シャイターン襲撃~朱い雨は砕け散る

作者:秋月きり

 空から鳥の羽ばたくような音が聞こえる。
「鳥にしては大きいな?」
 見上げた空に、いたのは一体のヴァルキュリア。
 そのヴァルキュリアが、槍を抱き、地面を見下ろしていた。
 背中に翼を生やしたデウスエクス、ヴァルキュリアが無言で槍を構える。彼女の瞳からは赤い涙が零れている。
「?!」
 悲鳴が零れる暇はなかった。槍が心臓を貫き、一瞬にして絶命する。
 そして、その死を皮切りに、虐殺の宴が始まった。魔空回廊を介して突如、住宅地に現れた三体のヴァルキュリアは住民達を虐殺していく。槍が、斧が、弓が、逃げまどう人々を、まるで雑草を刈るかのように葬っていく。
 その誰しもが血の涙を浮かべていた。

「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っているようだけど、エインヘリアルにも大きな動きがあったわ」
 ヘリポートにケルベロス達を迎え入れたリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が悲痛な表情を浮かべていた。
「鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たな王子が地球への侵略を開始したの」
 そして、今、まさに彼が行おうとしている方法が問題なのだ。
「ザイフリートの配下であったヴァルキュリアを何らかの方法で強制的に従えたその王子は、魔空回廊を利用して人々を虐殺、グラビティ・チェインを奪おうとしているのよ」
 無辜の住人達をヴァルキュリアによって虐殺しようとしている。そんなの、許す訳にいかない、とその卑劣なやり口に怒りの心情を吐露する。
「ヴァルキュリアを従えたのは妖精八種族の一つシャイターン。だから、住宅街で暴れるヴァルキュリアを対処しながら、シャイターンの撃破をする必要があるわ」
 向かって欲しい先は、とばさりと地図を広げ、指を差す。細いその指が示す先は東京都の西部。
「東京都日野市、よ」
 東京都の多摩地域南部にある街の名前を口にした。
「皆にはここの住宅街で、ヴァルキュリアと戦って貰うわ」
 ヴァルキュリアは住民を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとしているが、邪魔者が出た場合は邪魔者の排除を優先する命令を受けているらしい。
 よって、虐殺前にケルベロスがヴァルキュリアに戦いを挑めば、住民への被害は防ぐ事が出来る。
「だけど、ここからが問題なの」
 都市内部にシャイターンがいる限り、ヴァルキュリアは何の迷いもなくケルベロスを殺しに来る。単独でも多くのケルベロスが連携しないと倒せないヴァルキュリアが、今回は三体、連携して襲ってくるのだ。これを打ち破るのは容易ではない。
「でも、シャイターンの撃破に成功すれば、或いは」
 シャイターン撃破に向かったケルベロス達がその撃破に成功すれば、その洗脳に揺らぎが生じるだろう。その隙を突けばヴァルキュリアを打ち破る事も不可能ではない。
 ただし、と彼女は声を落とす。
「確かな事は言えない。もしかしたら隙が生まれる余地なんて無いかも知れない」
 全ては希望的な推測でしかないかも、と自信なさげだった。
「それでも、ヴァルキュリアによる住民の虐殺を見過ごす訳にいかないわ」
 ケルベロス達が敗北すれば、ヴァルキュリア達によって日野市の住民達が虐殺される事は必至。故に、心を鬼にしてヴァルキュリアを撃破する必要があると、リーシャは悲しげに言うのだった。
「ここに現れるヴァルキュリアはどうも姉妹みたいね。槍を持ったのと、ルーンアクスを持ったの。それと弓を持ったの。あと、状況によっては槍持ちがもう一人、援軍に来る可能性もあるので、注意は怠らないようにしてね」
 武器に準じたグラビティを使用してくるため、どう対処するかを考える必要がありそうだった。
「妖精八種族のシャイターンの能力は未知数よ。だけど、ヴァルキュリアを使役して悪事を為すのであれば、それを阻止しなければならないわ」
 それは、貴方達にしか出来ない事なの、とリーシャはケルベロス達に激励の言葉を向ける。
「行ってらっしゃい。貴方達なら出来るって信じてるわ」


参加者
楡金・澄華(氷刃・e01056)
七星・さくら(桜花の理・e04235)
ブレイ・ディジョン(獄獣合体ヘリオブレイザー・e05435)
リンディ・グレイ(豪放磊落ってどう読むの・e05541)
真上・雪彦(灰雪の豺狼剣士・e07031)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
七代・千明(怨色ディスペクトル・e12903)
近藤・美琴(魂の鼓動・e18027)

■リプレイ

●戦乙女と番犬
 ばさりと羽ばたく音が三度響く。一つは自身、そして残り二つは妹からだった。
 見下ろした視線の先に住宅街が広がる。人間達が平和な営みを繰り広げている場所、そこが自身らの目的地だ。
 自身らの主であるファイサルに言い渡されている命令は二つ。
 一つは、グラビティ・チェインの奪取。住民の虐殺を行い、グラビティ・チェインを得る事。
 そして、もう一つ。
「やはり、来たか」
 呟く。
 邪魔者が現れた際は、その排除を優先せよ。それがもう一つの命令だった。つまり、主は彼らの到来を予期していたのだろう。
 自身らの前に立ち塞がる特徴的な上衣の集団を前に、彼女らは地面に降り立つ。
「ここからは俺達ケルベロスが相手だ!」
 一団の中から、男が声を上げた。
 地獄の番犬。不死たるデウスエクスの心臓に重力の鎖を叩き込む事で、死を与える存在。
 各々が得物を構え、番犬の名に恥じない殺気をぶつけてくる。
「邪魔者は、排する」
 槍を構え、妹たちにその命に従うことを伝える。
 妹達もそれに頷き、それぞれの得物を取り出す。
 グラビティ・チェインの奪取を目的とする戦乙女と、それを阻止しようとする番犬との戦いが始まろうとしていた。

「クリアキャリバー!」
 愛機から装備を受け取り、最終決戦仕様と化したブレイ・ディジョン(獄獣合体ヘリオブレイザー・e05435)が掛け声と共にポーズを決めた。
「マスク・オン! 獄獣合体! ヘリオブレイザー!!」
 ヴァルキュリア達に突き出された剣はしかし、無表情な視線によって受け止められる。
 そこに何の感情も浮かんでいない。
「――こんなのって無いよ」
 酷い、と言う語句は紡げなかった。
 普段、彼女らはどのような表情を浮かべているのだろうか。洗脳によって奪われた表情に近藤・美琴(魂の鼓動・e18027)は心を痛める。
(「何が何でも、姉妹全員生きて帰って貰うから」)
 今、目の前にいるヴァルキュリアが姉妹であるとはヘリオライダーの弁。住民や仲間の犠牲だけではない。彼女たちの犠牲も許すつもりはなかった。
 その決意を視線に込め三人のヴァルキュリアを見つめる。
「皆が笑顔になれるように、頑張るわよ」
 大丈夫、貴方の気持ちは分かるから、と七星・さくら(桜花の理・e04235)が美琴の肩を支え、励ますように言葉を向ける。その為に自分達がいる、と笑いかけ、ライトニングロッドを構えた。
「洗脳されている以上、殺したくはないが……」
「だ、大丈夫だよ、やる事はやるし!」
 一対の斬霊刀を構えた真上・雪彦(灰雪の豺狼剣士・e07031)の呟きにリンディ・グレイ(豪放磊落ってどう読むの・e05541)が言葉を添える。
 その彼女の反応に、くくっと笑った後、くしゃりと髪を雪彦が撫でる。
「そうだな。たっぷりと踊って貰おうぜ」
 不安げな様子を隠しきれない年下の友人を前にして、自身がそれを受け止めなくてどうする、と不敵な笑みを浮かべた。
「好き好んでやるならば、涙を流しながらやるものではない」
 楡金・澄華(氷刃・e01056)の言葉にヴァルキュリアが首を傾げる。
 ヘリオライダーの予知である虐殺はケルベロス達の出現により阻止された。故に彼女らが血の涙を流す状況は未だ迎えてはいない。
 もっとも、それが先送りされているだけなのは、百も承知だった。だから、その未来を迎えないために今、ここで彼女達を撃破せねばならない。
(「ヴァルキュリアがどうなろうが知った事ではない」)
 七代・千明(怨色ディスペクトル・e12903)の心中は複雑だった。
 だが、仲間が彼女を助けたいと願っている。ならば、その手助けはやぶさかではない、と嘆息する。悔いを残すのは自分だけで十分だと、その瞳が物語っていた。
「いざ参る」
 静かに風魔・遊鬼(風鎖・e08021)が告げ、地面を蹴る。その切っ先が向かうのは斧を構えたヴァルキュリア。研ぎ澄まされた一撃はしかし、彼女の斧に阻まれ、その頬を浅く削るだけに留まる。
 出血した頬を拭いもせず、ヴァルキュリアは遊鬼に斧を振るった。
 力任せの一撃は後方に跳ぶ事で避けたものの、身体全てを持っていかれそうになる風圧がヴァルキュリアの力量を悟らせる。
 ――やはり、強い。
 冷や汗が額を伝った。

●追撃
 戦場で勝敗を決める要因は多数あるが、その一つに情報が挙げられる。
 確かにヴァルキュリアの個々の力は高く、姉妹三人による連携は侮りがたいものがあった。
 だが、その攻撃が闇雲に振るわれているのであれば、話は別だ。
 対してケルベロス達は違う。ヘリオライダーに与えられていた予知により、彼女達三人の役割を知っている以上、その対策は出来ている。
 戦場で情報を制しているという事は大きなアドバンテージを得ると言う事なのだ。
「カタルパ?」
 ケルベロス達の攻撃を一身に引き受けていたヴァルキュリアの身体が大きく傾げる。八人の猛攻をその身に受け、防戦一方に追いやられていた次女は、ついに肩で息を始める。
 長女の声に大丈夫と頷くものの、それが虚勢だとケルベロスの誰もが理解する。
「勝負!」
 澄華の斬霊刀――凍雲が煌めく。咲くは一瞬の華。散らすは終焉の刃。
 幾多にも斬りつけられる連撃を受け、次女の身体から血がしぶく。同時に。
「安心しな、峰打ちだ。……ってな」
 刃を返した雪彦の斬霊刀がその身体に打ち付けられた。
「がっ」
 身体を押さえ、呻き声を上げるヴァルキュリアはそれでも、反撃を試みようと、斧を振るう。
 だが。
「下がりなさい。カタルパ」
 槍を持つヴァルキュリア、長女の声が静かに響く。
 冷気すら孕む視線に、頷き次女は飛翔した。
「あ、ちょっと!」
 降りて来なさいよ、とのリンディの言葉を無視して、更に飛翔する。
「撤退した?」
 命を奪わずに済んだ安堵からか、美琴からホッとした言葉が零れた。だが、その言葉はすぐに長女から向けられた視線に飲み込む結果となる。
 その目に浮かんでいる感情は殺意。撤退する状況を作らざる得なかった恥辱を雪ごうとするもの。
 直後、ばさりと羽音が響いた。
 目の前にいる長女でもなく、弓を構える末妹でもなく、逃げた次女が戻ってきたわけでもなく。
「まぁ、そうなるよな」
 それを見ながら、千明が皮肉げな笑みを浮かべる。
「メイプルお姉ちゃん!」
 微かに喜色を浮かべた声が末妹からあがる。
 槍を構えた新たなヴァルキュリア――援軍の姿がそこにあった。

 次女の撤退はケルベロス達が優性であった証拠である。それは傍目にも見て明らかだった。
 だが、優位に戦いを繰り広げていたとは言え、ケルベロス達も無傷ではない。氷を孕んだ槍の一撃は凍傷混じりの傷を負わせ、力強い斧の一撃は斬撃だけではなく、打撲もケルベロス達に負わせていた。
 中でも疲弊の色が濃かったのは回復を一手に引き受けたさくらだ。仲間達が受けた傷はその都度、回復をしていた。しかし、ヴァルキュリアの猛攻はそれ以上のダメージを仲間達に刻んでいた。
 次女の撤退は彼女の負担を和らげる、そのはずだった。
 だが、三女の介入により、それは無へと帰す事になったのだ。

「クリアキャリバー!」
 三女の槍がランドキャリバーを貫く。悲痛な声がブレイから零れた。
「――っ!」
 返す刃がブレイの肩をかすめる。無駄な口を叩いている暇はない、とその視線が語っていた。
「喰らえ!」
 サーヴァントの仇、と撃ち出したミサイルはしかし。
「メロディ」
 呟かれた言葉と共に、飛来した無数の矢によって撃ち落とされる。名を呼ばれた末妹が誇らしげに頷くのが見えた。
 そこに突き出された氷を纏う刃は長女のもの。ブレイの身体を貫くと思われた刃は火花を散らし、遊鬼の惨殺ナイフによって受け止められた。
「サンキュ、な」
 ブレイの短い礼に遊鬼は黙礼のみで返す。
「こぉのぉ!!」
 螺旋を込めたリンディの掌底が長女を吹き飛ばすが、その身体は地面に叩き付けられる前に光の翼が羽ばたき、ふわりとした着地へと導かれる。
「行きます!!」
 そこに殺到する美琴のガトリング――ONE SHOT ONE KILLの掃射を、再び空に飛翔する事で回避。回避し損ねた弾丸が身体を焼くが、その傷は空中で自身を鼓舞し、回復する。
 だが、ケルベロス達の追撃の手は休まらない。
「光など、もう何処にも」
 千明の身から吹き上がった黒い炎がその身体を蝕む。熱さず照らさずただ暗く、ヴァルキュリアの身体から熱と光を奪っていく炎に包まれ、その整った顔が苦痛に歪む。
(「早くしろよ、馬鹿」)
 吐いた悪態は誰に向けてのものか。千明の言葉に返答は無い。
 今は、まだ。
「大丈夫! 効いていない訳じゃない!」
 ブレイの傷を癒しながら、さくらが声を上げる。確かに千明の炎が与えた傷は末妹の矢により癒されており、一見、傷を負っていないように見える。その表情は現れた時と変わらず、感情は読めない。
 だが、さくらの言う通り、ケルベロス達の攻撃を受けて平然としている訳ではない。現に次女は撤退した。ならば彼女らも押し切れる、と自身らを奮い立たせる。
 再び三女の槍と長女の槍がケルベロス達を襲う。それを阻むのは雪彦の斬霊刀と遊鬼の惨殺ナイフ。そして美琴のサーヴァント、エスポワールの嘶きと。
 繰り出される刺突をその身に受けながら、それでもケルベロス達は攻撃の手を休めない。
 この時間が無限に繰り返される訳ではない。
 必ず、変化の時が訪れると信じて。
「負けんよ、そなたらには……!」
 凍雲で牽制しながら、澄華が吠える。
 三つの無表情な視線が、それをただ、見下ろしていた。

●異変
 切欠は、ぶぶぶ、と懐で震える携帯電話の音だった。
 戦いの最中、余計な事に気を取られるのは敗北に繋がりかねない。それでも、その報を受けた千明は、ニヤリと笑った。
「遅ぇよ」
 口の端を歪め、ここにいない悪友に精一杯の感謝を送る。見なくても判る。このタイミングでメールを送るのは彼しかいない。そして、その内容とは。即ち。
「ファイサルが倒れた」
 千明の静かな声を受け、ケルベロス達の表情に歓喜が宿る。
 変化があったのはヴァルキュリア達も同様だった。
 頭を押さえ、しきりに首を振っている。その様子はまるで、何かを頭から逃そうとしているかの様だった。
「――ッ!」
 それでも、戦いを止めなかったのは忠誠心か、それとも撤退した妹の仇を取ろうとする姉妹愛か。
 槍の穂先が雪彦の肩を貫き、血飛沫が舞った。
「まだ踊りを止めるつもりはないか?」
 太々しいまでの雪彦の言葉を受け、ヴァルキュリアは表情を曇らせる。
「私は……」
 ぎりっと歯がみの音が聞こえる。
 その表情には心なしか、感情の色が浮かんでいた。
「今の状況を理解していますか?」
 静かな遊鬼の声が響く。
「グラビティ・チェインを奪取する。その為、邪魔する奴を倒す」
 心ここにあらず、と言った体で長女が呟く。まるで自身に言い聞かせているようなそれは、だが表情に浮かぶ曇りは迷いそのもの。
「それだけの技量があって、何故に虐殺なぞに手を貸すか! そなたらに誇りはないのか?! その行動は本心からきているのか!?」
 澄華の叱咤の言葉に、更に表情を歪める。
「だ、まれ」
 選んだ行動は現状の否定だった。槍を振るい、澄華の身体に打ち付ける。不意の一撃を受け、呻く澄華から離れ、頭を押さえる。
 まるで、自身も殴打を受けたかのように苦しむ様子は長女だけではない。三女もまた、槍を支えに地面に立ってはいるものの、その表情に浮かぶのは混乱の色だった。
「大丈夫だ」
 自身の傷を癒しながら澄華もまた、どよめく仲間を制しながら立ち上がる。今、ここで彼女らを攻撃するのは楽だ。だが、自分達の目的は彼女たちを倒す事ではない。
「ケルベロスを、排除、する」
 長女の穂先が再び澄華を襲う。だが、力ないその一撃は、遊鬼によって撃ち落とされる結果となった。
「下衆野郎の洗脳に負けないで! 自分自身の心を、想いを、忘れないで!」
 さくらの言葉が響く。その言葉に込められた真摯な想いが、ヴァルキュリア達を打ちのめしていた。
(「無理矢理従わされる気持ちも、泣いても誰も助けてくれない寂しさも、少しだけ判るから」)
 だから、告げる。
 もう、戦わなくていいと。本当の笑顔を取り戻すのなら、自分達が手を貸すと。
「やめろ」
 言葉を封じようと振るう槍も、しかし遊鬼に阻まれ、さくらに届く事はない。
「姫様とかザイフリート王子とかっ、護りたいものが沢山あるんだろうっ?!」
 そこにぶつけられる涙混じりの声。美琴から発せられた言葉はまるで殴打するように、彼女の心に叩き付けられていた。
「ああああ」
 悲鳴を上げる。
 負けるな、とケルベロスは言った。
 貴方達は独りじゃない、とケルベロスは言った。
 取り返したいものがあるのは一緒だよ、とケルベロスは言った。
 そして。
「その気があるんなら、地球はアンタらヴァルキュリアを何時でも歓迎するぜ」
 ケルベロスの言葉に込められた優しさが、痛みを伴って侵食してくる。
「クレイン姉さん」
「お姉ちゃん!」
 妹たちの声が響く。二人とも頭を押さえ、それでも心配そうに長女を見つめている。
 彼女らを束ねる者として、決断するしかなかった。
「撤退する」
 短い命令と共に飛翔。
 警戒した追撃はしかし、ケルベロスからは飛ばなかった。
「逃げるなら追わねーよ」
 好きにしろ、と自棄にも思える言葉を千明がぶつける。
 見ると他のケルベロス達もまた、頷き、得物を降ろしていた。
 ばさりと羽音が響く。
 光の翼をはためかせ、三人のヴァルキュリア達は空へと消えていく。
 最後に一度だけ、ケルベロスに視線を向けた末妹がぺこりと頭を下げた、そんな気がした。

●そして次なる絆へと
「終わったねー」
「ああ、とりあえずこの場はな」
 ふにゃりとへたり込むリンディの身体を支えながら雪彦が呟く。
 住民の虐殺は阻止した。だが、ヴァルキュリア、エインヘリアル、そしてシャイターン。この場で解決していない問題はまだ多く、それを思うと頭が痛くなる。
 それでも。
「涙の雨は晴らした。今はそれでいい」
 ブレイの力強い台詞に仲間達は頷く。
「そう、ですね」
 ヴァルキュリア達の消えていった空を見上げ、美琴は思う。
 最後の最後にヴァルキュリアと交わした視線。末妹と目があったあの瞬間だけ、心が通じ合った、そんな気がした。
 だから、大丈夫だと思う。根拠は無いけど、そう思った。
「次はもっと、別の形で会いたいものね」
 さくらの言葉にうん、と頷いて。
「帰ろうか」
「ああ」
 遊鬼と千明が歩き出す。翼を持たない身である自分達は一歩一歩と進むしかない。だが、そうして目的にたどり着く事が出来るのだと、自身らの望みを叶えていくのだと信じている。
「これにて一件落着、か」
 澄華の呟きは、空へと流れ、消えていった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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