鴻の誕生日~紅葉ワイナリー

作者:猫鮫樹


 ハロウィンが終わり、街はゆっくりとクリスマスに染まっていく。
 秋も深まる今日この頃、中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)は小さく息を吐いて、ワイングラスをくるりと回した。
「今年も色々あったよねぇ。皆が幸せな姿を肴に、ゆっくりお酒を飲みたい……なんて言ったらだめかい?」
 誰にともなく鴻は呟いて、オレンジ色の液体を見つめた。
 基本的に和酒を好んで飲んでいるが、もうすぐボジョレーヌーヴォーの解禁日だからとワインに手をつけていたのだ。
「山梨の方にあるワイナリーで、紅葉を一望できる広場を解放してくれるみたいでねぇ。良かったらそこで皆でワイワイしたら、楽しいかなって」
 赤、白、ロゼ。その三種とは違うオレンジワインは最近見かけるようになったものらしい。
 ワイナリーでは甘口から辛口、赤、白、ロゼ、そしてオレンジワイン。もちろんスパークリングワインもあるし、お酒が飲めない人にはぶどうジュースも置いてある。
 マリアージュに最適なチーズと生ハムなども、準備してくれていると鴻は楽しそうに言った。
 オレンジワインが満たされたグラスを置いた鴻は、平和になったこの瞬間を大切に思っている。
 より大切だからこそ、皆が幸せそうにしている姿を見たいのだと。


■リプレイ

●秋色に染まって
 木々が赤い衣を纏う姿は楽し気に見える。
 暦ではもう冬ではあるのだが、これだけ赤と黄色の紅葉を見ればまだまだ秋は終わらせないという気持ちが湧き上がってきそうだった。
 山梨県にあるワイナリー。ワイン用のブドウを育てている畑もあるが、今はもう輝く黒に近い紫や若緑色の実は収穫されてしまっている。それでも畑は誇らしげに葉を揺らしていて、来年もまた素晴らしい実りを見せてあげようとでも言っているかのようだった。
「綺麗なワイナリーね」
 鮮やかな色の落ち葉のカーペットの上を歩いて、ワイナリーの風景を見回したセルショ・ランバード(赤にして石英・e15897)はそう感嘆の吐息を漏らす。
 それほどに美しい光景の広がるワイナリーということなのだ。
 隣を歩く風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)も、セルショの言葉に首肯していた。
 黄色と赤、橙のコントラストが見事な世界を彩って、二人の視界を鮮烈に奪うほどの景色。
 紅葉の木々を抜けると、そこには紅色の屋根を構えた醸造所が二人を迎え入れるように現れた。
 醸造所の前ではすでにワインと肴が準備されており、そこから好きなものをチョイスして自由に紅葉を楽しめるようになっている。
「種類も豊富だし、これは色々飲まないと損よね」
 赤、白、オレンジ。どれも透明な瓶に詰められたワイン達は、グラスに注がれるのを静かに待っていた。
 ブドウの香りを蓄えた瓶をセルショが一通り眺めて、何から手をつけようか悩んでいると、遊鬼はチーズなどが乗った皿に手を伸ばす。
「この時期は冷え込みますから、ホットワインとかもいいですね」
「あー、ホットワインかそれも後で飲んでみようかな」
 でも、まずはこれとセルショがワイングラス二つとボトルを一つ手に取った。

 紅葉のよく見える場所にシートを敷いて、そこにワインとおつまみのお皿を並べて遊鬼とセルショは並んで座る。
 頭上に広がる温かな色。風が木の枝を揺すって通り過ぎる音は穏やかで、遊鬼は目を細めるようにして紅葉を見上げた。
「こうして、紅葉を見ながらワインを嗜むのはなかなか出来る体験じゃないですよね」
 グラスに注がれる琥珀色のような液体が揺れる。セルショはグラスを持ち上げて、赤く染まる木々に向けてみせると、遊鬼に柔らかな眼差しを向けた。
「素敵な紅葉で一杯……紅葉酒って所かしら?」
「そうですね、では乾杯」
 遊鬼とセルショはグラスを持ち上げ、ゆっくりとグラスに口づけた。
 スッキリとした口当たりが口内に広がり、ワインの芳醇な香りが鼻から抜けていく。珍しいオレンジワインのその優しい味わいがじんわりと体を流れていくようだった。
「もう少しすれば雪も降るでしょうし、そうしたら雪見酒を楽しまないとね」
「ええ、冬になったら雪見酒ね。熱燗とかも良さそうだわ」
 ワインと時折チーズを口にして、遊鬼とセルショは心地の良いゆったりとした時間を過ごしていくのだった。

 ワインは寝かせれば寝かせるほどに、その味を深くさせる。
 それは人と人とが長く一緒にいればいるほど、関係性をより濃くするのに似ているようだ。
 季節が移ろい、葉の色も変わる。夏の緑から秋の赤へ染まる景色が広がるのは、とても美しい。
 風に煽られる黒髪を押さえてレフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)が、その風景を目に焼き付けていた。
 片手には赤ワインが満たされたグラスがある。くるりとレフィナードがグラスを揺らしてから、鼻を近づけた。
 重厚感のある香り、口に含めばさらに強まるその香りと濃厚な味わいに二人は舌鼓を打つ。
「万、飲みすぎないようにしてくださいね」
 先ほどから景色に目をやるどころか、ワインを飲み干すペースが速い伏見・万(万獣の檻・e02075)に忠告する。
「酒とは長い付き合いだ、飲める量ぐれェわかってらぁ。酔ってねえ酔ってねえ」
 酔っていないと言う人ほど、すでに酔っているでしょうにと、レフィナードは苦笑を零してしまった。
「ブドウの出来だのなんだの難しいこたァわからねェが、うまい酒が飲めるってのはイイなァ」
「ワインばかりじゃなく、景色もみてあげてください」
 万の空いたグラスにレフィナードはワインを注げば、万も「ルナティークも飲め飲め」とワインを注ぎ返してやる。
 水面が小さく揺れて、ボルドーが陽の光できらりと輝くようだった。
 ふと、レフィナードがこれからの未来について言葉を漏らした。平和になったこの世界の未来の話だ。
「……これからの事は、正直わかんねェ。俺が荒事以外の仕事してるとこ、想像つくか?」
 自嘲気味に笑って万はグラスを置いて、青空を仰ぎ見る。
 澄んだ空はどこまでも広がり、終わりがまるでないようだった。果てしない空の先にも平和はある。
「私は……色々と落ち着いたら少し世界を廻ってみようと思いまして」
 そう小さく言葉を落としたレフィナードが、グラスの縁をなぞった。
 レフィナードの指先がくるりと縁を一周なぞり終わるかいなか、万は一つ吐息を零す。それにレフィナードが伏せていた顔をあげた。
「そっちは世界を廻るか。優雅じゃねェの」
 アルコールで少しだけ頬を赤くした万はにっかりと笑って言った。
 行きたいとこや見たいものがあるのはいい、戦う事がなくなって腑抜けてないなら安心だと万は生ハムを摘まむ。
 知らないものは沢山ある。それらを見て、聞いて、感じて……レフィナードは見聞を広めようと思っているのだ。
 それに誰も反対なんてするはずもない。
「なにか美味しいお酒など見つけた際には連絡させてもらいますね」
「イイ酒教えてくれるってンじゃ、こっちもそう簡単に腑抜けたりくたばったりするわけにゃいかねェな」
「えぇ、楽しみにしていてください」
 くつくつと楽しそうに声をあげる万に、レフィナードも穏やかな笑みを浮かべて、再びお互いにグラスを軽く触れさせるのだった。

 飲み切りサイズのボトルを数本、お皿にはチョコレートと数種類のチーズ。
 シートを敷いて、そこに座ってみればなんだかピクニックのようで心が躍る。
 青と柔らかな橙色が、仲良く景色を彩る世界はとても優しいものだ。
「デザートワインって甘くて美味しいんですね」
「赤は少し苦手だったが、これは美味しイな」
 細長のキャンティグラスには濃い赤紫のデザートワイン。
 甘党なカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が選んだそのワインは、紅葉の色と似ていてとても秋めいたワインだった。
 酒馴染みがないカルナでもデザートワインは甘くて飲みやすいものだったらしく、嬉しそうに顔を綻ばせている。
 カルナと同じデザートワインを口にしている君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)も、表情こそ変わらないものの楽しそうなことがわかる。
 友との時間は景色の良さも含めてとても有意義なものだと感じるのは、眸もカルナも同じなのだろう。
「ああ、ミルクチョコレートに合わせるなら、甘口の白も甘さのレベルが合って良イぞ」
 チョコレートに手を伸ばすカルナに、眸はそう言って空いているグラスに白のデザートワインを注いでいく。
 淡い黄色のワインは、カルナがさっきまで飲んでいた赤とはまるで違った。軽やかな口当たりの甘さだ。
「わぁ、ありがとうございます!」
 眸に勧められたマリアージュを早速試してみるカルナ。
 チョコレートと白の甘口のワインが口内で溶けて混ざり合っていくと、カルナはワインと眸を交互に見つめた。
「口に合ったなら良かっタ」
「これすごい美味しいです! チョコの新たな楽しみ方、見付けちゃいましたね!」
 にこにこと嬉しそうなカルナに、眸は小さく頷いてオレンジワインでグラスを満たす。
 酒は常々飲んでいるものの、ワインの世界はかなり深い。ならばこの機会に色々知っていけるだろうと、眸はカルナと共にここに来たわけだ。
 ワイナリーの名に恥じない多種多様のワインが置いてあり、眸もカルナもどれから試すか悩んだものだった。
 一通り飲めるようにと小さめのボトルを提供してもらえたのは嬉しく、気に入ったものがあったらお土産にでもしようと眸は目を細めていた。
 お土産を考えつつも眸は、その中にあったオレンジワインで自身のグラスを満たし、最初に香りを確かめる。それからグラスの縁に口付けて、ワインを舌に乗せる。
「眸さんのオレンジワインは何が合いますかね?」
「そウだな……」
 カルナの質問に瞳は目を伏せて、ゆっくりとワインの味を反芻しながら考える。
 ゆるりと瞼を開けて、白いお皿に視線を移して思いついたそれを手にとった。
「さっぱりとしたカマンベールチーズと相性が良イな」
「じゃあ、僕も今度は辛口の白で……わ、意外と軽やかだ」
「こっちのチーズと合わせてみると良イ」
「チーズの種類でも相性が変わるなんて、ワインって奥深いです……!」
 キツめの味を予想してドキドキしていたカルナは、軽やかな口当たりの白ワインにほぅと息を吐く。
 アルコールが回る体に、少しだけ冷たい風が優しく撫でていくのを心地良く感じるくらいには時間が経っていた。
 友との語らいは時間が過ぎ去っていくのが早い。
「最後はお気に入りで乾杯しませんか?」
「それは良イ考えだ。カルナは何にするんだ?」
「僕は最初に飲んだ、この赤のデザートワインかな」
「ワタシは甘口の白を。なんだか紅白でめでたイな」
 互いのグラスに満ちた赤と白のデザートワインは、これから先の世界を祝福しているようだった。
「新たな門出に」
「楽しイ日々に」
 乾杯、とカルナと眸は微笑んでグラスを傾けた。

 優しく穏やかで幸せな光景が広がるワイナリーの広場。
 醸造所の近くで、幸せそうなケルベロスの姿を肴に中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)はスパークリングワインを味わっていた。
 心が喜びで波打つ感覚に、パチパチと口の中で弾ける炭酸。
 普段は日本酒が多い鴻だが、たまにはワインも悪くないなんて思っていると、ふわふわと髪を揺らす朱桜院・梢子(葉桜・e56552)の姿が見えた。
 隣にはビハインドの『葉介』も一緒で、二人の手にはグラスがある。
 梢子はオレンジワイン、葉介はぶどうジュースだ。
「鴻さんお誕生日おめでとう、葡萄酒で乾杯ね!」
「朱桜院さん、ありがとう! 乾杯~」
 涼やかな音を立て、触れるグラス。
 ふわふわした気分で鴻はとても嬉しそうに笑って、ワインの中を踊る気泡を喉に流し込んでいった。

「それにしても、オレンヂ色の葡萄酒は初めて見たわね」
 まじまじと薄いオレンジ色の液体を見つめて、梢子はそう口にしていた。
 原料はオレンジなのかと疑ったが、正真正銘のブドウが使われている。
 綺麗な色、と零れ落ちる言葉。
(「まるで色づいた銀杏の葉のようで。赤葡萄酒と並べるとまさに紅葉色じゃない?」)
 煌めく秋色に梢子はにこにこと笑みを浮かべ、眺めていたグラス内に閉じ込めた秋をそっと飲み込んでいく。
 爽やかな味わいに目を細め、ちびちびとぶどうジュースを飲んでいる葉介を見てさらに笑みを深くさせた。
「せっかくだし、おらんじぇっとをおつまみに飲んでみようかしら」
 細長くカットされたオレンジピールがチョコを着込んだそれを一つ。
 うん、オランジェットの甘酸っぱさが葡萄酒の味わいを更に引き立たせて美味しいと、梢子はオレンジワインを飲み干していく。
「なんだか温めた赤葡萄酒も飲みたくなってしまったわ、オレンヂやしなもんを入れて!」
 そう言ってすぐにホットの赤ワインをもらいにいく梢子。
 ワインとチョコを交互に楽しんでいけば、酔いはあっという間に回ってしまう。
 見事な酔っ払いへと梢子はなってしまい、
「紅葉を見にいこうよう! なんて、私前にも言ってたっけね、アハハ!」
 そんなダジャレを口にして、梢子は落ち葉の上で笑い転げてしまった。
 葉介はそんな梢子にちょっと困っているように見えた。

 ケルベロス達がお互いに楽しそうにワインを口にして、幸せなそうな密度の濃い時間がワイナリーに流れていく。
 空を歩く様なひつじ雲も、彼らを見守っているようで。
 こうして彼らはワイナリーでの平穏な時間を過ごしていくのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年11月19日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。