外宇宙への出航~ブチ割れくす玉! そして外宇宙へ!

作者:雷紋寺音弥

●外なる宇宙へ希望を乗せて
「アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利して既に半年か……。こうして思い返してみると、今までの戦いが遠い昔のことのように思えて来るな」
 侵略と戦いの歴史は終わりを告げ、ここから先の未来は新たな時代を生きる者達が作って行く。そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)の口から語られたのは、文字通り新たなる未来へ向けて宇宙へ旅立つ者達を見送ろうという話だった。
「新型ピラーの開発が成功した結果、ダモクレス本星であるマキナクロスでも、ケルベロス達の居住区に移住が可能な状態となった。降伏したデウスエクスと、そしてお前達ケルベロスの希望者を乗せて、外宇宙に進出する準備が整ったというわけだ」
 この外宇宙への進出は『宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃』が目的である。そのためには『新型ピラー』をまだ見ぬデウスエクスの住む惑星に広めなければならず、どれ程の時間を要するのかは想像もできない。
「正に、途方もない悠久の旅というわけだな。マキナクロス住人であるダモクレス達は勿論、最後のケルベロス・ウォーの後に降伏したデウスエクスの中で、地球を愛せず定命化できなかった者も、外宇宙へと旅立つ予定だ」
 そのために必要なエネルギーは、季節の魔法『クリスマスの魔力』を利用する。これを使えば、マキナクロスは竜業合体したドラゴンのように、光速を超える移動すら可能になる。
「そういうわけで、お前達には世界各国で行われる、クリスマスのイベントを盛り上げて欲しい。今回、俺が案内するのはメキシコだ。あまり、クリスマスには馴染のない国と思われがちだが……実は、なかなか面白いイベントが容易されているぞ」
 メキシコではクリスマスの際に、ピニャータというくす玉を割って楽しむという。このくす玉の中にはお菓子が入っており、子ども達がそれを割って楽しむというものだが……今回のイベントは、ケルベロス達のために用意された特別仕様。
 街の中には至るところにピニャータが設置され、それを割ると中からクリスマスのプレゼントが出て来るという仕組みだ。ピニャータのサイズも通常の物より大きく、どれも人間と同じくらいのサイズがあるという。
「ピニャータはサンタクロースか、あるいは魔法使いの被るような三角帽子を大量にくっつけた、星のような形をしたくす玉だ。見ればすぐに分かるから、あれこれ探し回る必要もないだろうが……」
 問題なのは、くす玉が設置されている場所である。街の広場に設けられた巨大なクリスマスツリーは勿論、ビルの壁やら街灯の上やら、後はヘリウムガスを詰めた風船で公園の上空を漂っているなど、とにかく常人が普通に割るのは不可能な位置に設置されているのである。
 これらのくす玉を、ケルベロス達の超絶的な身体能力を以て、次々に割るというのがイベントの趣旨だ。中からどんなプレゼントが出て来るかは完全に運任せ。くす玉を割った後は、街の人達と一緒に落ちたプレゼントを拾っても構わないし、次々にくす玉を割って華麗なパフォーマンスを披露しても良い。
 ただし、それらの行為にグラビティを使用するのは厳禁だ。あくまで、持ち前の身体能力だけで勝負しなければならないので、それぞれの種族や、あるいはケルベロスの装備品が持つ能力を上手く生かして欲しいと付け加え。
「イベントの最後には、広場に超巨大なピニャータが用意されるぞ。サイズは20m以上で、お前達が戦ってきた大型のデウスエクスよりも巨大なものだな。クリスマスのイベントを盛り上げるため、主要なクリスマス会場には『ケルベロス用の結婚式場』も用意されているが……これも、そのひとつというわけだ」
 このピニャータは、結婚式用の特別仕様。クリスマスツリーの下で愛を誓い合った後、カップルで専用のカタパルトから射出され……その勢いで、愛の言葉を叫びながら超大型ピニャータをブチ割るという、愛の突撃ウェディングを開催するという。
「なかなかどうして、無茶苦茶な催し物だとは思うが、こういうのは勢いも大事だからな。結婚を考えている者がいるなら、チャレンジしてみるのも一興だぞ」
 そうして、クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは、いよいよ外宇宙に出発する事になる。光速を超えて外宇宙に向かう以上、出発した瞬間に姿消滅し、以後は観測も出来なくなる。
「マキナクロスの見送りは、万能戦艦ケルベロスブレイドで、月軌道にて行う予定だ。別れの言葉も、そこで送ることになるだろうな」
「ここで別れたら、もう二度と会えなくなっちゃうかもしれないんだよね。だったら、後悔のないように見送らないとね!」
 クロートの言葉に続ける成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)。どうやら、彼女もクリスマスイベントとマキナクロスの見送りまで同行するつもりのようである。
 まだ見ぬ外宇宙へ、希望を乗せての旅立ちだ。戦いの歴史に終わりを告げ、新しい歴史の始まりに立ち会うのもまた、これからの未来を担う者達の務めなのかもしれない。


■リプレイ

●地獄の黒歴史?
 メキシコの町で繰り広げられる、ケルベロス達によるくす玉割り。街中に設置されたピニャータを割るべくやって来た六連星・こすも(ころす系お嬢さん・e02758)は、主に成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)と共に戦った、かつての強敵のことを思い出していた。
「ケルベロス生活いろいろあったなぁ……。理奈ちゃんと一緒に三食女体盛り明王に女体盛りにされたり、強制脱衣明王に裸同然にされたり、リアル抱き枕明王の信者にスリスリされそうになったり、浸かったお風呂の水をテイスティングされたり、ぱんつとかブラジャー奪われたり……あれ?」
 だが、浮かんできたのは変態にセクハラされた思い出ばかり。犯人は、主に頭のネジが百本くらい吹っ飛んだ、ヤバい主張を繰り広げるビルシャナが大半だ。
「な、なんであたしの思い出って、こんなのばかりなの!?」
 今になって気が付いた重大な事実。というか、こすもの倒して来た敵の大半が、理奈が同行しているか否かに関係なく、そんなビルシャナばかりである。
「そ、そんなわけないっ! そんなわけないんだからぁっ!」
 必死に否定しようと、泣きながらピニャータを割りまくるこすもだったが、しかし現実は残酷だった。
 なにしろ、理奈と初めて一緒に倒したのは、全裸で股間モザイクなドリームイーター。今まで戦って来た中で最もイケメンだった敵は、無駄にキラキラなオーラを纏ったナンパ氏のオークである。
「いやぁぁぁぁっ! なんであたしばっかり、こんな目にぃぃぃっ!!」
 浮かんでは消える、変態、変態、また変態。稀にモテたと思ったら相手はオークで、そもそもまともな性格の敵と戦えたことなど、両手の指で数えられる程しかないのが哀し過ぎ!
「うぅぅ……恥ずかしい思い出、宇宙の果てまで飛んでいけ!」
 己の黒歴史を全て抹消するかの如く、こすもは特に大きなピニャータに狙いを定めて一撃粉砕! 殆ど八つ当たりに等しい行動だったが、それでも盛大に割れた玉の中から大量のプレゼントが落ちて来たことで、町は歓声に包まれたのであった。

●ラスト・クリスマス
 街中の至るところに飾られた、極彩色のくす玉達。それらを下から眺めつつ、影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)もまた思いを馳せる。
「最終決戦から、もう半年なんだね……」
 影として生きるはずだった自分が、気が付けば本物よりも長く戦い続けていたという事実。だが、それも今となっては、遠い昔のことのように思えてくる。
 外宇宙に旅立つことを考えているリナにとって、これは地球での最後のクリスマスになるかもしれない。単なるお祭りではなく、魔力を集めるためのイベントでもあるため、一筋縄ではいきそうにないが。
「……でも、これまでだって、上手くやって来たんだもの。きっと、今度も上手くいくはず!」
 ほんの少し大地を蹴っただけで、リナの身体は軽々と宙を舞った。数多の戦いの果てに、剣士として極限まで鍛え上げられた身体。一見して華奢に見える彼女は、しかし風に舞う鳥の如く宙を駆け、次々とピニャータを割って行く。
「わあ、プレゼントだ!」
「お姉ちゃん、すご~い! こっちのやつも、早く割って~!」
 街路樹や街灯に仕掛けられたピニャータを割れば、その度に下からは子ども達の声が響き渡る。戦いばかりだった地球に、真に訪れた本当の平和。そんな記念すべき年の最初のクリスマスプレゼントは、存分に喜んでもらえたようだ。

●愛のダブルバレット!
 普通の人間では決して割ることのできない、なんとも意地悪な場所に仕掛けられたくす玉の数々。それらを割って、中のプレゼントを解放すべく奮闘するケルベロス達だが、くす玉を割るのは、なにも素手や刃物でなければいけないという規則はない。
「……んっ、クリスマスを盛り上げて、クリスマスの魔力をいっぱい集めるよ」
 愛用の二丁拳銃にゴム弾を込めて、リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)は街を懸けた。カラフルな建物が立ち並ぶ中、これまたカラフルなくす玉が、あちこちに下がっている極彩色の町。なんとも、目がチカチカしてしまいそうな光景だが、それでもリリエッタの狙いは狂わない。
「……っと!」
 壁を蹴ってからの三角跳びで、まずはゴム弾の届く距離まで一気にジャンプ。屋根の上に上がってしまえば、それより低い場所にあるピニャータは撃ち放題。次々にゴム弾を命中させて割って行くが、まだまだリリエッタの勢いは止まることはなく。
「えっと、次は……なんだか、随分と大きいのが出て来たね」
 巨大な木のてっぺんに備え付けられたピニャータを見上げ、リリエッタは呟いた。さすがに、あのサイズを遠距離からのゴム弾で割るのは難しいかもしれないが……しかし、ここで諦めるはずもない。
 再び銃を構え、今度は木に下がっている大きなピニャータへと飛び移る。そのまま零距離でゴム弾を浴びせて割ると同時に、自分は再び宙を舞って他のピニャータへ。それを繰り返し、最後は木の上にあるピニャータまで割ったところで、リリエッタは改めて眼下に広がる街の様子を見降ろした。
(「んっ……これだけいっぱい撃ち落としたら、マキナクロスにいるメカナノナノにも、お土産いっぱい届けられるね」)
 高所から落ちて行くプレゼントに、しっかりパラシュートが装着されていることで、誰でも安全にプレゼントを拾うことができている。その中から、いくつかもらっても構わないだろうと軽やかな動きで下に降りれば、彼女を迎えたのは町の人々の大歓声。
「メリークリスマス! お姉ちゃん、カッコ良かったよ!」
「はい、これはお姉ちゃんの分だからね」
 なんと、リリエッタのために、わざわざプレゼントを回収してくれていた子ども達がいたらしい。
「あ……ありがとう……」
 彼らの好意をしっかりと受け取り、リリエッタは静かに天を仰いだ。
 出航を控えたマキナクロスで待つメカナノナノ。かつての戦いでピュアなハートのなんたるかを学び、宇宙に地球人の愛を伝える天使に生まれ変わったダモクレス。
 これだけの想いが籠ったプレゼントなら、きっとメカナノナノの心にも届くことだろう。そして、その想いはマキナクロスと共に宇宙を駆け、やがては他の星に住まう者達の下へ、ピュアなハートとして伝えられるのだ。

●ガン×ソード×レディズ
 くす玉が割れる度に、街の中で起こる大歓声。それらを横耳に、ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)もまた、ピニャータ割りに挑戦していた。
「なるほど、くす玉割りか。普段であれば紐を引くところだが、自らの手で割ってみせよと……」
 愛用の剣を、スラリと抜く。そのまま二段ジャンプで跳躍すれば、目の前のピニャータを真っ二つ!
「おおっ! 凄い!」
「さすがはケルベロス! 最高だぜ!」
 軽く剣先を当てただけでピニャータは割れ、その度に大小様々なプレゼントが街の人々の下へ落ちて行く。二つ、三つと続けて割って行くジークリットであったが、しかしさすがに彼女一人だけでは、届かない場所もあるわけで。
「……ステラ、任せたぞ」
「任せてよ、ジーク!」
 残りをライドキャリバーに乗ったステラ・フォーサイス(嵐を呼ぶ風雲ガール・e63834)に託す。ジークリットとは対照的に、彼女が用いる武器は銃。出力は最小に抑えているが、狙いはいつもの戦いの時と変わらない。
「よ~し、次、次! どんどん割っちゃうよ!」
 この平和な時が永遠に続くよう願いを込めて、街の人達へ感動をプレゼント。ピニャータが割れ、その中から飛び出して来る様々な色の箱を眺めるステラの顔は、とても満足そうだった。
「これが終わったら、結婚式のお祝いもしなきゃね♪」
「ああ、そうだな。私達も、広場へ急ごう」
 今宵、この日に新たな門出を迎えるであろう者達を祝福するために。二人はピニャータを割りながら、この街でも最大の聖堂があるソカロ広場を目指して走り出した。

●飛んでけウェディング!
 メキシコシティのソカロ広場。そこに座するカテドラル大聖堂は、実に荘厳な雰囲気を湛えていた。だが、それにも増して目だっているのは、全長20m以上はありそうな巨大ピニャータ。
「見てくださいキサナさん、あのドデカいクス玉! じゃなくて、ピニャ……コラーダでしたっけ?」
「おっと琢磨! そのボケについてはコメントできねーぜ!」
 敢えて斜め上なボケをかます逢魔・琢磨(タクマドゥ・e03944)を、キサナ・ドゥ(ホローイヴニング・e01283)は諌めつつも軽く流した。
 ドワーフの彼女は、見た目だけなら永遠の10歳。そんな彼女に、お酒に絡んだネタは野暮というものだ。それに、今日この広場にやって来たのは、別に漫才や悪ふざけがしかったからでもない。
 何を隠そう、今日は二人の結婚式だ。既に別の場所で式を挙げていた気もするが、それはそれ。どうせ、地球最後の思い出になるのだからと、二人は改めて大聖堂で式を挙げることにしたのである。
「え~、これからの御二人の門出を祝って、電報が届いております」
 式の司会を務める男が、二人の前で祝電を読み上げる。差し出し人は、かつて二人と共にデウスエクスと戦った、ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)であった。
『お二人と同行して倒したビルシャナは反抗期の前がいい、反抗期イヤ、みたいなビルシャナでしたねえ。お二人の間にお子さんが出た来た時には是非周りにも相談してくださいね。祝っている皆はそうやって頼られるのをこっそり待っているので』
 電報に書かれていた内容は、概ね、こんなところである。これから宇宙へ旅立つ二人にとっては、子どもなどまだまだ先の話に思えるかもしれないが……人生、どう転ぶか分かった者ではないので、いざという時に頼れる者がいるのは良いことだ。
「さあ、いよいよクライマックスです! あの、巨大なピニャータを、これから二人の愛の力によって、盛大に割っていただきましょう!」
 司会の男が叫んでピニャータを指差せば、なにやら奥から移動式のカタパルトが現れた。なるほど、これに乗って、二人で体当たりをブチかますというわけか。なんとも危険極まりないイベントだが、しかしグラビティ以外ではダメージを受けないケルベロスなら、多少の無茶は問題ない。
「へへっ、それじゃカタパルトに足つけてと……。キサナさん……ま、まずは誕生日おめでとっす!」
「おう、せんきゅーばーすでー! くひひ、この日を誕生日に選んでよかったなー」
 琢磨の言葉に、キサナが思わず笑顔になった。
 そう、何を隠そう、この日はキサナの誕生日でもあったのだ。誕生日と結婚式を同時に祝えるなど、そう滅多に味わえない贅沢なこと。だからこそ、この地球最後の思い出として、特別な日になるであろうと。
 そのためにも、このイベントは絶対に成功させねばならない。琢磨がキサナを肩車したところで、二段式人間ロケットが完成だ。
「行くぜ琢磨! オレたちのラヴパワーでピニャータ大喝采だ!」
「あ、ああ……。行きましょう、二人で!」
 キサナを肩に乗せたまま、琢磨がカタパルトから射出された。二人は砲弾の如くピニャータ目掛けて飛んで行き……そして、勢いに任せた体当たりで、盛大にくす玉を大粉砕!
「見たか! これが、オレと琢磨のラヴパワーだぜ!」
「ハッピーバースデー&メリークリスマス! アディオス、地球のアミーゴ!」
 ピニャータが割れると同時に、中から今までにない量のプレゼントが溢れ出し、そして花火が次々と打ち上げられる。街の人々は一斉に歓声を上げ、まるで世界の全てが二人を祝福しているかのようだ。
「よっしゃぁ! 大成功……って、なんだ、こりゃ?」
「これは……ブーケ、というやつですかね?」
 無事に着地を決めた二人が辺りの様子を見回せば、プレゼントに紛れて落ちて来る白い花束が。本来は一つしか投げられないブーケだが、今日に限っては少しでも多くの女性達に、幸せのお裾分けができるようになっていた。
「は、はは……。これは、絶対に幸せにならないと、彼女達に申し訳が立ちませんね」
「ああ、そうだな。まあ、いいんじゃね?」
 琢磨の肩から降りたキサナが、ニヤリと笑って見せる。なぜなら、二人が未来永劫幸せであることは、誰の目から見ても明らかなことだったから。

●義理と使命と
 ソカロ広場で盛大に行われる結婚式。それを、少し遠く離れた場所から眺めつつ、烏賊流賀呑屋・へしこ(の飲む独活の緑茶は苦い・e44955)は静かに呟いた。
「ジュリアスの旦那ァ……。戦が終わって……あっしはふと思うんでさァ」
 同じく、式を眺めていたジュリアスに、へしこは尋ねた。
「戦で本当に役に立てたのかと。そして、地球の方々にろくに恩返しもできねえまま宇宙へ旅立つのは、不義理じゃアないのかと……」
 ケルベロスとして覚醒したへしこだったが、しかし実際にデウスエクスと戦った経験は数えられる程度。守護者としては特に秀でた力もなければ、名のあるデウスエクスと死闘を繰り広げ、その首を取ったような経験にも乏しい。
 果たして、こんな人間が歴戦の勇士と共に、宇宙へ旅立ってよいものか。そんな迷いと遠慮があったのかもしれないが、しかしジュリアスは静かに首を横に振ると、へしこの迷いを否定した。
「ここで行われている結婚式……その中には、私と共に事件を解決した方もいましてね。貴方は、そして我々は、ここで行われている儀式と人々の笑顔を守ったのです」
 大切なのは数でもなければ、ケルベロスとしての実力でもない。どこの誰とも知れない人々の笑顔を、誰かと共に守れたという事実。それを胸に宇宙へと旅立つことを、誰も咎めることはないだろうと。
「……そうですか。あっしでも、誰かの幸せを守ることができやしたか」
 ふと、天を仰ぎ見れば、そこに広がるのは蒼穹の空。そして、その先には未だ誰も知らないであろう、無限の宇宙が広がっている。
「焼かれた故郷から逃げ、温かく迎えてくれた第二の故郷。ここから離れる時も、もうすぐなのですなァ」
 地球を出発し、星々の間を旅することとなったマキナクロス。改造の終わったデウスエクスの本星が出発する時間は、刻一刻と迫っていた。

●1億年後に、また会いましょう?
 クリスマスのイベントは大成功を迎え、マキナクロスもいよいよ地球を離れる時が来た。世界中から届けられたクリスマスの魔力。それは、この星の人々が込めた願いと想いの結晶でもある。
「いよいよ出発だね……。楽しい事も辛い事も一杯あったね」
「そうだね。ちょっと寂しいけど……でも、ここで泣いちゃダメだよね」
 リナの言葉に、理奈が笑顔で返す。こういう時に、湿っぽいのはなしだ。これは悲しい別れではなく、新たなる希望を目指しての門出なのだから。
「理奈は地球に、残るんだよね?」
「うん、そうだよ。リリちゃんも……みんなと一緒に、元気でね」
 続けて、リリエッタからも尋ねられ、理奈は少しばかり寂し気に返事をした。
 思えば、二人でたくさんの事件を解決して来た。その大半は、碌でもない性癖のビルシャナばかりだった気もするが、それはそれ。彼らが地球に現れなくなった今、ビルシャナに肉体を乗っ取られ、内なる変態衝動を爆発させてしまう者もいないはず。
「もしリリの助けが必要になったら、宇宙の果てからでも助けにくるよ。……ヘンタイ退治とか?」
「は、はは……。そ、それは、ちょっと勘弁して欲しいかも……」
 乾いた笑顔を浮かべながらも、しかし理奈もリリエッタも、それに少しばかりの強がりが含まれていることに気付いていた。
 ここで何も残せないまま永遠にさようならなんて、絶対に嫌だ。だからこそ、最後に何か残せるものを渡したい。
「ん……理奈には、これをあげるね。二人の友情の証だよ」
「わぁ、可愛いリボンだ! よ~し、それじゃ……」
 リリエッタからリボンを受け取った理奈は、自分の頭についていたリボンを解くと、モモンガの姿になった自分のファミリアロッドに結び付けた。代わりに、自分はリリエッタからもらったリボンで髪を結い、リボン付きのモモンガをリリエッタへと渡す。
「はい、これ。プレゼント交換だね。ボクだと思って、大事にしてね」
 大宇宙の航海に、この子も連れて行って欲しい。そう言って、理奈はリリエッタにモモンガと化した杖を託した。何本もある杖の中でも、特にお気に入りだったものが変身したモモンガを、自分の代わりに友達と宇宙を旅する仲間として。
「ん、ありがとう。メカナノナノとも、仲良くできると思うよ」
 肩越しに覗いている機械のナノナノを軽く撫でながら、リリエッタはその手にリボンをつけたモモンガを受け取った。最終決戦の後、暴走から救われ休眠状態になっていたナノナノ型のダモクレスも、今ではすっかり元気を取り戻し、宇宙にピュアなハートのなんたるかを広める伝道師として覚醒しているようだった。
「昨日の敵は今日の友、か……。まさかダモクレスと親善を結び、このマキナクロスで星の大海へと征く事になろうとは……」
 そんな二人の様子を、陰ながらに見守っているのはジークリット。彼女もまた、宇宙へ旅立つことを決めた者の一人。人狼部族の末裔として、自分より強い男を婿に迎えるため戦っていたジークリットではあったが、しかし長きに渡る戦いは、彼女を平和な世界に馴染めない身体にしてしまっていた。
 こんな状態で地球に留まったところで、色々と燻って不完全燃焼を起こすだけだ。ならば、いっそのこと新天地を目指そうと乗船を決めたジークリットであったが、そんな彼女にもたった一つ、予想だにしない誤算があったようで。
「……まさか、ステラも付いてくるとはな? しかし、本当にいいのか?」
 なんと、この度にステラも同行すると言い出したのだ。思わず真意を尋ねてしまったジークリットだったが、しかしステラの決意は揺るがないようで。
「だって、あたし達って幼馴染だし、ジークが村を出ていってから追いかけたし?」
 それならば、宇宙でも銀河の果てでも、どんな場所にでもついて行く。そんなステラの返事を聞いて、ジークリットも頷いて。
「ふっ……確かにそうだったな。では改めて……ステラ、そしてシルバーブリット……よろしくな?」
 ステラと、彼女の駆るライドキャリバーにも、苦笑しつつ手を差し伸べた。
 いよいよ、マキナクロスは出発の時。一度、出発してしまったら、もう二度と再び地球に戻れる保証はない。それぞれ、縁のある者達へ別れを告げ、機械の星は地球を発つ。
「もうすぐ出発かな。思い残す事が無いようにかな」
「……そういえば、師匠は顔を見せないままでしたね」
 そんな中、リナの言葉を小耳に挟んだジュリアスは、最後に自分の師匠に出会えていないことだけが心残りだった。
 蒸発した師匠は、いったいどこにいるのだろう。そして、今、何をしているのだろう。せめて、挨拶だけでもしておきたかったと……そう、ジュリアスが思ったところで、人込みの中に見知った顔が。
「……あ”」
 それは、ほんの一瞬のことだった。幻や見間違いだったのかもしれないし、あるいは本人だったのかもしれない。いや、きっと本人だったのだろう。なぜなら、師匠の性格からして、絶対に労いに来ると分かっていたから。
「長い旅になるやもしれません。ですが……行ってきやす」
「きっと帰ってくるからね、約束だよ……」
 へしことステラが見送る者達に告げると、それが最後の挨拶となった。地球を発つマキナクロスと、そこに乗っている全てのケルベロス達に、万能戦艦ケルベロスブレイドから理奈も精一杯に手を振って。
「行ってらっしゃ~い! 一億と二千年経っても、ボク達は……地球の人は、みんなのことを忘れないからね~!!」
 マキナクロスは、光速と同じか、あるいはそれ以上の速さで宇宙を移動できる。当然、そんな速度で移動すれば、通常の物体とは流れる時間に差異が生じる。
 ウラシマ効果。物体が加速すればするほどに、流れる時間が遅くなる現象。光速の99%近くで移動すれば、外の世界で流れる時間は移動している者の40倍。ましてや、光速を突破してしまったら、もう時間は殆ど制止に近い状態になる。マキナクロスで過ごす者達にとっての一瞬が、外の世界では永遠に等しい時間になってしまうのだ。
 月軌道上から地球圏を離脱したマキナクロスは、瞬く間に見送りの者達の視界から消えてしまった。この銀河系を横断するだけでも、光の速度で10万年。彼らが地球に戻って来たとしても、その時、地球では既に何十万年、何百万年も経過しているかもしれない。
 もう、彼らと同じ時間は生きられない。しかし、残された者達にも彼らに対してできることがある。
 それは、この戦いを……ケルベロス達の辿った軌跡を、後世に未来永劫語り継ぐこと。彼らが再び地球に帰って来た時には、盛大に迎え入れてあげられるように。
 それが何十万年先のことになるかは分からない。百万年、一千万年、あるいは一億年近く経っているかもしれない。
 だが、それでも再開の時を信じて、この伝説を語り続けよう。これから先、悠久の時の果てに、地球に残った者の子孫達で「オカエリナサイ!」と言ってあげられるように。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:9人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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