シャイターン襲撃～闘いの選択

■リプレイ

●我らは見た、彼の者の姿を
　シャイターンによる民衆への虐殺を阻むべく多摩ニュータウンに急行したケルベロス５班４０人。彼らの目に飛び込んできたのは、二手に分かれたシャイターンがヴァルキュリアとザイフリート王子へ襲いかかっている様。
「お前たち、イグニスの暗殺部隊風情にやられるわけにはいかぬ！」
　勇ましいザイフリートの言葉。だがどう見ても多勢に無勢──その光景を目にするや、稲妻のごとき神速で駆けだした影がふたつ。白毛のウェアライダーのカルロス・マクジョージ（もふもふで白き狼の料理人・e05674）と腰に大業物をひっさげた黒髪の刀剣士、黄檗・瓔珞（神話時代の守護者・e13568）だ。
　シャイターンたちは攻撃目標であるザイフリート王子しか見ていない。
「……オルタナティヴ！」
　こちらへ背を向けていた１体にカルロスが『オルタナティヴ・アイセズ』を叩きこみ、その隣のシャイターンへは瓔珞が愛刀『紫苑』を鞘走らせ、死天剣戟陣で薙ぐ。一撃で仕留めるまではいかなかったが、大ダメージを与えられたのは明白だった。
「？！」
　予期せぬ闖入者の襲撃に、シャイターンたちの攻撃の手が緩む。
　その隙を見逃すケルベロスはいない。だがシャイターンもすぐに形勢を立て直すと半数がこちらへと向かってくる。
　ビーツー・タイト（火を灯す黒瑪瑙・e04339）が相棒のボクスとふたりの仲間の下へ到着、離れた場所にいるザイフリートへちらりと視線を投げ、すぐに視線をシャイターンへ戻す。
「……必要時には助け合うのが筋だろう」
「罠と感づきながら配下を救いに行く王子……好きですよ、そういうの」
　呟いた浅川・恭介（本の角乱用者・e01367）。隣を行く館花・詩月（咲杜の巫女・e03451）が、説得班の１つを振り向く。
「……助けに来たって伝えて」
　敵対するために来たのではないのだと。その想いを汲み取ってもらうために。
「必ず伝える」
　詩月の背にエレオノーラ・フラウ（贋作者・e14696）が応えを返してくれた。
「私たちは説得してる場合じゃないね」
　水納守・摩弥（悠遠古今の導き手・e04571）が紫堂・桜（日陰の巫術士・e01904）と頷き合う。その後ろにいたルーチェ・プロキオン（魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143）は、やってきた時とは違い、いつのまにか魔法少女のようなオレンジ色のドレスへと服を変えている。
　その間にどうやらもう１班もシャイターンとザイフリート王子の間に割り込むことに成功したらしい。攻撃目標を王子からケルベロスに変更したらしいシャイターンは目前だ。
「我が名はセレナ・アデュラリア！　騎士の名にかけて、貴殿を倒します！」
　響きわたったのはセレナ・アデュラリア（白銀の戦乙女・e018871）の高らかな宣言。市街地は今まさに戦場と化す。

●戦いの目的
　とにかく時間を稼ぐ。その間に別の仲間がザイフリートを説得してくれる。
　だが相手はザイフリート王子を亡き者にしようとした、シャイターンの中でもおそらく精鋭の者たち。一筋縄でいかないことはわかっている。
　たとえ奇襲攻撃でダメージを与えたシャイターンがすぐさま回復をして全快していても、諦めるつもりはない。シャイターンたちによる虐殺を止めるべく闘うケルベロスは、この１班だけではないからだ。
（「この場限りでもいい……一時的にでも共闘できれば……！」）
　桜の内心を知るはずもないシャイターンが、周囲に砂嵐を起こす。前衛のルーチェや詩月、瓔珞やサーヴァントを巻き込んだそれはある種の幻覚を引き起こした。
「……ッ、く……！」
（「幻覚を引き起こしての攻撃ですね……！」）
　それだけではなく、砂嵐の内側からではわかりにくいが、別のシャイターンの手のひらから炎が生じた。汚れた炎での攻撃はルーチェを狙い──カルロスの相棒、アルバリドラが庇ってダメージを肩代わりする。
　さらに別のシャイターンがまた砂嵐を巻き起こし、連続攻撃を仕掛けてくる。
「やるな……」
　ビーツーと彼の相棒、ボクスと桜がそれぞれメディカルレイン、紙兵散布、属性インストールで回復するが、それでもダメージが多少残る。
「やってくれるね……やられてばかりではないけれど！」
　詩月の日本刀が、低い位置から緩く弧を描く。シャイターンの肩を狙ったそれは、月光斬。
（「守りたい」）
　シャイターンに虐殺をさせるわけにはいかない。自分を『家族』と言ってくれるような人たちがいるこの世界を。強い意志を込めた一撃は、シャイターンの肩を抉る。
「よし……！」
　このままの勢いでもう一撃か二撃与えられれば倒せる。──と思ったのも束の間だ。
　後列にいたシャイターンが、炎でできた蛇を創り上げたのだ。それを詩月の攻撃で大ダメージを受けたシャイターンへと食らわせる。味方割れではない。その証拠にシャイターンの傷が半ば以上回復した。
「回復技まで持ってるとは、厄介ですね」
　厳しい表情で呟いた恭介の体に装備したブラックスライムが補食モードに変形。口を大きく開き、ダメージが残っている１体に襲いかかる！　が……別のシャイターンが攻撃に割り入ってトドメを刺すには至らない。
（「王子とはできれば円満な関係を築きたい」）
　配下のために姿を現した王子の心意気は好ましいし、できれば今回、円満な関係を築きたい。そのために今は闘うしかない──！
「けれど、バッドステータスはまだ生きてる」
　呟いた摩弥の手に握られたナイフがきらめき、あたかも舞のような剣筋でもってシャイターンを切り裂く。ブラッディダンシングだ。
「ガアアアアアっ」
　ナイフによる深い一撃に傷の残ったシャイターンが身じろぐ。だがルーチェが回復を許さなかった。パステルカラーに彩られたガトリングが火を噴く。
「斃れなさい！」
　クリティカルヒット！
「グ、ガ……アアアアアア……」
　蜂の巣にされたシャイターンが、文字通りその姿を崩れさせていく。
　まずは１体。
　シャイターンたちが怒気を膨らませていくのがわかる。
「だからって怯む僕たちじゃないよ」
　シャイターンに不意打ちを食らわせた素早さ。カルロスの真白な毛がふわりと風に揺れた、と思った時には獣撃拳を叩き込んでいる。
「どうだ？！」
　確実な手応え。しかし生じた蛇が、シャイターンをすぐさま回復していく。別のシャイターンも指輪から光の盾を生じさせている。マインドリングを装備しているのだ。
　攻撃と回復。バランスが取れているのはケルベロス側だけではないと思い知らされる。
　恭介は残った６体のシャイターンを見つめる。１体がやられたばかりだというのにどこか余裕を見せているのは、自分たちが優位だと思っているからだろう。
（「こちらは単体を狙ったグラビティばかり……」）
　回復の間を与えなければいい。回復が追いつかないくらいにバッドステータスを付与し続け、１体ずつ確実に倒す。
　けれどシャイターンの列攻撃からの単体攻撃という猛攻に、ケルベロスたちは最初の勢いを失速させ、徐々に回復の手を増やすしかなくなっていった。

●窮地はどちらのものか
　サーヴァントたちが戦線を離脱すると、状況はさらに押され気味になっていった。
　戦闘開始から長くはかかっていないはずなのに、何十分も経ったかのような錯覚を受ける。だが８人の目からは闘志も希望も消えてはいない。
「もう少しだ……！」
　きっと、もう少しでザイフリート王子に説得を続けてくれている仲間が成果を上げてくれる。敵に対するのが自分たちだけではないという安心感、心強さ。
（「王子もそれを、きっとわかってくれるはずだよ」）
　摩弥は信じていた。いや、摩弥だけではなく、この場にいるすべてのケルベロスが、ザイフリート王子への説得が成功するのだと信じている。
　ビーツーがメディカルレインで前列に付与されている催眠効果を解除した。危うく仲間に攻撃を仕掛けようとしていたルーチェが頭を振り、シャイターンに向き直る。
「ヒャッハハハハハハ！！！」
　その隙を狙っていたかのように、シャイターンの１体が手のひらに炎を生じさせた。
「……ルーチェさん！」
　避けて、と声を上げたのは恭介だ。
　──だが、その必要はなかった。
　ルーチェとシャイターンの間に立ちはだかったのは、漆黒の鎧を纏った長躯、その手に握られた輝く長槍。──にわかに信じがたい、けれど待ち望んでいたもの。
「ザイフリート？！」
「ザイフリート王子！！？」
　驚きの声はシャイターンからもケルベロスからも上がった。ただしその名を呼ぶ声に込められた色は正反対だ。驚愕と、歓喜。
「説得、成功したんですね……！」
　恭介が感動の含まれた声で呟く。ちらりと説得にかかっていた班へ視線をやれば、あちらももう１班の救援に向かったようだ。
　背中越しにザイフリートが軽く振り返った。
「お前たちの戦いが、私の目を開かせてくれた」
　そうして槍を構えると、眼前のシャイターンの１体を捉える。
「──その恩を返そうではないか」
「ガアアアアアッ！！！」
「？！」
　シャイターンの叫びは断末魔。いつの間に振るわれたのか、ザイフリートの槍は襲いかかろうと飛びかかった１体の胸や腹を鋭く貫き、その姿を小さなコギトエルゴスムと変えさせた。ソニックレイヴ、槍による神速の連続攻撃。
　戦慄したのはシャイターン側だった。なにしろザイフリートを亡き者にしようとしたくらいなのだから、どのシャイターンも精鋭。それをクリティカルとはいえ一撃で屠るとは！
「グウウウウ、おのれザイフリート！！」
「ここで死ねェ！！！！」
「させません！」
　ザイフリートに殺到しかけたシャイターンの前に光る鳥たちが舞い踊るように囲み、そのうちの１体が光に包まれた。
「なんだ……コレは……！！　アアアアアアッ！！」
「……僕たちがいることを忘れないでください」
　恭介が、幼い年齢に見合わぬ笑みを口の端に浮かべた。『ざ　とぅいんくる　おぶ　ざ　ぴな』、光の鳥たちの羽根は刃と変わりシャイターンを切り裂いた。
「恭介殿の言うとおりだ」
　ビーツーが相棒との目配せ。すぐさまボクスと同時にシャイターンの周囲を縦横無尽に走り、炎を断続的に、あたかも銃口から迸らせるように広範囲に生み出す。そのグラビティは『赤銅の熱壁（カッパーピストル）』という。
　ほぼ同時、白き電光石火が走ったようにカルロスが肉薄。
「さあ、躱せるかな？　オルタナティヴ！！」
「グゥオ……っ」
　腹から背へ突き抜けんばかりの痛烈な拳。クリティカルが立て続いた猛攻に仲間に庇われもされなかったシャイターンは両膝を地に着き、その姿を消した。
　瓔珞がちらりとザイフリートへ視線を走らせる。どうやら３体を引き受けてくれるらしい。これでこちらが受け持つのは２体。
　今、味方の気は再び高まっている。失した勢いを再び盛り返し、攻勢に出るのは今だ！
「彼の者を祓い清め給え……」
　精神を高めていた桜の口から短い詠唱は祈りの言葉。いずこかにおわす巫霊を呼び寄せて、味方には癒しを与えるグラビティだが──。
「グアアアアアッ」
　敵対者には痛烈なダメージを与える。
　ソレを見て戦いの間ずっと浮かべていた瓔珞の笑みが、意味を変えた。
　シャイターンはザイフリート王子がケルベロス側についたことで少々混乱を起こしている。畳みかけるべきだろう。納刀状態の刀の柄へ手を掛けると、眼光が鋭くなる。
「ッ！！！」
「ギャアアアア！！」
　死天剣戟陣。
　すかさず、もう１体が今ダメージを受けた１体へ回復を施す。
　だがそれ以上の回復を与えるつもりはないと、ルーチェがパステルカラーのガトリングガンをシャイターンへ向ける。
「これでも立っていられますか？」
　優しげな言葉と相反したガトリングでのキツい連射。食らいながらもなんとか避けようとしたシャイターンが動いた先にいたのは、詩月だ。
「……はぁッ！」
　待っていましたとばかりに高速で放たれた斬撃が、緩やかに優美な弧を描く。シャイターンの右肩から袈裟斬りにした一撃は、確実に命を仕止めた。
「く……ッ」
　目の前で次々に塵と化した同族たちに恐れをなしたのか、最後のシャイターンが少しずつ後ずさっていく。逃げようというのか。だが許されるはずがない。
「縛めよ、敵を捕らえよ！」
　桜が放ったのは禁縄禁縛呪。続いたのはカルロスの獣撃拳。
「これが最後……邪悪な意思を吹き飛ばす、正義の旋風！！」
　ガトリングガンを手放していたルーチェは自身の両肘を構え、その先を高速回転させたかと思うと竜巻を起こす。『トルネード・グリッター』による一撃。
　そうしてトドメは。
「……逃がしはしないっ！」
　摩弥の背から生じた無数の光が後光のように拡散し、やがてシャイターンへと集中する。『インフィニット・レイ』のダメージは絶大だ。やった、と誰もが確信した。
「……ッグガアアアアアッ……！！！」
　粉砕されゆくシャイターンの、醜い最期の声。
　散っていった敵を後目に、８人のケルベロスの目はザイフリートの勇姿を視界に映した。

●戦いの果てに得たもの
「ガアアアアアアアアッ、許さん、許さんぞザイフリートおおおおッ！！！！」
「お前たちの許しを得ようとは思わぬ！　消えよ！！」
　幻惑するような槍が、シャイターンを貫く。
「アアアアアアアアアアアアアッ！！！！！！！　イグニス様アアアアアアッ！！！！！！！」
　一際大きな絶命の声を上げ、ザイフリート王子が対峙していた最後のシャイターンがその輪郭を揺らし──大気に溶けるように消えたかと思うと、コギトエルゴスムと化した。
　勝利。シャイターンの精鋭たちは皆、灰燼と帰した。
　だが喝采を叫ぶにはまだ早い。
　散りゆく灰を見送るような王子は振り返らない。何も語らない。
　沈黙するその背へと、優しい笑顔を浮かべた瓔珞が一歩前に出た。
「なあ、今ともに闘ってくれたことに礼を言わせてくれないか」
　たとえこの場限りのことだとしても、それくらいのことは許されるだろう。
「……礼、か」
　瓔珞の言葉に、沈黙していたザイフリートがゆっくりと振り返った。そうして瓔珞が手を差し出していることに気付いたらしく、一歩二歩と近付いてくる。
　引き結ばれていたくちびるが、ゆっくり解かれた。
「私は、お前たちを信じると決めた。この後はお前たちの言葉に従おう」
　差し出された大きな手が、瓔珞の手を握る。その力は意志を表しているように強い。
「……たとえお前たちが私を殺したとしても、私の決断は変わらない」
　凛々しく堂々と、きっぱりと言い切る口調。彼は曲がったことが嫌いなのだろうとその場にいた者たちに思わせる。
　──そうしてケルベロスたちは、時をほぼ同じくしてシャイターンに勝利した４班と無事に合流し、ザイフリート王子たちとともにその場を後にしたのだった。

作者：緒方蛍	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月24日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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