのだった。
「ご、ごめん……」
「気を抜かないでくださいね」
 怒るよりは、気遣う風にミオリは言う。

 女は槍を構え直し、強烈に薙ぎ払う。アリシスフェイルと櫻子はまともに食らい、吹っ飛ばされる。
「こ、これしき……まだやれますわ」
 2人はなんとか立ち上がるが、特に櫻子のダメージが大きく、刀を握る手に力が入らない。
 アンゼリカの放つ矢を少女はルーンアックスで弾く。反撃の刃が呪力を帯びて襲い掛かった。
 見た目には同じくらいでも、ヴァルキュリアの少女は、錬磨の強さを備えている。アンゼリカは矢を放ち善戦するが、経験差か、徐々に追い詰められていった。
 何度も斧を叩きつけられ、満身創痍でもう立っているのも苦しいほどだ。
 まだ何も見えず聞こえないが、もしもう一人増援が来たなら……絶望か。
「やむを得ません。手加減は無しです」
 ミオリが苦渋に満ちて言う。やらなくては、やられる。
「ハ、しゃあねえよな」
 ジョーイが鮫のように笑った。戒めを解かれた鬼は地を揺るがすほどに踏み込み、渾身の一太刀が槍を構える女の肢体を貫いた。
「砲撃パラメータ問題なし、セイフティリリース……撃ち方、始め」
 ミオリの超電磁砲が炸裂する。
 止めを刺そうと標的を狙い定め、ヴァルキュリアの乙女は妖精弓の弦を引き絞る。だが放たれる直前、突如として弓が爆発した。
「……!?」
 その衝撃に体勢を崩し、アーチから滑落する。
 地へと逆さに落ちるまま、翼を広げて落下速度を殺し、乙女は弓を抜き撃った。その矢は弧を描いて橋上のケルベロスらの頭上を越えた所に放たれる。
 血濡れの眼を見開いてその着弾を見届けたヴァルキュリアは、身体を反転させて軟着陸を試みるが、叶わない。シンクの黒影弾が翼を穿った。
 身を翻して飛ぶも体勢に無理があっては躱しきれず、被弾した乙女は河川敷へと墜落していった。
 殺さずなど、無理なことだったのか。説得など甘い考えだったのかもしれない。……それでも。
(「心の痛みに涙を流す子をそのままにしたら――悔いが残る!」)
 だから、アンゼリカは下がらない。横から、槍の女が穂先を自分に向けて迫るのが見えた。これまでだと、思った。
 だが、女は少女とアンゼリカの間に割って入り、その体全てで少女を止めた。逆に穂先から溢れる力でアンゼリカに気力を与えたのだ。
「……?」
 何故そうしたのかわからないと言った、そんな風に見えた。一方少女は、ルーンアックスを構えたまま、戸惑っている。
 はっとミオリは気づいた。空の彼方には何も見えなかったけれど、そこにいるだろう仲間に叫ぶ。
「……シャイターンを撃破したのですね!?」
 

 ヴァルキュリアは何かを振り払うように頭を振った。槍を構え直し、今度は自分が攻撃を仕掛けようとする。
 だが今度はその足元に矢が撃ち込まれた。妖精弓の乙女が放ったものだった。
 その隙にルイがアンゼリカをヒールする。
「……まだ間に合う、かも?」
 躊躇いがちにアリシスフェイルが言うと、ジョーイはつまらなさげに鼻を鳴らして刀を引いてさがる。内心で謝意を告げて、ヴァルキュリアの前へと駆ける。
 訴えかけるなら、今しかない。立ち上がろうとするアンゼリカをアリシスフェイルが支えた。
「ヴァナディースと名乗る残霊に会ったぞ!  己が死ねば、己の拵えた宝物も力を失いヴァルキュリアは自由となるとな!」
 アンゼリカが気力を振り絞り語りかければ、びくりと少女は体を震わせた。何かに抗うように痙攣しながらルーンアックスを振り上げるが、その切先には輝きがない。
 アンゼリカは動かない。ただ、真っ向から少女を見る。まだ、血涙は零れ続けている。
 その姿に、心から、アリシスフェイルは叫んだ。
「貴女達が虐殺を望まないのなら、血の涙を流して抗おうとするのなら! 私は、貴女達を助けたいの!」
 強く、真っ直ぐに、アンゼリカは言葉を紡ぐ。
「女神が気にかけるお前達はこんな虐殺等望んでないはず。血の涙を流す心があるならば、さぁ目を覚ませ!」
 そのために、自分たちはここに来たのだから。
 真摯な思いと強制された命令に心を揺さぶられ、混乱の極みに至ったのか、幼いヴァルキュリアは悲鳴を上げて力の限りにルーンアックスを振りあげた。だが、そこまでだった。
 その腕は急速に力をなくし、開いた掌からルーンアックスが滑り落ちて、どすんと地に落ちた。
 少女ヴァルキュリアは顔を上げて、アンゼリカを見る。目線を合わせて、彼女らの瞳が本当は黒いとアンゼリカは初めて気付いた。
「あなたたちは愚かね」
 蕩ける甘さを含んだ声が降ってきた。見上げれば、槍の女が微笑んでいる。
「私たちを殺せもしないくせに、助けるだなんて。ふふ、ふふふ……」
 血の朱を刷いた唇を艶めかしく歪めて、さもおかしげに笑った。
「だが、正しい」
 そう言ったのは弓の乙女だ。
「そう、私たちはこのような戦いは望んでいない。……あなたがたも恐らく本領ではないのでしょう?」
 住民を守り、だけどヴァルキュリアたちも助けたい。二つの事に揺さぶられたが故に、攻めにも守りにも徹底できなかったことを見透かされている。
「……だが、その言葉その心根が私たちの心を射抜き、目を覚まさせてくれた。それは確かです」
 だからもう戦う意味はないと、ヴァルキュリア達は撤退の意志を示した。
「こ、今回だけは見逃してあげるんだからねっ!」
 自我を取り戻したルーンアックスの少女が指を突きつけて叫ぶ。あどけない顔だちに相応しい可愛らしい高い声だ。
 何が気になっているのか、弓の乙女は橋の周囲をもう一度見まわしては、小さくため息をついた。

 そうしてヴァルキュリア達は空へと舞いあがり、彼方へと去ったのであった。


「おー? もしかしてもう終わっちゃった?」
 レナード・ストラトス(誇りを捨てたスナイパー・e00895)が橋のたもとにひょこりと姿を現した。
「ちょ、いくらなんでも遅すぎでしょ!? どこ行ってたのよ!」
「いやぁ、すっかり道に迷っちまったぜ、わりぃわりぃ」
 アリシスフェイルに怒られてもどこ吹く風と言った体で頭を掻いている。
「その傷、どうしたの?」
 レナードの衣服が裂けて血が滲んでいるのをシンクが見とがめた。
「いやー、ちょっと転んじゃって?」
「どんな転び方したらこうなるんですか」
 仕方ないですねと言いつつ、櫻子が傷を癒した。彼だけでなく、仲間たちと自分の傷も癒して回っていた。

 戦乙女たちが空の彼方へと飛び去って行くのを見送るアンゼリカ。その頭に腕を乗せ顎をのせて体重もかけ、ルイは半ば独り言のようにつぶやいた。
「……もっと色々聞きたかった」
 女神の事、指輪の事、いろんなことを知りたかったのに、と。
 いつか、聞けることもあるだろうか。
 幾重にも重なる白と灰色の雲とくっきりと区切られた透明な青空を見つめて、そうであってほしいと、願った。

 冬の空をヴァルキュリア達は飛ぶ。
 雲の切れ間から薄く差し込む日差しに照らされる戦乙女という光景はどこか神秘的で、一幅のフレスコ画のようだった。
 星の輝きを宿した黒い瞳は、もう血も涙も流してはいなかった。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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