外宇宙への出航～極光の祝福

■リプレイ

●
　防寒対策はバッチリと。
「ヒコ、お前さんもかなり着込んでんな。それだけ着込んでたらあったけぇだろい？」
「実は柄にも無くワクワクしていてな？」
　雪融け想うコートにもこもこの手袋。寒さは苦手だというヒコ（e00998）の姿に、市松（e12278）もからりと笑う。
「現象自体は知っているが、目の当たりにするのは初めてだ」
「オレも初めて見るんだからよ。そりゃワクワクするってもんだ！」

　黒い空を藍や紫に染め上げて。
　降り注ぐ碧い線が、帯を成す。
　龍が空を泳ぐように。
　光に──圧される。

「すごい迫力だな……！」
「もっと小せぇのかと思ってたぜ……！　こりゃ、見事……」
　白い息を零し、瞳を丸くするヒコと息を呑む市松。光が折り重なり揺らぐ姿。
「極光と名付けた奴の気持ちがよく判る……百聞は一見に如かず、とはよくいったモンだ」
「オーロラってこんなにキレイなやつだったんだなあ……」
　足許から底冷えが迫って来るが、それよりも湧き上がる感情がふたりを温める。
「知らない事を識りに、時々は出掛けるとするか。市松とこれからも、さ」
「もっちろん！　これからもお前と出掛けたり、それから色んな景色を見に行こうぜ。世界にゃあこのオーロラみたいに知らない事が山のようにあるんだろい？」
「ああ、お前と共に探求するのは幾つになっても胸躍るだろうよ」
　高鳴る鼓動は未来への期待。
　ヒコは「……なあ、市松」大きな翼を軽く広げた。
「こういう時の為に俺たちにゃ翼があるんだと思わないか？」
「そうこなくっちゃなあ！」
　言うが速いか夜空色の翼を広げ宙へ舞い上がる。ヒコも口角を吊り上げた。
「あの高台の真上まで翔けるとしようぜ。勝った方が酒を奢るってことで！」
「うっしゃ、その勝負乗った！」
　絶対に負けねぇからなあ、と嘯いて。苔色と紺鼠の双眸がきらりと光る。

　それじゃあ、よーいドン！

●
　跳ねる白銀の子狐を追い、クー（e13956）は雪の中を往く。
　狐型のランプが足許を照らす。息を吸えば冷えた夜気が肺を満たすが、懐かしさ染む心はどこまでも温かだ。
　辿り着いた森の高台から見下ろす──ラップランドの冬。
「……ただいま」
　告げる先は、力に目覚め役立てんと旅立ちを決めたあの日と同じ景色と、
「父さん、母さん。一先ず、闘いは終ったぞ」
　瞳を和らげる。もっと助力できたのではと未練がなくはないが、後悔はない。救えた命があることは確かだ。
　指先を握り込み、クーは見上げる。
　碧い光が舞い降り、柔らかく空を覆う。何度見ても、呑み込まれる光景だ。
「私の命はまだ此処に在る。だから旅もまだ終りじゃない」
　──そう、また此処から始まるんだ。
　貴方たちも同じだろう？　碧い光の更に向こう、惑星マキナクロスへと彼女は祈る。

　どうか、祝福があらんことを。

●
「やはり冷えますね～。マロンは大丈夫ですかね？」
　ふるり震えた姿を捉え、裁一（e04479）がマロン（e17169）を覗き込むから、彼女は微笑んだ。
「この寒さは流石北極圏ですね。でも平気です！　心を繋いだ誰かといると」
　その笑顔に大きな掌を彼女の頭にぽんと置く。
「なにかあれば遠慮なく俺に」
「お父さんも冷えるといけませんから、これを使って下さい」
「おや、ありがとうですよ」
　背伸びする彼女に、裁一も腰を屈めマフラーを受け容れて彼女の向こうに空を見る。
　義理の娘と共にのんびり観光できる世界になったのも感慨深い。
「リア充という永遠の宿敵は居ますが……」
　無意識に口にした裁一のマフラーを、きゅっと締める手。はいはいと彼も笑う。
「今日くらいは爆破忘れますよ～」
　歩き始めた彼の黒い外套の袖を、マロンは抓んだ。
「……クリスマスを家族と過ごすのが幼い頃の願いでした」
「、」
「お父さん。いえ、裁一団長。小さな私を見つけて下さって、慈しんで下さってありがとうございます」
　ひたと据えられた双眸に裁一は向き直り、雪に膝をつき視線を揃えた。
「ふふ。仲間であり、俺の最愛の家族よ。此方こそ」
　手を重ね、微笑んで。「さあ、」立ち上がって彼はまだ誰の足跡もない銀世界へと彼女の手を引いた。
「行きましょうか」

　青紫の空に、鮮やかな碧の光のカーテンが揺らぐ。
「いや～、本物は綺麗なもんですね～」
　裁一の言葉に、マロンもこくこくと肯く。
　──様々な方と出会い時に戦い、絆が生まれて紡いで。今、空を彩る光は皆で掴み取った幸せの煌めきです。
「女神よ、我々に夜明けを、希望を齎し給え」
　義父の科白に、マロンも指を組んだ。
「旅立つ方にも地球に残る方にも、オーロラ様の祝福がありますように」
　幸福が永く続きますように。

●
　借りた毛布は柔らかくふたりを包むけれど、じっと過ごすには底冷えするから、不本意だけどと寄り添って。
「ねえ、翼」
　白い息を吐きながら和奏（e34101） が言えば、翼（e83841）は姉の横顔へ視線を向けた。和奏は表情を緩めた。
「小さい頃、こんな風に毛布に包まりながら、二人でサンタさんを待ってたの覚えてる？」
「……そう言えばそんな事もあったっけなぁ」
　冬の夜だというのに、窓を開けて。
「結局待てなくて寝ちゃったけど」
「起きると窓が閉まってたから、毎年『来年こそは絶対サンタさんを見てやるんだから！』って言ってたっけな」
　微笑ましい思い出に姉弟は笑い──姉は細く息を吐いた。
「……こうやっていられるの、あと、どれくらいかしら」
「、」
　どこか憂う語調に、翼は瞬いて。
　それから毛布に顎を埋め、ぽつり零す。
「……和奏がいいって言ってくれるなら、ずっといられるけどな、俺は」
　今度瞬いたのは、和奏のほう。
「……え、待って。それって、どういう……」
「どういうもなにも、そういう事だよ言わせんな恥ずかしい」
　もごもご言う弟に振り向いたとき、空に広がった光のカーテン。ゆらりと現れた碧は空を覆い尽くし、ふたりはしばし呑まれたようにそれを見つめた。
「ダメだなんて言う理由ないわ。翼だもの。……ありがとね、翼」
「お礼を言うのはこっちの方だよ」
「これからも……よろしくね」
「……これからもよろしくな、和奏」
　そして思う。このオーロラは。
　──祝福、でいいんでしょうか。
　──祝福、されてんのかな、俺ら。
　そんな大層な関係じゃないんだけどなあと翼はほんの少し面映ゆく。でも。ふたりの願いは、ぴたりと重なる。

　できることなら、ずっと。
　一緒に居られますように。

●
「ねえ、ルビー。旅をしよう」
　首の地獄を覆うようにぐるりと巻いたマフラーの下から、ミライ（e00193）ははっきりとそう告げた。
　空を覆う碧の柔らかくも鋭利な光は、揺らめいて紫へと色を変えたりしている。
　これは、宇宙から届いて惑星に届き姿を現すのだと言う。
「ボクらはさ、地球の思い出ってまだ五、六年だよね。今まで気付かなかったけど、世界って広いね。こんな景色もあるんだ」
　彼女自身は記憶を喪っているが故に。隣に立つルビー（e34567）はヴァルキュリアであるが故に。
　移り替わる光景に瞳を奪われたまま、ミライはそれでね、と続ける。
「地球を愛する気持ちは本当だけど……その地球のこと、実はよく知らないなって思ったんだ。だから回ろう。この星の隅々までまだ見ぬ景色を見に行こう！」
　その“未来”に笑みを浮かべたミライは、恐る恐る──隣のルビーの表情を窺った。
「……付き合ってくれるよね？」
　彼女の赤い瞳はただオーロラへと据えられたまま。
　ぽつりと落ちる、小さな声。
「……私は地球を愛した、です。不死を捨ててでもこの星で生きたいと思った、です。初めはそう、でした。だけど今は──」
　ルビーはひたと、隣のミライを見つめた。
「ミライ。貴方がいるから、です。貴方を一番に愛してます。貴方の隣で生きたい。それが今の私の願い。貴方の居場所が私の居場所、です」
　そして、彼女は彼女の手を取った。手袋に包まれた互いの手を重ねて、ふわと微笑む。
「だから、ええ。貴方とならどこへでも」

　ずっと一緒、です。

　囁くように、祈るように告げられた言葉はあたたかく。
　オーロラの祝福の下、ふたり、笑い合った。

●
「うぅぅ、しっかり防寒したつもりだけれど、やっぱり冷えるわね」
「ああ。日本の冬も中々冷えるが、この北欧の地とは比べるべくもない」
　肩を震わせたさくら（e04235）と己の身をしっかと毛布で包み、ヴァルカン（e22558）は彼女の細い肩を抱き寄せた。
「こんな風に身を寄せ合って温め合うのも、すっかり冬のお約束になってしまった気がするわ」
　ヴァルカンも眦を和らげつつ小さく告げる。
「……あまり身体を冷やしてはいかん、いずれ君だけの身体ではなくなるのだから」
　さくらは微笑んで、彼の胸に頬を摺り寄せる。今だって、わたしはわたしだけのものでは──もう、ないのだけれど？
　──わたしのサンタクロースを独り占めできるのも、あともう少しかな。
　なんて。噛み締める彼女を、ふたりを祝福するように光のカーテンが舞い降りる。
　柔くも凜とした碧の輝きが広がる様を、ふたり、見つめる。
「、」
　ヴァルカンが身動ぎしたかと思えば、不意に落とされたくちづけに、さくらの頬はぱぱっと熱を帯びた。
「……ずるい」
「大丈夫、皆オーロラに夢中で、こちらの方など見ておらぬよ」
　温めるためだなんて嘯く素知らぬ顔の彼に、さくらは唇を尖らせる。
　この光の基である星の海には、行かないと決めた。
　旅立つ同朋たちの帰る場所を護りたい。その願いも勿論あるけれど。
　なによりもやがて迎えるであろう新しい家族にはふたりの大切な場所、ふたりの故郷を、知ってもらいたかった。
「次にここへ来るときは、三人で、だな」
「……ふふ、そうね。わたしとあなたと皆が守ったこの星のたくさんの素敵な場所へ、三人で、行きましょ♪」
　反撃のくちづけをお見舞いして、彼女は咲った。
　この星でこれからも一緒に過ごせる幸せに酔いながら。

●
　さく、さく、と響く足音はふたり分。
　あ、と指すのは満天から流れる星ひとつ。
　願いが間に合わなかったと笑うシズネ（e01386）に、もう叶っているよと口にはせぬままラウル（e01243）は笑み返す。
「ああ、俺の大好きな君の色だね」
　次第に空を覆うオーロラの紫に、碧に、色を変える鮮光にラウルが零せば、シズネは破顔する。──星々の光は少しそのなりを潜めるけれど、確かにそこに在り続ける。
「……こんなに幸せでいいのかな」
　かそけく零したのはどちらだっただろう。
　お互い聴こえたようで、あるいは己の心の裡で響いたようで。ふたり、視線を向けることもなくただ空を泳ぐ光を仰ぐ。
　──君の隣で生きる日々が幸せ過ぎるから、泡沫の夢が如く消えてしまわないかと。
　──おめぇと想いが通じ合ってから、幸せは膨れるばかりだから。
　幸福の奥に、冷たく昏い不安が根付いているけれど。

「「……いいんだよ」」

　今度は確かに、互いの口から紡がれた音。
　弾かれるように視線を重ねた途端、ふやとシズネは相好を崩した。
「……あたたかい」
「うん、あたたかいね」
　それは不安を押し包むほど。優しくて、幸せで──うれしくて。確認し合うとなお胸の奥に燈るぬくもりに、シズネはそっと顎を上げてラウルの頬にくちびるを押し当てた。
「愛してる」
　くすぐったい感触にラウルも眦を和らげ、シズネの耳許に囁く。
「俺も愛してるよ」
　どちらからともなく絡めた指。手袋越しでも確かに感じる誓いの環。白金と金の永遠。
　引き寄せられるように額を合わせる。それはシズネがラウルに贈った、 “家族の印”。至近距離で緩む互いの表情に、更にあたたかい。

　──こんな幸せを、この先もずっと。
　──今もこれからも、……ずっとずっと、その先も。

●
「もふもふだ、あったけー……」
　ラルバ（e36610）が瞳を輝かせ撫でた橇前のハスキー犬たちの毛並は手袋越しでも伝わったけれど。
「走ると速ぇぇ！　落とされるぅぅ！」
　アトラクションとしてのロヴァニエミの犬ぞりは、坂を駆け下りる。
「キャー！　犬ぞりも素敵！　……くちゅん！」
　下り終えたラルバが犬たちをもふり暖を取るのに、氷のホテルを「すっごいオシャレ！」とめいっぱい撮っていた篠葉（e56796）がシャッターを切って──照れて笑う。
　狐のプライド（？）でトナカイの毛皮は借りずもこもこのコートに身を包んではいるけれど。
「温かい飲み物とか欲しいかも」

　湯気立つ飲み物を手に外へ出ると──碧の光線が降り注ぎ神秘的としか言い表せない揺らぎで世界を照らしていた。
「わあ……」
　篠葉は初めてのオーロラにカメラを向けることも忘れる。
「……女神の祝福、か。こんなの見れば、そう思っちゃう気持ちも判るかも」
「ああ、希望とかの女神の名前なんだってな。なら、宇宙に行くみんなにも地球に残るみんなにも、希望があるように願ったら叶うかな」
　デウスエクスを散々屠ってきたケルベロスに効果があるのかは判らないけどと呟き、それでも篠葉も胸を張って空を見上げた。
「でも、この素晴らしい景色を未来へと繋げることができた。それは間違いなく、誇らしいことで──とっても嬉しい」
「ワーォ！　すっごく綺麗だねぇ♪」
　機嫌な足取りで辿り着いたシイラ（e34842）も共に、しばし祝福の光の中に佇んだ。

「シイラさんは、外宇宙に出たらね、運命のメンズに逢いに行くの☆」
　浮かべた期待の笑み。“普通”や“常識”には馴染めなかった。その元気と劣等感を歌と剣術に注いだ地球での生活。そんな、私でも。
「大宇宙でお嫁さんになるのさっ♪　きゃーっワクワクしちゃう！」
　彼女の言葉に篠葉もぱたぱたと尾を振り、地球残留組のラルバは零す。
「宇宙に行くみんなとは、過ごせるのも最後かもなんだな」
「……置いて行っちゃう友達や家族はいるんだ。寂しくないって言ったら嘘だよ」
　微か眉を寄せ笑ったシイラは、でもね、と歌うように告げた。
「大丈夫なの。だって宇宙は果てしなく繋がってるから！　キミも私もあの子達も独りじゃぁないのさ♪」
　その晴れやかな顔にラルバも肯いた。
「じゃあオレもさよならは言わねえぞ。いつかまた会おうぜ！」
「うん。私の、みんなの未来へ幸あれ、なんてね」
　篠葉も贈る。呪いではなく、祝いを。

　ふたりと別れ歩き出したシイラは見上げた。オーロラが目に沁みちゃうな。
「ル・ル♪　ル……」
　歌声は途中で震え、嗚咽に変わって。
　声の限りのそれは──此の星へのラブコール。

●
　氷のバーに並んで掛けて、温かい紅茶にほぅと息を吐いた。
「そういやあんたの最初の誘いも冬だったな」
　随分と長いこと経ったもんだ。グレイン（e02868）は、五年前ですねと応じるチロル（en0126）へ笑う。
「きっとあの頃は透けて見え……いや、今の方が筒抜けか」
「ふ。ええ、はい」
　照れて頬を掻くグレインに、チロルはあのときと同じに揺れる彼の尻尾を見る。ならば隠す必要もないと、彼は誘う。
「一緒に外から見ようぜ」
　初めてのオーロラに、再びの銀世界に、跳ねる心は同じ色。

　白い息を細く長く吐き、毛皮のコートを纏うアレクシア（e35121）は空を見上げた。
「さすがに寒いけれど、苦にならないものね」
「ああ。……昔ならこんな寒いところは嫌だって、行こうともしなかったかもだけどな」
　同じように白い息零して眠堂（e01178） も口許を緩める。初めての北欧は想像以上に冷え込むけれど。
　──寒さへの苦手意識は消えたわけじゃねえけど、今は悪くないとも思える。
「昔のままだったら、こんな風にオーロラをこの目で見るなんてできなかったな」
　合流したグレインとチロルに眠堂は軽く手を挙げる。丁度だぜ、と。
　ゆぅらり。
　碧が星空を照らしたかと思うと、拡がっていく。走り泳ぐように揺らめき空を照らす。
　感嘆の声を零したのは誰だったろう。
「──美しいわね、この星は」
　誘われるようにアレクシアがその祝福へと手を差しのべる。眠堂も肯く。
「こういう景色を求めて、世界を巡るのも楽しそうだ」
　彼の科白に、そうねと彼女は瞼は伏せた。宇宙へ旅立つ前に見ておきたかったのよ、と。
「私はまだ見ぬ景色に会いに行くわ」
　いつか、この宇宙すべてが平和になったら……一体どんな景色が見られるのかしら？
　途方もない望み。他意なく瞬くグレインに、アレクシアはうつくしく微笑んだ。
「故郷の海の青さは、私の髪の色に。夜を暖め続ける灯火は、私の瞳に。どんな海も渡っていける翼は、私の背に」
　うたうように紡ぐ。
「想いを伝えるための歌は、私の魂に。──恐れることはないわ」
　私は未来へ飛んでいけるの。
　清々しいまでの彼女の外連のない声に、眠堂は素直に感心する。
「俺自身は一処に根を張るのがやっぱり性に合うもので、変わらず地球住まいだが」
　これから旅立つひとはその巡行の舞台が宇宙になるのか、と。
「銀河にも知らない星にも、ここに劣らない絶景がありそうだ」
「でも、ねえ、きっと、また会えるかしら」
　この景色に、親しい人達の笑顔に。肩を竦めアレクシアは唇を綻ばせる。
「その時にはきっと、優しく迎えてね」
「帰ってきたら話を聴かせてほしいもんだな」
　そう願うから、俺もさよならは言わねえことにする。潔い眠堂に続き、グレインも力強く肯いた。
「ああ。あんたに贈るのは“いってらっしゃい”だ」

「送り出す側ってのは色々思うんだな」
　彼女らと別れて、グレインがチロルへ言う。
「あんたがいつも感じてたのとは違う部分もあると思うが」
「同じですよ。無事のご帰還を。俺が願うのは、それだけです」
　そうだろうかとグレインはこんなときでも下げている幻想帯びた拡声器へ視線を落とす。
「だから感謝しています。誓いを守ってくれてありがとう──グレイン」
　ひたと向けられた宵色に、彼は小さく首を振った。
「……これからの事、色々調べたりするつもりだ。あんたに言ってもらったのも含めてな。師匠の教え方はクセが強かったから、教え方の教えを乞う事になるかもな」
　絆はこれで終りじゃ、ない。

「これからもよろしく頼むぜ」

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「皆も地球に残るんだものね。勿論私も」
　アリシスフェイル（e03755）の確認に熾月（e17223）と、お揃いのマフラーを巻いたロティとぴよもこっくり。
「そう、俺も残る組」
「俺も俺も！」
　身を乗り出し、スバル（e03219）も手を挙げる。
「地球に残るよ。まだ行った事無い場所たくさんあるからね」
「私も、まだ見た事ないものや行った事ない場所が沢山あるのに、地球を離れるのは惜しくて。外の世界にも楽しいことが沢山あるに違いないんだけれど」
　ねー、とアリシスがぴよの嘴を突いて笑えば、ぴよも眦を細めた。
「うん。空の向こう側だってもちろん気になるよ。でもふたりのいう様に地球にだって未だ見たこと無いものも多いしさ。俺はまだ、君たちと笑ってたいかな」
　そんな姿に熾月も淡く微笑み、スバルも彼らの顔を覗き込んだ。
「俺も、皆とはまた会いたいから。会いに行くから、元気でいてよね！」
　ひとりひとり視線を合わせ、熾月を頼んだぞ、ロティ！　スバルはロティとハイタッチ、それからぎゅうっとハグをした。
　これから、それぞれの路を往くのだろう。
　──少しずつ離れて、こうやって出かけられる機会も減ってしまうのかな。
　あっ、ほらオーロラ！
　俯き掛けたアリシスが指差す先、碧の極光が差し込んだ。
　──ううん。こうして一緒に見た景色も、気持ちも心には確かに残っていくから。
　しばし五つの影は、不安定に揺れながらもはっきりと移り変わっていく光景を見つめた。

「……ありがとう」

　ぽつり口火を切ったのはスバル。彼はちょっぴり照れ臭そうに相好を崩す。
「皆に出会えて、一緒に戦ったり、遊びに行ったり美味しいものを食べたり……本当に楽しかったよ」
　殊勝な彼の言葉に、けれど熾月は少し眉を寄せて笑った。
「ふふ。同じ星に居るんだ、会えるよ何時だって」
「……そうね。同じ星にいるんだもの。会いたいと思えばいつだって行けるわ」
　先程の感傷を振り切るようにアリシスも肯く。熾月は小指を立てて見せた。
「記憶にも想い出にも残るけど、偶には更新しようよ。医者の不養生には気をつけるから」
　軽口めいた科白聞けば、胸を埋めるのは寂寥よりも安堵だ。
「うん。……じゃあ、俺の大好きな人達が、これからみんなみんな幸せになりますように。ってこれは流れ星か。まあキレイだし、星も見えるし、お願い事したっていいでしょ！」
　スバルは言い訳のように笑いながら、それでもオーロラに向けて瞼を伏せた。
「クリスマスだし、たくさんの人に『God bless you』だよ」
「俺たちが重ねて歩む先は、『次』を約束する未来、だよね？」
「いいわね、未来の私達への幸せを願っていきましょ！」

●
　ユ～ノ！　と声掛け連れ出したのは銀世界。用意したのはふたり乗りの橇。
「ちゃあんとつかまってるんだぞ～！　そぉれ～！」
　すっぽりミクリさんはベーゼ（e05609）の足許。お誘いしたユノ（en0173）はもちろん後ろに。
　風が冷たいけれど、なだらかな坂を選べばゆるゆるとふたりを乗せて橇は行く。
「ここにはおれ達しかいないし、こうしちまえばほら……ユノがどんなカオしてるか、もうおれからはわからない」
　背中の服を掴む感触がある。温かいのは額を寄せて俯いているのだろう。
「きかせてよ。ユノが想うコト、キミの言葉で」
　迷うなら、迷うままでいいから。
「……」
　いつしか橇は止まり、ベーゼはただ静かに星空を見上げて待った。

「……やくそくの名前、まだ聞いてない」

　ぽつり零された言葉に、くまは瞬いた。ぎゅう、と更に指先に力が篭もるのが判る。
「笑顔にするって言った」
「うん」
「隣にいるって言った……っ」
「うん」
　うそつき、と声が嗚咽に揺れる。ベーゼは身を捻った。やっぱり俯いた彼女のちいさな手に、毛むくじゃらの大きな手をそっと重ねる。
　ただ、キミの隣にいるって伝えたくて。
「おれはほんとに、ユノに笑って生きてほしいって、思うよ」
　──ほんとうは、
「きみが宇宙から帰る頃には僕は死んでる。こんななら、定命化しなきゃ良かった……っ」
「ユノ、」
「こんな我侭、だめだって知ってるのに。……さいごは、やだ……！」
「、」
　いかないで。
　涙で濡れたペリドットが、ベーゼを見上げた。
　──その隣で生きたいって、
　────思って、しまったんだ。
　胸の奥のやわらかいところをついた衝動に、ベーゼ自身も知る。贖罪でも、世界の平和でもない。
　──おれの、一番の願い事は、

「うん、……ありがとう、ユノ」

●
　星の姿を覆うほどの、ひかり。
　帯を成した極光は揺らめいて。
「ただ綺麗というだけでは足りない。女神の名を冠しているというだけあって、神々しいというべきかな」
　白い息と共に零したアガサ（e16711）の背後で、いくつかシャッター音。
「いろんな空を見てきたが、この空もまた格別だなぁ。この上なくオレららしい夜だ」
「撮ったの」
「シルエットだけな」
「ティアンたちらしい？」
　笑うキソラ（e02771）の前でティアン（e00040）が首をくてりと傾げる。
「あれは、宇宙から来たものが見せているのだという。色んなものが随分遠くから来るものだ」
　オーロラ、デウスエクス、己の祖先も、遡ると、そう。長い耳をそよがせてティアンはふたりを見た。
「キソラやアガサは宇宙、行く？　残る？　ティアンは地球だ」
　地球でもまだ知らない、見てみたい所がある。
　言い切る彼女に、んー、とキソラは首を捻る。彼は地球人。ルーツだとかはなにも知らない。だけど。
「オレも同じ。まだ見た事ナイ沢山の命を、景色を、確かめに行きたい」
　だからこそ。
「だから、宇宙へ行くよ。地球の全部を見れてないのは名残惜しいけどな！」
「キソラは宇宙か……どんなところなんだろうな。宇宙人の友達出来るかな。あたしは此処に残るよ。こんなあたしだけど、必要だと言ってくれる人がいるのなら役に立ちたいと思うから」
「そうなの、」
　からりとした笑顔と特に感慨無さそうに見える表情。いつもどおりのふたりにティアンは小さく零す。
「ティアンとはまたいつか、どこかでばったり会うこともあるかも」
「ああ。何処かで擦違えるといい」
「そうだ、其々撮ったの交換しないか？」
　この時、共に見た空をいつでも思い出せるよう。──別れを惜まない訳じゃないから。
「写真交換、いい思い出になる」
　もう会えなくなると、いうのなら。

　ティアンはカメラの設定を確認し、空へとレンズを向けた。かつて教わった動くものの撮り方を今一度、意識して。
　その茫として見える横顔だっていつも通りだとキソラもファインダーを覗く。
「同じ空の下で結んだ縁は、この星だけに留まらず、どこまでも広がるンじゃねぇかな。これからももっと多くの空が見れるとイイ。お互いに、ずっと」
　ティアンは彼を見、そうだなともう一度空を見た。
　──遠く遠く、多くが辿り着いたこの星からいま、未知なる涯へと旅立つひと達に、
「祝福多かれと、願う」
「地上にいても宇宙にいても、これから先は希望でいっぱいだ。お互い頑張ろう」
　口許和らげアガサもシャッターを切る。巧くいくかは判らないけれど。
「この写真を見るたび、今夜のこの時のことを思い出すよ」
　きっと、必ず。

●
「メリリル寒すぎたりしない？　私は準備万端だぞ！」
　毛皮のコートをもっこもこに着込んだリーズレット（e02234）が寄り添う相手は瑪璃瑠（e15685）。
「えへへ、温かいんだよ！」
　綻ぶ笑顔は三人分。
　そうして銀世界の空を覆う、極光の下へと歩いた。
「……昔ね、」
　揺らめく絹のような碧を見上げて、リーズレットが零した。
「私は絵で描かれた空を、ずっと一人で眺めていた事があるんだ」
　それがいつのことか、彼女は詳細を続けない。そっか、と瑪璃瑠は肯いて同じようにオーロラを見上げた。
「昔はボク達──わたしも一人で夜空を見上げてばかりいたんだよ。美しいものはお月様しか知らなかったから」
　美しいものしか見ていたくない、環境だった。瑪璃瑠は双眸を細めた。
「でも今のボク達は知っている。月夜以外にも綺麗な空は沢山あるんだって」
「うん。そう言うのもあってメリリルとこうして綺麗なオーロラを見るのは、ひとつの終りでもあり、始まりでもある気がするんだ」
「ふふ、そうだね。オーロラは夜明け齎すのだから。始まり、だよね」
「それと、前に一緒に見た空と同じくらいの綺麗な空を、現実でも一緒に見たかった」
　重ねた大好き。
「綺麗だね、リズさん。とても綺麗……」
「うん」
　幸せが胸に心に溢れる感覚。彼女“達”が隣に居てくれるぬくもり。
　瑪璃瑠はそっと友の手を取った。
「これまでに、ありがとう。これからも、よろしくね！」
　ボク達のこれまでのこれからの思い出の積み重ねは、オーロラも顔負けな美しさ間違いなしなんだよ！
「リズさん。「メリークリスマス！！」」
「メリークリスマス！　来年もまた一緒にクリスマスしような、メリリ、リルル！」
　弾けるふたり分の笑顔に、彼女も手袋の掌を重ねた。

「それと、『おはよう』だよ！」
「ああ。オーロラのカーテンを開けたら『おはよう』だ！」

作者：朱凪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2021年12月24日 難度：易しい 参加：28人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 5／キャラが大事にされていた 2
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