●ケルベロスハロウィン
「お呼び立てするのも、お久しぶりですね……いかがお過ごしでしたか?」
望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が微笑んで皆を迎える。
「アダム・カドモンとの最終決戦に勝利してから、もう4か月……新型ピラーの開発は順調です。ダモクレス本星『マキナクロス』に建設中の居住区も、形になってきました」
今年のクリスマスの頃には、降伏したデウスエクスと希望したケルベロスを乗せて、マキナクロスは外宇宙に進出する事が可能になるだろう。
「ふふ……寂しくはありますけどね。残るにせよ、共に行くにせよ、誰かと必ず別れることになりますから」
「そうですわね。どこまで行くのか、どれだけかかるのか……見当もつきませんわ」
そう応えるのは、朧月・睡蓮(ドラゴニアンの降魔拳士・en0008)。
「宇宙に異常をもたらす原因である、『デウスエクスのコギトエルゴスム化』……その撤廃のため『新型ピラー』を未だ見ぬデウスエクスの星へ広めにいく。それはきっと、途方もない旅になるはずですもの」
旅立つのか、残るのか。アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が「一人一人が、今のうちにじっくり考えるべきだな」と前置いて。
「もともとマキナクロスの住人だったダモクレス達は、ケルベロスの協力者として同行するみたいだ。皆と宇宙の覇を争った、最強の種族の一角……きっと頼りになるだろう。それにケルベロス・ウォーの後に降伏したデウスエクスたちの内『地球を愛せず定命化できなかった者』も、共に地球を離れるらしい。新たな故郷を見付けられるといいな」
それで、今日の用事は? と、アメリアが小夜に尋ねる。
「ええ。皆さん、こちらをご覧ください」
小夜が映すのは、世界各国の街の画像。
「外宇宙へ旅立つ母船となるマキナクロスのお披露目を兼ね、世界中でハロウィンが行われることになりました。皆さんには世界各地のお祭りに参加していただき、何者にも侵略されることのない夜を、世界に見せて欲しいのです」
世界を巡るとなると、行く場所を定めるべきか? その問いに、小夜は笑って首を振る。
「マキナクロスの航行能力は万能戦艦を超えます。その上、魔空回廊を用いた転送能力も持っていますから、各国の会場を好きに梯子できますよ」
なるほど。宇宙を自力航行したドラゴンは別として、流石はゲートに依らずに地球まで到達した種族の技術力だ。
●秋夜の風
「私がご案内するのは日本の、とある有名な神社です。ここには鳥居の連なった長い参道がありまして、出店を連ねて百鬼夜行を模した行進を行います。参加するデウスエクスの人たちも目立たずに気楽に過ごせるでしょう」
ケルベロスハロウィンは何百年にも渡った闘争の終わりを記念する、世界的な祭りだ。神も仏も、喜び祝う人々を祝福しないわけがない。大々的に喧伝してあるから、外国人の参加も多いだろうし、洋服やドレスで来る人もいるだろう。畏まる必要はない。
アメリアと睡蓮が、チラシを見て。
「和装や仮装をするのも、出店を出して人々と触れ合うのも、神楽殿でパフォーマンスを披露してもいいのか。万本鳥居をただ歩いて闘いの日々を思い返したり、今後について考えるだけでも、心が一杯になりそうだ」
「星も紅葉も綺麗なころ……皆さんもそれぞれ新しい生き方を始めたころでしょうし、境内の静かなところで旧交を温めるのも素敵でしょうね。神社ですし、望むなら婚姻の儀式だってできますわ。皆、祝福しますわよ」
時刻は宵の口から夜にかけて。神秘的な灯篭の灯りの中で、各々が思い思いに過ごせばよい。番犬が護る必要のない夜を共に過ごし、種を超えて人々に安らぎを感じてもらうのだ。
それが、今回の任務? という問いに、小夜は微笑を返した。
「いいえ……これは『お願い』です。世界から、皆さんへのね」
そう。闘争は、もう終わったのだ。
あの星空は、全ての人を優しく受け入れる。
今はただ、乱されることのない平和な一夜を。
耐えて生き抜いた、地球の人々に。
争いを捨てた、デウスエクスに。
そして、全てのケルベロスに……。
●
紅く染まった山肌。朱に連なる鳥居の隙間に西日が沈む。
灯篭の光の下、着物や仮装が列を成す。
空の上には暗夜の宝石、機械の母星。
今宵は、侵略の終わりを告げる祭りの日。
賑わう屋台列に、ひと際目立つ出店が一つ。
「よーし、よびこみもがんばる、ぞー」
角っぽいパーツに虎模様の甚平を着た愛らしい鬼が、金棒に見立てた大きな麩菓子を振りかざす。
「ちいさいのもあるぞ。どっちもじゃすてぃすーだ。尾形もやるぞ。がおー」
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)の隣で「ああ。青い灯篭もこれで……よし」と、捲った袖を戻すのは、山伏姿の天狗。面をずらせば、いつもの笑顔。
「さあ、俺のは『天狗の団扇のお絵かきせんべい』だぜっ。小さな個体も、寄ってきな。がおーっ」
はしゃぐ二人の咆哮に、家族連れが足を止める。出店の裏から顔を出すのは、EDBの仲間たち。
「ふう。設営も終わったし、僕は皆さんの応援に回りますね。金棒一本、くださいな。お絵かき煎餅は、何を描こうかな……」
「お、カルナ、天狗仲間だなっ。毎度だぜ」
煎餅を受け取るのは、藍色の鴉翼を付けて一本歯下駄を履いた鴉天狗。にこやかな広喜の前でへなへなの梟が出来上がり、カルナは慌ててそれを口に放り込む。
「あはは! 全部1つずつ買っていきますね」
「あ、ではこの猫型稲荷寿司もどうぞ。僕はちょっと行商に行ってきますね。この鳥居、真直ぐ行ったら神楽殿だったかな?」
と、稲荷を出すのは巨大な猫又。その正体は、着ぐるみを着たジェミ・ニア(星喰・e23256)だけれど。
「いってらっしゃい。さ、カルナ。幸せいっぱいサイズのわたあめデス。いさなサンもおひとついかが?」
「わあ。わたあめといっしょでふわふわだ」
和化粧の狐面を斜めに被り、青を湛えた尻尾と狐耳、空模様の袴姿……幻想的な空色の狐は、エトヴァ。彼は、自分の後ろを手招いて。
「マナは白が似合いますネ……涼やか美人サンデス」
するりと暖簾を割るのは、長い銀髪に白い着物、青白い口紅を引いた美女。一瞬、皆がぽかんと口を開く。
「……? 似合っていなイか? 和風の仮装と聞いて、真っ先に思い浮かんダものがこれだっタんだが」
「いや……眸が綺麗でビックリしただけだぜ」
「君乃がすごいきらきらだー。ほわー」
感心しきっている二人に、眸はくすっと吹き出した。
「ああ! 眸さん、雪女なんですね? だとすると商品の水飴、冷たかったりします?」
「うん、冷たい『雪女の氷飴』ダ。ワタシにじゃんけんで勝っタらもう一つプレゼントだ。カルナもやっていくか?」
「え、やりますやり……じゃなくて。僕はお饅頭を蒸す準備もしないと……」
皆でアイディアを出し合った出店には、人々がこぞって詰めかける。青灯篭の下に広がる賑わいは、皆の歩みの結実だ。
「……アア、平和になったのですネ」
ふと、エトヴァがジェミはどうなったかと思った時、アイズフォンへと通信が入る。
『もしもし……あっ、やっとつながったー! 真直ぐ行ったのに神楽殿に着かなくって……何か、もふもふした狐耳と尻尾の仮装の人がいっぱいの所に着いた』
「それは素敵ですネ。ええ、お稲荷さんを配ったら、戻ってきてくださいネ」
「あれ、ジェミどこいったって?」
「……連絡ついた?」
広喜と勇魚が、首を傾げる。
(「前にも、こんなことがあっタような気がすルな……」)
眸はそれを見つめて、ぽつり思う。
多分、誰もが祝福をしてくれているのだろう、と。
「ね、一緒に行かない?」
ゴシックに着こなした紅い着物を翻して、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)が望月・小夜を誘う。二人は、境内の広場に腰を下ろして。
「小夜ちゃんとも長いよね。大変な目にも遭ったけど、全部、生きて帰ってこれた……本当にアリガトね。おかげで何と、アタシはお酒が飲めるようになりました!」
何十回と見送り、迎えに行った番犬を見る目が、微笑む。
「ふふ。礼を言うのはこちらです。では、乾杯」
「色々あったけれど……まさか宇宙を旅する事になるなんてね」
空に浮かぶ機械の母星。小夜はそれを見たまま「……行くんですね」と、呟いた。
「そのつもり。見てみたいものもあるし、宇宙にはきっと困っている人が沢山いる。ケルベロスだもの、死ぬまで全うさせて貰うわ」
そしてリリーは、問う。もう一度。
「ね……一緒に、行かない?」
小夜の唇が綻んだのは、酔いか、それ以外か。
「女の子に口説かれるのは、久しぶりね」
「へーえ? で、答えは?」
「出発の時にもう一度誘ってくれたら、付き合おうかな?」
「あー、ズル! 約束よ!」
仕事も任務もなく、じゃれ合う二人。
それを遠目に、ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が、ふっと笑んで。
(「宇宙、か。僕は昔、色々と行ったり来たりしてたから、ね。皆、良い旅を。さようなら……じゃないか。また会おうね」)
向けた背だけで別れを告げる。情報屋とは、そういうものだ。
「ふふ……僕ももう大人だし、別れ際に騒いだりしないんだよ。カッコいい情報屋さんは謎の多い人間なのさ! さあ、子供たち! クッキーとか振舞うよ!」
一席打ってる妙な大人を珍しがって、幼い子供たちが殺到する。瞬く間に。
「え、ちょ。集まりすぎ……あっ、お菓子、全然足りない。待っててそこの射的でとってくるから、悪戯だけは……ああ~!」
すぐに番犬であると見抜かれて、大人もたくさん寄ってくる。
「ということで僕は、地球でのんびりするよ! ご覧の通り、引く手は数多だからね! ん? 僕に新製品の広告塔を頼みたい? 何の会社? え、チャリ……?」
賑わう人だかりを見ながら、紅・マオー(兜が落ち着く拳士・e12309)は卓の上に杯を置いた。
「ケルベロスは大人気だ。ここから皆、それぞれの道に進んでいくのだな」
足元ではわんこさんが、ご満悦と言った顔でジャーキーに喰らい付いている。
「ええ。逆を言えば、仕事を見付けないとっす」
ぐいぐいと盃を空にしていく相棒を見つめて、マオーはほろ酔いの吐息を漏らして。
「菊はこれからどうする?」
「将来のこと考えないと。居候も長いですし、独り立ちしないとっす」
そうか、と、マオーは一言。過去は過去。戻りはしない。今の自分で未来に向けて進めばいい。菊はそう考えている。
「マオーさんは?」
「私は、いい大人だからな」
その時、二人が酒を楽しむ席に、色紙を持った少年が声を掛けた。
「あの! ゲーム実況者のマオーさんですよね! サインください!」
マオーは優しく微笑むと、それを受け取って振り返る。
「再び同じ道を歩むさ。戦線を離れた仲間たちの所に戻って」
「新たな闘いの日々……っすね」
未来は、人それぞれ。己のペースで、歩めばいい。
一方、境内の広場では、二人の番犬がポーズを決めて。
「さあ、リズ! いや、俺の嫁! 全力でハロウィン、やりますか!」
「構わないよ、旦那様! なんてったって今宵、私は悪魔なのだから!」
漆黒のドレスを翻す、リーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)。このお二人はいつもこんな感じ。ヒーローショー的なアレと思った子供たちが、拍手をしている。
「嫁が悪魔をやるなら……俺は、これだ!」
光が瞬き、奏は全身をグレムリンの着ぐるみに包んで、相棒の背後に降り立った。
「ギャー! いきなり背後に立つな! 早速1ビックリポイント取られてしまったではないか! もう!」
「ケケケ……ほうら、お迎えが来るぞ、お前はもう終わりさ」
「お迎え、だと……! 貴様、何を!」
力を溜める奏。火花散る雰囲気に、子供たちが息を呑む。だが。
「あ、いやいや構えないで。バトル無しね! 俺がやられるような流れになるから、コレ!」
「お? バトルはなしか。でも最高に笑わせて貰ったぞ、旦那様……さて、いつの間にやら観客もいるし、気を持ち直して!」
「悪魔っ子のような格好が良く似合ってるよ、お嫁さん。よぉーし、それじゃあ……ハッピーハロウィン! イタズラするぞう♪」
「私の悪戯に、耐えられるかな~!」
そして二人は、キャーキャー笑う子供たちと共に、悪戯合戦を楽しむのだった。
その賑わいも遠い、静かな境内。灯篭に浮かぶ紅葉と、秋虫の鳴く声。
「平和になって少し経ちましたが、世界は瞬く間に落ち着きを取り戻していますね……こうしてゆっくりと過ごせるのも、平和になった証です。ね、蓮さん」
感嘆の吐息を漏らす、蓮水・志苑(六出花・e14436)。そっと頷いて、和装の二人は静々と歩む。
「闘いが終結して四カ月か。俺としては、戦場に赴く事がなくなった以外に、特に変化はない。今は勉学に勤しみ、大学を卒業しなくてはな」
「ええ。例え世界が変わっても、私たちのやる事は変わりません。勉強に大学、寮での生活……いつもの、多忙な日々です」
生真面目な蓮。長い沈黙。
「「けれど」」
意図せず重なった声に、二人はふっと視線を絡ませ、足を止めた。
(「ええ。変わった事もあります。隣に居るあなたは、時を共にするうちにとても大切な存在に……」)
(「ああ。もどかしくもある。互いに共に生きてゆくと契った仲であるが、本当はすぐにでも……」)
今は自分たちの目標に向けて歩むべき、大事な時。想いは、その先で成就すればいい。
それは分かっている。でも。
(「こんな風に思うなど、数年前の自分ならあり得ない……」)
そっと、握り合った手。互いを映す瞳は、揺れる水面のよう。
(「意外と分かるものです……きっとあなたも、同じ気持ち……」)
衣擦れの音がして、影が重なりあう。
すぐ先の未来より前に。この瞬間だけ。
二人を巻き込む大いなる争いは、鎮まったのだから……。
●
「ちょ、ちょっとレラ! 手を引っ張りすぎ!」
『お姉ちゃんたち! あれはなあに?』
金の髪をひらつかせるのは、人に似たダモクレス。
「お菓子が並ぶ出店周り……喜んでもらえてるみたいだね。ふふ、あれは林檎飴だよ、レラちゃん。何事もまずは、経験してみようか。まずはさっきのご挨拶だね」
『うん!』
手を引かれるのは、天女の羽衣を纏ったジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)と、天狗に扮したティユ・キューブ(虹星・e21021)。三人は出店に並ぶなり、店主に叫ぶ。
『「「お菓子くださーいなっ!」」』
東屋に腰かけてお菓子を食べた時、人に似た機体は目をぱちぱちとして。
『これは、どういうことなの? もっと口に入れたい……』
「多分それはね。『美味しい』とか『甘い』ってことよ。レラ」
興味深く喰いつく妹を見ながら、ジェミは微笑む。
(「妹と手を繋いで、楽しく話して、食べ歩いて、喜ぶ姿を見る……こんな日が来るなんて、夢のよう。本当に素敵な時間……」)
「和解し共に在る……夢見た光景に、ご一緒出来るのが喜ばしいわ」
ティユが、ジェミの隣に腰を下ろす。その手をそっと握れば、人と人の繋がりが柔らかく伝わってくる。
「私……ケルベロスとなって最初に出会ったのがティユさんでよかった」
「うん。僕も」
幻想的な灯篭の列に、鳥居の道。その先は暖かな闇が視界を阻むけれど。
「ティユさん、私は……幸せになれました。この幸せを、空の向こうにも届けたい。忘れないまま……先へ進みたい。道の向こうが、わからなくても」
「そうだね。こうして得たものを、もっと一杯に広げて行きたいって、僕も思う。一緒に行くよ。前に約束した通り。僕たちなら、きっと大丈夫」
『どこ行くの? レラも一緒にいくよ!』
「ええ。一緒にね」
三人は、再び歩き出す。これからも、素晴らしい時を共に……という、決意を込めて。
万本鳥居をそぞろ歩く行列。三人とすれ違った愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)と相棒のフローネは、楽器を抱えた大柄な影と共に歩いていた。
「皆さんとは、闘いや会談と……色々ありましたね。今、近衛の皆さんは何を? 他の方々はいらっしゃらなかったんですか? ええと……『音楽学』さん?」
黒い影は合成音で、それに応じる。
『ムシュケーでいい。我々は主の遺命に従い、元部下たちを取りまとめている。情報収集については同僚達より適性が高いため、私がここに来た』
これで意思疎通しやすい方ということか。その『主』を思い浮かべて、フローネは僅かに瞑目する。
「インペリアル・ディオン……誇り高きあの方には、今でも好敵手として敬意を抱いています。停戦に応じてくださって、本当にありがとうございます」
『そういう指示だったからな』
「それでもです。短期間で外宇宙探査の目処がついたのも皆さんのおかげですから」
『何を為すべきか考え、己の魂に従っただけだ』
判を押したような答えに、ミライがくすっと微笑んで。
「私はその決断を、素敵だなぁって尊重したいのです。行く道はこの鳥居より、ずっと長い道ですから……あ、私は勿論同行しますので、この先もお世話になりますけど!」
「ええ。どうか、ミライ達をお願いしますね」
『お前は? こちらで処理すべきタスクが?』
「ええ。星を失ったデウスエクスを受け入れる居住区を作れないかと。例えばプラブータを、それぞれの文化を根付かせる星にできないかと考えているんです」
夢を語るフローネが、協力を望めないかと尋ねてみるも。
『環境改変は専門外だ。それより居住者を機械化させ環境に適応……』
「「あ、それは無しでお願いします」」
重なった声。機人は首をひねり、フローネとミライは苦笑を交わす。
この溝を埋めるのは、きっと大変。
だがこれからは、理解し合えるまで、話し合えばいいだけだ。
その後ろを通りがかるのは、左之森・リア(赴くままにゆらりと歩む・e12959)だ。
「本当なら仮装したかったが……あ! あのお面でも被るか、菖蒲さま?」
『螺旋の仮面は、もう必要ない』
「違う! あの屋台のじゃよ! ……ともかく、こんな祭りは初めてじゃろ? 仮装行列も見事じゃろ? 何か食べたいものあるか? あれとかどうじゃ! 買って来る!」
フイシンと共に出店へ走るリア。置き去り気味の螺旋忍軍の前に、アメリア・ウォーターハウスが足を止めた。
『あの時の番犬どのか』
「その節は、疑ってすまなかった。今は、どうかな」
『あの日以降一緒に暮らしているが……色々と変わった。それでもやっぱり、彼女は彼女だ。ここでは、己を偽らずにいられる』
「……残るつもりなんだな」
『まだ伝えてはいないが』
二人は無言で握手を交わすと、そこで別れる。
「あ、見つけた! 迷子は困るぞ、菖蒲さま! あそこに座らぬか? 艶やかな紅葉が見えそうじゃ!」
腕を引かれる忍の口の端に、微かに浮かんだのは笑みだったろうか。
「のう。だいぶ経つが……どうじゃ地球は?」
その返答を知るのは、リアだけだ。
「さーあ、提灯持って百鬼夜行としゃれこもう!」
と、勢いよく叫ぶのはシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)。その背後に何人か引き連れているのは、降伏したシャイターンたちだ。
『へへ……従いますぜ、旦那。ここら一帯を、略奪ですかい?』
「ちがーう! これはお祭り! ハメを外しすぎないようにね。小さい子供とかもいるから、大事に扱ってあげて」
『ああ成程。同族殺しはご法度ですか。んでその……子供はどう見分けるんで?』
シルディは「あー」と頭を抱える。デウスエクスの年齢は、外見に依らないのだ。
「ふふ、常識のズレは相当なものですわね」
「睡蓮さん、手伝って~……」
くすくす笑う睡蓮と共に祭りを歩き、シルディは根気よく地球の常識を教えていく。
「どうだった? これから旅に出る事になると思うけど……その時はキミ達もここで体験した事を他の星の人に話して貰えたら嬉しいな」
『へへ、変わった仕組みですな。まずは同族たちに、話してみましょう』
「うん。それとね。たまには遊びにきてほしいんだ。これからも皆、大歓迎! ってそんな地球にしていきたいから」
頷き合うシルディとシャイターンたち。ぎこちないながらも、その顔には笑顔があって。
それを遠く見るのは、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)。
「デウスエクスがデウスエクスなまま、ボク達とお祭りかぁ……君たちとも一緒にお祭りしたかったな」
思い出すのは、分かり合うことを願い、通じた想いもあり、互いの信念を懸けて闘った敵たち。後悔はしていないけれど、想う気持ちは止められない。
(「それに、ユーオー……君はボク達なんて御免被るだろうけど。ボク達は君のことは嫌いじゃなかったよ」)
星を見上げて、瑪璃瑠は芝生に寝転がる。
流星のように駆け抜けた日々は、まるで煌めく夢のよう。このまどろみが現との境なら、あの凛々しい戦姫や、死神の将、嘘を嗅ぐ山犬も、ここを訪いに来るだろうか。
「きっと、来てくれてるよね。楽しんでいって……みんなで辿り着いた、この光景を」
そう。ユメは泡沫、現も刹那。
それら全てに、祝福を。
二人だけで。または仲間たちと。更に、この星の人々や、かつて干戈を交えた宿敵と……それぞれに祭りを楽しむ宵。
(「百鬼夜行が練り歩き、人とデウスエクスが共に遊ぶ……ああ、奇跡のようなハロウィンの夜だ」)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は、そっと神楽殿に上がる。
その顔に鬼面を、手には櫟の実が踊る金色の中啓を。緋袴の裾を捌いて、独り佇む。照らされた舞台には、火花のように紅葉が散る。
(「叶うなら、闘いの中で倒れた者の魂も、此処に集って憩わんことを……」)
足袋を擦る。静かに山を下りる、鬼のように。徐々に激しく、飛び回るように。扇を酒の盃と見立て、千梨の舞は、人と妖が共に笑い合う物語を描き出していく。
(「この先も、選択や別れはあるだろう……でもどうか皆、今宵は楽しいひとときを」)
この夜へ至った全ての軌跡と奇跡を寿いで、千梨はぱたりと扇を閉じる。
物語は、いつか終わる。
役者が舞台を降りれば、心満たした観客は去る。
「……さて、俺も屋台巡りにでも行こうかな」
それでも世界は、続いていくのだ。
またいつか交わる、その時まで。
いつまでも……。
作者:白石小梅 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:22人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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