シャイターン襲撃~震える翼が望むものは

作者:八幡

●舞い降りた天使
 住宅街にある交差点を様々な人たちが歩んでいる。
 ある人はこれから出かけるのか軽い足取りで、ある人は買い物袋を提げて足早に、またある人は子供を連れて談笑しながらゆっくりと……それは、いつもの光景、見慣れた日常……今日もまた、その日常の光景は変わらないはずだった。
 その日常は、突如舞い降りた、ヴァルキュリアに破壊されてしまう。
 舞い降りたヴァルキュリアの一人が、足を止めてしまった男性の目の前へ歩み寄ると――手にした剣を横に払った。
 剣の軌跡上に在った男性の頭が綺麗に切り取られて地面を転がり、立ち尽くしたままの胴体から噴水のように血が噴き出す。
「キ……」
 目の前に転がってきた男性に首に声を上げようとした女性の頭蓋へ矢が突き刺さり、悲鳴を上げることすらできずに、その女性は倒れる。
「ウワアアア!?」
 次々と奪われた命に誰かが悲鳴を上げると、その声を合図にしたかのように人々は天使たちから逃げようとする。
 だが、天使たちはそんな人々を次々と無慈悲に狩ってゆく……躊躇いもなく、言葉もなく、身に降りかかった返り血すら気に留めた様子もなく……まるで機械のように。
 見慣れた日常は一瞬にして地獄へと変わり、少女を守るように抱きしめた母親もまた、槍を手にした天使に背中を貫かれて動かなくなってしまった。
 悲鳴を上げることもできずに茫然とその光景を見つめる少女が最後に見たものは、金髪の美しい女性が双眸から止め処もなく赤い雫を流し続けながらも弓を構える姿だった。

●震える翼が望むものは
「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っている所ですが、エインヘリアルにも大きな動きがあったようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロスたちの前へ立つと話を始める。
「鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たな王子が地球への侵攻を開始したようです。エインヘリアルは、ザイフリート配下であったヴァルキュリアを強制的に従え、魔空回廊を利用して人間達を虐殺してグラビティ・チェインを得ようと画策しているようなのです」
 鎌倉防衛戦以来、直接姿を見せていなかったザイフリートは、いつの間にか失脚していたらしい……あれだけの大規模作戦に失敗すればそれも当然と言えるが、エインヘリアルの世界も世知辛いようだ。
「皆さんに向かってもらいたいのは、東京都福生市です。そこに多数のヴァルキュリアが現れ、手当たり次第に住民を惨殺してしまいます」
 ザイフリートについて色々思考を巡らせるケルベロスたちへセリカは続ける。
 ヴァルキュリアは命尽きる男の前に現れ、そのものをエインヘリアルにしようとしたり、直接男性を誘って勇者にしようとしてはいたが、少なくとも手当たり次第に人々を惨殺するような種族には見えなかったが……。
「はい、どうやらヴァルキュリアたちは、妖精八種族の一つシャイターンに操られているようなのです」
 首をかしげるケルベロスたちへセリカは言う。
 つまるところ、無差別に暴れまわるヴァルキュリアへ対処しつつ、ヴァルキュリアを操る司令塔のシャイターンとやらを始末するのが今回の作戦と言うことだろう。

 概要を理解した様子のケルベロスたちへセリカは続ける。
「現れるヴァルキュリアの数は十六……シャイターンはそのうち四体を自分の護衛につけ、残り十二体を三体づつ四班に分けて福生市の各地へ襲撃に向かわせるようです。皆さんには、その中の住宅街を襲撃するヴァルキュリアたちの一班の対処をお願いします」
 話がややこしいが、要は自分たちには住宅街でヴァルキュリア三体を相手にしろと言うことのようだ。
「ヴァルキュリアたちは住民を惨殺してグラビティ・チェインを奪うように命令されていますが、その行為を邪魔するものが現れた場合は、そちらを優先排除するように命令されています」
 つまり、ケルベロスたちがヴァルキュリアへ戦いを挑めば、少なくともケルベロスたちが居る間はヴァルキュリアが住民を襲うことはないのだ。
「ヴァルキュリアはゾディアックソード、ヴァルキュリアの槍、妖精弓をそれぞれ使って攻撃してきます。また、状況によってはさらに一体のヴァルキュリアが援軍に現れるかもしれません」
 どのような状況になると援軍が来るのかも解らないが、兎に角注意するようにとセリカは釘を刺す。
 それからセリカは大きく息を吸い、ヴァルキュリアの状況について話す。
「都市内部にシャイターンが居る限り、ヴァルキュリアの洗脳は強固です……ですので、何の迷いもなくケルベロスを殺しに来るでしょう」
 ケルベロスの中にはヴァルキュリアと言葉を交わしたことのあるものも居るだろう。
 しかし、シャイターンが居る限り、その時に出会ったヴァルキュリアとは違い、ただの機械のように邪魔するものの命を奪いに来るのだ。
「シャイターン撃破に向かったケルベロスがシャイターンを撃破したあとならば、何らかの隙ができるかもしれませんが……確かなことは言えません」
 シャイターンが倒れれば、再び言葉を交わす希望はあるかもしれない……が、どうなるかは不明だ。
 それに、ケルベロスの本分を見失っては意味がない。もし、ケルベロスがヴァルキュリアに負ければ、辺りの住民は皆殺しにされるだろう。
 その様なことは許されないのだ、そうならないためにも心を鬼にしてでもヴァルキュリアを討つ必要があるだろう。
 それでも一縷の望みに縋りたいのならば相応の覚悟と算段をもって挑むべきだが……すべては仮定の話。シャイターンが倒れたあとにヴァルキュリアがどうなるかなど、本当に誰にも分らないのだ。
 一通りの説明を終えたセリカは小さく拳を握り、
「苦しい戦いになると思いますが、皆さんなら乗り越えられると信じています」
 真っ直ぐにケルベロスたちを見つめた。


参加者
アリア・シルバートーン(女神さまのアイドル・e01387)
風森・茉依(喪百合・e01776)
スミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)
桂木・鋼(地球人の鎧装騎兵・e14717)
ヒューリー・トリッパー(笑みの裏では何があるのか・e17972)
コント・サンジェルマン(究極的な地獄・e18475)
如月・恭二(黄金の蛇獣・e18716)
鬼ヶ島・風子(風来の戦鬼・e20205)

■リプレイ

●決意
 交差点を色々な人が歩んで行く……その中の一人である男は我が娘が指した空へ何気なく目を向ける。
 その眼に飛び込んできたものは光る翼を持った三体の天使……思わず見惚れてしまうほどに美しいそれは、ヴァルキュリアと呼ばれるデウスエクスに違いなかった。そんな彼女たちを前に我知らずに足を止めた男へ、一体のヴァルキュリアが手にしたゾディアックソードを薙ぎ払い――、
「なるべく遠くへ避難したまえ!」
 男の前へ躍り出た、スミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)がネルトゥスでヴァルキュリア……戦乙女の一撃を弾き、それと同時に、風森・茉依(喪百合・e01776)が周囲の人々へ避難を呼びかけながら燃え盛る火の玉を戦乙女たちへ放つ。
 唐突に現れた戦乙女たちに唖然としていた人々だが、金属同士のぶつかり合う耳障りな音と戦乙女を中心に巻き上がった炎、それから茉依の警告に我に返り……、
「キャア!」
 一人の女性の悲鳴を合図に、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 スミコと肉薄していた戦乙女は、茉依の炎を嫌がるように光る翼を広げて大きく後ろへ跳んだ。そして他の二体の戦乙女と合流すると、光を失った瞳をスミコたちへと向けて来た。
 戦乙女は逃げ惑う人々へ視線をやる素振りすら見せない、どうやら予測の通りケルベロスが介入すれば一般人には目もくれないようだ……それはつまり、シャイターンなる得体の知れない者共に、自由を奪われていることの証明でもある。
「シグジール!」
 シャイターンめ! と、茉依が小さく拳を握り締めているその横で、スミコが叫ぶ。見知った顔を見つけたのだ……照れたり悲しんだり、ころころと変わる表情は凍てついてしまっていたが、それは間違いなく彼女だった。
「あなたたち戦乙女の勇者……ケルベロスが来ましたよ。洗脳という名の呪いをといてあげますからね。だから、もうしばらく我慢しててください」
 最後に笑った彼女の顔を思い出し、ヒューリー・トリッパー(笑みの裏では何があるのか・e17972)は縛霊手の掌から、敵群を滅ぼす巨大光弾を発射した。
 シャイターンの情報など無くとも、あの顔を知っていれば今の戦乙女たちの行動が彼女たちの本意では無いことなど容易に想像がつく。
 救ってやりたいと願う。
 ……だが、そのために自分たちが敗北することも許されない。何故ならケルベロスの敗北は、人々の虐殺を許すことと同義なのだから。
 各々の得物を盾にヒューリーの巨大光弾を受けた戦乙女へ、アリア・シルバートーン(女神さまのアイドル・e01387)がバイオレンスギターを掻き鳴らすと、ギターの旋律に併せて銀律魔器・遠ク響ク歌声からミサイルポッドが射出される。
 救済と責務の間で揺れ動く言葉にし難い想いも、音楽に乗せれば伝わるだろうか? 心を失ってしまったものにも、その歌は届くだろうか?
 答えなど解らない。だが、アリアと同じく言葉ではなく姿勢で想いを伝えようと、桂木・鋼(地球人の鎧装騎兵・e14717)は日本刀を握り締め……アリアの歌声と拍子を併せるように炸裂する焼夷弾の合間を縫って、槍の戦乙女の目の前へ踏み込み、卓越した技量からなる達人の一撃を放った。
「気に入らんのう」
 鋼の一撃を槍を盾に防いだ戦乙女を見つめながら、鬼ヶ島・風子(風来の戦鬼・e20205)は掲げた金砕棒へ地獄を注ぎ込み、蹂躙形態に変形させる。
 それから友たるヒューリーを見つめて奥歯を噛んだ。
 常に笑みを浮かべているヒューリーもある種の無表情と言えるが、それはヒューリー自身が選んでいることだ。だが、戦乙女のそれは強制的に従わされている故のもの。
 意に沿わない行為を強制される……自由を好む風子からすれば度し難いことだろう、本来ならシャイターンを直接殴ってやりたいとすら思うが、
「泣いている娘は放って置けないね?」
 コント・サンジェルマン(究極的な地獄・e18475)が言うように、涙を、それも血の涙を流すような戦乙女を放っておけなかったのだ。
「まだ、聞いてない返事もあるしな」
 それからコントが召喚した吹雪の形をした氷河期の精霊が剣の戦乙女たちを氷に閉ざす中、全てのものたちの意識の隙間を縫って、如月・恭二(黄金の蛇獣・e18716)が弓の戦乙女……シグジールへ弾丸を放つ。
 シグジールはすんでのところでその弾丸を避けると、虚ろな瞳で恭二を見つめるのだった。

●願い
 意思の感じられない戦乙女たちは、その容姿も相まって人形のようだ。
 ただ、人形と違い彼女たちは戦う能力を持った戦士なのだ……シグジールが番えた矢を恭二へ放ち、剣を持つ戦乙女がその剣を横に薙ぐと斬撃がオーラとなって恭二たちへと飛来する。
 恭二はリボルバー銃の背でシグジールの矢を逸らすも肩を貫かれ、間を置かずに飛来した剣の斬撃で胸元を裂かれる。恭二を裂いた斬撃は、茉依とコントをも巻き込むが、茉依への斬撃はスミコが身を挺して受け止めた。
「目を覚ますんだ、シグジール! ボクは……ボクは君となんて戦いたくない!」
 思わず膝をついた恭二を横目で確認しつつ、スミコはシグジールへと語りかける……ボディビル大会などと言うふざけた説得方法だったが、あの時確かにお互いに心を通わせることが出来たのだと、スミコは信じているのだ。
 だから目を覚まして欲しいと語りかけるも、シグジールの表情は動かない。そうしている間に、スミコとシグジールの間に割って入るように、光る槍を手にした戦乙女が突進してきた。
「っ!」
 スミコは、その戦乙女の槍の先端をネルトゥス弾いて軌道を逸らすも、逸らし切れなかった槍先がスミコの脇腹を裂く……そして、そのまま槍の戦乙女は、そのままスミコの横を抜けようとするが、スミコは戦乙女の目の前にヒールドローンを呼び出した。
 目の前に現れたヒールドローンを警戒するように、翼を広げて急停止した戦乙女へ意識を向けながら、茉依は恭二へ駆け寄ると魔術切開とショック打撃を伴う強引な緊急手術を行う。
 先ほどからの発言から恭二やスミコがあの戦乙女と因縁があるのは理解できた。ならばその因縁に決着をつけるためにも倒れてはいけないのだと、倒れさせてはいけないのだと茉依は願う。
「我が名は銀律。奏でるは魔音」
 アリアは一度演奏を止めると、大きく息を吸い込む……茉依の願いが通じたのか、恭二はふらつきながらも再び立ち上がり、スミコが呼び出したヒールドローンは、雨のように光を撒き散らしスミコ自身の傷を癒した。
 仲間たちの癒しは茉依やコントに任せて置けばよいだろう。それよりも自分は別の何か……歌により彼らを後押ししてやりたいと、アリアは考える。
「今宵の歌は痺れるぞ。動かず騒がず聞き惚れろ!!」
 雰囲気の変わったアリアを嫌がるように、槍の戦乙女は翼をはためかせて後ろへ下がるが、アリアが再び掻き鳴らすバイオレンスギターの音と歌声が蟲の毒を作り出し、戦乙女の体の自由を奪う。
「さてさて、御手を広げてよーい……」
 アリアの音楽に自由を奪われた槍の戦乙女は無様に地面へ落ち、剣の戦乙女も身を震わせて二の足を踏む……そんな二体の戦乙女へ、ヒューリーは右手に霊力、左手に気力を纏わせ、手同士を打鳴らすのと同時に霊力と気力を弾けさせて衝撃波を拡散させた。アリアの歌と交じり合うように響いた拍子は確かな力となって、戦乙女たちの精神と体を縛り上げ、間髪居れずに風子が縛霊手の掌から放った、巨大光弾が戦乙女たちの体を痺れさせた。
 風子たちの一連の攻撃を受けた槍の戦乙女だが、槍で地面を突いて飛び起きると、そのままシグジールの足元まで引く。槍の戦乙女から、シグジールへ視線をやれば、槍の戦乙女の頭上で弓を番えている。その視線の先には、地面に守護星座を描くコントの姿があり……唐突にシグジールの手元が爆発した。
 メディックであるコントを狙わせまいと、鋼が精神を極限まで集中させて爆発を起こしたのだ。爆発で一瞬隙を作った間にコントのスターサンクチュアリは完成し、地面に描いた守護星座が光ってコント自身と仲間たちに癒しと守護を与えた。
 そして、守護星座の加護を受けた恭二が弾丸をばら撒くように放つと……再びシグジールは矢を恭二へと向けた。

●現実
 ――不意に、携帯の音が鳴り響く。
 幾度目かの攻防の最中に唐突に鳴り響いたその音は、数えること三度なった後に途切れた。
 美しくも口の悪いレプリカントの女性からの連絡……連絡があることを意識していた、風子たちは戦乙女の援軍が此方へ向かって居るのだと理解した。
 もっとも、理解したところで、ただ警戒するくらいの準備しか出来なかったのだが……。

 戦乙女三体を相手にした戦いを鋼たちは僅かに優勢に進めていく。
 鋼たちの攻撃は戦乙女たちをあまり傷つけないように配慮したものだったが、それでも僅かに鋼たちの方が総合力が上だった。
 だが……転機は上空から訪れた。
「来おったぞ!」
 風子の警告に空を見上げれば、そこには剣を持った戦乙女の姿があった。そしてその戦乙女の出現と併せるように、シグジールの矢が恭二に向かって放たれ、ほぼ同時に正面に居た剣の戦乙女の斬撃が繰り出される。矢の射線を遮ろうと動いた鋼とスミコだが、氷を纏った槍の戦乙女がその行く手を阻むように突撃してくる。ほんの一瞬の差……槍の戦乙女に注意を向けさせられた鋼たちの目の前を矢が通り過ぎてゆく。恭二は横に飛んで矢を避けようとするが避けた恭二を追う様に、矢が曲がり……シグジールの矢は恭二の胸を貫いてしまった。苦痛に呻く間も無く剣の斬撃が浴びせられ、さらには上空から飛来した戦乙女もコントたち目掛けて、斬撃を放ってから地に下りた。続けざまの斬撃をコントは右手に持ったゾディアックソードを盾に防ぎ、茉依は自らの傷など省みず膝から崩れ落ちた恭二へ駆け寄る。
「落ち着きたまえよ、風森君。我輩たちには、まだ役割がある筈だ」
 斬撃に裂かれた腕から血を滴らせながらも恭二を助け起こそうとした茉依へ、鎧に変形した半透明の御業を纏わせ、その傷を癒しながらコントは言う。コントの言葉に唇を噛み締めると、茉依は恭二をそっと地面へ横たわらせる……幸い命に別状は無いものの恭二の傷は深い、戦線への復帰は不可能だろう。出来れば最後まで立たせてやりたかったと、茉依は一瞬だけ目を伏せ……四体へ増えた戦乙女たちへ視線を向けた。

 戦乙女の援軍が現れてから何度か刃を交え、鋼は圧倒的不利を痛感せざるを得なかった。戦乙女は前衛への攻撃を混ぜつつ的確に後衛を狙い、此方を殲滅しようとしている。それに対し、鋼たちは戦乙女を倒さず救おうとしていた。戦いの場において、その目的の差は覆し様の無い差となって突きつけられる……だが、それは最初から解っていたことだ、それでも戦乙女たちを救いたいのだと鋼たちは願っていたのだ。
「……これが限界ですね」
 だが、戦乙女の援軍到着から七分。誰かのタイマーがなる音を聞きながら、鋼は小さく息を吐いた。作戦通りならば、これで待つ時間は終わり、これからは戦乙女たちを倒さなければならない。しかし……二体の剣の戦乙女が同時に放ってきた、星座の重力を乗せた一撃をネルトゥスで受けたスミコだが、がら空きになった腹部へ光を宿した槍を突き立てられた。防ぎようの無いその一刺しをまともに受け、スミコはゆっくりと地面へ崩れ落ちる。闇に落ちる寸前、スミコは弓の戦乙女へ手を伸ばすが彼女の瞳に光が戻る気配は無かった。

 この状況で戦乙女を倒すことなど出来るのだろうか? 倒れたスミコから光の無い瞳を自分へ向けて来た戦乙女たちに、鋼は背筋を冷たいものが走るのを感じた。

●結末
 さらに数度、戦乙女たちと切り結ぶ。
 戦乙女たちの心を揺さぶるべく、アリアは追憶に囚われず前に進む者の歌を歌う……アリアの歌に一瞬武器を下げた戦乙女だが、すぐに光の無い瞳でコントたちを見据えると、何度目かの斬撃を放ってくる。
 二体の戦乙女が同時に放った斬撃はコントと茉依の体を捉え、蓄積された裂傷に耐えかねた二人は同時に膝を折ってしまった。
 自分の意思とは関係無く誰かを傷つけるなど、させたくなかったのだが……薄れ行く意識の中、茉依は戦乙女を見つめる。
 だが、シグジールは止めをさすかのように茉依へ向けて矢を放ち……その矢は射線上に割り込んだ鋼が、なんとか腕を盾に受け止めた。しかしその隙に鋼の懐へと踏み込んだ戦乙女の槍が、鋼の胸へ深く突き刺さる。
「お前たち、ぬかるなよ! かかれッ!」
 声も無く赤い飛沫を上げる鋼と、表情の無い顔をその赤色に染める戦乙女……風子が口笛を吹くと、その間に割り込むように犬に似た使い魔が戦乙女の腕を噛み、猿に似た使い魔が太股を引っ掻き、鳥に似た使い魔が翼を嘴で突く。
 風子の使い魔たちに纏わりつかれる戦乙女の腕へ、ヒューリーが空の霊力を帯びた日本刀で斬り付け、その傷を広げる。
 そしてさらにヒューリーは槍に貫かれたままの鋼を抱えて、後ろへ跳んだ。
 一瞬で三人を戦闘不能にされ、もはや数の優位すらない……それでも諦めるものかと、アリアは大きく息を吸い込み――、
「クッ……!?」
 それまで無表情だった戦乙女たちの顔が苦悶に歪み、それから数瞬の間を置いて再び誰かの携帯が鳴る。
「シャイターン班がやってくれたようですね」
 吸い込んだ息を飲み込んだアリアの横で、ヒューリーは息を吐く。戦乙女の明らかな変化、それはヒューリーの言うようにシャイターン班が勝利したと見て間違い無いだろう。
「助けに来ましたよ」
 それから、ヒューリーは頭を押さえているシグジールへ手を差し伸べる……シグジールは見知った顔に一瞬目を細めるが、ヒューリーたちの姿、それに周りで倒れている者たちの姿を見て顔を強張らせた。
 そして再び頭を押さえると、何かを呟くように小さく唇を動かし……翼を広げたかと思うと、見る間に空へ舞い上がっていった。さらにそのすぐ後、残りの戦乙女たちは唐突に動きを止め、何者かに導かれるようにシグジールとは別の空へと羽ばたいていったのだった。

「これで良かったじゃんね……?」
 戦乙女が飛び去った空を見つめているヒューリーから、倒れてしまった仲間たちへと視線を向けたアリアは、その傷の痛みが少しでも和らぐようにと優しい歌を口ずさむ。
「誇ろう、わしらは成し遂げたのじゃ。誰も失わない、何も奪わない戦いをな」
 飛び立つ間際の彼女の顔には涙が浮かんでいた。結局泣いている子は救えなかったが、誰一人倒す事無くこの場を収めたことは誇って良いだろう……それは、単純に殺して解決させるよりも遥かに困難なことなのだから。
 風子は、ヒューリーの背中を叩くと、倒れている仲間たちのもとへと歩き出したのだった。


作者:八幡 重傷:如月・恭二(黄金の暗殺者・e18716) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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