ケルベロスハロウィン~秋風、気球に乗って

作者:雨屋鳥

「外宇宙への進出、その日が近づいてきました」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)は、涼やかな風が吹き始めた空を見てから、そう呟いた。
 マキナクロス。ダモクレス本星であったそれは、今年のクリスマス頃には、降伏したデウスエクスとケルベロスの希望者を乗せて旅立つ。
 その改造したマキナクロス。その試運転も兼ねて、世界各地で行われているハロウィンに参加しよう、とダンドは今回の概要を説明した。
「アルバカーキ・インターナショナル・バルーン・フェスタ。アメリカ、ニューメキシコ州で行われる様々なデザインの気球を空に浮かべる祭りがあります」
 今年は、それをハロウィンと一緒に行うのだそうだ。ケルベロスの勝利。それを祝ってのことと、事後処理で遅れてしまったという世知辛い事情も含めての今回。
 仮装をしながら気球を上げ、と空も地も忙しい事この上ないが、それも一つの醍醐味だ。
 そんなイベントにどうせならケルベロスも是非参加してほしい、ということらしい。
 空に様々な気球が上がる。きっとケルベロス達を意識したものもあるだろうし、ハロウィンらしいものもあるだろう。
 仮装して会場を見て回るのもいいし、気球を上げる側に回るのもいいだろう。
 人と気球とハロウィンの魔物たちが集まる、一大イベント。
「お祭りは、朝方から夜まで続きます。お好きな時間を楽しんでください」
 この人ごみなら、有名なケルベロスであっても、一人の一般人として過ごせるだろう。
「忙しくなった方々もいらっしゃるでしょう、少しの息抜きだって大事、ですからね」
 そういって、ダンドは笑ってみせた。


■リプレイ

 空は暗く、寝静まっている。深い夜の轟々とした静かな騒々しさも息を潜める夜明け前。
 整えられた草原に所狭しと気球が並び、人々が忙しなく動き回っている。指示を出す声も受ける声もどこか抑えたように響くのは、冷えた空気のせいか、それとも夜を揺すり起こさぬよう無意識が働きかけているのか。
 少し離れて、彼らの邪魔にならないように位置取る二人がいた。
 吸血鬼から湯気の立つマグを受け取る執事服の女性は、客観的に見て少し頬をほころばせる。一見、吸血鬼を主とした執事というような取り合わせであるのに、執事が世話を焼かれている、というのは少し可笑しく思えた。
 執事、三日月の表情に、吸血鬼の仮装をしたレフィナードが首を傾げてみせる。
「どうかしましたか?」
「いや、気球と仮装と……余程早くから準備をしていたのだろうと思ってな」
 笑みの理由を胸に仕舞った言葉に、レフィナードは「そうですね」と返す。未だ夜明けまで時間はあるが、それでも少しずつ火が灯り始めている。
「私達のようですね」
 目を細めたレフィナードの横顔を三日月は静かに見つめた。遠くの火に照らされるその表情は柔らかい。
「夜明けを前に、空へと旅立つ準備をしている」
 何の事か。とは問わない。
 デウスエクスとの闘いが終わった今。地球はまさに夜明けを迎えんとしている。三日月と同じようにレフィナードも考えたのだろう。
 手の中の香り高い温もりに口をつける。円やかに喉を潤す熱が三日月の声を促した。
「ルナティーク殿はどうするんだ?」
 深くは問わない。それで十分に伝わった。
「そうですね」
 レフィナードはほんの数秒思案し、口を開く。
「宇宙、とまではいきませんが、暫く世界を巡ってみようかと」
「そうか」
 空が白み始める。地平線に金の宝玉が瞬き出す。一斉に火が焚かれた気球達が空へと舞い上がっていく。
「三日月殿はどうされるので?」
 レフィナードは問いを返していた。
「私は……未だ考え中だ」
 上る色とりどりの気球を見上げて、吐き出した。朝の光が地面を旅立った気球をいち早く照らして、纏う朝露にきらめいている。
 綺麗なものだ。静かに声を吐く。乗り物としてのイメージしか無かったものが、鮮烈な色と形を添えて輝いている。異国の文化か、と肺をふくらませる。
 知らないことは、未だ多い。
「やることはこれから探すよ」
 三日月は、緩やかに言った。
 道場には居ると思うから、気が向いたら寄ってくれ。その言葉にレフィナードも頷く。
「さて、気球の展示もきになりますが」
 子供の声が聞こえてくる。
 戦いが始まる。弾数は――お菓子は十分だが、体力の損耗も予想される。
 悪魔や怪物達が親の手綱から抜け出す前に。
「まずは腹ごしらえとしましょうか」
「おう、折角だ。手始めにアメリカンな屋台でも巡ろうか」
 二人は、顔を見合わせ笑いあった。

 空は広いのだと、改めて感じた。
 眸は上っていく地球型の気球、その籠の中で、様々な気球が浮かぶ様を眺める。空を埋め尽くさんばかり、それでも、空は遥か高く、遥か先まで続いている。
「はは、すげーっ!」
 眸は、そんな声にふと同乗者を見てその腕を掴んでいた。広喜が、籠から大きく身を乗り出している。それを支えるようにして少し腕を引いたのだ。
「っと、ありがとな!」
「いや、大丈夫ダ。ワタシも分かルさ」
 ケルベロスだと言っても遠目に判るはずもなく、落ちれば騒ぎになるだろう。景色に夢中になっていた広喜の感情は理解できる。共感する。少し気まずげに頭を掻く広喜の表情にありありと表れている「楽しい」という感情は、眸自身にも自覚があるものに違いない。
「思えば」
 そんな二人のやり取りを見つめていた千梨が、ふと呟いた。
「長い付き合いだが、三人旅は初めてかな」
「確かに、二人か大人数といウのは多かっタが」
 だろう? と千梨は視線を空へと向けて、色彩に溢れる景色を見渡した。
 人々は笑顔を浮かべ、子供達が仮装をしながらそこらを走り回っている。時折喧嘩が見えはするが、それでも争いの気配のない景色が広がっている。
「俺は随分2人に甘えたな」ふと千梨は語った。「迷いがなく真っ直ぐで、そういう戦いの姿勢には憧れていた」
 俺はいつもゆらゆら迷っていたからな。と吐露する千梨に広喜が「俺も」と釣られるようにして声を上げていた。
「俺も、2人にずっと憧れてたんだぜ」
 真っ直ぐな目がニ人を順繰りにみつめる。
「強くて、頑張り屋で、いろんなこと乗り越えて、いつも俺を助けてくれた」
 そうして、思い返すのは隣で戦い、過ごし、生きた日々だ。
「へへ、戦うときも、日常も、一緒に入れてすっげえ楽しかった」
「俺も、2人と友人になれてよかった」
 千梨が広喜の言葉に次いだ。
「平和な世界でも共に居られて、嬉しい。ありがとう」
 感じ入るように息を吐ききった後、顔を上げて千梨は眸へと指を立てる。
「どうだ、照れたか?」
 眸は、その言葉の意味を汲み取ろうとして、数秒じっくりと千梨のいつもと変わらぬ表情を見つめ返し、そして、恐る恐ると問い掛けてみた。
「……悪戯の、つもりだったノか?」
「悪戯になってなくないか? 俺、普通に嬉しかったぜ!」
 眸と広喜の返事に、千梨は敵わないとばかりに肩をすくめる。
「そうかい」
 千梨は、悪戯だと言ったにも関わらず、先程の言葉が偽りではないと確信している広喜に思わず相好を崩した。
「悪戯にならなかったなら仕方がないな。お菓子をやろう」
「お、さんきゅー!」
 ポケットから取り出したコインチョコをトリートだと投げ渡せば、広喜は器用にそれを受け止める。
 広喜が上機嫌に景色を眺めに行く傍らで、眸は千梨に視線を合わせていた。
「迷っていたと言うが、それはワタシよりも千梨の方が思考回路も想いも複雑だっタ。それだけだとは思ウぞ」
 それを知らなかったのだ。だが、今は違う。
「前のワタシは、理解できなかっタのだろうが……ワタシも嬉しいと思っていル」
「……そうかい」
 先ほどと同じ言葉。だが、その声色は似せて作った怒気をみせるもので、千梨はコインチョコを押し付けてきた。無表情が故に、その怒気が本物ではないかと疑ってしまいそうにはなるが、それもそうではないと分かっている。
 気付けば、その感情を知っていた。
「生活の全てが楽しかっタ。楽しくなっテいった。それを鑑みれば、これからもっと楽しい日々が送れる」
 再び景色へと目を奪われている広喜の後ろ姿を眺めながら、眸はそのチョコを受け取り、だろう? と笑ってみせた。きっと広喜も同じ気持ちを抱いているだろう。
「ありがとウ。これからも、よろしく、ダ」
「ん、これからも宜しく、だ」
 包装をはがし、眸はチョコを口に放り込んで広喜の隣に立つ。同じくチョコを転がす広喜が眸にはにかんだ。
「すーっげえ美味えなっ」
 響く声。偽りのない言葉を聞きながら。
「まっすぐも、悪くはないか」
 千梨は頬を冷やしてくれる心地の良い風に呟いていた。

 雲は高く。霞の空。
 色がわずかに引きかけた青い空。
「……大した盛り上がりだ」
 呟くイミナに朱砂は、その手を迷いなく握っていた。
「……どうかしたか?」
「この人山だ。逸れれば苦労しそうだろう?」
 イミナは周囲を見て、その繋がった指を見下ろしてから、一つ鷹揚に頷いた。他人の肌が擦れる感触を指の腹で確かめてから、一つ息を吐いてみる。
「……逸れるのは困る。しっかり繋がないとだ」
 消え入りそうな澄んだ瞳に朱砂は握り返された掌を引いた。歩幅はゆっくりと。踏みしめるよう。互いの足跡を地面に確かに付けていくように。
 草を踏む軽い音が繋いだ掌を通じて伝わる。見上げる空には気球が舞い、遠くに暗くなっていく地平線が虹にも似た赤を靡かせている。
 互いの視線が空を向く。体は重く、軽く。温度が均一になっていくような気がした。
「気球にデウスエクス型が混じるのは平和になった証拠だな」
 朱砂は見知った造形の気球が膨らんでいくのを見て苦笑をこぼした。
「……人々の切り替えが早いな」
 イミナには俄に信じがたい光景ではある。だが、それ以上に実際にこうして過去と決別し、楽しんでいる彼らへの羨望もわずかに自覚している。
「……だが、良い事だ。……いつまでも憎しみを抱いていては先が無い」
「違いない」
 見上げる朱砂の声もそれを楽しんでいるようだった。
「マキナクロス型も来年には――」
 空を飛ぶのだろうな。そう言いかけた言葉は喉に詰まる。その奇妙な間に違和感を覚え見上げるも、空に定まったままの彼の表情はイミナには見えない。
「いや、なんでもない」
 数秒のあと、イミナへと向けられた声はそんな無味無臭のものだった。
「そういやお前さん、アクセは身に付けないよなあ」
 藁人形とカナヅチは別として。そう続けた言葉にイミナは今の違和感を問い質すタイミングを逃し――そのままに意識の片隅へと追いやった。
「……安心しろ、藁人形などは呪具だ、アクセサリーなどではない」
 それは、イミナがイミナたるもの。というべきか。肉体や呼吸に等しい。
「お前さんらしい。でも、まあ、指輪などは邪魔そうな気がしてだな」
「指輪か、確かに好んではつけないが」
「そうか」
 言いながら朱砂は小さな箱を取り出した。リボンが風に揺れる。
「受け取るか否かは、お前さんの自由だが」
 その中身は聞くまでもない。幾百の灯火が輝きを増していく。空が暗く澄んで閉じていく。
「……今日は誕生日では無い筈だが」
 呟いた声に朱砂は動かない。眉一つ動かさず笑いもしない。
「冗談だ」
 引かぬ姿勢に、イミナはその箱を手にとった。そのままに、挑戦的に口の端を結んで言う。
 イミナという女は逃げられないと慣れぬまま笑む。
「朱砂、死でも分かてない呪いを受け入れて貰うぞ」
「呪いも祝いも元を辿れば同じようだから問題はないな」
 飄々と朱砂という男は言ってのける。
「お前さんの呪いは俺が独占させて貰おう」
 煌々と輝く空が瞬いている。

「は」
 薄闇。
 上質なシルクの夜風が幾重にも重なって、燃えるガラスの夕空を包み隠していく。
 天幕の中を浮かび上がる幾百の造形をレンズで覗き込み、ティアンは笑いと感嘆の息を吐き出した。
「ああ、あれも飛ぶのか」
「スゲーよなあ」
 痛快が滲むティアンの声に、傍らにいたキソラが全身にその痛快さを漲らせるように、大口から声を発する。
 彼もカメラを手に、様々な気球を写真に収めていく。よく知るカラフルなしずく型の気球から膨らんでいく過程すらも奇妙奇天烈な造形の気球までが揃っている。
 そのどれもが熱気球だというのが驚きだ。
「あ、でっけえ城!」
 とキソラが指差す先に、まさしく西洋城の形をした風船が膨らんでいた。今まさに空気を流し込み終わり、離陸するか否かという瀬戸際だ。
「あんなでっかいのも飛ぶん?」
「大きくても飛ぶというか、熱気を溜める場所が大きいからこそ飛ぶ印象がある」
 熱気球はバーナーで温められた空気が膨張することで浮かび上がるものだ。要は温かい空気は冷たい空気より軽い。軽い空気を多く保持できるならその方が浮力は得やすいだろう。
 その差と荷重のバランス次第ではあるが、今日はよく冷えている。
「成る程って、お、飛びそうじゃネエかっ?」
「実際どうかはしらないが……ああ、飛んだな」
 ティアンは、地面から浮いたその城をデータに収めた。
「ホントに飛んだぜ、なあ!」
 飛ぶのかどうか半信半疑だった物体が舞い上がっていく。その光景はまさしくに愉快だった。キソラがそれを追って空を見上げると、すっかり暗くなった空にいくつもの灯火が点っていた。バルーンの色が昼とは違い、燈火の色に染められている。
「炎の色でナンかあったかくてイイカンジ」
 息を吐く。冷えた空気が気球を押し出している。風は緩やかで、ゆっくりと空が流れていく。
「もし作るならさ、どんなの作りたい?」
「ん?」
 キソラが、思いつき問いかけた。
「そうだな、魚の形がいい」
「サカナ?」
 カメラを下ろし、空を見つめる。わずかに空いた空白の空に、思い描く気球を浮かべてみる。
 あの空を泳ぐ魚。
「ああ。それで透けてる色が使えるなら、それがいいな」
「へえー、イイね。オレはやっぱ雲みたいなモクモクしたヤツ」
 ティアンは、カラフルでさ、と笑うキソラの気球を浮かべてもみた。成る程、それもいいかもしれない。
「キソラ自身にもたまり場全体にもぴったりでいいな」
「っしょ?」
 また一つ気球が上る。次第に空想の気球が現実に侵食され始めた頃に、キソラが問いかける。
「ティアンちゃんはしっかり堪能できた?」
「ああ、ティアンは堪能したとも。撮り甲斐のある気球あった?」
 即座にぐっと立てられる親指が雄弁に語る。
「ありスギで目移りしっぱなし。でさ、少し離れたところから撮ってみない?」
 上機嫌な親指が、少し離れた高台を示していた。ああ、いい角度だ。ティアンは直感的に思う。この暖かな光の集まりを詰める。
「勿論だ」
 あたたかな写真が撮れそうだ。ティアンはキソラの提案に頷いた。

 空には馴染みがある。なんなら空のその向こうにまで行った身ではあるが、正直なところをいえば碌な思い出ではない。
「飛ぶ、のはもう懲り懲り、です、ので」
 ウィルマは、魔女の仮装をしながらに、その二本の足で歩いていく。その手に屋台で適当に買ったドリンクのカップを持って、空を見上げる。
 浮かび上がっては、夜の中に光を差す気球たち。
 地上では子供たちが駆け回り、一夜の悪事に身を投じている。人の声。人の声に溢れ、光ある声に溢れている。
 悪くない。
 膨らまない気球を急いでメンテナンスする家族に偶然見つけた穴を指摘し押し付けられたチョコ菓子の一抱えを、ぶつかって泣きじゃくる幼子を宥める少年に押し付け、夜を歩く。
「大層な、ものです、ね」
 気球の空。その向こうに霞んで見えるそれ。マキナクロス。災厄へと立ち向かう方舟。
「グレート、ジャーニィ」
 あれに乗り、帰途も知れない旅に出ようとするケルベロスもいるのだろう。蓋を開けてみれば簡単に行き来できるのかもしれないけれど。
 それはそれで大変そうだ。それきりマキナクロスから視線を外すとウィルマはドリンクを吸い上げる。
「ヘルキャットさん、もどう、ですか?」
 カラフルなストローを肩に乗っかるウイングキャットに向けるが、一瞥のみで視線は周りの気球へと向かっていった。
「興味ない、ですか」
 こういう味がいいんだろう、とばかりに舌の上を転がる暴力的なまでな香味と甘味に、思わず肺が揺れる。
 だがその中にも確かな理解があり、人の営みが息づいている。
 いや、たかだか一つの飲み物にそんなことを考えるのは、なんとも人らしい感傷か。
「ああ、美味しい……です、ね」
 ただあるがまま、ウィルマはそう呟いた。

 燈火。
 人々が点す光が、溢れかえっている。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:10人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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