ケルベロスハロウィン~摩天楼より愛をこめて

作者:月夜野サクラ

●Frights'n Delights
 ぎらつく陽射しがなりを潜め、日に日に風の涼やかに吹く秋の日のことである。 遠く東京の街並みをヘリポートの端から見渡して、レーヴィス・アイゼナッハ(蒼雪割のヘリオライダー・en0060)は振り返った。斜に構えて一同を見るその傍らには、ゾルバ・ザマラーディ(翠嵐・en0052)の姿も見える。
「久しぶり。……元気だった?」
 超神機アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーに勝利してから、はや四ヶ月もの月日が過ぎた。新型ピラーの開発は順調に進んでおり、ダモクレス本星マキナクロスではケルベロス達の居住区も形になりつつある。
「早いものだ」
 人と車の行き交う道を見下ろして、ゾルバが言った。
「今の調子なら、十二月には降伏したデウスエクスと他の希望者を乗せて、外宇宙に進出できるらしい。……全く途方もない話だな」
 宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化を防ぐため、新型ピラーをまだ見ぬデウスエクスの星へ広めに行く――無愛想な竜人の言う通り、それは確かに途方もない旅になるだろう。そしてその旅を支えるのが、ダモクレスの主星マキナクロスである。
 青い袖を組み替えて、レーヴィスが言った。
「マキナクロスは住民のダモクレスごと、ケルベロスの有志と、定命化できなかったデウスエクス達を乗せて外宇宙に向かう『船』になる。で、ここからが本題なんだけど――その船のお披露目を兼ねて、世界を巡るお祭りをやるんだってさ」
 折しも季節は十月の終わり。このタイミングで祭といえば、何をするかは相場が決まっている。
 僕は別にいいって言ったんだけど、と前髪の花を弄りながら、オラトリオの青年は続けた。
「僕らが向かうのは、ニューヨーク。摩天楼の最上階で、盛大にハロウィンブッフェをやるんだってさ」
 ニューヨーク・マンハッタンを一望する、絢爛豪華な高層ホテルの最上階。空中庭園とも呼ぶべき庭付きのスカイレストランで開かれるのは、和洋中の絶品料理に、ちょっと不気味で可愛らしいハロウィン・スイーツを取り揃えたディナーブッフェである。
「ドレスコードは特にないけど、仮装して参加してもいいし、ケルベロスなら厨房に入って料理をする側になってもいいみたいだね。久しぶりに会う人も多いだろうし、まあ、好きに楽しめばいいんじゃない?」
 友達同士で食べたり、作ったり。
 恋人同士で語り合ったり、寄り添ったり。
 マンハッタンの夜景が彩る一夜の夢を、誰もが思い思いに過ごせばいい。平和と自由を手に入れた彼らを縛るものは、この世に何もないのだから。


■リプレイ


「いよいよここまで来たのですね……」
 聳える摩天楼の庭園から、アンジェリカは光溢れる街路を見下ろしていた。この夜景の中にもきっと、地球に寄り添ったデウスエクス達がいる――そう思うと笑みが零れる。それこそは、彼女達が掴んだ平和の証左であるからだ。
 黄昏のニューヨーク・マンハッタン。巨樹の森が如きビル群を一望するスカイレストランは、既に多くの人々で賑わっていた。
「こういうとこってなんだかちょっと大人な雰囲気だよね」
 煌びやかなブッフェ会場の空気に少し気圧された様子で、うずまきは慣れないヒールを運ぶ。身動きの度にふわりと揺れるサーモンピンクのフレアドレスは仄かに花色がかった白い髪によく合って、隣を歩くリーズレットは満足げに頷いた。
「うん、さすがうずまきさんだな! 思った通り可愛いよ」
 どうせなら絢爛豪華なパーティ会場に相応しい服をと思い、直前にドレスを仕立てたのだが正解だった。黒いマーメイドの裾を翻すリーズレットの後を追って、うずまきはグラスを手に広い窓辺へ歩み寄る。
「リズ姉と初めて会った時、ボクはまだ十六歳だったんだ」
 それがいつの間にか、大人の仲間入り。早いものだとしみじみしていると、リーズレットが振り返る。
「うずまきさんは、これからどうするか決めてるのか?」
「え?」
 問われ、娘はきょとんと瞳を瞬かせる。本音で言えば、彼女が傍で楽しく笑っていてくれるなら、どこで、何をしていようと構わないのだけれど――。
 それを素直に言葉にするのは気恥ずかしくて、そうだね、とうずまきは答えた。
「来年もその次も、また一緒にリズ姉といれたらいいなって思うよ♪」
「……うずまきさんはいつだって、私が一番欲しい言葉をくれるな?」
 どこか安堵したように、リーズレットは口元を緩める。来年の今頃もきっと、二人は地球のどこかでこんな風に並んでいることだろう。
「こうやって出かけるのも久しぶりだね」
「ふふ、お誘いありがとうございます。私も、楽しみにしていましたよ」
 すらりと長い腕に連れられて、触れるほどに打ち合ったグラスの縁が涼やかな音を立てる。可愛らしくも怪しげなハロウィンスイーツとオードブルを一通り乗せた皿を丸テーブルの上に据え、メリルディとフローネは笑い合う。繊細な泡を立ち昇らせるスパークリングワインで一口、喉を潤して、メリルディは言った。
「噂は聞いてるよ。あれから色々頑張ってるんだって?」
「ええ、まあ、それなりに。戦争の後、マキナクロスに行ってダモクレス達と折衝をしたりしていましたね」
「そっか。わたしは大きな戦いのときは行ってたけど、あとはお店の切り盛りが忙しかったからなあ」
 役に立てなくてごめんね、と、オラトリオの娘は少しだけばつが悪そうに笑う。
「フローネたちが結果を出してくれたから、今、ここでこうしていられるんだよね」
「……そんなこと」
 眉を下げてくすりと笑み、フローネはゆるりと首を横に振った。前線に出ることばかりが戦いではない――皆が自分にできることを頑張った、その結果として今があるのだ。
「お互いに、お疲れさま。……今日は、楽しみましょうね」
 煌めくグラスをもう一度掲げて、長きに渡った戦いの労をねぎらう。光を灯し始めたマンハッタンの街並みは、さながら宝石を鏤めた硝子細工のようだ。
「こんな夜景を見ながらハロウィンの食事なんて洒落てるよな」
 空になった皿に左手のフォークを置いて、シズネは呟くように言った。着慣れないネイビーのダークスーツはまだ少しぎこちないが、少しは様になっていると信じたい。
「そうだね。君と一緒だからかな、この食事もより美味しく感じるよ」
 皿に残ったソテーの最後のひと切れを口へ運び、ラウルは両手のナイフとフォークを皿の手前にハの字に置いた。さりげなくそれを真似てカトラリーの位置を直し、シズネは少し、拗ねたように唇を尖らせる。席に着く前、囁く声と共に触れた指先の熱と押し殺したような微笑みを想えば、この服が似合っているかどうかなんて敢えて聞かずともよいのだろうけれど――向かいの席に微笑む男の澄ました顔がほんの少しだけ憎らしくて、シズネは悪戯げに口角を上げる。
「でも――夜景より何より、なんなら世界で一番綺麗なものをオレは知っちまったからな」
「……シズネ」
 驚いたように瞳を瞬かせて、ラウルは言った。
「いつの間にそんな口説き文句を覚えたの?」
「……これもおめぇの真似だよ」
 チョコレートの蝙蝠を飾った南瓜のタルトをひとかけ切って口へ運べば、食べた物が甘いのか、合わせた視線が甘いのか、分からなくなる。夜の中で微かに赤らんだ頬はそのまま、テーブル越しにどちらからとなく額を寄せて、シズネが言った。
「こんな時間がずっと続けばいい、って、お前だってそう思うだろ」
 返る答えを待たずとも、分かる。戦いの日々の果てに掴んだ時間はどうしようもなく愛おしく、手放し難い宝物なのだから。


 ジャック・オ・ランタンを象った南瓜のポットパイ、お化けのフォカッチャに、色も形も様々のスイーツ――蝙蝠型のケーキに派手なマカロン、クッキーサンド。所狭しと並ぶスイーツをどこから攻めるかは、ブッフェの永遠の課題だ。
「わ、わ、全部おいしそう! ね、ひなみく、わけっこしよ!」
 甘味に負けず劣らずきらきらと瞳を輝かせ、キカは言った。パニエで膨らんだキュートなミニスカートは、ひなみくのちょっぴり大人なロングスカートと意匠を合わせた、色違いのお揃いだ。申し出は断るべくもなく、ひなみくは皿に取った真っ黒なケーキを切り分ける。
「好きなものを好きなだけ食べていいなんて贅沢だよね! あ、みてみて、このケーキ中身がレインボー!」
「ほんとだ、びっくり! でも、全部甘くておいしいね……!」
 外見からは想像もつかない派手な色合いは、流石はアメリカといったところか。次から次へ競うように菓子を取り、分け合う二人の足元で、キカのミミック『タカラバコ』が蜘蛛の巣を飾った魔女帽子を被り、自分を忘れるなというようにぴょこぴょこと跳ねている。
「タカラバコちゃんも一緒だよ、心配しないで」
「こっち食べる? ……わ!」
 差し出したケーキを大きな口でひと飲みにして、ミミックは嬉しそうに飛び回る。その姿に瞳を細め、広々とした窓の外に輝くばかりの夜景を眺めて、ひなみくはほうと息をついた。
「今までは季節の魔力が、とかって言ってたけど――今年はとっても平和なハロウィンだね」
「そうだね。……きぃ達、がんばったね」
 明日を憂うことなく素直にこの夜を楽しめるのは、誰あろう彼女達の功績だ。甘さ控えめのアイスティーで口の中をリセットしたら、もう一度、スイーツを取りに繰り出すのも良いだろう。
「鈴も蓮も好きなのいーっぱい選んでいいからね! だいじょーぶ、残ってもボクが食べちゃうから」
「えへへ、リューくんがいるなら、たくさんえらべるねー」
 片やオルトロスの耳と尾を飾り、片や不思議の国を往く少女のドレスに身を包んで、フリューゲルと鈴は手を取り合い駆けていく。その後ろを一歩離れて歩きながら、蓮は苦笑した。
「あんまりはしゃぎ過ぎないようにな」
『は―い!』
 しかし重なる元気な声の主達に、はしゃぐなというのは土台、無理な話かもしれなかった。趣向を凝らした宝石のような料理の数々を前に仮装して、蓮自身、この空気に微塵もはしゃいでいないと言えば嘘になる。
「鈴ね、ケータイのカメラのつかい方おぼえてきたよ! パパとママから蓮おにーちゃにおくってもらうから、およめさんにどんなの食べたよーって見せよーね!」
「よめ」
「……どうかした?」
 スマートフォンを掲げる子どもの忖度のない言葉に、思わず目が泳ぐ。将来的に嫁になるだろう人がいるのは確かだが――それを他者の口で自覚させられるのにはまだ慣れない。なんでもないと誤魔化すように笑っていると、フリューゲルが少し離れたテーブルを指差した。
「蓮、お酒飲む?」
「いや、今日はやめとくよ。酒は二人が大きくなったらな」
「お酒っておいしいのかなぁ? 大人になったら一緒に飲んでみたいなぁ……あ」
 頭を撫でる蓮の向こうに、何かを見つけたらしい。ぱ、と表情を輝かせて、フリューゲルは手を振った。
「ゾルバー!」
 呼び掛ける視線の先には長身の竜人と、小柄なオラトリオの青年が連れ立ち歩いていた。二人の手中のワイングラスを目敏く見つけて、鈴は羨ましそうに声を上げる。
「ゾルバおにーちゃもレーヴィスおにーちゃもお酒がのめる大人さんでいいなぁ」
「別に、特別おいしかないけどね」
 君はこっち、とマシュマロを添えたラズベリーココアを手渡して、あくまでもつっけんどんにレーヴィスが応じる。フリューゲルは手持ちの皿からドラゴンの形をしたクッキーを摘まみ上げると、竜人の肩に停まった匣竜へ掲げてみせた。
「あっちにね、色んな形のクッキーあったけどドラゴンのもあったよ!」
「そうか。……む」
 それは一瞬のことだった。男の肩から身を乗り出した紅い匣竜が、少年の指先からクッキーを掠め取る。止める間もなくそれを口に入れてしまった竜を見て、男は珍しく困ったような顔をした。
「……すまない」
 詫びる男に首を振って、また貰ってくるからとフリューゲルは笑った。
「しかし、随分大きな子どもが居たものだな」
「まさか。今日は偶々二人を預かっただけで――」
 冗談を言っているようには見えないゾルバの言葉に、蓮ははっと息を詰める。もしかすると――この先、或いはそういうこともあるのだろうか?
 俄かに頬を染めた青年の胸の内を見透かしたように、フリューゲルが言った。
「蓮ならきっと、いいパパになるよね」
「ね! リューくんと鈴のおスミつきだよ!」
 真実を見通す子ども達の目に、きっと嘘はないのだろう。だとしたら、いつかそうなればいいな――などと、想ったことは、留守番の彼女にはまだ秘密だ。


「ブルジョワなければ生き残れない。お嬢様大戦の開幕ですわ……!」
 和洋中、この世のすべてを置いてきたような多種多様の料理が並ぶテーブルを前に、クラリスが言った。たっぷりのレースをあしらったワインレッドのイブニングドレス、大きめの耳飾りにゴールドのシャドウでいつもよりちょっぴり、大人の装い――は、いいのだが、え、何が始まるの? 『ブルジョう』って動詞?
 ただならぬ空気にざわつき始めた周囲を沈黙せしめたのは、次なる登場人物であった。カッと高いヒールを踏み鳴らし、黒とオレンジのゴスロリに身を包んだヨハン、もといヨハンナと、ブルーのショールで肩幅を隠したホルターネックのドレス姿のカルナが颯爽とクラリスの隣に並ぶ。
「摩天楼でビュッフェといえば、キングオブ女子力を決めるお嬢様バトルですわ!」
 何それ聞いてない。
 艶やか(?)な二人の姿にまあまあと瞳を輝かせて、灯はスマートフォンを片手に歩み寄る。ダスティピンクが大人なイブニングドレスは花色のアップ髪によく合って、華やかな装いである。
「ヨハンナお嬢様、カルナお嬢様! 素敵ですわ、ときめきますわ! お写真よろしいですこと!?」
「し、写真?」
 一瞬、躊躇いを見せたカルナであるが、ここで怖気づいてはお嬢様が廃る。なんだかよく分からないけどハロウィンの魔力(ノリと勢い)って凄いな、と思う天の声である。
 パシャパシャとセルフィーを撮りまくる一同の元へしずしずと歩み寄って、ティアンが言った。
「所作というのも高貴さやジョシリョクが出る。らしい」
「!!」
 雷に打たれたように、その場の全員が戦慄する。低めのヒールと袖のない、裾を踏まない丈のドレスで着飾り、屈んでも髪が料理につかないようまとめたティアンは、立食パーティというこのゴージャスな場にエレガントにオプティマイズしてきたと言えるだろう。そう、戦いはもう始まっているのである。
「やりますわね……では改めまして、皆様」
 すいとオレンジ色のグラスを掲げたクラリスに、皆が倣う。乾杯、と打ち合わせた杯の立てる涼やかな音色は、『女子力バトル(自主開催)』のゴングの代わりだ。殺気走って大量の食べ物に手を伸ばす姿がお嬢様っぽいのかどうかという疑問はさておき、一同はそれぞれ選んだ料理を皿に取り分けていく。
 カルナが曰く。
「初手は当然ローストビーフ、お肉は乙女の嗜みですもの」
 クラリスが曰く。
「まずは南瓜のキッシュにサーモンマリネと彩りよく季節を味わえる二品を頂きますわ!」
 ヨハン(ナ)が曰く。
「ええ、初手ビーフと前菜スイーツは乙女の嗜みですわ。サーモンもモクテルも綺麗だこと」
 灯が曰く。
「私は初手スイーツ! 食べたい時が食べ時ですものね!」
 誰のためのなんの戦いをしているのかさっぱり分からないけれども、とりあえず皆、真剣であることは疑いの余地がない。ふむふむ、と大真面目に頷きながら、ティアンは海鮮のソテーと果物のムースをマイペースに口へ運んでいく。突拍子のない取り合わせの好物を好きなように食べられるのも、ブッフェの醍醐味である。
 桃色の眸をキラリと光らせて、クラリスは天井を仰いだ。
「勝敗はきっと天が示してくれる筈ですわね」
 え、何それ聞いてない(二回目)。
 まさか勝敗を委ねられるとは思わずなんの基準も用意していないわけですが、『こんなお嬢様がいるか』という言葉を贈ってご挨拶と代えさせて頂くと共に引き続きお楽しみ頂けましたら幸いです。まる。


 ――ところ変わって、空中庭園。煌々と輝く月に最も近いテラス席は騒がしいほどに賑やかな屋内とは対照的に、穏やかな気配に包まれていた。照明を抑えた庭園からは、眠らぬ街並が光の海のように見える。
「夜景綺麗だねー」
 丸椅子の上で脚を遊ばせて、誰にともなくウォーレンが言った。高度のせいもあるのだろうか、頬を撫でる風は冷ややかで、巌は僅かに眉を寄せる。その零れるような明るさのせいか、マンハッタンの街を取り巻く遠景は反って黒々とした闇に沈んでいるようにも見えた。
「なんか……兵どもが夢の跡ってーの? 少し寂しいような――ちょっとおセンチでもあるな」
「本当に平和になったんだよなぁ。……なんというか実感が沸かないよな」
 ゆっくりと首を縦に振って、龍次が頷いた。長く続いた戦いの日々が終わりを迎え、すぐには気持ちの置き場が見つからないのは致し方ないところだが、何も焦る必要はない。なんだかんだと慌ただしく時が過ぎる内、まともに戦勝記念の打ち上げもできずに今日まで来てしまったが、今宵の宴を経て一つ区切りのつくものもあるだろう。何より、こうしてテーブルを囲んだ仲間達と共に街の灯りとを眺めていると、夜風の中にもかかわらず心には仄かな温もりが燈るようだ。
「それにしてもニューヨークは色んな人がいるから、ベジタリアンの僕も安心なメニューが沢山だね」
 勿論、野菜だけではない。肉と魚は勿論、ピザに、ホラーテイストの少し不気味なハロウィンスイーツと、豪華絢爛なディナーブッフェには食べたいものがなんでもある。あれこれ持ち寄った料理の並ぶ幅広のテーブルの向こう側に馴染みの顔を見つけて、ウォーレンは『あ』と声を上げた。
「春臣さん、こっちこっち」
「ああ、すみません、そこでしたか」
 迷ってしまってと笑って、春臣は温かい料理をいくつか乗せたトレーを手にやって来る。中でもトマトピューレの色鮮やかなマンハッタン風のクラムチャウダーは、冷えた身体を内側からしっかり温めてくれるだろう。
「よーし、じゃあ平和なハロウィンに……あれ? 清嗣さんは?」
 きょろきょろと辺りを見回してテラスの端に黒とオレンジのハロウィンらしい衣装を纏った清嗣の姿を見つけ、ウォーレンは長いマフラーを投げ縄のように回しておどけて見せる。
「こっちにおいでよ、捕まえちゃうよ?」
「はいはい」
 悪戯な視線に眉を下げて笑い、清嗣がテーブルにつけばこれで全員。今度こそと全員がカクテルグラスを取って重ねれば、『乾杯』の声と共に摺り合う杯の縁が鈴のような音を奏でる。グラス越しに見上げる空の彼方には、星の瞬きが広がっていた。
 ついとグラスを傾けて、龍次が言った。
「宇宙とか、大きい話だよなあ。俺はここに残ると思うけど」
 音楽活動はやめたくないし。離れたくない人もいるし。
 ぽろりと零した言葉にはそれ以上の意味も含みもなかったのだが――周囲のにんまりと笑む気配を感じて、しまった、と龍次は頬を熱くする。
「な、なんだよ、その顔! 俺のことはともかく、巌さん達はどうなんだよ」
「俺か? そうさな、春臣も居るし……また鍛冶屋に戻るだけで、同じような日が続いていくと思うぜ」
 なあと肩に触れる翼の主へ視線を流して、巌は応じる。その様子をにこにこと眺め、ごちそうさまとウォーレンは言った。
「皆、地球に残るんだね」
「そうだな。俺もこの地球という船の上で、皆の幸せを願って乾杯するよ」
 少しだけ寂しそうに笑って、清嗣は飲みかけのグラスを夜空に掲げる。涼やかな夜風は独り身には少し堪えるけれど、こうやって仲間達の笑顔を隣で眺めるのも、それはそれで幸せなものだ。
 行く手には敷かれたレールも、分かりやすい標もない。広く自由なこの世界で一日また一日と続いていく明日をどう生きるのか――すべては、番犬達の意思に委ねられている。

作者:月夜野サクラ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:22人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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