ケルベロスハロウィン~アラスカ氷雪まつり

作者:森高兼

 『ケルベロス・ウォー』から早4か月が経過した。10月末には毎年恒例のイベント開催が控えている。
 なんと、今回の『ケルベロスハロウィン』は地球各地で催しがあるらしい。
 イベントの1つの詳細を聞きに、ケルベロスが説明の行われる部屋に足を運ぶ。
 サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)はケルベロスを出迎えると微笑してきた。
「秋の日本としては季節外れなイベントに興味を持ってくれたようだな」
 そんなサーシャの背後で……綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)が室内を慌ただしく行ったり来たりして大きな荷物を整理中なのは何故だろう。
 本題に入る前に大事な話を話してくるサーシャ。
「新型ピラーの開発は順調だ。ダモクレス本星の『マキナクロス』にケルベロスの居住区も建造されているぞ。今年のクリスマス頃、降伏したデウスエクスと……希望者のケルベロスを乗せて外宇宙に進出することになるだろう」
 宇宙に異常をもたらすコギトエルゴスム化の撤廃を行ってくため、未知のデウスエクスが住む様々な惑星に『新型ピラー』を広めるという、途方も無い旅が待っている。
「原住民のダモクレスはもちろん、ケルベロス・ウォー後に降伏してきたデウスエクスの内で『定命化できなかった者』もマキナクロスに乗り込む予定らしい」
 此度のケルベロスハロウィンは、新生マキナクロスのお披露目かつデウスエクスの地球に対する理解を深める機会となっているわけだ。
 ちなみに地球の軌道上を高速移動できるマキナクロスならば、世界中のイベントへと参加できるとのこと。地球の反対側に急ぐ時は魔空回廊を利用したっていい。
「現在の段階においてマキナクロスで生存を確認している敵意の無いデウスエクスとも……会えるかもしれないな」
 そして、サーシャが珍しくテンション高めに告げてくる。
「私達が案内するイベントは氷と雪の祭りだ。アラスカで氷像や雪像などを作ってもらう」
 氷像製作はアラスカで世界大会があって毎年恒例の行事だった。
「雪のイベントについては日本の『雪まつり』を参考にしたようだな。まぁ、やる事は特に変わらない。ところで、氷像に必要な氷は用意してくれるが」
 荷物整理を中断した千影が、筆舌に尽くしがたい真顔でサーシャを見る。彼女の抱える箱からショベルの頭が見えたのは……たぶん気のせいじゃない。
 千影に気づかないフリをした様子で、サーシャは小悪魔っぽく笑いかけてきた。
「自然環境に配慮して機械は使用しない。だから、雪像製作の雪は君達自身で集めてくれ」
 結構な無茶を言ってくれるじゃないか!
「事前に説明を受けたデウスエクスの中には、融けて崩れてしまうものを作って何の意味があるのかと懐疑的な者がいた。だがどんな形にもできることに関心を持った者もいたな」
 積極的に手伝うかもしれないデウスエクスはいるのだ。
「もし氷の教会を建設して華やかに結婚式ができたら……素敵ね」
 やはり珍しく、若干何か言いたげにサーシャをずっと見つめていた千影。不意打ちで彼女に目配せされて我に返ると補足してくる。
「ハロウィンに因んでカボチャ団子のお汁粉を用意いたします。氷点下での作業途中に体を温めたいと思った方は遠慮せずにお申しつけください」
 さてさて、ケルベロスは一体どんなものを作るのだろうか?


■リプレイ

●冷たい氷に心を籠めて
 像の製作は時間を要するため、寒空の下のまつり会場には朝早くからでも大勢の見物客が訪れていた。ケルベロスの作品は大いに期待されているらしい。注目されると集中できない場合は暇を潰してきてくれるだろう。
 レプリカントのフローネとウェアライダーのミチェーリは、地球ならば珍しくない異種族カップル。紫髪の彼女と銀髪の彼女は『紫水晶と青氷壁』の固い絆で結ばれた2人である。
 ミチェーリが身に着けているセーターとマフラーはフローネの贈り物だった。トナカイの角を生やした頭に被る愛用のロシア帽子と合わせて良く似合っている。
 ロシア衣装を着込むフローネも、ミチェーリの贈り物で完璧に防寒できていた。
 そして……2人とも、ペンギンが小さく彫られたお揃いのシルバーブレスレットを着けている。
 製作する氷像の題材は誕生日に互いに贈り合ったぬいぐるみでトナカイとペンギンだ。
 逐一照合して製作するべく、ミチェーリとフローネが氷塊の隣に用意されている台の上に2体のぬいぐるみを置いた。白毛のトナカイ『ベルカ』とふかふかのペンギン『セツカ』が仲良く対面する。
「雪国育ちですけど……氷像作りは初めてです。2人で頑張りましょう」
「うん、一緒に頑張りましょう。ミチェーリとこうして氷雪の中で遊んでみたかったんですよね」
 2人っきりの時間を邪魔する者はいなくて、自分達のペースで製作を進めていった。
 フローネが大切なぬいぐるみをモチーフにする氷像を精巧に作ろうと、ミチェーリに相談してみる。
「あ、ほら……ここは丸くした方が可愛らしくなるかも」
「なるほど。目の付け所が違いますね。さすが、フローネ」
 氷像とぬいぐるみを見比べて、クールビューティーのミチェーリはフローネの鋭い着眼点に感嘆して恋人に自然体で微笑んだ。愛する彼女から柔和な笑顔が返ってくる。
 さらに微調整を繰り返していって2体の氷像は出来上がった。
 持ち主に大事そうに抱っこされるフローネのセツカとミチェーリのベルカ。
「わあ……! ふふ、上手にできましたね!」
「ふふ、とっても可愛いです。会心の出来ですね」
 フローネとミチェーリは寄り添いながら氷像を眺めて、まるで幸せ4人家族のように完成を喜び合った。
 並ぶ2体の氷像の側に子供達はもちろんのこと、親達やデウスエクス達も集まってくる。愛らしき氷像達の前は……しばらく大賑わいになるのだった。
 優が製作する氷像は、今は亡き親友のデウスエクスと同じ名を冠する花の『アマリリス』である。芸術の才能は無く、『ただの花』の氷像になってしまわないだろうか?
「ハロウィンの夜は死者の霊が訪ねてくると聞いたが……流石にありえないかな」
 たとえ拙くとも……親友を想って彫像していく。
 銀世界で雪を透過する氷花。白いワンピースという服装だった親友の姿を思い浮かべつつ氷像を完成させた。
 さすがに両手が冷え切ってしまって、千影から貰ってきたカボチャ団子のお汁粉を食べて体を温める。ふと遠方で雪集め中の赤が目立つ姉妹を発見した。
(「最近は和解したデウスエクスが増えてきたよね」)
 自分が力を貸した姉妹達以外の和解報告も耳に届いている。新しい時代の幕開けの実感をやっと得られて良かった。
 年末にはマキナクロスへと乗り込むつもりの優で、様々な文明に触れて理解して無意味な争いを止めたいと考えている。何気なく空を見上げてみた。
「…………」
 旅立ちを決意できたのは辛い思い出がある地球より逃げたいゆえかもしれない。けっしてこの星を嫌いになったのではなく、ただちょっとした家出気分だ。
 氷の花は芸術の腕を少しでも磨いておけば良かったと後悔しそうになるくらいに大盛況で予想外だった。人だかりの中に……親友が居たような気がする。それは彼女の存在を忘れぬ優の想いによる一瞬の幻か。
 親友を失った悲しみが完全に癒えることはないけど、長い旅で時間をかけて心を整理していきたい。

●小さな世界
 まつり会場に顔を出したダモクレス達は、現地住民達を怖がらせない適度な距離を保っていた。戦う力が無い点は一般人と変わらないサーシャの注意喚起を遵守しているのかも?
「あっ……」
 機種の豊富な量産機『イロハ式』が型の異なる個体と行動を共にしている光景を見かけてビックリするレプリカントの広喜。指揮官機『イロハ式人型』の去り際に尋ねられなかった家族の自由を知ったからだ。
 いつも笑顔の広喜ながら嬉し過ぎて、口を閉じたまま限界まで両端の口角を上げる。
 眸は広喜の視線を追ってイロハ式達を目にすると、家族達には声をかけないでおくらしい彼に手を握られてしっかりと握り返した。
「良かっタな」
「うん……っ」
 唯一無二の相棒の眸に頷いて、広喜が感極まると歯を見せて笑う。
 争いと無縁の平和なイベントでの密かな再会を心より喜ばしく思って広喜を優しく見やるレプリカントの眸。ケルベロスの自分を模って生み出された宿敵と邂逅した際……いの一番に傍らへと駆けつけてくれた彼はかけがえのない相棒である。
 眸と広喜は適当な位置にかまくらを完成させた。早速、お試しに大柄な2人で中に入っていく。
「小さく作っタはずだが……広喜とワタシが入れるのだから十分大きイな」
「へへ、そうだなっ」
 2人の宿縁を予知したサーシャが、かまくらの出入口前に千影とやってきた。人型の性格を解っていて再会を希望しなかった広喜に伝えてくる。
「彼は約束通りマイナクロスで待機中だ」
「そっか」
「これは聞き流してもらっていいが」
 何やら咳払い。
「……君の話をした時の態度は、大人になった息子の接し方に悩める父親のようだったな」
 言い得て妙な見解だと言わんばかりに、千影は真剣な表情でカボチャ団子のお汁粉を2人にそっと差し出してきた。
「尾方さん、君乃さん。どうぞ」
 広喜の希望を尊重する眸で、再会に至らなかったことを残念なんて言ったりしないけど。ありえたかもしれない両者の相対する場面は想像できた。傍から見れば気まずい空気だったとしても……『息子』の彼は無邪気に『親父』に話しかけていた違いない。
 広喜が甘くてお汁粉にホクホクと笑顔を浮かべる。カボチャ団子は手作りで大きさが多少バラバラなのも味だ。
「美味しいな」
「そウだな」
 かまくらという特殊な空間で過ごせて、眸はお汁粉をより一層美味しく感じていた。
「あっ、この団子すげえ大きい」
 狭くても密着はしていなかった眸に笑いかけてくっつく広喜。箸でつまんだ団子を相棒の口元に伸ばすと食べて微笑んでくれた。
「美味しイ。もっとあたたまろウかな」
 相棒を喜ばせるため、ぎゅっとくっついて広喜の温もりを味わう眸。
「あったけえなあ、眸」
「広喜もあたたかイな」
 通じ合っている眸の心によって……広喜は胸のコアに心地良い熱が帯びる感覚を覚えて、世界を包み込む幸せを噛み締めた。
 限りある生で、2人の絆はこれからも強固になっていくのだろう。
 礼はいずれ離れる地球に沢山の作品を残したいと思っていた。最近は忙しいものの、今日は楽しく過ごしたい。短くも夏が到来するアラスカで作るかまくらは……必ず融けてしまうけど、体験した者の記憶にしかと刻まれるはずだ。
 製作するかまくらは数人が入られる程度のものとはいえ、1人だけの作業は大変。休憩中に周囲を見回してみると、まつり会場を巡るデウスエクスと目が合って思案する。
「すみません……手伝ってもらっても良いでしょうか?」
 内気なところがあるゆえに若干遠慮しがちでお願いすると快く手伝ってもらえて捗って、かまくらが想定よりもかなり早く完成した。外観は超シンプルなモスク風で、型紙にて内壁にアラベスク模様を刻みつけた本格派かまくらである。
 千影とサーシャが来ると宣伝のために再び付近を歩き回ってくれた。
 宣伝効果で足を運んできてくれた大人達は、モスク風のかまくらの良さを理解できているらしい。まさか現地住民の間でアラベスク模様がブームなっちゃったりするだろうか?
 以前にある動物について語り合った仲の千影に、礼が少し親しげに声をかける。
「綾小路さん、先日は動物園へのお誘いありがとうございました。ロバの可愛さをわかってもらえて嬉しかったです」
「ロバが可愛いのは歴然たる事実ですっ」
 礼以上に内気な千影だけど……動物のことになると案外強気のようで、手袋をはめている両手を握り締めて豪語してきた。
 2人が宣伝する最中に手乗りサイズの雪像を製作しておいた礼。雪のロバを千影に渡す。
 千影は雪像を両手に乗せて、悲喜の両方が入り混じった微笑を浮かべてきた。
「とても素敵ですね。融けてしまうのがもったいないと思います」
「……はい、そうですね」
 そんなに感激されたら、礼も作り手として冥利に尽きる。
 サーシャはダモクレスの情報ならばマキナクロスにあるはずだと見越して、レプリカントのジェミに内緒で『レラ』の身元照会を依頼済みだった。その結果、2人の製造者が同一と判明している。
 つまり、レラがジェミの『妹』であると確定した。雪集めに奔走して優に目撃されていた2人は……正真正銘の姉妹というわけだ。
 レラの感情を表す疑似プログラムはすっかりと馴染んでいて、真実を聞かされたジェミと喜びを分かち合ってくれた。
 すでに雪集めは完了している。溜めた雪は身体能力を最大限に発揮したレラの方がジェミよりも多いだろう。
 体育会系として張り切りたかったジェミの『お姉ちゃん』をやりたい気持ちの火は消えていなくて、仲直り直後のレラについて冗談っぽく触れてみる。
「私を頼ってほしかったのに。あの時は甘えてくれたよね」
「あれは本当に久々で……」
 外見が凛々しい少女のレラは、年相応みたいにムスッとした顔でそっぽ向いてきた。
 ついしょうもない喧嘩だって楽しみながら、微苦笑してレラをなだめるジェミ。
「ごめんごめん」
「……なんてね」
 拗ねちゃってきたのは嘘で、レラの演技にしてやられたようだ。
 2人しておかしそうに笑い合った。
「雪は、融けて崩れてしまう儚いもの。大切な思い出も、頑張った日々も同じかもね」
 急に真面目なことを言い出したジェミの顔を、レラが心配そうに覗き込んでくる。
「お姉ちゃん?」
「でも」
 ジェミはレラ同様に凛々しい印象のツリ目気味の眼に自信を溢れさせたまま、明るい笑顔で妹を安心させた。
「消えゆくものだからこそ美しく、大きな意味があるから。私はここにいて……レラとまた会えて、互いに生きていける宇宙になった。その喜びを、尊さを、レラも感じて欲しいな」
 6年分の空白はたった一日で埋めたりできない。時間を惜しんで今を目一杯楽しむため、ショベルを剣のごとく掲げる。
「さぁ……楽しみましょ」
「うん!」
 レラも自慢の剣の代わりにジェミの真似をしてショベルを掲げてきた。
 すっごい勢いで動くレラと一緒にドデカ雪だるまを完成させたジェミが、妹共々で子供達に群がられていく。
 ぱっと見では普通の少女と何ら変わらないおかげで子供達に溶け込むレラ。
 姉妹で入るかまくらも、ジェミはレラや子供達と製作していった。カボチャ団子のお汁粉を2人前貰ってきて、かまくらの内部で妹と身を寄せ合う。
「えへへ、よかったら食べさせてあげるわよー」
 最も大きなカボチャ団子をレラの口に運ぶと頬張ってくれた。
「食事のことはよく分からない。でも、お姉ちゃんに食べさせてもらうのは嬉しいよ♪」
 そう言って微笑むと、レラもカボチャ団子をジェミの口に運んでくる。
 当然断る理由が皆無のジェミは、すぐに食いついた。
「おいっし~♪」
 女三人寄れば姦しいということわざがあるものの、2人とて十分賑やかで実に楽しそうな雰囲気である。

●レッツ芸術
 恵とセラフィはアラスカにおいてまだ序の口に過ぎない寒気に感心した。
「アラスカ、寒いねー。北極探検の犬ぞりの犬もここ生まれだっけ」
「やー……寒いね! 赤道育ちのぼくには新鮮だ。それじゃ、恵。始めようか」
 今回、挑戦的なテーマで雪像を製作する旅団仲間の2人。それは子供には少々刺激が強いかもしれない裸の男女の雪像だった。
 セラフィがあっけらかんとした様子で呟く。
「やっぱりうちの旅団だとそうなるよねぇ。アウトにならないレベルで作っていこう」
 芸術の世界では裸体像というものがちゃんとあって、その観点で言うとセーフな可能性があるわけだから……芸術って難しい!
 何はともあれ、まずは雪像に使う雪が必要だろう。
「雪像の場所も決めないとね」
 まつり会場の奥を候補に挙げながら、恵はセラフィと力を合わせてどんどんさくさく雪を山盛りにしていった。
 雪が集まればここからが色々とあって勝負だ。運営に派遣されてきた係員が進行の段階に応じて、セーフとアウトを随時確認してくれるらしい。
 男女のバストアップ雪像を製作するべく、それぞれの担当は男性像がセラフィ、女性像が恵で、種族に関しては各特長の再現が面倒にて人間一択だった。
 恵がポージング案を係員に耳打ちする。
「ボク達の雪像は…………だよ」
 女を後ろより抱き締める男は別に構わないものの、手の配置に難色を示されてしまった。最終的に手はご想像に任せる曖昧な描写のレベルで許可が下りる。具体的には肩越しにキスする男女の雪像で落ち着いた。
 お題も定まったところで製作に移る。
 ショベルで雪像の基盤をセラフィと作った恵は、ノミを手に細部を削っていった。控え目な胸のモデル体型である女性像の表情を特にこだわって……陶酔の様を余さず表現する。
 目の細かいヤスリをかけられて肌の質感まで丁寧に美しく仕上がった女性像。
 女性像のクオリティに遜色の無いように、セラフィが男性像の顔とにらめっこした。
「イメージするのは簡単だけど、実際作るとなると大変だなぁ」
 穏やかな表情に決定すると、後は一心に道具を操って睦み合う男女の雪像を完成させる。
「うん、まあこんなところ。それじゃ、冷えてきたし。カボチャ団子のお汁粉でももらいに行こう」
 2人は千影にお汁粉を貰うと雪像の設置場所に直帰した。首を傾げる者と何かを察する者が雪像の正面で一堂に会している。そんな観客の両極なリアクションを面白がりつつも完成を祝してお汁粉で乾杯するのだった。

●宇宙に願いを
 10月末のアラスカは氷点下で雪があるからこそ、氷雪まつりを開催できている。
 防寒対策はしてきたエトヴァだけど……日が暮れると日中よりも気温が下がってしまって寒い。
「こんなに寒いト、むしろわくわくしますネ」
「君も平気そうか」
 氷界があるスエには極寒の環境だって快適で、万が一濡らすことを避けて図面は出さずに雪像のイメージを口頭にてエトヴァに説明していった。
「ふむ、蓄音機……グラモフォンかな?」
「グラモフォンというのだな」
 即座に名称を教えてくれたエトヴァを褒め称える。
「さすがレプリカント」
「音楽や言葉に興味がありましテ」
 スエの称賛を素直に受け止めたエトヴァが、ふと宇宙に因むレコードの話を思い出した。
 『怪力無双』を発動して雪像の製作予定地に大量の雪を集めるスエ。位置取りを気にしていたものの、本日の天気は晴天で……どこまでも綺麗な星空を見渡せる。
「スエ殿は雪に慣れておられますネ。けっこう大変なのデス」
 エトヴァは広喜の友人ながらも奇妙な縁を知る由も無く、イロハ式達に『自らの意思』で協力してもらえると、一定量の雪を固めて運んでいった。
 雪の運搬が首尾よく終わったら、いよいよ製作開始である。
 図面には8弁の花開くようなホーンが描かれていた。雪像の物理的な都合上、ホーンの下は台にくっつける。グラモフォンだと判ってもらえれば充分だろう。
 雪像ブロックのエトヴァが削る箇所に塗料で下書きしてから、スエが自身の分の下書きに取りかかった。
「では、俺は削って参りまショウ」
 スエの下書きに則って細かな部分を繊細、時に大胆に雪像の形を整えるエトヴァ。
「このグラモフォンはきっとこの星や宇宙の歴史と多様性を刻んで……まだ見ぬ種族達へ、宇宙へ旅立つ同胞達へ、願いを届けル……」
「君のビジョンはきっと現実になるのだろう」
 スエは数年前にケルベロスの一員となったアイスエルフで力の覚醒が遅く、番犬としての意識がエトヴァとは違う。それでも、『これから』を想う彼の言葉を聞くと瞬時に同調の声が出ていた。
 完成の瞬間が近づいてきて、スエとエトヴァが顔を見合わせる。
「さあ……仕上げだ」
「ハイ、あと一仕事ですネ」
 不格好になることを承知しているスエは、『心で聴く音』を届けるためのホーンを俯かせないで作り上げた。広大な宇宙に響かせる音色は……聴く者がそれぞれ望む未来の足音だ。
 エトヴァが宇宙へと咲く花のようなホーンの完成を見届けて、夜空を仰ぐと頬を緩める。
「壮大ですネ」
「ああ」
 より良い未来を願って、雪のグラモフォンに祈りを籠めた。
 祈るという行為の意味を知らないまま、エトヴァを真似てきたイロハ式達。
 とある地点ではデウスエクス達が総大将などの雪像を製作していた。彼らも思うところがあるように雪像を見つめているというけど。
 世界中のイベントを切欠に……定命化するデウスエクスが現れたっておかしくはない。
 それならば皆も招待の意義があったと胸を張れるだろう。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:11人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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