ケルベロスハロウィン~ピーカブー

作者:秋月きり

「今年のハロウィンは、ひと味違う、とのことです」
 10月某日。ヘリポートに集まったケルベロス達を前に、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)はそう告げる。
 その声が弾んでいるのは、彼女もまた、その催し物を楽しみにしているからなのだろう。
「今回のハロウィンは、外宇宙へと旅立つ船、マキナクロスのお披露目を兼ねて開催される、との事です」
 その言葉を口にしたグリゼルダは、しかし、思い返したかの様にふふりと笑う。自分の気が急いている事に気付き、苦笑が零れ出たのだ。
「そうですね。まずはそこからの説明が必要ですね。新型ピラーの開発は順調に進んでいるそうです。おそらく、今年の末――クリスマスの頃合いには、外宇宙進出への準備が整うでしょう」
 それは『宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃』を行う為、『新型ピラー』をまだ見ぬデウスエクスの居住惑星に広めに行くと言う、途方も無い旅路の到来を意味していた。
 その足となる船。それこそが今回のハロウィンでお披露目と試運転の機会を得たマキナクロスであった。
「このマキナクロスに乗り、皆さんには世界中を巡り、様々なハロウィンパレードに参加して頂く事になります」
 マキナクロスの高速巡回能力を用いれば、地球上で行われる複数のパレード参加も可能となるし、難だったら魔空回廊を使用する、と言う手段もある。
 移動に関しては抜かりはなさそうだった。
「私たちはハロウィンの間、ハワイに滞在させて頂くつもりです」
 目玉はワイキキの大通り、カラカウアアベニューで行われる仮装行列だそうだ。
 また、年中常夏のハワイでは、この時期でも海水浴を楽しめるという。そんなワイキキビーチも目と鼻の先だった。
 そして、もう一つの目玉は、ホノルルにあるセント・アンドリュー大聖堂だ。
 精巧なステンドグラスで知られるこの大聖堂は、今回、パーティ会場として開放されるとのこと。
 立食パーティを楽しむのも良し。気になる異性を誘ってダンスで盛り上がるのも良し。そして。
「この大聖堂、挙式スポットとしても屈指の人気を誇っているようですね」
 ハロウィンの夜に似つかわしいかは置いておいて、世界中から注目されるケルベロスがそんな華やかな催しを行うとなれば、現地の人々が盛り上がること間違いないだろう。
「ケルベロス・ウォーから四ヶ月。今では様々な要職に就いた人も居るでしょうし、これから新たな門出を迎える人もいると思います」
 久々に再会し、旧交を温め合うのも良いだろう。
 そして、新たな選択を祝福するのも、良いのではないかと、グリゼルダは微笑み掛ける。
「それでは、皆様! 存分にハロウィンパレードを楽しみましょう!」
 限られた時間で、皆で何かを共有して楽しむことは、やっぱり、楽しい。
 いつになく、高揚する自分を感じながら、グリゼルダは「おー!」と左腕を掲げるのだった。


■リプレイ

●冬の空気のあさぼらけ
 夜が明けた。
 夜闇を切り裂く太陽の光は未だ弱く、それでも、告げる朝の到来の中、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は寝ぼけ眼で覚醒する。
「あ、おはようございます」
「おはやう」
 同室のヘリオライダー、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)はまだ半分、眠っているようだ。
 意識は未覚醒。少し乱れたパジャマ姿に、しかし酒瓶を抱く姿は色っぽいとか艶っぽいとか以前に、その、少々だらしないように思えた。昨晩、遅くまで語っていたから、そのまま寝酒と共に寝落ちしてしまったのだろう。
 それも致し方ないかな、と思う。
「昨日は楽しかったですね」
「……そうね」
 むにゃむにゃと、それでも同意を示す彼女に苦笑する。
「さて、顔を洗ってしっかり起きましょう。マキナクロスのお迎え、来ちゃいますよ!」
 八つ年上の同僚の手を取り洗面台へと誘う。
「うん。……楽しかった……」
 譫言の様な、夢現の台詞に、苦笑が零れた。
 2021年、ハロウィンパレード。ここワイキキで行われたそれも、思い返すだけでとても華やかで楽しく、少し、笑みが零れてしまった。

●神無月の暑いビーチ
 10月末と言えば、もう秋を通り越し、冬の気配すら感じ始める時期だ。
 とは言え、それは日本でのこと。此度、ハワイはとても暑い。流石、常夏の楽園と謳われる島国である。
 その為、この時期であってもビーチで日光浴や海水浴を楽しむ人々で溢れていた。
「いやー、でも、うーん」
 人々が集う中、一際目を引くカップルがいた。それも二組。ケルベロスには容姿端麗の者が少なくもないが、やはり目立っちゃうなぁと半ば感心してしまう。
「うむ。こういうのも悪くないな」
「それでは泳ぎましょう!」
 水着姿で仁王立ちするシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)の手を引くのは、その相方、アルフレッド・バークリー(エターナルウィッシュ・e00148)だ。色白の頬が朱に染まっているのは、恋人の水着姿に中てられた為だろう。
「ハロウィンをハワイで過ごせるとは思いませんでしたね♪」
「そうですね、思ってもみませんでした。折角来ましたし楽しみましょうね」
 対して、もう一組のカップル、鬼城・蒼香(青にして蒼雷・e18708)とカイム・リーヴェルト(シャドウエルフの刀剣士・e01291)はピーチパラソルの真下、チェアで並んで寛いでいる。手に持つトロピカルドリンクはハロウィン仕様なのだろう。橙色と紫色で彩られているのがとても、新鮮に思えた。
「蒼香さん、トリックオアトリート、です」
「どちらかだけでいいのですか?」
 砂浜でイチャイチャする様は、少しだけ目の毒だったり。
(「……ごちそうさま?」)
 デウスエクスとの戦いが終わり、それでも世界を飛び回る日々が多いケルベロス達だ。疲れも鬱憤も、適度に溜まっているだろう。だから、こういう催しが、少しでもストレス解消に役立てば、とは思う。
「お二人ともー、人前ですからねー」
「「はーい」」
 それでも、否応なしに人々からの注目を集める存在であることは変わり無い。少しだけ釘を刺すと、邪魔者は退散することにした。

 太陽は燦々と照りつけ、火照った身体は海で冷やされていく。
 そして注目するべきは食べ物と飲み物だ。果物とドリンク、海鮮とパンケーキに囲まれ、肌が、口が潤っていく。
「ああ、ロコモコ丼。マサラダ。アサイーボール」
 アメリカ文化が作り上げたステーキやハンバーガーも独自路線を突っ走っていて、これもまた胃袋を満たしてくれる。
「よく食べるわね」
「とても、美味しいです」
 同行者の半ば呆れ顔に、笑顔で返す。まだまだ。それがグリゼルダの思いだ。地上はまだまだ、素敵な物で溢れている。それがとても嬉しかった。
「……平和だなぁ」
「ですねぇ」
 眩しい空。眩しい海。何よりも眩しい人々の笑顔。
 それを取り戻したのは仲間達――ケルベロス達の奮闘だ。末席とは言え、その一員として戦った。それは彼女にとっても、多大な誉れだった。

●百鬼夜行は夜の祭典
 そして陽は落ちていく。
 まだまだ更けない夜も、しかし、今宵ばかりは特別。いつもと違う顔を見せる街に、人々は酔いしれていく。
 さぁ、ハロウィンパレードの始まりだ!

「賑やかだねぇ」
 青と白のエプロンドレス姿のヴァニラ・イプリース(月下の紫陽花・e21418)が感嘆の声を上げる。
 常時多くの人で賑わうストリート、カラカウアアベニューだが、今はもう、溢れんばかりの人、人、人であった。
「逸れないように、な」
 伸ばされた月島・レン(夢想召喚士見習い・e03461)の左手に捕まる。魔法使いに連れ出された不思議世界の少女、と言う風体なのが今の二人だ。
「トリック・オア・トリート。ってわけで、お嬢さんにはお土産物屋さんのお菓子をプレゼントしよう」
「……あ」
 お菓子を取り出すレンに対して、小さくヴァニラが呻ったのは、自分はそれを忘れていたからか。
「なら、トリックだな」
 こうして少女は、笑みを浮かべた魔法使いに連れ出されていく。それが肩と膝を抱える、いわゆるお姫様抱っこだったのは、悪戯か。それともご褒美だったのかは、ヴァニラにしか判らなかった。
「ビーチ、行ってみようか」
「ええ」
 二人で過ごす夜の浜辺は、とても素敵な物に違いない。

「トリック・オア・トリート」
「トリック・オア・トリート」
 パレードの中に集まった【番犬部】の面々は、今日も元気だ。
「むふん! 何処から見ても立派なペンギンなのです!」
 その中心を賑やかすのは、レインコートに鳥足型の長靴で、何処からどう見ても立派なペンギンの風体をした仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)だった。
「お菓子をくれないと、ペンギンかりんがいたずらしちゃいますよっ」
「おぉっと、悪戯されては困りますねぇ」
 飴玉と共に返す笑顔は朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)から。魔女の姿が、とてもハロウィンっぽくコケティッシュで魅力的だった。
「ふふ、悪戯されるのは大変です。なのでお菓子をどうぞ」
 アメリカンな型抜き無しクッキーは、魔法使い衣装の霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)が差し出した物だ。目深い帽子に巨大な杖と、何処かファンタジー世界から飛び出してきた住人の様にも思える格好だった。
「はーい、かりんさん、これお菓子です。そして、かりんさんにもトリック・オア・トリート」
 中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)の仮装は、巨大な鮫だ。パーカーのみの仮装だったが、そこは竜派ドラゴニアン。青い肢体が見事な仮装に拍車を掛けていた。
 そして渡すお菓子もまた鮫。手製のクッキーのお味は、さて、どうだろう? 本人としては良い出来映えのつもりだったが。
「僕からもトリックオアトリートです。何もなかったら悪戯ですよ」
「ほら、かぼちゃのパウンドケーキ。ご満足いただけたかな? ……ところでボクには?」
 エルム・ウィスタリア(春を待つ・e35594)とアンセルム・ビドー(蔦を越ゆ・e34762)は南瓜を使ったお菓子を差し出す。
 人魚モチーフと大胆にも水着姿の仮装と言ったエルムと、テンガロンハットにジャケット、ベストと言った西部劇スタイルのアンセルムは、白と黒、何処か対照的にも思えた。ふふりと皆を見やるエルムに対し、やんちゃに笑うアンセルムは、掌の中で拳銃型水鉄砲をくるりと回す。なかなかに様になっていた。
「……気兼ねなく楽しめるって平和ですね」
 竜矢がしみじみと零した台詞は、ついぞ、半日前にビーチで戦乙女達が零した物と同じ文言であった。
 そんな彼の台詞に、かりんの言葉が重なる。
「みんながニコニコ笑えるハロウィンが当たり前になるのですよ!」
「そうだね。『熱い』ハロウィンは過ごしたし、敵を釣る為のパレードもしたけど……」
 思えば、ここ数年のハロウィンはとても濃く、それが良い思い出でもあり、非日常感に辛さを覚えてしまう、とアンセルムが口にする。
「色々やってきましたけど、やっぱり平和な世界ではしゃげるのが一番ですー」
「そうですね。皆で楽しめるよう、それを見守れるよう……まずは、『普通』のハロウィンを楽しみましょうか」
 環の喜色に飛んだ笑みと、エルムの静かな声が重なる。
「さて。パレードが終わったら、みんなで海に行きましょう。のんびりしても良し。水遊びも良し。……そうですよ」
 和希は和やかに笑い、仲間を誘う。
「楽しい時間は、まだまだ終わりませんから」
 それはいつもと変わらず、いつまでも変わらずとの願いの元、紡がれた誘いだった。

●輝ける未来の為に
 ハロウィンパレードも終局へと差しかかっていく。
 一行の前に広がるのはセント・アンドリュー大聖堂。それがパレードの終着点であり、立食パーティの会場であり、そして、将来を誓う二人の、門出を祝福する場所でもあった。

「本当の挙式は来週だけど……ここでも、愛を誓おうよ」
「お互いの為の愛の誓いなら、喜んで」
 霜月の頃合い、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)とピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)は夫婦になる。今日はその予行練習だ。
 とは言え、タキシード姿のピジョンと、ウェディングドレス姿のマヒナでは、これが本式とも思える華美な姿だった。それぞれのサーヴァント、テレビウムのマギーとシャーマンズゴーストのアロアロが補佐役を務める姿もまた、その感動を押し上げるのに貢献している。
「素敵な大聖堂だ。綺麗で見応えもある!」
「そうだね。素敵だね」
 諸手を挙げて幸せオーラを周囲に振りまくピジョンに、マヒナも嬉しそうに頷く。
 二人と二体が作り上げる世界の先は、とても輝いていた。

 輝ける挙式は、アルフレッドとシヴィルによっても紡がれる。
「愛してます、シヴィルさん。もう離しませんよ」
「これからもよろしく頼むぞ、アルフレッド!」
 指輪の交換。そして誓いのキス。神前で愛を誓った二人は、もう立派な夫婦だ。
「あまり似合わないだろう? そんなに見ないでくれ……」
「いいえ。見ますよ。これからも、ずっと」
 昼間にドギマギした姿を披露した恋人が、今、可愛らしく頬を朱に染めている。それだけで幸せだった。
 これから二人は共に歩み、共に愛を育む。それが、物語の終局。幸せと言う名の結末だった。

 大聖堂で様々な挙式が行われる中、別室ではハロウィンパレード関係者を労う立食パーティが催されていた。
「……本当、よく食べるわね」
「ええ。ところで、こちら、如何ですか?」
 昼間とほぼ変わらない台詞を口にするリーシャに、グリゼルダが差し出したのはハウピアと呼ばれる、いわゆるハワイ版のゼリー寒天だった。さりげなく自分の分を確保しているのは、流石と言えば流石の所業だった。
「はぁ。お酒が飲みたい」
 公共の場では飲酒禁止を言い渡しているハワイならでわの溜め息に、グリゼルダは苦笑する。
「テイクアウトもOKのようですし、晩酌はお部屋でしましょう」
 南国カクテルも美味しそうなのが沢山ある。
 それも楽しみの一つであった。

「Shall We Dance?」
 燕尾付き白タキシードのルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)は大仰に一礼すると、姫風ドレス姿のリリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)の腕を取る。
 小柄な体躯のルーシィドだったが、更に小柄なリリエッタをエスコートするのには丁度良い。交わす視線と醸す空気で、二人が最愛の連れ合いだと言う事は、周囲の誰が見ても明らかだった。
「その、ルーシィドは似合っていると思うけど……」
「ふふ。ありがとうございますわ。リリちゃん。でも、リリちゃんもお似合いでしてよ」
「り、リリはそんな……」
 互いに褒め合う姿も、何処かいじらしい。
 ひとしきりステップを楽しみ、モダンダンスに身を任せた二人は、その足で立食パーティ会場へと向かう。
 パレードにダンスと、疲れた身体に甘い物が染み渡るようだった。
「改めてみると、凄い建物だね。ステンドグラスとか凄いピカピカだよ」
「それもまた、ご馳走の一つですわ」
 ノンアルコールカクテルの満たされたグラスを持ち上げ、ゆっくりと乾杯。
 響く澄んだ音は、二人の行く先を祝福するかの様に広がっていった。

●全てが終わった後で
 遠くに見える巨影は空を渡り歩くマキナクロスの物だ。
 昨晩、お披露目にと北は南、東は西にと飛び回ったアレは、それに乗り込む搭乗員の苦労を考えると、少しだけ同情してしまう。そのお陰でケルベロスの皆と楽しいハロウィンを過ごせたのだから、感謝の気持ちの方が強かった。
「そうですね。来年も、再来年も」
 マキナクロスが地球から飛び立った後も、世界は変わらない。ハロウィンに限らず、楽しい行事は続けられる。その筈だ。
「……だから、私は思うのです」
 この楽しさを覚えている。
 この胸の中に、皆と笑い合い、過ごした日々が残っている。共に戦った誇らしい時間を忘れたりはしない。だから、問題無い、と。
「それでも……」
 マキナクロスを見上げると、ぽつりと言葉が零れた。
 あれが別れの箱舟である事も、理解している。だから、一抹の寂寥感が漂うのは、致し方ないとも思う。
(「ああ」)
 物語には始まりがあり、終わりがある。幸せな結末であれど、残酷な結末であれど、終焉を迎える物語に、寂しさを覚える事は致し方ない。
 それが、物語を楽しんだ自分達が味わう、最後の特権なのだ。
 その事を誇らしく思いたいと、グリゼルダは笑顔を浮かべ、帰路への手続きを取り始める。
 あとはマキナクロスに乗り、日本へと帰るだけだ。
「ありがとうございます」
 感謝の言葉のみ、常夏の楽園へと残されていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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