ケルベロスハロウィン~Tres Estrellas

作者:つじ

●旅立ちを控えて
 ケルベロス・ウォー終結から早四ヶ月。
 新型ピラーの開発、そしてダモクレス本星におけるケルベロス達の居住区建造も、順調に進んでいる。この調子ならば、クリスマスを迎える頃には、降伏したデウスエクスと、ケルベロスの希望者を乗せ、外宇宙に進出する事になるだろう。それは、「宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃」を行うため、「新型ピラー」をまだ見ぬデウスエクスの住む惑星に広めにいくという、途方も無い旅路。
「それで、だ。旅立ちを迎える前にね、我等が船となるマキナクロスのお披露目をしようということになったのだよ」
 ふふん、と。五条坂・キララ(ブラックウィザード・en0275)がいつも通りに胸を張ってみせる。
 時期的にも、丁度ハロウィンが控えている。世界中で開催されるであろうハロウィンパレードに、このマキナクロスと共に参加し、現地の人たちと一緒に楽しもうというのが今回の主旨となる。さらに言うなら、マキナクロスに収容されている『デウスエクス』にも参加してもらい、『地球人と触れ合わせる』事で、地球人への敵意や偏見などを無くしてもらおうという目的もあるのだとか。
 性能としては万能戦艦ケルベロスブレイドも凄かったが、外宇宙に飛び立つマキナクロスも負けてはいない。地球の軌道上を高速で移動できるうえ、魔空回廊だって使えるのだから、世界中のイベントを渡り歩くことも十分に可能という話だが――。
 
●美食の街へ
「世界中行けるとなると迷ってしまう所だけどね、私のオススメはここ、サン・セバスティアンだよ」
 そう言ってキララが指し示したのは、スペイン北部、バスク地方に位置するリゾートタウンだった。そう大きな街ではないのだが、人口当たりの『星付き』レストラン比率が格段に高い――早い話が、名店が軒を連ねる美食の街である。
 所謂『三ツ星』を筆頭とする一流レストランをはじめ、気軽に入れる立食形式のバルも数多く存在している。出される料理はピンチョス――小さく切ったパンに様々な食材を乗せた、一口サイズの軽食の形を取るものが多いようだが、店によって名物は違うらしく、アンチョビやオリーブといった安価なものから、ステーキやフォアグラ、トリュフがのった豪華なものまで様々だ。
「リゾットみたいなお米料理も美味しいらしいよ、日本人としてはありがたいことだね。それから、ちょっと前に流行ったバスクチーズケーキもこの辺りが発祥なんだってさ」
 どこからか取り出した観光ガイドを捲りながら彼女は言う。とにかく料理がおいしいことはわかったが、そんな美食の街で行われているイベントとは。

「喜んでくれたまえ、グルメレースだよ」
 グルメレース。わけのわからない響きだが、内容としては単純だ。市街各店のご協力の下、ハロウィン用にラッピングを施された料理が、街中の塀の上やらベンチの下やらに隠されている。
「参加資格は仮装をしていること。丁度市街を練り歩くパレードが開催されているからね、『ハロウィンに参加した皆さんに、ちょっとした催しと、美味しい料理をご提供』っていうのが本当のところかな」
 とはいえ、一応レースはレースである。最終的に食べ切った料理のお皿を一番多くもっていた人が優勝、ということになるらしい。
 本気で競技に挑んでも良いし、ゆっくりと観光や料理を楽しむのも良いだろう。
「けれどどっちにしろ、お腹を空かせていった方がいいだろうね」
 そう言って、キララは楽しそうに微笑みながら、ぺらりと観光ガイドを捲る。すると打って変わって、現地の教会を特集したページが現れた。
 サン・セバスティアン大聖堂。今回は特別に、こちらで結婚式を執り行うこともできるのだとか。
「ははあ……これを機に結ばれる人も居るのかな?」
 いいねえ、ろまんちっくだねえ、などと呟いてから、彼女はまた名物料理のページに戻っていった。


■リプレイ

●グルメレーサー
「あらあらまあ、皆さん準備万端ね」
「仮装なんてしたことなかったけど、何とかなるもんだね」
 オーソドックスな魔女風味の衣装のシアに、毒々しい薬品を扱うマッドドクターな翔子が続く。両者とも違和感なく、どこかしっくりくるものだと、俊輝はそう頷いた。
「俊輝は吸血鬼?」
「ええ、美雨と並ぶと結構良いのでは?」
 マントはちょっと笑っちゃうけど、と含みを持たせる翔子だが、黒い花嫁風衣装の美雨と並んだ姿に関しては、「まあいいか」と納得してみせた。
「まあ、娘の血を飲むなんて以ての外ですし、むしろ誰にも手出しは――」
「あー、はいはい」
「こうなると中々止まりませんからねえ」
 語り始めた彼を置いて、シアはいざゆかんと掛け声をかけてグルメレースへと挑んで行った。
 街並みを眺めてみれば、自然と華やかなハロウィン飾りにばかり目が行って、料理探しも一苦労、といった風情だが。
「……あらあら? 見つけました!」
 花壇の花の中から生ハムを乗せたピンチョスを発見、一皿確保する。
「早いね、シア」
「こういうのはさり気なく隠してあるものですよ」
 いつの間にやらタパスを見つけて美雨と分け合っていた俊輝の言葉に、翔子が眉根を寄せる。そうは言ってもね、と見回せば。
「シロ、アンタまで……」
 ミートボールを丸呑みした様子のシロが満足気に応えた。
「まあ、良いんだよ。見つけすぎても食べ切れなくなるからね」
「ふふん、負け惜しみみたいになっているよ翔子君」
 ようやく一皿確保した彼女の前に、悪役令嬢みたいな女が姿を見せる。
「五条坂さん、調子は如何です?」
「いやあ、それが中々ね……」
「せんせい、キララさん、足元お気を付けくださいませ!」
 俊輝とキララの合間を駆け抜けていく風、もといシアが、低所に隠されていた皿を掻っ攫っていった。
「段々目が慣れてきました! まだまだ行きますわよ~!」
「張り切ってますね……」
「意外と健啖家だよねシアは……」

●姉妹の思い出
 戦闘の無い平和な、そして『家族』と共に過ごす初めてのハロウィン。その大事な時間を味わうように、シオンはのんびりと歩く。
 観光ついでにいくつか見つけた料理を、揃いの衣装を着たレルムと分け合って。
「レルムはどんな料理を見つけました?」
「これなんだけど……」
 戸惑った様子で差し出されたのは、大振りのエビが数匹乗った豪勢なピンチョスだった。すごいですね、という称賛の声に、レルムの表情が和らぐのがわかる。
 ――これからも、こうやって姉妹仲良く過ごしたい。そんな願いを胸に、シオンは彼女の手を引いた。

●次の約束を
 面白スポットを求めた末、サンタ・マリア・デル・コロ教会にくっついた謎の彫刻を前に、レスターとティアンは並んで足を止めていた。
「強いて言うなら、泡か?」
「ティアンには骸骨のお化けに見える」
「何の骨だ? かなりでかいぞ」
「七つ首の……竜とか……?」
 この辺りに伝わる伝承の一つ、その生贄役と騎士役に扮したためか、そう見えなくも、うーん。
 頭を悩ませながら摘まんでいたピンチョスの皿を、ティアンは「あげる」とばかりに差し出した。
「なんだ、もう腹一杯か?」
「腰痛を治す材料に使ってほしい」
 さっき屈んだ時の様子を見ていたのか。まったく、と溜息を吐いて、レスターは残りの料理を口に運んだ。何故か出てくるのはつまみに丁度良さそうな料理ばかり。道中で見つけた料理と、その街並みを思い出して。
「……また来たいな」
 小さなその呟きに、ちらと横顔を見たティアンが頷く。
「旅の途中で、此処も通ろう」
 前に約束した、彼の故郷へ向かう途中に。
「バル巡りも、お互い潰れない程度なら……」
「……や、酒が飲みたくて言ってるだけじゃねえぞ?」
 ふ、と、二人の表情が自然と綻んだ。

●人狼ゲーム
 ハロウィンの仮装を纏って行われるパレード、そして同時に開催されるグルメレース。そんな催しの中に、どうやら人を喰らう獣、人狼が混ざり込んだという――。もうわけがわからないが、とにかく今回のメンバーは潜伏している人狼を見つけ出す事になった。
「ということでわしは村人、推理して吊るのがお役目じゃな」
 名前に相応しい括り縄を用意した括が、改めてメンバーを見回す。お馴染みの顔ぶれではあるが、今回ばかりは油断できない。
「あ、ワタシは普通の村娘だからね」
「深緋はわしと同じか」
 ワンピにおさげのいかにもな村娘風スタイル。ピエロのお面がチャームポイント、ということで問題はない。
「私も、無難に市民ですよ」
 と、次に同じ村娘として礼が名乗り出た。だがその姿は、驚きの時代錯誤貴婦人スタイルである。
「こんな一般人居る?」
「言われてみれば怪しいのう……吊っておくか」
「え!?」
 深緋と括からの判定はアウト。早速括り縄が彼女を襲う。
「アーッ! 九田葉死すともゴリラは死せずーッ」
「ゴリラ……?」
「ゴリラじゃったか……」
 どうやら冤罪だったらしい。まあ最初の吊り縄は当たる方が稀だからね。
「あのさ……」
 悲しい犠牲者が出たところで、英賀がおずおずと名乗り出る。彼の仮装は獣耳にふさふさの尻尾。何故見過ごされたのかわからないといった様子の彼だったが。
「こんなあからさまな人狼おるわけないじゃろ」
「ええ……」
 スルーされた。
「一応、礼さんの門出のお祝いも兼ねてるはずなんだけど……」
「そういえば宇宙に行くんだったか」
「良き旅路ヲ」
 無事を祈る千梨とエトヴァからの言葉に、吊るされた礼が思わず涙ぐむ。
「ありがとうございます……!」
 やっぱりここには良い人しかいない。後は下ろしてくれたらなお良いんだけど。誰かー?
「それではお祝いのために乾杯しますにゃ。皆さんご一緒に!」
 ネコマータ! 猫又衣装のジェミの音頭に合わせて、一同は杯を掲げた。
 こちらも乾杯しながら、括はジェミの方にも目を向けていて。
「……まああれは猫じゃな」
 すると狼はどこへ。事件は迷宮入りの様相を呈し始めていた。

「素晴らしい眺めデスネ」
「そうだな……」
 人々の行き交う街並みと、遠く見える青い海、そのコントラストを眺めながら、呪符を手にした霊媒師、千梨は御神酒(リンゴ酒)を口にした。こうして霊力を高めれば、死者の導きが聞こえるはず。
「向こうに美味い料理がありそうだ」
「カードではコッチと出マシタが」
「じゃあそっちにしよう」
 すごい適当。占い師スタイルのエトヴァの声にあっさりと鞍替えし、二人は美味しそうな匂いのする方へ一団を導いていく。
「柱の裏にはタラの燻製、塀の裏には――」
「高そうなモンは高い所にあるやろな……」
 ジェミと、罠師風仮装の光流はその後に続いて、次々と隠された料理を発見していた。見つける腕は深緋も負けておらず、エトヴァやジェミにお裾分けするほどの余裕を持っていたが。
「あーっ、わしの料理が消えた!?」
「んー、さっきあの二人が取っていったよー」
 なんだと。
 下の方で起きた混乱を気にせず、光流の方は集めた料理を吟味していた。自身も皿をいくつか摘まんでいるが、本命は勿論ウォーレンへの贈り物である。ベジタリアンの彼には丁度良いものを渡したい。
 あ、でも空き皿は別に要らんな。英賀先輩に押し付けとこ。
「なるほど……?」
 すると裏で事件を起こしていた狂人と、悪戯好きの猫又が、それを見て乗っかることにしたようだ。
 暗躍している複数の気配、探偵らしくそれを察した千梨は。
「別にいっか……」
 特に何もしなかった。

 赤ずきんのようにも見えるがこちらは狩人役、ウォーレンの元に、光流が着地する。この人結構ガチで捜索してきたな、という顔をしているウォーレンへ、彼は集めてきた野菜のピンチョスを差し出した。
「君の喜ぶ顔も俺にはご馳走やからな」
 うわあ。へたなスイーツよりもよほど甘い、と照れた笑みを浮かべたウォーレンに、光流は――。
「ところで、それ何?」
「ああ、これは狩りの獲物というか……」
 彼がおんぶにだっこで抱えていたのは、暗躍に疲れて道端で昼寝していたジェミと、それにつられて昼寝していたエトヴァだった。
「残念やけどウチでは飼えんな」
「そんな……!?」
 元居たところに戻してきて。

 パレードもようやく一段落して、ついにグルメレースの勝者が発表される。
「まさか、一番食べていたのはわし……ではない!?」
「俺こんなに食べた覚えないけど……?」
 何者かの陰謀で皿を集められていた英賀が、今回のグルメレースの優勝者となった。
「すごいね、せっかくだし胴上げしようか?」
 ウォーレンの提案に、皆が英賀の元に集まる。ちなみに優勝賞品は特にない。この胴上げが何よりの祝福だと思ってほしい。
 おめでとう、おめでとう。祝いの声と共に英賀の身体は高く宙を舞った。
「アア、あなたが一番多く食べた方なのですネ」
「つまり人狼はこやつじゃな?」
「括っとくか」
「え?」
 かくして、人狼は飾りリボンでラッピングされた上に吊るされ、事件は無事解決した。

●ハロウィン食べ歩き
 どうせなら色々なメニューを少しずつ。という事でスバルとアリシスフェイルは、街のバルをはしごして食べ歩いていた。
「結構色んな所に行った気がするけど、まだまだ俺達も知らない土地が沢山あるね」
 この肉美味い、と口をもぐもぐ動かしながら、スバルがハットをずらして空を見上げる。アリシスフェイルも占い師風のヴェールの下から同じ物を見つめていた。
「世界中のイベントを渡り歩くことも可能だって」
 途方も無い話だが、あそこに浮かぶマキナクロスを使えば、世界規模のはしごだってできる。
 とはいえ。
「……時間もそうだけど、胃袋も有限なのよね」
 ままならぬものである。溜息混じりのアリシスフェイルだが。
「でもデザートの食べ比べ……したいわよね……?」
「良いね! 俺、バスチーは絶対食べたい!」
 何しろ発祥の地なのだから。スバルの同意の言葉に背を押されるようにして、彼女はまた次の店へと向かっていく。
「ねえ、あそこのお店はこれがオススメだって!」
 先のことは一旦置いて、目の前のそれを、力いっぱい楽しむために。

●成果
「……奇跡。その一言ですわね」
 人々で賑わう通りを見下ろして、アンジェリカはひとり、そう口にする。最早地球にデウスエクスは侵略せず、グラビティチェインの枯渇も存在しなくなる。遠くない未来、人と神はお互いを滅ぼし合わず、共に未来へと赴けるのだから。
 勝ち取った平和と、人々の笑顔。この光景こそが、自分達ケルベロスの成した『剣(ブレイド)』なのかと思考しながら、彼女は目を細め、微笑んだ。

●繋がる未来
 皆でわいわいバルを巡ろう。そう方針が決まったけれど、赤ずきんの仮装をしたリリエッタが、素朴な問いに首を傾げる。
「むぅ……ところで、最近よく見るけどバルってどういう意味?」
「スペイン発祥で酒場と喫茶店、レストランを指す言葉らしいのよ」
 魔女姿のローレライがそれに応えれば、お姫様――ミライが「なるほど」と頷いた。
「日本だと酒場らしいわね」
「酒場でBARで、バル……って、まんまなのです。ふふふ」
 名前の由来がわかったところで、戦乙女姿のシルが、一同を導くように指を立てた。
「それじゃ、早速バルのツアーの始まりだね♪」
「美食のハロウィンを楽しむにゃん♪」
「にゃん?」
「今なんて……?」
 黒猫に扮した勢いで口走ったそれを誤魔化しつつ、かぐらがそれに続いた。

「うーん、目移りしちゃうわね!」
 はしご前提としても、一店舗内でメニューは豊富にある。何から行くべきかと迷うローレライに、ミライが助言を口にした。
「目移りしちゃうときはね、移る前に全部食べてしまえばいいのです――」
「えっと…、食べつくさないように、ね?」
 半ば冗談のようなそれにかぐらが微笑む。そんな力業を使わなくても、そう、皆でシェアすれば良いのでは?
「でも、こんなに綺麗だと食べるのが勿体なくなっちゃうね」
 綺麗に盛られた宝石のような料理に、リリエッタが感嘆の息を吐いて。
 ふと、そこでシルの手が止まる。
「ね、みんなはこれからどうするの?」
 勝ち取った平和と、マキナクロスの完成を祝う祭典。それは同時に、未来への選択肢が一つ開かれたということでもある。
「わたしは……実は、まだ決まってなくて……」
「……リリもまだ決めれてない」
 自信の無さそうな声で、シルとリリエッタは言う。けれど、そう簡単に決められるものではないのもまた事実。かぐらもまた迷っているのは同様で。
「んー、わたしもどうするかは決めてないかな。宇宙を巡るのももちろん興味あるけど、残ってないとできないこともあるでしょうし」
「私もまだ朧げにしか考えてないんだけれど、喫茶店兼雑貨屋を始めようと思ったりしてるわ」
 ローレライはそう言って、ミライへと視線を移した。自然と皆に注目される形になり、ミライは首を傾げてみせた。
 どうするか、彼女の中ではもう決まっている。それは勿論、宇宙の果てまで――。
「これから? ……そうね、フォアグラの美味しいお店にしましょう!」
 けれど内心のそれは言えぬまま、酔って聞き違えた風に受け流した。
 ええ、フォアグラもきっと美味しいでしょう。さっき見つけたあの店なんか良いんじゃない? そんな風に、一同はミライの言葉に賛成する。先の事も大事だけれど、今この時の輝きを、しっかりと味わわなくては。
「でも、友達と別れるのは……寂しいね」
 リリエッタがそう呟くと、シルも静かに頷いた。けれどその前に、この星で出会えたことが、きっと幸せな奇跡なのだから。
「どこに行っても……繋がってるって信じてるよ」

●永遠を誓う
 ハロウィンの喧騒から少し離れた場所、大聖堂の中には、厳かな空気が漂っていた。
 付き合い始めてからもう数年、随分待たせてしまった、とムギは思う。一歩踏み込む機会を逃し、こんな自分でいいのかと悩むこともあった。けれど、そう。
 聖堂の扉を開けた、彼女の姿に目を奪われる。――もう、彼女のいない人生など、考えられないのだと心が言う。

 純白のドレスを纏い、紺は彼の元へと歩いていく。憧れを追う、一歩一歩。それがついに、隣に並んだ。
 背中を追うのは、これでお終い。ここからは、二人で並んで歩いていくのだ。
 指輪の交換を、と指先を伸ばす。すると今までの記憶が、思いが、胸の奥から溢れ出した。
 揺れる指先を包み込む様に、ムギは愛おし気にその手を取って、約束の指輪を交わした。
「これからも、ずっと一緒ですよ」
「ああ、君と繋いだこの手を絶対に離したりしない」
 はにかむ紺に、ムギが応える。ぎこちない仕草で、けれど大事な言葉を、二人は一緒に紡ぎ出す。
 ――きみへの、そしてあなたへの。

「永遠の愛を、ここに誓います」

「愛してる紺、必ず君を幸せにしてみせる、後悔はさせない」
 力強い彼の言葉に、浮かんだ涙をそっと拭って、紺はその腕に跳び込んで行った。

●天使のしあわせ
 思い返せば、夫婦になってから随分経つし、ドレス姿も初めてではない。それなのに、お互いの顔に緊張の色を見つけて、さくらとヴァルカンは、共にくすぐられるような思いを胸に、微笑みを交わした。
 出会ってからの出来事を、一つずつ辿るように、一歩一歩聖堂を進む。思い出の歩みは、決して平坦なものではなかった。
 戦いの日々のさなかで出会い、未来を誓った。それは一度翳ることもあったけれど、偽りなき想いと皆の力、そして一つの奇跡のおかげで、失われる事無く、今この場所へと繋がった。終わりの見えなかった戦いは、ついに終焉を迎え、世界は平穏の時へと歩み出す。
 だから、絶やす事無く繋いだ誓いを、もう一度。
 あたたかな緋陽の中で、共に揺れる花のように。

 ――病める時も、健やかなる時も。
「……愛している、さくら」
「愛してる、ヴァルカンさん」
 もう、離れないから。これから先もずっと、傍に。

 静かに寄り添い、口付けを交わす。
 それはどんな悪戯よりも刺激的で、どんなお菓子よりも甘く。抱擁する腕に力が籠る。
 時の針は止まらない。さあ、ハロウィンの夜を楽しもう。

●未来もきっと晴れ
 祭壇の前に立つ二人は、四年前のあの日と同じ装いをしていた。ドレスとタキシード、フェアビアンカとアゲラタムのブーケ。誓う言葉も同じもの。
 けれど戦いの日々ではなく、平和になった世界を共に行くために、もう一度愛を謳おう。
 ……ああ、でも。君はあの頃よりももっと綺麗だと微笑んで、冬真は彼女の手を取った。

 健やかなる時も、病める時も。
「いつでも君の傍で、君を支え守るよ」
「貴方の傍で、歩み続けます」
 ――これからもずっと、一緒に歩んで行けますように。
 そっと彼女のベールを上げて、微笑みを交わす。出会った頃よりもずっと、あなたはやわらかく、優しく微笑うようになった。そう言う彼女に、「そうであれば嬉しい」と冬真が応える。
「これからも愛しているよ、有理」
 永遠の愛の証として口づけを。重ねた唇から伝わる温もりも、あの日よりずっと――。

 ――そう、これはまだ途上なんだと気が付いて、有理は彼の首に腕を回した。
「ねえ、冬真。連れて行ってくれる?」
「勿論、君が望むならどこへでも」
 額に口付けをひとつ。愛しの妻を抱き上げて、冬真は光の差す方へと向かう。二人で歩む道の先、未来はきっと、幸福で満ちているだろう。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
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