シャイターン襲撃~炎の奏演者と傀儡の導き手

作者:駒小田

 師走の慌しい街を見下ろす者がいた。背には黒いドロドロとした翼のような物が見える。
 濁り切った双眸が見つめる先、人々が忙しなく往来していた。
「全く、呑気なものですねェ……」
 そう言い捨てる黒翼の周囲には、16体のヴァルキュリアが控えている。その瞳は一様に虚ろで意志が感じられない。その中の1体がピクリと反応を示す。
 それを見ていた黒翼は、堪え切れないといった様子で押し殺すように笑いだした。
「無駄ですよ? 私はあの御方からお前達の支配権をいただいているのですから」
 咳払いを一つ、気を取り直してといった風に、剣を掲げ高らかに告げる。
「前祝いといきましョう! 我が主のため、この地を鮮血で染めるのです!」
 4体のヴァルキュリアを残し、12体が行動を開始した。それぞれ3体ずつに分隊し、方々へ散っていく。

 ケルベロス達を前に黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は思案顔であった。
「エインヘリアルに新しい動きがあったみたいっす」
 城ヶ島でのドラゴンとの戦いも佳境という所で、この知らせだ。
 ダンテは鬱屈した気分を振り払おうと、報告を続ける。
「先回の戦いで失脚したザイフリートの後任が侵攻を開始したっす」
 この後任は、ザイフリート配下のヴァルキュリアを何らかの方法で強制的に従えているらしい。
「洗脳したヴァルキュリアと魔空回廊を使って人間達を虐殺し、グラビティ・チェイン奪取を画策してるみたいっす」
 今回の侵攻は範囲が非常に広い。そのためケルベロス達も複数部隊を展開し迎撃に当たる。
「皆さんには東京都羽村市に向かって欲しいっす」
 そして、今回の敵、それは。
「ヴァルキュリアを従えているのは、妖精8種族の1つ、シャイターンっす。コイツの撃破が今回の依頼になるっす」
 ダンテは一息吐き、ケルベロス達に向き直る。
「皆さんの役割はシャイターンの撃破っす」
 各地に散ったヴァルキュリアは別の部隊が担当する事になるという。
「シャイターンが護衛に残している4体のヴァルキュリアは、戦況によって苦戦している戦場に援軍として派遣するみたいっす」
 目安として、最初の2体が3~5分後に、次の2体が7~10分後に派遣されるとの事だ。援軍が派遣され、手薄になった所を狙う形になる。
「どのタイミングで仕掛けるかは皆さんにお任せするすけど、確実にシャイターンを撃破して欲しいっす」
 シャイターンを撃破できれば、揮下のヴァルキュリアの洗脳に隙が生じ、仲間達が有利に戦えるようになる。
 次に、そう前置きダンテは続けた。
「シャイターンの戦闘方法は、炎を操るグラビティとゾディアックソードに似た武器を使うみたいっす」
 炎を操るグラビティについて、詳細はよく分かっていないらしい。
「デウスエクスとはいえ、強制的に虐殺を強いられるのは、いくらなんでも悲し過ぎると思うっす」
 新たな敵、妖精8種族の一角、シャイターン。その能力は未知数だが。
「この戦いの元凶であるシャイターンを何としても倒して欲しいっす……!」


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
ルヴィル・コールディ(ドラゴニアンの刀剣士・e00824)
軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)
須々木・輪夏(シャドウエルフの刀剣士・e04836)
夜陣・碧人(語り騙る使役術師・e05022)
黄落・憬(樂しからずして復た何如・e12592)
アドルフ・ペルシュロン(緑の白馬・e18413)

■リプレイ

●舞台袖の潜み者たち
 東京都羽村市、街を見下ろす人影が5つ。そして、別の戦場に向かう4つの集団が見える。
「あれだな……」
 軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)は物陰に潜み、様子を窺っていた。ヴァルキュリアは、一方は長身で頭部を兜で完全に覆っており、手にはサーベルの様な細身の曲剣を持っている。もう一方は小柄で薄い金の髪をおさげに結っており、その体格に似合わない長大な剣を持っていた。
 周囲を見回すと、人々に紛れて仲間達が同じように相手の死角となる場所に潜んでいる。その中でも、少し離れた場所で須々木・輪夏(シャドウエルフの刀剣士・e04836)が建物を遮蔽として隠れていた。
 ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)は、彼女に視線で合図を送る。
 輪夏は頷き、周囲に殺気を放った。同時に認識を阻害する気流を展開する。
「早く、逃げて……」
 彼女が小さく呟く周囲、人の数が次第に減っていった。殺気に中てられ無意識に彼女がいるエリアから遠ざかっているのだ。
 不意に視線の先にいる黒翼が振り返る。殺気に勘付き周りを探っているようだった。
 皆が息を詰め、深く身を隠す。
 黒翼はしばらく周囲を観察し、訝しがりながらも視線を戻した。だが、警戒を解いていないのが見て取れる。
(人がいなくなったのには気付いていないみたいっすね)
 アドルフ・ペルシュロン(緑の白馬・e18413)は内心で胸を撫で下ろした。
 仲間達の様子を確認しようと視線を回す。彼の視線の先、黄落・憬(樂しからずして復た何如・e12592)が呟いた。
「ヴァルキュリア達がこうも粗雑に扱われている、というのは心が痛むね……」
 彼の視線の先で動きがある。黒翼の周囲に居たヴァルキュリアの内2体が移動を開始したのだ。
「動いたな。こっちも準備は万端だぜ」
 そう逸る月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)をヴォルフが手で制していた。
 その脇で夜陣・碧人(語り騙る使役術師・e05022)は足元に地図広げ、携帯端末を操作している。現在位置とヴァルキュリアが飛び去る方向から援軍に向かった場所を割り出し、連絡をするつもりのようだ。
「メール送信完了しました。いつでも行けますよ」
 そう言う碧人の横、ルヴィル・コールディ(ドラゴニアンの刀剣士・e00824)が立ち上がり、ケルベロス達に目配せし告げる。
「じゃあ、そろそろいこうか~」
 ケルベロス達は頷き、戦闘に備え武装を展開した。
 彼らは先手を取るべく行動を開始する。

●幕開きは剣閃と共に
 先陣を切ったのはヴォルフだった。敵は未だ空で街を見下ろしている。ヴォルフは肺に空気を貯め、敵の集団に対し咆哮として叩き付けた。魔力が込められた音としての空気の振動は、巻き込まれた者の動きを制する力を持つ。
「チッ……!」
 舌打ちする彼の視線の先、黒翼のシャイターンが咆哮から逃れ、地上に立っていた。
「なるほど、お前達が――」
 こちらに向き直ったシャイターンの言葉に被せるように大声を上げる者がいる。
「今だ! 行けッ!」
 ともすれば先程の咆哮よりも大きな声で雄介が叫ぶ。彼は斧に取り付けられた砲身が炸裂し、散弾の如く弾丸をばら撒いた。咆哮の魔力で動きを止められていたヴァルキュリア達は、弾丸の雨により完全に身動きが取れなくなる。
「やれやれですねェ……。台詞も途中だというのに」
 全く、といった調子でシャイターンは迫るケルベロス達と対峙していた。
 雷撃、投擲、魔弾、ケルベロス達が放った攻撃がシャイターンに殺到する。更にシャイターンの足元から半透明の何かが突き出してきた。鎌首をもたげるように表れたのは、腕だ。半透明の腕はシャイターンを鷲づかみにし拘束した。
「妖精8種族って何? 他にどんなのがあるの?」
 朔耶の問い掛けに、シャイターンは拘束されつつも余裕を持った態度を崩さない。
「さァ、生憎と興味が無いものでしてねェ」
 シャイターンの回答に、そう、と朔耶は呟き、急に興味を失ったように表情を変える。同時に半透明の腕が消えた。
「それにしても……そういう事ですか、なるほどなるほど」
 身体に付いた埃を払うように装いを正したシャイターンは、笑いを堪えながら呟く。
「反撃といきましョうか! お行きなさい!」
 掌を振り、ヴァルキュリア達をけしかけた。同時に掌に炎が灯り、一気に燃え上がる。
 2体のヴァルキュリアは急降下しつつ、それぞれの獲物を構えた。
 突っ込んでくる。
「カブリオレ! 皆を守るっす!」
 長身のヴァルキュリアに、アドルフのライドキャリバーが対応に動いた。進路上に立ち塞がり、防御する構えだ。
 対しヴァルキュリアは、片足を地に着け一拍を置く。それを踏み切りとし再加速、すれ違い様に刃を滑らせた。
「駆動部をやられたっすか……!」
 装甲で分かりにくいが、カブリオレの車軸付近に裂傷のような損壊が見える。
「この力は……」
 建物の遮蔽に潜み機会を窺っていた輪夏は何かに気付いたように呟いた。自分の推測を確かめるように、もう1体のヴァルキュリアを注視する。
 小柄のヴァルキュリアは剣を掲げていた。
 その眼前にルヴィルが大鎌を手に対峙しているのが見える。
「シャイターン倒すからそれまで攻撃しちゃうかもしれないけど、倒すつもりないから! いいよな! わかったな! 倒したくないからな!」
 そう叫ぶように訴えかけているが、ヴァルキュリアに反応は見られなかった。
 輪夏には何となく予感がある。己の推測はきっと正しい、そう確信めいた物があった。
 だから彼女は叫ぶ。
「あの2人……守りなんて、考えてない。全力でくる、よ!」
 同時に、前衛が流水の奔流に呑まれた。
「どうします? 地球の守護者とは、その程度ですか?」
 シャイターンは高笑いと共に掌の炎を解き放つ。

●舞台上で焔は踊る
「ったく! あの野郎、足元見やがって!」
 雄介が悪態を吐いた。
 こちらはヴァルキュリアに対し積極的に攻撃できない。しない方針だ。シャイターンは、それを利用しヴァルキュリア達に全力攻撃を指示しているようだ。既に戦闘開始から数分が過ぎており、仲間達の中には息が上がっている者もいる。
「こっちの事情を悟られているのは痛いね」
 憬は羽織ったコートを翻し、潜ませていたスライムを槍状に展開した。樹木の根のように枝分かれと伸長を繰り返し、無数の槍となってシャイターンに迫る。
「捉えた……!」
 シャイターンの死角に潜り込んだヴォルフは、敵に向けて右腕を突き出した。袖口からスライムが大量に噴き出し、シャイターンを呑み込む。
 ほぼ同時に憬の放ったスライムの槍がシャイターンに突き立てられた。「シャドウエルフ、かつてはあの者と同じ場所に居たのでしょうか」
 碧人は矢を番えないまま弓弦を引き絞る。引く手の弓を挟んだ対角線上に、黒の力が集束をし始めた。
「フレア! 頼みます!」
 自身のサーヴァントに指示を飛ばし、力を解き放つ。黒の集束は弾丸となり、シャイターン目掛けて突っ走った。同時にボクスドラゴンのフレアがブレスを放つ。陽光にも似た煌弾が空を翔けた。
 黒と陽光が同時に着弾する。
 シャイターンの身体を黒が侵食するのが見えた。更に光がそれに同化し蝕みを加速させている。
「いいのですか、私にばかり構っていて。お友達がいくらか見当たりませんよ?」
 それでもなお、余裕の態度を崩さないシャイターンの言葉通り、防御を担当していた何体かのサーヴァントが戦闘から離脱していた。だが、疲労とダメージの蓄積はあるもののケルベロス達は全員が健在だった。
「くっ! 早く倒れてくれないかな~……」
 長身のヴァルキュリアの攻撃を捌きながら、ルヴィルが呟く。その横で彼のサーヴァント、エメラルディアがもう一方の小柄のヴァルキュリアに対応しているが、状況としては押され気味だった。
「我は願う、愛しき我が友よ――」
 不意に朔耶の声が周囲に響く。彼女は目蓋を伏せ、腕を空へと伸ばし、朗々と詠み紡ぐ。
「括目せよ! そなたを望むモノが此処にあるぞ!!」
 詠唱完了と同時に目を見開き、腕をシャイターンへと振り下ろした。
 半透明の獣が出現し、シャイターンへ向け駆け出す。
「お前は俺が仕留めてやるぜ」
 そう言い放つ朔耶の瞳は怒りに染まっていた。
 咄嗟の動きで盾にした腕に半透明の獣が喰らい付く。肉に食い込む牙の周囲が石化し始めているのが見えた。シャイターンは自らの腕を炎で覆い獣を振り払う。
「ふゥ、いい加減に終わりにしましョうか?」
 シャイターンが両腕を広げ、祈りを捧げるような体勢を取った。
「さァ! 蜃気楼に惑いなさい!」
 熱砂、そう言うべき熱量を持った砂の嵐が巻き起こる。前衛が砂の奔流に呑まれてしまった。
「さァさァ、同士討ちのお時間ですよ!」
 シャイターンの高笑いが砂嵐に溶ける中、誰かの声が聞こえてくる。
「わ、我は優しき北風に希う、万難排す……い、一陣の風をここに!」
 朦朧とする意識の中、アドルフは詠唱を果たした。戦場に風が吹く。冷たくも澄んだ風はケルベロス達を励ますように吹き荒び、砂嵐と共に幻覚をも消し飛ばす。
「は?」
 シャイターンが間抜けな声を発した。その背後に影がある。
「……!」
 輪夏だった。彼女は刀を携えシャイターンの死角に現れた。研ぎ澄まされた刃が走る。
 一太刀、スライムが囁く無数の刺創を繋ぐように。
 一太刀、黒が蝕む銃創を抉るように。
 一太刀、石化の毒の通り道を切り出すように。
 刹那の間に切り結ぶ。
「ぐがッ……!」
 シャイターンが振り返り周囲に視線を回すが、既に影も形も無かった。
「ようやく、焦った顔が見れたぜ」
 へっ、と笑う雄介は愛用の斧を構え直し、シャイターンと対峙する。

●幕切れは砂塵と共に
「畳み掛けるぞ!」
 雄介が大音声で叫ぶ。
「おらぁああ!」
 跳躍した雄介は重力加速を超える加速でもってシャイターンに突っ込んだ。インパクトの瞬間、星の煌きが散りシャイターンの周囲の重力を増幅させた。
「援護しますよ」
「僕も一緒に、いいかな?」
 憬と碧人の攻撃に重ねるように雷撃と射撃を放った。2人の攻撃は、確実にシャイターンの体力を奪っていく。
 ヴァルキュリアがシャイターンの援護に動く。
「おっと、行かせないよ~」
 対し、ルヴィルが立ち塞がり、長身のヴァルキュリアを押し留めた。
「もう少しの辛抱っす」
 アドルフは攻撃を捌きつつ、もう一方の小柄のヴァルキュリアを諭している。
「調子に乗ッていますね? そうですね?」
 シャイターンはふらつきながらも姿勢を正そうとしていた。
「……逃げないのですか?」
 碧人は不意に言葉を作る。
「私にも矜持がありますのでね」
 その疑問に対し、シャイターンは鼻で笑いながらも答えた。
 ドスッ、と鈍い音が響く。
「ならば、その誇りを抱いたまま死ぬがいい」
 シャイターンの胸から腕が突き出しているのが見える。貫かれたシャイターンが振り返ると、ヴォルフが居た。
「その眼、気に入りませんねェ……」
 そう呟くシャイターンの口端が釣り上がっている。
「義兄! 離れろ!」
 朔耶の叫び声に、ヴォルフは咄嗟に飛び退く。
 次の瞬間、シャイターンの身体は炎に包まれた。火柱が立ち燃え上がったかと思うと、すぐさま爆ぜて火の粉が周囲に散る。
 シャイターンの消滅と同時、ヴァルキュリアの動きが止まった。
「だ、大丈夫か~?」
 ルヴィルは対峙していた長身のヴァルキュリアに言葉を投げかける。
「私は、一体何を……?」
 兜で声がこもって聞こえた。
「ここは……? そうか、私は操られて」
 状況の理解が早い、そんな事を考えていると、後ろが何やら騒がしい。
「ちょ、ちょっと、この子まだ洗脳が解けてないみたいっすよ!」
 アドルフと対峙していた小柄のヴァルキュリアは、動きを止めた後、再び武器を振り回し始めた。
「エル! 止めるんだ!」
 長身のヴァルキュリアが制止する。エルと呼ばれたヴァルキュリアはビクッと反応し、動きを止め大人しくなった。
「すまない、少し驚いただけだと思う」
 そう言うヴァルキュリアに対し、ルヴィルが疑問を投げかける。
「やけに状況の飲み込みが早いね~」
 助かるけどね~、と付け足し彼は笑顔で応対していた。
「君達は酷くボロボロだ。それに対して私達は不自然に無傷だ。後は記憶の前後関係を考えれば予想が付くさ」
 見れば、エルと呼ばれたヴァルキュリアが長身のヴァルキュリアに寄り添うようにしている。彼女の頭を掌撫でながら告げた。
「――この恩はいつか返そう」
 そう言って、2人はこの場から去ろうと翼を展開し上昇に入る。
「きっかけ次第で僕らの先祖のように、共に戦える気がしているんだけれど」
 どうかな、と憬が去り行く2人へ問い掛けた。
「我等の主が気掛かりだ。今は未だ……すまない」
 兜で表情は見えないが、微笑んだ、そんな気がする。
 2人のヴァルキュリアが充分な高度まで上昇し、どこかに向かい飛び去っていった。
 ケルベロス達はそれを見送る。
「……ん、上手く行って良かった」
 徐々に小さくなる2人を眺めながら、輪夏はそう呟いた。

作者:駒小田 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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