外宇宙への出航~ヘリオライトは永遠に

作者:土師三良

●音々子&ヴァオかく語りき
「ついに! ついに! ついにぃーっ! 新型ピラーが完成しましたよぉーっ!」
 ヘリオンの緊急発進よりもイベント告知の場として使われることが多くなったヘリポート。
 その一角に並ぶケルベロスたちの前で、ヘリオライダーの根占・音々子が踊り出さんばかりにはしゃいでいた。
「それにマキナクロスの居住区の整備も完了したんですよー! つ、ま、り、宇宙の彼方を目指して旅立てるこということなのどぇーす!」
『宇宙の彼方』という言葉からも判るように、マキナクロスは明確な目的地を定めていない。宇宙にいくつあるとも知れぬ未知のデウスエクスの星を探し求めて、そのすべてに新型ピラーを届けて回るという壮大な旅なのだ。
「宇宙に異常をもたらすコギトエルゴスム化が完全に撤廃されるまで続く長い長い長ぁ~い旅なんですよー。長いからこそ、スタートダッシュが大事! というわけで、毎度おなじみの『季節の魔力』を利用してマキナクロスの航行速度をぐいぐいアゲちゃいましょー! この時期の季節の魔力といえば……って、言うまでもありませんよね?」
 そう、クリスマスの魔力である。
 その魔力をより高め、より多く集めるため、世界各地で様々なクリスマスのイベントがおこなわれるという。
「私のお勧めは茨城県日立市でおこなわれるイベントですねー。会場となるのは、海が見える丘の上の大きな公園です。第二次大侵略期前夜にエインヘリアルとの戦いの場となったのを皮切りにして、十回以上もデウスエクス討伐がおこなわれた公園なんですよー。そんな場所で平和なイベントが開催されるなんて感慨深いものがありますよね」
 イベントの内容はクリスマス・バーベキュー。いくつものグリルが並べられ、多種多様な肉や野菜が焼かれるのだ。
 もちろん、ローストターキーやクリスマスケーキも用意されているし、食材の持ち込みも認められている。常識の範囲内での『食材』だが……。
「ケルベロスの皆様の参加費は無料ですので、じゃんじゃん焼きまくって、じゃんじゃん食べまくってくださいなー。あと、簡易チャペルも設けられていますから、結婚式もできちゃいますよー。ひゅーひゅー! 肉を焼く煙やバーベキューソースの香りが漂う中での結婚式というのはちょっとアレかもしれませんが……まあ、クリスマス・ウエディングな雰囲気はなんとか出せると思います。人工降雪機が用意されてるそうですから」
 そこまで語ったところで、音々子の表情は寂しげなものに変わった。
「ところでですねー。先程も言ったようにマキナクロクスの旅はとても長ぁーいですから、地球に残る人たちとはもう二度と会えないかもしれません。なので、悔いのないようにしっかりとお別れの言葉を伝えておいたほうがいいと思います。ちなみに私は地球に残ります。外宇宙に興味はあるのですが、地球でやるべきことがまだまだ沢山ありますから」
「俺は宇宙に行くぜぇーっ!」
 と、訊かれてもいないのに発言したのはヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)である。
「泣いて止めても無駄だ! この決心は絶対に揺るがなぁーい!」
「いや、誰も止めませんから」
 と、無情に言い切った後、音々子はヴァオ以外のケルベロスたちに優しい声で告げた。
「イベント終了後、万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道まで飛んでいって、マキナクロスを見送る予定になっております。地球に残る方々も、マキナクロスで旅立つ方々も、それを良き別れの場としてください」


■リプレイ

●ヘリオライトが僕を照らすように
 海が見える小高い丘の上の公園――その名も『猫皿町なかよし公園』。
 香ばしい煙が潮風に漂い、人々の鼻孔をくすぐっている。
 それはバーベキューの煙。
 風に乗って流れているものは他にもある。
 それは『魔法の男の娘アイドル・ラジカル☆ぴえりん』こと盛山・ぴえりの歌声。
「一度たりとも蹴ってない♪
 蹴ってないけど、ケルベロス♪
 一ミリたりともブレてない♪
 ブレてないけど、ブレイドだ♪
 けぇ~るけるける、ぶ~れぶれ♪
 けるべろすぶれいどぉ~♪」
 バーベキューのそれとは違うアブない煙を吸ったわけではない。これがぴえりの平常運転。
「あーん! ターキー、おいしー!」
 ぴえりが紡ぎ出す電波ソングにペースを乱されることなく、大弓・言葉はボクスドラゴンのぶーちゃんとともにクリスマスのごちそうを味わっていた。
 天然を装う『養殖娘』として知られる言葉ではあるが、その幸せいっぱいの表情はナチュラルなもの……というわけでもない。多くの仲間たちとは今日限りでお別れということを知りつつ、あえて笑顔で振る舞っているのだ。
「さあ、ぶーちゃん! 次はケーキよ、ケーキ!」
 過剰に摂取しているカロリーのこともあえて考えないようにしていた。先人曰く『すべてのダイエットは明日から始まる』。
「ところで、言葉は――」
 一口ずつ可愛くケーキを食する(見苦しく食い散らすことは養殖娘の理念に反するのだ)言葉に石動・真吾が声をかけた。
「――宇宙に行くのか?」
「ううん。私は残るわ。旅行気分で行けるなら行ってみたいけど、地球には大切な人が沢山いるからね。石動くんはどうするの?」
「俺も残るよ。無限に広がる大宇宙の冒険! ……ってのにも惹かれたんだけどさ。家族や友達と二度と会えなくなるかもしれないってのは正直きっついしな」
 真吾はナプキンを手に取り、口元についたバーベキューソースを拭った。自嘲と照れが込められた微笑を隠すかのように。
「そんな理由で残るなんて、俺もまだまだ子供なのかな。来年には二十歳になるってのに……」
「いやいや。冒険心より絆を優先するのはオトナの選択ですぞ」
 と、話に加わったのは据灸庵・赤煙。その鼻先には、丸くて赤い付け鼻が装着されている。トナカイに扮しているのだ。『赤い鼻をつけた竜派ドラゴニアン』以外の何者にも見えないが。
「かく言う私も地球に残ります。病魔が根絶されたとはいえ、怪我を始め、医者の出番はまだまだ多いはずですからな。各地を旅して人を治しつつ、医療の知識を蓄え、それを後世に伝えていきたい所存」
 自らの目標を静かに語り終えると、赤鼻のドラゴニアンは肉を焼くべく、最大火力でブレスを吐き……出そうとしたが、さすがにやり過ぎだと気付き、思い留まった。
「さあ! もっともっとめいっぱい焼こう!」
 狼姫・荒哉がグリルの火力を上げた。
 赤煙と同じく、彼もまた残留組である。トナカイに扮しているという点も同じだが、赤い鼻はつけていない。角のカチューシャをはめているのだ。ちなみにオルトロスの黒もおそろいのカチューシャをはめている。
「音々子さんも一緒にどう? お肉? それとも、お野菜?」
 荒哉にそう問いかけられて――、
「お肉もお野菜もいただきまーす」
 ――ヘリオライダーの根占・音々子が紙皿を突き出した。
 焼き上がった肉や野菜を次から次へとそこに乗せていく荒哉。
 早回しの映像さながらのその動作を面白そうに眺めながら、影守・吾連が言った。
「荒哉ってば、やけにテンションが高いな」
「うん。雪があると、ついついはしゃいじゃうんだよね」
 荒哉が頭を軽く振ると、髪や角付きカチューシャにうっすらと積もっていた雪が舞い散った。
 黒も主人を真似るように体を振り、被毛(名前の通りの色だ)を斑に染めていた雪を散らせた。
「人工降雪機の産物とはいえ、見た目の綺麗さは天然の雪とさして変わらないもんね」
 雪降る空を吾連は見上げた。
 しかし、三秒も経たぬうちに視線をグリルに戻した。
「でも、俺は花よりダンゴ。雪より肉だ」
「肉なのだぁーっ!」
 鉄・千が叫び、グリルという名の戦場に新たな部隊を投入した。
 スペアリブである。
 しかも、タレにしっかり漬け込んだ代物だ。
「じゅーしーにいただくのだ!」
「ジューシーなのも良いけど、カリカリ路線も忘れちゃいけない」
 吾連もまた恐るべき部隊を出陣させた。
 厚切りのベーコンである。
 しかも、数日かけて手作りしたという代物だ。
「おー!? 吾連、すごいすごい! まるでプロなのだー!」
『厚切り』という言葉(ことば)が薄っぺらく感じられるほどに厚く切られたベーコンに千はかじりついた。
 吾連のほうはスペアリブを貪り、口の周囲をタレと肉汁でてらてらと光らせている。
「そういえば――」
 ベーコンを手にしたまま、千が空を見上げた。
「――ヴァオは宇宙に行っちゃったのだな」
「うん」
 吾連も先程のように視線を空に向けた。
「でも、いつか帰ってくるかもしれない。それまでの間……俺たちがこの地球を守っていこう!」
「あい! 千たちで守ろ!」
 吾連と誓いを交わし、千は敬礼をした(まだベーコンを持っていたので、脂が跳ねた)。
「ヴァオー! 千はいつでもヴァオたちの活躍と幸せを願ってるぞぉーっ!」
「俺も願ってるぞ!」
 吾連も敬礼をした(スペアリブを持っていたので、脂略)。
 二人の小さな姿が宇宙から見えることはないだろう。
 しかし、想いは届くはずだ。
 たとえ何億光年も離れていようと……。

『完』

「勝手に終わらせてんじゃねーよ! 何億光年どころか何メートルも離れてねーし!」
 喚き散らしながら、ヴァオ・ヴァーミスラックスが乱入してきた。その顔面は脂まみれ。どこかの誰かたちが跳ね飛ばした脂かもしれない。
「なんだ。まだいたのか」
「感動が台無しなのだー」
『どこかの誰か』の有力候補である二人はがっかりした顔で敬礼を解いた。
「台無しにしてるのはおまえらだぁーっ!」
『完』と記された立て札をテイルスイングで薙ぎ倒すヴァオ。
 その横からミリム・ウィアテストが現れ、カメラ目線で告げた。
「もうちょっとだけ続くんですよ」

●君の未来へ届くように
「さあ! お肉をもりもり食べて、ビールもがっつり飲みましょう!」
 ミリムがヴァオの背中を景気よく叩いた。
 そして、耳元に口を寄せ、声のトーンを落として言った。
「宇宙に出たら、こういうのはもう二度と味わえませんよ。食べられるものといえば、未知の宇宙獣の肉とか異星の植物のジュースとか……」
「マジでぇ!? やだやだぁーっ!」
 脅しを真に受けて恐慌状態に陥るヴァオ。
「冷凍の肉を用意しておいたから、持っていくといい」
 涙目になって両腕をばたばたさせる哀れな男に月杜・イサギが声をかけた。
 その前面にあるグリルでは極上のラム肉が香ばしい煙を漂わせている。
「もちろん、焼いたのも食べていってくれ。ほら、私が育てた肉だ」
「網の上でまともに肉を育てられるようになるとは……この堕天使も成長したもんだ」
 ラム肉をつつきながら、玉榮・陣内が笑った。頭に乗ってる名無しのウイングッキャットも笑っているが、それはフレーメン反応かもしれない。
「昔はA5の和牛を炭化させたりしてたよな。野生の牛をいくらでも掴み取りできるホッカイドー独立王国で生きてると、牛肉の扱いがぞんざいになるらしい」
「そんなこと言って、実は羨ましいんだろう? 陣さんの故郷の『オキナワ』とかいう星には牛はおろか地球の生命体がほとんどいないんだから。あ、そうそう。外宇宙出航組が寄港するだろうから、家族への言伝を頼むといいよ」
 と、仲良く喧嘩している二人の横で比嘉・アガサが肉を焼き上げ、ふうふうと息を吹きかけて冷まし、愛情たっぷりの所作でヴァオに差し出した。
「はい、あーん」
「がおー!」
 いや、ヴァオではなく、バセットハウンド型オルトロスのイヌマルだった。
「なんで、イヌマルなんだよ!? 最後くらい、俺にも『あーん』してくれよぉー!」
 またもや両腕ばたばたモードに入るヴァオ。
『最後くらい』という言葉が出たのは、アガサもイサギも陣内も地球に残るからだ。
「しっかし、おまえはふらっと宇宙の果てに行っちまうのかと思っていたけどな……」
 陣内がふるさとdis合戦を中断して、まじまじと『堕天使』ことイサギを見つめた。
「行くわけないだろう。可愛い義妹の成長を見守れなくなるじゃないか」
「義妹ね……」
 妹も同然であるアガサ(イサギが言う『義妹』とは彼女のことではない)を一瞥する陣内。
「俺もおまえも重力の虜ってことだな」
「故郷に家族に友――そういう重力ならば、悪くない」
 イサギが微笑を浮かべた。
「やっと、地に足をつけて暮らすことができるよ」
「重力に捕らわれなかった誰かさんは――」
 イヌマルに新たな肉を与えつつ、アガサがヴァオを横目で見た。
「――向こうで宇宙人に会えるかもね。地球では誰からも相手にされなかったけど、宇宙人にはモテたりして」
 憎まれ口を叩いているが、ヴァオに向けられた瞳からは一滴の涙が流れ落ちている。
 何故に一滴だけに留まったのかというと、それが本物の涙ではなく、事前にさした目薬だからだ。
「目薬かよぉーっ!」
 ヴァオ、三度目の両腕ばたばたモード。
 その姿を指さして、ミリムがカメラ目線で告げた。
「こんなのを宇宙に送り出して大丈夫なの? ……と、心配されているかたも多いと思いますが、ご安心ください。私がお目付け役を務めますので」
「いや、誰に向かって話してんだよ!? なんでカメラ目線なんだよ!? てゆーか、カメラなんてどこにもないじゃーん!」
 コントじみたやりとりを繰り広げる二人。
 地に足をつけて暮らすことを決めた天使がその様子を見つめていた。
 口元に微笑みを湛えたまま。

 じっくり焼いた特大サイズの美味なる肉をかじっているにもかかわらず、霧崎・天音の心情は至福には程遠いものだった。
 旅団の仲間であるテレサ・コールとの別れの時が迫っているからだ。
「音々子さん」
 天音の寂しげな視線を背に受けながら、テレサは音々子に語りかけた。その声音も表情もどこかアンニュイであり、惜別の情というものが感じられない。
「全宇宙に眼鏡を広めるため、私は旅立ちます。地球での眼鏡信仰の布教は……あなたに託します」
「はい! 託されましたー!」
『眼鏡信仰』という謎めいたワードの意味を問い返すことなく、音々子は力強く頷いた。
「いや、わけ判んないんだけど……」
 音々子に代わって、小車・ひさぎが小声でツッコミを入れた。
 そんな空気に流されることなく――、
(「宇宙か……」)
 ――天音は夜空を見上げて、シリアス寄りのモノローグを心中で述懐した。
(「テレサさんも他の皆も、まだ見たことのないデウスエクスに出会って……きっと、仲良くなれるよね。そして、宇宙全体に人類の友達ができていくんだ……私はそう信じてる」)
 そうこうしている間に『他の皆』の一人であるひさぎも気を取り直し――、
「音々子さんにはいろんな場所に送ってもらったね。ありがと」
 ――万感の想いを込めて、音々子をハグした。
「餞別代わりにヴァスティ号のエチケット袋をもらってってもいい?」
「どーぞ、どーぞ。ストックしてある分をぜーんぶ持っていってくださっても構いませんよ。本来、あんなものは私のヘリオンには必要ありませんからねー」
 いや、絶対に必要だし……と、ひさぎは再びツッコミを入れた。今度は小声ではなく、心の声で。

「多くの仲間と今夜限りでお別れとはいえ……せっかくのクリスマスなんだ。盛り上げるべきところはヴァオ大先生に盛り上げてもらわないとな?」
 神崎・晟が無茶なパスをヴァオに送った。
 晟の肩に陣取るボクスドラゴンのラグナルも『ほら、盛り上げてみせろ!』とでも言いたげな目でプレッシャーをかけている。
「よーし! 盛り上げてやろうじゃねえか」
「うむ。なまあたかかい目で見守らせてもらうとしよう」
「いや、『なま』はいらないからー! いーらーなーいーかーらー!」
「ちょっと待った!」
 と、二人のやりとりに割って入ったのはシルディ・ガードだ。
「こんなこともあろうかと! 盛り上げるための企画を用意しておいたんだ!」
 シルディが指を鳴らすと、そこかしこでプロジェクタ(いつのまにか設置されていた)が機動し、楽器を持った人々の映像が何枚ものスクリーン(いつのまにか設置されていた)に投影された。
「企画名は『ロックしてみた!』だよ! じゃあ、いってみよー!」
 シルディの合図に応じて、スクリーンに映し出された人々が一斉に演奏を始めた。
 プロジェクタと連動したアンプ(いつのまにか略)から、まさにロックといった爆音が流れ出す。
「これは我らがヴァオ・ヴァーミスラックス・バンドへの挑戦と受け取っていいんだな!」
 空国・モカが爆音に負けぬ大声を出した。
「その挑戦、受けて立とう! さあ、ヴァオ兄さん! 地球圏でのラストライブといこうか!」
「いや……そんなバンド、いつの間にできたの?」
 そう呟くヴァオの声は爆音に負けている。
 彼の反応など意にも介さず、ヴァオ・ヴァーミスラックス・バンドのメンバーたるモカはベースを弾き始めた。
「少しばかりつき合うとするか」
 晟がドラム(いつのま略)を叩き始めた。
「ボーカルは私にお任せを!」
 ミリムが歌い始めた。
「どうせなら、ツイン・ボーカルっしょ!」
 ぴえりが乱入した。
「では、パイロで更に盛り上げましょう」
 赤煙が最大火力でブレスを吐き……出そうとしたが、さすがにやり過ぎだと気付き、思い留まった。
『ロックしてみた!』とヴァオ・ヴァーミスラックス・バンド(注:ヴァオ抜き)。両陣営の爆音がぶつかり合うと同時に混じり合い、大きなうねりとなって園内の空気を揺らし、人々の魂を揺らした。
 もちろん、置いてけぼりを食らっていたヴァオもその『人々』の中に含まれている。
「よっしゃー! 俺もやってやるぜぇー!」
 満を持して、バンドリーダー(?)が参戦――、
「あれ? 俺のギターがなーい!」
 ――とはならなかった。
「そういえば、ギターは前もってマキナクロスに送っておいたんだった! エマの奴が『積み忘れないように気をつけてね』とか何度も念を押すもんだからー!」
「では、これを使ってください!」
 爆音の潮流に乗るようにして神無月・佐祐理がヴァオに近付き、新品のギターを差し出した。
「いつぞやのライブに飛び入りさせていただいたお礼です! 勤務先の楽器店で購入しましたものですが、社員割引もありましたので、お金のことはご心配なく!」
「ありがてー!」
 いい歳した大人ならば、形だけでも遠慮してみせるところだが、ヴァオはいい歳をしていても大人ではない。引ったくるようにしてギターを受け取り、皆の演奏に加わった。
 佐祐理もまた自分用のギターを構え、弦に指を走らせた。
「どうです、ヴァオさん! 宇宙に行く前に一つ、ギターバトルといきませんかー!」
「おう! 望むところだー!」
 混じり合った二つの爆音に二種のギターの旋律が加わり、うねりが更に大きく激しくなった。
 月軌道に待機しているマキナクロスにまで届きそうなほど。

 やがて、特別企画『ロックしてみた!』とヴァオ・ヴァーミスラックス・バンドの地球圏ラストライブは終了した。
 だが、音楽が途絶えたわけではない。
 佐祐理とヴァオだけはまだギターバトルを続けているのだ。
「いやー、盛り上がったようでなにより」
 楽しげにバトルを繰り広げる二人を眺めながら、シルディが満足げに笑った。
「でも、これで終わりってわけじゃないんだよね。地球を飛び出して、明日からは宇宙を盛り上げるよ」
「ぴえりんも宇宙にGO!」
 と、ぴえりが妙なポーズを決めて叫んだ。
「まだ見ぬ世界を爆笑の渦に巻き込むぞぉーっ!」
「私も行くぞ。ヴァオ・ヴァーミスラックス・バンドのメンバーとして、宇宙に音楽を広めてやる」
 静かながらも熱のこもった声でモカが宣言した。
「晟さんも宇宙に行くの?」
「いや」
 シルディに問われて、晟はかぶりを振った。
「私は古巣に戻るつもりだ。前々から復帰を請われていたのでな」
「『古巣』っていうのは海自のこと?」
「ああ。星の海で舵を取るというのも悪くはないが、私が昔から憧れていたのは――」
 晟はゆっくりと立ち上がってドラムセットから離れると、海に目をやった。
 欠けた月を鏡のように映し出している海に。
「――あの青い海だからな」

●強く光を放てたら……
 数時間後。
 パーティーの会場は公園から牧場に変わっていた。
 だが、そこは地球上の牧場ではない。
 マキナクロスとのランデブーを控えたケルベロスブレイドの艦内――白羊宮の一角にある施設だ。
「では、いってまいります」
『宇宙に眼鏡を広める』という壮大にして意味不明な使命を背負ったテレサが深々と頭を下げた。
 彼女の前に立っているのは天音。
 もう一人、メロウ・グランデルもいた。
「テレサさん……」
「にゃーん」
 メロウが友の名を呟き、ウイングキャットのリムが鳴いた。
 それが合図であったかのように顔をあげるテレサ。別れの時を迎えた今もなお、その表情はアンニュイなものであり、悲しみも寂しさもそれ以外の感情も示していない。
「私からの餞別です」
 メロウは、細長いケースをテレサへと差し出した。
「……これは?」
「眼鏡です。初めてフレームからレンズまで、すべて自分で作りました」
「いやいやいやいや! 感動のシーンに水を差すようだけど――」
 周囲の羊たちを押しのけて、ヴァオが割り込んできた。
「――なんで、眼鏡なの!? ねえ、なんで!? あと、フレームはともかく、レンズまで自作とか無理がありすぎるだろ! おまえはどこの職人だ!」
 そんなツッコミなど聞こえないよう顔をして、テレサは眼鏡のケースを受け取った。
「メ、メロウさん……」
 その表情はもうアンニュイではない。止めどなく涙が流れている。
 自身も目を少し潤ませながら、天音が言った。
「私もメガネをかけたりしたら、頭が良さそうに見えるかな?」
「どーでもいいわ!」
「はいはい。ツッコミ役はもういいですから――」
 ミリムが現れ、ヴァオの襟首を引きずるようにして歩き出した。
「――皆さんとお別れを済ませましょうねー」

 ヴァオとそのお目付け役を自認するミリムが移動した先には、地球に残ることを選んだ者たちが並んでいた。
 そのうちの一人である赤煙が友人たちを盛大に見送るべく、最大火力でブレスを吐き……出そうとしたが、さすがにやり過ぎだと気付き、思い留まった。
 彼に代わって、言葉が口を開く。
「ゔぁおクンガイナクナルノハ寂シイケレド、引キ止メタリシナイ。ソノ決意ガ決シテ揺ルガナイコトハヨク判ッテイルカラ」
「いや、めっちゃ棒読みやないかーい!」
 この期に及んでもツッコミ役として義務の果たすヴァオ。
 その足下では、ぶーちゃんがイヌマルの首っ玉にかじりつくようにして号泣していた。『ヘタレベロス』の異名を持つ人望薄きヴァオには望むべくもない愁嘆場……と、思いきや、そのヘタレベロスにいきなり抱きついた者がいた。
 アガサだ。
「行かないで……って言ったら、残ってくれる?」
 相手の首に両腕を回したまま、アガサは囁くように問いかけた。
 ヴァオがそれに答えるよりも先に――、
「行くなよ」
 ――と、陣内が言った。
 アガサに抱きしめられたヴァオをじっと見据えて。
 しかし、永遠にも等しい数秒が過ぎると、ニヤリと笑い、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「冗談だよ」
「あたしも冗談」
 自分の匂いをつける猫さながらに顔をこすりつけた後、アガサはようやくにして抱擁を解き、一歩だけ下がった。
 陣内は逆に一歩だけ前進。アガサの横に並んだ。
「ヴァーミスラックス先生。あんたがいつも全力で笑ったり泣いたりしてみせてくれたおかげで、こいつは――」
『妹』の頭を優しく叩く陣内。
「――だいぶ人間らしくなったよ。先生のおかげだ」
「兄貴面すんなっての」
 頭に乗せられた手を払いのけて、アガサがローキックを放った。
『兄』に一発。
 そして――、
「あたしからのはなむけよ」
 ――ヴァオにも一発。
「俺にまで、はなむけてんじゃねえよ!」
 脛を押さえて悶絶する陣内。
 一方、ヴァオの反応は……。
 ギャラリーの脳内で『草競馬』が再生され、予想表が下から上へとスクロールした。

 本命:ぴいぴい泣き喚く。
 対抗:寒い親父ギャグで落とす。
 単穴:なんかカッコつけようとするんだけど、音々子がしゃしゃり出てきて台無しになる。

 しかし、ヴァオは大方の予想を裏切り――、
「ありがとよ。達者でな」
 ――先程の陣内と同じようにアガサの頭を軽く叩いた。
 そして、にっこりと笑った。
 少年のような優しい笑顔。
 人望は薄いながらも多くの者に愛されたヘタレベロスに相応しい笑顔。
「がおー!」
 イヌマルが惜別の咆哮を響かせた。

「びえーっ!」
 音々子の前でぴえりが号泣していた。
 テレビウムのチャウやんも泣き顔の顔文字を液晶に表示し、音々子の足にしがみついている。
「音々子ちゃ~ん! ぴえりんのこと、忘れないでねぇ!」
「忘れませんとも!」
「ホント! うれしー!」
 音々子の力強い返事を聞くと、ぴえりは滂沱と溢れていた涙を一瞬で止め、崩れたメイクをこれまた一瞬で修正した。
 チャウやんは音々子の足にしがみついたままだが、顔文字を虚無的なものに変えて『いや、切り替え早すぎだろ……』という意を伝えようとしている。ちっとも伝わっていないが。
「宇宙に行く皆はヨロシコ!」
「はいはい。よろしこ、よろしこ」
 陽気に挨拶するぴえりに苦笑混じりに応じたのは青葉・幽。
 彼女も、外宇宙への出航を選んだ者の一人である。
「音々子さんとは長いつきあいになったけど――」
 グルグル眼鏡の奥で目を潤ませているかもしれないヘリオライダーに幽は語りかけた。
「――思い返すと、任務のこと以外はあんまり話したりしなかったわね。改めてお礼を言うわ。今までアタシの事をヘリオンで運んでくれて、ありがとうございました」
「ありがとー!」
 と、同じく出航組のエマ・ブランも元気な声で感謝を述べた。
「わたしが音々子さんと初めて会ったのは、大阪城の辺りでのレリ王女がらみの任務だったね。近いところだと、星戦型ダモクレスとの戦いか……そういえば、どっちの任務も幽さんと一緒だったっけ?」
「そうね」
 幽が小さく頷いた。
「星戦型ダモクレスとの戦いは昨日のことのように思い出せるなー。その『昨日』まで敵だった勢力の本星で旅立つっていうんだから、なんだか感慨深いものがあるわね」
「そうね」
 再び頷いた幽であったが、その脳裏に浮かんでいるのは昨日の敵であるところのダモクレスではない。
 エマも口にした、あの女傑だ。
「アタシはね、アスガルドに……そう、アイツの故郷に行きたいって思ってるの」
 幽は改めて自分の希望を音々子たちに告げた。
「今までの戦乱で荒廃しているだろうから、その復興を少しでも手伝いたいのよ。アイツは意地っ張りな上にめんどくさい奴だから、もし生きていたら『余計なことはするな!』だの『地球人の助けなど借りん!』だのと抜かすでしょうけれど……知ったこっちゃないっての」
 幽の口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
 どこか寂しげな笑みでもあったが。
「確かにゴチャゴチャ抜かすだろうけど、最後には『ありがとう』って言ってくれると思うよ」
 今は亡き『アイツ』のことをエマがフォローした。
「そうですね」
 と、音々子が同意した。
「幽ちゃんが言うように『意地っ張りな上にめんどくさい』人でしたけれど、とても真っ直ぐな人でもありましたから」
「真っ直ぐすぎて苦労させられたけどね……」
 微笑を苦笑に変えて、幽はまた音々子に礼を述べた。
「とにかく、重ねて言うわ。今まで本当にありがとう」
「いえいえ。どーいたしましてー」
「いつか来るだろう音々子さんの晴れの日が見られないのは残念だけど――」
 エマが音々子の肩に手を置いた(ここにヴァオがいれば、『音々子に晴れの日なんか永遠に訪れやしねえよ』と半畳を入れていたことだろう)。
「――宇宙をよりよい世界にするため、頑張ってくるね! 地球は任せたよ!」
「おまかせくださーい!」
 薄い胸を拳で叩く音々子であった。

 一組の男女が羊たちの取り囲まれていた。
 ひさぎと巽・清士朗である。
「宇宙から地球を眺めるのはこれで何度目だったか……やはり、美しいな」
 などと言いながらも、大きな窓の向こうにある青白い宝珠のごとき地球を清士朗は見ていない。
 その目はひさぎに向けられていた。ひさぎだけに向けれらていた。
「あんなにも美しい星を出て、わざわざ暗く冷たい宇宙へなど旅立たなくともいいのではないか? しかも、新婚早々。こんなに凛々しくて、よく気が付き、頼りがいのあるHUSBANDを置いて……」
「いえ、無駄に良い発音しなくていいですから」
 清士朗の眼差しは熱かったが、ひさぎの返答は冷たかった。
「あと、うちは『旅から帰るのを十年でも二十年でも待っててくれるなら』って言いましたよね? なーのーでー、籍を入れようが、式を挙げようが、うちはまだWIFEじゃありませーん!」
 もっとも、冷たいのは言葉(ことば)だけ。
 拗ねたような顔をして語っている間も、ひさぎは清士朗の手を握っていた。
「……」
 ひさぎがその手を無言で引くと、人工の草原に伸びる二人の影が一つになり……やがて、ゆっくりと離れた。
「約束どおり――」
 愛する者の熱が少しばかり移った唇から、ひさぎは声を絞り出した。
 涙など流していないにもかかわらず、それは泣き声に似ていた。
「――うちはちゃんと戻ります」
「約束だぞ」
『凛々しくて、よく気が付き、頼りがいのあるHUSBAND』は念を押して、ひさぎの手を握り返した。
 強く、優しく。

「行ってらっしゃい」
 と、荒哉が告げた。
 幽に。
 テレサに。
 シルディに。
 ひさぎに。
 モカに。
 ミリムに。
 ぴえりに。
 エマに。
 ヴァオに。
 チャウやんに。
 イヌマルに。
 地球から旅立つすべての者たちに。
「いってきまーす!」
 皆を代表して、エマが手を振った。
「元気でねー!」
 振られていないほうの手にミニブーケを渡しながら、言葉が笑顔を見せた。
 先程のように棒読みではない。
 笑顔も天然ものだ。
「そう……どうか、お元気で」
 赤煙もまた優しい笑顔を皆に贈った。ブレスを吐く代わりに。
「……」
「……」
 無言で敬礼する千と吾連。
 その様子を微笑ましげに見ていた真吾が旅立つ者たちに視線を移した。
「たとえ遠く離れても、俺たちはずっと繋がってるぜ!」
 そう言って、彼は自分の胸を親指でつついた。
「ここんところでな!」

 二〇二一年。
 人類とデウスエクスとの戦いという長い長いプロローグが終わり、二つの物語が始まった。
 外宇宙を巡る人々の物語。
 地球に生きる人々の物語。
 いつの日か、二つの物語は一つに交わるかもしれない。
 それは長い長い長い長い第二のプロローグの終わり。
 そして、新たな物語の始まり。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:22人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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