ケルベロスハロウィン~ブレイドナイト・フィーバー

作者:吉北遥人

●ハロウィンパレード in NY
 林立する高層ビルの一本一本すら、今宵ハロウィンパレードにおいてはセットの一つに過ぎない。
 ビル壁を覆い隠すコウモリ、ガイコツ、ジャック・オー・ランタン。街頭3D広告では魔女や殺人ピエロが不気味に赤い哄笑を震わせ、ネオンは街をホラーテイストに染め上げる。
 歩行者天国ならぬダンスホールと化した交差点では、生演奏(ヘリオライト・ハロウィンアレンジバージョン)に合わせて仮装した者たちがスリラーだったりロマンスだったりと思い思いにステップを刻んでいる。立食パーティー会場でそのダンスを眺めながらグラスを傾ける者たちのそばを、お菓子をもらった子供たちが駆けて行った。
 また別のストリートでは、特設トロッコに乗ったカップルが恐怖に直面していた。街路をまるっと使ったゴーストツアーだ。白目を剥いた男性を幽霊役のキャストが揺り起していた。
 警備もしっかりしていて、酔ってハメを外しすぎると退場させられるぞ。それはもったいない。こんなに楽しい夜なのだから。

●世界中のハロウィンへ
 最後のケルベロス・ウォーの勝利から四ヶ月が経った。
 新型ピラーの開発は順調に進んでおり、また、マキナクロスにおけるケルベロスたちの居住スペースの建造も形になってきた。
 このマキナクロスを船として外宇宙へと旅立つ日が、目に見えて近づいてきたということだ。
「今年のハロウィンなんだけどね。試運転を兼ねて、世界各地へマキナクロスをお披露目する予定になってるんだ。いろんなハロウィンのお祭りに参加できるよ」
 マキナクロスの高速移動を使えば各地のパレードを梯子できるからね、と自身もワクワクを隠さずにティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)は言った。
 ハロウィンパレードは現地の人々が多く参加しており、そこにケルベロスも参加するのだが、今回はマキナクロスに収容されているデウスエクスも参加することになっている。
 なぜデウスエクスが参加するかというと、これから外宇宙に向かう彼らが地球人と触れ合うことで、地球人に対する敵意や偏見をなくしてもらうためだ。
 この催しを通して彼らが地球人への理解を深めてくれたら、定命化を選ぶとは至らずとも、将来的に地球を侵略しようと考えなくなるかもしれない……そんな思惑があったりする。
「アメリカ合衆国ニューヨーク市は、マンハッタンの一部エリアをまるまるハロウィン仕様にするみたい」
 仮装して数万人で街を練り歩くパレード。
 交差点をまるごと使った路上ダンスホール。
 飲食を楽しむ高級パーティー。
 自動運転トロッコで進むゴーストツアー。
 主にこれらの催しがされているようだ。パーティー会場は一箇所ではなく、多くの飲食店などで開催されている。
「パレードは一緒に歩くのも、見物するのも楽しそう。ねえ、よかったら参加してみない?」
 騒げる場所も落ち着ける場所もある。一人で、または仲間と、合った場所で過ごすのもありだろう。
「この四ヶ月で環境が変わった人もいるみたいだね。各国で責任ある立場に就いたりとか、新しいことを始めたとか、結婚したとか。そういう近況報告、ボクにも聞かせてほしいな」
 どんな仮装をしていこうかな、とティトリートは微笑んだ。


■リプレイ

 夜が絢爛に彩られる。
 ネオンの光の下、大通りを埋め尽くすのは、万を超える数の人々だ。めいめいハロウィンの仮装をしてパレードの始まりを待つ彼らに、種族の垣根はない。
「じゃじゃん! フランケンシュタインです!」
 人々のさざめきの中に【ベオウルフ】の四人もいた。
「あら! リリちゃんもローレもルーさんも、みんな可愛く刺激的で素敵!」
 青白い肌とこめかみにネジ飾りのミリム・ウィアテストが、親友たちの仮装をうっとりと褒め称える。
 そんなミリムに、ローレライ・ウィッシュスターが襲いかかるジェスチャー。
「お菓子くれなきゃ血を吸ってしまうわよ!……ふふ、なんてね!」
 ローレライの衣装は、南瓜のモチーフをあしらった吸血鬼だ。蝙蝠羽と尻尾の小悪魔テイストが悪戯っぽさを醸し出している。
「ぐるるるる……」
 毛並みまで真に迫るオオカミ男の唸り声に、近くのオラトリオの子どもたちがびくり。
「あら、お子様には刺激が強かったかも?」
 被り物を脱いで、現れたのはオオカミ耳カチューシャをつけたルーシィド・マインドギアの優しい笑顔。
「これなら怖くないでしょう? わおーん!」
 そしてリリエッタ・スノウは包帯ぐるぐる巻きのミイラ男(女?)。腕を前に突き出してフラフラ〜。
「こう歩けばミイラっぽいかな?」
「いかにもそれ! おっと躓かないようにね」
「ミリムはフランケンシュタイン……リリとフラフラコンビ結成だね」
 リリミリが一緒にフラフラ〜としてると、カウントダウンコールが起こった。三、二、一、ゼロ!──生演奏の華やぎに合わせ、人々が一つとなって歩き出す。

 上質な白い皿にすいっと魚のマリネ、すいっと生牡蠣。
 好物の海鮮料理を次から次へ盛り付けるのは、人狼に仮装したティアン・バだ。高級フレンチの立食パーティーというのを意識してか、纏う毛皮はふかふか優雅なセレブ風。
「ここも賑わいすげえな。ティアン、埋もれないように気をつけるんだぞ」
 所々破けつつもきちんと正装なミイラコスに身を包み、ダイナ・プライズが料理に目を彷徨わせる。
「さすがいいモン並んでんな」
「高級なモンを高級と味わうには相応の舌が必要なんだぞ、ネコクン」
 挑発的にワイングラスを傾けたのはドラキュラ風スーツをビシッと決めた男、サイガ・クロガネだ。グラスの中身(ぶどうジュース)を一気に呷る。
「その力がはたしてあるかな?」
「侮んなよ、サイガ。高級食材くらい俺だって食ったことあるし」
「こっちはダイナの言ってたふぉあぐら」
 海鮮のほかにお肉も皿に乗っけてたティアンが、世界三大珍味を発見。
「そうだぞ、ティアン。そして、これがキャビアだ……!」
 つぶつぶ卵を皿に取りつつ「高級食材知ってますが何か?」な顔のダイナ。一方でサイガの余裕は揺るがない。「そいつらは食ったことありますしー?」な顔で、絶妙に生な血の滴る肉を皿にお迎えする。
 その最中で、ティアンの目がとある高級料理にとまった。
 これは、
 なんだ、
 巻貝?

「わーい、トロッコ楽しみだよね!」
「ねー! おばけなんて存在しないんだから怖くない!」
 パレードのストリートとは一転。切り離された世界のように暗闇と静寂に包まれたワンウェイの特設レールを、トロッコが重い音を立てて転がる。
 トロッコ前列シートではマイヤ・マルヴァレフと大弓・言葉がきゃっきゃと会話に花を咲かせている。
 が、何を隠そう二人ともホラーが怖いのである! 何か出そうな雰囲気にもうお互いの腕を掴んでいる!
「箱に車輪がついただけとは、トロッコつうのは予想よりも通気性がよいな」
 ごとごと転がるトロッコに柴田・鬼太郎が顎を撫でる。
「襲われた時はすぐ脱出に移れるな」
 鬼太郎が納得していると、前方からゆらゆらと誰かが近づいてきた。幽霊ぽい青白い布を被った数人が、何をするでもなくトロッコとすれ違う。
「なるほど……妖魔の類が出てきて驚かすという状況を楽しむものなんだな」
「そうだな。理屈を考えずに、脅かしてくるゴーストを楽しんでいくのが正解か」
「あの、ホラー平気なの?」
 冷静に分析してる鬼太郎とハル・エーヴィヒカイトの余裕が気になるマイヤ。
「まあ今の幽霊はあまり怖くなかったけど。ねぇ」
「えっ、私──も……ぜんっぜん怖くない、よ……」
 努めて平然を装うが、エリザベス・ナイツとしてはそれどころではない。怖い。すぐ近くの路肩に停まる車の陰からも何か出てきそうで怖い。
「今の幽霊の方々に手紙を渡したんですが」
 後列シートの、郵便屋に扮したカロン・レインズが訝しげに眉を寄せた。
「お一人だけまったく反応がなかったんです。不自然なくらいに」
「……それ、本物が混じってるのかも」
「え、本物!?」
「ちょっ、こんなとこでモノホンの話はダメよ、だめだめ!」
 言葉の考えないようにしてた推測にマイヤがびくり、柄倉・清春もとい清香がバチバチのオネェメイクで猛然と抗議する。
「あたしホラーって苦手なのよォ! 怖い話されたら膝が震えて立てなくなっちゃうわ!」
 トロッコが車の横を行き過ぎる。陰には……何もいない。エリザベスが安堵の息を吐く。
 車の下から這い出た影がトロッコにしがみついたのは直後のことだ。
「ひゃあああああ!?」言葉、マイヤ、エリザベスがそれぞれに抱き付く。
「んがぁぁぁ!!」白目を剥く清香の顔面に幽霊キャストが「ワー!?」と飛び退いた。

 どう体を動かしたものやら。
 勇んで路上ダンスに混ざるが、あいにくスウ・ティーもレンカ・ブライトナーもダンスは未経験。基礎もテクも何も知らない。
「こーゆーイベントは楽しんだ奴が勝つんだろ?」
 モノトーンのピエロガールが不敵に言って、踵を鳴らす。お相手のピエロがリードする。けれどどうにも噛み合わずドタドタする。周りからは笑い声が。
 でも望むところ。道化師の踊りで笑いを誘えるなら本懐だとスウは思う。
 ここは一つ盛大に踊り明かそう。おどけた所作で、スウはレンカの手を取った。

 血染めのメイド衣装のゾンビが観衆を沸かせていた。
 逆立ちで跳ねてからの高速スピン! 並み居るパフォーマーの中でも存在感は抜群だ。
「よぉ、レイ!」
 ゾンビメイド── 峰・譲葉がブレイクダンスを終えて、レイ・ウヤンの元へ来た。そのまま腕を引いてフォークダンスの輪へ。
「トリック・オァ・ダンス! お前のダンス力の限界を見せてみろ!」
「望むところです。譲葉さんには及びませんが、武術家として舞踊も」
「オーライ、踊るぞ!」
 レイの長口上を遮って譲葉がステップを踏んだ。レイも口ほどではないが、まあまあの踊りである。
「俺な、いろんな国のナッツ菓子食べ歩き旅をしてるんだ」
 念願だったんだ──リズムに身を任せつつ、譲葉が苦笑する。
「故郷の師匠が帰れってうるっせーから逃げてる、ってのもあるけどな。レイは? 最近どうしてる」
「……私も似たようなものです。日本から離れ難くて」
 地道に修行やってます、と気恥ずかしげに語るレイに、譲葉はふぅんと気のない返事をした。ついで、何かをレイに押し付ける。
「聞いたついでだ。持ってけ。また日本で会ったら別の味を持ってきてやるよ」
 ニューヨークご当地のナッツ菓子を胸に、楽しみにしてますとレイは微笑した。

「……シル先生、メイク気になります?」
 したことがなかったからと、ちょっと不安げなシル・ウィンディアに、愛柳・ミライが自信を持つようグッと拳を作る。
「大丈夫ですって。世界で一番、皆が待ち望んでるケルベロスなのです、から!」
「──うん!」
 背中を押されたシルが、皆と顔を見合わせる。
 そしてメンバーが一斉に交差点へ飛び出した。風のように演奏ステージへ駆け上がる!
 闖入者に驚いて音楽が止んだ。何事かと交差点中の人々がステージを注視する。
「この交差点は──」
 黒の吸血姫、シルの宣言がインカムマイク越しに群衆の耳を打つ。
「我々、幻想武装博物館が占拠するっ!」
 同時翻訳が浸透すると同時、イントロが爆裂するように鳴り響いた。
「それじゃ、聞いてください! ヘリオライト!!」
 幻想武装博物館の吸血姫たちが演奏ステージから路上に駆け降りた。状況を理解して沸き立つ交差点の人々、いや、同じ時を生きる仲間たちの中へ、歌声を届けにいく。
「私も少しむちゃをさせて、楽しみましょう」
 演奏ステージに元々いたバンドミュージシャンたちとアイコンタクトを交わし、青沢・屏がともに弦をかき鳴らす。黒服執事仮装の優雅さとは正反対のワイルドさで、気持ちを音に乗せていく。
「恭平! ギターバトルだ!」
「ああ、受けて立とう」
 女性陣を引き立てるという共通の方針を抱きつつ、一期一会かもしれない今このときを極限まで楽しむ。王子様姿のパトリック・グッドフェローが挑戦的にキーボードを奏でれば、執事な狼男の新城・恭平のギターソロが切り返す。
 実力伯仲のギターバトルを眺めながら、黒の衣装に蝙蝠の翼を背に備えたエトヴァ・ヒンメルブラウエはドラムスティックを捌く。
 ただ正確なだけでなく、歌姫たちの希望あふれる声が翔け抜けるよう、バンドが気持ちよく演奏できるように。『心』に溢れる情熱を乗せる。

 静謐な館内で、玉榮・陣内は一枚の絵画に熱く視線を注いでいた。
 メトロポリタン美術館所蔵、ジャン=レオン・ジェローム作『ピュグマリオンとガラテア』──キプロスの王と、命を得た彫刻の女性像が交わす愛の一瞬を抽出した名画。
 これを見たかった──陣内が静かに息を吐く。女の生を象徴する艶かしい背中と未だ像の冷たい脚。ふと、以前対峙した同名のダモクレスたちが頭をよぎる。
 心はまだ揺らいでいる。夢が叶いそうな反面、自分の力量と向き合う勇気が持てずにいる。
 だからパレードを抜け出してここに来た。それが現実逃避としても、この絵に会いに来た。
「……ファム・ファタル」
 現実から目を逸らしていては、理想は描けない。
 描いてやろうじゃないか、俺のガラテアを。
 漣のような音楽が耳に触れた。パレードの賑わいがここまで伝わってきたのだ。
「もういいの?」
 比嘉・アガサが訊ねた。ここまで黙ってついて来てくれたアガサに、陣内は手を差し伸べた。
「なあ、踊ろうぜ、アギー」
「なにそれ。まあ、いいけどね」
 締め切り前のランナーズハイ状態だ、陣は。だからこんなこと言うんだ。けどこの際だ。とことんつきあってやるよ、最後まで。
「あとでカフェに行こう。併設のやつ」
 南瓜の被り物をそのままに、アガサが陣内の手をとった。
「見てみたいんだ、店内の雰囲気を。近い将来の自分のために、ね」
「お前の口から〝将来〟なんて言葉が出るとはね」
 美味いコーヒーの出る店なら、常連になってやってもいいぜ──貸し切りのギャラリーをボールルームに、二人の靴音が揃った。

「背伸びしなくてよいんだぞ諸君」
 自称レアものハンター、サイガはビギナーたちにしたり顔で講釈する。
「ネコクンはそっちのお子様向けオムレツでも食って、ろ……」
「オムレツだって高ぇ卵とチーズを使ってるかもしれねえだ、ろ……」
 二人の語尾が尻すぼんだのは同じ物を──ティアンが示した高級食材を目にしたからだ。
「きっとレアだぞ、サイガ。美味しかったら教えてほしい」
「……かたつむり?? いや、そう言うティアンは」
「今の皿の分が食べきれたら挑戦する」
「あーこれはレアものハンターサイガにおすすめだぜ。ぜってー気にいると思うわ」
 腹を抱えて笑い出したいのをこらえつつ、ダイナがひょいひょいとそれらをサイガの皿に盛っていく。
「ほぉー、まぁ一匹くれぇは嗜みますかね」
 積み上がるかたつむりを、ダイナの皿へ。
「美味かったら今度つかまえて、ティアンにも料理してやろうな」
「おや、作れるのかサイガ。楽しみ」
 素直に言葉を受け取りつつ、皿の間をベルトコンベアのように行き来するかたつむりを目で追うティアン。「実食が楽しみだな」と笑うダイナが事態に気付くのは数秒後のことだった。
(このあと三人で美味しくいただきました。エスカルゴ)

 終点が見えてきたときも抱き合ったままだった。あれから何度絶叫したことだろう。びっくりしすぎて泣いて、なぜか笑いが止まらなくて、「なんだろ、これ!」とマイヤは感情が大渋滞している。
「ねぇ、ハル」マイヤから体を離しながら、エリザベスが後ろを向いた。「手をね、ぎゅっとしましょ?」
 後ろから見守っていたハルだが、その求めに指を絡めて応えた──怖がることはないよ。暗闇とはいえ、きっと皆にはバレバレだ。
「楽しかったな」
 鬼太郎が噛み締めるように言った。これが皆との最後の祭りかもしれない。いい思い出ができた。
「ウフ、ケルベロスとしては最後でも、みんなでまた来ればいいのヨ☆ えにしの繋がりは、そう簡単に切れやしないもの」
「そうだよね、これからも皆でフィーバーしよ!」
「ってことで、Trick or treat!」
 清香とマイヤが言って、怖楽しさを堪能した言葉がお菓子を要求。トロッコを降りて面々はTreatの調達へ──。
 キャストたちが手紙を開いた。カロンが「こんばんは。手紙を配達しに参りました」と渡した手製の手紙は、キャスト全員が受け取っている。
『Happy Halloween!』『お祭り楽しんでね!』──温かなメッセージを胸に、キャストたちは作業に取り掛かった。

「こんな平和なハロウィンは初めて……」
 皆で通りを練り歩いて、お菓子を交換し合って。戦いと隣り合わせだった去年までが最近のことに思え、ローレライはどこか夢見心地に空を見上げた。
 今夜は空気が澄んでいる。煌びやかな灯の下でも星が見えた。
「マキナクロスで行く宇宙には……ここにいる人たちよりももっといっぱいの種族もいるんだろうね」
 リリエッタの言葉に、ミリムはパレードの人々を見やった。
 あらゆる者たちが分け隔てなく混ざった光景。今までとは比べ物にならない賑わい。
 遠い遠い宇宙のまだ見ぬ種族たちとも、こんな夜を過ごせるだろうか。
「宇宙に浮かぶ星たちは、あんなに綺麗なのですから、きっと素敵な人たちがいるはずですわ!」
 ルーシィドの言葉には強い説得力があった。自分たちのこれまでの出会い。それが証左にほかならなかったからだ。

 スウがレンカの手を取り、腰に手を回す。
 レンカもまたスウの肩にそっと手を添えた。
 そして前後左右へ一歩ずつステップを踏む。道化師のダンスじゃない。下手でもいいからゆっくりと、きちんと。ピエロじゃなく、パートナーとして、この時を過ごしてほしいから。
 たとえ衣装に似合わないと言われようが構わない。この場で、この二人で、こうやって踊ることに意味があるのだから。
「黒き森の偉大なる魔女の手を取ってダンスのエスコートなんて、お前ぐらいにしかできないんだからな」
 二人の影が離れる。指先は繋いだまま。
「そのコト忘れるなよ」
 次のステップで戻ってきたパートナーをスウが抱きとめる。迎えられたレンカの顔には、彼だけに見せる、幸福に包まれたあどけない少女のような微笑みがあった。

 やはり良い曲ですわね── アンジェリカ・ディマンシュは歌いながら、歌詞に思いを馳せる。
 創造する世界は運命を変えるんだ。
 想像する世界は運命を超えるんだ。
 いえ──運命を『変えた』のです。そして『超えた』のです。
 今こそその果てに、まだ見ぬ世界を見ましょうか──その思いをアンジェリカは歌声に乗せる。
 ダークレッドの吸血姫ミオリ・ノウムカストゥルムも踊りながら、歌詞を変えて歌う──想像する世界はきっと運命を超えたんだ♪
 ミオリの無邪気に微笑む視線がミライのそれと交わる。
 ふふ、ミオリちゃんらしいというか──超えたのだと胸を張って言い切るその期待に応えるべく、元気よくサビに突入する。
「ヘリオライトが僕を照らすように」
 ゴシック風吸血姫の夢見星・璃音が群衆の中へ飛び込んだ。サビを迎えて最高潮に沸騰する人々とパッションを共有するように、アイドルさながらステップを刻む。
「欠けた地球が僕を笑ってもそれでもずっと輝いて」
 皆の肩を飛び乗る黒い仔猫から、和風な猫耳吸血鬼となった円城・キアリも声を重ねる。
 なんて気分だろう。無数の声が一つの歌に重なる。とても楽しい時間──仲間たちへ胸いっぱいの感謝を込めてキアリは歌う。
「ちぎれそうな空の隙間に虹をかけ『た』よ」
 楽しい時間を少しでも長く、深く刻んで。この思い出を私たちの中で永遠に──ミオリの柔らかな眼差しがシルのウインクと重なった。
 交差点、フィーバーの中心で踊り歌うシルが天に拳を突き出す。
「さぁ、最後みんなで一緒に! せーのっ!」

「「「「「「「「「「ひかりをっ!!」」」」」」」」」」

 ジャンプ! 地面から大きく。交差点に集う人々も、ステージの演奏メンバーも、歌姫たちも。空から眩い、瑠音のグラビティ光が降り注ぐ。光の下、『辻風の円城』が踵を返した──キアリの笑顔を瞳に焼き付けて、人混みの中へ消えていく。
 アウトロが鳴り響く。走り抜けた躍動感がエトヴァを包んだ。迎えた未来を屏は全力の演奏の先に見た。
 終幕の瞬間、精一杯楽しんだこの時間に恭平は感じた──我々が勝ち得た最大の収穫、平和というもの、を。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 1
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