●『薫灼の』ファイサル
日野市。
東京都のほぼ中央、多摩丘陵地区に位置するベッドタウンであり、都心へのアクセスも悪くないこの街は、今日も多くの人々が変わらない暮らしを営んでいた。
少なくとも、今日、この時までは。
「やれやれ、つまらん役目だ」
ありふれた団地の一角。
突如魔空回廊から現れたのは、これまで観測されたことの無い種族の男であった。
いや、魔空回廊を通ってきた以上、デウスエクスには間違いないのだ。だが、光無く濁った眼は、タールのようにべとりとした気味の悪い翼は、数多のデウスエクスと戦ってきたケルベロス達ですら見知らぬ姿である。
「このファイサル様が、まさか地球のクズどもの掃除に来ることになるとはな」
こきり、と首を回し、それから後ろを振り返る。彼を追って魔空回廊から出てきたのは、ヴァルキュリアの一群だ。
ヴァルキュリアならばよく知った敵であり、力のほども推し量れよう。その数、実に十六体。驚くべき戦力ではあるのだが――ずらりと並んだ彼女らの姿には、今までにない違和感があった。
「よーし、それじゃあ、三人ずつに分かれろ。お前達は俺の直衛。他の奴らは――」
――人間どもを片っ端から殺して、グラビティ・チェインを奪って来い。
戦慄すべきその命令。だが、誇り高きヴァルキュリア達は何らの反応も返さず、ただ虚ろな瞳でファイサルと名乗った男を見返すのみであった。
もしも彼女らを観察している者が居れば、それで違和感の正体にも至っただろう。このヴァルキュリア達は、あまりにも人形じみている。
「つまらん役目だが、イグニス殿下がおいでになる前祝いでもある。いいな、派手に暴れろよ」
行け、と手を振れば、十二体のヴァルキュリアが翼を広げて飛び立ち、四方に分かれていく。それを瞳のない眼で見やりながら、ファイサルは一人ごちた。
「さて、グラビティ・チェインが集まるならばそれで良し。もしもあいつらがやられるようなら」
彼の顔に初めて、ニィ、と笑みが浮かぶ。
「その時は、地球の奴らにも少しは骨がある、ってことだ」
くつくつと喉を鳴らすファイサル。その場に残った四体のヴァルキュリアが、硝子の瞳でそれを見つめていた。
●ヘリオライダー
「城ヶ島のドラゴンとの戦いも大詰めですが、このタイミングで、エインヘリアルが動き出したという情報が入りました」
アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)の声には、多分に緊張の成分が含まれている。彼女が得た情報には、失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たなエインへリアルの王子が――そして、新たなデウスエクスが侵攻してくるというものも含まれていたからだ。
エインヘリアルは、ザイフリート配下のヴァルキュリアを何らかの方法で強制支配し、人間達を虐殺してグラビティ・チェインを得ようとしている。そして、それらヴァルキュリアを率いるのは、シャイターンと呼ばれる『妖精8種族』の一種族だ。
「衝動のままに闘争を繰り返す、『炎』と『略奪』に愛された一族。それが、『妖精8種族』の中でのシャイターンの評だったといいます」
眉をひそめるアリス。つまるところ、侵攻によって生まれる被害はヴァルキュリアの比ではないという事を、その言葉は示していた。
街の各所で人々を虐殺しようとするヴァルキュリア達を阻止しつつ、指揮官たるシャイターンを討つ。それが、今回の作戦の骨子である。無論、シャイターンと戦う部隊は、相応の危険が想定されていた。
「……はい。皆さんには、東京都日野市に現れた敵部隊の指揮官、シャイターンのファイサルを襲撃していただきます」
日野市に現れたファイサルと名乗るシャイターンは、ヴァルキュリア三体の部隊を四つ編成し、市内の各所に散らした。残り四体のヴァルキュリアは、直衛として手元に残しているようだ。
もっとも、彼自身はヴァルキュリアの実力をあまり高くは買っていない。故に、苦戦している戦場に対しては、早々に援軍を派遣するだろう。おそらくは、二体ずつ。
各地の戦況にもよるが、最初の二体の援軍は、おそらく三分から五分以内。次の二体が送り込まれるのは、七分から十分後というところか。
「ですので、いつ仕掛けるかは皆さんにお任せします。手薄になった所を叩き、速攻で指揮官を撃破できれば、他のチームも有利に戦う事が出来るでしょう。でも、援軍が到来してしまえば、そのチームは一気に不利になってしまいます」
まず指揮官の撃破を優先すべきなのは間違いない。だが、アリスが指摘した通り、下手に援軍を許してしまえば、ヴァルキュリアと戦う仲間達が苦境に陥りかねない。いずれを選ぶにしても、胆を決めて戦わなければならないのだ。
ファイサルの得物はゾディアックソードに良く似た長剣。他にも、炎を利用した能力をもっているようだ。ヴァルキュリア達は槍を装備している。どちらも手練の域に達した遣い手であることに疑いはあるまい。
「新たな王子、そして新たな種族。また、危険な戦いに皆さんをいざなわなければなりません。……それでも」
それでも、地球を、人々を守るために。深々と一礼したアリスは、ケルベロス達がこの難しい任務を成し遂げてくれると、そう信じて彼らを送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621) |
カロン・カロン(フォーリング・e00628) |
ニファ・ナクシャトラ(花実朽ちて・e00961) |
平坂・サヤ(こととい・e01301) |
ジド・ケルン(レプリカントの鎧装騎兵・e03409) |
九頭・竜一(雲待ち・e03704) |
ヒエン・レーエン(火守・e05826) |
秋吉・一輝(まほろばの月・e12704) |
●
気配を殺し、物陰に伏せるケルベロス達。その彼らが動いたのは、命を受け飛び立っていった二人のヴァルキュリアが視界から消えて程なくであった。
先陣を切って駆けるのは、四足の獣を思わせるしなやかな肢体。狙うは戦乙女の一、ぐん、と伸びた勢いで跳ね、祭壇の籠手を力任せに叩きつけるそのウェアライダーの名を、カロン・カロン(フォーリング・e00628)という。
「ファイサルちゃんって言うの? いっぱい遊んであげるから、楽しんでいくといいわ!」
「熱烈な歓迎、痛み入るな」
現れた彼らを前に、慌てるでもなく唇を歪めたシャイターン――ファイサル。大きく広げた彼の掌から炎の塊が生み出され、続いて突っ込んできた秋吉・一輝(まほろばの月・e12704)を飲み込んで爆ぜる。
炎の向こうには、虚ろに佇む戦乙女。ヒエン・レーエン(火守・e05826)は、その硝子の様な瞳に薄ら寒い思いを抱いていた。
「こうも作り物じみていたか、ヴァルキュリアというものは」
「嫌いだけど、こんな子達じゃなかったわよねぇ」
応えたカロンに、そうなのか、と呟いて。初めて戦う相手だが、その存在感の薄さにヒエンは眉を顰めるばかりだ。なれど、彼に躊躇している時間はない。
「だが今は押し通らせてもらう。一刻も早く、ファイサルを討つ」
自分達が遅れれば、それだけ同胞が窮地に追いやられる。そう自分に活を入れて、彼は宙に撒いた式符を紙兵と成すべく呪言を唱えた。
「こちらも応えねばな。ヴァルキュリアども、相手をしてやれ」
「あなたは……っ!」
顎で指し示したファイサルを睨みつけるニファ・ナクシャトラ(花実朽ちて・e00961)。自分と同じ、翼を持つ者の気高い魂を道具扱いする事への怒りが、彼女の視線に射殺す力を与えていた。
「ならファイサル、私達と遊ぼうか。――きっと楽しいよ」
怒りを押し殺し、翼の騎士は剣を掲げた。誓約と制約をここに。白き羽根が戦乙女のそれと見紛う程に輝き、光の花弁となりニファの周囲を巡って。
「翼は護り、花は命ず。踏み入る事なかれ!」
四方に散った光の粒子が、三人の敵を包み込む。煌々たる幻惑の舞。そして、ヒエンの符に火傷を癒された一輝が、巨大なる剣を手に光の中へと迫る。
「確かに、前に会った時とちげーな。倒す事には変わりねーけどっ!」
鎌倉で戦った連中とは別の生き物みたいだ、と。そんな率直な感想を抱きつつ、少年は地獄の炎を纏わせた大剣を振り下ろした。やや軽いが、確かな手応え。
「どうすればいいのかわかんねーよ。でも、まずはぶっ倒してからだ」
憎まなければならない相手。けれど戸惑いを隠せずに、一輝は剣の柄を握り締めた。
「ファイサルとやら、侮りの代償は支払ってもらうぞ」
槍に突かれた肩の傷もそのままに、ジド・ケルン(レプリカントの鎧装騎兵・e03409)が低く唸った。――待っていろ、高みの見物は許さない。
「我らには心があり、可能性がある故に」
相対する戦乙女は人形めいて、ダモクレスの雑兵にも似ていた。それを哀れと思えばこそ、ジドは火力をもって封殺を図る。
「これなるは鉄風雷火。我らの道を切り拓く!」
大量のミサイルが吐き出され、爆ぜた。動きを止めるヴァルキュリア。その隙を逃さず、クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)が拳を突き入れる。
「やれやれ、中々悪辣な妖精も居たものですね」
炎を纏いし拳が戦乙女を灼く。だが無論、彼女がその言葉を向ける先は炎を操る新たな種族にだ。
「さて――貴方がたは、私が死ぬに値する戦場を用意してくれるでしょうか」
そう言い募りながらも、竜鱗の戦士は然程の期待をしていない。無論、この男は強者なのだろう。しかし、この下衆は果たして『敵』足りえるのか。
それでも。
「――新たな私の礎となってくれるでしょうか」
幾許かの期待を抱いてしまうのだ。
「ふぅん、これがシャイターンですか」
一方、平坂・サヤ(こととい・e01301)は炎を操る未知の力に興味津々なのを隠そうとしていない。やや伸びすぎた前髪の隙間から覗く青い目が、どうしようもない知識欲を孕んでてらりと光った。
「もっと、もっと見せてくださいよう――何度でも、何度でも」
前髪の向こうで目を閉じる。呟く詠唱。ああ、それは唯一度の事象を繰り返し観測する為の禁呪。唯々それだけの為に、魔の力は現実を浸食し、全ての傷を始まりへと引き戻すのだ。
「おー、すっげー。やっぱ気になっちゃうよねぇ、アレ」
こちらも前髪に目を隠した九頭・竜一(雲待ち・e03704)が、その口調とは裏腹に、食い入る様にしてファイサルの挙動を見つめていた。鹵獲術士の性か、サヤも竜一も、未知の力への好奇心は果てがない。
「でもまぁ……やっぱ死なせんの勿体ねーわ、うん」
だが、彼が熱心に見つめるものがもう一つ。鎧の上からでも判るヴァルキュリアのスタイルからは、こんな時でも目が離せないのだ。
「ありゃ放っといちゃだめだろ。キョウイだけにな」
だから暴れるなよ、とばかりに距離を詰めて、流星の如く加速した飛び蹴り。狙い済ましたその一撃に、戦乙女の動きは目に見えて鈍っていた。
●
「舐められたものだ。まさかヴァルキュリアどもが先とは」
自嘲の笑みを浮かべるファイサルが生み出した、激しい砂嵐。幻覚すら齎すそれが、ケルベロス達を呑み込んでいく。
「焦らずともいい。後でたっぷり相手をしてやる」
余裕綽々にも聞こえるジドの台詞だが、実際はそんな生易しいものではない。要は逃げるな、という事だ。しかし、彼の第一の目標はヴァルキュリア。主砲の連打の前に、その動きが怯んでいく。
「貴様は狩りに来たつもりであろうが、我々猟犬に狩られるのは其方なのだからな」
「そうよ、後で好きなだけ相手してあげるっ」
ファイサルの気を引きながらも、敵を押し込んでいくカロン。強敵なれども精彩を欠く戦乙女は、集中攻撃を浴びて明らかに体力を磨り減らしている。
「……貴女達の事嫌いだけどね、恩売っといてあげるから買いなさい」
草原を駆ける獣の如く、素早い動きで背後に回りこんだかと思うと、カロンは鞭の様にしならせた足で敵の膝を打ち抜いた。
膝を突くヴァルキュリア。それでも戦おうとする姿は、常ならば賞賛に値するが――硝子の瞳と合わされば、どこか機械のようで。
「女は愛嬌、忘れちゃったの?」
縦横に飛び跳ねて敵を翻弄していたニファが、あえて正面から対峙する。身を焦がして戦う戦乙女を救うには、それが必要だと知っていた。
「……泣かないで。一緒に戦っているよ」
戦乙女の瞳に感情は見えない。けれど、見えざる血の涙を流しているのだと、今の彼女には判るのだ。敵には違いなくとも、戦いを強いられる辛さは同じだろう。
「貴方達の気持ち、ちゃんと受け取るからね」
だから、負けないで。
思いを籠めて叩き付けた剣の腹が、最後に残った戦乙女の戦意を奪っていた。
「残霊の方が、まだ意思の手応えがあるな」
低級のダモクレスの様に虚ろなヴァルキュリア。一人目は問題ないと見切ったヒエンが、手を鉄爪の如く硬化させてもう一人へと迫った。
「待つ時間も敵を見送るのも、随分と歯痒かった。せめて、他の戦場を楽にさせてもらおうか」
燃えるような赤髪、それよりもなお赤い地獄の炎。全身を一色に染め上げたヒエンの手刀が、目にも留まらぬ速さで敵を穿つ。
「――お見事」
人派と竜派の違いはあれどもドラゴニアンには違いない。ならばこそ同族たるクロハには、種族の特技を振るうヒエンの技量も掴めるというものだ。
「私も負けていられませんね。何にせよ、時間をかけてはいられない」
弱い者から倒すのは集団戦の鉄則だが、この戦いでは違う意味を持つ。他のチームが崩れる前にシャイターンを討たなければならない、そうと知って戦乙女を優先した以上、もう猶予など何処にも無いのだから。
「舞うとしましょうか。役者の不足はご容赦を」
地獄の炎に置き換わった足が、次々と繰り出されてヴァルキュリアを蹴りつける。だが敵も譲らず、薙ぎ払った穂先がクロハの胸を斬り裂いて。
「お人形の兵隊と、火遊びの好きな指揮官様。大したものですねぇ」
だが、その傷は瞬く間に盛り上がった肉に隠されていく。遥か背後で魔道書を紐解きクロハを禁呪の魔力に捉えたのは、観察者たるサヤ。シャイターンを挑発するその言動は、ともすれば大言壮語にも思われたが。
「――死んだらそこまで、何も変わらないですよう」
その呟きは、ケルベロスにも、ヴァルキュリアにも向けられたもの。知識欲と裏腹の、生きて選択肢を得よという思い。只管に癒しを齎すサヤの存在が、この『殺さぬ』戦いを支えていた。
「抜けば玉散る氷の刃――ってな?」
竜一の手には小ぶりの刃。その刀身が冷気の渦を纏ったかと思うと、長い氷刃を現出させる。
氷雪よ舞え、踏み込んで一閃。戦乙女の流す血は即座に凍てついて、身体にまで凍傷を及ぼした。
「あんたら、一般人を襲おうなんて思っちゃいないだろう?」
帰りたい場所くらいあるだろ、行けよ。ぶっきらぼうに言い放つ竜一に、初めて感情らしい感情を浮かべるヴァルキュリア。それは、どこか戸惑ったような。
「助けて欲しいならそう言えよ。こっちはホント、判んねーんだよ!」
いや、判らないのは自分の思いだ。血を吐くような一輝の叫び。見えてきた事情と、喪失の記憶。対立する二つは、少年の胸に迷いを生む。
「嫌々従ってるなら、もう、やめよーぜ。続けるってなら容赦はしねーけど」
そう口にして、彼は大剣を横薙ぎに振るう。この時、彼の得物は鈍器と化した。刃を立てぬ様に殴りつければ、戦乙女はごろごろと転がって。
「……他のヤツも、解放されるように努力はするよ」
その言葉に、戦意を失ったヴァルキュリア達は縋るような視線を向けるのだ。
●
「ふん、やはり使えんな」
撤退する配下を一顧だにせず、ファイサルは腰の長剣を抜き放つ。だが俺は奴らほど甘くないぞ――それは手垢のついた台詞だったが、強者だからこそ相応の圧力を生んでいだ。
「お待たせしました。では、本番といきましょう」
だが臆す事なく、恬淡としてクロハが告げる。悠長な問答の暇はない。戦闘開始から、既に七分。援軍が出たタイミングを考えれば、時間的な限界も近かろう。
無言で跳んだ。ちり、と肌を灼く感覚。僅かに軌道をずらして斬撃を避け、籠手に炎を纏わせて。
「どうぞ、死を――薫灼の死を、貴方に」
突き入れる。巻き上がる火柱。そこに、倍する熱量の火球が突き刺さった。
「アンタも炎を使うんだな」
一輝の広げた左手は、地獄の炎で補われたものだ。
戦乙女相手と違って、今の彼には迷いがない。倒していい相手。倒すべき相手。――憎んでいい相手、なのだから。
「俺とお前、どっちの炎が上か試そうぜっ!」
それでも、力を比べたいのは戦士の性だろう。次々と放たれた火弾が、貪欲にファイサルを『喰らう』。
「ふふん、こういう遊びは嫌いじゃないわ。貴方もそう?」
獄炎の応酬に割って入る気満々のカロンが、大きく跳ねて距離を取った。
紫水晶の猫目をらんと光らせる。途端、ファイサルの足下から大きく地面を割って溶岩が噴出した。
それは、根拠なき壮大な自信の発露。迸る熱量の具現である。
「ね、地球は結構楽しいでしょ?」
自らも存分に楽しむ風情のカロン。だが、彼女の言葉には当然の含意があった。つまり、貴方は二度と遊べないの、という。
「――だから、存分に遊びましょう!」
「ええ、ええ、サヤも遊んで差し上げますよう」
知己の声に頷いて、サヤもまた動く。目まぐるしく交錯する戦場、すれ違う一瞬。ぞわり、と蠢いた黒き粘液が彼女の袖口より噴き出して、ファイサルへとまとわりつく。
「お代は、おまえのちからで結構です――サヤの知識のためにしね」
ああ、それこそ簒奪の能力者、鹵獲術士の真骨頂。さあ、力を。その炎を魔導書へと収めるべし、と。
「それとも、遊び相手に苛められた、って泣き帰るのです?」
思い出したかの様な挑発。それを耳にして、カロンはけらけらと腹を抱えた。
激闘。更に数分を経て、双方共にもう余力は残っていない。だがそれでも、勝利はケルベロス達に近づきつつあった。ゆっくりと、確実に。
「手合わせ願おうか、薫灼の」
ヒエンの尾に燃え盛る炎。奇しくも同じ炎使い。実力差は明らかだが、とは言えそう易々とは負けられぬ矜持がある。
いや。
(「負けられない――だけではないな」)
かつて言われた事がある。『負けたくない』よりも、『勝つ』という意志が必要だと。そうでなければ、勝利は覚束ないのだと。
ならば。
「――燻らす程度の生温い炎で、易く焼けると思うなよ」
迫る。拳を突き入れた。瞬間、現れる朱色の鱗。炎すら纏うそれが、シャイターンの肉を斬り裂いて抉る。
「我々地球の者の力を、貴様は随分と安く見積もってくれたようだな」
スローモーションの様に知覚される時間の中、そう呟いたジド。彼の間断なき砲撃がファイサルの選択肢を狭め、動きを牽制していた事は言うまでもない。彼もまた、この戦いの殊勲の一人であろう。
そして今、その砲門はぴたりと彼の敵を狙う。
「さあ、答え合わせの時間だ。最早逃れる事は出来ん!」
轟、と。
雷鳴の如く響く発射音。全ての制約を取り払われた破壊兵器が、ジドの牙となってシャイターンへと喰らいつく。
「ち、あの役立たずども、せめて盾にでもなればいいものを!」
「おじさん、いつもそんな風に誰かを泣かせてきたの?」
悪趣味だね、と吐き捨てたニファの吐く息は荒い。その身体には深い刀傷。定石ならば、サヤかヒエンの支援を待つか、自分の手当てに務めるべきだろう。
だが、少なくともヒエンはそうしなかったし、ニファもそれを望まなかった。彼女らの目に映るのは、シャイターンを討つ、それ一つだけだったから。
立ち止まっている暇など無い。
「まるで人間みたい!」
薔薇の娘が宙を舞う。踊るやわらかな金のウェーブ。エアシューズから迸る炎を乗せて、ニファ渾身の蹴りが頭上からファイサルを襲う。
「なぁ、なんもねーけど、ここは長閑でいい所なんだよ」
日野には彼の実家がある。それだけで、竜一が戦う理由は十分だった。それ以上の理由など、ナイスバディのおねーさま位のものだ。
なぜなら、彼はホームを守る者だから。
「ここ守れなきゃ、自宅警備員的にマズイっしょ」
手には波打って変形したナイフ。ただ肉を抉り出血を強いる凶器を、竜一はぐ、と構えて。
走った。
斬った。
抉った。
「……できりゃ、あの娘達もさ。嫌がる女の子を無理矢理とか、サイテーだしな」
最後の一閃。確かな手応え。そして、どさりと崩れ落ちる音。それを背に感じながら、竜一は懐のスマホに触れた。
未だ戦っているだろう同胞達に、この勝利を告げる為に。
作者:弓月可染 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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