●外宇宙への出航
アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利して半年。新型ピラーの開発が成功し、ダモクレス本星マキナクロスにおけるケルベロス達の居住区も完成を迎えていた。
——それは、旅立ちの準備が整った、ということであった。
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。マキナクロスの出航の時がやってきました」
レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って、集まったケルベロス達を見た。
「マキナクロスの出航に必要となる膨大なエネルギーには、季節の魔法『クリスマスの魔力』を使うことになりました。クリスマスの魔力を最大限に高めるためにも、ばばーんと地球のクリスマスを満喫してみようー、ということになりまして」
今回も、色んな所のクリスマスイベントに遊びに行こう、ということになったのだとレイリは言った。
「……外宇宙に向かう皆様と、地球の残る皆様はもう二度と会うことが出来なくなるかもしれません。折角なので、とびっきりの思い出作りに行きませんか?」
今日という日を一番の思い出に、今日までの大切な時間を思い出すにも、きっと良い日になるだろうから。
「クリスマスのイベントに、遊びに行きましょう」
そう言って、レイリはぴん、と狐の耳を立てた。
●水晶湖と星の欠片
「と言うわけで、クリスマスイベントなんですが、日本国内で行われるイベントに遊びに行きませんか?」
クリスマスイベントが行われるのは、水晶の湖と呼ばれる場所だ。冬の今の時期、凍り付いた湖面の上を歩く事が出来る森林地域にある透き通った広い湖だった。
「実は湖の畔にあった大きな木が、ぐんぐん生長しまして……、今年はその木をクリスマスツリーにしよう、という話になったのだ」
飾り付けに使われるのは、星のオーナメントだ。触れた人の体温で変化すると言われるその飾りを、一人ひとつ、好きな場所に飾るのだ。
「飾り付けは夜に行うので、ピカピカになっていくツリーが見れると思うんです。それに……」
レイリは一つ、言葉を切る。
「凍り付いた湖には、空の星もいっぱい映りますから。夜空の星と、皆様と飾り付けたお星様、どちらも目一杯満喫してしまいましょう」
この星が宇宙から見えなくても——きっと、みんなで作り上げた星は大切な想い出になるから。
「それと、水晶湖のモミの木にはちょっとした逸話があるんです」
二つ星の下で、結んだ約束は永遠になる、と。
それは、旅の鳥と、水晶湖に住んでいた鳥が交わした約束から生まれた物語。旅の鳥は、春の花と共に返ってきて、言ったのだという。
「ほら、本当になったでしょう? と」
それは旅鳥と鳥の恋の話。
仲の良い二羽の物語から、この場所で結ぶ約束は永遠になる、と言われているのだ。
「へぇ、そうなんだね」
「渡り鳥が帰ってきただけだねって言わなくなった千さんの成長を感じます……」
「レイリちゃんが厳しかったからなぁ」
「わー千さん、スパルタが良いですか?」
にっこりと一度笑ったレイリが、千鷲を黙らせる。年上の友人に、ゆるり、と尻尾を揺らしてレイリはケルベロス達を見た。
「理由なんて、勿論色々かもしれませんが……、この木の下で、約束をする方々も結構いるみたいなんです」
だからもし良かったら、とレイリは笑みを見せた。
「永遠はなくても、永遠にしたい約束があったら結んでみるのも、試してみるのも良いんじゃないかと思いまして」
そこまで話すと、レイリは集まったケルベロス達を見た。
「クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは外宇宙に出発する事になります」
恐らく、マキナクロスは光速を超えて外宇宙に向かうだろう。出発した瞬間に姿消滅し、以後、観測も出来なくなる。月軌道まで万能戦艦ケルベロスブレイドで見送りに行く事は出来る。そこが最後の別れとなるだろう。
「楽しみましょう。このクリスマスを、存分に楽しんで。そして沢山の想い出を作りましょう」
レイリはそう言って、微笑んだ。
「さぁ行きましょう。皆様に幸運を!」
●
冷えた空気に零す吐息が白く染まっていた。満天の星空の下、水晶湖の端に腰を下ろし育ってきたモミの木は今や見上げる程の大きさに成長していた。今日のクリスマスに似合いのクリスマスツリーだ。
「この星を樹に飾り付ければ良いと……ね。何でも体温で色が変わるっていうし手が届く方が良い?」
響銅の分と二つ、星のオーナメントを受け取った清嗣がゆるりと視線を上げた。見上げれば、モミの木を彩る様々な色彩のオーナメントが見えた。
「……」
まうと一緒にぎゅ、と星のオーナメントを握って春臣は旅立つ人達の無事を祈る。地上より永遠に、儚くも、願い、続ける一歩として。
「飾るのは、どこにしましょうか? 飛べば高い所も飾れますからね」
「そうだな、オーナメントは宇宙からも見える様に出来るだけ高い所へ」
巌の言葉に応じて、春臣が空に招く。ツリーの枝には、ひとつ、丁度ウォーレンが清嗣に連れられて星を飾った頃だった。
「空にも湖にも木にも星。僕ら自身も星になったような気がする」
小さく笑みを零すようにウォーレンは微笑んだ。灯す星はそれぞれの色に染まって、大きなツリーに色を、星を沿えていく。
「巌さんはできない約束はしない主義って言ってたけど、星に願いをかけるのはいいよね」
「約束じゃないけれど、願い事ならしてもいいんじゃないかな?」
龍次の言葉に、小さく頷いてウォーレンは願う。ずっと皆で仲良く遊んだりできますように、と。その心が届くように、星はぴかぴかと輝く。
(「ずっと先のことはわからないけど、僕らは守った。だから未来は必ず来るんだ」)
明日をも分からぬ日々があった。今日すら、ほんの少し先さえ見れずに、掴めずにいた日々も。
「俺は、そうだな……俺や俺の身近な人が幸せになってほしいかな」
仲間達の声を話を聞きながら、巌は春臣に嘗て見た物語を紡ぐ。
「彼が言ったのと同じで、毎年Xmasが来る度に、今日の事を思い出すのだろう」
それはきっと永遠と呼べるのかもな。
冷えた夜の風が星を揺らす。水晶湖の一角に、月明かりに照らされた影法師がひとり立っていた。
「……」
湖面を滑るように影法師は遠く古き時代の舞を演じる。指先が夜の空気を招き、冷えた大気に長い髪が揺れる。その舞を、何処からともなく現れた動物たちが見守っていた。
「……」
舞の終わりに零れる吐息だけが白く染まれば、影法師もまたこの世に影を置く存在であると、知れる。動物たちに見守れるように影法師は星を置いた。淡く輝く光を後にして、影法師はあどけない少女の装いへと変わった。吐息だけを置いて、橘花は賑わいに踏み出した。
コトン、と小さな足音がした。紛れるように消えたそれを見つけることは誰にも出来ぬままに、冷えた風がディークスの吐息を白く染めていた。
「良い誘いに感謝を、レイリ」
「ディークス様も楽しんで頂けると嬉しいです。どこに飾られるんですか?」
レイリの言葉に、そうだな、とディークスは視線を上げた。
「あの辺りにでも」
身軽に飛び上がり、星のまだ少ない場所に飾る。そのまま太い枝に手をかけて辺りが一望出来る場所に足を置く。
「地球にはまだこんなにも美しい風景があるんだな……」
水晶湖に映る光と空の星、オーナメントの輝きが優しくディークスの瞳に映っていた。
また一つ、星が灯る。
「ふふ、綺麗なお星様になったわね。……メロのも、一緒にあたためてくれる?」
「ふふ、もちろん。あったかくなぁれ」
なんておまじない。くすくすと肩を揺らして、小さな手をもう一度ぎゅっとすれば梅太の星を灯したように、彼女の星もぴかぴかと輝いていた。二つ、星が並べば二色を灯す。メロゥの飾る星の隣、梅太の飾った星は彼女の色をしていた。こつん、と小さく触れたメロゥの星は梅太の色を映す。
(「メロの、いちばんすきな色」)
そう、と最後に指先で触れて、メロゥは微笑んだ。淡く揺らめくあなたの色。二つ並んだ星を見てぱちり、とメロゥは瞬いた。
「……まるで仲良しさんですね。メロたちみたい」
なんて、と頬が緩む。小さく零れるように紡いだ言葉に、梅太が笑った。
「ふふ、ほんとう。俺たちみたい。仲良しさんだね」
吐息ひとつ零すように笑った彼と手を繋ぐ。あたたかなぬくもりをぎゅ、と紡いで二人は輝く星を見上げた。
「――とてもきれいね」
「綺麗だね」
となりには、いとしい一番星。そっと、メロゥはその肩に頭を寄せた。
「あたたかいですね」
「うん、あたたかい」
囁くように告げた言葉に、身を寄せるようにして柔らかな言葉が返った。
見上げたツリーには沢山の星が飾られていた。
「カズ」
「折角のクリスマスデートですからね」
んっ、と小さくロアは零す。微笑む和真の手が甲に触れる。とん、とそこにいると告げるようにしてロアに気がつかせる。長く主従の関係であったからこそ、つい薄れがちになる恋人気分を思い起こさせるように手を結ばれる。
「……手ぐらい、今までも繋いでたと思うけど」
とん、と触れた指先、感じる体温にロアは頬を染めるようにしてほわり、と笑った。
「悪くないなっ!」
色づいた星を飾るのは折角だから、と上に決まった。翼をはためかせたロアの手に誘われるように夜の空へと和真も向かう。満天の星空に、ツリーに輝く星。大きな星の下に二つの星が一緒に揺れた。
「ロア様、これからもずっと一緒に、こうして思い出を増やしていきましょうね」
「うん、俺らの未来にもきらきらの輝きを飾ってこう!」
繋ぐ手を離さぬように二人は笑った。
星空を映す夜に囁くような楽しげな笑い声が響いていた。聞き取れる程近くは無く、けれど楽しげな空気は伝わっていく。
双子星のように寄り添っていくように、ツリーに飾り付ける。こつん、と触れた淡い光は夜空の星に似ているようで——どこか違う。シルと鳳琴だけの色だった。
「天と地の星が交わるってすごいね」
ほう、と零すシルの吐息が白く染まった。寒さを、繋ぐ手であたたかさに変えるように少しだけ握る手に力を込める。
「これから、わたし達は天の星に会いに行くんだ。琴と一緒なら、わたしは、わたし達は……」
月明かりを背に、シルは真っ直ぐに鳳琴を見た。
「この地球を、宇宙を照らす星になれると信じているからっ!」
「シルとならいつまでも輝き続けられるよ」
大切な伴侶の手を握る。指を絡めて、こつん、と額を合わせるようにして鳳琴は言った。
「宇宙を照らしに、行こう」
地球を離れても、ここで培った想いは、絆は、きらきら星のように私達の中で輝き続けるのだから。
「そりゃなるたけ高くに飾りてーだろ。おんぶ! 肩車!」
「おめーは幼稚園児か」
横目で呆れながらも、ふと思う。そうこの世の真理。男の身長180cm以上の現実を。
「まあお前らよか高いトコに付けれますし?」
「はぁ!? つか誰も飛べねーってなんだよ」
「待てよ逆に一番下に飾んのもレアくねぇか?」
問いかける声ひとつ、帰ってきたサイガの言葉に瞬く。
「一番下ねぇ」
「挑戦だろ」
からからと笑うサイガが果敢で屈み込む頭の上に星をひとつ飾る。
「ホラ手の届く範囲ってのがイイだろ、やっぱ」
「やめろ俺の頭がハッピーみてぇだろが」
サイガの上には星ひとつ、キソラの足元にひとつ。男二人して青空を映した星に彩られていた。手の届く星。傍らの光。
「だから、見た事ナイものに手を届かせに行くんだ」
静かにひとつ、キソラが告げる。ゆっくりと顔を上げた連れの顔を視界に、サイガは前を見た。
「で? 千鷲はどーすんの。星飾る位置の話じゃねぇぞ、宇宙」
「特に決まってないかな」
吐息ひとつ、零すように笑って千鷲は目を伏せた。終わる事への淡い期待は潰えたからこそ。
「このまま錆びるか、それとも……」
「来りゃイイだろ、一緒に」
「——は?」
さらりと言ってのけたサイガに心底驚いたのだ。
「いや……それ、僕は割と普通に頷いちゃうと思うけど」
良いの? と問うのは、単純な驚きが故だ。嫌では無い。決めきらずに錆びて終わるだろうと思っていたからこその驚き。やがて機械の男は顔を上げた。
「一緒に、行きたいと思う」
ふ、とサイガは笑ってキソラと千鷲の間に、入ると、ガッと肩を組んだ。
「記念に一枚。だろキソラ!」
「モチロンそのつもりだ」
シャッター音と一緒に賑やかな声が夜空の下に響いた。
「綺麗だ……」
コツン、と固い足音が届いた。外套を揺らし、和希はほう、と息をつく。
「湖の中にも星空があるみたいで……水晶の湖、という名前の通りですね」
「空にも足元にも星空……ここが地球だってこと、つい忘れてしまいそうだね」
吐息が白く染まる。揺れる髪をそっと押さえ、アンセルムはゆっくりと辺りを見渡す。モミの木には星のオーナメントが飾られていた。色は様々に、不思議と触れた体温で変じた色を保つようだった。
「……表面擦り続けたら、もっと変わったりしないかな……」
「色が変わるおもちゃで遊んでた頃が懐かしいですねー」
懐で温めたりと環はオーナメントを眺めていた。はぁ、と竜矢はオーナメントに息を吹きかける。手の中の星は瞳の色に染まった。
「これは……そうか、瞳の色なんですね」
「……皆さんのはどんな感じになりました?」
和希の声に、竜矢は視線を上げる。瞳の色に、と告げる頃には、和希の手にある星も同じように変じていた。
「出来るだけ高いところに、と……イクス? ……うん。お願い」
つい、と背を伸ばした先、和希の相棒のオウガメタルがふよふよと浮かび上がり少し高い所に和希の星を飾る。
「せっかくですし、上の方につけましょうか」
翼を広げ、ふわりと上に向かった竜矢を見送りながら、アンセルムは自分で届く精一杯の場所に星を飾る。くるり、と一周して場所を決めた環が星を飾れば番犬部の皆で色を添えた星が、大きなツリーで輝いていた。
「およめさん、だったか」
「……うん」
ふいに響いた言葉に、ティアンは薄く唇を開く。憶えていてくれて嬉しくて、零す言の葉が白く染まる。冬の気配に、星空を映す氷が冷気を招いていた。トン、と足を下ろした男が月影に立つ。見上げれば、あの日紡いだ言葉が頭を過った。
およめさん、と。
あの時は、今のような意識が無かったから、今改めて言われると少しばかり気恥ずかしい。
「手放した願いならおれが預かっとくから、気が向けばいつでもお前の手に戻してやれる」
「——」
「例えばこうやって」
手を、握られる。その温もりに、僅かに喉が震えた。幼い夢も、望んださいごも一度は諦めた事を拾い上げてくれる、手の温もりが目の潤む位、離し難い。
(「ずっと続くと思っていた日々が続かなかった。またそうなるのが本当に怖い」)
永遠に亡き人を想える己ではないのか、突きつけられれば猶の事。
「いいの」
「……」
表情は見えずとも、震えた声を聞けばレスターはただ頷いた。
今は別の願いを持てたろうか、と思っていた。あの時聞いた子供の頃の願いを思い出しながら。
手を引いて、肩を寄せる。すとん、と収まった体を凍り付く冷たさから守るように。怖れを、寒さを遠ざけ夜道を照らすのは明日への願いとひとの温度だと、今は知っているから。
「お、これがツリーにする木っぽいね」
「オーナメントの色も楽しみだね♪ ルティエと紅蓮はどんな色になるのかな?」
星のオーナメントは、触れる体温で色を変えるという。ドキドキしながらオーナメントに掌で包むように触れる。零れる色彩は、ユアの好きな月の色だった。
「ユアの瞳の色も、一緒にある感じだね」
「うん。ルティエのオーナメントも空の色と、瞳の色みたい」
二人見上げた世界を、知った世界の色を宿した星をツリーに飾っていく。少し上の方に、紅蓮が飾るのをワクワク、ドキドキしながら3人は見ていた。
「おー……綺麗だねえ」
満天の星空に飾った星。両手一杯でも足りない景色に、ルティエは笑みを零した。
「空にも氷面にも星が輝いてて、不思議」
「氷面も夜色に見えて、まるで空を歩いているみたいだよね」
「空を歩く、確かに!」
ぱち、と瞬いて傍らを見る。
「ユアとユエと一緒に来れて良かったなあ。これからも色んなとこ、お出かけしようね」
「ふふ~♪ 僕も一緒に来れて嬉しいんだよ」
微笑んでユアは頷くと、ぎゅ、とユエも巻き込んで二人に抱き付いた。
「もちろん! 今日みたいにこれからも沢山出かけて、一緒に思い出作ろうね、ルティエ! 紅蓮もっ」
この夜が明けても、明日になっても。これからも、もっと沢山の場所へ。
●
水晶湖のモミの木には沢山の星が飾られていた。彩りも様々に、淡く優しい色で空を、木を飾る。触れた熱を憶えているのだろう。ひゅう、と気まぐれな風が吹いても光は変わることは無かった。
「あなたと同じくらいに大切で守りたいものが出来たから敵対せざるを得なかっただけで。お互いに機械仕掛けの人形とは言え、肉親というものに情がないわけないじゃないですか」
そう、とエルムは紡ぐ。もういない姉へ。これが懺悔なのか誓いなのかは自分にも分からない。白く染まった吐息が指先に触れる。
「僕、まだそっちにはいけません。まだ見守りたい人たちがいるんです。僕なんかと一緒に暮らしてくれる物好きと、彼の大切な人の幸せな道行きを」
そっちに行くのもう少しだけ待っててくださいね、とエルムは紡ぐ。やる事がおわったら今度こそあなただけの弟になりますから。
冷えた風が一度吹いた。
「外宇宙への出航……か……」
ふいに、聞こえてきた声にゆるりと視線を上げる。はたはたと二人の外套が揺れていた。夜の冷えた空気に零す息が白く染まる。広い宇宙に馳せられた想いと願い。カノンの隣で、自分はどんな願いを想いを胸に抱くのだろうか。
「うつほさん」
名を呼ばれて足を止める。真っ直ぐに、石のある瞳がうつほを見ていた。
「吾輩と共に外宇宙へと旅立ってはくれぬだろうか?」
「カノン……殿」
瞬きは一つ。だが吐息を零すような笑みがカノンの瞳に映っていた。
「うむ。よろこんで」
ゆっくりと差し出した手に、そっと彼女の手が重なった。決断を委ねた先、微笑んだ姿を見て確かな安堵があった。
「ありがとう」
重ねられた手を包み込むようにして、カノンはそう言った。
誰よりも繊細で、誰よりも強いお主をこれからもずっと大切にすると此処に誓おう。
「あぁ。紺、何度だって俺は君に誓いたい。心から君を愛していると、そしてこれから先も君を愛し続けると」
永遠なんてものはないと分かっている。けど、それでも、変わらない想いがあるんだと君に誓いたい。
「俺はその事を生涯をかけて示してみせるよ」
だからさ、と愛しい妻にムギは紡ぐ。
「もう逃がすつもりはないから覚悟しておいてくれよな紺!」
「どれほどの時が経っても、ムギさんへの愛だけは不変であることを……私はここに、誓います」
そうして向けた視線ひとつ、交われば紺は静かに微笑んだ。
「お忘れですか、ムギさん。最初にあなたを見つけたのは、きっと私です」
だから、と紺はそう、と手を伸ばして告げた、
「逃げるなんてとんでもない、ずっとそばにいさせてくださいね」
「なはは、ああそうだったなうん。じゃあお言葉に甘える、ずっと俺のそばにいてくれ、約束だ」
永遠のような誓いを交わす。
星の瞬きが淡い影を作っていた。水晶の湖に映る星が、オーナメントの光を共に映す。指先、淡く灯った色彩にリクラテルは息を吸った。
「シエルさん」
すごく緊張して、声が固いのが自分でも分かっていた。貴女の傍にいられるだけで、良いと思ってた。触れられなくても、笑顔を護れればそれで良いって——でも実際はそれだけでは満足できなくて。
「俺を貴女の一番傍で護らせてください」
その手を絶対に離さないと約束させてください、と告げる。瞬きひとつ、答えを待つまでの間、世界の音が全て消えたかのようだった。きらきらと光る星の淡い影が、シエルの柔らかな髪に触れる。
「……約束、よ」
そう、言ってくれた彼女に気持ちが溢れ出す。
「……好きです」
ただその言葉だけが湧き上がって、溢れて仕方が無くて。彼女の名前を呼ぶ声が掠れる。
「……私も、好きだよ」
自分の柵をシエルは理解していた。いつか諦めなきゃと思ってた。でも、貴方がこの手を離さないと誓ってくれるなら正直な気持ちを返したい。
(「幼かった『りっくん』とは違う 、1人の男性として」)
私の柵が消えた訳じゃないから、今度は私が頑張る番。すぅ、と息を吸ってシエルは祈るように願いを紡いだ。
——だから、どうか貴方の隣にいさせて、ずっと、と。
「美しい景色ですね。今日は誘って下さりありがとうございます」
「ああ、こちらこそ同道感謝する」
心からの笑みを向けた先、霧葉の表情が緩み微笑みが零れる。良かったと、とふと安心したそこで、カツン、と珍しく足音が響く。
「今後のことだが、これからは同僚としてだけでなく傍にいてほしい」
それは何の前触れも無く提案された突然の「約束」真っ直ぐに向けられた瞳に、あぁ、とシュイは思った。貴女はずっとそれを抱え込んでいたのかと。
「ありがとうございます、聞かせてくれて。貴女のその言葉が嬉しい」
一緒にいましょう、という声が耳に届いた。これからも貴女の傍で、と柔く届いた言の葉に霧葉は視線を上げる。
「そうか、翠龍も懐いているし喜ぶ」
言の葉こそ飄々として、けれど耳が尻尾が動いていないかそれだけが心配だった。さてゆるりと動いた尾は彼の瞳に届いたか。
夜の冷えた空気がレイリアの吐息を白く染めていた。寒さに臆する理由などとうに無く——ただ、ツリーの下で約束を交わす人々を見ながら、そっと指先で耳飾りに触れる。
約束を交わしたかった相手はもう生きてはいない。それでも、もし許されるのなら約束をして良いのだろうか。
「……ずっと、愛していると」
言葉にして、音にして響かせる。愛していたから、裏切りを許せなかった。それを教えた相手の言葉が虚言であると気付かずに。自身の手で殺した私は、ただ愚かだった。最期の瞬間、微笑んだ理由も、最期の言葉も理解出来なかった程に。
だけど、ようやく理解出来た。
「……私も、愛している」
彼の腕の中に身を寄せて、アリシスフェイルは空を見上げる。満天の星空。ツリーの灯す星が、淡い色を湖に落としていた。
「多分ね、寄り添ってくれる人がいたのかなと。『晴れた空を見上げる事が出来るようになった―』つらい事ばかりの魔女の伝承にそんな一文があったから」
「……魔女に自分を重ねたのか?」
ややあって聞こえた言葉に、ぱちと瞬く。気遣わしげで、優しくて、それでいて前を向けるようになった自分を信じてくれるひとにアリシスフェイルは微笑んだ。
「重ねた事もあったかも。ちっとも同じじゃないのに馴染む伝承。だから私の技として編み出せたのだけど」
そんな魔女がもしかしたらしたように同じ様に私も、約束が永遠になる木の下で。
「命尽きる迄、命が巡ってもまた貴方を探しに行くわ、ルクス」
紡がれた言葉に、星の煌めきを映す髪を梳くように指先を滑らせる。結んだ約束は永遠になる。永遠の約束を願うからこそ、幾度となく結ぶのも良いと思う。強く願って、もがいてだからこそ今。
「命賭して、命が巡っても、お前を探しにいくよ、アリス」
約束であり、願うような言葉。巡って尚、この気持ちがアリスに届くように。
コトン、と進む足音が重なる。
「だから……そろそろさ、責任を取りたいのよね。ふふ、何を言いたいかは分かるわよ?」
ぎゅ、とクラウディアは愛しい彼女を抱きしめる。二度、三度も瞬いた後に、ゆるりとオフィーリアが顔を上げた。
「クララ様、これからも、私と一緒にいてくださるんですか? その……家の者や、父も、一緒に説得してくださいますか?」
「そうよ……アタシ、フゥの旦那になりたいの。説得位、いくらでも大丈夫よ」
ね、と囁くように告げる。
「これからも一生、側で支えていい?」
「ええ、それなら、不束ですが、私からもよろしくお願いいたします」
家の者がなんというか、という言葉を飲み込んでオフィーリアは此処に来ていた。だって、きっと、クララ様が側にいてくださったら素敵だから。
「ええ、約束よ…愛してるわ」
「はい、約束です。永遠の、約束……ですね」
優しく唇が触れる。赤くなる頬を隠すようにオフィーリアはマフラーを引き上げた。
二人、賑わいを避けるように連とレベッカはモミの木の根元に腰掛けていた。
「長かった戦いも終わって、ついにここまで来たね。あたしはこれからもベッカと一緒にいる」
約束しよう、と連は告げた。
「二度と離れない」
ぎゅ、とレベッカを抱きしめる。ぽすり、と預けられた体に、その温かさに永遠を思う。
「そうですね、ようやく地球では何もしなくてよくなりましたね。これからもずっと一緒にいましょうね」
そろり、とレベッカは手を回す。抱きしめる腕に応えるように、ぎゅ、と。
「まあ多分これからも何か起こるんでしょうけど、そのときも。約束しましょうね、ずっと一緒だと」
出会いの幸せを永遠の約束にして。二人は向かう宇宙を思った。
出会いが幸せに繋がる。ほう、と零す吐息が二つ触れあった。
「お医者さんになれたら、世界を巡って旅のメディックになろうかな? リーンさん達は……」
「保育士になってみようと思ってます。お互い大人になったら先生ですね」
リーンの言葉に、瑪璃瑠は目を輝かせて頷いた。
「互いに素敵な先生になろうね。約束なんだよ!」
「はい」
満天の星空と輝く光の下で、二人は約束を紡ぐ。大人になった自分達に託すように、そこへ続くように。
「大人になって約束を叶えたら。また一緒に星の湖を見に来よう。もちろんサイトさんも!」
「ええ。きっと、きっと見に行きましょう。4人で!」
瑪璃瑠の言葉に、リーンは微笑んで頷いた。くしゃりと二人の頭をサイトが乱暴に撫でていく。わ、と落ちた声は二人重なって。それぞれ違う道を歩むけれど、何度だってまた会おうと誓った。
「いつか貴方の見た一番綺麗な空へ、私を連れて行って欲しいの。大空を駆るあの船でどんな世界を見たのかしら」
約束してくれる? と微笑む首を傾げれば、言の葉を返すより先に差しだされるのは一輪の福寿草だった。
「さっき摘んできた。冬でも花、咲くんだな」
ぱぁあっと表情は明るくなって。大事に大事に手の中に受け取るとカルラは笑みを零した。
「ふふ、ありがとう。キャプテンは花を見つけるのが上手ね」
「さみぃ」
照れを誤魔化すように、そんな声がチェインから零れ落ちた。外す視線、人に花をあげたいと思ったのは何時ぶりだったのか。温めるのは得意よ、と笑う彼女に瞬き、服を引く姿にガキかと零しながら——けれど、愛おしさは滲むままにチェインは彼女の手に、己の手を重ねる。
「――カルラ。行くか。一緒に」
「……えぇ行くわ!」
いつかを待たずとも果たされる約束に、ふわり零れる笑みと共にカルラは告げた。
「貴方と一緒なら、どこまでも」
蒼穹の果てまで連れて行って、と。ほら、空に向かう道が見える。
「昔の自分は未来を誓うという行為がどうしようもなく怖かった。約束を交わしても、それを叶えられなかったら……そう思うと、できなかった」
そんな俺を君は何も言わずにずっと寄り添ってくれていたね。そう言って傍らのリュシエンヌの手を握る。
「大丈夫なのだと信じる事ができたのはルルのおかげだ」
君の想い、君の存在、君がくれた奇跡。
繋いだ手に、そっと唇を寄せる。
「ありがとう、ルル、変わらず側に居てくれて」
泣いてしまいそうな心をリュシエンヌは思い出していた。ウリルと出逢い、惹かれあって……共に歩むと決めたあの日のこと。これまでの日々を。
これからもずっとあなたの側に在ること。ふたりで幸せになること、繋いだ手を離すことなく、ずっと。
「うん! どこまでも、ずーっとよ?」
何度生まれ変わろうと、きっとまた必ず。
「……永遠にあいしてる」
誓う想いを唇に重ねて、愛を告げた。
伝える言葉があれば、応える言葉もあった。今日という日がその日だと。
「サーシャ、あの時の返事だけど……。色々言葉で着飾るべきかとも思うけどさ、結局俺は君の隣で笑って共に過ごしたいと願ってる」
率直な気持ち。けれど、イヴァンはただアレクサンドルの傍にいたいわけでは無かった。
(「俺は、もっと”君の傍にいたい”んだ」)
それは心の奥底に確かにあった想いだった。
「ううん。飾り気のない、その……素直な言葉が良い。オレの大事な宝物……」
抱きしめる彼の腕の中、顔を上げる。
心の奥底に、確かにあった想いを込めて告げるように。
「好きだよ、サーシャ。だから、言う。傍にいてほしい」
「ありがとう。オレも…好き……」
今までと同じでいて違う。二人の、オレ達だけの時間を歩もう。楽しい時も辛い時も一緒に乗り越えよう。
「これからもずっとずっと一緒に」
ふふ、知ってる? とアレクサンドルは悪戯っぽく告げた。
「ここで結んだ約束は永遠になるんだって」
名を、呼ぶ。二人だけに通じる言葉を。
「ずっと一緒にいましょう」
「これからもずっと一緒にいるわ」
一も二も無く、ユルシュルは頷いた。とん、と二人つま先が触れるような距離で名を呼ぶ。
「外宇宙に行くか、一瞬迷ったんですが、迷うまでもなかったですね。僕の唯一の心残りはユルですし、一応患者も残していまして、僕にはそれ以上のことは外宇宙に見いだせません」
それに、ここでクリスマスを盛り上げるのも大事な仕事だ。
「さてユル、せっかくですから氷の上を歩きましょう!」
「氷の上を歩けるって、ドキドキするわね」
誘うように手を差しだす。重ねた掌、ユルの言葉にジルも笑みを零した。
コツン、と凍り付いた湖面に足音が重なった。
「謂れの二羽の鳥のお話は本当なのでしょうか。兄様約束を交わしてみませんか?」
ふつり、と先に黙した兄に、志苑は告げる。一歩詰めた距離。月明かりを背に立つ人にこの地に伝わる逸話を思う。
それは旅する鳥と、この地に住む鳥の話。春の花と共に、再会を果たしたという。
兄妹の絆は永遠であれど、亡き実兄翠香とは会う事は叶わなくとも絆はあると、志苑は信じていた。
(「けれどもう約束を交わす事は出来ない」)
翠香の俤を持つ清士朗との絆も此れからずっと続きますように、そしてどうか長生きして欲しいと願う。
「だから……40年後の今日此処で御会いしていただけないでしょうか」
真っ直ぐに、志苑は兄を見た。未来へと想いを馳せたこのツリーの下で。
「幸せに、長く生きてくれた証と、私より先に居なくならないという約束を」
「……そうだな。俺は嘘つきだ。必ず戻るそんな約束を違えたことすらある」
志苑の言葉に、ややあって清士朗が告げる。兄らしい、真っ直ぐな言葉に志苑はゆっくりと視線を上げた。
「兄様」
「けれどだからこそ、この約束は守ると誓おう」
伝承の鳥たちのように、お前のくれたこの鳥に誓って。
夜の星を映した地に、人々の思いを乗せた星が灯り、誓いを見守る。これからさき続いていく日々がどうか、どうか素敵なものでありますように、と。
作者:秋月諒 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:51人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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