シャイターン襲撃～涙化粧の戦乙女

■リプレイ

●赤い涙
　或いは彼女たちが物々しい武装を纏っていなければ。或いは彼女たちの頬を血の雫が伝っていなければ。
　それは絵画のように美しい光景だったのかもしれない。
　青空の下。光の翼で風を切り、3人のヴァルキュリアは空を行く。
　しかし駆けつけたケルベロスたちは、彼女たちの進軍を許しはしない。
「ヴァルキュリア達よ、待ってください！」
　岡留・辰衛（瘧師・e05860）が大声で呼びかけるが、反応は無い。
　――やはり、彼女達を操るシャイターンが健在である限りは声は届かないのだろうか。
　辰衛は瞳を細めてファミリアロッドを掲げ、ヴァルキュリアに当てぬように調整した時空凍結弾を放ち、再び彼女たちに呼びかける。
「私たちは貴女達を倒しに来たのではありません。貴女達の守るモノを護るために来たのです！」
　目の前のマンション壁で弾けた凍結弾に、ヴァルキュリアたちは顔を見合わせた。
　急降下。邪魔者であると認識した辰衛を狙い、一直線に地上へと降下する勢いをそのままに重力を纏った刃を振り下ろす。
　ヴァルキリアと辰衛の間に割り入り、攻撃を受け止めたのは陸奥・昌親（護国の撃鉄・e13604）だ。
「……っぐっ！　手近な建物の中に逃げろ！　急いで！」
　昌親の一般人への呼びかけが響き渡り、突如始まった戦闘に公園で遊んでいた子どもたちや、親たちも慌てて逃げ出す。
　ヴァルキュリアたちも、元より邪魔者の排除を優先するように命令されている為、追いかけるような真似はしない。
　一般人は無事に避難できそうだと言う事に昌親はひとまずの安堵を覚え、小さく息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「君たちの命を取るつもりなど、最初からないんだ。……信じてほしいとしか、言いようがないがね」
　目が合った槍を持つヴァルキュリアは、返答代わりに槍を構え。溢れる血の涙を零しながら邪魔者を排除せんと地を蹴った。
　――洗脳。自我を奪って行動を強制するとは、厄介な事だ。彼女たちの様子に内心歯噛みする。
　昌親に向けられた槍の一撃を、飛び出したレオナール・ヴェルヌ（軍艦鳥・e03280）が簒奪者の鎌で受け流す。
「……操られていても、声を掛ける価値はある筈！　君たちを死なせるつもりは無いし、一般人を死なせるつもりも無いよ！」
　怒りを湛えたレオナールの赤い瞳は炎の如く。しかしそれは、今対峙する彼女に対しての憤りでは無い。
　自らが騎士であるように、彼女たちが戦乙女である矜持を踏みにじる。まさに敵というべき、この場にはいない相手に向けて静かな怒りの炎を燻らせる。
「誇りを踏みにじられ、抵抗すら許されないのなら。さぞ屈辱であろうな。……さて、洗脳が解けるまで。耐えられるな、レオ？」
「中々骨が折れるだろうけれど、……やろう、マサ兄！」
　安心して背を預ける事ができる兄弟分。彼らは目線でタイミングを諮り、昌親は小振りなリボルバー銃を掌の中で握り締めると、レオナールは鎌を構え直す。
「行くぞ！」
　同時に詰める間合い。彼らは同時にヴァルキュリアへと一撃を見舞ってやる。
　彼らの後方から更にタイミングをあわせて、エルブンボウを引くレイン・シグナル（シャドウエルフのガンスリンガー・e05925）。
　彼女は、白い髪を揺らしヴァルキュリアたちを見据える。
「諦めないで、私たちは貴方たちの状況は知っている！　この悲劇を止める為に来たわ！」
　誓う気持ちは、皆同じもの。
　彼女たちも、一般人も、勿論自分たちも。誰の命を奪わせぬ不殺だ。
「――見える、逃がさない！」
　だからこそ、彼女たちを逃がす訳にはいかない。彼女たちの矜持を彼女たちに殺させる訳にはいかないのだ。
　鋭く奔ったレインの矢は、正確にヴァルキュリアを貫き刳る。
「裏で糸引く者の操り人形となり、無作為に罪無き人々の命を奪うなんて、貴方達の望みではありませんよね？」
　ミスラ・レンブラント（シャヘルの申し子・e03773）の紫瞳は、地獄の炎にその身委ねながらも冷静な色を湛える。
　――ヴァルキュリア達の手も、この場所も、無駄な血で汚させる訳にはいかない。
　斯くして。守るための戦いの幕が切って落とされた。

●新たな影
　響く剣戟。ヴァルキュリアは敵を排除せんが為に、ケルベロスたちは彼女たちを救う為に。
　戦いはケルベロスたちの優勢で進んでいた。
「ぎゃおっ！」
　前衛達に辰衛が雷の壁を顕現させ、合せるようにボクスドラゴンのルタが属性インストールで癒しを与える。
　そんな彼らを狙うヴァルキュリアの矢の一閃。
「よっ、と！」
　滝川・左文字（毛玉忍軍・e07099）は、放たれた矢をケルベロスチェインで弾き落とし彼らを庇う。
「――、助かりました」
「あぁ、それがオレの仕事だからな。だが、オレの背中は頼んだぞ？」
　はい、勿論。責任を持って任されましょう、と前衛と後衛の彼らはにいと笑い合う。
　軽いステップを踏み、左文字は槍と弓のヴァルキュリア。
　両者の攻撃を積極的に惹きつけようと駆けながら、自らの過去の記憶と今の彼女たちの境遇を重ねる。彼女たちに今、手を汚させる事があれば。きっと彼女たちは自らと同じく罪悪感を感じ続ける事になるであろう。
　幾度も仲間を庇った事で傷だらけになりながらも、未だ立ち止まらぬ槍の戦乙女、ヘルヴへと向き直る左文字。
「カノジョ、オレとちょっとお話しようぜッ！」
　一直線に走ったケルベロスチェインがヘルヴの腕へと絡みつき、引き寄せた彼女に直接接触する為に左文字は手を伸ばそうとする。
　しかし鎖を解こうと身を捩る彼女に接触テレパスを使用できる程、長時間触れる事は出来ない。
　口頭での伝達速度と変わらぬテレパスは、戦いの最中では発動することはやはり難しかったか。
　暴れる彼女の拳にまともに殴りつけられ、元より彼女を傷つけるつもりの無かった左文字は牙を噛み締めて、尾を揺らしながらただ耐える。
　鎖を振り払ったヘルヴは、その双眸から血をほとほとと零しながら彼をただ見る。その視線に彼女の意思は一つも感じられはしなかった。
「いくら、相手が、デウスエクス、でも…こんなの、あんまり、です……！」
　全身が傷つきボロボロになりながらも、命令を遂行する為だけに斧を振るうリーズル。
　彼女の一閃をバトルガントレットで受け止めたカティア・アスティ（憂いの拳士・e12838）は、彼女を操っているであろう。この場にはいない敵への怒りが隠せずにいた。
　彼女たちはデウスエクス。倒すべき相手だとは理解している。しかし、それでも、それでも。
「無理矢理、戦わされる、なんて、おかしい、です……！」
　彼女たちを助けられるならば、助けたい。
　誰かを叱咤するかのような、悲痛な叫びを自らの癒しに変えて。痛くなる程拳を固く握りしめる。――そのためには今は耐えるしか無い。
「待ってて、下さい、ね……！」
「おやぁー？　おっとっと、……新しいお客さんみたいだねぇ」
　上空を見上げたレオン・ヴァーミリオン（リッパーリーパー・e19411）は、眩しそうに鳥仮面を擡げ、新たなヴァルキュリアの姿を認める。
　それはケルベロスたちが予測していたよりもずいぶんと早いように感じられたが、事前情報にもあった援軍である事は間違いなさそうであった。
「まったく……、殺し以外は得意じゃないんだけどねぇ」
　鋸状の大鉈を構え直すと、自嘲気味に彼は笑う。
　――本当に似合わないことをしている。殺さずに敵を生かそうだなんて。しかし、彼のその瞳の光には確かな意思がある。
「さあ、悉くを生かし尽くして終わらせよう！」
　援軍のヴァルキュリアが地に降り立つよりも先に、レオンは地を蹴り跳ねる。
　その繊細とも感じられる肉体のどこからその力は奮われると言うのだろうか。腕の力だけで御した大鉈を振りかぶり、単純だからこそ強烈な一撃をヴァルキュリアに振り落とす。
　レオンの腕にビリビリと伝わる振動。斧の刃でその一撃を受け止めたヴァルキュリアの瞳にも意思の色は無く。
　また、彼女も他のヴァルキュリアと同じように血の涙を溢れさせていた。

●願い
　ヴァルキュリアの援軍が現れ戦況が苦しくなろうが、ケルベロスたちの目的は一つだ。
　ケルベロスたちは彼女たちに声を掛ける事が無駄ではないと信じ、声をかけ続けていた。
「自身の本意ではない殺戮に手を汚す、それは貴方達の望みではないでしょう？」
　光を纏う刀身。チェーンソー剣を掲げたままミスラが切り抜けると、幾つも生まれた衝撃波が援軍のヴァルキュリアを斬り刻む。
「だからこそ、私達は貴方達の凶行を全力を持って『阻止』します！　――無論『倒す』のでは無く『止める』という意味で、ですよ？」
「思い出して下さい、貴女達は何の為に武器を握るのですか！」
　ミスラの言葉にあわせて、辰衛が光の壁を顕現しながら、言葉と思いを重ねる。
　それと同時に、何かが地に落ちる音がした。
　弓を携えた戦乙女のカルラが、その弓を地へと落とした音だ。見開いた瞳には恐ろしい事をしてしまったと、恐怖に近い色が宿っている。
「違うわ……、この戦いは、間違えて……！　私達の刃はこの者達に向ける刃では無かった、はずだわ！」
　絞りだすような声音。思いつめたように弓を拾い上げると、一本の光の矢を射った。
　レインを確かに貫いたその矢は、彼女を癒し、破壊の力を与える。ケルベロスたちを回復するという彼女の行動に、一瞬唖然とするケルベロスたち。
　癒えた傷を撫でながら、レインは思い当たる一つの結論を口にした。
「これは、……もしかして、シャイターンが倒れたのかしら……？」
「だとしたら、これ以上シャイターンによる虐殺の片棒を担ぐ必要もない筈だ！　武器を収めてくれ、此方も一般人を巻き込むつもりがないのなら、交戦する意思はないんだよ！」
　レオナールが声を張り上げる。ただただ、肩を震わせるカルラ。
「誇り無き虐殺に手を貸すような人じゃないよね、君たちは！」
「……私、だって、本当は、戦いたく、ない、です……！」
　カティアが、か細くも真摯な言葉を紡ぐ。それは紛れも無く、彼女の本心だ。
「ならばその力で、いっそ、私を……私たちを殺してくださいまし！　私たちはもう、もうこのような仕打ちは、耐えられないわ！」
　声を張り上げ涙をぼろぼろと零すカルラを尻目に、未だ虚ろな瞳で槍を構えたへルヴ。
　レオンを狙い距離を詰めようとした瞬間。
　へルヴへと絡みついたケルベロスチェインがそれを阻んだ。
「そろそろ君も、話を聞いてくれる気になってくれていないか？」
　左文字がヘルヴの腕を掴み、先ほど伝える事の出来なかった言葉を紡ぐ。
　ケルベロスたちはザイフリートの暗殺阻止に動き、そしてシャイターンの討伐を行っている事を。
「イグニスと、ケルベロスの両方を相手取るのはザイフリートにとっても大変だろう。　……オレたちとしてもザイフリートを説得したい。だからこそ、君たちを無事に返したいと思っている。――お願いだ。頼むから止まってくれ！」
　ヘルヴの瞳が、揺らいだ。
「俺たちは、君たちの命を取るつもりなど、本当にないんだ」
　昌親が告げると、視線を交わし合う彼女たちの瞳には確かに意思の色を取り戻されはじめていた。
　派手な音を立てて、レオンが手に持っていた惨殺ナイフとIron-Bloodを地に投げ出す。
　ヴァルキュリアたちは、驚いた表情でレオンを見る。
　レオンは、彼女たちの顔を見回すと両手を上げて何も持っていない、もう戦闘する意思はないとポーズを取る。
「君たちに、僕の声が届くという事は、悪い夢はこれで何もかもお終いなんじゃないかなぁ？」
　おはよう、天使さんたち、とレオンは言葉を付け足してゆるーく笑った。
「きみたちはもう、自由だ」

●私の勇者様
　ルタが、ヴァルキリアたちの傷を確かめるようにたしたししているその横で、辰衛が優しく癒しの力で彼女達を包み込んでいた。
「これで、立ち上がれるとは思うのですが……」
　自らの意思を取り戻したヴァルキュリアたち。もう彼女たちの瞳には、血の涙は浮かんではいない。
「大丈夫かしら？」
　レインがヴァルキュリアたちに微笑みかけると、ヴァルキュリアは小さく頷きかえす。
　しかし、立ち上がろうとしたリーズルがふらつき、あわててカティアが手を貸した。
　不器用に笑うリーズル。一瞬戸惑ったような表情を浮かべたカティアは、同じく不器用に笑い返す。
　なかなか、染み付いたコミュ障をなおすのは難しいようだ。
　飛び立とうと立ち上がった彼女たちに向かって、昌親はどこか祈るような気持ちで伝える。
「甘いかもしれないと思うがね。……これが、君たちやザイフリート王子と友誼を結ぶ切っ掛けとなればよいと。――そう、考えているよ」
　振り向くカルラ。光の翼を大きく広げながらケルベロス達に改めて頭を下る。
「……ありがとう、ございました。……もしかしたら、貴方たちが私達の勇者なのかもしれませんわね」
　カルラの言葉にミスラは改めて安堵の息を吐き、柔らかく笑う。
「貴方達がその手を汚さぬ事を諦めなかったからこそ、私達も動く事が出来たのです。きっと、貴方たち自身が貴方たちの勇者ですよ。……本当に、止めることができて良かった」
「気をつけて王子のもとに帰るんだよ」
　レオナールは佇まいを正し、彼女たちに敬礼を行う。
　見上げた空は青空。
　青空に向かって4人のヴァルキュリアが飛翔する。
　飛び立つ彼女たちの傷ついた武装は、彼女たちが誇りの為に戦った証のように思えた。
　レオンがふと目を移すと、公園に設置された柱時計は戦闘が15分以内に終えた事を告げている。
「……しかし、随分と早く終えたねぇ」
「確かにな、シャイターン討伐に向かったチームが上手くやってくれたようだ」
　感謝だな、と左文字は呟いた。なんだか、暫くは空を見上げていたい気持ちであった。

作者：絲上ゆいこ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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