シャイターン襲撃~赤い、涙

作者:のずみりん

 東京都羽村市、まだ牧歌的な街並みも残る都心郊外に魔空回廊は開いた。
 現れたのはデウスエクス『エインヘリアル』の尖兵、ヴァルキュリアたち。そして、ヴァルキュリアは三人ずつ四方に散開し、殺戮を始めるのだった。
 別れたヴァルキュリアたちの一団が降り立った先は集合住宅の一角、女子供も多く集まる広場。
「な、なに……?」
「デ、デウスエク……ッ」
 子供たちが異常な雰囲気に驚き、後ずさる。
「早く! 逃げなさい!」
「ま、待って! 子供たちは……!」
 まず庇い立つ大人たち、そして逃げようとした子供。何の感慨もなさそうに、ヴァルキュリアたちの槍は次々と生命を貫いていく。
 言葉もなく淡々と虐殺を続ける姿はこれまでの彼女らと酷くかけ離れて見えた。
 彼女らもわかっているのだろうか。機械のように凍り付いた顔には血の涙が一筋、赤く線を描いていた。
 
「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っている所だが、エインヘリアルにも大きな動きがあったようだ」
 リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は集まったケルベロスたちに事件を説明する。
「鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任となる新たな王子が地球への侵攻を開始したらしい。ザイフリート配下であったヴァルキュリアをなんらかの方法で強制的に従えて、な」
 エインへリアルは従えたヴァルキュリアたちと魔空回廊を利用し、人間たちを虐殺してグラビティ・チェインを得ようと画策しているらしい。
「もちろん、そんな防御をほおってはおけん。皆には東京都、羽村市に向かいヴァルキュリアたちへの対処を頼みたい」
 確認できている情報では、ヴァルキュリアを従えている敵は妖精八種族の一つシャイターンであるという。
 シャイターンの撃破には別のケルベロスたちが動いてはいるが、都内で暴れるヴァルキュリアを放置しておくわけにはいかないだろう。
 
「お前たちに担当してもらいたいのは集合住宅の方に向かった三人のヴァルキュリア。装備はいずれも槍、能力は誰も似たようなものだ。状況によってはもう一人、援軍が現れるかもしれない」
 パラライズを伴う、光を宿した強烈な一撃。氷をまとっての突撃。呪的防御を破る力を与える鼓舞。グラビティは共有でこの三種類。
「……そして重要な事だが、彼女らは虐殺を邪魔するものが現れた時はそちらの排除を優先するよう命令されているらしい」
 つまりケルベロスたちが戦いを挑めば虐殺は避けられるということだ、とリリエは言う。
「だが油断するな。都市内部にシャイターンがいる限り、ヴァルキュリアの洗脳は強固だ、何の迷いもなくケルベロスを殺しにくるだろう」
 他のケルベロスたちがシャイターンを撃破してくれれば何らかの隙はできるかもしれないが、確かなことは言えない。なによりケルベロスたちが敗北すれば、ヴァルキュリアは市民を虐殺に向かってしまう。
「同情の余地がないとは言わないし、判断は任せる。だがケルベロスにも背負っているものがある事は忘れないでほしい」
 言葉を濁しながらもリリエは言う。
「……彼女らが望まぬ虐殺を強制されているのなら、それを為す前に止めてやるのも慈悲の形だろう」
 場合によっては心を鬼にして、殺すことも考えなければいけないと。
 
「新たなエインヘリアルの王子、新たな敵、妖精八種族のシャイターン。能力は未知数だが、なそうとすることは阻止しなければならない」
 そしてお前たちならばできるはずだとリリエは迷いなく言い切った。
「信じているぞ、ケルベロス」


参加者
蒐堂・拾(ひろいあつめる・e02452)
朽名・ヨル(冬蜘蛛・e02902)
クリスティ・ローエンシュタイン(オラトリオの巫術士・e05091)
白城・優生(猛虎焔舞・e10394)
アトリ・カシュタール(空忘れの・e11587)
エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)
九影・白礼(ウェアライダーの鹵獲術士・e19314)
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)

■リプレイ

●二つを救うために
 牧歌的な街並の集合住宅に白い翼が舞い降りる。数は三人、いずれも特徴的な槍を手に、凍り付いた顔に血の涙をにじませて。
「エインヘリアルたちがなに考えてるかはしらないけど……王子を暗殺するのに一般人を虐殺だなんて許せないわね!」
 惨劇を回避すべく人々に避難を呼びかける愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)は、舞い降りるヴァルキュリアたちをぐっとにらむ。彼女の『プロデューサーさん』……相棒のウイングキャットが心得たと羽ばたくのを背に受け、蒐堂・拾(ひろいあつめる・e02452)たちは三人のヴァルキュリアへと踏み込んだ。
「赤い涙は、望まぬ虐殺への唯一の抗いか……」
 他者の意思を捻じ曲げ、操るという魂への冒涜を前に、静かな拾の内には憤りがたぎっていた。
『燻るは、怨嗟の陰』
「……」
 正面から仕掛けた陰気の拳は軽く払われる。操られてもヴァルキュリアたちの戦闘力に陰りはまるでない、だがそれは織り込み済だ。
「増援の話もあるし、守ってばかりもいられないのよ。ふふふのふー……!」
 たたみかけるように仕掛けるエルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)たちに、ヴァルキュリアの優先順位は邪魔者の排除へと切り替わっている。
 槍の一撃は自由を奪うほどに強烈だが、油断なく地に展開したケルベロスチェイン、瑠璃の『プロデューサーさん』の護りはなんとかケルベロスたちを守ってくれている。
「もう人はいませんか! 危険ですので、避難を急いでください!」
「ここは戦場になる、さぁ離れて!」
 戦場を仲間たちが食い止めてくれているなか、朽名・ヨル(冬蜘蛛・e02902)とアトリ・カシュタール(空忘れの・e11587)が声をあげ、人払いを確認していく。
 戦場に入り乱れる声、避難する人々の足音。それらが混ざり合う中で淡々と槍を振るうヴァルキュリアたちは異様に浮いた存在に見えた。
「喰らいなさい」
「……!」
 九影・白礼(ウェアライダーの鹵獲術士・e19314)のフロストレーザーをものともせず、切り裂くように冷たい槍の穂先が突っ込んでくる。
「……無力化ですむよう、努力はしよう」
 だが、果たしてできるのか? 呼び出した幻影のドラゴンが熱い炎を叩きつける傍にいても、クリスティ・ローエンシュタイン(オラトリオの巫術士・e05091)の心を不安が冷たくする。
 ヴァルキュリアたちは強敵だ。最悪を考えれば殺すこともやむを得ないが……共に戦う仲間たちの望みならば叶えてやりたいと彼女は思った。
「どうなるかはわからないが……」
「最悪、一般人救うために手を汚す覚悟はしとくぜ。けどまぁ、無理やり従わされた女を虐殺する趣味はねぇんだよな」
 白城・優生(猛虎焔舞・e10394)は勇気づけるように言うと、クリスティの舞い散る羽を散らすように鬼神の銘をもつ刀を振るう。
「人間の力をなめるなよ……!」
 空の霊力が正確に槍を弾き、ヴァルキュリアの身を捉える。白鋼の鎧に一筋、深い刀傷が走った。

●赤色は躍る
 渾身の一太刀に、ヴァルキュリアたちが優生へ警戒を露にした。更に踏み込もうとする優生に文字通りの横槍が突き出され、強制的に距離が戻されようとする。
「一手二手は読まれているか……ならば次の一手はどうするか、見ものだな」
 その様子にクリスティはつぶやいて指を鳴らす。瞬間、下がろうとするヴァルキュリアの肌が裂けた。それが彼女の『死天』……舞い散る羽に紛れ込ませたグラビティの力と察したのは、仲間であるケルベロスたちが一寸早い。
「甘い、幻炎!」
 癒しの声なき鼓舞に先んじて、白礼のミミック『箱鉄幻炎』がエクトプラズムの鎖を投げた。目標は傷ついたヴァルキュリアでなく、癒し手の側。
 意表をつかれたヴァルキュリアに鎖が巻き付き、石化の力を発揮しだす。やむを得ずヴァルキュリアは鼓舞を自分に向け……仲間への癒しは一手を遅らせられる。
「望まぬ殺戮、私達が全力で止めてみせます……だから、もう泣かなくて良いんですよ」
 懐のヴァナディースフラワーに点々と飛んだ赤い染みを見やり、ヨルは思いを込めて術式を刻む。眼力が見せる命中率を精査し、選ぶ答えは杖の電光。
 槍の防御をかわして突き刺さる閃光にヴァルキュリアの口が悲鳴の形へ歪んだ。
「説得は……まだ無理そうなのね」
 その様子にエルピスは構えを変えた。全力を後一撃でも当てれば倒せるだろうが、それではヴァルキュリアたちを殺してしまいかねない。故にエルピスは慎重に加減した拳を当てる。
「……あと、ちょっとよ」
「任されたよ」
 なおも抵抗するヴァルキュリアをアトリの手加減攻撃が気絶させる。まず一人、かなりの苦戦を強いられてはいるが幸先はいい……だが、このままとはいかないだろうとも誰もが思う。
「来るぞ! ゾディアックソードが一体、備えろ!」
 夜陣・碧人(語り騙る使役術師・e05022)からのメールにクリスティが警戒を叫ぶ。すべて事前に打ち合わせ済ゆえ、不意は討たれていない。
 それでも目の前の強敵が一人増えるという事は十分すぎるプレッシャーだ。
「仕切り直そう、散開を……!」
 咆哮をあげて突っ込んでくる獅子のオーラに拾が叫び、敵味方は入り混じって飛び退いた。

●覚悟のボーダーライン
 倒れた穴を埋めるように新手のヴァルキュリアが君臨する。手には星辰の剣、その表情はやはり氷のように冷たく、血の涙。
「こっちも、立て直すよ……!」
 アトリの祈りが仲間たちを守る雷の壁を作り出す。それを纏うように飛び出し、優生は新手へと仕掛けた。
「地獄の重さを食らってみやがれ!」
 達人は大地すら両断するという地獄の重力を乗せた斬撃が剣の戦乙女に振り下ろされる。初手からの全力にさしものヴァルキュリアも一歩身を引く、が。
「左だ! プロデューサーさん!」
 瑠璃の警告に咄嗟、身を引いた彼へと槍の穂先が突き出せれる。瑠璃の相棒は身を挺し、傷つきながらもなんとか弾き飛ばした。
「大丈夫かしら? いきなさい、幻炎」
 癒しを飛ばす傍ら、白礼はミミックをけしかけるがこれも蹴り飛ばされる。
「攻撃が……効きづらくなっています……!」
 バスターライフルに構え直したヨルがなんとか光弾を当てるが、中和したグラビティは即座に力を取り戻していく。
 その原因は新手のヴァルキュリアが地面に描いた守護星座の結界。先んじて撒いた瑠璃の紙兵と同様の効果を、それはヴァルキュリアたちへと付与している。
「五分……ううん、かなりまずいかな」
 強引なまでの癒しを飛ばすアトリの表情が硬くなる。状況は互角に見えるが、ヴァルキュリアたちは鼓舞により攻撃に破術の力を付与できる。ケルベロスたちで同じことができるのはクリスティのルーンのみ、付与以外で使えるのも瑠璃と彼女のみ。
「本当に、こんなこと望んでなの……っ?」
 エルピスの柔肌をヴァルキュリアの槍が深々と貫く。引き抜かれる穂先から血肉が飛び、ヴァルキュリアの顔に赤い染みを増やす。
 グラビティによる癒しでもすぐの復帰は無理な傷が、これで二人目。そしていつもう一人が倒れてもおかしくはない苦境。
「やるしかない、のか」
 ケルベロスたちの全滅は即座に市中での虐殺の開始を意味する。拾が悩む中、炸裂する守護星座のオーラがまた彼と仲間たちを吹き飛ばす。
「結局、エゴなのかな……」
 顔を伝う血に手を遣り、アトリは最後の手段の覚悟を決める。もう殺すしかないのか。
「ヴァルキュリアは戦士の種族なんでしょ? 操られた上に力なき一般人の虐殺なんかに武力を使うなんて戦士としての矜持が泣くんじゃないの?!」
 仲間たちの様子に、包囲の輪を狭めてくるヴァルキュリアたちに瑠璃は最後の力を振り絞り叫んだ。変化が起きたのは、その時だった。

●戦乙女は何を思う
「セン、し……矜持……ッ!」
 一人のヴァルキュリアが頭を押さえ、槍を振り回しだす。ケルベロスたちにではなく、自分たちを操る何かに抵抗するように。
「シャイターンが……今だ!」
 素早く察した拾が叫ぶ。本当は自分の言葉で叫びたかったが、口下手な自分では気の利いた言葉が出てこない。だから叫んで、駆けた。
 希悼の数珠を握りしめ、思いを形にできる仲間たちのために。
「一人いい格好はさせねぇよ! さぁこい!」
 叫び、優生もかけた。最期の力で猛虎のように、まだ洗脳の解けぬヴァルキュリアを抑え込まんと槍に刀を叩きつける。
「強さというものは何かを支配するためではなく、弱い者を守り、助けるために在るのです。女神ヴァナディース……残霊ですが、貴方達の事を気に掛けておられました」
「う、ぁあ……あぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ヨルの声は届いているのか否か、ヴァルキュリアの切っ先が仲間へと向かう。着弾したオーラの閃光が、敵味方の視界を遮る。
「こんな、こんな戦いは……違う! やめて……あ、ぁああああ!」
「あぁもう! あたしの歌であんたたちの洗脳も、迷いも、全部ふっ飛ばしてやるから……あたしの……ファンになりなさい!」
 苦しみながらも剣は再びケルベロスたちへと向けられる。彼女たちも操る力と戦っているのか? 瑠璃は仲間の身ならず彼女たちも鼓舞するように声を振り絞る。
「もう、止めなさい。辛いでしょ? もういいのよ……」
 ぶれながらも突き出される穂先に白礼が優しく呼びかける。その姿は抗することもできなかった先ほどまでよりも更に痛々しく見えるが、それは彼女らが望まぬ命令を拒絶している証でもある。
「頑張れ。君たちの仲間のためにも……!」
 ルーンアックスがもたらす破壊のルーンの力で氷を突き破り、クリスティは穂先と斧刃をぶつけあわせた。心ある表情を取り戻した戦乙女の顔が彼女と至近で向き合う。
 地の涙を流す苦し気なヴァルキュリアの顔に、クリスティはもっと彼女たちの色々な表情を見てみたいとふと思った。
「こんな無差別の虐殺は貴女達の誇りには反するはず……そうだよね……?」
 アトリもまた声を振り絞る。自らの思いに反した戦いなんて、きっととても辛いから。だから止めてやりたいと。雷の壁を支え続ける彼女の手足からもまた血がしたたり落ちていた。
「ヴァルキュリアッ!」
 優生の叫びに鍔迫り合いを演じるヴァルキュリアが彼を跳ね返した。
「勝負は……く、ぅ……預ける……!」
 ヴァルキュリアの背に光の翼が輝いた。苦し気に、だが意志を感じさせる羽ばたきで飛び去る彼女に触発されたように、未だ抜け出せぬヴァルキュリアたちも翼を開くとバラバラの方角へと撤退を始める。
「……退いてくれたのでしょうか」
「命令が変わった、って風にも見えるのよ」
 つぶやくヨルにエルピスはそんな風にも見えたというが、どちらが正しいのか真相はわからない。次に会う機会には調べる余裕もあるのだろうか。
「あぁ、そういえば、名前」
「……しくじったな」
 ふと思い出したように言う拾に、優生は刀を収めた手の平を見た。鎧に一太刀をあて、最後に言葉をかわしたあの戦乙女……名前くらいは聞いてやればよかっただろうか。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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