●ハッピー・ホリデー2021
アダム・カドモンとの最終決戦であるケルベロス・ウォーに勝利して半年。
その半年の間に様々な変化があったが、新型ピラーの開発成功にダモクレス本星マキナクロスの居住区完成という『外宇宙への進出準備完了』もまた、大きな変化だろう。
その知らせを持ってきたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、「とうとう来た」と少しばかりそわそわしていたが、「さて」と笑うと、これまで予知を伝えてきた時と同じように話を続けた。
「外宇宙への進出に向かうのは、地球を愛せなくて定命化出来なかった者を含めて降伏したデウスエクスと、ケルベロスの希望者だ」
宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃を目指し、未知のデウスエクスが住む惑星へ新型ピラーを広めに行く旅路は、その内容も、かかる年月も、途方も無いものになると考えられている。
その途方も無い旅路の最初の一歩。マキナクロス出航にかかる膨大なエネルギーには、季節の魔法『クリスマスの魔力』が利用されるのだが――。
「その為には魔力を最大限に高める必要がある。つまり?」
「クリスマスを思い切り楽しむべし、ですか?」
「その通り」
「七夕の時も思ったけれど、季節の魔力って本当に凄いのね」
「となると、かなり欲張りに楽しんでも怒られないのでは……」
獣耳をぴくりと動かした壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)に、多分大丈夫よ、と花房・光(戦花・en0150)が小声で頷く。それをしっかり拾っていたラシードが、自分も混ざって楽しむから大丈夫だと笑いながらタブレットを取り出した。
「魔力量でマキナクロスの速度が変化するらしくてね。最大限にまで届けば、竜業合体みたいに光速超えの移動だって可能になるって話だ。と、いう事で俺が君達に案内するイベント会場はここ」
楽しげな声と共に向けられたタブレット画面。そこに映し出されていたのは、冬の夜が持つ澄んだ夜色と雪の白に染まった公園と、『アメリカ、ニューヨーク』の文字。俺の地元! と男のエルフ耳が上下した。
●さいわいへの旅路
その公園は毎年このシーズンになると美しく飾られるのだが、今年は『宇宙の平和を守る為』という地球規模の一大事業で予算が潤沢――つまり、過去最大級にとびっきり美しく彩られている。
凍りつきスケートリンクになった湖には、頭上に美しい星々からなるイルミネーションの天井を。
歴史ある橋のイルミネーションは白い流れ星を灯すように煌めき、幼い天使が見守る噴水も湖と同じく凍っているのだが、凍った水面には花形のキャンドルが咲いて夜の漆黒を温かな金色で照らすのだとか。
日中はジョギングや散歩の人々で賑わうエリアは、暗闇でも道を見失わないようにとベツレヘムの星の形をしたランタンが吊るされ、幻想的な風景を生み出している。
「これは……スマホの充電をしっかりしておかないと後悔するやつね?」
「写真フォルダが素敵な事になりそうです。スケートリンクも気になりますね」
「凄いのはそれだけじゃないぞ」
真面目に考え始めた二人になぜかドヤッとしたラシードがタブレットを操作し、公園のマップを表示する。指先でぐるっとなぞったエリアを突くと、クリスマスマーケットが開催されるんだと笑った。
「クリスマスらしいアイテムや料理は勿論、ニューヨーカーお気に入りのコーヒーにホットドッグ、ピザにベーグル、ドーナツもね」
クリスマスマーケットには欠かせないグリューワインもちゃんとある。
アルコールが苦手な人や未成年の為にとホットドリンクも用意されており、温かな紅茶やチョコレートドリンク、ポタージュなどでしっかり暖を取れるから安心だ。
「あ、それとクリスマス・ダサセーターの店もあるって」
恐らくはクリスマスパーティの時くらいしか着ないだろうけれど――記念に一枚、なんて買ってみてもいいのでは。
「それと大事な話がもう一つ。クリスマスの魔力を充填したマキナクロスは、おそらく高速を超えて外宇宙に出発して――その瞬間に、姿が消えるんだ。以後、観測も出来なくなるだろうって予測されてる」
万能戦艦ケルベロスブレイドで月軌道まで見送りに行ける為、で最後の別れは月軌道上で行う事になるだろう。そこで別れたら――もう二度と会えないかもしれない。
「そういう意味も含めて、君達にはめいっぱいクリスマスを楽しんでほしいんだ」
外宇宙へ行く者も、そうでない者も、後悔のないように。
種族も生まれも関係ない。
全ての者の旅立ちが、さいわいに満ちたものとなるように。
真冬の澄んだ空気は冷たいが、イルミネーションが放つ全てを一層美しくしていた。青を帯びた暗闇は煌めく色彩で飾られて、周りに茂る木々の隙間や開けた場所ではニューヨーク中心部を照らす摩天楼も覗いている。
ジグは園内を散策しながらそれら一つ一つに目を留め、静かな時間を過ごしていた。美しい風景を前にこれまでの戦いを振り返れば、長い戦いだったと痛感する。同時に、打倒した強敵や乗り越えた戦場全てが思い出になっていた。
(「さて、これからの事も考えないといけませんね」)
地球を取り巻く環境は大きく変わり平和になった。それでも悪は世に存在し、時に驚異となって現れるかもしれない。地球に残ると決めた自分にもやる事は沢山ありそうだ。それでも。
(「楽しみですね」)
そう思えるのはきっと、未来繋がる日々を勝ち得たからだろう。
外宇宙への旅路に同行するという事は、“もう一度地球の大地を踏めるかどうか”でもある。それでもエレナは、まだ見ぬ世界を見に行きたいと思った。
結果訪れる時間が“永遠”か“暫くの間”かは判らないが、地球の光景ともお別れだと決意したエレナが赴いたのは、園内でも一際賑やかなクリスマスマーケットだ。
温かなライトの色。人々の笑顔と談笑。並ぶクリスマスアイテムや料理達。見て歩くだけで心も足取りも軽くなり、自然と穏やかな表情になっていく。
「屋台街の散策はどこに行っても楽しいものだな……ん?」
サーヴァント勢揃いセーター。あったらと願っていた物そのものを見つけたエレナは、迷わずそれを手に取り店主に声をかけた。
地球より遥か彼方を行く旅路の中でも、これを年に一度引っ張り出せば、今日の事だけでなく今までの事も鮮やかな思い出となって胸を満たすだろうから。
二人一緒にと飛び込んだマーケットがクーと光を受け止める。まろやかなポタージュとワインでぽかぽか心地になったら次は楽しい買い物、という誕生日プレゼント選びに挑んだクーなのだが。
(「駄目だな、どうにも顔に出る」)
不思議そうにされては誤魔化す事数回。しかし察した店主の協力と包装も密かに済ませたおかげか、差し出された物を見た光の目は丸く耳と尻尾はぴんと立っていた。
「遅くなったが、誕生日おめでとう! 大切な友人の光にとって、この一年が素敵なもので溢れるといいな」
「始まりからもう素敵だわ。ありがとう、クーさん!」
小さく愛らしい魚と宝石めいた硝子粒連なるブレスレットは早速光の手首へ。
狐火と呼ばれる自分とフェネック種の友。近しい点もあるこの縁は実に不思議だ。水族館で貰ったミラーは勿論、二人共大切に使っている。
「私はここに残るが……光は?」
「私も残るわ。実は水族館への就職が決まってて――」
進む道はそれぞれ。けれどこの縁は変わらず、在り続ける。
「ラシード、お酒、乾杯してくれる約束、憶えてる?」
「勿論!」
グリューワインの店を指したティアンは20歳。春市場で見繕ってもらったグラスは日々の楽しみで活躍しており、その報告に笑顔を浮かべたラシードから酒は大丈夫だったかと問われたティアンは、あまり強くない感じだと耳を上下させる。
「逆に、泥酔しにくい飲み方を幾つか教わった。人と話しながら飲む事でペース調整するのもその一つ」
「そう、それ……!」
色は対照的だが酒方面は似た者同士、祝いの声で乾杯し、香りと熱を少しずつ味わっていく。その間ティアンが見る風景は、大運動会や催しの時とは違う冬のNYだ。
「地元なの。おすすめの所とか、ラシードの思い出の場所とか、ある?」
「俺が妻と逢ったコーヒーショップとか。タルトやパイもあるよ」
少し照れた男のお勧めが増えたなら、来年以降のオタノシミに。
それは飲み方温め方と同様、教わり根付いた沢山の事。聖夜彩る光の様に一つ一つが煌めきを宿し続けていく。
祝祭の光溢れる園内にウォーレンは目を奪われた。
自分達の雪深い故郷もきっと同じ光に満ちてるだろう。
大都会に抱かれた公園が雪を纏っているからか、故郷に似た香りを覚えたホリィはその言葉に頷いた。故郷の方はもっと大雪でこんな風に歩けないのだろうけれど。
「折角だから手を繋いで歩こうよ。君の旦那さんが妬くかな?」
「妬く理由がそもそもないよ。僕は夫を愛しているし、彼も僕を……近くにいるし」
「そっかー。ご馳走様」
「あ、スタンドだ。何か飲み物をご馳走させて?」
「やった」
ホリィ希望の温かいココアは、SNS映えしそうな可愛らしいクリスマス仕様だ。ココア単体で撮った後は通行人に頼み二人一緒に撮ってもらって、ココアを飲んで――そうやって、“自分達が欲しかった普通の幸せ”が増えていく。
今は掌の中にあるそれを、ウォーレンはじっと見つめた。
「手に入れるのは難しいと思っていたよ」
「うん。こんな普通のひと時を外宇宙に旅立つ前に過ごせて良かった」
旅立つ側であるホリィはウォーレンを見つめ、微笑んだ。
「さよならホーリーレイン」
ホリィは、自分だけが知るウォーレンの本当の名前と共に“行ってきます”ではなく別れの言葉を贈った。なぜならウォーレン――ホーリーレインには、自分自身の人生を生きてほしいから。
「長生きしてね」
それが――それも、女の望みだった。
旦那さんと仲良く在る事も。
残る側であるウォーレンもそっと微笑んだ。
「いってらっしゃい」
きっとまた会えるから、さよならは言わない事にした。
だからその時までと繋ぐ言葉は、これしかない。
「またね」
(「……君はそう言うと思った」)
言えない痛み。
癒えない傷。
どちらも相変わらず在るけれど――。
(「僕も君ももう大丈夫」)
だから、それぞれの道を歩いて行こう。
一人行く園内は静かに煌めく様だった。しかし光流は孤独ではなかった。毎年この時期に大きな事件が起きていた事を思うと、平和なんは良えことやと笑みが浮かぶ。
(「こっそり別れも言えるしな」)
だが自分は旅立たない。どこでも生きていけると思うが、伴侶には地球で生きて欲しかった。
(「嫁のいない人生は無理や」)
それぐらい心の中を占める存在が出来て――いつの間にか忘れてしまった事もある。
光流は遠くに見えた橋を目指し、そこの縁から凍った湖を覗いてみた。空気を含み白く濁った湖面にはぼんやりとしか映らないが、元々嘘であった姿を自分として誇れるくらい頑張ってきた。
「もうひとりぼっちやあらへん」
さいわいは内に満ちた。
他人のさいわいも願える。
だから。
「旅立つ皆は達者でな。残る皆はこれからもよろしくや」
光流は自分や誰かが歩むだろう先を――夜空の向こうを、じっと見つめ続けた。
和奈が訪れた天然のリンクは人々が紡ぐ楽しさに満ちていた。その心地良い雰囲気をちょっとくらいは盛り上げられるように。和奈は冬の空気をしっかり吸い込んでから白翼と炎翼を広げ、リンク上空へと向かう。
両手でぎゅっと抱えていたオウガメタル・クウへありったけの力を籠めれば、気合の入った『くう!』を返したクウから眩い光が何度も放たれ、空に光の花火が咲いた。花火が咲く度に人々の歓声も響き――最後に残る力全てで複数の技を重ね、発動させる。
「どんな花火よりも、大きな、大きな光の華を!!」
その瞬間、夜空を覆い尽くす光の大輪が咲いた。
地上からは喜びの声が溢れ――それに包まれながら和奈はクウを抱きしめ庇いながら、光の華に紛れ地上に落ちていく。そのさなかに見た風景、雪の空に咲く眩い華は二人で紡いだ今日だけの絶景だから。
「クウ君、お疲れ様」
優しく撫でた掌に届いた返事は、ぷるりと弾むよう。
土の上とは全く違う氷上は楽しくて、慣れていないから一人で滑る自信がない。
そんなシエルの手を取りながら、アリシスフェイルはリクラテルとの関係を尋ねた。きょとりとしたシエルは、最近の雰囲気から付き合い始めたのかと思ったと言われ、目を丸くする。
「りっくんと私? お、お付き合いなんてそんな……!」
「……えっ、付き合ってるわけじゃないの?」
リクラテルとルクスがいるあちら側に聞こえないよう、声は小さい。
早とちりごめんねと謝ったアリシスフェイルは、首を振って笑うシエルに「でもどうして」と言いかけ、口を閉じた。どうして言えないの、言わないのと訊くのは簡単だが、背中を押せるかどうかわからない。
繋いだままの手の温もりに、シエルは小さく笑った。
自分は、好きの二言が言えないだけ。それに。
「彼と私の気持ちが同じとは思えないから……」
――お前があそこに行かなくていいのか?
ふいにルクスからかけられた言葉に、リクラテルは目を瞬かせた。滑れないわけではないが態々人混みに混じる程、と二人揃ってリンクの端から女性陣を見守っていたのだが。
「俺が、ですか?」
分かりきった事だと理解しながらもそう返したリクラテルへ、ルクスは「そうだ」と頷き、妻を見つめる。昔の自分は彼よりも執着が酷かっただろうから、今のリクラテルと比べるものではないが、シエルを見つめる様に重ねるものが無いとは言えなかった。
「手放したくなさそうな顔で見てるのに自覚がないのか?」
そうだ。隣であの手を取っていたい。
ただ。
「……」
正論に返す言葉も無い様が何よりの答え。ルクスはその場にリクラテルを残し、氷上を滑っていく。
「それ程思うなら、お前が彼女の手をとらなくてどうする」
その言葉が胸の内で響き続ける。まるで知っている様だ。
(「恐らく、俺にとってのシエルさんと同じなのだろう」)
シエルは未だ不慣れな様子で手を引かれていて――そんな彼女を一人に出来る筈もない。ルクスが告げた交代に瞬き一つを挟んだアリシスフェイルは、シエルの手を取ったリクラテルを見て気付き、後を託す。すぐにルクスの手を取ったその瞳が煌めきを浮かべ――。
「私と滑りたかったんでしょう?」
「悪いか?」
擽ったそうな笑みに応えるのは、眉を上げ深められた笑み。
「ご夫婦の邪魔、しちゃいましたかね」
「あ……」
そういえば。けれどシエルが抱いた若干の申し訳無さは、差し出された手に宿っていたとても暖かく優しい熱を――ずっとこの時間がと願った事を思い出していた。
照れ隠しの言葉。湧き始める恥じらい。
けれど重なった手と温もりは、離せそうにない。
前に四人で出かけたのは春先の事。運動会は盛り上げ役がメイン。気付けば季節は真冬となり――世界が平和になった今はどこへ行くにも自由なのだと、蓮は痛感した。それはアッシュも同様で。
「こうしてのんびりNY観光出来るとは思わなかったわ。嬢ちゃん達はどうだ?」
「私も運動会で参りました以来です」
「また出かけられるのは嬉しいものだな。しかも観光でのニューヨークは私も初めてだ」
志苑と瞳李は笑顔を交わし、平和となった今を喜ぶ。
――そして平和だからこそ瞳李提案のそれっぽい事が楽しめるワケで。
「ピザにベーグル……食べる場所はスケートリンクが見られる所がいいな」
「あちらなどどうでしょう?」
三人を引っ張って買っていく瞳李と、しっかりと良ポイントを見つける志苑。二人の後をついて行く蓮は春の出来事を思い出し――ぽつり。
「やっている事があまり日本と変わらないのでは?」
「はは、違いねぇ。結局旅行の楽しみっつーと風景楽しむとか飯になっちまうしなぁ」
先導したいのか浮かれているのか。笑って見遣ったアッシュは、折角の機会は楽しまなきゃ損だと蓮の肩を叩いた。
こういう時に欠かせない飲み物はアッシュと蓮がワインを、瞳李はポタージュにし――志苑は蓮が把握していた好みの通り、ホットチョコを。
そうして腰を落ち着けたのは、ベツレヘムの星が照らす遊歩道の奥、芝生広がるエリアだ。冬の夜、園内に灯る星の光はやわらかで美しく――舌鼓を打ちながらのお喋りは、自然と外宇宙の話になっていく。
「そう言えば、二人は外宇宙には行かない……んだよな? いや、蓮の古書店もあるから、てっきり二人でそこを継ぐのかなと思って」
「ええ、俺も行くつもりはありません。書店は勿論ですが俺には……」
「宇宙へ行く事も大切な事でしょう。しかし、此の星には大切なものが沢山ございます」
共に地上を離れるつもりはないと、志苑と蓮は視線を重ね、微笑んだ。
それはこの数年で二人の間に起きた思いもよらぬ――そして、心地良い変化だった。こんな風になれるとは、数年前の蓮は想像もしていなかったのだ。
お二人は、と視線を受けたアッシュが俺らもだと頷きワインを飲む。日本を――家族や家と、離れ難いものが多過ぎる。
それは志苑もだった。アッシュと瞳李との縁をこれからも大切にしたい。こうして共に過ごしたい。今は手の届く大切な人達を守りたいのだと。
「あぁ、ありがとな……蓮青年とも、志苑の嬢ちゃんとも、大事な縁だと思ってる」
「嬉しいな。こちらこそアッシュ共々よろしく頼むよ」
「それこそ……家族ぐるみの付き合いとか、続けていけりゃありがたいわ」
「そうですね。此れから増えるやもしれませんし」
「ええ、これからも家族ぐるみで――ん?」
それはもしかして。顔を見比べる蓮に対し、二人はニコニコと笑うばかり。そんな四人を、ベツレヘムの星が柔く照らしていた。
「お世話になった姉ちゃんに心温まるクリスマスの贈り物をしようと思う」
「……ハナタレからのプレゼントとか、嫌な予感しかしないんですが……」
マリオンからのハナタレ呼びに(姉の部屋に爆竹を投げ込む)弟のルイスはニコニコ笑う。世話になった姉に心温まるXmasの贈り物をするのだ。
当然、マリオンは嫌な予感しかしないと警戒心を露わにする。
嫌がらせ? とんでもない!
「ハドソン川のように広くて清い、この澄んだ瞳を見て下さいよ!」
「お前ハドソン川って、広くて冷たくて、超濁ってるって知ってます?」
「この時期の贈り物と言えば(ダサ)セーター一択だよな」
「聞け。しかしこの時期に嬉しいセーターとな?」
感心する姉の視線を受けながらルイスは吟味を重ね――店長の趣味にぐっとサムズアップをした。店長もルイスが選んだ物を見て同じ物を熱く返す。
「ほーら姉ちゃん、可愛い弟ちゃんから心のこもったクリスマスプレゼントですよ★」
「ほほう、これはこれは……」
ルイスは差し出された一着を体に当ててみる。サイズはぴったりだ。
「程よい肌触りに温かさ……しかもウォッシャブル素材で、汚れてもご自宅で洗えるとは……なるほどなるほど、これはなかなか……」
ダブルピースをしたオッサン。後光が射すそこには日本語でカニカマの文字が輝いており――マリオンが体に当てたのを見てルイスは歓声を上げた。わぁとっても似合――あれ、おかしい。
「だっさ!! お前これ……だっさ! 他に言葉が見つからんけど……だっさ!! 美の殿堂たる美貌の聖女様に、なにくれてんだよ!」
「ごめん」
「ごめんですまねーわ!」
「いやほんとに良く似合うんで、むしろコメントに困るわ……」
「ハナタレー!」
指を差して笑うつもりが謎のフィット感。
姉は怒り狂い、弟は困惑し――店主はルイスの手にお釣りをぎゅっと握らせていた。
「見て見て、アレ!」
「あるねェあるねェ、クソダサセーター!」
はしゃぐ声にYESと胸を張った店主は、萌花と一緒に目を輝かす水流が男とは気付いてない様だ。黒コートにオレンジニットワンピが完璧に似合っていたから仕方ない。
「やっば! マジで実在すんだ。ね、ね、おにーさん一着どーよ?」
「あ、じゃァボクは萌花ちゃんの選ぼーかなァ」
最高の(超ダサい)ヤツ選んであげる。笑顔と共に煌めいたウインクに、水流は瞬き一回を挟んでニッコリ笑った。世界の恋人は誘うのが早い。凄いと舌を巻きつつも宛てがっていくのは、店のコンセプトに沿ったキラキラカワイイ物ばかり。厳選の末選ばれたのは――。
「あははだっさ!!」
可愛らしいジンベイザメが頭に帽子を被り円な目で牙剥くという、スパンコールでキラキラなXmasカラー。当然萌花は大笑いだが負けていない。
水流に宛てがっているのは、赤地にツリー、真顔サンタやニヒルに笑むトナカイと絶妙なシュールさ放つ一着。極めつけは激しく点滅するゲーミング仕様。
「あはは!! 容赦なく選ぶネ! 楽しいカラ良し!」
「でもおにーさんが着るとちょっとカッコよく見えてくんのなんかムカつく」
「そりゃお洒落なお兄さんダカラ?」
む、と唇を尖らせる萌花と、フフンと微笑む水流。
二人は暫し無言で睨み合い――。
「なぁんてね」
「なんてネ!」
ちょっとした小芝居も楽しいショッピングに加えつつ、それぞれ選んだ物を店主に渡す。これを選ぶとは、と息を呑まれたのは気のせいだろう。
「うんうん、萌花ちゃんもカワイイよ!」
「あは、これでカワイイって言われんのなんかビミョー!」
けれど“カワイイ”に偽りなし。
水流も、萌花も、解っている。
「ま、あたしもなんでも着こなす美少女だからさ?」
「女の子のキラキラした可愛さは誤魔化せないねェ」
それが例えクソダサセーターを着ていたとしても――!
カメラのメモリ足らなくなって買い足したンだけど。
充電の減りにちょっと焦ってる。
いつもの調子で声をかければ同じ調子で声が返り、キソラは美味に景色にと、隣にいる男の地元の一部へと視線を移してニヤリ。
「所でパニーニとコーヒーが楽しめるトコは? ラシード先輩」
「……極秘情報だキソラ君」
なんて軽口は夏の約束の続き。発つ前に出来て良かったと笑えば察した男が静かに笑う。家族とは既に会い、今後暫くは日本暮らしだと言ったラシードの視線に続きを促されたキソラは珍しく躊躇った。
「――頼みがある。凄ぇ勝手な事言うケドそれでも。……たまにでイイ、オレの家族の様子見てやってくれないか。勿論出来る限りの事はしてきた。ただ少しでも安心させてやりたくて」
「……つまり石油王の財力をフル活用か」
「え、マジでそうなの?」
「いや嘘」
けれど友人とその家族が安心出来る様に。頼まれた男は笑い――不在中の写真と映像両方要るよな? と真顔で切り出した。
ギフトの片手に収まるスマホには光に彩られた風景と共に隣を歩むロコも写っている。写真にイルミネーションと雪が彩る遊歩道にと、気の済むまで風景と撮影を楽しんだ今、二人の手はマーケットに並ぶクリスマスキャンドル選びに忙しい。
「君が歩んだ21年分、21本。色柄や形は様々に、綺麗なものを一緒に選ぼう」
「21本! 豪勢なァ。じゃあ最新の1本は青色で決まりだ」
今年は増やそうかと言ったロコに、ギフトは蒼炎を横目にニタリとしながら物色する。目についた物の残りは十字架柄だが、出来ればと探すのは。
「ゾンビ型のヤツねェかな」
「不気味な感じは却下」
「なァに、いつもの冗談だって。後はそうだな、これから旅立つ番犬共へとこれまで斃したデウスエクス共に、餞別の火を送ってやろうか」
「ああ、うん、旅立つ皆の幸運と」
眠った者の安息を願う夜空色も買ったロコは指先だけに留まらない冷えに気付き、周りを見る。温かい飲み物は――あった。
「ギフトは何がいい? 今日は酒の飲み過ぎも許すよ」
誕生日おめでとう。その言葉に目をぱちりとさせたギフトが笑う。
「――あんがとよ。もうオトナ一周年だかんな、コーヒーブラックでいくのも悪くねェ」
「良くも悪くも、節目の1年だったね」
君が居てくれてよかった。君の傍に居られてよかった。ありがとうを告げた言葉と共にロコの手がギフトの頭を撫でる。優しい手つきは静けさにとけゆく様だ。
「……俺はさ。ロコが望んでくれたから、今、隣に居られんだぜ。全部が全部、ロコのお陰で――だから今後とも是非よっしく!」
ふいに弾んだ声は非常に調子が良く、頭上の手を取り歩き出したその足も軽やかだ。
光に彩られた古き石橋を渡り切る頃には、呪詛で黒く染まった手はきっと温かいだろうけど――その柔らかな黒色の先へ、一番眩い光を灯しに行こう。
「滑るのは久しぶりだから楽しみだね。シズネは経験あるの?」
「楽勝だ!」
なんて会話の数秒後、自然が作った氷のリンクにはシズネという名の生まれたての子鹿、もとい仔猫が生まれていた。
両手をぴんと伸ばし、膝はぷるぷる。簡単に見えたものが、今は一歩踏み出したらもうやばい! と危機感でいっぱいだ。
見栄を張った事を秒で後悔するシズネと共に、コート下でピザに囲まれたサンタセーターも小刻みに震えていた。それでもサンタスマイルの眩しさは損なわれない。
「らうる~!」
「君と似てサンタも食いしん坊なの? でもシズネが着ると何でも格好良いよね」
助けを求めれば、トナカイセーターのラウルが惚気けながら優しく微笑み、手を差し出してくれる。ああ、やっぱラウルはかっこいいな。シズネは喜びと安堵を浮かべ――そんなダサセーター姿の二人の手が重なりかけた時だった。
「あっ」
シズネがよろめいた。
「……え?」
咄嗟に動いた手は互いをしっかり掴み、二人の視界は仲良く盛大にすってんころりん! 冷たく硬い痛みは後頭部やあちこちに発生し、一瞬で反転した世界は夜空彩る満天の綺羅星へと変わっていた。そして二人は無言で瞳を交わし――。
「ふ、あはは!」
「あーおかしい! 何だ今の!」
弾けるように並んで咲いた笑顔は、笑い声が落ち着いていくにつれ穏やかに鎮まる。
「ね、シズネ。君と笑い合える瞬間が何より愛しいよ」
「ん。俺もだ」
ぴかぴか明るい笑顔は幸いに染まり、やわらかに細めた瞳が互いを映す。今みたいにアクシデントが起きて、ちょっと痛い思いをする瞬間はこれからもあるだろう。けれど何があってもふたり一緒だ。それに。
(「この手を、おめぇが支えてくれるから」)
「何度転んで躓いても、俺が支えるから。此れからも続く日々を、旅路を共に往こうね」
ほらやっぱりな。それは内緒のまま、勿論だと弾む声と共に掴んだままだった手に優しく力が籠められる。
ダサセーターは寧ろ聖夜のイベント装備。それを聞いたサイガの中でラシードの故郷に対するヤバさ値が上がる。適当に選んだ一着を当てれば二人同時に吹き出して。
「だはは、似合い過ぎだろ揃いの買おうぜ揃いの!! まぁ正直要らねぇが」
「そんな、君も犠牲に!」
「……記念にってヤツなら?」
記念。サイガは問う視線へ返す代わり、父や家族の理想像の様なものを想像させてくれたのが誰だったかを話しながら真っ赤な目を見る。
「俺にも家族と呼びたいヤツが出来たから、ついてくことにしたよ」
「……そうか。寂しいけどそこは凄く嬉しいな」
「じゃ、色々体にあててみろって。んで最後に写真撮らせろ、真正面から」
使い道は宇宙人にダレコレ聞かれた時の「俺のオヤジ」紹介用。なら俺も娘に年上の弟だよって紹介するなんて逆襲撮影も起き――。
「ダッセェの!」
「おっと息子が反抗期」
長生きしろよ。遠慮なさの裏に隠した願いの輝きは、互いに咲き続く笑顔と共に宙の彼方まで。
園内が見渡せる絶景ポイントの一つであるガゼボで乾杯の音が軽やかに響いた。グリューワインを味わい、マーケットで得た揃いのダサセーターに笑むマオーと菊の傍では、わんこさんも犬用カップケーキに舌鼓。
「ゲームは山ほど持って行くようだからな。他に何か渡せる物は無いかと考えたのだが……これからの長い旅路に、お守りを作ってみた。こういうのは重いか?」
そう訊いてすぐグリューワインを飲んだマオーに、菊はそんなことないっすよと笑顔で手渡された小包を解き、現れた竜鱗製の菊形髪留めに目を輝かせた。早速一つに纏めた髪に着け、どうっすか? と浮かべる笑みは誇らしげだ。
「軽くてとても丈夫な作りっすね。愛用するっす」
菊はマオーが気にしていたものをサッと払拭し、自分もあるっすよとバッグから出した手帳を渡した。その中身はというと。
「マオーさんのお気に入りの手料理レシピをまとめたっす」
「……レシピか」
「大丈夫っすよ。大さじは何CCなのかとか、弱火はどれくらいの強さを指すのかとか、レシピごとに逐一説明入れてるんで、尻込みせずチャレンジして下さいっす」
アドバイス付きの贈り物はゲームの攻略本のよう。むむ、と手帳を見つめていたマオーの空気が柔らかくなり、「前向きに善処する」という言葉を応援するようにわんこさんの尻尾がぷりぷりと振られる。
「あ、わんこさんには、紅白の組紐で作った首輪っす」
「良かったな、わんこさん」
早速着けてもらったわんこさんは、耳を倒し尻尾もぶんぶんと大喜び。その様に笑っていた二人は、互いの笑顔を瞳に映し合う。
「また会おう、菊」
「はい。手料理、楽しみにしてるっす」
彼方への旅立ち。
いつになるかわからない再会の日。
けれど、さよならは言わない。
これまでの全てが、いつかの未来に繋がっているのだから――。
作者:東間 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:28人
結果:成功!
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