東京都下の静かな街、国分寺市。
その平穏は、突如として出現した魔空回廊から現れたヴァルキュリアによって、今まさにかき乱されようとしていた。
ヴァルキュリア達は3体ずつ四方に分かれ、人々を襲うべく飛び立ってゆく。
その一隊が向かったのは……ここ国分寺市に多数存在する、自動車教習所に隣接した住宅街だった。
「…………」
ヴァルキュリアたちは、真っ赤な血の涙を流しながら、逃げ惑う人々を虐殺してゆく。その表情は微動だにせず、ブレーキの壊れた只の機械のように、感情のない一撃だけが繰り返されていた。
「い、いやあ……っ!」
異変に気づき、『練習中』のプレートをつけた教習車から転がり出るように逃げようとした女性が、ヴァルキュリアの槍に貫かれ、おびただしい血を流す。うつろな目から流れる血と、犠牲者の傷から流れる血が、槍の柄で交じり合った。
その赤はどこまでも暗く、槍を握るヴァルキュリアの手を血の色に染めていった……。
「押忍! 皆、よう集まってくれた。城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っちょるとこじゃが、エインヘリアルにも大きな動きがあったらしいんじゃ」
円乗寺・勲(ウェアライダーのヘリオライダー・en0115)は、背筋を伸ばして学ランの襟を正し、集まったケルベロスたちに状況の説明を始める。
「鎌倉防衛戦でやらかして、失脚した第一王子……ザイフリートっちゅうんがおったじゃろう。で、そん男の後任として、新しか他の王子が、地球に侵攻を開始したらしいんじゃ」
どうやらその新たな王子に率いられたエインヘリアルは、ザイフリート配下であったヴァルキュリアをなんらかの方法で強制的に従え、魔空回廊を利用して人間達を虐殺してグラビティ・チェインを得ようと画策しているらしい……と、勲は太い眉にしわを寄せる。
「ほいで、そんヴァルキュリアに襲われる都市の一つが、東京は国分寺市じゃ」
勲は地図を広げ、ここに集まるケルベロスたちに向かって欲しい場所に印をつける。
「そん国分寺には、車の教習所が沢山あってのう。3体のヴァルキュリアからなる一個小隊が向かうんは、こん教習所の周りにある住宅街じゃ」
場所をケルベロスたちに示した勲は、話を続ける。
「ほいでのう。ヴァルキュリアたちを従えとるんは、『シャイターン』っちゅう、アスガルドの妖精八種族が一つなんじゃ」
都市で人々を襲うヴァルキュリアに対処しつつ、それを率いるシャイターンも撃破しなければ、この騒ぎを終わらせることはできない……勲は難しい顔で、ケルベロスたちにそう伝える。
「ただ、シャイターンもヴァルキュリアたちも、何もかんも一つのチームで対処する、っちゅうんは、さすがに無理じゃ。じゃけん、ここに居る皆には、最初に説明した3体のヴァルキュリアとの戦いを担当して欲しいんじゃ」
シャイターンの意を受けたヴァルキュリアは、住民を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとしているが、邪魔する者が出た場合は、その邪魔者の排除を優先して行うように命令されているらしい……と、勲は言う。
「じゃから、皆がヴァルキュリアに戦いを挑めば、住民への被害は抑えることができる、っちゅうことになるのう。そもそも、ヴァルキュリア本来の性質から言って、無抵抗の人々を手に掛けるんは好かんはずなんじゃ。そんな命令ができるっちゅうことは、シャイターンはかなり強力な洗脳をかけとるんじゃないかのう」
これは自分の推測であると前置きしつつ、勲は、都市の内部にシャイターンが居る限り、ヴァルキュリアは一切の迷いなくケルベロスを殺しにかかってくるだろう、と皆に告げる。
「もしシャイターンを倒しに行ったケルベロスが奴を撃破したら、何らかの隙ができるかも知れんが……確かなことは言えん。操られて望まない殺戮をさせられちょるヴァルキュリアにゃ、ちいと同情の余地があるかも知れんが……万が一にも皆が負けたら、住民がヴァルキュリアに殺されるっちゅうんは、動かしようのない事実じゃ」
だから心を鬼にして、ヴァルキュリアを撃破して欲しい……そう行って、勲は苦い顔でケルベロスたちに頭を下げる。
「……。ヴァルキュリアの武器やら何やらも、説明しとかんといかんのう」
勲によると、3体のヴァルキュリアは、それぞれ妖精弓、ルーンアックス、見慣れぬ槍のような武器で攻撃してくるらしい、とのことだ。
「妖精弓とルーンアックスは、皆が使うちょるモンと一緒じゃ。槍の詳しいことは分からんじゃが、氷と麻痺つきの近接攻撃を二種類と、強化つきの回復があるようじゃ」
それと、と、勲が付け加える。
「他の戦場の状況によっちゃあ、更に1体のヴァルキュリアが援軍としてやって来るかも知れん」
敵の戦力も、増援の可能性も、くれぐれも注意して欲しい……勲はそう行ってケルベロスたちに念を押す。
「シャイターンじゃろうと何じゃろうと、ケルベロスが居る限り、地球を好きにはさせん……皆の力で、それを思い知らせてやるじゃ!」
勲はいつも通り、押忍! の気合いで、ケルベロスたちを送り出すのだった。
参加者 | |
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アルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684) |
シュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293) |
霞代・弥由姫(錯地月煌・e05123) |
機理原・真理(フォートレスガール・e08508) |
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147) |
春日・せおり(久遠の記憶・e13596) |
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953) |
ティユ・キューブ(レプリカントの鎧装騎兵・e21021) |
●駆けつけて0分
普段はのどかで静かな街、国分寺市。
ケルベロスたちは、予知されたヴァルキュリアの襲撃を防ぐため、市内の自動車教習所近辺に急行していた。
「ヴァルキュリア達には同情するが、此方にも譲れないものが有るからな……」
奴等の襲撃を阻止、まずはそこからだ、と、月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)は注意深く四方を警戒する。
「ああ、シャイターンとかよく分からないの出てきたけど、まずはアイツ等どーにかしねーとな」
気心の知れた旅団仲間の言葉に、峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)もうなずく。持ち前の前向きな思考で、できればただ倒すのではなく、血の涙を流すほどの苦痛から救いたい……とも思いつつ、戦乙女たちの姿を求める。
「……あれか。どうやら、被害が出る前に到着できたようだな」
空の一点を見つめ、霞代・弥由姫(錯地月煌・e05123)がつぶやく。彼女の視線の先には、国分寺の街を見下ろす三人のヴァルキュリアが佇んでいる。それぞれ斧、槍、弓を手にし、血の涙に満ちた虚ろな目で街を見下ろすその姿は、予知されていたものに間違いない。
「血の涙を流すほど、貴女達は苦しんでるですね……。全部が上手く、いけば良いのですが」
戦いの準備を整えつつも、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は複雑な胸中を口にする。操られて望まぬ戦いを強いられている彼女たちに、思う所は多々ある……が、真理は、襲撃にさらされる人々を救う使命を胸に刻み、先んじて仲間の守りを強化するドローンの群れを張り巡らせた。
「頼りにしてるぜ、団長」
「ああ、背中は任せた!」
宝も前衛で攻撃手をつとめる雅也に戦力を賦活させる電気の力を飛ばし、激しい戦いに備える。雅也は力強く友にいらえを返し、複数の強敵に向かって堂々と武器を構えた。
「…………」
乙女たちが、雅也の声に反応した。そして彼らの方に目を向け、手にした武器の標的をケルベロスたちに定める……どうやら事前の情報通り、虐殺を邪魔する者の排除を優先して行動するらしい。
「さぁ、……骨の髄まで楽しもうぜ?」
八重歯を見せつつニヤリと笑みを見せるのは、シュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293)だ。戦いに純然たる喜びを見出す彼女にとって、彼女たちの事情はさほど重要ではない。ただあるのは、1体でも十分な強敵が3体まとめてかかってくる、ゾクゾクするような目の前の現実だ。
シュリアは彗星の如く目映い光の弾丸『彗星の散弾』を、勢い良く解き放つ。その標的は、明確に攻める意志を持って斧を振りかぶる、赤毛の戦乙女だ。
「……!」
命中力を高められた弾丸が、斧を持つヴァルキュリアに直撃しようとした刹那。金髪をなびかせ槍を斜めに構えたヴァルキュリアが、弾道に割って入った。守りを固める槍さばきは、鋭い弾丸の威力を軽い衝撃に抑えたようだ。
「ふむ、やはり一筋縄ではいかないか。だが、泣き言は貴族の振る舞いではないのでね。見せてあげよう……これが、大いなる業だ」
アルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684)は斧のヴァルキュリアに向け、誇り高く正面から拳を振り抜いた。ビハインドの『執事』は静かに主人に付き従い、主と同じ標的に向けて足止めを誘う念のこもった品々を弾き飛ばす。
「おっと、危ないな」
赤毛の乙女に連携攻撃を仕掛けたアルシェールに、銀髪のヴァルキュリアが鋭いエネルギーの矢を放つ。ティユ・キューブ(レプリカントの鎧装騎兵・e21021)はその気配を察し、素早くアルシェールをかばった。
(「無闇に奪わず、無理して奪わせもしない。決して、早々に諦めることなどするものか」)
ティユの飄々とした様子の裏には、より良い結果を欲張るため、全力を尽くす強い意志が潜んでいる。それは多かれ少なかれ、この場にいるケルベロスたち全員が持つ思いだった。
●早い訪れの5分
「……!」
真理のライドキャリバー『プライド・ワン』が激しく車輪をドリフトさせながら、不意打ちのように飛んできた光の矢を受け止める。それは、銀髪のヴァルキュリアよりもさらに後ろから放たれたものだった。
「来たか……チッ、思ったより早かったな!」
遠くから飛来した新たなヴァルキュリアの姿を認め、雅也の視線が鋭く引き締まる。
同じ国分寺市を襲撃しているシャイターンの元から、増援が来る可能性。それはもとより、事前に予測されていたことだった。だが彼の言う通り、それは随分と早い訪れ……戦闘開始から、わずか5分後のことだった。
「さくらちゃん!」
増援に力を得て雅也に突き出された斧を、春日・せおり(久遠の記憶・e13596)のビハインド『さくら』が代わって受け止める。単なる主人とサーヴァントのものではない姉妹の深い絆は、ただ名を呼ぶその一声で、せおりの意志をさくらに全て伝えていた。
すかさずせおりは一家伝来の召喚陣が描かれた折り本状のシャーマンズカードを広げ、防御を削ぐ一撃を受けたさくらを御業の鎧で癒やした。
「……」
斧の一撃に続き、金髪のヴァルキュリアが槍を振るう。戦乙女の槍は氷をまとい、前に立つケルベロスたちを激しく貫き通した。
「せおり、こっちは俺に任せてくれ。白いの、一緒に頼むぞ」
「はい、よろしくお願いいたします」
薄い氷をともなう傷を受けた前衛たちを、宝は迅速に耐性を高める雷の壁でフォローする。彼の相棒・ナノナノの『白いの』もハート型のバリアを飛ばし、癒しを高める戦法の力で懸命に氷を振り払おうとしている。
ただでさえこちらに比して戦力過剰気味な相手が、さらなる援軍を得た厳しい状況。宝とせおりは声を掛け合い、手が足りなくなりがちな癒しの配分が重ならないように最善を尽くそうとしていた。
「もとより、不利は承知で挑んだ戦いだ。辛抱強く攻撃を続けるのみだよ」
ティユは相棒のボクスドラゴン『ペルル』と共に、敵の前衛を守る斧と槍のヴァルキュリアに自分が今できる攻撃を放つ。ガトリング弾の嵐とジグザグに空を切り裂く属性のブレスは、当たってはいても有効打には遠そうな気配だ……それでも、手を止めずに戦わない限りは勝利も無いと、ティユとペルルは再び次の一撃に備える。
「そうさ、むしろ戦いがいがあって燃えるってもんだぜ。団長、ぶっぱなしちまいな!」
「言われずとも、だ」
シュリアと弥由姫も、それは同じだった。旅団を共にする絆のコンビネーションで、当初の方針通り斧を持つヴァルキュリアに攻撃を続ける。シュリアは素早い弾丸、弥由姫は動きを石のように鈍らせる力を持った古代語の魔法。それぞれ今一番確実に当てられる攻撃を、渾身の力を込めて繰り出した。
「……!」
弥由姫の魔法の光線は槍のヴァルキュリアが肩代わりしたが、シュリアの弾丸はヴァルキュリアの斧を跳弾のようにかすめ、それなりに大きな衝撃を与えたようだった。まだまだ危機というほどではなくとも傷を負った味方をフォローするように、増援の弓を持ったヴァルキュリアは、祝福の力を宿した矢を斧の乙女に施した。
「悪ぃ、回復頼むぜ!」
「かしこまりました、私がまいります」
癒しの矢を受けた赤毛のヴァルキュリアは高々と飛び上がり、雅也に向かってルーンの斧を強く振り下ろした。強烈な一撃に、雅也は迷わず回復を乞う。せおりは再び鎧となる御業を飛ばし、打ち消された強化を整え直す。
一進一退の攻防は、まだまだ続きそうだった。
●苦闘の10分
「ここまででしたか……よく頑張ってくれました。あなたの分まで、私が持ちこたえてみせます」
ヴァルキュリアの槍が前衛のケルベロスを一閃したのを受け、耐久力の限界に達したプライド・ワンが姿をかき消す。味方たちをよくかばった相棒をねぎらい、真理は自身に特別製の緊急救命治療術を施した。守り手が全員サーヴァントとその主人たちという布陣にあって、一番体力のある自分が落ちるわけにはいかない……それは戦線を維持するための、冷静な判断だった。
「苦しいところを持ちこたえてもらって、すまない。僕は、僕の役目を全うしよう」
アルシェールは前衛で粘る仲間たちに応えるように、貴族の将来性に溢れた一撃を斧のヴァルキュリアに叩きつけた。痛みのためか、ヴァルキュリアはわずかに顔をゆがめる。だがその瞳は、相変わらず何の感情も伝えない虚空のままだ。
「戦乙女は死の運び手と聞く。今の君達からはそんな矜持を感じないね」
再び無表情に斧を振りかぶる赤毛のヴァルキュリアに、アルシェールは偽らざる思いを投げかけた。本来は誇り高いであろう彼女たちのふさわしからぬ振る舞いは、いまだ止むことはない。
戦いが始まって、すでに10分が過ぎていた。
シャイターンが倒されれば戦況が変わるかも知れないという思いを支えに、ケルベロスたちは何とか戦っていた……が、いまだ攻撃を集中している斧のヴァルキュリアも倒れていないこの状況は、終わりの見えない重圧を彼らにもたらしているのもまた事実だった。
「なあ、人々を襲えって命令は、お前たちにとって血の涙を流すほどの事なんだろ? 力になれることがあるなら、力になってやる」
たとえ今はまだ届かないと分かっていても、あと少しで倒れそうな傷を負った身体を自覚していても、雅也は伝えたい言葉と共に刀を振るう。氷を纏った達人の一撃は、かばいに飛び出してきたヴァルキュリアの槍に受け止められた。痛みにもさほど変わらない表情は、うつろな瞳の置くに押し隠した見えない苦痛がかえって強く伝わってくるようだ……そんな感情も抱かせる。
「さくらちゃん……!」
「ペルル!」
後ろに控える二対の妖精弓から放たれた矢が、吸い込まれるようにさくらとペルルの身体に突き刺さり、せおりとティユがそれぞれの相棒の名を呼ぶ。プライド・ワンより少しばかり長く戦場に居続けられた理由は、ほんの少し攻撃を肩代わりする機会が少なかっただけの差だ。サーヴァントのディフェンダーが先に戦闘不能になるのは、ある意味織り込み済みの展開ではあった……が、主人たちにとって辛いことには変わりない。
「……これは、みなさまがたの本意ではないのでしょう? どうか、ご自分の気持ちを折らないでくださいませ」
「本意を取り戻せないっていうなら、僕は僕のできることを続けるまでだ」
回復の鎖を味方たちに放ちながら、せおりはなお健気にヴァルキュリアたちに呼びかける。またティユはヴァルキュリアたちの様子を注意深く伺いながら、正気を取り戻す痛みとなれとばかりに、レプリカントの身体から大量のミサイルを浴びせかける。
「く、諦めるもん、か……!」
「っ……!」
その返事は、無慈悲な槍の一撃と弓の矢だった。鋭い槍の突きが雅也を、心を貫くエネルギーの矢が弥由姫を打ち据え、体力の限界を越えた二人に膝をつかせる。
「これは……方針変更やむなし、だな」
攻撃手の戦闘不能の度合いに応じて不殺から撃破に切り替えることは、事前に決めていたことだ。それでも宝の言葉には、言い様のない悔しさが滲んでいた。信頼する相棒も、他のケルベロスたちも、誰一人全力を尽くしてない者など居なかった……それでも力が足りず不殺を諦めることに忸怩たる思いを抱くのは、彼以外も同じだ。
●混乱の15分
いつの間にか、戦いが始まって15分の時が流れていた。
心を鬼にしてヴァルキュリアたちを倒そう……そうケルベロスたちが苦渋の決断をしたのと、それはほぼ同じタイミングだった。
「……姉さん? 何をするの!?」
今まで一言も言葉を発しなかったヴァルキュリアが、突然声を上げた。叫び声の主は、斧を持った赤毛のヴァルキュリアだ。
そして、『姉さん』と呼ばれた金髪のヴァルキュリアが取った行動は、赤毛のヴァルキュリアを驚かせるのも無理はないものだった。今まで無表情にケルベロスたちに振るわれていた槍を、赤毛のヴァルキュリア……会話から察すれば妹であるらしい彼女の肩口に、深々と突き刺していたのだ。
「あなたなら分かるでしょう? こんな戦いは、許されるものではありません!」
金髪のヴァルキュリアは、赤毛のヴァルキュリアに叫んだ。だがその直後、また何者かの意志に動かされるように、ケルベロスたちの方に槍を向けてくる。
「何か、あったようですね……」
真理の言う通り、ヴァルキュリアたちの状態が尋常じゃないのは、見るからに明らかだった。うつろだった瞳には生気が戻っているが、無表情だったその顔には、混乱の色が濃く浮かんでいる。
「なんだこれは……わけがわからない!」
苦戦にむしろさあこれからと気合を入れていたシュリアは、突然茶番を始めたようにも見えるヴァルキュリアたちに苛立ちを感じたのか、その赤い瞳に怒りをにじませる。
「もしかしたら……シャイターンが倒された……のか?」
相棒の怒りと、豹変したヴァルキュリアたち……遠のきそうな意識で懸命に思考を巡らせた弥由姫は、状況から最もありそうな予測にたどり着いた。
「そうか……もしそうだとしたら、君達を縛るか細い運命の糸は、もはや引きちぎられたことになるな」
アルシェールは緑色の瞳に誇り高い色を浮かべ、4人のヴァルキュリアたちをじっと見つめる。その視線に、ヴァルキュリアはただ困惑したような表情を浮かべるのみだった。その間にも、彼女たちは時に互いに武器を交え合い、時にケルベロスたちの方を向き、混乱した様子のままだ。
「さて、このまま虐殺に走るのが本意というならそれまでだが……違うというなら、事情を聞かせて貰いたいね」
ティユはそんな彼女たちに、いつになく真剣な表情で問いかけた。
「本意のはずなど……駄目だ、分からない……」
金髪のヴァルキュリアは、彼の問いに受け応えをしようとしながらも、その槍で赤毛の乙女を刺し貫いた。彼女は姉であるらしいヴァルキュリアにすがるような視線を送りながら、広い道の中央にくずおれた。
「君達は望むだけでいい、僕は貴族だ」
アルシェールはそんな二人のヴァルキュリアの前に堂々と歩を進め、その手を差し出した。
「望み……」
「ああ。貴きものには、それを貫く義務と信念がある。哀れに混乱した今のような君たちに向ける刃を、僕たちは持たない。それは、皆同じだろう?」
仲間たちを見回すアルシェールに、ケルベロスたちがうなずく。
「もう、終わりにしましょう」
せおりの静かな、だが確かな思いに支えられた一言に、金髪のヴァルキュリアは黙ってうなずいた。そして、倒れた赤毛の仲間をそっと支え、戦場を後にする。残る二人のヴァルキュリアたちも何かに呼ばれるように、別の方角に引き下がっていった。
静かな町並みに、矛を交える者たちはもう居ない。
謎は残るものの、行われるはずだった殺戮にブレーキが引かれたこと……それは、確かなことだった。
作者:桜井薫 |
重傷:霞代・弥由姫(錯地月煌・e05123) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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