最速と最硬

作者:蘇我真

 夜の公園。街灯が照らしだす大広場はまるでショーのステージのようだった。
 そのステージに躍り出る人影が二人。
「アンタたちは、ウチら『ブリッツ』の参加に入ってもらうわよ」
 ダメージジーンズにヘソが見えるピチTを着たバンダナ少女。短い眉に意思が強そうなつりあがった瞳。口の端には八重歯が覗いている。
 その腕からはホウセンカが生え、意志があるかのように、ウネウネと腕に巻きついていた。
「……『剛岩組』は何者にも負けん」
 向かい合うのはボロボロの紋付き袴を着た屈強な青年だ。傷だらけの太い腕、糸のように細められた目、一文字に結んだ口からは決意の強さが感じられる。
 その足からはミントが生い茂り、太股に巻きついては強烈に爽やかな香りを発していた。
「キョウカのアネゴ! 頼んまーす!」
「ダイチの兄貴はフローラルですぜー!」
 ステージの外から応援が乱れ飛ぶ。
 攻性植物をその身に宿したグループ代表者同士の戦いが、始まろうとしていた。

●最速と最硬
「速いのと硬いの、皆はどちらが好きだ? 俺は速いのだ。サラブレッドの走る姿に魅せられてしまったからな」
 いきなり話が脇道にそれる星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)。コホンとひとつ咳払いをして話を依頼へと戻す。
「近年急激に発展した若者の街、茨城県かすみがうら市。この街では、最近、若者のグループ同士の抗争事件が多発しているようだ。
 ただの抗争事件ならば、ケルベロスが関わる必要は無いんだが……」
 瞬の歯切れが悪くなる。つまり、ただの抗争事件ではないということだ。
「どうも、今かすみがうら市の若者たちの間では攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化することが格好いい、ステータスだという風潮が出来上がりつつあるようだ」
 彼らは攻性植物化することを力の象徴とみなしてしまった。攻性植物の力を手に入れて、自らが強くなったと思いこんでいた。
「しかも彼らは、攻性植物化したもの同士をグループの代表として決闘を行い、『負けたグループは勝ったグループの傘下に入る』という戦いを始めてしまった。
 この状況を放置すれば、いずれかすみがうらの攻性植物はひとつの集団に統一され、デウスエクスの強力な組織ができあがってしまう危険がある」
 もちろん、そんなことは到底看過できない。そこで攻性植物を1体でも撃破してほしい、というのが依頼の概要だった。
「場所は大きな公園の大広間。段差がありステージのようになっている。
 標的のひとりはホウセンカの攻性植物を身に宿したチーム『ブリッツ』のリーダー、キョウカ。
 もうひとりはミントの攻性植物を身に宿したチーム『剛岩組』のリーダー、ダイチだ」
 キョウカはホウセンカの種がはじけ飛ぶように速く移動し、攻撃をしかけてくる。霞の如き足さばきに攻撃を当てることは難しいかもしれない。
 対するダイチはミントの繁殖力のようなしぶとさを持ち、いかなる攻撃にも耐え忍ぶ。鍛え抜かれた肉体に傷をつけることは難しいかもしれない。
「彼らは互いに争っているが、もし攻性植物2体が一時休戦してケルベロスと戦うようになると……」
 瞬は小さくかぶりを振る。
「いくらケルベロスといえども、戦闘で勝利することは困難になる。
 1体だけでも確実に攻性植物を撃破できるよう、立ち回りを工夫することが重要だろう。
 一番手っ取り早いのはどちらか片方に肩入れしてもう片方を一気に倒す方法だろうか」
 ちなみにキョウカとダイチ以外のグループの若者達は、ただの人間なので脅威には全くならない。
 彼らは攻性植物とケルベロスが戦い始めれば勝手に逃げていくことが予想された。
「彼らはすでに攻性植物に囚われ、異形化が始まってしまっている。救うことはできないだろう。ならば……せめて人間らしく最期を与えてやってくれ」
 そう告げて、瞬は頭を下げた。


参加者
老神・鞠香(真鍮騎士・e00556)
シェーラ・バウケット(放浪家・e02327)
藤・小梢丸(カレーの男・e02656)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
バンリ・スノウフレークス(リメンバースノウ・e12221)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)
プルミエ・ミセルコルディア(フォーマットバグ・e18010)

■リプレイ

●ためらい
 真夜中のかずみがうら市。公園は熱狂のるつぼと化していた。
「いけー! 姐御ー!」
「ダイチさんにあんな攻撃が効くもんかー!」
 興奮するグループの若者たち。
 オーディエンスから離れるようにして、ケルベロスたちは戦いの行方をうかがっていた。
「何がどうしてこうなったのか……。人を撃つために鎧装騎兵になった訳じゃないんですけどね」
 ボヤくシェーラ・バウケット(放浪家・e02327)。前髪で隠れた目は、しかししっかりとステージ上へと向けられている。
「と言っても、もう人じゃないか」
 戦い始めた2人……いや、2体の攻性植物。
「……なんでそんな力を選んじまったんだ」
 ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)もシェーラと似たような感情を抱いていた。
 人としての理性が残っている相手にはやりづらい。それでも、人として最期を迎えさせてやりたい気持ちもある。
「本当に致し方無いが、何としても2人の芽を刈り取らなければ……」
 老神・鞠香(真鍮騎士・e00556)も複雑な表情を浮かべている。かつて人だったものと戦うという点にはやはり抵抗があるのだろう。
「危険なデウスエクスは排除するだけです」
 一方、その横ではプルミエ・ミセルコルディア(フォーマットバグ・e18010)が淡々と決闘を眺めている。
 無表情で機械的にも思えるプルミエの割り切りの良さは3人とは対照的だった。
「はあっ!」
 舞台上、ホウセンカのキョウカは弾けるように地を蹴って、ダイチを四方八方から攻め立てる。
「ぬんっ!」
 ミントのダイチは地に根を張るように仁王立ちし、それらの攻撃を耐えしのぐ。
「今のところは速い方が優勢かな?」
 藤・小梢丸(カレーの男・e02656)の眼鏡の向こう、鋭い視線が戦いを見届けていく。
「でも、有効打は与えられてないみたいよ。それに、ダイチさんのほうは反撃の隙を伺っているみたい」
 湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)は掛けていたサングラスを外す。
 目立つのを避けるためにサングラスをかけていたが、変に目立つ上に夜にサングラスは見づらかったのだろう。
 ともかくも、美緒の言葉通りそれまで防戦に徹していたダイチの手が動いた。
「ぬるい!」
 ダイチはキョウカの蹴りをつかむと、そのまま片腕一本でキョウカを持ち上げ、顔から地面へと叩きつけようとする。
「チイッ!」
 キョウカはもう片方の足をダイチの腕に巻きつけ、全身を捻る。
「ぐうっ!」
 叩きつけの威力が弱まる。とはいえ、それでも石で出来た舞台はひび割れ、そのダメージの大きさを暗に示していた。
「一矢報いましたか……見事ですね」
 一瞬の攻防を眺めながら、旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)は残念そうにひとつ息を吐く。
「キョウカの様な強い女性とは正々堂々と戦いを楽しみたかったのですが……」
 優劣がはっきりしだしたところで乱入し、ダイチに肩入れしてキョウカから先に片づける。
 その後、余裕があればダイチをも撃破する……漁夫の利を狙うというのがケルベロスたちの作戦だった。
「ま、しょうがないわよ。あいつらがチームを組んだら大変なことになるもの」
 バンリ・スノウフレークス(リメンバースノウ・e12221)がオネエ口調で竜華を慰める。
「卑怯っぽいのは確かだけど、そうでもしないと勝てないのよね。この悔しさは強くなって晴らすしかないわ」
 舞台のほうで歓声が沸き起こる。
 ダイチの拳が、キョウカの腹に突き刺さっていた。
「く、そ……っ」
「どうした、その程度か」
 脂汗を流し、肩で息をするキョウカとまだまだ余裕のあるといった様子のダイチ。ダイチの攻撃がキョウカを捉え出し、耐久力でもダイチが優勢になりつつあった。
「大勢は決したな」
 それを見た鞠香たちが駆けだす。決闘へ乱入するために。

●砲戦火
 突如乱入してきたケルベロスたちに、ダイチとキョウカは足を止めた。
「アナタはただ早いって感じー。だっさ!!」
 壇上に登ったバンリはキョウカへ一瞥をくれたかと思うと、ダイチへとシナを作る。
「やっぱり硬いほうがかっこいいし、強いと思うわー」
「……なんだお前らは」
「お前にやられた姉ちゃんの仇だ! かくごー!」
 冷静に対応されるよりも先に、勢いで押し切るべくキョウカへと攻撃をしかける小梢丸。
 超高速での体当たりが、キョウカを捉えた。
「くっ、こいつ、速ッ……!」
 弱っているところにタックルをくらい、足止めされるキョウカ。突然の事態に群衆は驚き、逃げはじめる。
「てめえの姉なんて知るかッ!」
(「そりゃそうだろうね、僕に姉なんていないし」)
 蹴りを必死にガードしながら、小梢丸は内心で呟く。
「とりあえず我々にはキョウカに負けて欲しい理由があるということです」
 なし崩し的に始まるキョウカへの攻撃、プルミエはダイチへそれだけを告げた。
「あの女を倒したら『ブリッツ』は好きなようにするといいさ」
「……そうか」
 ノーグの言葉に、ダイチは己の足を動かした。
「使えるものは使わせてもらおう」
 その行き先にいるのはキョウカだ。キョウカはプルミエの召還した御業による束縛を横っ飛びに躱して、そのままの勢いで床を転がって立ち上がる。
「こいつらの力……隠し玉かい。寄ってたかってとは『剛岩組』も落ちぶれたねえ」
「なんとでもいえ」
「縄張りとかどうでもいいから、殴らせて!!」
 後衛からバイオレンスギターの速弾きが始まる。美緒だ。その驚異的な速度にギターの弦が破れ、衝撃波が発生する。
「うっ……ぐっ!」
 狙いすまされた一撃を回避できず、両腕を顔の前でクロスしてダメージを減らそうとするキョウカ。
 しかし防御が間に合わず、吹っ飛ばされていく。
「くそったれ!!」
 荒い言葉で罵りながら、キョウカが空中でホウセンカの蔓を埋葬形態へと変化させた。
「む……!」
 呼応するようにダイチもミントを埋葬形態へと変化させる。戦場が、一気に攻性植物により浸食されていく。
「ジェネレータ出力上昇、エネルギーフィールド展開!」
 仲間を庇うようにシェーラがエネルギーフィールドを展開する。黒く蠢く舞台上で、彼女を中心として円状に光り輝く結界。ケルベロスたちは黒い闇に蝕まれながらも、彼女の結界まで逃げ込み、攻撃をやり過ごす。
「面白い力だねえ!」
 ホウセンカを捕食形態に変えて攻撃しようとするキョウカに、鞠香の放った砲弾が命中する。
「そんな力に頼るのは大間違いだ」
 闇夜に赤いホウセンカの花が散る。
「くっ……」
 それまでの戦いの疲れもあり、キョウカがついに地に膝をついた。
「御機嫌よう……あなた様とはもっと違った形で戦いたかったのですが……残念です……」
 竜華が一歩、しゃなりと足を前に踏み出す。合わせるように、猟犬の鎖がじゃらりと鳴った。
 赤く上気した頬、赤い舌が下唇を艶やかに舐める。
「私の鎖からは逃れられません!」
 瞬間、突き出した腕から8本の鎖が放射状に伸びる。
「さぁ、咲き誇れ、炎の華達! 私の灼熱の華とあなたの植物……どちらが上か勝負です!」
 真紅の炎を宿した鎖はそれぞれ意志があるかのように空中を自由に動き、キョウカの腕や足、そしてホウセンカの蔓をも串刺しにしていく。
 そして、動けなくなったキョウカに、オーラを纏った鉄塊剣が振り下ろされた。
「あなたの魂……私が喰らい尽くします!」
「ちく……しょおおおおおお!!!」
 断末魔と共に光が爆発し、一瞬、辺りが昼のように明るくなる。
 閃光の後、そこには竜華の他に何も残っていなかった。
「次は……」
 ケルベロスたちが振り向く。
「………」
 そこには、口を真一文字に結んで立つダイチの姿があった。

●発火
「もう隠す必要もないよねぇ」
 小梢丸が芳醇と名付けた攻性植物をうねらせながら名乗りを上げる。
「ケルベロス、参上!」
「キョウカに負けて欲しい理由があるといいましたが、貴方に勝って欲しい理由があるというわけではありません」
 不意打ちをかけようとしていたプルミエだが、行えずにいた。ダイチは隙を見せていなかったからだ。
「その考え方は組向きだ。ウチに入らないか」
 ダイチの勧誘に、プルミエは表情を崩さないまま即答した。
「足りませんね。カリスマが」
「そうか」
「すまない、素直に見逃す事は出来ないんだ」
 鞠香の猟犬縛鎖で、ケルベロスチェインがダイチの足に絡みつく。
「アゼレア!」
 シェーラの指示を受けて、ダイチの背後から出現したビハインドがその背中を鎌で切りつける。
「ぐっ……!」
 ダイチはこれらの攻撃を受け切り、収穫したミントの葉を貪り食う。
「この程度で、倒れるか!」
「いきますよ!」
 美緒の熾炎業炎砲がミントの攻性植物を焼き尽くす。
「ぬうんっ!」
 それにも構わず、ダイチは鞠香の身体へ攻性植物を巻きつかせ、捕食形態に入る。
「うっ、くっ、この……っ!」
 体内に注入される毒の感触に、顔をしかめる鞠香。しかし、そこに気力が湧いてきた。
「気力勝負なら、俺も負けない」
 後方からノーグが鞠香を支援する。連戦を経てもなお落ちることないダイチの体力に、ノーグは内心舌を巻く。
(「手加減などできないし、したらひっくり返される。全力で相手をしなければ……!」)
「アタシたちはアナタも消しておかなきゃいけないのよ」
 バンリはそう告げて、自らの愛刀を正眼に構えた。紫の柄を握りしめ、刀身の銀が雪のように舞う。
「その繁殖を止める……雪の世界に連れていってあげるわ」
 雪の鳥のように繰り出される一撃が、容赦なくダイチの胸を穿った。
 開いた傷口へ入り込もうとする攻性植物ごと、氷の棘が刺し貫いていく。
「寒いだろう? そういう時はカレーを食べてホットになるんだな!」
 間髪入れず、小梢丸が動いた。
「御出でませい華麗魔神!」
 カレー色の魔神を召喚すると、魔神は両手をハンマーのように組み、炎の拳で脳天からダイチを叩き潰す。
 氷も植物も、ダイチもまとめて燃やし尽くしていく。
「くっ……」
 燃え盛る炎の中、ダイチの足がよろめく。今のコンビネーション攻撃は致命的なダメージを与えていた。
「………はああぁっ!!」
 それでも、ダイチの魂は肉体を凌駕する。下半身に力を込めて、倒れない。
「しぶといですね。それなら……」
 プルミエがシャーマンズカードを天へとかざす。
「召喚機構同期開始。No.007。『シュラ』召喚します」
 カードが光り輝くと同時に、胴着姿の降魔拳士がその場に配置される。
「………」
 降魔拳士はただその眼差しで標的のダイチを見据える。
「『覇凰撃』実行命令」
 プルミエの言葉を皮切りにして、その身体能力を爆発させた。
 一直線にダイチへと向かい、右の拳で殴りつける。
 ただそれだけだが、その速度と威力がケタ違いだった。
 ダッシュも、攻撃も視認が追い付かない。
「が――」
 ダイチは何もできず、その一撃を顔に食らう。
 そして、そのままくすぶっていた炎に全身を焼かれ、今度こそ、その短い生涯を終えるのだった。

●レクイエム
 戦場に残ったフローラルなミントの香り。
(「せめて、今後は安らかに眠ってちょうだいな」)
 その残り香を吸いながら、バンリは目を閉じキョウカとダイチへと黙祷を捧げる。
「このにおい……ミントがカレースパイスか何かだったらやばかった……」
 小梢丸は思わずつぶやいた。
 無事に依頼を終えた後は、もうカレーの方に意識が向いているらしい。
「なんとか両方を倒せて良かったです。最近、攻性植物絡みの依頼でうまくいっていなかったので……」
 切れたギターの弦を張り替えながら苦笑する美緒。
「そう、だな……」
 舞台のヒールをしていたノーグはその手を止め、美緒とギターに視線を向ける。
「今回は手遅れだった。救えない命を増やさないように、ここの不良たちにひとこと言いたいが……」
 辺りには、誰も戻ってくる気配はない。ずっとここに留まっているわけにもいかない。
 名残惜しさを現すように、美緒のギターが鳴る。
 調律の音に、ノーグはしばし聞き惚れた。
 この曲が、力におぼれて身を滅ぼした彼らの鎮魂歌になることを願って。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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