ケルベロスハロウィン~天灯の夜

作者:絲上ゆいこ

●戦いを終えて
 最終決戦から、早4カ月。
 新型ピラーの開発も、ダモクレス本星マキナクロスにおけるケルベロスたちの居住区も、順調に開発が進んでいる。
 それは降伏して尚、定命化しなかったデウスエクスたちと、希望したケルベロスたちの外宇宙への旅立ちの時も、着実に近づいてきていると言う事だ。
 今も宇宙で異常をもたらし続けている、デウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃。
 そして。
 まだ見ぬデウスエクスたちの住む惑星に、新型ピラーを広めるがため。
 終わる時も知れない途方の無い宇宙の旅は、恙無く準備が進めば今年のクリスマス頃に出発する事が予定されている。

「それでね。その外宇宙へと行く時の拠点かつ船となるマキナクロスのお披露目と試運転を兼ねて、地球各地のお祭りに参加できるらしいのよ!」
 天目・なつみ(ドラゴニアンのガジェッティア・en0271)はにんまりと笑って。
 数え切れぬ程の天灯――コムローイが夜空へと向かい漂い、その光が水面に映り込んでいる幻想的な雰囲気のパンフレットを、両手で広げて見せた。
「これはタイで開かれるお祭りで、この天灯は神様に無病息災を祈って飛ばされるそうよ」
 元々の祭りの趣旨としては水の女神に祈りを捧げ罪を謝罪して自らを清める為に灯篭を川に流すのだが、一部の地域では空へと天灯を放つようになったものが広がったそうだ。
 今回はその天灯飛ばしに、参加ができるとの事で。
「ふっふっふっ、実際に見たらもっともっと綺麗に違いないわ! 楽しみねえ!」
 なつみはまた楽しげに笑ってから、あなたを見ると小さく首を傾げた。
「ねえ、アナタはどんなお願いをするつもりかしら? どんなお祈りだって神様は、きっと聞くだけなら聞いてくれるわよ」
 戦いを終えた事によってケルベロスたちは、今までとは違った生き方を求められる事も増えた。
 ……新たな仕事を始めた者、新たな門出を迎えた者、各国の責任者になった者や、目的を見失ってしまった者。
 何れにしても。
 天灯を見上げて過ごす時間は、きっと一時自らの立場すら忘れて、祈り憩う事のできる時間となる事だろう。

 それからなつみはパンフレットを裏返すと、瞳をぴかぴか輝かせ。
「それに、会場ではたっくさんのご飯の屋台もあるそうだし、おっきな花火も見れるらしいわ! タイごはんも楽しみ〜っ!」
 花より団子とはいうが、花も団子もどっちも楽しめれば2倍楽しい。
「あっ、そうそう。――希望すれば結婚式だって上げてくれるそうよ」
 幻想的な光景の下。
 神様に幸せな報告をするのも良いんじゃないかしら、と。
 彼女は龍の尾を、気分良さげにゆらゆらと揺らした。


■リプレイ


 その光は宇宙へと皆を導く、灯火のよう。ミルクを零したかのように、空が数多の灯に照らし出されている。
「トリックオアトリート~!」
 子ども達へお菓子を配りながら歩むミミックのびーちゃんと水流。郵便屋さん達の足取りは跳ねるよう、踊るよう。
「すごい光景だな、見惚れていたら迷子になりそうだ」
「……うん」
 圧倒された様子で言ったアラドファルにぼんやりと応じた梅太は、言葉を噛み砕き直して肩を跳ねた。
 あぶないあぶない。
 なんたって今正に屋台の匂いで足を止めかけていたのだから。
「梅太、焼きそば買ったけど食べるー?」
 そこに声をかけた水流は、小さく笑って。
「わ! 食べる食べる」
 迷子対策焼きそばをシェアしながら、二人は皆から逸れぬように並んで歩む。
「空も水面も、天灯の光で一杯ね」
 うさぎの耳をぴぴぴと揺らした今日は魔女のミレッタが、大きな帽子の鍔を上げると目前には湖が広がっていた。
「あ、ほらほら! ここ良い感じだね~!」
 翼猫と共にいっとう初めに駆け出した春乃が猫娘らしく跳ねて振り返ると、湖の前の広場を示すように皆に大きく手を振った。
「確かにここなら人も多く無いし、良さそうね」
 占い師めいた面紗の奥からどこかまぶしげに瞳を細めたアリシスフェイルも、回りを見渡して確認すると。
「ではこの辺りで飛ばそうかな」
「うん!」
 アラドファルが天灯へと火を灯して準備を始め、元気に応じた春乃はわくわくとその様子を眺めだした。
 ゆらゆら、揺れる暖かな光。
 ――中学生であった春乃も、今はもう大学生3年だ。
「……本当に、いろいろあったよね」
 成長した、変わって来た。
 それでも、全部乗り越えられた訳では無い。
 それでも、大好きなみんなが変わらず遊んでくれるから頑張れる。
 春乃は天灯へ手を添えて、願いを籠める。
「皆の未来が光り輝くものでありますように!」
「うん」
 見上げた空は、梅太には一人で見る時と違って見える気がした。
 すこし寂しくて、あたたかでやさしい光。
 ――梅太には先のことなんてわからないけれど。皆の未来が笑顔で溢れて、しあわせなものであればいいと思う。
「皆はどんな願いをこめたのかな」
 みんながどんな道を歩もうと、元気でありますように。
 願いを光に託したアラドファルは首を傾ぎ。
「これからもギャンブル三昧できますよーに、だよ」
 水流は戯けて応じる。
 大好きな皆がいつまでも健やかでいられますように、なんて。とても素直には答えられない。だから本当のお願いは皆には内緒なのだ。
 手から離れた灯は寄りそっては離れて、空へ向かい高く高く。
「あんな風に、いつか俺達も散り散りになるのかな」
 その姿が少し寂しくて。思わず数年前迄の自分ではとても考えられない言葉を、アラドファルは零す。
 瞳を細めたアリシスフェイルは、空の煌きに透かすように掌を上げて。
「……散らばっていくのは少し寂しいけれど。光は遠くなっても、どこ迄も行けるとも言えるのよね」
「寂しくはあるけれど、たとえ離れてしまったって、きっと何度でも笑い合える群れに出会えるわ」
 ――ミレッタだってケルベロスをきっかけに、群れから旅立ったひとりだ。
 離れても、大丈夫。でも、この夜のすべてを覚えていたい。
 いつかどうしようもなく寂しくなったら、筆を取る勇気を持てるように。
 この夜を思い出させて下さい、と彼女は灯火に願う。

 身を左右に揺らしながら天灯は夜へと舞い上がり。
 幾重にも重なる星海の如く、空を幻想的に埋め尽くす。
「実に壮観だ」
「そうだろ」
 メイザースが空を見上げて感嘆の息を漏らせば、ロコは得意げに微笑んで首を傾ぎ。
「君は何か願った?」
「ひとまずは武運への感謝と、後は家内安全かな」
 その返答にロコは、肩を竦めて頭を振った。
「……もう4ヶ月だよ」
「ん? あぁ」
 そこで初めて気づいた様子で、メイザースは瞬きを重ねて苦笑する。
「戦勝祈願はもうしなくて良かったね」
「そうだよ。そろそろ仕事頭を切り替えて、新しい趣味とか探すのはどう?」
「はは、耳が痛いな……」
 趣味か、なんて。また空を見上げて、瞳を眇め。
「そうだね、天体観測でもしてみようかな?」
「いいかもね」
 先程と同じ様に肩を竦めるが、ロコの眦は先程より和いでいる。
「さて、折角だ。少し観光でもしていくかい?」
「いいね」
 長きに渡る戦いをよくも無事で駆け抜けられたものだ。
 空を泳ぐ灯は優しい色。
 今までの事、これからの事。あれこれ話すには悪くない夜に見えた。

 一つの天灯を抑え込むように、円陣を組む三人の衣装は揃いの僵尸服。
「これで飛ぶのか?」
「うん、そうみたい。思ったより大きいね」
 天灯を覗くルヴィルの瞳に暖かな色をした灯が映りこみ。
 応じるダリア程であれば、すっぽりと覆えてしまいそうな程大きく広がった天灯は、手を離せば今にも空に舞っていってしまいそうだ。
「じゃあ、せーの、でいきましょか」
 二人を順番に見た保の掛け声に合わせて手放した灯が、舞い踊り。
 幾重にも重なる灯と混ざり合えば、あかあか燃える天の川のよう。
「空が灯りでいっぱいだな~」
 美しさに目を丸くするルヴィルと、保もほうと吐息を零して。
「綺麗やねぇ……宇宙まで届くかな」
 宇宙。その言葉にダリアは小さく掌を握りしめ。
 そして意を決したように空の灯から視線を2人へと戻した。
「前にね……来年もその後も、ずっと遊ぼうねって話したよね」
 それは今年の夏。あの日の花火を思い返しながらダリアは言葉を紡ぐ。
「ん?」
「あのね、……僕は、マキナクロスに乗ろうかなって考えてるんだ」
 ルヴィルと保は一度顔を見合わせて。
「そう、なのか?」
「……寂しゅうなるね」
 それでも友達の決めた事ならば、応援をしたいもの。
 保は眦を和らげて、まっすぐにダリアを見つめて。
「――どこにいても、君のことを思ってるよ」
「……うん! いつか帰ってくる日が来たら、一番に二人に会いに来るね」
「うん、また遊びにいきたい、ぞ! 待ってるぞ~!」
 残る者、旅立つ者。
 天灯に願うは変わらぬ絆。
 ――これからもずっと、楽しく、友達でいよう。
 あの日と違う花火と天灯に、想い出と願いを籠めて。

 弥鳥と白空はふたり手を繋いで、空を見上げていた。
 ――あの光一つひとつに、祈りがある。
「……白空は、ね。楓と会って、弥鳥と会って、世界がきれいで、キラキラしてるって、知った、の」
 白空は菫青を見上げる桜色に灯を映し。
「うん」
「今日も、ね、すごく、キラキラしてる」
 初めて見る天灯はこんなにもきれい。だから白空は天灯に願うのだ。
「弥鳥たちも、白空と同じ気持ちに、なれますように、って」
 弥鳥はいつも白空の世界を、キラキラにしてくれる。
「同じ気持ちに、なってる、なら。……きっと、すごく、嬉しい」
 その言葉に擽ったそうに眦を和らげ、弥鳥は笑う。
「……白のお願い、届いてるよ、間違いなく」
 なんたって。
 君のその言葉だけで、先程よりも何倍も世界がキラキラとして見えるのだから。
 君の世界がそんなに煌めいているなら、きっと。
 俺の願いも届いているに違いない。――君の世界に光が満ち、笑顔で幸せにいられますように。
「これから、ミナニエとありがとうを、みんなにできたら、いいな」
 最初は弥鳥に、と。白空は淡く笑った。

 静かな湖畔に揺れる灯は、去年の海を思い出させる煌き。
「フィーは最近どうしてるの、いそがしい?」
 ぴると長耳を揺らすティアンは、狩人さん。
「最近はねぇ。治療のお手伝いとか慰問も続けてるけど、絵とか文のお勉強をしてるよ」
 応じたフィーは普段通りの赤頭巾。でも普段通りだって二人合わせればちゃんと仮装なのだ。
「絵?」
「そう、実は……絵本を作りたいなって思ってて」
「ほう」
「うん。新しい童話の、本」
 フィーが地球を愛するきっかけとなった絵本を思い返す様に、彼女は瞳を細めて。
「それはいいな。見た人の心を揺らすようなの、できるといい」
「うん、ありがとう。そういうティアンはどう? お店は続けるの?」
 問われたティアンは少し首を傾ぐ。
「今後の客足次第だな、でも、フィーなら店関係なく遊びに来てほしい」
「ふふふ、勿論!」
 笑ったフィーは、ふ、と思い出した様子。
「……あ、そうだ。良ければティアン、主人公になってみる?」
「ふむ、構わないぞ」
 しかし童話にできそうな事なんてあったかな、と。ティアンはまた耳を揺らした。

 空を舞う灯にパトリックの脳裏に過る、4年前の事。
 彼女の『皮』を被った最悪の敵との邂逅、その後に訪れた雪祭りでの本当の願い。
 溢れる嘆息。
 仇はとった。彼女と同じ職――念願の保育士にもなった。
 だからこそ最終決戦を終えた後に誓ったのだ。地球で年を重ね、命の限り精一杯生きると。
 何より子ども達を放り出す訳には行かない、と。思わず丸めてしまった背を伸ばして顔を上げ。
「一人だとどうも、辛気臭くなるな……あ、おーい!」
 そうして前を通るなつみへと、手を振った。

 巨大な空を泳ぐ海月の様に、祈りを載せた天灯は空へと昇ってゆく。
 祈る彼の背を見遣って、礼は瞳を伏せた。
 地球を『愛する』など今更だと。フェデリーグは宇宙へと旅立つと言っていた。礼もその旅へと付いて行くと決めている。
 それでもこの光景に、彼の地球を厭う気持ちが少しでも晴れてくれれば良いと、礼は願ってしまう。
 それにお世話になった人達の幸せに、宇宙平和に、犠牲者の冥福も……。
 礼の脳裏に浮かぶ沢山のお願い事達、……お願い事って一つだけでしょうか?

 空に揺れる暖かな光。
 静かな湖畔の空を舞う灯と水面に映る灯は鏡映しに、灯火が空と水底へと吸い込まれて行く様にも見えた。
 ――それは正に絵に描いたように幻想的で美しい、平和な光景だ。
「綺麗ね……、宝は何をお願いした?」
 ハートの女王めいたドレスを纏った奈津美は、キングたる宝にそっと寄り添い。
「……ああ、無病息災を祈る行事だったか。奈津美は何を?」
「わたしはこの先も、宝と一緒に過ごせますようにって」
 それから仲良く並んで空を眺めている、ジャックとエースの仮装を纏った翼猫とナノナノへと視線を向けた奈津美は、楽しげに言葉を付け足した。
「ふふ、もちろんバロンや白いのとも一緒にね?」
「そうだな……後は未来永劫の平和、と付け足しておこうか」
 優しい言葉に眦を和らげた宝は、幸せを確かめるように奈津美の腰を抱き寄せ。
「……また、来年もこの景色に会いに来よう」
「そうね。また来年も、一緒に」
 ――長き戦いの末に手に入れた、平和を噛みしめる様に。
 奈津美も、宝の腕へと頬を寄せる。

 アンセルムは空から環へと視線を戻し。
「これって、無病息災以外にもどんな願いでもいいのかな」
「ふふ、何を願ったのですか?」
「どうかキミと一緒に、どこまでも行けたら、って」
 それでキミが幸せそうに笑ってくれていたら、もう最高だ、なんて。
「……随分遠くに来ちゃいましたねぇ」
「うん。随分遠くまで来たけれど、本当にそれだけでいいんだ」
 はにかむ環の金瞳を、アンセルムは真っ直ぐに見つめたまま。
「どんな言葉で言い表しても足りないぐらい、大好きだからね。――環の傍に、ずっといたいと思っているよ」
「……会った頃はそんな気配すらなかったのに」
 環は獣耳を揺らして、アンセルムの服裾をきゅっと掴む。
「アンちゃん、私も大好きだよ。……今まで通りじゃ足りないくらい大好き」
 真っ直ぐな言葉、真っ直ぐな気持ち。アンセルムは目を見開いて。
「――言ってて恥ずかしくなってきた」
「私もですけどっ!?」
 ご飯は逃げるもの。照れ隠しのように二人は屋台へと向かって歩み出す。――その手を繋いで。
 ずっと近くに、ずっと隣に、いさせてね。

 魔女めびるは静かにしかし確実にわくわくテンションを上げていた。
 何たって映画でしか見た事の無い、綺麗なやつが手元にあるのだから。
「ねえねえ、敬重くん、これ、実際に手にすると思ったより大きいね……!」
「そうね。何を願ったものかなあ……」
 わくわくめびるに対して、フランケン敬重はいつものテンション。
 遠い土地だって、二人は普段通り。
 そう言えば結婚式もできると言っていた、ならばその人達の末永い幸福と。
「……俺らもまた末永く仲良くやれますようにってとこかな」
 祈りを籠めた天灯は、海月のように身を揺らして空へ空へ。
 この暖かくて、綺麗な光景をずっと覚えていたい。瞳を輝かせためびるは、灯火の行方を追うように空をじいっと見つめ。
 そこで敬重が、はたと後ろを振り向いた。
「あ、向こうで結婚式が始まったみたい」
「わ、本当。綺麗なの……!」
 めびるもそちらへと視線を向けると。
「めびさんはどういう式に憧れるの?」
「はわ……、は、はわわっ!?」
 想像もしていなかった話題を振られ、はわわになってしまった。はわわ。

 幸せな事は何度だって。
 幾度だって式を重ねたいと願う程に、この気持ちは強く強くなるばかり。
 ことことと揺れる馬車に揺られ、星屑を鏤めたようなドレスに身を包んだエルスは、黒いタキシードに身を包んだ清士朗と二人並んでしっかと手を繋いだまま。
 地上から飛び立つ、ひとつひとつに願いの籠められた星々のような数多の灯が、二人を祝福するように輝いていた。
「――これは、あの時の私たちが見たかった景色ですね」
「ああ、そうだな」
「本当に良かったわ」
 幸せな吐息を零したエルスは、清士朗の肩へと頬を寄せる。
 ――出会いは偶然であった。
 しかし共に歩むと決めた事は、二人で作った必然だ。
 清士朗が愛おしそうに彼女の頬へと手を添えると、エルスは幸せな笑みを浮かべて瞳を細める。
「ふふ、俺の可愛い姑娘。どうぞいつまでもいつまでも、健やかに俺の傍でわらっていてくれ」
「――うん」
 まばゆい灯火に照らされて、二人は口吻を交わす。
 これからもずっと、ずっと、貴方の傍で笑い続ける。
 二人で一緒に、幸せな未来を紡ぎましょう。

「――私の人間として歪んでしまったものも、あの灯りは空へ持っていってくれるだろうか?」
 数多の光を見上げて、フィストの零した言葉。
「なに、心配は要らぬ。元よりそなたは年相応の可愛らしい人だ」
 歪みとやらは、もうないさ、とバルバロッサは瞳を眇めて。
「……ところで」
 小さな箱を取り出すと、フィストへ手渡した。
「我が妻としての約束を、結ばぬか?」
 その中に入っていた指輪を見たフィストは目をどんぐりみたいにまあるくして。
 一瞬言葉を詰まらせてから、大きく肩を跳ねた。
「いつも本当に唐突だなっ!?」
 全く思い返せば、初めて出会った後のデートだって突然であった。
「うむ、初めて会った時は凛とした嫋やかな佇まいであったが、やはり慌てた素振りも可愛らしいな」
「や、もう、ああ……本当に私で、良いんだな?」
 フィストは少し背伸びをすると、バルバロッサへと口吻を落とし。
 背へと腕を回したバルバロッサは、フィストを抱きしめて応じた。
 ――それは何よりも確かな返事、未来への約束。
 見つけた、よ。私の帰るべき、場所を。

「トーマ、覚えている?」
 チェシャ猫服のロゼットは空を埋め尽くす光に、眩しそうに瞳を細めて尋ねた。
「初めて二人で出かけた時のこと」
 それは何年も前の二人が友達だったころの、雪の街で同じ光景。
 帽子屋めいたシルクハットを抑えるトーマは、ロゼットが全く同じ事を考えていた事に小さく笑う。
「うん」
「あの時、私はとっても緊張して大変だったのですよ」
 所謂初デートというやつだ。
 その後幾度もデートを重ねたが、あの時が一番緊張していたかも知れない。
「えっ、マジ? そういえば挙動不審だったような……」
「ふふ、ねぇ、トーマ。私、願い事みつかりましたよ」
 トーマと指先を貝のように絡め、ロゼットは笑う。
 あの時は、二人の願いが見つかりますようにと願ったのだ。
 今、ロゼットの願う事は。
「この幸せな時間が続きますように」
「それなら俺も見つけてたわ」
「何ですか?」
「この幸せを更新し続けられますように」
「……ふふ、いいですねえ」
 神様、宣言します。
 この幸せを大切にして増やして行く事を。
 ただいまの距離で、いる事を。

 願いを託された光達は、二人をただ見守っている。
 君と重ねた時は知らず識らず大きく膨らんで、数え切れぬほどの願いを空に託し続けてきた。
 しかし今日ばかりは、願いを、心を、――君と交わそう。
「ラウル」
 シズネは自らの黄昏色を宿した誓いの金環を、ラウルの右手の薬指へと通して。
「よく、似合ってる」
「シズネ。……次は俺から、だね」
 眦を和らげて応じたラウルは、遷霄の彩抱く白金の環をシズネの右手の薬指へと同じ様に通す。
 それは契り。互いに愛おしく思う二人の交わす約束だ。
 刻の違う空色を宿した視線を交わして、重ねた掌をきゅっと握る。
 離れがたく感じた指先は更に深く交わし握られ、君の熱を移した指輪が重なる。
 胸に満ちる心の暖かさの名前を、二人は知っている。
 うれしい、うれしい、しあわせだ!
 シズネは耳をぴんと立てて、幸せそのものを宿した表情で笑う。
「――この指輪もおめぇも、もう一生、離さねぇから」
「一生離さないのは俺の台詞だから……覚悟してよね?」
 泣いてしまいそうな程の歓びとしあわせに、ラウルも笑った。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:31人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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