外宇宙への出航~門出はお菓子の街から

作者:柊透胡

 アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利して半年――新型ピラーの開発が成功し、ダモクレス本星マキナクロスにおける、ケルベロス達の居住区も完成した。
「つまりは……外宇宙へ進出する準備が整いました」
 何処か感慨深い面持ちで、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は、ケルベロス達にそう告げる。
 この外宇宙への進出は、「宇宙に異常を齎すデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃」が大きな目的だ。「新型ピラー」をまだ見ぬデウスエクスの住む惑星に広めにいくという、途方も無い旅となる。
「元々のマキナクロス住人であるダモクレス達は勿論、ケルベロスの意見を受け入れた強力な種族として同行しますが、最後のケルベロス・ウォー以降、降伏はしたものの、『地球を愛せず定命化できなかった』デウスエクスも、外宇宙へと旅立つ事となります」
 そして、マキナクロスの出航に必要な膨大なエネルギーは、季節の魔法『クリスマスの魔力』を利用する。
「このクリスマスの魔力の多寡で、マキナクロスの速度が大きく変化するでしょう」
 十分な魔力を得る事で、マキナクロスは竜業合体のように光速を超える移動すら可能となる。宇宙の隅々まで探索出来るよう、クリスマスの魔力は高めたい所だ。
「それに……外宇宙に向かうケルベロスと、地球に残るケルベロスは、2度と会えなくなるかもしれませんから」
 外宇宙に向かうケルベロスの壮行会も兼ね、そして、季節の魔法『クリスマスの魔力』を最大限に高める為にも、地球各地でクリスマスイベントが行われる事になったという。
「皆さんも是非参加して、クリスマスイベントを盛り上げて下さい」
 ヘリオライダーのタブレット画面が、可愛らしいお菓子の家の写真を映す。
「ヘクセンハウス、をご存知でしょうか?」
 直訳すると『魔女の家』。元々は、ドイツの童話に出てくるお菓子で出来た魔女の家を指す言葉だったが、今では欧米のクリスマスの風物詩となっている。
「ドイツのフランクフルトにあるレーマー広場は、伝統的なクリスマスマーケットで有名ですが……今年のクリスマスは、『お菓子の町』となります」
 人も入れる大きなお菓子の家々が軒を連ねる『お菓子の町』。レープクーヘンの壁と屋根に、チョコレートや飴、マルチパン、マシュマロ、グミなどが色とりどりに飾られ、童話の兄妹のように、思わず手を伸ばして食べてしまいたくなりそうだ。
「ドイツはシュトレンやバウムクーヘンなど、日本でも馴染み深いお菓子の発祥地でもあります。週末には家でケーキを焼く習慣が根付いているドイツならではのイベントと思います」
 『お菓子の町』で一際目を引くのは『お菓子の教会』。ドイツの教会は荘厳な佇まいが多いが、この教会は愛らしいパステル調。小さな尖塔には、軽やかな音色の鐘がある。
「『お菓子の教会』では、結婚式を挙げる事が出来、婚礼の度に、祝福の鐘が『お菓子の町』中に鳴り響きます」
 結婚式もクリスマスのイベントの1つであり、喩え既に結婚していても、これから結婚する予定であっても、将来結婚したいと思っているけど予定は未定でも、いっそ結婚の予定はないけどイベントに参加してみたいでも――カップル同士の合意さえあれば、誰でも式は挙げられるようだ。
「『お菓子の教会』というシチュエーションも、中々ないでしょうから、気軽に楽しんでみては如何でしょうか」
 尚、フランクフルトのカフェでは、クリスマス向けのメニューが充実している。テイクアウトOKだから、ドイツならではの菓子を買い込んで『お菓子の町』でお茶するのも楽しいだろう。
 そして――クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは、いよいよ外宇宙に出発する事になる。
「恐らく、マキナクロスは光速を越えて外宇宙へ向う為、出発した瞬間にその姿は消滅し、以後、観測も出来なくなるでしょう」
 万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道まで見送りに行く事は出来るので、月軌道上が最後のお別れとなる。
「今生の別れとなるかもしれない、旅立ちです。旅立つ方も、見送る方も、後悔の無いように別れを惜しんで下さい」

 ――年の瀬に向けて、大いなる旅立ちの時が、刻一刻と迫っている。


■リプレイ

●門出はお菓子の街から
「ふわぁぁぁ! 街ごとまるっと食べちゃいたい夢の街!」
 ドイツ、フランクフルトはレーマー広場――お菓子の町に、エヴァリーナ・ノーチェの歓声が響き渡る。
 いつもハラペコの彼女は片っぱしから食べ尽くしたい誘惑をぐっと堪え、最寄りの家に足を踏み入れる。
(「もうここ、天国かな?」)
 先に買い込んだ山程のお菓子を、お菓子の家で食べる幸せ――ふんわりダンプフヌーデルに、熱々バニラソースはたっぷり掛けて。チェリーたっぷりでお酒がよく滲みた黒い森のケーキやアプリコットのクーヘン、イチゴのトルテは特大ホールだ。
 プレッツェルや焼きアーモンドの大入り袋を抱えて、お菓子の家を巡りながら頬張る至福。
 視覚も味覚も美味しくて、ついついレープクーヘンの壁に手を伸ばしてパクリ。
「……ヒールしとけばだいじょぶだよね」
 壁の大穴の前で、悪戯っぽい笑顔が弾けた。

「お菓子の家、何て浪漫なの!」
 目を輝かせ、朱桜院・梢子は試しに壁のレープクーヘンを齧ってみる。
「んー、甘さの中にも、生姜がぴりっとして美味しい!」
 窓枠はチョコレート、窓ガラスは飴だろうか。
「このましゅまろは、雪に見立ててるのね!」
 見渡す限りお菓子となれば……食べちゃうのも道理。
「私もう、お菓子の家に住みたい……」
 駄目だ。食べ過ぎて、きっと家がなくなってしまう。
 夢中になって、気が付けば――梢子の前の壁に大きな穴。
 ――夕立の まだ晴れやらぬ 雲間より おなじ空とも 見えぬ月かな
 月影さやかに辺りを照らし、お菓子の家が修復されていく。
「ふふ、一石二鳥ね!」
 クリスマスの光景にも華を添え、梢子は満足そうに笑む。

「お菓子の町だ……すごい」
 流石はドイツ、メルヘンとロマンティックの本場と、ウォーレン・ホリィウッドは笑う。
「外宇宙に行く皆とのお別れも迫っているから、しんみりしてしまうかなと思ったけど」
 うきうきするのは、クリスマスの魔法かもしれない。
(「プラブータやらデスバレスやら色々行ったけど、その締め括りがお菓子の町ちゅうのは、不思議なもんやな」)
「どうしたの?」
「酒の町はあらへんかなとか、考えてへんて」
「ミハルはお酒の町の方が良かった?」
「折角君とおるのに、べろべろになるんは勿体ないやろ」
「ふふ、そう?」
 楽しそうに美津羽・光流に寄り添うウォーレン。2人は新婚旅行中。
「お菓子の家、少しなら食べても良えちゅう話やったな」
「うん、町外れのをちょっぴり頂いてみる?」
「魔女に捕まらへんか?」
「大丈夫、きっと優しい魔女だよ」
 少しだけ、ドリームイーターを思い出す――そんなウォーレンを、光流は抱き寄せて。
「君みたいな魔女かもしれへんな……レニ」
 家の陰で、口付けを交わす。
「僕が魔女なら、捕まるかもしれないよ」
「あの話やと、魔女は食べる為に子供を捕まえてたな。君はどないやろか」
「じゃあ、僕も食べるー」
 今度はウォーレンから唇を寄せて。元より、光流に逃げる気なんて皆無。
「一緒になってくれてありがとう。これからもよろしくな」
「うん。僕からも……ありがとう」
 捕まったのは、きっとウォーレンの方――寄り添う影が、再び1つとなる。

「まあ、お菓子の家ですわ~! これぞロマンですわねっ」
 歓声を上げるシア・ベクルクスの笑顔に、吉杜・有司もクスリ。
「ああ、これはまた見事なロマンとファンタジー……」
 ソワソワとレープクーヘンの屋根を見上げるシアに、有司は笑み混じりに声を掛ける。
「齧るのもまたロマンだ。少しくらい、童話の様に齧ってみるか?」
「……はっ、そ、そんな事―――ほんの少し? そ、そう? では、失礼して一口……」
 パキリと、屋根の端を折り取るシア。
「あら! 美味しいです。吉杜さんもぜひ」
「悪い魔女がいる訳でもないんだしな……では、オレも一口だけ」
 ファンタジーなロマンを堪能して、2人が向かったのは街角のカフェ。
「アルコール抜きエッグノッグに初挑戦です! カスタードクリームの様なお味だとか」
「ふーん、次はそれにしてみようかな」
「吉杜さんは何に?」
「ホットチョコレートにしようかね、折角だから」
「ううん、ホットチョコレートも魅力的」
 2杯目はメニューを入れ替えて。
「吉杜さん、この後のご予定は?」
「宇宙への旅立ちか?」
 興味はある、これもロマンだから。
「けど、地球人だからって訳でもないが、愛着もあるし残るさ」
「私も地球に。庭のお世話がありますし」
 共に宙の旅も楽しいだろうけど――微笑み合う2人。
「これからも宜しくって事で」
「ええ! 宜しくお願い致しますねっ」
 平和に見送るのもいいものだ。旅立ちに、幸多かれ――。

 ――何十年後か、また3人で遊びに行けるといいね。
「いけるいける~。帰ってくるの待ってるぞ~」
 もうすぐ旅立つ弦巻・ダリアに、賑々しく肯くルヴィル・コールディ。
「うん、待ってるから。またみんなで遊びに行こう。そん時は、沢山お話聞かせてな」
 ボクも地球で頑張るからと、八千草・保は笑む。ずっと応援していると。
 旅立つ前の最後の時間を、目一杯楽しもう――お菓子の町に向かう3人。
「全部お菓子、すごいな~。こんなでっかいやつ、作っちゃうのもすごいな」
 外から見るのも中に入れるのもすごい。黒の双眸を輝かせるルヴィル。
「夢を叶えた感じがする」
「ほんまやねぇ……何でもやってみたらできるんやねぇ」
 お菓子の家は、大工さんが作ったのだろうか? パーツ毎に組立てたのだろうか?
「入れるサイズのお菓子の家っててすごいねえ」
 保もダリアも感心しきりだ。
「こないな大きいクッキー、焼いてみたいなぁ」
「あ、ランプの傘はゼリーで飾られてる。日本なら飴細工かな」
 お国柄が興味深い。
「齧ってもいいよって言われてる、けど……」
 逡巡するダリアの視線の先には、既にもぐもぐと窓枠を齧っているルヴィルと保。
「あ、えと。お菓子の味もお国柄かなって」
「あはは、やっぱり日本と味が違う?」
「……ヒールは任せとって!」
 悪びれずパクついているルヴィルと、恥ずかしそうに窓枠をヒールする保は対照的だ。
「ほらほら、ちゃんと食べるならマーケットに行こう」
「いこういこう~(もぐもぐ)折角来たんだし、沢山お菓子買いたいよな~」
「うん、マーケットのお菓子、食べ比べしよう」
 こっくり肯く保。ルヴィルはいつも通りの食欲だけど、ダリアにもドイツの、地球のお菓子を一杯食べておいて欲しい。
「そうだね。日持ちしそうなもの、買って持って行こうっと」
 一杯話して、一杯はしゃごう。マキナクロスが旅立つ時まで。

 もぐもぐもぐもぐ――。
「夢のような光景とはよくある言い回しじゃけど、どうやら夢ではないようじゃの」
 早速、お菓子の家の柱に齧り付いた端境・括は、何食わぬ顔でヒールを施す。
(「腹拵え……もとい、現の確認が済んだら撮影に勤しむのじゃよ」)
 菓子屑を拭い、取り出したのはポラロイドカメラ。
「わあ、童話の世界に迷い込んだようですネ」
 首を巡らせるのも束の間、エトヴァ・ヒンメルブラウエは好奇心に駆られてレープクーヘンの扉に手を伸ばす。
 パキッ! モグモグ――。
「うん、美味しイ。ふふ、ついつい手が伸びますネ」
(「童心こぼれるエトヴァの笑顔、ここじゃ!」)
 すかさず、青年の悪戯な笑顔を写真に収める括。
 一方、紺崎・英賀は窓際で小首を傾げている。
(「窓ガラスとか、透明の部分はどうなっているんだ……?」)
 食べてみれば判るけど、触れるのにも勇気がいる。
「……よし」
 取り出したるは、愛用のナイフ。綺麗に丸く窓ガラスをくり抜いて。
「あ、飴なんだ」
 パリンと、口の中で割れ溶ける甘さ。まるでピッキングする悪い子になった気分で、英賀は急いでヒールを施す。
「……何か、犯行の証拠写真みたいじゃけど、これも思い出じゃな。うむ」
「なんという決定的瞬間ヲ」
「!? 知らない人が見たら誤解されるだろ、データ消して!」
 慌てる英賀に、噴き出すエトヴァ。生憎、激写はポラロイド写真。括はしれっと、方々を撮っては写真をプレゼントして回る。
「今日の1枚が、未来を拓く支えになりますように」
「ククルも笑って」
「なら、お菓子を一口齧りながら……あ、これおいしい」
 あとちょっとだけと、釣り下げ看板をもぐーっと食い付く括。
「看板に釣られる熊……?」
「うん、いい笑顔デス」
 面白写真も微笑ましく、エトヴァもシャッターを押す。
 楽しく美味しいひと時の後、エトヴァがカフェで求めたのはグリューワイン。赤ワインに香辛料とシロップを加えた温ワインだ。
「蘆原に残るわしらから、旅立つ皆に幸多かれと祈りを込めて……乾杯! なのじゃ!」
「わーい、メリークリスマス!」
「良き友達の道行きに幸いアレ」
 もうすぐ旅立つ仲間と、いつまでも変わらぬ平和に、乾杯――。

「実際入れるヘクセンハウスなんて、わくわくしちゃうね」
「町全体が甘い香りで、歩いてるだけで幸せやね!」
 足取り軽いヴィ・セルリアンブルーと香坂・雪斗。
「シュネーバル? 食べたい!」
 『雪玉』を意味する揚げ菓子は丸めたクッキー生地がサクサク、粉砂糖が程よい甘さ。
「この家のお菓子も、食べてええんかな?」
 ヘクセンハウスの飾りを摘まむ2人。ドイツのグミは色鮮やかだ。
「そういえば、お出かけの時はいつも何か食べているね」
「美味しいとか幸せとか、共有できるからかな?」
 一緒だと何でもおいしくて。幸せで。好きな人と一緒だからかもしれない。
 湯気立つグリューワインのカップを抱えて、空を見る。
「……ヴィくんは、地球でよかったん?」
(「……ああ、そっか」)
 元ダモクレスのヴィの故郷は、マキナクロス。旅立ちに幸あれとは思うけれど。
「俺は雪斗のそばにいたい。この星の『人』になれて、本当に良かったと思う」
 これからもずっと傍に――雪斗は彼の手をぎゅっと握る。
 これからの日々も共に。2人の願いはそれだけ。

「わぁ! 絵本のお菓子のお家そっくりです!」
 『龍髭学園 番犬部』は9名もの大所帯。外宇宙へ旅立つ仁江・かりんの送別会だ。
「お菓子の家どころかお菓子の町! こんな光景を見られるなんて!」
 霧山・和希の頬が紅潮している。
「お菓子の町、クリスマスにとっても合ってると思います」
 物珍しげな中条・竜矢。水瀬・和奏も水瀬・翼も、お菓子の町並みに吃驚眼だ。
「壁も屋根もお菓子……本当にお伽話から飛び出してきたようですね」
「すげー……マジで? もう絵本の世界じゃん」
「子供の頃はお菓子の家を夢見たものですけど……人生何があるかわからないものですー」
 朱藤・環はしみじみと呟いている。
「人が入れるサイズなんて、本当に世界は広いね」
 アンセルム・ビドーの言う通り、地球には珍しくて面白いものが、まだまだ溢れている。
「わあ、すっごいですね。食べられないのは残念ですが、皆で来るには良い場所かもです」
「あまい、たくさん、どれ、たべる……これ、たべる、だめ、なの?」
 エルム・ウィスタリアの言葉に、ちょっとしょんぼりとレープクーヘンの壁を見上げるアリシア・マクリントック。
「だめですよ、アリシア。食べたら絵本みたいに魔女に捕まっちゃうかもです!」
「え? この家、食べられるんですよね」
 竜矢の言葉に俄然色めき立つ何人か。
「折角の思い出作り、皆で色々食べましょー!」
 早速、環は窓枠のチョコレートに齧り付く。
「ふふ、美味しいです」
 屋根瓦代わりのバームクーヘンに舌鼓を打つ竜矢。
「齧ってみたい……けど、カロリーが……」
「そこでいきなり現実に戻るなよ。一口くらいなら大丈夫だろ」
「そ、そうよね、一口ぐらいなら……」
 カロリーとの鬩ぎ合いに負けて、グミの飾りに手を伸ばす和奏。
「だからって齧っていいとは言ってないけどな」
「~~!!」
 明らかに、翼は片割れ弄りを愉しんでいる。
「私、大人。我を忘れてませんよ、ホントだよ?」
 欠けた窓枠をヒールする環は、すこぶる棒読みだ。
 そんなこんなでお菓子の町を堪能して、一行はマーケットに向かう。
(「飲み物も欲しいし、もう少し色々食べたいな……誰か買わないかな」)
 両腕にお菓子を抱えながら、アンセルムは期待の眼差し。
「お気軽にどうぞ」
 グミやマジパン、チョコレート、和希は小粒の菓子をシェアして回る。
「あのね、あのね」
 おずおずと、仲間達を見回すかりん。
「かりん、みんなとおてて繋ぎたいです」
 離れ離れでも、寂しくならないように。皆からのあったかい気持ちを、ずっと覚えていられるように。
「はい、手を繋ぎましょう。また会えるように願って」
「そうですね、仁江さんが寂しくならないように。私たちの1番の餞別です」
「次に会えるのは暫く先みたいですし、しっかり手の温もりも覚えておかないと」
「今日はたくさん思い出を作ろう。まだまだたくさん時間はあるからね」
「ええ、時間が許す限り一緒にいます。楽しい思い出を沢山持っていけますように」
「じゃあ、繋ごうか。手」
 誰にも否やはない。数珠繋ぎの最後に翼が右手を差し出す。
(「少しでも寂しくならないなら幾らでも」)
 賑やかな思い出を、エルムはカメラに収めている。
(「離れても又いつか、こうして集まれますように」)
「あ、どうしましょう。出発までに現像……かりんさん、帰ってきたら取りに来てくださいね」
 彼女の手を取って、エルムは少女の円らな瞳を覗く。
「正義の味方、頑張って」
「体に気をつけて宇宙でのヒーロー活動、頑張って下さい! 次に会える日を楽しみにしてますよー?」
「うちゅー、すごい、とおい、だけど、おかーさん、ちがう、また、あう、はなす、できる、だから、さみしい、ない……」
 快活な環に続き、アリシアは健気に……ホントは、離れ離れはさみしい。
「皆と学園で出会って、自分の中のあやふやだったものが分かった気がするんです」
 だから、学園を守っていきたいと竜矢が言えば、アンセルムも頷いて。
「ボクも、宇宙の人を助ける正義のヒーローが帰ってくる場所を守る担当。かりんが大きくなったら、皆で飲みに行くって約束もしたからね」
「誰かの為に頑張る人がいるのなら、その人達が帰る場所を守るのが私達の仕事です。いつ帰って来ても大丈夫にしておきますから」
「ああ、こっちはこっちで頑張るから」
 その時まで、どうか元気で。和奏と翼の声は優しい。
「……アリシア、かぞく、ない、いぬ、いっしょ、すむ、してる。いっぱい、いっしょ、して、いつか、おおきい、むれ、つくる!」
 さみしいを誤魔化すように、アリシアは声を張る。
「僕、皆さんに出会えてよかったです」
 お別れの時に幸せだと言い切れるのはとても素敵な事だ。
「だから、かりんさん、宇宙に行ってもどうかお元気で。『また会いましょう』」
「ええ、かりんさんの活躍を願うと共に、いつか帰って来られる日をお待ちしています」
 エルムに続いて、和希がしんみりするのも束の間。竜矢はいっそ明るく断言する。
「ケルベロスなんですから。きっと宇宙から連絡出来るようになりますよ」
 あらゆる無理を突破してきたのが、ケルベロスなのだから。
「みんなで頑張って、地球は平和になりました。でも、宇宙にまだまだ困っている人達がいるのでしたら……ぼく、いってきます」
 かりんは旅立ちの決意を口にする。
「もちろん、みんなが困っていたら、すごく遠くたって必ず駆けつけますよ」
 だって、かりんはせいぎのみかたで、ともだちのみかたなのだから!

●甘やかな婚礼
「いやあ、絵本のようで壮観だ」
 普段使いのコートを着込んで、お菓子の町を散策する櫟・千梨。
「うん! 本当に物語の世界みたいだ!」
 勢い良く肯いた鬼飼・ラグナのダウンコートの下は、実はおめかしワンピース。千梨と歩くのは嬉しいけれど、浮かれていると思われたくない乙女心だ。
「ラグナは食いしん坊だからなぁ。町を食べ尽くすなよ」
「た、確かに俺は食いしん坊だが、恋人を怪獣みたいに言うとは失礼だぞ!」
 絵本もお菓子も好きなラグナが喜んでいれば、嬉しい。そんな本音を隠した千梨の軽口に、菓子を摘まむ手を慌てて後ろ手にして、抗議するラグナ。
「……ああ、こっちこっち」
 その後ろ手を取って、千梨が足を向けたのは町の中央。
「え、ここって」
 お菓子で飾り付けられた愛らしい教会を前に、ラグナは思わず橙の瞳を瞬く。
「危険な依頼に赴く時、暴走で己を失った時。俺は沢山、ラグナを心配させたな」
 愛しい彼女と向き合う千梨。
「デウスエクスの幸福も願うなら、宇宙に行くべきか……そう悩んだ時も、一緒に悩んでくれて有難う。答え、ちゃんと言うな」
 片膝を突き、ラグナを真っ直ぐに見上げる。
「俺はやはり地球で皆と……ラグナと生きたい。特別な日も、気取らぬ日常も、ずっと共に過ごしたい」
「千梨……」
「もう少し未来で良いから、俺と結婚して欲しいな」
 自分には、まだまだ縁遠いと思っていた――だからこそ、物語のようなプロポーズに、勝気な少女ははにかむ。
「……俺、千梨に何度救われたかわからないよ」
 ラグナが戦えなくなった時も、受け止めてくれた。だから今、彼の隣で笑っていられるのだ。
「俺も、千梨と一緒に生きていきたい」
 祝福の鐘が鳴る。万感の思い込めて青年は彼女を抱き締め、口付ける。
「有難う、ラグナ」
「千梨、ずーっとずっと、大好きだよ」

「えーっと、なんか、王様になるっぽいけど。ぼ、僕できるの?」
 婚礼の直前、風陽射・錆次郎の小声に、笑顔で肯くユッフィー・ヨルムンド。
 地底ドワーフの小国の王女であるユッフィーは、ケルベロスから夫を選び次代の国王とせよ、と女王たる母から命じられて戦列に加わった。
 彼女が求めたのは、武勇でなく人柄――現場の苦労をよく知り、日本のオタク文化に造詣が深く、何より懐の深い錆次郎の手を取った。
(「……うん、呑気に手に汗握ってる場合じゃなくなったのは、よく理解できたよ」)
 ユッフィーより随分年上の錆次郎だ。彼女を迎える表情は落ち着いて見えて、その実、ガッチガチに緊張している。
「わたくしは、この方を夫とし、病めるときも健やかなるときも愛し、支え合うことを誓います」
 ――愛は寛容であり、親切であり、妬まない。怒らず、感謝を常に忘れない。
(「い、いよいよ……」)
 誓いのキスの段になって、錆次郎はレプリカント通り越してロボットのようにギクシャクと。
「この後、故郷でも改めて挙式しますのに」
「え、式、もう1度、この式やるの?」
 それはもう、もっともっと盛大に。
「そして、伝説に?」
(「……伝説とか、手に汗、握っちゃうんだけどぉぉぉ!?」)
 ビキリと固まった錆次郎の袖を引き、ユッフィーは精一杯背伸びする。そっと目を伏せて唇を寄せた。

 5年前――聖夜に結婚したリューディガー・ヴァルトラウテとチェレスタ・ロスヴァイセ。
「ハロウィンの時に式を挙げたばかりだけど……いいの。嬉しい思い出は、沢山積み上げてゆきたいのですもの」
「ああ、嬉しい思い出は今までも、そしてこれからも……俺たちの子供と共に、家族で作っていこう」
 平和になった世界、童話のような愛らしいチャペルで、2人は改めて愛を誓う。
「寒くないか。体に障るといけない」
「ありがとう、大丈夫。あなたがいればとても温かいもの」
 身重の妻を気遣うリューディガー。安定期に入り少し目立ち始めたお腹に触れ、チェレスタは唇を綻ばせる。
「この子も、聖夜の祝福の鐘を聞いているかしら」
 見上げれば、星月夜。共に戦った仲間達には、あの星空の向こうへ旅立つ者もいる。
「彼らの未来にも、幸多からん事を」
 いつか、2人の子孫が、帰還した同志達を迎える日を願って。
「この子には希望に満ちた未来を見せてあげたいわ」
「平和な世の中を築いていこう」
 皆で笑い合って暮らせる世界を夢見て――。

●旅立ちの時
 外宇宙へ旅立つという地留・夏雪を、見送るのはセレネテアル・アノン。
「お菓子の町、セレネお姉さんらしいです……!」
「私達らしく、最後まで楽しみますよ~」
 お菓子の家の中でドイツの菓子を味わい、お喋りを楽しむ。
「家族の様に親身に接してくれた皆さんと、お別れするのはやっぱり……」
 ふと覚える寂しさに、夏雪の表情が曇るのも束の間。
「でも、地球の皆さんには新しい出会いや発見の大切さを教えてもらったのです……!」
 不安や困難を乗り越えて、新しい世界を探求しに行くのだ!
「うんうん、頑張って自分を磨いてきた夏くんなら、絶対大丈夫です~!」
 セレネテアルも太鼓判を押す。
「胸を張って、チャレンジしてきてくださいね~!」
「僕は逞しい一人前の男です……! 家の皆さんとは離れますが、一人でもきっと立派に――」
 鼻の奥がツンとしたけれど、力説する夏雪。
「更に逞しくなる夏くんを楽しみにしてますっ。それに……あっ!」
「……ど、どうしました……?」
 怪訝そうに小首を傾げるヴァルキュリアの少年に、オラトリオのお姉さんは満面の笑みを浮かべる。
(「あの万年引き籠りさんが、夏くんについていこうとこっそり準備しているなんて……知ったらびっくりするでしょうね~」)
 旅は道連れ、それは外宇宙への旅路だって、きっと同じ。

 バウムシュトリーツェルはさっくりもちもち。本場のシュトレンの食べ比べもしたくて、マーケット巡りして幾つも買った。
「おばさま、こんにちは!」
「ごきげんよう、ひさぎさん」
 たっぷりと買い込んでお菓子の町へ向えば、グミを飾った街灯の下、赤いショールを纏った老淑女が佇んでいた。
「ほんとに全部お菓子なんだ」
 はしゃいだ声を上げる小車・ひさぎ。
「今日は、ヘンゼルとグレーテルが沢山ね」
 よくよく見れば、壁のレープクーヘンが齧られていたり、キャンディの飾りが欠けていたり。誰もが童心に返るお菓子の町は、修復する方も大忙し。
 ウタを口ずさんで看板をヒールした貴峯・梓織は、大きな紙袋を抱えるひさぎの様子に相好を崩す。
「ひさぎさんも、楽しんでいらっしゃるのね」
 そうして、お菓子の家でお茶の時間。温かな飲み物と甘いお菓子を楽しんで。お喋りも取り留めなく。
「おばさま、あのね……」
 だけど、今日は……居住まいを正し、ひさぎはそっと打ち明ける。
「……うちね、宇宙へ行くの」
「まあ……旦那様も御一緒に?」
「ううん、一人で行くの。わがまま、聞いて貰いました」
 旅立つ事は、ずっと前から決めていた。その行き先が、少し遠くなっただけ――そう、笑って言いたかったのに。
「…………っ」
 涙が溢れて、言葉に詰まる。
「……そう」
 顔を拭おうとしたひさぎを押し留め、ハンケチでそっと差し出した梓織は、穏やかに赤錆びた瞳を細める。
「旅が、あなたのウタ、なのね。ずっとずっと、あなたのウタが、響きますように……わたくしは此処から、耳を澄ませているわ」
 親しい若者の旅立ちは、寂しくないと言えば嘘だろう。梓織はきっと見送る者で。やがて迎える者になれれば嬉しいと、想う。
 だから、彼女は微笑んで門出を寿ぐ。
「ごきげんよう、ひさぎさん。いつか、また」
「おばさま、ありがとう。ずっと元気でいてね」

 シュペクラティウスは、ドイツで伝統的なクリスマスの焼き菓子。スパイスの利いた薄い型抜きクッキーをお供に、エステル・ティエストはコーヒーを啜る。
(「父母に姉は、どうしているのかな」)
 カフェの窓から北の空を見る。エステルの出身は、デンマークのフュン島。此処からは、そう遠くはない。
 だが、会えば気持ちが薄れるから。エステルはこのままマキナクロスへ向かう。
 敵は全員殺す――強い殺意と共に駆け抜けた青春だった。そして見事、復讐を成し遂げた。
(「デウスエクスはどちらも殺す、そう緋紗雨に言われた日も今は遠い……」)
 一時は、生きる目的を見失った。だけど、やりたい事は与えられるものじゃなく、見つけるものと思うから。これからは、外宇宙より地球を護ろう。
「決意の牙で侵略者を砕き、地球の皆を守る。その役目こそ、私にとっての『ケルベロス』なのですから」
 また心ごと吼える日が来ると信じて。
「さあ、やりましょう!」

(「美味しいお菓子もクリスマスの醍醐味! だよね!」)
 お菓子の家を食べたり、ヒールしたり。炬燵・つむりは、ウイングキャットのまるくと『お菓子の町』を存分に楽しんだ。
 ――今は、万能戦艦ケルベロスブレイドで、月軌道まで来ている。
 どちらにするか、かなり迷ったけれど。つむりは、地球に残る事にした。
 2つの改造スマホには、ソシャゲとか猫動画とか、まるくの写真とか……地球には、つむりに必要なものが沢山あって。離れられないと、実感した。
 はじめましての人の方が多いけれど、せめて手を振って見送る位なら……。
「いってらっしゃーい! 外宇宙を楽しんで……いつの日か地球に戻ってこれますように!」
 つむりの朗らかな言葉は、きっと見送りに来た者達を代弁している。

「出発を見送れる事、嬉しく思うよ」
 カロン・レインズとリリス・アスティは、九田葉・礼との別れを惜しむ。
「フェデリーグ様にも、ご挨拶できれば良かったのですが」
 『地球を愛さないデウスエクス』であるエインヘリアルの騎士は、静かに出発の刻を待っている。
「貴女が居なくなると、何だか寂しくなりますわ」
 リリスと礼は、親しかった。少なくともリリスはそう思っている。可愛い後輩が嬉しかった。
「でも、幸せの門出だから祝福しないといけませんわね」
「礼さん、漸く故郷に帰れるんだ」
 幸せの門出は、未知なる旅路でもある。
(「フェデリークさん、礼さんを宜しくお願いします」)
 内心で呼び掛けるカロン。礼を守って欲しいと願うばかり。
「リリスさんもカロンさんも、短い間でしたが何度も戦いで助けられました」
 色々な人達のお陰で、礼はフェデリーグ・カスティルと帰れるのだ。
「エインへリアルを選定してきた者として、アスガルド復興に尽くします」
 勿論、地球は第二の故郷だし、プラブータも大切。自身の寿命が尽きても、帰還は他の誰かに託したいと考えている。
「生活基盤が落ち着いたら……服飾や工芸関係の仕事をしたいです。アスガルドの女性が手軽に着て、自信を持って貰える物を作りたいです」
「心から応援しています。わたくしも、音楽家としてもっと精進致しますわ」
「僕達も、未来を良くしていくから、楽しみにね」
 『未来』を語れる幸福を噛み締め、3人は時間ぎりぎりまで語り合う。
 ――出立は目前。
「フェデリーク?」
 マキナクロスの個室を覗いた礼は、うたた寝するエインヘリアルを見る。
 窓の向こうに、月軌道上に浮かぶ万能戦艦ケルベロスブレイドが見えた。
「……定刻か」
 戦士の習い性か、礼の気配に徐に身を起こす。
「起こしてしまいました」
「今回が初めてじゃないからな」
 プラブータでコギトエルゴスム化した彼を、旅立ちに誘ったのは礼だ。『愛さない』と断じた彼は、ケルベロスとの別れの挨拶も辞退した。その頑なさは彼らしくもあり……プラブータで眠り続けたかったのでは、と礼を不安にさせる。
「あの……」
「またアスガルドに戻れるとは……まあ、警備と力仕事位なら、俺でも出来るだろう」
「え!?」

 ――斯くて、マキナクロスは旅立つ。其れは、希望に充ちた未来への門出である。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:37人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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