外宇宙への出航~天と地がつながる場所で永久に愛を

作者:そうすけ


 アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利して半年。
 新型ピラーの開発が成功し、ダモクレス本星マキナクロスのケルベロス居住区も完成。すぐに生活できる状態になっているという。
 それは、つまり――。
 マキナクロスに降伏したデウスエクスとケルベロスの希望者を乗せて、外宇宙に進出する準備がいよいよ整ったということだ。
 金に縁取られた赤と緑の招待状を配りながら、ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)は微笑む。
「最後に一つ。旅立ちに必要なものがあるんだ。それはみんなの祈りと幸せ……マキナクロスの出航に必要な膨大なエネルギーを、『クリスマスの魔力』で賄うということ」
 クリスマスの魔力を利用する事で、竜業合体のように光速を超える移動が可能になるのだという。
「というわけで、みんな、クリスマスのイベントに参加してね」
 ゼノが配った招待状を開くと、『天と地がつながる場所~ウユニ塩湖でウエディング』というタイトルの下にクリスマスイベントの詳細が記されていた。

 (1)リャマとアルパカとビクーニャと。
 ウユニ塩湖畔に放牧もされているリャマとアルパカとビクーニャを捕まえて、毛刈りのお手伝いをしよう。
 刈った毛で帽子や手袋を作れるよ。
 (2)ソルトキューブを彫る。
 10センチ四方の真っ白なウユニ塩の塊を彫って、お土産を作ろう。
 ちなみに現地では、塩のアルパカとかが売られているよ。
 (3)クリスマスサボテンにメッセージを。
 電飾されたサボテン(いっぱいあるよ)にクリスマスメッセージを飾ろう。
 家族、友人、恋人……外宇宙に旅立つ人々に向けたもの等々。
 (4)ウユニ塩湖でウエディング。
 12月は雨季。天空の鏡の上で誓いのキスを。
 朝、昼、夕方、夜。式を挙げる時間を指定してね。
 クリスマスツリーとソリの小道具アリ。
 ※誓いのキスの前にダーズンローズセレモニーを行います。

 ダーズンローズ(dozen rose)とは1ダース(12本)のバラのことだ。
 1本ずつそれぞれ、「感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠」という意味をもっている。
 新郎が12本のバラのブーケを「これらすべてをあなたに誓います」、といって新婦に差し出し、新婦はその返事としてブーケの中から1輪のバラを抜きとって新郎の胸に挿す。

「本当は新郎が友人や家族の間を回って一本ずつ受け取ったバラを束ねてブーケにするんだけどね。海外での挙式だし……最初からブーケにしたものを新婦に渡してもらうよ」
 もちろん、友だち同士グループで参加であれば事前にバラを配っておいて、参列者からバラを集めて束ねる演出も可能だ。
 事前に渡すバラにはそれぞれ、「感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠」のタグをつけて渡しておくといい。
 例えば、母親には「感謝」のバラを、父親には「尊敬」のバラを渡しておけば、照れくさくて言葉にできない気持ちを伝えることもできる。
「人数が足りなければボクもお手伝いするよ。あ、そうだ。新婦も、新郎にお返しするバラを何にするか考えてみて」
 貴方と結ばれて「幸福」です。あるいは、貴方に「誠実」であります。それとも、貴方に「栄光」あれ?

 (5)最後の別れ。
 最後にみんなで、『出航するマキナクロスで別れを惜しみ』、『最後に、万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道までお見送り』するよ。

「これが最後……マキナクロスに乗った人たちとは、もう二度と会う事ができなくなるかもしれない。だから後悔の無いよう、別れを惜しんで欲しいな」


■リプレイ


 夜明け前。
 甲斐・ツカサ(冒険家・e23289)は、雨水が薄く張るウユニ塩湖へ向かった。
 真っ暗な世界で天文薄明の細い光が天と湖面を隔てている。
 湖面に浮かべられた小さなキャンドルライトが道を作り、その道の先でゼノが待っていた。
「10本のバラと、ボクから『希望』のバラを、セルベリアからは『誠実』のバラの花を贈るね」
 二人の未来が『希望』にあふれ、『誠実』な家庭が築かれますように。
「ありがとう。セルベリアは?」
 肩の後ろへ抜けていったゼノの視線を追いかけると――。
 ウェディングドレスを纏う新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)がセルベリアに付き添われ、キャンドルライトのバージンロードを歩いてきた。
 立ち上がり柄のレースをスカート裾と身頃に配した純白のドレスが、朝をほのめかす地平線の白い光に当たってキラキラと光る。黒いグログランベルトを留めるのはライラックのコサージュだ。
 ツカサは感動に震えながら、瑠璃音にブーケを差し出した。
「いつか行ってみたいと思っていた場所が、地球での最後の思い出の場所になるなんてね」
 はにかみながらブーケを受け取った瑠璃音は、『永遠』と名付けられたバラを一輪抜きとりツカサに手渡した。
 ためらいがちに射してきた朝日が世界を黄金色に染めて、唇を重ね合わせるふたりをシルエットにする。
 そっと唇を離した、ふたりは刻々と変化する空をみあげた。
「私たちはいつか老いるでしょう。でも想いは引き継がれ、途切れることなく流れていきます……それこそが永遠。巡る銀河のように」
 瑠璃音はツカサが取った手をぎゅっと握り返す。
「旦那様、旅に出かけましょう」

 塩湖から30分ほど離れたウユニの街で、カフェコンレーチェとトマトと卵が入ったハムサンドを食べたリリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)とルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)の二人は、バスに乗ってアルパカとリャマとビクーニャが放牧されている平原に来た。
 現地サポーターのおばちゃんが、二人に見た目も持った感じもめちゃんこ硬派なバリカンを渡す。
 動かすと、振動も硬派だった。
 ルーシィドは動物たちを傷つけてしまわないか、と心配する。
(丸刈りは危険ですわね。五分刈りにしておきましょう、朝晩はとても冷えますし)
 そんなルーシィドの心も知らず、おばちゃんはニッコリ笑ってのんびり草をはむモフモフを指さした。
 はよ刈れ、ということか。
 リリエッタはニヤリとして、おばちゃんに親指を立てた。
「よーし、ルー。始めるよー」
 天空の鏡と呼ばれるウユニ塩湖をじっくり鑑賞するのは、寮のみんなへ送るモノを編んでからだ。
「むぅ、これがアルパカ? えっ、こっちはリャマで、じゃあこっちはビクーニャ? 難しいね」
 素人がぱっと見で区別するのは難しい。
 とりあえず、白い毛の子を捕まえに行く。多分、アルパカ。模様になる黒と茶色の毛は少なくても大丈夫。
 一度になるべくたくさんの毛を刈りたいので、リリエッタは大きな体のモフモフを選んで近づいた。
「あ、リリちゃん。それはリャマですわ――!!」
 ルーシィドの警告はちょっぴり遅かった。
 リャマは機嫌が悪いとツバを吐きかけるのだ。
「ぎぃやぁぁぁー」
 青空にリリエッタの悲鳴がこだました。

 セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)は、地元の子どもたちに囲まれ、代わる代わる手を引かれながら、サボテンだらけのインカワシ島の坂道を上がる。
 雨季は湖の水位が上がって渡れないことが多いのだが、これまでに降った雨が少なかったのだろうか。すんなり島に上陸できた。
 おかげで、天空の鏡と真っ白な大地の両方を堪能できるのが嬉しい。
 島で一番高い所にあがると、クリスマスの飾りつけをされたサボテンの前に連れて行かれた。
「みんなで飾りつけしてくれたっすか。感激っす!」
 セットはちょっと悩んでから、LEDライトを曲げて作った光る文字でメッセージを作ることにした。
『メリークリスマス、他の星にプレゼントを配るサンタさんになってくださいっす!』
 出来上がったメッセージを、子供たちと一緒に和気あいあいとサボテンに吊るす。
「夜になったらピカピカ光って、宇宙にまでメッセージが届くっすよ」

 水平線まで続く広大な天空の鏡。白い雲も青空もクリスマスツリーも、すべてが湖面に映し出されている。
 白のタキシードを決めたレッヘルン・ドク(診察から棺桶まで・e43326)は、塩湖に浮かべられたクリスマスツリーの横で12本のバラの花束を手に、最愛の妻、愛篠・桃恵(愛しの投影・e27956)を待っていた。
 桃恵と結婚式をあげるのはこれで二度目。やがて生まれてくるふたりの赤ちゃんを祝福し、改めて『誓い』をたてることにしたのだ。
「来たよ」、と神父兼カメラマンのゼノが東を指刺す。
 トナカイの角をつけたナノナノの『ナノミン』がひく……ようにみえるが自走式のソリに乗って、ウェディングドレス姿の桃恵がやって来た。
 まるで空を飛んできたかのようだ。
 レッヘルンは、ソリから降りる桃恵の手を取ってエスコートした。
 クリスマスツリーの前で、夫として、そして父として、新たに誓いを立てる。
「永遠に桃恵を愛し、家族を愛する。その誓いを今ここに立てます」
 バラの花束を手渡し、そっと、優しい手つきで大きなお腹を愛でる。
「お腹膨れたウェディングドレスだとできちゃった婚ぽいね♪」
 ずっと待ち望んで、ようやく授かったふたりの命。
 軽口をいう桃恵の顔は聖母そのものだ。
「私は夫を永遠に愛し、子供を永遠に慈しむと誓います」
 花束から一輪のバラを抜きだして、夫の胸に刺した。
 もうすぐママになる妻からもうすぐパパになる夫へ。捧げるのは『愛情』のバラ。


 土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)とクリスタ・ステラニクス(眠りの園の氷巫女・e79279)は、現地サポーターの車でコルチャニ村に来ていた。
 鮮やかな色使いの織物、インカの幾何学模様のセーター、カラフルな布が翻るメインストーリーをぶらりと歩き、塩の精製所へ向かう。
 おじいさんから真っ白な塩のキューブを受け取り、青空の下に出された塩のテーブルについた。椅子も塩だ。
 テーブルには色鮮やかなランチマットが敷かれ、その上に彫刻用のノミやナイフが置かれている。
「ちょっと暑くなってきたね」
「日焼けしちゃいそうですね。お日様が真上に来る前に彫っちゃいましょー」
 このあとは村の近くにあるという列車の墓場を見に行く予定だ。
 と、その前に塩湖を見なければ。
「竜さんは何を作りますか?」
「うーん、そうだね……ハロウィンの仮装のお姫様姿を作ってみようかな」
「じゃあ、私も。ハロウィンの時に竜さんが仮装した騎士様姿を。頑張りますー」
 立体像を作るのはいつの日以来のことか。ふたりとも中学生、もしかしたら小学生のころ以来かもしれない。
 黒ペンで大まかにラインを取ると、竜は早速、塩キューブにノミを入れた。
 ――ゴッ。
(わ、わわっ! あぶなかった。砕いちゃうところだった)
 ――ガリ、ガリ、ガリ。
(あれー? 気になるところを直していたら、どんどん小さく……)
 こんな調子で出来上がったものは、予想したものとは違ってしまったけれど、それはそれで味わいがある。
「ごめん」、と申し訳なさそうに差し出された塩の姫人形を、クリスタは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう。私の作ったものはこんな感じになっちゃいましたけど……怒らないでくださいねー」
 竜も笑顔で、「ありがとう」といいながら、デフォルメチックな塩の騎士人形を受け取った。

 村崎・優(黄昏色の牙・e61387)は大きなモフモフを避け、小さなモフモフ(アルパカ)の毛を刈っていた。
 優は本能で避けていたが、大きなモフモフはリャマだ。機嫌が悪いとやたらツバを飛ばす悪癖があるらしい。
 ビクーニャは放牧されている頭数が少ないのか、優の周りにはいない。もっとも、いたところで他の二種と見分けがつかないだろう。
「いい子だ。もう少しで終わるよ」
 ふと目をあげる。
 青い空を写す鏡張りの湖面を数頭のモフモフたちが歩いていた。白い雲と地上の白いモフモフが、ゆっくりゆっくり、一緒に動いている。
 とても不思議な光景だ。
 毛を刈り終わったアルパカを解き放ち、腰を伸ばす。
(なんてきれいなんだ。ここが僕の故郷、地球……)
 じんわりと、胸に熱いものがこみ上げてきたその時、ドドドドという地響きの音が後ろから迫ってきた。

 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)はバリカンを掲げて、他よりもスリムな体型のモフモフを追いかけていた。
 動物の友の効果をフル活用し、なでなでモフモフするところまでは上手くいっていたのだが――。
「それでは失敬!」
 バリカンのスイッチを入れた途端、モフモフがものすごい勢いで走り出したのだ。
 前方に優がいることに気づき、ミリムは声をあげた。
「危なーい! 避けてー」
 間一髪、優はスリムなモフモフ(ビクーニャ)の頭突きを交わし、首に腕を回して取り押さえた。
 ミリムは追いつくと同時に、「大丈夫……怖くなーいよ? はい、お友達ー♪」といいながら柔らかい毛に手を滑らせた。
「僕がこのまま押さえているよ」
「ありがとうございます。それでは失敬! 少し急いでいますので!」
 ミリムは急いで毛を刈り取った。
 そのあとも優に手伝ってもらい、毛を紡いで毛糸にしていく。時々、双眼鏡でセルベリアを探しては、観察しながら。
(いっしょに首に巻いてもらえるように……。どんどん、毛を刈るぞー)


 花嫁の到着を待つ間、ゼノはダーズンローズを淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)に渡した。
「11本のバラに、『信頼』のバラを加えてキミに託すよ。セルベリアを幸せにしてあげてね」
 二つの太陽が地平線で再び一つになろうとしていた。
 ミリムに付き添われてやって来たセルベリアは、たっぷりフレアをとりエレガントに広がるチュールスカートに、花柄刺繍モチーフと小花を散りばめたフラワードレスを着ていた。
 空が燃えたつような鮮やかなオレンジ色になり、地平線の上の青みがかったピンク色の雲の帯が、湖面に写り込んで巣に帰る鳥の翼のように広がって見えた。
「僕と、家族になって欲しい」
 死狼にプロポーズされたセルベリアの胸の鼓動はよりいっそう高まった。彼からバラの花束を受け取った瞬間、感極まって涙が溢れそうになる。
 目の端に溜まった涙が、夕陽を受けて金色に光った。
「……はい」
 セルベリアは花束から『真実』のバラを抜きとり、死狼の胸にさした。
 言葉を交わし合うことよりも瞳で語り合い、互いの心が深く通じ合っていることを実感する。
 ミリムが讃美歌を歌い、司祭役のゼノの導きにより黄金の輪の中で誓いのキスを交わす。
 死狼はセルベリアを抱きしめた。
「争いのない日々の始まりに、僕たちが守った青い空を忘れないために――」
「これからもふたりで地球を守り続けて行こう」


 ピシっとスーツを決めた峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)だったが、顔は緩みっぱなしだ。さっき花婿から預かったバラのタグを見ては、ニヤニヤしている。
「信頼、情熱、永遠、愛情、ねぇ……。野郎で分担するから仕方ないけどよ」
 雅也の横で、ゴーグルもサングラスも外したヒスイ・ペスカトール(邪をうつ・e17676)もちょっと照れくさそうにしている。
 手に持つのは「尊敬・誠実・感謝・希望」というタグがつけられたバラだ。
「まァ、こういうイベントだし?」
 桔梗谷・楓(オラトリオの二十四歳児・e35187)も渡されたバラにつけられたタグを見た。
「俺が師匠から貰ったのは真実・努力・栄光・幸福……か。あれ、見てたらなんか目からジワジワ汗が……」
「いま泣くなよ」、と雅也。
「これは汗だ」
 そうだな、汗だな。そう楓をフォローするヒスイもまた、目が潤みかけている。
「しっかし、宝と奈津美が結婚するとは、旅団が出来た頃のオレに言っても信じねェだろうな」
 うるせーと笑い声をあげたのは本日の主役の一人、花婿の月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)だ。
「ともかく、三人とも来てくれてありがとう。そういえば、お前達は身を固めないのか?」
 三人が一斉に明後日の方向に顔を向ける。
「お、誰か来たようだ」
 ワザとらしく言って、雅也がドアを開けにいく。
 ――と、本当に司祭役のゼノが来ていた。
「式場の準備ができたよ」

 身体に美しく沿ったライン、背中をざっくりとあけたセンシュアルなカッティングを繊細なレースが覆う、気品あふれる美しいウェディングドレス。
 それを着る花嫁はさらに美しい。
 天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)はうっとりとため息を漏らした。
「奈津美さんのドレス、とっても素敵です。でも……ドレスよりもずっと奈津美さんの方が輝いていますね」
 輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)も花嫁を褒め讃える。
「奈津美お姉さん、とっっても綺麗! ドレスも凄く似合ってます!」
 心からの称賛を受け、強張っていた五嶋・奈津美(なつみん・e14707)の頬がようやく緩んだ。
「来てくれてありがとう。ちょっと緊張してたけど、二人が付き添ってくれるから心強いわ」
 雨弓は幸せに満ちた奈津美の笑顔を見て、いつまでも続いてほしいと心から思った。
「実は私、ダーズンローズセレモニーというのをみたことがないんです」
 ウチもみたことがない、と形兎。
「ねえねえ、奈津美お姉さんは、宝兄ぃに渡すバラ、何にするか決めてるんですか?」
 すかさず横から雨弓が肘でつつく。
「あ、ココで聞くのはナシだね。 うーん、楽しみ!」
「奈津美さんが宝さんにお渡しする薔薇……今から楽しみにしておきますね!」
 そろそろ行こう、といって、形兎はカメラを手に取った。
 雨弓も立ちあがる。
 ちょうどその時、トレーラーの窓がノックされた。
 フラワーガールを勤めるナノナノの『白いの』と、リングボーイを勤めるウイングキャットの『バロン』が奈津美を迎えに来たのだ。
「ウチら、先に行って待ってますよ」

 光の帯となって空の半ば銀河が覆っている。満天の星空だ。
 奈津美は天空の鏡に映るミルキーウェイのバージンロードを、花びらを撒く『白いの』に先導され、『バロン』に長い裾を持ってもらいながら、月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)が待つ祭壇へ進んだ。
 宝は花嫁衣裳姿の奈津美を見て息を飲んだ。
「……月並みな言葉で済まない、奇麗だ」
「ふふ、宝に奇麗って言ってもらえるのが一番嬉しい」
 雅也とヒスイ、涙腺が崩壊させた楓が、宝に言葉をかけながらバラの花束を渡していく。
「兎に角、結婚おめでとう。これからは気軽に遊びに誘えねーなー」
「ん、おめでとう宝。まァ、お前らなら何の心配もいらねぇだろ、二人共しっかりしてっからな。幸せに」
「だがら゛じじょーお゛、お゛め゛でどう゛ござい゛ま゛ずぅーー」
 宝は苦笑しながらバラを集め、一つにまとめた。
 ベールの向こうで、愛に輝く瞳を見つめる。
「貴女に永遠の愛を誓います。これから先の未来、共に歩ん下さい」
 ダーズンローズを受け取った奈津美は、迷うことなく『永遠』のバラを選び抜き、宝の胸にさした。
「わたしからも永遠の愛を誓います。……ずっと一緒に歩んで行こうね」
 承諾の瞬間、クリスマスツリーが輝きだした。
 宝は胸に飾られた薔薇を中指と人差し指でひと撫ですると、花嫁のベールを外した。息のかかる距離で、奈津美の瞳を見つめる。
「ありがとう。これからは俺の全てで奈津美を幸せにしてみせる」
 そして誓いのキス。
「ありがとう宝……わたし、世界一幸せよ」
 宝は花嫁を腕に抱いた。
 愛おしさが溢れて止まらない。
「それはコッチのセリフだ」
 楓が鼻をすする。
 胸をきゅんきゅんさせた形兎と雨弓が、声を揃えてふたりを祝福する。
「おめでとう、お幸せに!」


 クリスマスを過ごしたケルベロスたちは、ゼノのヘリオンに乗って万能戦艦ケルベロスブレイドへ向かった。
 外宇宙へ飛び立つマキナクロスを見送るためだ。
 万能戦艦に着艦した直後、ゼノの声がスピーカーを通じてヘリオン内部に響いた。
「銀河の光は永遠の闇を照らすには弱すぎる。だから、みんな。マキナクロスで旅立つ彼らの心に、光になるような『勇気』と『希望』を笑顔で渡してあげて。
 それから、外宇宙へ向かう……リリエッタとルーシィド、ツカサと瑠璃音、それにミリム。体に気をつけて、頑張ってね」
 最後は涙声の放送が途切れ、ドアが静かに開いた。

 獅子宮、ヘリオン発着場。
 死狼が見守る中、ミリムはセルベリアにクリスマスプレゼントを渡す。
 リャマとアルパカとビクーニャを毛刈りして作った毛糸で編んだ、長い長いマフラーだ。
「私は宇宙に旅立ちますが……、セルベリアさん、戦いがもうない今、本音で語っても別れの涙流しても大丈夫ですよー?」
「私はいつだってミリムと本音で向き合っていたぞ。べ、別に悲しくなんかないからな。これが永遠の別れではない! ……い、いつの日かまた、一緒に美味しいケーキを食べようね」
 ミリムは差し出された小指に自分の小指を絡ませた。
 指切りげんまん、嘘ついたら――。
 死狼は、指を絡ませたままうつむく二人の肩を優しく抱いた。
「……セルベリア、ミリム。名残惜しいだろうけど、そろそろ時間だ」
 ヘリオンのブレイドが再び回転を始めた。
 平和の使者となる仲間たちをゼノがマキナクロスまで送り届けるのだ。
 ミリムは指を切って涙を払うと、笑顔をみせた。
「さよならとは言いません……またね!」
「またね!」
「お元気で」
 手編みのマフラーを首に巻いたセルベリアと死狼は、手を振ってミリムたちを乗せたヘリオンを見送った。

 ほかのケルベロスたちは万能戦艦の処女宮で、ステージに投影された複数の立体映像を見ていた。
 それぞれに映し出されているのは、マキナクロスとその内部にいる人々だ。
 目に涙を浮かべて、宇宙に浮かぶ地球に献杯する者。出発の準備に忙しく動き回る者。離れ離れになる友や家族との別れを惜しむ者……。
 桃恵は金牛宮から運ばれてきたサンドイッチに手を伸ばした。お腹に宿した新しい命が、エネルギーを求めているのだ。
 横からレッヘルンが丸みを帯びた桃恵のお腹に手を伸ばし、優しく撫でる。
 『ナノミン』にせかされて、夫妻は立体映像の前に移動した。
 レッヘルンが映像に映る人々に手を振る。
「向こうでも頑張ってください」
 桃恵は映像の一人一人に満面の笑みを向け、投げキッスで別れを告げた。
「元気でねー! 行ってらっしゃーい♪」
「いつかまた再会しましょう。その時は一家総出でお迎えしますよ」

 そのすぐ隣で、竜とクリスタは苦楽を共にした仲間たちとの別れを惜しんでいた。
 2015年8月16日、デウスエクスに対して人類が立ちあがったあの日から6年と半年……長いようで短かった日々。ふたりの胸を様々な思い出がよぎる。
「いつか、ふたりで銀河を旅するっていうもの悪くないよね。もちろん、地球の絶景をぜんぶ見て回ったあとのことだけど」
「竜さんたら。宇宙を旅する頃には、私たち、きっとおじいさんとおばあさんになっていますよー」
 クリスタは顔を曇らせた竜に肩を寄せた。
 声にならない呟きを唇から零す。

 ――あなたは私を残して壊れたりはしない、でしょ?

「だから、家族で行きましょうねー。宇宙には」
「………」
 ふたりの手の中で、塩人形の姫に塩人形の騎士がそっと寄り添う。

 宝は幸せをかみしめていた。
 うっかりすると、ステージ上の立体映像ではなく、未来の妻の輝きに見とれてしまう。
 そんな恋人の頬を、奈津美は軽くつねった。
「こら、どこ見ているのよ。前を見て」
 ごめんと謝って真顔に戻ったのもつかのまのこと、自然と笑みがこぼれだす。
 奈津美も幸せいっぱいの笑顔になった。
 熱々のふたりに、モニターの向こうから冷やかしの声が飛んできた。『白いの』と『バロン』もふたりの周りをはしゃぎながら飛び回る。
 宝は奈津美の肩を抱き寄せた。
「俺たちの幸せな姿をしっかりと目に焼きつけ、お前たちには遠慮なく幸せのおすそわけを持っていってもらいたい」
「……銀河の果てでもたくさんのカップルが誕生しますように」
 そしてキス。
 それを見て、ヒスイは胸の下で腕を組んだ。
「おいおい、だから本番はまだこれからだって。そんな調子じゃ、式までに冷めちまうぞ」
 冷めない、とふたりから同時に笑って返される。
 友だちの幸せが自分のことのように嬉しくて、目がちょっぴり潤みだす。
 あわててサングラスをかけた。
 ヒスイの涙が伝染でもしたのか、楓はまた泣きだした。
「お゛ふだり゛ども、ほんと゛うにじあ゛わ゛ぜそうて゛うらやまし゛い゛ぃぃぃ……」
 雅也は甘く熱いキスを交わす二人を、口笛を鳴らして祝福した。
 さんざん冷やかした後、口に手をあて、大きな声でマキナクロスの人々に別れを告げる。
「外宇宙にいくみんなも、二人にまけないぐらい幸せにな! お元気で!」
「け゛んき゛でなぁぁぁー! ち゛き゛ゅうからしあ゛わせ゛をいのっ゛てるぜ゛ぇぇ」
 形兎が袖で涙を拭う楓をからかう。
「もう、何いってるのか分からないですよ。ねえ、マキナクロスのみなさん?」
 立体映像の人々の温かく笑う声が処女宮に響く。
 ほんわかとした雰囲気になったところで、形兎は雨弓を前へ押し出した。
「えっと、最後にウチらからみなさんにプレゼントが。ほら、早く」
 『だいふく』も雨弓の背中を押す。
「旅立つ皆さんにも、ここにいる幸せな花嫁さんが花婿さんに送った『永遠』のバラを……みなさんと私たちの絆は永遠だという印に送ります」
 白羊宮の植物園で採られ、ドライフラワーにしたバラの花が1輪ずつ、マキナクロスの人々に配られた。


 マキナクロスの新居で、ツカサと瑠璃音は万能戦艦ケルベロスブレイドから送られてくる映像をみていた。
 親しい人たち一人一人に別れを告げ、その顔をしっかりと心に刻み込む。
「いつか、俺たちの子どもや孫……ひ孫たちと、彼らの子孫が宇宙のどこかで出会うかもしれないね」
「グラビティ・チェインが枯渇したすべての星にピラーを建造して、マキナクロスが地球に戻る日がきっと来るでしょう」
 子供たちが手を取りあって再会を喜び合う姿を想像し、モニターの向こうにいる人々が微笑む。
 ふたりは晴れやかな笑顔を地球の人々に送った。
「俺たちは今日、旅立ちます」
「ありがとう、みなさん。どうかお元気で。私たち、幸せになります」

 リリエッタとルーシィドもまた、新しい家で寮のみんなとお別れを告げることにした。荷解きを待つ段ボールの山を背景に、二人でモニターの前に座る。
 涙をこらえて寮のみんなに感謝の言葉を伝え、手編みの手袋を送った事を伝えた。
 手袋はほんの数時間前に、リャマとアルパカとビクーニャから刈り取った毛を糸にして二人で編んだものだ。
「んっ、地球に残るみんなへのプレゼント。リリたちのこと、忘れないでくれると、うれしいな」
 あたりまえじゃない、ぜったい忘れるもんか、心はずっと二人と一緒だよ……次々と温かい言葉が積み重ねられていく。
 ルーシィドは感極まってリリエッタの腕をぎゅっと掴んだ。
「……ありがとう」
 言葉に詰まったルーシィドを、リリエッタは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら抱きしめた。
 無限に広がる宇宙の時でさえ、私たちがあなたたちに感じる大きな愛を消すことはできない。

 マキナクロスが外宇宙へ向けて動き出した。
 万能戦艦も並走する。別れを惜しみ、ギリギリ粘って追えるところまで追いかけるのだ。
 セットは艦中央部に突き立つ「剣冠」にいた。磨羯宮と合体した部分だ。
 剣冠の上に立ち、万能戦艦との距離が徐々に開いていくマキナクロスを肉眼で見送る。
 万感の思いを込めて、セットは大きく、大きく、手を振った。
「いってらっしゃい。帰るべき場所、故郷の地球はオレたちが守り続けるっすから!」
 マキナクロスのコントロールルームで、優もメインスクリーンに向かって千切れんばかりに腕を振り返す。
「さようなら、みんな! さようなら、地球! また会う日まで!!」
 サブスクリーンに映る星々が宇宙のメロディに煌めき、銀河へと流れ込んでいく。
「……万能戦艦も、お疲れ様」
 最後にキラリと眩い光を発し、マキナクロスは外宇宙へ飛び立っていった。

 ありがとう、ケルベロスブレイド。

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:19人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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