夏の迅雷

作者:藍鳶カナン

●夏の迅雷
 紺碧の海より鮮やかな夏の青空には、輝くような真白に湧き立つ入道雲が浮かぶ。
 だが、突然市街を襲った雷は天の雲より落ちたものではなかった。
 雷鳴のごとき地響きがした、と人々が感じた瞬間、眩い稲妻が迸ったのは天からではなく市街の一角から。だがそれを確実に視認できた者はいなかっただろう。激しい閃光と衝撃と同時、爆ぜるように崩壊した建物を踏みしだき、巨大な何かが姿を現したのだ。
 蒼穹を仰いだそれが轟かせたのは、雷鳴ではなく咆哮。
 鱗に覆われた巨躯、太くて長い尾に、皮膜の翼。たとえ実物を見たことがなくとも、その巨大な偉容を見紛う者のほうが少ないに違いない。
「あれって、まさか!」
「ドラゴン……!?」
 限りなく悲鳴に近い絶叫が響き渡った途端、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。蒼穹を仰いで皮膜の翼を広げたドラゴンは、飛べぬことに気づいてか人々の声が聴こえたか、苛立たしげに口から稲妻を迸らせる。
 鮮烈な雷が辺りに降り注ぎ、重い唸りをあげてふるわれた巨大な尾が傍の建物をまとめて薙ぎ払う。だがその尾の一撃は方向転換のついでであったらしい。
 市街の中心――人の気配をより多く感じる方角へ鼻先を向け、巨大なドラゴンはそちらへ向けて移動を開始した。硬く巨大な足の爪がアスファルトを砕く。幾多の雷が迸り、巨大な尾が唸りをあげて市街を破壊していく。
 だが目的は市街の破壊というより、人々の殺戮だ。
 より多く人間のいるほうへ。
 より多く人間が殺せるほうへ。
 巨大な瞳が睥睨する方角には、市街の中心でこんもり茂る濃い緑の上にそびえる、白亜の天守閣が見えた。

●出立
「ケルベロスの皆さん! 出番っすよ!!」
 ヘリオライダーの黒瀬・ダンテは憧れのヒーローを見つめる少年そのもののきらっきら輝く瞳をケルベロス達へ向け、事件の予知について語り始めた。
 和歌山県の和歌山市。先の大戦末期にオラトリオにより封印されたドラゴンがその市街で復活して暴れだすという事件だ。
「復活したばっかりでグラビティ・チェインが枯渇してるってことっすかね、このドラゴン飛べないんすよ。それで街並みを破壊しながらより人の多いほうへ地上を移動して、沢山の人々を殺戮しようとしてるんす」
 予知の光景でドラゴンが見たのは和歌山城。城そのものが目的なのではない。城の近辺は市役所といった公的機関や商業施設などのある街の中心部でもあるのだ。
 恐らく、人間を殺してグラビティ・チェインを略奪し、力を取り戻そうというのだろう。
 市街に甚大な被害をもたらし、人々を大量殺戮して、そうして力を取り戻したドラゴンは飛行能力も取り戻し、廃墟と化した市街から悠々と飛び去っていく。
「けど、逆に言えば復活直後は力が弱い状態ってことっす! 今からなら自分のヘリオンで皆さんをドラゴン復活の現場にお届けできるっすから、ドラゴンの力が弱い内にぶっ倒して欲しいっす!」
 ぐぐっと拳を握るダンテ。
 ヘリオライダーは予知のみならず、巨大輸送ヘリサーヴァント『ヘリオン』でケルベロス達を事件現場まで輸送する役割も担うのだ。
 事件の予知とヘリオンでの輸送の恩恵で、ドラゴンが現れた直後にケルベロス達が攻撃を仕掛けることが可能になる。復活直後ならばドラゴンはまだ弱体化した状態だが、それでも全長10メートルもの巨体から放たれる攻撃の威力は侮れない。
 勿論皆さんなら油断とかありえないっすよね、と全幅の信頼を寄せてダンテは言を継ぐ。
「呪的防御ごと敵を貫く爪、近くの敵を纏めて薙ぎ払う尾、そして、敵群を痺れさせる雷のドラゴンブレス――このドラゴンの戦闘能力はこんなところっすね」
 そのどれもが建物をも破壊できる威力を持つが、
「市民の皆さんには避難勧告を出しますし、市街は破壊されてもヒールで修復が可能っす。なのでケルベロスの皆さんには、確実にドラゴンを撃破することに専念して頂けるとありがたいっす!」
 街への被害はさほど気にせずとも良いとなれば、戦い方にも幅ができるだろう。
 これは派手な戦いになりそうですね――と思えば、桐生・冬馬の手は自然と斬霊刀の柄に触れていた。
 弱体化しているとはいえ、ドラゴンは究極の戦闘種族と呼ばれるデウスエクス種族だ。
「相手にとって不足なし――皆さんもそう思われるでしょう?」
 己同様にヘリオライダーの話を聞いていたケルベロス達を見回し、
「皆さんの戦いぶり、是非とも間近で拝見したく思います。私も一緒に戦わせてください」
 頼もしい仲間達へ向け、レプリカントの青年は礼儀正しく一礼した。


参加者
バレンタイン・バレット(けなげ・e00669)
塔ヶ峰・アン(慾の花・e00834)
軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)
スプーキー・ドリズル(亡霊・e01608)
ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)
杜若・鎖月(紫迅・e03960)
神宮時・あお(夢想ノ華・e04014)
海野・元隆(海刀・e04312)

■リプレイ

●夏の迅雷
 紺碧の海を望みつつ市街めがけて跳ぶ。
 彼らケルベロス達が目指すは夏空の青さと真白な雲が鮮やかな好天のもと、凄まじい雷を轟かせて突如市街に顕現した巨大なドラゴンのお膝元。
 ドラゴンは財宝を抱え込んでいる――なんて逸話もあるけれど。
「ま、あいつは持っちゃいないだろうな」
「同感。逸話の真偽はともかく、封印されてちゃ期待薄さね!」
 勝ってもお宝が手に入らないのはいささか浪漫に欠けるが、闘志は漲るばかり。
 巨大なあぎとから迸った雷撃に破壊された鉄筋コンクリートの瓦礫に着地した海野・元隆(海刀・e04312)とダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)は不敵な笑みを交わした瞬間、眼前の巨大な敵めがけて馳せる。
「進行方向を塞ぐ形で布陣だな。判りやすくてありがたい」
 硬質な鱗が光る小山のごとき竜に技量の冴えが氷の力さえ帯びる元隆の斬撃が決まる様を頼もしく見つつ、スプーキー・ドリズル(亡霊・e01608)も瓦礫を跳び渡るよう駆けて黒き鎖を奔らせた。遠く背にするのは緑の上に見える天守閣。
 敵はまだあらぬ方向を向いていたが、すぐに和歌山城の方角を目指すことは判っている。
 多くの人間の存在を感じる方角、目指すべきその側から叩き込まれる攻撃に地響きめいた苛立たしげな咆哮をあげ、巨大なドラゴンは己が望みを阻む小さき者達と向きあうついでとばかりに尾を揮った。
 轟と唸りをあげたその『ついでの』一撃が建物を抉り街灯や街路樹を薙ぎ払って前衛陣を胴からまっぷたつにする勢いで襲いかかる。
 うわっと声をあげた拍子にぷるっと震えるバレンタイン・バレット(けなげ・e00669)のウサギ耳。
「ちげーよ、ビビってねえよ!!」
 だが胸いっぱいに空気を吸っての叫びがウェアライダーの咆哮となって、尾の一撃を耐え抜いた仲間達の頭越しにドラゴンの鼻面を直撃。敵が文字通り面食らった隙に、彼は桐生・冬馬(レプリカントの刀剣士・en0019)を振り返った。
「冬馬! 街のみんなをよろしくな!」
「分かりました、避難の援護ですね」
「そう、誘導をお願いしますわ……って、まあ! ペチュニア!!」
 同様に冬馬へ声をかけた塔ヶ峰・アン(慾の花・e00834)が彼の傍らに友を見つけて瞳を輝かす。
「桐生さんよろしくね! こっちは任せて、アンちゃん!!」
 嬉しげに揺らした攻性植物から黄金の果実の輝きを放つ友に明るく応えて、ペチュニア・ラッシュタルト(真珠の謳声・e01882)は冬馬や同じく避難誘導のため集った皆と手分けし駆け出した。
 敵の目的地が明確なのは良いで御座るが、と呟きつつ、土地勘のあるフォート・ディサンテリィ(影エルフの呪術医・e00983)は素早く思考を巡らせる。
 現地点と城を結ぶ線を軸に幅100m程度の区域には誰も近づかぬようにすべきか。
「早速交差点を封鎖してくるで御座るよ!」
 即座に身を翻したシャドウエルフの手に閃くキープアウトテープを視界の隅に捉えつつ、神宮時・あお(夢想ノ華・e04014)は杜若・鎖月(紫迅・e03960)と左右に展開し、己の優に十倍はある敵へ向けた小さな掌から輝きを溢れさせた。
「……竜の、力、解き放ちます」
「――!」
 顕現したのは魔法の幻影たるドラゴン、眩く燃え盛る炎が現実のドラゴンを蹂躙する様に鎖月は瞳を細めた。彼女も力あるケルベロスだと解っているが、その力を目の当たりにしてなお、彼には弱冠9歳の華奢な少女が戦うことが痛々しく感じられるのだ。
 また、フェミニストと己が未熟を自覚する身には、頼もしいと思いつつもダンテを正面に推したことにも忸怩たるものがあったが、
「言いだしっぺはあたいだし、望むところさね! 正面突撃はお任せあれ――ってね!!」
 ダンテは彼の憂いを吹き飛ばすよう豪快に笑ってみせる。
 敵を呑んだあおの炎が残した傷めがけて繰り出される鎖月の絶空斬。それに機を繋げて、鉄塊剣に力を込めた女は高速演算と同時、竜の巨大な顎を突きあげるよう殴り飛ばした。
 正面と左右にクラッシャー達が散開し、ディフェンダー達がその穴を埋めるよう展開する陣は敵の進撃を押しとどめる確かな力となっていた。しかし敵の巨大さもあってか、完全にそれを封じるところまではいかない。
「うわっととと! よっしゃ大丈夫、徹底的にドラゴンの足をひっぱってやるぜ!!」
 風に煽られた魔導書が勢いよく捲れる様に焦ったのも一瞬のこと、ガードレールを蹴って跳んだ軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)は流星の輝きと共に重くも鮮烈な蹴撃を竜に炸裂させ、その機動力を大きく削いだ。
 次の瞬間、ふわりと地に舞い降りたのはシア・フィーネ(ハルティヤ・e00034)。
「だいじょーぶ! こわくないよっ。こっちに一緒にいこー!」
 竜の尾に薙ぎ倒された街路樹の陰、恐怖で動けなくなっていた同じ年頃の少年に手を差し伸べ、人懐こい笑みを咲かせた少女が彼を助け起こす。
 小さなオラトリオの少女が少年と駆け去る様にスプーキーは安堵の息を吐いた。――が、辺りを睥睨したドラゴンが去りゆく子供達に目を留めた刹那、彼の胸に喪った息子の面影が甦る。
「させて、たまるか」
 殺意溢れる巨大な眼に鋭い眼差し向け、子供達の盾とするよう翼を広げたドラゴニアンの男が撃ち込むのは黒鋼の釣鐘草の花弁を連ねた鎖。星の重力に助けられた猟犬縛鎖は存分に敵の巨躯に絡みつき、彼の静かな怒りそのままの烈しさで締め上げた。
「アンタが皆を殺そうと云うのならば、より強い殺意をもってアンタを葬ろう」
 胸をよぎるのは喪った息子と、喪った妻の面影。
 ――僕にまた、生きる理由が出来たみたいだ。

●夏の晴嵐
 陽射しは強く眩く、空は変わらず鮮やかに青い。
 だが地上では竜の口から凄まじい雷が幾度も迸り、横殴りの暴風をも思わせる巨大な尾が猛威を揮っていた。しかしケルベロス側も決して押されてはいない。
「お前は誰がどうやって復活させた? ――って、まあ誰でも何でも構わないけどな」
 答えなど端から期待せず、一気に馳せた鎖月が放つ神速の突きで硬いドラゴンの鱗が弾け飛ぶ。咆哮と共に大きく開くあぎと、その喉奥に凝った輝きが竜に肉薄する鎖月たち前衛陣めがけて爆ぜる。
 眼も眩まんばかりの閃光、逃れる間もなく襲いくる雷の息吹。
 弱体化しているとはいえ敵はドラゴン、そのブレスを避けるのは流石に難しかったが、
「次はそのブレスごとぶった斬ってやるさね!!」
「ああっ、なんて頼もしいの! 素敵ですわ~!」
 胸元に地獄を宿す女の炎が勢いを増す。
 痛手も鈍い痺れも物ともせぬ勢いで跳躍したダンテが、雷にも負けじと煌く流星の軌跡を竜の喉元へ喰らわせる。華やかなアンの歓声が嬌声めいて響くのは彼女がサキュバスであるゆえか。ダンテの勇姿を映した桃の瞳に恍惚の光を宿したアンが黄金の果実を生みだせば、癒しの力も甘やかに光る。
 あの雷が欲しい――と鹵獲術士の本能とも呼べる想いも萌していたけれど、仲間達の戦う姿のほうにより強く心を揺さぶられていた。
 だって、この頼もしい仲間達すべてが輝いて見えている。
 おなかの大きな妊婦に付き添いその避難を助ける閑谷・レンカ(アバランチリリー・e00856)を始め、戦場から離れたケルベロス達にもドラゴンの雷は見えていた。
 けれどレンカは、その威力を理解しつつも挑むような笑みを向ける。
 夏の稲妻は夕立を呼ぶもの。
 ――嫌われものだって、知ってる?
「あんなの喰らったら堪ったもんじゃねぇ! けど俺だって、やってやるぞぉおおお!」
 怯みかけた心を戦うと誓った己が魂で奮い立たせ、雄介が一気に飛び込んだのは敵の懐。筋肉が隆起し右腕が巨大化すると同時、
「その力、いただくぜ!!」
 瞬時に纏った魔力装甲を夏の陽に煌かせ、雄介は痛烈な殴打をドラゴンに喰らわせた。
 砕け散った竜鱗が純粋な力となって彼の胸に吸い込まれていく。
「にゃー! その必殺技かっけええぇぇー!! よっしゃおれもっ!!」
 興奮にウサギ耳をぴるぴるさせたバレンタインは、横倒しになった車を足掛かりにさせてもらって高々と跳躍。見ててね師匠と心で呼びかけ、二丁拳銃を構えた。
「雨宿りなんてさせないぜ!」
 夏空へ勇ましく響いた声と共に降るのは無数の銃弾、竜の巨躯を蜂の巣にすれば雨が煙るかのごとく舞い上がった硝煙が巨体の動きをも鈍らせる。
「まさに弾丸の雨ですね――!」
 着地した途端ウサギ耳へ届いた声に少年は破顔した。
「冬馬おっかえり~! みんなの避難ばっちりおわった!?」
「はい、御支援くださった方々のおかげで滞りなく」
「まあ! 後で御礼申し上げなくては。そして桐生氏、ディフェンダーお願いしますわ!」
「承知しました。全力を尽くします!」
 声を弾ませたアンの言葉に頷き、迷わず馳せた青年が放つ技は斬霊斬。霊気と化した刀の軌跡を横目に見遣れば、スプーキーの口元に笑みが刻まれた。
「避難が完了したか。なら――畳み掛けるとするか」
「ああ、やってやろうぜ!」
 風を切って翔けたのは硝煙と焦げた砂糖の香を微かに引いた気咬弾、その軌跡を追うようにして、何処かカトラスを彷彿とさせる霊刀を手に駆けた元隆もまた口の端を擡げた。
 竜の肩口を鮮やかに薙いだ元隆の達人の一撃、硬い鱗に奔った裂傷に氷の煌き重なる様を確認し、小さな拳にあおは大きな魔力を凝らせる。
 見上げるドラゴンの巨躯は禍々しく圧倒的で威圧的。
 怖くないわけではない。だけど皆と一緒なら負ける気はしなかった。
「……全てを、籠めます」
 音もなく地を蹴った少女が叩き込むのは音速を超える一撃、鱗に覆われた巨体が揺らいだ隙をつき、空の霊力帯びた刃で鎖月は竜の脇腹を一気に斬り払う。
 だが、その直後――彼を払い飛ばすよう揮われたドラゴンの前肢の爪が鎖月の背を大きく抉った。
 視界が眩むほどの衝撃。
 けれど彼が絶叫を堪えるまでもなく、即座にアンの皆への愛情そのもののごとき桃色の霧が鎖月を抱いて、甘く優しく癒し上げる。
「ありがたい。いつか必ず借りは返させてくれ、アン」
「それには及びませんわ、素敵な皆様を支えることもわたくしの悦びですもの……!」
 心からそう思っていることがありありと分かる彼女の声に、自ずと鎖月の口元も綻んだ。
 ああ、誰も彼もが本当に――頼もしい。

●夏の咲花
 頑強な鱗で巨躯を鎧うドラゴンの進攻。それを押しとどめんとするケルベロス達の攻勢は着実に痛手を重ね竜の力や勢いを削いで、今や進撃を押し返さんばかりの勢いでドラゴンへ襲いかかっていた。
「たくさんのひとを怖がらせるドラゴンは、おれがぜったい許さないんだからな!!」
 バレンタインの持ち技の中で最も命中率の高いグラインドファイア、それを誰より確かに狙いを定められる位置から放てば、炎を纏った彼の蹴撃が竜の片目を焼き潰す。
 少年が地へ降り立つと同時、劈くような竜の絶叫とともに稲妻が迸った。
 だが全てを受けとめる覚悟で翼を広げたスプーキーが、迷わず女性を背に庇った元隆が、後衛を標的にした激しい雷撃をその身に引き受ける。
「にゃー! 助かったぜ、ありがとな!!」
「何、どうと言うことはない」
「ああっ、なんて素敵な背中……!!」
「男は背中で語る――なんてな。見せ場が増えてありがたいぜ」
 肩で息をしつつも軽い口調でアンに告げながら、元隆はまっすぐドラゴンを見据えて高速演算。一瞬で距離を殺しての跳躍で、己が刃を深々と竜の喉に埋めた。
「わたくしだけでは癒しきれないかも……ヘルプミーですわ!!」
「任せて、足りない分は俺が補うよ!」
 果実を実らせつつのアンの呼びかけに応えたのはシド・ノート(墓掘人・e11166)、黄金の果実が輝くのに合わせ、墓掘人にしてウィッチドクターたる男は甘やかな金色の光を更に輝かせるかのごとき薬液の雨を降らしめる。
「見せ場か……なら俺もジャマーの務めをまっとうするぜ!」
 触発されたように強気で笑んだ雄介もまた、金に輝く雨越しに射抜かんばかりの眼差しを竜へと向けた。瞬時に精神を集中すれば胸の奥、魂の芯で誓いが光る。
 誓いの光解き放つ心地で雄介が笑み深めれば、深く抉られた竜の喉が大きく爆破された。
 盛大にドラゴンの気勢を削いだその爆発に天使の翼を煽られながら、あおがバトルオーラ纏う掌の上に精製したのは物質の時間を凍結する弾丸。
「……刻よ、止まれ……」
 ぽつりと小さな声が雫のように落ちたのと同時、爆発の余韻に紛らすように撃ち込まれた時空凍結弾が横合いから竜の顎を撃ち抜けば、今にも雷を吐かんとしていたドラゴンに一瞬の隙が生まれる。
 その一瞬があれば十分とばかりに口元へ笑みを吐き、力の限りに鎖月が跳躍した。夏空へ振り上げた刃へ空の力凝らせて、全身全霊で揮えば、竜の翼斬り裂いた斬撃が傷ついていた肩口をも容赦なく抉る。
 巨大な前肢を断ち落とす――とまではいかなかったが、竜の巨体が大きく傾いだ。
「残念だったな、もうお前が空を飛ぶことは二度とないだろうよ。――頼む!!」
「ああ! ……さぁ、もう一度おやすみ。今度は永久に」
「醒めない眠りに御招待――ってね!」
 戦場に響いた鎖月の声に応え、スプーキーが水時計の名を戴く銃の撃鉄を起こす。地獄の炎燃え立つダンテの胸元から黒き光が漏れ出してくる。
「Shoot the Meteor!」
 微かに眇められた青の瞳に複雑な感情がよぎったのは刹那だけのこと、狙い定め迷いなくスプーキーが引き金を引いた瞬間、金平糖めいた弾丸が紫煙の尾を引き彗星のごとく翔けて竜の眉間を撃ち抜いた。
 ――喪失、さね。
 彼の胸裡に落ちる影の色に何故ダンテが思い至ったのかはわからない。
 互いに仔細は識らずとも、愛する存在を喪った者と愛する存在を欲する者の心が何処かで重なったのかもしれない。
「主よ、誰か、あぁ、誰か私に、愛せるような人を見つけてくれ――」
 胸元から抉りだされた心の臓。
 虚ろを地獄で補うそこを、真に満たしてくれるものを探している。
 黒き光を巨大な鉄塊剣の先まで這わせ、ダンテは腰を落とし脇構えから武骨な刃を一気に振りぬいた。奔る斬風は黒く渇いた風、眉間を撃ち抜かれてもなお死なぬドラゴンの口から頭蓋を突き抜けて、強大な竜の命を消し去り、風もまた夏の青空へ消える。
 重い地響きとともに竜の骸が瓦礫散らばる地に伏せば、強い陽射しと潮の気配を孕んだ、夏の風が吹き抜けた。
「……ドラゴン、倒せたの、ですね……」
「ああ。――お疲れさん」
 感情の色のない、けれど何処か染みいるような声音であおが紡ぐ。
 複雑な思いが胸の裡で綯い交ぜになるのを感じつつ、けれどそれは秘めたまま、鎖月は優しく和らげた眼差しをあおへと向けて、そう告げた。
「ま、こんなもんか」
 リハビリとしちゃあ十分だ、と笑みで呟いた元隆は、久々に揮った霊剣を担いだ。かつて敗北と共に手にした刃。だがまあ、馴染みは悪くなさそうだ。
 ――そろそろ剣士でやって行けるようにならんとな。

 宝石(コギトエルゴスム)となっていた存在が復活を遂げたというのなら、それを成した者がいるはずだ。
 一体誰が、どのような手段で復活させたのか。
「何か痕跡が――って、ああ~!!」
 思案をめぐらせつつ辺りを見回したダンテがしょんぼり肩を落とす。
 突如ドラゴンが出現した地点は見るも無残な状態だった。あの巨体がいきなり現れ、雷を揮ったわけだから無理もない。
「こりゃ痕跡があっても粉々になったかもしれないさね……」
「にゃー。でもそのコンセキとかはともかく、建物は直せるからな。がんばるぞうー!」
「そのとおりだな、僕も手伝おう」
 意気込みを示すようぴょこんと立ったバレンタインの耳。ウサギだけどにゃーなんだな、と何となく思いつつ、スプーキーも張り切ってヒールをかけていく少年に続く。
 元気な男の子とその子を見守るお父様みたいですわ、と微笑ましく見守って、アンも破壊された市街を癒すために黄金の果実を実らせた。
 竜の雷にも劣らぬ鮮やかな黄金の輝きで、まずは薙ぎ倒された街灯から。
 鮮やかで、けれど優しい光を享けて、根元からへし折られていた街灯が再びまっすぐ路に立つ。仰ぎ見ればアンの瞳に映る、夏の青空。
「気持ちのよい戦いでしたわね……きれいな空だこと」
 眩しさに、嬉しさに瞳を細めた視界に、幻想を孕んだ街灯が緑の蔓葉を纏う様が映る。天辺の電灯の周りに桃色の花が咲く。
「まあ!」
 笑みも咲いた。
 夏の宵が訪れ街灯が燈ったなら、あかりを受けた花もきっと――ほんのり優しい、幻想の光を帯びるのだろう。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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