シャイターン襲撃~Bloody Tears

作者:柚烏

 東京都福生市――市の外れに広がる公園に、突如現れたのは渦巻きのような次元の裂け目だった。それはデウスエクスの開く魔空回廊、其処から姿を現したのは十二名ものヴァルキュリアだ。
 彼女らは統制の取れた動きで3体一組となり、光の翼を広げて四方に散っていく。やがて、その内の一組が降り立ったのは住宅街の一角で――彼女たちは武器を手に、躊躇いも無く其処に住まう人々に襲い掛かった。
 嗚呼、死者の魂を導く乙女たちが、自ら死をもたらす存在になろうとは。刃の翻る音に断末魔の叫びが重なり、奏でられるのは悪夢じみた協奏曲だ。
(「素敵ですね、貴方の歌も。紡ぐ物語もまた」)
 かつてそう囁き、ひとり歌う少年に勇者となって欲しいと乞うた乙女も、その渦中に居た。歌の持つ力を、そしてひとの持つ意志の強さを教えられ――微かな寂しさを浮かべた相貌は、今は人形のように感情のいろが無い。
(「戦うことをしない英雄が、いてもいいはずだよ」)
 ――それは、誰の紡いだものだっただろう。彼女の心にさざ波を立てた数々の言の葉も、今は深い深い水底に沈んで静かに眠っている。
 水晶のような瞳がひとつ瞬きをして、繊細な手に握られた星辰の剣が閃くと――辺りに毒々しい、深紅の華を咲かせていった。築かれた無数の屍を踏み越えて、彼女たちは只々無慈悲な虐殺を続けていく。
 ――その瞳から、はらはらと血の涙を流しながら。

「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも、佳境に入っている所だね……本当にお疲れ様。そんな最中だけれど、エインヘリアルの方にも大きな動きがあったようなんだ」
 日々戦いに赴くケルベロス達に敬礼をしつつ、エリオット・ワーズワース(オラトリオのヘリオライダー・en0051)は翡翠の瞳を微かに曇らせて静かに告げる。
「どうやら、先の鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たな王子が地球への侵攻を開始した様子なんだよ」
 そのエインヘリアルは、ザイフリート配下であったヴァルキュリアをなんらかの方法で強制的に従え、魔空回廊を利用して人間達を虐殺してグラビティ・チェインを得ようと画策しているらしいのだ。
 ――狙われる場所のひとつは、東京都福生市の住宅街。皆には其処へ向かって欲しいと、エリオットは言った。
「……恐らくヴァルキュリアを従えている敵は、妖精八種族の一つシャイターンだと思う。炎と略奪を司り、暴力衝動のままに闘争を繰り返す危険な一族だよ」
 彼らはヴァルキュリアを操り、日本各地の都市の破壊工作を行わせる。その為、都市内部で暴れるヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターンを撃破する必要があるのだ。
「ヴァルキュリア達は住民を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとしている。けれど、邪魔する者が出た場合は、その邪魔者の排除を優先して行うように命令されているらしいよ」
 つまり、ケルベロス達がヴァルキュリアに戦いを挑めば、ヴァルキュリアが住民を襲うことは無いだろう。ただ都市内部にシャイターンがいる限り、ヴァルキュリアの洗脳は強固であり、何の迷いもなくケルベロスを殺しに来る筈だ。
「でも、シャイターン撃破に向かったケルベロス達が戦いに勝利した後ならば、なんらかの隙が出来るかも……しれない」
 しかし、それはあくまで可能性の話であり、確かなことは言えないという。操られているヴァルキュリアには同情の余地もあるが、ケルベロスが敗北すればヴァルキュリアによって住民が虐殺されてしまうのだ。
「これを阻止することが、最優先になるからね。皆には心を鬼にしてヴァルキュリアを撃破する必要があると、覚悟していて欲しいんだ」
 皆が相手をするヴァルキュリアは3体で、其々ゾディアックソードに日本刀、そして妖精弓を操って戦うらしい。その内のひとり――ゾディアックソードを持つヴァルキュリアは、恐らくケルベロス達が以前に出会った、勇者になって欲しいと少年に願った乙女だろうことも付け加える。
「ただ状況によっては、更にもう1体……ヴァルキュリアが援軍としてやってくる場合もあるから、注意を怠らないようにしておいてね」
 ――新たな敵、妖精八種族のシャイターン。その能力は未知数だが、ヴァルキュリアを使役して悪事をなすのであれば、それを阻止しなければならないだろう。
「ヴァルキュリア達は強制的に従わされて、人間の虐殺を命じられている。罪を犯す前に殺すのが慈悲なんだって、簡単には割り切れないひとも居るかもしれない」
 それでも自分たちは、侵略者からこの星を護る地獄の番犬――ケルベロスなのだ。戦乙女が血の涙を流し、それでもその手をあかく染めるなら。
「あふれる涙に溺れないように、もう泣かなくて済むように……どうか悔いのないように、戦ってきてね」


参加者
リュドミーラ・オーバルチェーニ(ビェルイェノーチ・e00168)
リディアーヌ・ウィスタリア(スヴニールフイユ・e00401)
御伽・姫桜(悲哀の傷痕を抱え物語を紡ぐ姫・e02600)
遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)
久遠・薫(は再生紙を使用しています・e04925)
コンスタンツァ・キルシェ(女系暗殺一家の家出娘・e07326)
十朱・千鳥(ローズロワ・e19159)
久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)

■リプレイ

●君に届けと願う声
 血の涙を流し殺戮に走る戦乙女――ヴァルキュリア。彼女らによって命を絶たれようとしている住民を救出し、そして嘆き悲しむヴァルキュリア自身も救う為――御伽・姫桜(悲哀の傷痕を抱え物語を紡ぐ姫・e02600)たちケルベロスは、戦場となる住宅街へと降り立った。
「誰も望まない、悲劇の物語だけは何としてでも阻止してみせます」
 胸に過ぎる微かな悲哀の記憶に、姫桜の緋色の瞳が切なげに揺れるが――それでも彼女は毅然と顔を上げて、不吉な予感を孕む冬空を見上げる。そう、間もなく現れるであろうヴァルキュリア達が、これ以上血の涙を流さないで済むよう、全力で挑もうと誓いながら。
「……尊厳は奪われ、何の矜持も無く、不名誉な殺戮を強いられる」
 と、凍てついた風が唸りを上げるような、冬の厳しさを纏う声が辺りを震わせた。声の主、リュドミーラ・オーバルチェーニ(ビェルイェノーチ・e00168)の佇まいは、まるでうつくしくも荘厳な、決して溶けぬ氷像のよう。けれど深紅の瞳に宿る光は余りに鋭く、彫像の如き美に熱き血を通わせている。
「立場は違えど、同じく戦場に立つ身として見るに堪えない」
 ――戦士の何たるかも解らぬ下衆が、やってくれる。そのリュドミーラの呟きは、此処には居ない相手――シャイターンに向けてのものだろう。
「いいだろう、その思惑を潰してやるだけだ」
「ヴァルキュリアを操って、一般人殺させるとか極悪非道っス、許せねっス」
 一方で、コンスタンツァ・キルシェ(女系暗殺一家の家出娘・e07326)は、金のツインテールをぶんぶんと揺らして怒りを露わにしていた。それにどうやら、その内のひとりは、以前自分たちが対峙したヴァルキュリアのようなのだ。
(「あのヴァルキュリアとは一回会ったけど、ユキヤにフラれた時に見せた哀しい瞳が忘れられねっス。……嫌いになりきれねっスよ」)
 勇者になって欲しいと少年に懇願し、紡ぐ歌や物語に興味を示していた乙女を思い出して、コンスタンツァは慌ててかぶりを振った。――感傷に浸るのはあとだ。今は人々を守り、彼女たちを止めなくてはならない。
「彼女たちはグラビティ・チェインを奪おうと動くが、邪魔をする者が居れば其方の排除を優先して動く……だったよな」
 地獄化した右目を不敵に細めて、十朱・千鳥(ローズロワ・e19159)が優美な仕草で口角を上げる。彼の言わんとしていることに気付いた遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)は頷き、抜き放った斬霊刀を陽光に煌めかせた。
「だったら私達が戦闘を仕掛けて気を引き、その間に退避を促す!」
「……標的確認、戦闘に突入します」
 そうしている間に、告死の天使たちは住宅街へと接近していたようだ。あどけない相貌に見合わぬ、落ち着いた口調でリディアーヌ・ウィスタリア(スヴニールフイユ・e00401)が皆に告げると――陣形を組んだことを確認した上で、大量のミサイルを射出して敵の意識を此方に向ける。
「……出来たら、このような形での再会はしたくなかったですね」
 得物を手に舞い降りるヴァルキュリア――その中に見覚えのある顔を見つけた久遠・薫(は再生紙を使用しています・e04925)が、ぽつりと呟き切断鋼糸を揺らした。
(「まぁ、あの方が覚えているとは限りませんが」)
 彼女が殺界形成により一般人を遠ざけた上で、他の仲間たちが避難を呼びかけることにより、周囲への被害は抑えられる筈。そして自分たちは、他班の仲間がシャイターンを撃破するまで防戦主体で持久戦を行い、何とか説得の糸口を見つけるのだ。
「可能性がある限り、諦めねえ。最後の最後まで足掻いてやらぁ!」
 無意識の内にバイオレンスギターの弦をつま弾きながら、久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)は皆を鼓舞するように声を響かせた。
「絶対に俺達の声、届かせてやんぞ、オラァッ!」
 ――だからどうか、溢れる涙を止めて欲しいと彼は願う。それが哀しみと苦しみから流す、血の涙であるのなら尚更のことだ。

●血の涙に溺れゆく
(「分が悪い戦いであることは、承知の上だ」)
 ぎり、と歯を食いしばりつつ、鳴海はヴァルキュリア達目掛けて霊刀に宿る力を解放――四肢を凍結させる絶対零度の凍気を放って、その動きを阻害しようと動く。
「耐え抜いてみせるわ……貴女達の物語も、ここで終わらせたくはないもの」
 ボクスドラゴンのシオンと頷き合って、姫桜は微笑みを絶やさずに敢然と彼女らを迎え撃った。血の涙をとめどなく流しながら――けれどヴァルキュリアは迷いなく、その手に握りしめた刃を振るう。
「……ッ!」
 リュドミーラが微かに息を呑む声が聞こえ、間髪を置かずに日本刀を持つ乙女が、流水の如き太刀筋で辺りを薙ぎ払った。血華咲く中で二人目が叩きつけるのは、剣に宿した星座の輝き――そして最後のひとりが、心を貫く矢を放って獲物の心を惑わせる。
「痛……、容赦ないと分かってたとは言え、これは流石に……」
 荒い息を吐き、朱の雫に濡れそぼる戦闘服を握りしめつつ龍彦が咳き込んだ。鮮やかな連携を一気に決められたものの、彼をはじめとする盾役は確りと耐えたのだ。しかし受けた被害は無視出来ないもので、直ぐに回復手のリディアーヌが、治療と共に彼らに加護を与えようと動いた。
「まずは守りを固めないと、ですね……」
 彼女が操るのは、小型治療無人機の群れだ。彼らは更に警護を行い、前衛で敵を抑えている者たちを補助していく。その一方で姫桜もまた、黒き鎖を操って仲間たちを守護する魔法陣を描いていった。
「……集まれ炎、踊り散れ華」
「よし……俺には出来る、だからやってやる。……救ってやる!」
 護りの力を高めた千鳥は己の身を盾とするべく、絶望しない魂を高らかに歌い上げて、ヴァルキュリア達の怒りの矛先を此方へ向ける。
(「何とか無力化をして、耐え抜くことが出来れば良いのだが」)
 狼の尾を揺らし、しなやかな動きでリュドミーラは大地を蹴って、裂帛の気合を重力震動波に換え一気に炸裂させた。其処へコンスタンツァもバイオレンスギターを手に、以前の出来事を――少年を説得しようと言葉を交わした一幕を思い出させようと、力強き旋律を響かせて思いの丈をぶつける。
「そんな哀しい顔して殺戮だなんてやめるっス! シャイターンの言うことなんか聞くことねっスよ!」
 今の彼女らに、そう言っても駄目であることは分かっていた。でも――叫ばずにはいられなかったのだ。そして薫も、精神操作で鋼糸を自在に操り、標的を一気に締め上げた上で問いかける。
「見るに、あなたたちは自らの意思での行動ではなさそうね。自らの望みでない戦いに意味はあるのかしら? 操り人形のまま、自分たちの心を殺し、そのままでいるのかしら?」
 けれどやはり、彼女の問いに関する応えは得られなかった。心を殺しているのではなく、殺されている――ヴァルキュリアはただ、血の涙を流しながら殺戮を続けるだけだ。
「それでも俺は、最初のお前の台詞、信じてるぜ。人を殺したくないなら、お前は仲間だ」
 白銀纏う指先を突き付け、けれど龍彦は乙女たちに向けて笑いかけた。其処から放たれるのは、圧縮された冷気の弾丸で――相手の身体を麻痺させ、少しでも猛攻を凌げればと彼は願う。
「昨日の敵は、今日の友ってな。なんなら一緒に、歌を歌おうぜ!」
 ――しかし、彼女たちの無力化は容易なことでは無かった。日本刀を持つ乙女が前衛を切り崩していく中、残りの二人は守りの厚い盾役の相手を避け、後衛に狙いを定めていったのだ。
「私たちの盾も限界があるわ、何とか耐えて……!」
 周囲に神経を張り詰め、いち早く危険を察知した姫桜が後衛――特に回復手であるリディアーヌに声を掛けた。どうやらヴァルキュリア達は、先ず彼女から落としていこうとしているらしい。色鮮やかな花々を纏う白き大鎌を振るいながら、蝶が舞うように姫桜が戦場を駆ける中――戦乙女の放つ矢は非情にも、彼女の守りをすり抜けていく。
「誇り高きあなたたちの尊厳は、私達が守ります。もう涙を流さないでください。きっと笑い合えます」
 降り注ぐ矢を受けて尚、リディアーヌは痛みに喘ぐ事無く、僅かに不快そうな雰囲気を放つのみ。乙女らに声を掛けながらも、彼女はヒールを施していくが――単体を一気に回復させる術が無いのが厳し過ぎた。
「哀しか知らない私でも楽しい気持ちになれると、そう思って――……」
 危ない、と直感した龍彦が気力を溜めようとするも遅い。妖精の加護を宿した矢は、何処までも標的を追い詰めていき、遂にリディアーヌは狙いすました一撃をその身に受けて崩れ落ちる。
「せめて、回復役がもうひとり居れば……」
 口の端に滲んだ血を拭いつつ、千鳥は傷ましそうな目で伏したリディアーヌを見遣って。それでも真っ先に回復手が落ちた戦線を立て直すべく、極光のヴェールをめぐらせて皆の傷を癒していった。
「……とまぁ、そちらの事情を知らないので、わたし達もこんなことが言えるのですが、ね?」
 一方、影のように忍び寄る薫の鋼糸は、敵の急所を掻き斬ろうと宙を舞う。しかし、立て続けに放たれる敏捷性を活かした攻撃は見切られ、遂には彼女も神速の居合いの前に倒れていった。できるのなら、あなた達の話を聞かせてほしい――その言葉も投げかけられぬままに。

●歩くような速さで
 ――説得の兆しは未だ見えず、早くも仲間が二人落ちた。ならば方針を切り替え、敵を倒すことに集中すべきかと鳴海は迷いを振り切った。しかし其処で、更にヴァルキュリアの方に援軍がやって来たのだ。
「人が奏でる旋律を素敵だと想う心を持ち、人の意志の強さを知った輝く瞳を呼び醒まして」
 星座の重力を宿した重い一撃を必死に耐えつつ、姫桜は血の涙を流す乙女に呼びかける。けれど、彼女らの波状攻撃は圧倒的であり――属性を注入して回復を行っていたシオンが、遂には力尽きていった。
 ――ああ、もう自分の力も殆ど残っていないけれど。それでも姫桜はヴァルキュリア達から瞳を逸らさずに、最後までその心を溶かそうと力を尽くす。
「どうか貴女達自身で紡がれる物語を諦めないで。その先にある物語を、貴女の色で彩るために負けないで……!」
 最後に大きく翼を広げ、力を失っていく姫桜を悲痛な面持ちで見遣りながら――コンスタンツァは覚悟を決めて銃を構えた。
(「アタシはミュージックファイター。その前にガンスリンガー」)
 放たれるのは、真っ赤に猛り狂った闘牛が跳躍するかの如き魔法の弾丸。それは何処までも獲物を追尾し、雄々しい角で以て食らいつくのだ。
「皆気持ちは一つ、絶対一般人を守ってヴァルキュリアを救うっス。……アタシ達はケルベロスなんスから」
 ああ、この場にシャイターンが居るのなら、その頭目掛けてヘッドショットを決めてやるのに。けれど此処に居るのはヴァルキュリアのみで、シャイターンの相手は撃破に向かった他班の者たちに託す他無い。
「シャイターンの撃破に向かった者らは必ずやってくれる。ならば私達も答えなければならない」
 裂帛の叫びを轟かせ、リュドミーラは傷だらけの己の身体を叱咤した。しかしその間にも妖精の矢を受けてコンスタンツァが倒れ、目を覚ませとヴァルキュリアに叫び続けていた声も途絶えていく。
「……だからお前達も抗え、奪い返せ、答えを見せろ」
 後衛は既に落ち、盾となる者たちも次々に倒れていった。それでも千鳥と龍彦はぎりぎりの所で耐えており、ボロボロになっても未だ確りと立ち続けている。
「殴られっぱなしは癪だが……傷ついてるのは、お互い様だな。なら、ここで倒れるような、カッコ悪い真似できっかよ……!」
「……俺は諦めない、諦めたくない」
 何処か親しげに龍彦が笑いかける一方、千鳥は不敵とすら思える笑みを浮かべて、更に一歩を踏み出した。半数が戦闘不能に陥った今、撤退も視野に入れなければならない――それは分かっているものの、鳴海は未だ諦めることが出来ずにいた。
(「必ず助ける、そう宣言したいけど、そんな勇者には私は程遠くて……」)
 きつく拳を握りしめ、噛みしめた唇には血の味が広がる。――もし、力及ばなかった時、天秤にかけるのは彼女達の命でも住民の命でも、ない。
「張るのは、私。絶対に、誰も死なせるもんか……!」
 そう決意した鳴海が、自身の存在を賭けて運命に立ち向かおうとした時。不意にヴァルキュリア達の間に動揺が広がった。日本刀を持つ乙女が、弓引く乙女に向けて不意に斬り付け、こんなことは止めろと叫ぶ。しかし次の瞬間、彼女は苦しみ出し――意志を失くした途端、今度は別のヴァルキュリアの攻撃を受けて膝をついた。
 ――恐らく、シャイターン撃破に向かった者たちが成果を上げたのだろう。ヴァルキュリア達は明らかに混乱した状態になり、互いを攻撃し始めたのだ。
「今なら、きっと……言葉は届くはずだよ!」
 顔を上げた鳴海の双眸には、最早悲壮な決意は無い。彼女達の事情は解ってなくて、だから共に歩もうなんて無責任にはまだ言えないけど。
「屈するな、抗え。奪われた尊厳は奪い返せ……」
 何度も刃を交えた、日本刀を操る乙女にリュドミーラが檄を飛ばすと、彼女は苦悶の表情を浮かべて戦いの手を止めた。
「綺麗な歌や景色や物語が、未来で待ってるんだぜ! 殺戮より他に、やりたい事は沢山あるんだろ?」
 揺るぎないまなざしで龍彦が問えば、千鳥は凛とした所作で手を差し伸べ――その想いを真っ直ぐに伝える。
「本当はお前らだって、戦いたくないんだろ? 大丈夫、分かってる。俺達が必ず救ってやるから」
 あの時、勇者を夢見たユキヤの手を取った時みたいに、自分たちがお前の――お前らの勇者になる。その呼びかけに、嘗て邂逅したヴァルキュリア――アンダンテの瞳に光が戻っていった。
「戻ってこい、あの時のやつも、他の奴らも!」
「思い出して……ユキヤの歌、物語を! あの物語を素敵だと言った、君自身の心を! 君達が、泣いているのは何故なのかを!」
 一緒に歌おう――そう告げる鳴海の瞳にも、何時しか涙が滲んでいて。彼女は精一杯両手を広げて、彼女たちに声が届くようにと叫ぶ。
「私達は、その涙を止める為にここに来たんだ!」

 ――ありがとう。血の涙はやがて透明な雫へと変わり、アンダンテと日本刀の乙女は呪縛から解き放たれたようだ。
 そっと一礼して彼女たちが戦場を離脱していく一方、残り二人のヴァルキュリアは新たな指令を受け取った様子で、彼女たちとは別の方向へ撤退を開始していく。
「……皆生きてるんだ、それでいいじゃねーか」
 だからもう泣かずに、笑顔で居て欲しい――そんな祈りをこめて龍彦は、傷ついた身体をゆっくりと動かして、空の彼方へ手を伸ばした。

作者:柚烏 重傷:リディアーヌ・ウィスタリア(スヴニールフイユ・e00401) 久遠・薫(バウム至高明王・e04925) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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