●ドイツでチャペルウェディング
アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利してから、4ヶ月が過ぎた。
「新型ピラーの開発は、順調に進んでるでありますよ~」
と、小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が皆へ進捗を報告する。
「ダモクレス本星マキナクロスの方でも、ケルベロスたちの居住区の建造も大分形になってきましたし♪」
今年のクリスマス頃には、ケルベロスの希望者と降伏したデウスエクスを乗せて外宇宙に進出することになるだろう。
「この外宇宙への進出は、『宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃』を目指して『新型ピラー』をまだ見ぬデウスエクスの住む惑星へ広めにいく目的でありますから、それはもう途方も無い旅になると予想されます」
元々のマキナクロス住人であるダモクレスたちは当然——ケルベロスの意見を受け入れた協力的な種族として——同行するのだが、その一方で、最後のケルベロス・ウォーの後に降伏したデウスエクスのうち『地球を愛せず定命化できなかった者』も、共に地球を離れる予定となっている。
「そんな外宇宙へ旅立つケルベロスたちの船という大役を果たすマキナクロスのお披露目も兼ねて、今年のケルベロスハロウィンは、世界中で開催されることになりました~!!」
何と言っても、地球の軌道上を高速で移動できるマキナクロスである。
それを試運転という名目で大いに利用して、複数のハロウィンパレード会場を梯子参加しようというのだ。
「他にも、外宇宙に向かうデウスエクスを『地球人と触れ合わせる』ことで、地球人への敵意や偏見などを無くしてあげるという目的もありますよ~」
外宇宙に向かうデウスエクスたちが、地球人への理解を深めることで、定命化までは至らずとも将来的にも地球を侵略しようなどと思う確率が減ってくれれば……という実利である。
「さて、わたくしが案内したい会場は、ドイツのとても由緒ある教会であります」
その大きな教会がケルベロスハロウィンの企画として、興味深い結婚式プランを打ち出したらしい。
「二人の新たな門出をたくさんのテディベアがお祝いします! ということで、テディベアに囲まれて挙げる結婚式をプロデュースしてもらえるのでありますよ♪」
なんといってもドイツはテディベア発祥の地。
チャペルには大小さまざまなテディベアが可愛らしく正装して飾りつけられ、新郎新婦の愛の誓いを見守ってくれる。
また、ハロウィン要素として結婚式の参列者はテディベアの着ぐるみで仮装して列席できる。もちろん強制ではないので普通の正装でも構わない。
さらには新郎新婦も希望があれば、テディベア風にデコレーションされたウェディングドレスやタキシードも貸してもらえるそうな。
「ここでケルベロス同士の結婚式をあげると、きっと地元の方々も大きく盛り上がるでありますよ♪」
と、笑顔になるかけら。ちなみに結婚式場として使うチャペルは複数ある上、参加者カップルそれぞれがバッティングしないようにスケジュール調整も万端なので、他の参加者の指揮の有無は気にせず、安心して結婚式を挙げて欲しい。
「そんなテディベアウェディングがドイツの教会で行われるケルベロスハロウィンのメインイベントでありますけど、結婚式のご予定がない方もご安心くださいませ」
テディベアの仮装をしてハロウィンパレードに参加したり、結婚式場に飾られたテディベアと同じ物を売る限定ショップでテディベアまみれの買い物を楽しむこともできる。
また、新郎新婦の了承しますさえあれば、結婚式に参列してお祝いする側に回るのも良いだろう。
「最終決戦から4か月、既に、各国の責任のある立場になったケルベロスの方も少なくありませんでしょうし、一足早く新たな門出をお迎えの方もいらっしゃることでしょう」
久しぶりに顔を合わせる者も多いだろうから、ハロウィンを楽しむ傍らで自らの近況報告をしたり旧交を温め合うのもお薦めだ。
「ではでは、皆様のご参加、楽しみにお待ちしてるでありますよ~♪」
かけらは、手に持っていた白いテディベアの手を振らせながら、ふと呟いた。
「……あ、この子は皆様のお式に参列するテディベアの見本ということでお迎えしたのでありますが……さて、なんて名前をつけましょうかね?」
●
マキナクロスがいよいよドイツ上空に差し掛かった頃。
蒼眞はいつも通り小檻へおっぱいダイブを仕掛けて、すったもんだの末にやっぱり蹴り落とされていた。
「……いつもより高い所から落ちております……なんてな」
自嘲気味に呟く蒼眞だが、ハイパーリンガルで聞こえてくる現地の人々の感想は、内情を知らないだけにかのケルベロス大運動会を観戦したかのような素直な驚きと称賛である。知らぬが仏。
その後は、結婚式が始まる前の腹ごなしに本場のソーセージやじゃがいも料理を楽しむ蒼眞。
「あ、いたいた。もうすぐ始まるでありますよ。ほら礼服に着替えて着替えて」
と小檻が呼びにくるまで、屋台のメニューを全制覇する勢いで食べまくるのだった。
「そう言えばリア充爆破はどうしようかねぇ……流石に余興程度に抑えておきたいものだけど」
満腹な腹をさすりつつ、蒼眞が小檻にずるずる引き摺られていると、
「悪イコールリア充を懲らしめ、独り身としての正義を示すしっと戦士として活動してきた私であるが、実際リア充を爆破できた思い出が、とんとないんだよなあ」
何やら真剣に悩んでいる愛純を見つけた。
「せめて最後ぐらいリア充を爆破したい!」
血の涙を流しそうな風情で吼える愛純へ、同志の蒼眞が問う。
「何か良い爆破手段を思いついたのか?」
「うむ、テディベアに爆弾を仕込んだものを大量にバラまき……」
「爆弾!!?」
などと涼しい顔でのたまう愛純だが、
「ってそんな普通にテロなことできるわけじゃないじゃないかー! そんなことしたら悪人になってしまう」
小檻の悲鳴で遮られるまでもなく、流石に実現不可能だとひとりツッコミしている。
「あぁ良かった……木っ端微塵になるテディベアなんて見たくないであります」
ホッと胸を撫で下ろす小檻。
「とりあえずテディベアの着ぐるみでてきとーな結婚式に潜り込み、テディベア型の武器を用意して、わが全力をもってリア充を爆破してやるのだぁ!!」
愛純は自らを鼓舞するべく、同志たちの前で宣言したが、果たしてどうなることやら。
●
「故郷でこんなかわいい結婚式があげられるのね? テディベアのウェディングドレス着てみたいわ!」
チャペルの中にぎっしりと飾られたテディベアの数々を眺めて、新婦ローレライが感嘆の声を上げた。
2人を出迎えたテディベアは、ナチュラルウェディングを意識したチャペルの木と緑に彩られた内装に合わせて、どの子も白や優しいアースカラーの毛並みで纏められている。
それでいて、礼服は水色やらピンクやら明るいパステルカラーで場を華やかに盛り上げていた。
一方。
「緊張するのです……」
新郎オイナスは、チャペルの内装を楽しむ余裕など皆無の様子で、緊張にガチガチと肩を震わせている。
「とてもとても緊張するのです……」
ちなみに新婦のテディベアドレスに合わせて、オイナスのタキシードもテディベア仕様だ。
テディベアの耳みたいに丸くカットされた背広の襟、テディベアの顔の形をしたボタン、ブートニアの代わりに胸ポケットからひょっこり顔を出したミニチュアテディ。
極めつけは、今しも緊張するオイナスとともにぶるぶる震えている、頭に嵌めたクマ耳カチューシャであろう。本物のテディベアを意識したふわふわのボア生地が良い味を出している。
「あまりに緊張しすぎて右手と右足が同時に出そうなのです」
「大丈夫よオイナスさん。それはそれでテディベアらしい演技だと皆思ってくれるわ」
そして、新郎を笑顔で励ますローレライのテディベアドレスのそれは可愛らしいことと言ったら。
すらっとしたローレライの背丈と豊かな胸元に合わせて、スカートは彼女がより一層大人びて見えるようなマーメイドライン。
ピンタックと見紛うような細かなプリーツが、ウエストから足先のトレーンへ向かって、まるでデフォルメされた二枚貝みたいにそれぞれ等間隔で真っ直ぐ広がっていくのが美しい。
襟元にはテディベアらしくふんわりしたサテンのリボンを蝶々結びにあしらい、胸元は敢えて刺繍糸が映えるコットン生地で、普通なら豪華なレースやフリルを重ねるところを、全て白糸の刺繍によるフラワーレース、コットンレース風の装飾がなされている。
テディベアの足裏のメッセージ刺繍を思わせる仕上がりだ。
頭には金髪にも映えるプラチナ製のティアラ。
ティアラの両端に丸い真珠色のメッシュワイヤーで編まれたクマ耳がちょこんと立っている。頭を丸く包むマリアヴェールと合わせてテディベアらしさを表現したのだろう。
「皆様温かい拍手でお迎えください。新婦の入場です」
現地の一般人や師団の仲間に見守られながら、バージンロードを進むローレライ。
「ドイツで結婚式を挙げるなどという不届き者はどいつだぁ~!?」
途中、ガバッと口から牙を剥き出しにできる特別製のテディベア着ぐるみを着た愛純と蒼眞が乱入する余興が始まって、
「私はオイナスさんの盾! 彼へと続く道は私が護るわ!」
「ボクはローの剣。彼女の進む道はボクが切り開きます!」
新婦と新郎がそれぞれ、嫉妬熊を1体ずつ徒手空拳でぶちのめし、大喝采を浴びる一幕もあった。
この時、蒼眞は愛純の駄洒落を律儀に現地の人へ伝わるよう喋っていた。妙なところでハイパーリンガルが役に立ったものである。
「ロー。ローが引っ張ってくれたおかげで、ボクはここまで来れたのです」
祭壇の前。オイナスはそっとローレライの顔にかかるヴェールを上げて、真摯に言葉を紡ぐ。
「私だって、今まで戦ってこれたのはあなたが側にいてくれたから!」
ローレライも真っ直ぐにオイナスを見つめて、溢れる想いを吐露した。
「貴女の剣として、貴女の道を切り開く、と誓って今日まで、ボクはローの剣足りえたでしょうか」
「もちろん、いつだって私に勇気をくれたわ!」
「きっとローがいてくれなかったら、こんなに頑張れなかったのです。ありがとうロー」
「こちらこそ……オイナスさん、どんなに辛い時もずっと側にいてくれてありがとう!」
感極まるローレライの桃色の瞳には涙が光っている。
「たくさん伝えたい言葉がありすぎて、何を言っていいか分からなくなってきてしまったけれど。かけがえのない人に出会えた私は、とても幸せです!」
それでも愛を誓うローレライの言葉は澱みなく凛と響いた。
「そして、幸せにしてもらったその分、あなたを幸せにすることを誓います!」
「ボクは、ローと一緒に幸せになる事を誓うのです!」
触発されてかオイナスも力強く言い切って、ローレライと唇を重ねる。
新郎新婦の誓いのキスに、チャペル中が温かな拍手で包まれた。
「——これから起きる辛いことも悲しいことも、あなたとならきっと乗り越えていけるから!」
「これからもずーっとずーっと側にいて欲しいのです!」
ローレライの宣誓へ深く頷くオイナスもまた、嬉し涙を堪えきれず、泣き笑いのような表情だ。
「お二人とも改めておめでとう、お幸せにね」
退場の際、2人並んで目の前を通り過ぎたタイミングで、かぐらが声をかける。
(「前に写真は見せてもらってるのだけど、やっぱり間近で見れるのはこっちも幸せになるわ」)
そう感慨も一入なかぐら自身は、パステルカラーの黄色が爽やかなテディベアの着ぐるみに身を包んでいた。
かくて、オイナスとローレライの結婚式は滞りなく進み、現地の人々にも感動と平和の実感をもたらした。
新郎新婦はその後、式の記念にテディベアをペアで買ったそうな。
●
さて。チャペルに飾られたのと同じテディベアを売るお店では、
「この鶯色の子、可愛いわね。せっかくだしわたしもお迎えしようかしら」
結婚式の興奮冷めやらぬまま、かぐらがお土産を選んでいた。
「あ、そういえば小檻さん、テディベアの名前募集してるって言ってたかしら」
「はいっ。何か良いお名前浮かんだでありますか?」
「うーん、西洋のぬいぐるみだけどあえて日本風に『熊之介(くまのすけ)』、なんてね」
思いついたままに提案するかぐらへ、小檻は大喜び。
「わぁ、かっこいい名前でありますね。この黒い子は熊之介、決定であります♪」
「あら、2人に増えたのね」
「ええ。白いのは『バニラ』って蒼眞殿がつけてくれました」
「へえ、バニラも良いわね。小檻さんと冷たい物繋がりで」
「じゃあ尚更、厳つい熊乃介と良いコンビになれますかね♪」
女子2人が盛り上がる傍らで、
(「……言えない……白いから『白和え』と言いそうになったとか、白い熊から某アイスを連想した上、白いぬいぐるみだとそのうち日に焼けたりして、少し黄色っぽくなりそうだから咄嗟にバニラアイスが浮かんだとか……」)
蒼眞がバニラの由来を言いそびれて、内心冷や汗をかいていた。
●
「かけらさん、お誘いありがとうございますね」
「奏星殿、お久しぶりです~こちらこそありがとうございます」
と、奏星が小檻へ親しく声をかける。
曰く、婚約中の相手もいないから仮装パレードに参加するつもりで来たらしい。
「吸血鬼の仮装でありますか? 奏星殿は綺麗な金髪でいらっしゃるから、黒いお召し物がよくお似合いですね」
小檻が思わず褒めたぐらい、奏星の吸血鬼の黒いマントや赤いスーツの仮装はよく似合っている。
「そんなに褒めても何も出ませんよ」
これぐらいしか、と奏星はすかさず彼女の首筋へ顔を近づけて、かぷっと甘噛みした。
「きゃっ、いきなり何をなさるでありますか」
「ちょっとした悪戯ですよ。吸血鬼の雰囲気作りってことで」
驚く小檻を見て、してやったりと笑顔になる奏星。
「奏星殿はいつもちょっとで済まないから」
「おや……こういうことですか?」
そして、頬を膨らます小檻の後ろへ回り込み、吸血鬼のマントで包み込むように前へ腕を回した。
「……かけらさんが欲しいです」
「あっ、やめ……誰が見てるかわからないのに」
「マントで隠しているから見えませんよ」
黒いマントの内側、奏星の手指が慣れた手つきでそこここの布地から侵入を果たす。
「略奪していいなら、かけらさんを奪って結婚したいところですね」
「だめだめ、ほらわたくしだって将来のウェルカムベアを……やっ、駄目だってばぁ」
「そんな大事な熊さんに、こんなのを見せて大丈夫なんですか?」
「う~、そう言って熊乃介とバニラの目を塞がせて、かけらの両手を塞ぐ魂胆でしょ」
「ご明察」
●
「戦いのないハロウィンって新鮮!」
そう感嘆するのは、ハロウィンらしく吸血鬼風の黒コートを纏ったピジョン。がっつりと全身を仮装したわけでもない、微コスプレといった風情だ。
「……いや、こっちが本来の姿か」
思わず自分にツッコむピジョンへつられてマヒナも笑う。
「そうだね。イベントの度に戦うのへ慣れていたから」
彼女は吸血鬼のピジョンに合わせて、艶やかな赤いドレスを着ていた。
ともあれ、限定ショップで結婚式のウェルカムベアを探す2人。
「さて、お目当てのテディベアは……っと」
「わぁ……カワイイ! どんな子をお迎えしようか迷うなぁ」
所狭しとテディベアが居並ぶ店内を見渡して、思わずマヒナが歓声を上げた。
「こんなに沢山の種類があれば、僕たちの結婚式にふさわしいウェルカムベアも見つかりそうかな?」
実際、ひと口に結婚式といっても新郎新婦の数だけ希望する雰囲気はあるわけで。
それはテディベアに囲まれた式でも例外でなく、どんなチャペルの内装にも馴染めるように、テディベアは毛色から別売りで自由にコーディネートできる衣装や布地から、様々な種類が用意されていた。
「結婚式でワタシ達の代役をやってくれる子達だから、お互い似た雰囲気の子を見つけたいね」
そう語りながら、真剣な眼差しで棚に陳列されたテディベアをひとりひとり眺めるマヒナ。
「あ、このベージュのベア、なんとなくマヒナに似てない?」
こちらも慎重に細部までこだわってお気に入りを探しているピジョンが、ふと新妻を呼んだ。
「わぁ、フワフワでカワイイ!」
ピジョンが手に取ったテディベアは、ベージュの長い毛足と、耳の中や四肢の肉球の黒いコントラストが、クラシカルで拡張高い雰囲気だ。
瞳は透明なガラスのボタンが嵌められ、店の照明を反射してキラキラ輝いていた。
「でしょ。ほら、長めの毛足が髪のシルエットみたいで」
「ほんとだ、ワタシに似てるかな? フフ」
ピジョンの選んだベアが気に入った様子で、我知らず笑みがこぼれるマヒナ。
「あ、グレーに赤っぽい目のこの子は、なんとなくピジョンに似てる気がするな……」
その傍ら、ピジョンに似た雰囲気のテディベアも、しっかりと見つけていた。
照明の反射によっては銀色がかって映る毛並みが独特の趣で、まるで拠った絹糸のような光沢を帯びている。
赤い丸ビーズの瞳は、アンティークなのか深みのある不思議な色彩だ。
「わ、確かに似てるな!?」
ピジョンも思わず驚くほど、そのグレーのテディベアは彼の雰囲気をよく表していた。
「そうそう、ぬいぐるみって首にリボンを巻いてあげて名前を付けた日が、誕生日になるんだって」
早速リボンを探していたマヒナが、思い出して呟く。
「リボンを巻いて名付けた日、か。じゃあ今日が誕生日になるのかな」
ピジョンも感慨深そうにベージュのベアを見やった。
「ハロウィン当日なんて忘れる方が難しいね。この子達の名前は……ピジョンとマヒナ、かな?」
「ピジョンとマヒナ……自分たちと同じ名前ってちょっと呼びなれないけど、ちゃんと仕事してくれそうで頼もしいね」
なんといってもウェルカムベアは新郎新婦の代役なのだから、とマヒナが名づけるのへ、ピジョンも半ば照れ臭そうに頷いて、
「お出迎え役、よろしくね!」
今日からペアになったテディベアたちの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「せっかくだしお揃いのタキシードとドレス着せてあげたいな……」
「そうか。衣装も用意しなくちゃねぇ。任せといてよ」
「うん。ワタシも手伝うね」
●
純白の内装で統一されたチャペルの中は、上方のステンドグラスを通して射しこむ陽の光が、唯一の鮮やかな影を際立たせていた。
そして、ウェディングドレスに着替えてヘアセットも済ませた2人の花嫁——セレネーとクロを、椅子や祭壇、出窓のスペースに至るまで、あらゆるところに飾られたテディベアたちが、つぶらな瞳と優しい表情を向けて迎えてくれた。
金や銀、黒白茶色など、彼らの体毛は荘厳な結婚式に合わせてかシックな色で統一されていたが、その分、着せられた礼服やドレスが赤青緑と華やかで、式の雰囲気作りに一役買っている。
「テディベアで一杯ね、このチャペル。何だか動き出しそう」
思わずセレネーが呟くほど、テディベアの数は想像を遥かに超えていた。特にチャペルの長椅子には、子ども並みに大きなテディベアたちがお行儀良く並んで座っている。
(「参列者はこのぬいぐるみたちで十分。私は故郷との縁を切ってある」)
その柔らかな毛並みから感じられる温かみと包容力を感じて、満足そうに頷いたセレネー。
「沢山の熊さんが見守る中で、外国で結婚式をするとは思わなかったにゃねー」
クロも、テディベアたちの織りなす賑やかな雰囲気へ、楽しそうにキラキラと瞳を輝かせている。
「これでセレネーお姉ちゃんと挙式をあげられるにゃね♪」
「ええ。それにしても、ドイツが同性婚を合法化していて助かった。この際贅沢は言えないわ。安心して式を挙げさせてもらいましょう」
セレネーは安堵の息をつくと、改めてクロのドレス姿をまじまじと眺めた。
ふわふわしたプリンセスラインのスカートが特徴的な浅葱色の爽やかなウェディングドレスが、当人の醸し出す快活さや可愛らしさと相まって、実によく似合っている。
「クロさんはふわふわなドレスね。可愛いわ」
そう微笑むセレネーのウェディングドレスは薄桜色で、スカートのストレートなIラインが彼女自身の凛とした印象を強めつつ、ヴェールに透ける黒髪を一層艶やかに魅せていた。
「セレネーお姉ちゃんのドレス姿も綺麗なのにゃ!」
クロは我知らず花も綻ぶ満面の笑みを浮かべる。
いよいよ、テディベアに囲まれて2人で挙げる結婚式が始まった。
2人ともが新婦なので、どちらかが祭壇の前で待つことはせず、共に手を取り合ってバージンロードを進む。
誓いの祭壇へ向かう高揚感と、椅子に座ったテディベアの装いを楽しみつつ、ゆっくりとドレスのトレーンを満開の花のように絨毯へ広げながら歩いた。
「それじゃ指輪を交換してにゃね」
きっと念を入れて、あるいは迷いに迷って選んだだろう綺麗な結婚指輪を、万感の思いで交換する2人。
そしてセレネーとクロは、テディベアたちに見守られながらお互いのヴェールを払いあって、ついに誓いの口づけを交わした。
「これでもう、ずっと一緒よ。死が二人を別つまで」
「それじゃこれからも一生よろしくなのにゃ♪」
見つめ合う新婦たちを、数多のテディベアが祝福している。
かくて無事に結婚式も終え、控え室でひと息つく新婚夫婦。
「最後に、このテディベアを一つ、結婚式の記念に買わせてもらえないかしら?」
「もちろんにゃ。クロもお祖母ちゃんには結婚OKの報告を貰ってるけど、後でビデオレターと一緒に熊さんも一体送る予定なのにゃ」
「じゃあ、その分も一緒に買いに行きましょう」
作者:質種剰 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:10人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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