ケルベロスハロウィン~果てなき未来へ向けて

作者:のずみりん

「アダム・カドモンとの最終決戦から四ヶ月、マキナクロスの改修は順調に進んでいます」
 集まった仲間たちへ、ソフィア・グランペール(レプリカントの鎧装騎兵・en0010)は計画の進捗をそう報告した。
 新型ピラーの開発は順調に進んでおり、今年のクリスマス頃には巨大な宇宙船として外宇宙へ旅立つ事ができるだろう。
「これに伴い、今年のケルベロス・ハロウィンはマキナクロスのお披露目を兼ね、世界中を巡ってハロウィンのパレードを楽しもう! ということになりました」
 マキナクロスの出発、それは一つの終わりであり、始まりでもある。
 ケルベロス、デウスエクスの希望者を乗せたマキナクロスは『宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃』のために地球を離れることになる。
 地球に残るものもいるだろうし、なんなら既に新たな生活を始めた者も、今から始めようという者もいるだろう。
「今生の……とは言い過ぎにしろ、マキナクロスと共に旅立てば、会う事が難しくなる方々も多いと思います。この機会に親交を深め、語り合っておくのもいいのではないでしょうか」

 今年のハロウィンは全世界規模で一斉に開催され、マキナクロスを経由することであらゆる地域に参加できるとソフィアは説明する。
「マキナクロスは地球の軌道上を高速で移動できますし、急ぐときは魔空回廊も使えます。行きたい国、行きたい場所、希望があればどなたも、どちらへでもいけますよ」
 この歴史的な転換期に、各地でも様々なイベントが開催されている。
 日本なら戦艦竜との戦いが繰り広げられた相模湾や、デウスエクス大同盟との激戦区だった大阪、マキナクロスと化しかけた東京湾等の各地で戦勝記念と慰霊の催し。
 海外ではケルベロス大運動会の舞台となった南北アメリカ大陸にアフリカでは過去の大会にちなんだイベントが開催されているし、これまでに訪れたことのない地域でも復興を喜ぶイベントがあふれているという。
「後はそうですね……ブラジル、コルコバードの丘では麓の教会が結婚式で盛況と聞きます。カーニバルからは時期外れですが、ゆっくりと語らうにはいい季節かもしれません」
 不器用な微笑みを浮かべ、ソフィアはケルベロスたちの背中をそっと後押しするように言う。

 今や明日におびえる日々は終わり、ケルベロスそして地球の人々には無限の未来が開けている。
「そうですね。私も……」
 さぁ、何処へ行こう? 何をしよう? みんなを縛るものは、何もない。


■リプレイ

●故郷、旅立ち
「やっぱりマキナクロスからは、どこか懐かしい匂いがする……」
 それはきっと自分がダモクレスだった頃の記憶なのだろう。
 今やケルベロスたちとの旅立ちを控え、地球各地を回るダモクレスの母星で霧崎・天音(ラストドラゴンスレイヤー・e18738)は想いを馳せる。
「そうだな。このように訪れる日が来るとは、昨年の俺も思わなかった」
 一年。マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)は並び、声に出して思う。
「昨年、ちょうど今頃か。ソフィアとは一緒に城ヶ島奪還作戦に参加したな。あの時のソフィアの戦いぶりは実に見事だった」
「こ、光栄です……少し照れます、マーク殿」
 不意に褒められ、展望窓に並んだソフィア・グランペール(レプリカントの鎧装騎兵・en0010)はムズかゆそうに頭を下げた。
「今日は、これから……?」
「今はバルカン半島のパレードに向かっています。色々と大変な地方でしたから、元気づけられたらいいのですが」
「そうだな。俺はしばらく現地で地雷撤去に協力するよ、時が来たときには宇宙へ旅立つつもりだが……」
 お前たちはどうする? 黒鋼の戦闘マシンの、どこかつぶらな瞳の問いかけに天音は少しうつむき、顔をあげて答えた。
「戦いが終わる前に考えていたことを……私は始めようかなと思う」
「考えていたこと、ですか?」
「うん。色々勉強して……それから色んなことを教えられるようになりたい。学校の先生……とまではいかなくても、この星に残るダモクレスの人たちに、この世界のことを教えられるくらい」
 ソフィアに促され、夢を語る天音に、マークは鷹揚と頷いた。
「そうか。お別れは近いな」
「私も、マーク殿たちと共に宇宙へ旅立つつもりです。この鎧装を託した『古の騎士』の……向かおうとした果てを見てみたく思います」
 マキナクロスがボスニア・ヘルツェゴビナ近郊へと近づき、アナウンスが呼びかける。
 マークが離れ、ソフィアも、二人の背中に天音も続く。
「いいのか?」
「まだ旅立ちは先だから……色んな場所を回る中で、観光名所を巡ってみたいと思う」
 天音はそういって二人と肩を並べた。
 きっと今、色々な事を考えられる日が来たのだろうと。

●戦友よ
「そうですか、ソフィアさんも旅立たれますか」
「はい。樒殿も……お世話になりました」
 訪れたバルカン半島の病院で、ソフィアの予定を聞いた空木・樒(病葉落とし・e19729)は顔色一つ変えずに言ってのけた。
「いえいえ。今生の別れでもないでしょう。少々お久しぶりでしたけれど、ソフィアさんのご依頼でも駆け付けますよ、どこにでもね」
「し、樒殿?」
 真意を測りかねるといった様子のソフィアに、樒は面白そうに笑う。
「わたくしは次の身の振り方を考えておりまして、傭兵として、世界中を回ろうとし始めたところです。武力ではなく医療の提供者としてですけれどね」
 今は平和でも世に紛争は絶えない。危険な最前線に赴ける医療従事者はやはり少ないだろうから、需要に対する供給を満たしてやろう。
 つまり暗殺稼業の真逆だ。
「争いの背景経緯には関知せず、報酬さえ頂ければどこにでも駆け付け命を助けましょう。そのような傭兵があってもいいのではないかとね」
「え、も、もちろんです。素晴らしいです!」
「ということで今回は皆様の希望する各地を回っての営業活動です。契約主となるかもしれない可能性の方と、直接顔を合わせておくためのね……もちろん、皆様もです」
 ソフィアの熱がいった様子に樒は言うと、そろそろ次に向かう時間だと席を立つ。
 常識的には彼女のいう世界中は地球の話だろう。
 けれどもし呼べば宇宙の彼方でも、この人なら来てくれるのではないか? そう感じさせる、底知れぬ信頼が樒にはあった。

「本当にいいのか」
「ああ……いい眺めだ」
 さる国の荒野。見送りに立ったリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)の幾重かの確認へ、雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)は短くも感慨深く呟いた。
「ケルベロスは……お前は英雄だ。侮辱と取られたらすまないが……スレイブは倒れた。世界も救われた。過去に何があったとしても、今のお前は本当のお前じゃないか?」
「それでも……俺はお前にはなれない」
 ヘリオライダーの控えめな申し出に真也は静かに首を振った。彼の言うお前が指すものが目前のリリエでない事は、聞くものすべてに瞭然だった。
「宿敵であるスレイブとは決着をつけた。やるべき事は済ませた」
 それは宿敵の命令で引き起こした虐殺事件、その真実を話し、当事者の一人として裁きの場に立つこと。
「俺は自身にケリをつける……世話になった」
「……ケルベロスッ!」
 呼ぶべき名を失ったリリエに背を向け、男は一人道を行く。
 今日をもって英雄の名は伝説に還り、残ったものは裁きを待つだけの元少年兵。認識番号No.33。
「……スレイブ。俺は言ったはずだ。お前のようになる前に、自分でケリをつけるってな」
 男の呟きは、見上げた夜空へ吸い込まれていった。

●旅立ちを告げる
 世界は巡り日本、多摩川沿い。
「初めて出会ったのは、ここでしたね」
「ずっと、この街にいるけれど……どんどん、変わって行くのです」
 ハロウィンのパレードに目を細めるフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)へ、愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)は遠くを眺め、くるりと回る。
「きっと、元気な明日のために」
 かつて人馬宮ガイセリウムとアグリム軍団を迎え撃った多摩川も、今は人々が往来する平和な街並みを復興させつつある。
 小さな音を立て、フローネの『Sakura Quartz』の秒針が回る。分針が動く。変わらぬ用で、少しずつ着実に前に進んでいく。いつかはきっと、あの焦土地帯だって。
 それは希望であり、また惜別でもあった。
「フローネ」
「ミライ」
 お互いの名前を同時に呼んで、驚き、笑う。
 ずっと一緒だったから。いつも通りでいいはずなのに、今日はなんだかドキドキする。
 でも……そうじゃなきゃ、嘘だ。
「宇宙の果てまで、行ってくるよ」
 自分の口からちゃんと言わなければ、気持ちがミライを後押しした。
「この手は、差し伸べるためにあるの。きっと『約束』が、私の剣(ブレイド)だから。だから……」
 泣きたくなくても、涙は枯れはしない。
 わかっているから、『tomorrow code』リボンを絡めたフローネの指は、そっと零れた雫を拭った。
「六年間、ずっと近くにいるのが、当たり前だったから、例え少しの間でも、お別れをするのは、寂しいけれど……」
 ミライは外宇宙へ旅立ち、フローネは地球に残る。
 そう決めた。
「うん。宇宙の果てまで、行ってくるよ。けど、だから、もう少しだけ、傍にいてほしいのです」
 フローネは何も言わず、その震える方を抱きとめた。
 何かの拍子か、懐から思い出の『Perch of Star』が音を奏でている。
「私はプラブータを、デウスエクスの皆さんが住めるような場所にしてみせます。だから……『真っ青な地図のその先』、たくさんの命の輝きを見つけて、たくさんたくさん地図を描いてきたら」
「必ず、ここに、帰ってきますから……」
「ここは、ミライへ羽搏く貴女が、休める場所だから」
 思い出の音色が包む。いつかまた会いましょう、と。

 この想いは決して消えたりしない。
 八王子の戦場跡、地球とエインヘリアルたちへ慰霊の『幸福の花』を手向けた九田葉・礼(心の律動・e87556)はマキナクロスへと一時に戻った。
「戻らないのか?」
「ごめんない……もう少し、あと一つだけ」
 連れ立つエインヘリアルはそうか、とだけ応じた。
 彼もまた、礼がかつて選定し、アスガルドウォーで仲間達を失った一人。
 もはや仇討ちする気はないが、地球を愛することもできない男は何も聞かず、礼を送り出してくれた。
「あなたも、大阪城へ……?」
「まぁね。そっちはヴァルキュリアの?」
 日本、大阪市。
 訪ねた激戦の戦場跡で、礼は一人のケルベロスと出会う。
「二年前……この辺だったかな」
 言葉を交わし、青葉・幽(ロットアウト・e00321)は大阪城を見上げる小さな社を指し示した。
「トソース誘引作戦の時に見つけたのよね……ちょうどいいかなって」
「そう、ですね」
 多くを語る必要はない。かつて大阪城にデウスエクス大同盟を築き、激しい戦いを繰り広げた第四王女レリ。
 報われぬ女性たちの思いを背負い、戦い、白百合の騎士と共に散った戦乙女を二人は忘れない。
「世界は大きく変わりました。あなた達のような犠牲者はもう出ないし、出させない……アスガルドも、きっと」
「力が全てというアスガルドの体制が覆されれば、虐げられていた女性達が抑圧される事も無くなっていくでしょう……レリ。すぐは難しいと思うし、アンタが望んだ形とは少し違うかもしれないけど」
 王女を思うほど、代わりにかなえてやる、とは言えない。
 ただ幽はそっと、今日という日を南瓜の饅頭に込めて社に備えることにした。
「アタシもアスガルドに向かうわ……見てなさいよ、レリ」
「私も非才ながら力を尽くします。ですからもう少しだけお待ちください」
 二人の縁まつわるものは祈り、それぞれに歩き出す。
「他に行くところは?」
「屍隷兵たちを弔ってやりたいと思います。仇は全て滅んで同類は二度と生まれないと、安らかに眠り、平和な世界に生まれ変わってほしいと……伝えにいくつもりです」
 まだ出立には少し間がある。平和になった世界を少し付き合うのもいいかもしれない。

●そして共に
 ブラジル、コルコバードの丘。
「琴は、この先どうするの?」
 聖地として、リオデジャネイロのシンボルとしても名高い聖者の丘から街を見下ろし、シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)は並び立つ伴侶へと呼びかけた。
「私の気持ちは決まっているよ」
「わたしは……正直まだ迷ってるの」
 風に揺れる青髪、震える青瞳を優しく見守る幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)は力強く言い切り、だからシルも正直に気持ちへ答えられた。
「今日一日、色々なものを見て回ったよね。ニューヨークのハロウィンパレードは大運動会の時みたいに賑やかで、日本では慰霊祭もあって。地球に残って、あなたと一緒にお店もしたいし、宇宙に行って新しい冒険をしてみたいのもある……」
 まだ、決められないんだよね。
 吹き付ける風に思い出と悩みを打ち明け、再びシルは鳳琴を見つめる。
 彼女が何を求めているか、彼女に何ができるのか。鳳琴は迷わなかった。
「地球に残るか、宇宙に行くか。とても難しい決断だけど……私と宇宙に行って欲しい」
「うん、わかったよ」
 ともすればあっさりと、けれど万感の思いを込めてシルは二つ返事で応じていた。
 答えは自分の中に、いや、二人の仲に既にあって、ただそれは見つけられたのだ。
「アダム・カドモンと対峙した時に決めたんだね」
「うん。共に生きる未来をという願いに超神機は応じたよ。彼の心にも、そして今まで会った全ての人の心に応えて……」
 今度はもっと、この見える星々全てに平和を届けたい。
 鳳琴の告白に、シルは驚かなかった。
「わたしは迷ってた。受け継いだもの、それがあるからって……でも、わたしの悩みをすぱって解決してくれたね」
「そうだね。私も地球にはお店を持つ夢も、父様母様から継いだものもある。学校もね……辞めないとかな」
 それでも、と鳳琴は言う。
「私、欲張りだからね。宇宙いっぱいの平和を見ないとダメみたい。でも、あなたとなら出来ると思うから――」
 その告白をシルは両手で抱きしめて応じる。
「わたしの全部、もっていってね……新しい未来を届けるために、わたしは貴女についていきます」
 そうして、寄り添う二人は一つになった。
 あなたとならどこまでも、どんな困難でも乗り越えられるから。

 まだ出会って一年にも満たないと気づいたのは、今しがただった。
「七夕以来ですネ、こうしてすごすのハ」
「そうだね、もう懐かしい」
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)はロコ・エピカ(御伽噺の竜・e39654)からもらった『Safira Amarela』を巻き、穏やかなブラジルの春へと目を細めた。
「日本は冷えてきたから此方の気候は有り難いな」
「ふフ、せっかくなのデ、登ってみる?」
 プレゼントした『Tu es Abencoado』をつまんだロコへと悪戯っぽく笑いかけ、背後の丘と上に立つ聖者の像をエトヴァは見やる。
 両腕を広げた高さ三十メートルもの像は台座内には小さい祭壇があり、丘と共に人々の思い出の場として賑わっているという。
「……あの像の所? それなら空の遊覧は如何?」
「付き合いましょウ、空の果てまデ……」
 翼を広げ目測で距離を測り、屈んで背に乗るよう促すロコへ、エトヴァはその身を預ける。
 風切る翼、眼下の景色……それにいつからか、傍らにある歌。
「歌?」
 悲しみに暮れていた者がこの眺めのもと安らぎを見出す――耳を欹て声を聞くロコが高度を下げる。
 やがて像の足元へ降り、二人は荘厳な景色を眺めていた。
「歌は、想いと言葉を旋律に乗せる。何も分からずにいた頃から君は知っていたのかもね」
「そうかもしれませン……俺もようやくわかる気がしマス」
 出会ってまだ一年と足らず。けれど不思議な縁だった。
 エトヴァは思う。こうして出会い、穏やかな時間を過ごすこと。ひと時で途切れず、繋がってくれている事。どれも煌めく宝物で。
「どれも煌めく宝物」
 ロコは思う。宝物と語る彼は“ひと”そのもの。心を得れば痛みや苦しみも増す、それでも彼が選んだ道に幸あれと。
「……ねえ、この場で一曲歌って欲しいな」
「歌を……?」
「そう。エトヴァと同じ世界で生きる皆へ」
 請われ、心得たレプリカントの青年は眼差し流して笑み、彼に背を預け息を吸う。
「届けよ、奇跡よ遍くものへ降れ、賛歌よりも優しく、決して消えぬ温かな火燈すよう」
 朗々と流れいくメロディへ、ウイングキャット『エトセテラ』が寄り添って並ぶ。
 ロコの肩ではボクスドラゴン『セイディ』が穏やかな顔で聞き入っている。
「届け、最も遠く近い処へ」
 祷り歌声に籠め、像の見守る世界へと想い言葉は響き、風に舞い上がっていった。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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