外宇宙への出航~2021年 宇宙への旅立ち

作者:のずみりん

 2021年12月、旅立ちの時は来た。
 それはアダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利して半年。
 新型ピラーの開発、恒星間宇宙船となったダモクレス本星マキナクロスの居住区の完成。降伏したデウスエクスとケルベロスの希望者を乗せ、外宇宙に進出する準備の全ては整ったのだ。
 マキナクロスの旅は宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化を撤廃するため、まだ見ぬデウスエクスの星へと新型ピラーを広めていく途方もない旅。
 旅立ったもの、残るものは二度と会う事は出来ないかもしれない、はるかな世界への旅立ちはすぐそこまで迫っていた。

「……マキナクロスは季節の魔法『クリスマスの魔力』を利用して外宇宙へと旅立つことになる。最大限に高めるため、最大級のクリスマスイベントが壮行会を兼ねて世界各地で開かれる予定だ」
 もちろん、激戦の中心地であった日本各地でも。
 リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)はケルベロスたちに言いながら、預かった案内状を渡していく。
「神奈川県三浦市……城ヶ島からだ。皆の活躍を労い見送るため、復興した大橋によるイルミネーションを飾りつけライトアップを行うのでぜひ来てほしいと招待が届いている」
 城ヶ島。
 ドラゴン勢力に占拠された三浦市沖合の島は、周辺での戦艦竜との戦い、大阪城ユグドラシルと連動した一進一退の攻防、激しい戦いの末に今年はじめにようやっと解放されたばかり。
「年が明ければちょうど解放から一年……激戦区ゆえ、様々な想いを抱く者も多いと思う。この機会に……あるいは旅立つ前に島を巡って気持ちを整理してみるのもいいんじゃないか」
 招待状によれば島の復興は順調で、島の中央に位置する海南神社を始めとした寺社仏閣、灯台や城ヶ島公園もかつての姿を取り戻しつつあるという。
「そうそう。この機会に結婚するもの、した者向けに城ヶ島大橋のライトアップを使ったウェディングロード企画も予定されているそうだ。都合があえば顔を出してみると喜ばれるかもな」
 まぁ私はしばらく縁はなさそうだが、と苦笑いしつつもリリエは案内状をめくる。

「あぁ……私は地球に残るつもりだ。ソフィアは旅立つそうだが、まだ地球でやる事も多いからな」
 友人の名前を上げつつ、リリエは一度言葉を切る。
「今度こそ、本当に最後だ。クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは、いよいよ外宇宙に出発する事になる。万能戦艦ケルベロスブレイドは月軌道まで見送りに出るそうだが、そこまでだ」
 クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは竜業合体のように光速を超える移動すら可能になる。
 突然に地球へと襲来したドラゴンたちとは反対……旅立ちの瞬間に視界から消え失せ、以降は観測することも一切できなくなるだろう。
「先に言っておく。これまでありがとう、ケルベロス……後悔なき旅立ちを願っている」


■リプレイ

●ここからまた始まる
 気のせいだろうか、幅十メートル、長六百メートル足らずの大橋がずいぶんと大きく見えたのは。
「こんなに大きかったんだね」
 ライトアップされた街並みを空から見下ろし、天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)は復興した小さな世界に呟いた。
 激戦の地の一つから城ヶ島灯台を回り、街並みを眺めれば穏やかな風が吹く。無数のドラゴンと竜牙兵が荒らした地獄はもう面影わずかで、全ては終わったのだと語り掛けてくるようで。
「いや……そうだね。終わりじゃなかった」
 風に舞い上がる花びらをつまみ、蛍は想いを言い直して声に出す。
 戦いの日々の終わりは、新たな始まり。
「おめでとう、そしてお幸せに」
 紅白の光が瞬く城ヶ島大橋を見下ろせば、一組の夫婦が新たな一歩を踏み出そうとしていた。

「おお、あれが……のえみんが惚気話をしていたひこさんこと清比古さんなのですね」
「あー、あの人が……ドラゴニアンの人なのよね」
 数々の災厄を乗り越えた祝いの赤白の大橋を渡る新郎新婦の姿に、エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)と円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)はかしましくも感慨深く声を上げた。
 人の縁といううのはあるもので、式を迎える維天・乃恵美(奉雅駆の戦巫女・e02168)も、その花婿についてはそう詳しいわけでも無くて。
「エステルさんもお会いするのは初めて?」
「あ、うんっ、どんな人かなって思ったけど……とても絵になるお似合いの二人だわ」
「私は前に一度お話したことはありましたが……うん、やっぱかっこいいですね。前よりかっこよくなったかも」
 納得といった様子のキアリ、正直うらやましいと笑うエステルに、瑠璃堂・寧々花(甲冑乙女・e44607)も深く同意。
「噂の彼氏さんはドラゴニアンでしたか……そうか、ドワーフとドラゴニアンのカップルかぁ。勇気もらえますよね」
「あれ、寧々花さんも? そういえばそれ……」
「い、いぇ、贔屓の職人さんですよ!」
 真新しい儀礼用甲冑をコツコツと叩くエスエルに顔を赤くする寧々花。
「へ、平和になったからって、先祖の技術を捨てられないし、刀鍛冶が包丁や美術品作るのと一緒だ、とか、宣伝兼ねて来ていけ……って、お、幼馴染の縁で、ですねっ」
「はいはい、御馳走様」
 いつにも増してどもりがちな寧々花に、エステルは笑ってウェディングロードへと視線を戻す。
 いつも私を励ましてくれた乃恵美はエステルの原動力で、恋の成就は彼女にもなによりの喜び。
「乃恵美さん、おめでとうございます!幸せになってくださいね~!」
 橋を下る二人へあるだけの気持ちを込めてエステルは花吹雪を投げた。
 装いを新たにした城ヶ島大橋は料金所もなくなり、メインストリートを回って海南神社へと伸びていく。
 二人を遮るものは、何もない。

「まさか拙者にこのような時がくるとはなぁ……」
 島へ伸びる橋道を踏みしめながら、蒼樹・清比古(放浪の蒼龍・e18402)は手をつなぐ乃恵美を愛おしく見やる。
 思えば遠くに来たものだ。始まりは乃恵美が行き倒れていた清比古を看病してくれた縁。
 恩を返すため宮司の手伝いで社を守り続けてきた清比古は惹かれ合うようになり、背を守る実直さは乃恵美の実家……維天玄舞紗大社の一族にも認められるほどとなった。
 そして今日。デウスエクスとの戦いに決着がつき、ケルベロスの大役が一つ終わるその日に二人はここ、城ヶ島に婚姻の儀を執り行う運びとなった。
「維天さん、おめでとうございます!」
「うぉぉぉぉ! 乃恵美すわぁぁぁぁん!」
 城ヶ島制圧戦で知己を得た島の人々の歓声、実家の大社からの祝福、それに過激派のファンの慟哭も隠し味に城ヶ島大橋は喜びのうねりをあげていた。
「ありがとうございます! 次代宮司はあたしとの二人三脚ですよ!」
「いやぁ、しかし良いのでござろうか。拙者、ケルベロスとしては乃恵美殿ほども働いておらなんだ……拙者場違いのような気がするでござるよ……」
 照れ隠しのように紋付き袴をもじもじとじらす清比古に、乃恵美は取り合う手をぎゅっと握る。
 清らかな白無垢に身を包んだ花嫁の無言の信頼、望まれて応えねば男子の名折れ。
 背を正し、その顔に気を張り詰めて清比古は新しい日の始まりを踏み出していく。

「維天さん、結婚おめでとうございます! 長い恋の道はついに終わって、あなたの未来も幸せで満載であることを望みます!」
「今日のことはきっと思い出になると思うわ。清比古さんと喧嘩はしても、よく話し合って必ず仲直りをしてね? ケンカするほど仲がいいっていうからね。おめでとう……って、維天さん。もう維天さんじゃなくなるのか」
 婚姻の儀を前に祝辞を述べる【玄舞紗の社】の面々、平坂・ゆにー(逗留・e01502)と青沢・屏(光運の刻時銃士・e64449)に乃恵美もしっかりとその手を握りしめる。
「ありがとうございます、ゆにーさん、屏! 婿入りだから大丈夫っ……清比古さんも『維天さん』になっちゃいますけど、いつまでも清比古さんは清比古さんで、私は私ですから!」
「婿養子であるからなぁ……拙者も『維天さん』でござるか」
 くすぐったそうなしかし悪くないという顔で繰り返す清比古。
 和やかな一同に、シャンシャンと城ヶ島海南神社の神主が儀の始まりを告げた。
「祭神・建雷命と八百万の神の下に……」
 婚儀奏上、三三九度、誓詞奏上……真新しく仕上げられた神社の社に、神前の儀は粛々と進む。
 厳かに、けれど柔軟に。多数の祝福とやっかみのなか、二人は光の橋上に婚礼の指輪を取り交わす。
 全てはつつがなく……いや、まだ一つ大事なことを忘れていた。
「ひーこさんっ、一言いいです?」
「ん、む? なんでござろ……」
 参列者たちに応じる清比古を手招きした乃恵美は、屈み込むその顔に唇を寄せる。
「あたし、ずーっと愛してますからっ!」
「ん、むっ!? 最後に接吻は……洋式の結婚式では……?」
「いいですからっ、もう!」
 最初は戸惑いだった清比古もその想いを受け止め、再びしっかりと唇を重ねる。
 幸せいっぱいのサプライズに参列者一同をどよめきが包み、祝福が爆発した。
「乃恵美、旦那さんと二人で、どうか末永くお幸せに……わたしもいつか、こんな素敵な結婚式を迎えられるのかしら?」
 祝福の拍手を送りながらキアリは空を見上げる。その胸の内に浮かんだ顔に思いを馳せながら。

「そうか。式ができるほどになったんだ」
 婚礼の儀が終わり、参拝客の賑わいのみを残すところとなった城ヶ島海南神社を訪れた霧崎・天音(ラストドラゴンスレイヤー・e18738)はそっと両手を合わせた。
「もう戦いの傷跡も殆ど残ってないんだね……」
 長らくデウスエクスとの争奪戦が繰り広げられた城ヶ島で、この神社も戦火に見舞われてきた。
 今年の一月に人類の元へと奪還されてから復興は進み、島のどこも、この神社にも傷跡はもうほとんどないけれど。
「どんな形になっても私は……この場所を忘れない。きっと」
 天音が手を伸ばしたのは真新しい記念碑。
「熊本でのあの戦いと、同じように」
 指がなぞる碑文には犠牲者とケルベロスの有志たちの名が、哀悼と決意をもって刻みこまれていた。

「綺麗でしたね、乃恵美さんと清比古さん」
「はい。恋愛はよく分かりませんが、母親にはなってみたいです」
「母親、ですか?」
 結婚式を見学したピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)の、いつもの調子から飛び出した言葉にソフィア・グランペール(レプリカントの鎧装騎兵・en0010)はパチクリと彼女を二度見した。
「そうすれば、母の気持ちも少しは理解できるかもしれません」
「あぁ」
 ただそれもわずかの事。マキナクロスの待つ空を見上げて言うピコに、ソフィアは彼女の造物主……『エミュレーター・クイーン』へと思い当たった。
「私は地球に残ります。母の遺したこのナノマシン技術を平和利用に転用したいのです。私の四肢を形成したように、義肢や人工臓器にと……まずは見送り後に大学入試が待ってますが」
 道を分かち生氏を分けた今でも、親子の絆は繋がっている。ソフィアは言葉少なくもしっかりと意志を受け取ったと頷き返す。
「妹さんたちの事はお任せください」
「ソフィアさんは宇宙にいくのでしたね。ではそのぶんも今日は魔力充填のお手伝いです」
 とはいってもノープランだという二人。
 祭りの空気に包まれた城ヶ島のメインストリートを歩いていけば、その耳に賑やかな音楽が飛び込んできた。

●旅立つあなたへ
「城ヶ島も前は辛く悲しいことがあった戦場だったよね。俺もドラゴンとは戦ったことある。でも今は違う!」
 城ヶ島公園の野外ライブ会場から、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)は声の限りにも想いを叫んだ。
「明るい未来へと羽ばたくための大地、俺たちはそんな人達を見送るようなライブを行う! まさにこれは『ラストライブ』だ!」
「湿っぽいのは性に合わねえ、派手に見送ろうぜ!」
 アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)のドラムが響き、井上・浩史(よいどれコンポーザー・e05773)のベースが唸る。
『なんか、おセンチな方向で話進みそうだから、爆音出して騒ごうぜ』
 そこは【SWEET SOUNDZ】の、呼びかけた浩史の元へと集った仲間たちのオンステージ。
「これからのケルベロスの未来、みんなの未来、色々あるよね。宇宙に旅立つ人、結婚する人達、それぞれがそれぞれの未来に旅立つことだ。でも宇宙へ行っても、離れ離れになっても、どこかで繋がってると信じて!」
「野郎共、正真正銘、宇宙に行く連中とはこれでオサラバだ! だが忘れんな、私達の想いは、私達の心はどこまでだって繋がってるし、どこまでだって紡いで行ける、さあ行くぜ! 拳を突き上げろ!!」
「オォォォォイィィィヤァァァァーッ!」
 乗りのいいロックに乗せて、マサムネの語りが、アルメイアの煽りが人々を熱狂の渦に包む。
『NO LIFE NO MUSIC』
 こういうベクトルだって断然ありだ。メロディアスなビートを骨太に支えながら、浩史はこみ上げる熱いものに呼びかけた。
「しかし、なんだな、これで城ヶ島は復興? いやまだまだだろう。それって俺個人に手伝えってことだよな?」
 問いかけは歓声のなか、何処まで届いただろうか?
 これからは復興のケルベロスとして働くのもいいかもしれない。浩史の中で一つ、道が繋がった。

 流れてくる歌声に耳を傾けながら、愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)は空を飛んだ。
 その腕に友を、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)を抱きかかえ、見下ろす思い出の地は大きくて狭い。
「あの南東から上陸して、貪食竜を探したよね。浜辺では、竜牙兵と戦った時もあったね」
 城ヶ島公園から西に流れれば赤羽根海を抜けて岸馬の背洞門、ラベンダー畑が目に飛び込んでくる。
 荒らされた畑は丁寧に耕し直されていて、きっと来年の夏には美しい薄紫のじゅうたんを見せてくれるだろう。
「きっと、素敵な風景だよね」
「えぇ、きっと」
 でも、その光景をミライは見られない。
 この輝く城ヶ島を望んで戦ったのに思い出は、彼ら……ドラゴンとの死闘ばかり。
「たくさん。こうして抱えてもらって、一緒に飛びましたね」
「うん……色々な時、色んなところを飛んだよね」
 けれど迷いはない。
 フローネを支えるオラトリオの翼は、彼女の髪色をラベンダー色に映して羽ばたく。
 思いのたけは始まりの場所、多摩川の地で刻んできた。だから、今は。
「……ミライ。一緒に、歌いましょう?」
「初めてだね、そういえば」
 一緒に歌うのは初めてで、でも、きっと素敵な歌を奏でられる。
 重なる心が『KIAIインストール』を口ずさむ。
「どんなに願っても 涙は枯れはしない ゼロを1に変える魔法が 生まれたときから君に掛かってる……」
 城ヶ島灯台を旋回し、灘ヶ崎を回れば、すぐに城ヶ島の入り口が、賑わう城ヶ島大橋が見えてくる。
 声を乗せて飛ぶ。二人だけの景色を決して忘れないよう、目に焼き付けて飛ぶ。
 一緒に居た六年分の想いを込めて、ココロを重ねて、想いを重ねて。
「六年間、歌うときに見えるのは、何時もあなたの背中だった……今も」
 振り向かなければ表情はわからない、けれど。
「ミライに出会えて……幸せでした」
 涙が止まらないから、ずっと前を向く。同じ景色を見て進む。
 フローネもまた溢れ出る枯れない涙を拭わずに、前を見る。
「きっと、また会おうね」
「――ずっと、待っているから」
 約束に。

 ソフィアがふと気配を感じて振り向くと、そこには空木・樒(病葉落とし・e19729)の姿があった。
「樒殿、戻られていたのですか」
「えぇちょうど先ほど、間に合わせました。長い旅路に向かうのですから改めてご挨拶をと、差し入れをお持ちしましたよ」
 手渡されるズシリと重い包み。一本ぬきだして見せた瓶の中身は彼女に限っては決まっている。
「これは、どのような薬でしょう?」
「いわゆる万能薬を。効能はまあ、地球一の凄い効き目だと永年保証しておきますよ?」
 クレームは直接でしか受け付けませんけれど、まことしやかに言う病葉落としの薬師には、ソフィアも冗談と受け取ったのか半笑い。
「じゃあ、もう言えませんね。宇宙の彼方では……」
「帰ってきてからでいいですよ。少なくとも、わたくしはまた再会できると思っておりますので」
 そして、ばっさりと語尾を食う樒に、ソフィアは言葉を失った。
「しかし樒殿、我々はデウスエクスの不死を」
「ネガティブな仮定など、想定はしても信じる意味などありません」
 畳みかける樒に、ソフィアはハッと顔を上げた。
「叶いませんね……樒殿には」
「ふふ、不老不死の薬とか作ってしまい、吃驚するほどの未来、地球でもない宇宙のどこかで会えるかもしれませんよ?」
 ケルベロスたちは何時だって不可能を可能にしてきた。
 そしてこう微笑む樒の言葉を聞いていると、彼女は成し遂げるのだろうという気がしてくるのだ。

「ここにいたか。 リリエ・グレッツェンド」
 披露宴のケルベロスたちを見守りつつ、帰りに備えようとヘリオンを尋ねたリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は、影からの声に小首をかしげた。
「そういうお前はランサー・ファルケン……だったか? 間違っていたらすまない」
「ありがとう。いや気にしないでいいしあっている。話したいのは俺の事じゃなく、とある国の刑務所に収監されている親友からの預かりものだ」
 怪訝そうなリリエの顔は、ランサー・ファルケン(正義を重んじる騎士・e36647)の切り出した言葉に固まった。
「それは……彼っ、英雄の」
 一瞬言葉に詰まる。今やその人物に名前はないから。いや英雄の名を被る前の名前を、リリエは聞いていたが口に出したくなかったから。
「英雄か……親友として感謝する。希望は未来ある者達に託すべきだと言われたよ……彼からだ」
 リリエの手にランサーが握らせたのは、向日葵のペンダント。そこに嵌められた石はトパーズ……その石言葉は『希望』であると、リリエも聞いたことがあった。
「なぜ……どうしてだ」
「馬鹿野郎と思ったよ。静かに生きていれば、誰かと結ばれて、幸せな生活を送れただろう……だが、あいつは自らの未来を絶ったんだ」
 夜の帳に包まれた城ヶ島の空を二人は見上げる。やるせない気持ちを胸に隠し、涙がこぼれないように。
「忘れると思うなよ……ケルベロス」
「……だから俺は語り継ごうと思う。大罪人でありながら、偽物を演じ続けて戦い、多くの人々を救った……一人の名無しの英雄譚をな」
 今日という日、共通の友人に繋がった二人のケルベロスは、思いを抱いて夜空を見た。

●星の子になる前の
 万能戦艦ケルベロスブレイドが飛ぶ。
 かつてぶつかりあったダモクレスの本星、恒星間宇宙船マキナクロスを月軌道上から見上げる姿は一つの終わりであり、始まりを象徴するようであった。
「長い戦いもやっと終わったけれど、かつて敵だったダモクレスの本星であるマキナクロスにいると言うのも数奇な運命を感じるわね」
「故郷というのは、そういうものなのかもしれない」
 思えば初出撃となった鎌倉奪還戦でもダモクレスと戦い、最後もダモクレス絡みで終わる。シータ・サファイアル(パンツァーイェーガー・e06405)の感じた運命を、ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)は言わずとなしに肯定した。
 マキナクロスの展望窓に映る万能戦艦ケルベロスブレイドが、彼方の地球が美しく流れていく。
「少し食べるか?」
「いただくわ。最後だものね」
 ティーシャの差し出した城ヶ島からの差し入れをつまみ、シータは優しい溜め息をついた。
「正直ずっと迷っていた。自分は何をすべきか……けれど、やっと決断できる」
 平和になった城ヶ島を、世界を見て歩き、散策し、ティーシャは旅立ちを決めた。
 嘗て戦場として駆けた宇宙を今一度戦いではなく平穏を齎すために。
「私もわかった。この宇宙には未知の惑星がいくつも存在している事を改めて知った以上、私はもっと色々な惑星やデウスエクスを見てみたい……」
 きっとそれは、かつてオウガの主星だったプラブータに初めて足を踏み入れた時からだったのかもしれない。
『艦内【レプリフォース】へ通信を受信。出立まで残り三十分』
 マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)から、『R/D-1』戦術システムが告げる。
 マキナクロス内の空間投影ディスプレイに接続すれば、そこには万能戦艦ケルベロスブレイドからの見送りの姿。
「通信。旅立つ【レプリフォース】へ……いよいよ、だね」
「マキナクロス、妹たちをお願いします」
 天音、ピコ、それに彼女らを送ってきたリリエの姿も。
「レプリカントとなって行き場の無かった私を受け入れてくれたコミューン、そして旅団のみんな……今まで本当にありがとう! 元気でね……!」
「行ってくる。さよならだ皆。さようなら地球よ、しばしの別れだ」
 挨拶を交わす仲間たちへ、リリエはペンダントと下ろした帽子を握り、敬礼をもって返す。
「いつかまた、などガラにない希望的観測はいわないぞ、ケルベロス……元気でな。帰れる場所くらい残してみせる。胸を張って生きてくれ」
「お前さん、地球に残るのは……そうか。またいつか会う日が来るのか、今生の別れになるのかわからんが、今までありがとう。本当に世話になった」
 ガラじゃあないと、ガラにならない事を言う。そんな矛盾も、今では愛おしい。
『出立まで残り十分』
「そろそろか……元気でな、マーク。【レプリフォース】のみんな……ありがとう。生命尽きるまで忘れはしない」
 その言葉を締めにリリエと仲間たちの姿が消え、艦内にわずかな静寂が訪れる。
「みんな、行ってしまいましたね」
「そうだな。では行こうか、ソフィア」
 少し寂し気なレプリカントの少女の声にマークは振り向き、言い直す。
 道は違えど、長い旅路はここから始まるのだ。

 今夜、かつての故郷の星が旅立つ。
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は新たな故郷となった青い星から見上げ、その光景に思いを馳せる。
「あなた達の活躍をずっと見てきた。悩む姿も見てきた。ケルベロス……地球の民として、共に戦い、在れた事、幸せでシタ――ありがトウ、いってらっしゃイ」
 親しき者と共に過ごした時間は掛け替えのない記憶。
「宇宙一のアイドルへ……いつも、あなたらしく輝いていて。創造主と語った店主へ……あなたの歩む所、眩い世界が開けていますよう」
 そして、アスガルドを想う友。縁に恵まれた同志へ。
「どこにいても、何があっても、俺は、この星からあなた達を応援していマス。挫けそうな時も、喜び溢れる時も忘れないでいて――」

●ラスト・フライト
 青葉・幽(ロットアウト・e00321)が振り返ると、青い美しい地球が見えた。
 切れ切れの雲の毛布の中に丸まり、宇宙の寒さから身を守っている。
 あの星の日本列島、大阪……そこが彼女の眠る世界。
「超光速航行ともなれば多分帰っては来れないでしょうし、もう二度と見る事も出来なくなるでしょうね」
 だから、決して忘れる事の無い様に。第四王女レリと白百合騎士団の眠る地の夜景を、幽はその眼に焼き付けた。
「アスガルドに生まれたアイツが地球の土になり、逆に地球に生まれたアタシはアスガルドの土に還る事になるでしょう」
 行く先はもう決まっていた。レリの故郷、アスガルド。
 戻るつもりもない、戻れるかもわからない。
 考えてみれば因果なものだと幽は唇を歪ませる。
「さようなら、レリ。そしてありがとう、支えてくれたみんな……それじゃあ、いってきます」
 どのような神、あるいは霊的存在が星の彼方に潜んでいようと、人にとって重要な事は『愛』と『死』の二つしかない……いつか、宇宙に思いを馳せた誰かの言葉が浮かぶ。
 それが正しいのかはわからないけれど、幽は光あふれる世界にゆっくりと目を閉じた。

『【R/D-1】作戦目標更新。ミッションスタート』

 そして2021年、宇宙の旅が始まる。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:22人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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