ケルベロスハロウィン~くろねこ様のお通りだ!

作者:秋月諒

●ケルベロスハロウィン
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。 アダム・カドモンとの最終決戦、ケルベロス・ウォーを終えてから、もう四ヶ月も経つんですね」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って、ほう、と息をついた。
「新型ピラーの開発は順調に進んでいます。こう、どーんと外宇宙にも進出できるようになります。……なんだかやっぱり不思議ですね」
 外宇宙への進出。それは、「宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃」を行うため、「新型ピラー」をまだ見ぬデウスエクスの住む惑星に広めにいくという、途方もない旅だ。
「どれ程の旅になるのか、想像も付きません。マキナクロス住人の皆様や、最後の戦いの後、この地に残らないことを選んだデウスエクスも地球を離れるようです」
 宿縁の果てに戦い、投降した中で、地球を愛せず、定命化できなかった者達だ。
「全てが、動き出しています。寂しいような、やっぱりなんだか不思議な気持ちですが……実は、皆様にひとつお誘いがあったんです」
 ぽむり、と手を打ってレイリは集まったケルベロス達を見た。
「10月と言えばやっぱりハロウィンですよね? ということで。マキナクロスのお披露目を兼ねて地球各地のお祭りに参加しよう、ということになったんです」
「唐突にハロウィンだね?」
 眉を寄せた千鷲に、ふふん、とレイリは狐の耳を立てた。
「なにせ、ハロウィンですから! 世界中、色んな場所のハロウィンにパレードに遊びに行きませんか?」
●くろねこさまのお通りだ!
「皆様をお誘いするのは此処、日本で行われるハロウィンパレードです」
 日本とは言え、海外にある魔女の伝説がある街と交流があるらしく、ハロウィンの時期はその街と一緒に『黒猫のハロウィン』というイベントを行うのだという。
「魔女や魔法使い達が遊びに行っている間に、使い魔の黒猫たちがパーティを始めるんです」
 南瓜のお菓子も、甘いチョコレートも、全部全部魔女と魔法使いには秘密にして。
「勿論、本物の猫さんにチョコレートはダメなんですが。この街では、使い魔の猫たちのハロウィンパーティーとして、夕方から夜にかけてにゃんこの耳をつけて色んなお菓子を楽しむんです」
「猫耳……」
「はい。黒猫のつけ耳ですね。こう、カチューシャだったり、猫耳つきの魔女の帽子とかもあるんですよ」
 そっと視線を逸らした千鷲に、にっこりとレイリは笑った。つけ耳、とそっと息をついた男を置いて、狐の娘はケルベロス達を見た。
「夜の通りに、沢山のお菓子のお店が出るんです。チョコレートは『フォルトファリス』というお店も出ていて、パンケーキが有名なカフェも今日だけは出店で出てきてるんです」
 お花を使ったケーキの店は、ハロウィン特製の南瓜のケーキ。歩いて飲むにはホットショコラ。
「大人にはブランデーを一滴垂らして。大人も子供も、猫の耳をつけて行けば、ハロウィンの黒猫の一匹なんです」
 トリックオアトリートの代わりに、くろねこさまのお通りだ! と告げていく賑やかなお祭りだ。
「秘密の夜のハロウィンパーティー、皆様も良かったら一緒に遊びに行きませんか?」
 レイリはそう言って、ケルベロス達を見た。平和なハロウィンで、とっておきの思い出を作りに。


■リプレイ

●黒猫の街
 夕暮れ時の空の下、甘い香りと賑やかな声が街に溢れていた。 石畳を駆け抜ける子供達に、楽しげな大人達。合い言葉は覚えている? さぁ、秘密のパーティーの始まりだ!
「くろねこさまのお通りです!」
「くろねこさまのお通り何だよ!」
 ふんわりとフリル満載のメイド服を揺らして、今日はお姉さんな心よりはめいっぱい楽しむ心でリーンは笑みを見せた。
「メリリルさん、ホットチョコレートです」
「わぁ、美味しそうなんだよ!」
 瑪璃瑠がピンク色の瞳を輝かせる。黒猫メイドなリーンに対し、今日の瑪璃瑠は黒猫のお嬢さんだ。今日だけは、むぃ~☆ じゃなくて にゃ~ん☆ と爪を隠すように手を握った瑪璃瑠に、リーンは笑みを零した。
「メリーさんの黒猫のお嬢さん、可愛らしいですね」
「リーンさんもメイド姿可愛いよ」
 それに、と二人選んだホットチョコのカップを寄せる。こつん、と二つ合わせれば、二匹の黒猫が仲良く頬を寄せる絵が出来上がるようになっていた。
 さぁ次は何を食べよう、どんな話をしようか。来年は受験生な瑪璃瑠と、今年の内にめいいっぱい遊ぶように二人は賑やかな通りに向かっていく。
「――」
 そんな黒猫のメイドさんとお嬢さんの姿を、サイトは見守っていた。黒猫執事な姿で、それでも後ろにあったサイトに、お菓子が届くまで後、少し。
 今日という日は、今日という日までの過ごした時間も示していた。
「そういえば俺、師匠ともうそんなに身長変わらないくらい伸びたんだよ」
 成長できたってことでいいかな、とスバルは真っ直ぐに師匠を見た。
「ん? そうか。言われてみると皆目線が近い」
 瞬きが一つ、ふ、と男は笑った。
「スバルも昔はこーんなに小さかったのに」
「師匠」
 掌で作られた15センチにスバルが、声を上げる。青の瞳に小さく笑って、降夜は吐息を零すようにして笑った。
「一人前の大人になって、時が経つのは早いもんだ」
 ブランデー入りのホットショコラは、舌に熱すぎた。思わず零した声は、ぴょんとやってきたルヴィルの賑やかな声に紛れていく。
「二人とも同じくらいの背丈だ~。俺も俺も~みろ、同じくらいだぞ~! いや~伸びたな~?」
 3匹の黒猫は目を合わせて笑い合う。いつの間にか伸びた背丈と、視線と――それでも変わらぬ友情に。

「一緒に言ってみねえ?」
「わかった」
 甘いお菓子と再会の香りに、店主が嬉しそうに笑みを浮かべる中、眠堂の声をぴぴん、と長い耳が拾い上げる。こくりと一つティアンも頷けば響くのは今宵の合い言葉。
「――くろねこさまのお通りだ!」
「くろねこさまのおとおりだ」
「さぁ、秘密の時間の始まりだよ。黒猫のみんな」
 ホットショコラの入ったカップで手を温めながら、ティアンは見つけた猫の足跡にぴん、と長い耳を揺らした。
「あっちのは魚の飾りだな。なるほど猫らしい」
「いくつ見つけられるか勝負してもいいかもな」
「勝負。かまわないぞ。勝った方がレーリュッケンを買ってもらうのはどうだ?」
 甘いチョコレートケーキの誘惑を。視線を上げて告げた先、瞬いた眠堂にティアンは「冗談だ」と告げる。
「おいしいものは皆で食べた方がおいしい」
「はは、奢りもたしかに面白いが、そうだな、二人で食う方がもっと良い」

「ベリーおいしって聞いたからベリー沢山のタルトとかロールケーキとか、あとは苺のま……まりとちお? っていうの買ったのだ」
 ホットショコラのカップを置いて黒猫魔法使いな千は、テーブル一杯の甘い誘惑を告げる。
「皆は何買った?」
「ロスティアで選んできたのは、黒猫を模したビターチョコケーキだよ」
 黒猫耳のカチューシャをつけた吾連は備え付けの食器にケーキを並べていく。
「中にはベリーのソースが入ってるんだって! 他にも南瓜やサツマイモのカップケーキを見つけたから、たくさん買ってきちゃった!」
「シャティレも興味津々のようで……と、まだ食べちゃダメだよ、シャティレ」
 そう告げた風音は黒猫の耳のカチューシャをつけていた。
「買ってきたのは苺とベリーを使ったミルフィーユです。苺はもちろん、私もベリー、好きでして……。チョコの黒猫の飾りも乗っていますよ」
 シャティレが選んだのがマカロンだ。
「皆も美味しそうなの、いっぱい見つけたんだね」
 吾連はそうだ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「トリック・オア・トリート!  俺と分けっこしてくれないと悪戯しちゃうよ、なんてね!」
「むふー、千も吾連に続いてとりっくおあとりーとする!」
「トリック・オア・トリート。お菓子に語らい、素敵な時間ですね」
 悪戯も楽しそうだけど、今日は分け合って食べるのがきっと楽しいのだから。

「くろねこさまのお通りだ!」
 通りは賑やかな声に包まれていた。笑い合って歩く姿は、未来が――これからというものを得たからこそ、見れるものだった。
「やはりこの雰囲気は良いな?」
 白い毛並みに、黒猫の仮装に身を包んだ男はのんびりと店を見てまわっていた。黒猫師団として所属し最後の戦争まで駆け抜けた。戦い抜いた日々を思えば、ディークスにとっても漸くの緩やかな時間だった。
「レイリ、良い誘いに感謝を。元の毛並みが暗い色で、くろねこ様らしいよ。良く似合ってる」
「ありがとうございます。ディークス様」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はこれから見てまわるのかと聞いた。
「あぁ。平和になった今、暫くは何処もお祭り騒ぎだ楽しく見て回る事にするよ」
 楽しげな人々の姿に、守り抜いた世界を思いながら。

「猫で例えるとアリスはエジプシャン・マウみたいだな。繊細で怖がりなくせにハンター気質であり、家族と過ごすのは好きと」
 甘いホットショコラを一口飲んで、ルクスはアリシスフェイルの指先に触れる。彼女の空いた手を離さないように、指を絡めて引き寄せる。
「……俺は猫ならなんだと思う?」
「猫の種類に詳しくはないけど、ルクスはシャム猫……そうでもないかしら」
 そういう私の体温を探しに来るところ、とアリシスフェイルは嬉しそうに笑った。
「ルクスは猫というよりはやっぱり狼だと思うわ」
「狼?」
 緩く首を傾げば、彼女が笑う。
「ルクスは自分で思ってるよりも感情豊かなところとかね」
「……」
 それを今言うのか、と浮かぶ言葉は舌の上に溶けて。表情の変化は薄くとも、触れた指先に、表情の端に、彼女への想いが零れているようで――少し、気恥ずかしかった。

「……わ、二人とも見事なくろねこ様だにゃん」
 顔を上げた先、二人の黒猫な姿にクラリスは笑みを零した。
「クラリスにゃんにも似合ってますにゃ」
 そう言ってリューデは、黒猫の耳がついた魔法使いの帽子をつい、と上げる。
「ロストワードにゃんはまさしく黒猫ですにゃ」
「ヨハンは雄々しく、クラリスは美しい。まごう事無きお猫様だ……にゃ」
 少しばかり言いずらそうにしていたのは――やはり、照れているのか。
「ふふ、ヨハンにゃんに褒められると嬉しいにゃあ。リューデにゃんのマント姿も凛々しいにゃ!」
 赤いマフラーを仲間の証に、3匹の黒猫たちが向かう先は迷い猫ロマノだ。クラリスとヨハンの知るその店は、今日も看板猫のミスタと共に甘いチョコレートの香りを届けていた。
「くろねこ様のお通りだ!」
「くろねこ様のお通りだ!」
「くろねこ様のお通りだ!」
 三匹、揃って並んで告げられた合い言葉に、店主は笑って頷いた。
「秘密の時間の始まりだ! さぁ、こちらの猪口もどうぞ! 黒猫様の特製なんです」
 店ごとに違うおまけがついてくるのだと言ったのは、クラリス達を覚えていた店主だった。さぁ、魔法のように温まるホットチョコレートと街を回ろう。

 今宵限りのお揃いと共に吸血鬼と神父の姿に身を包んだシズネとラウルが向かったのは小さなカフェだった。合い言葉をひとつ唇に乗せれば、マカロンにスコーンと一緒におまけが届くのだが——……。
(「あれ? ラウルもしかして恥ずかしがってねぇか?」)
 少し悪戯したくなってしまうが――今日は、嬉しいお揃いだから我慢だ。ラウル、と名前だけ呼んで、出会った瞳が瞬くのを見る。
「ほら一緒に言ってやるよ仕方ねぇなあ」
「一緒に」
 そう思わずなぞるように告げてしまったのは、シズネの優しい言葉に出会ったからだろう。ラウルは笑みを零す。心が楽しさで満ちていくのは、俺だけの黒猫がくれた魔法なのかもね。せーの、と告げる彼に頷いて、二人告げる合い言葉が重なって響いた。
「くろねこさまのお通りだ!」
「くろねこさまのお通りだ!」

「ずっと駆け抜けてきたから、これからの事、まだ何にも決めてないの。でもね……、宇宙に行くにしても、地球に残るとしても……」
 シルは鳳琴の手を取った。指先を絡めるようにして、手を握れば二つの指環が出会う。
「わたし達はずっと一緒だよ」
 頷く言葉より先に、鳳琴はシルの手を握り返す。駆け抜けてきたのは鳳琴も同じだった。
「私の中での希望はあの日、シルが輝きを示した日に決まっているよ。そしてどちらの道を選ぶにしても、私達は」
 重ねた掌、絡めた指先。真っ直ぐに見たシルの晴れた空のような青い瞳に鳳琴は微笑んで――手を握る、彼女を抱き寄せる。伏せられた瞳に、艶やかな唇に触れる。やわらかな口づけと共に、鳳琴は囁くように告げた。
「――永遠に1つ」
「うん、一緒だよ」
 赤と青、対になるようにドレスの裾が触れる。囁くように返された言葉に、抱きよせた腕を少しだけ強くした。

「なあ、千梨は何が食べたい? どんなことがしたい?」
 お気に入りのツーショットに笑みを零して、ラグナは千梨の傍らに立つ。
「今日の俺達は自由な使い魔猫なんだから、めいっぱい我儘に楽しまないと損をしてしまうと思う俺だ!」
「……そうだなあ、先生に倣って我儘を言って良いなら、まずはこうしたいな」
 とん、と触れた手の甲。ぎゅ、と握られた手に、思わず笑ってラグナは頷いた。
「今宵はいい子の俺が我儘の先生になってやろう!」
「うん」
 頷いた声は、笑みを含んでいたか。繋いだ手がふいに――引かれる。引き寄せられる力に、そのままぽすん、と千梨の腕の中に収まれば、触れるだけの口づけがひとつ、落ちた。
「――!?」
「さて、次は甘いパンケーキでも食べに行こうか」
 さらりと告げられた言葉に、ぱくぱくと開いた口から、ラグナの声は慌てて落ちて。
「ぱ、ぱぱ、パンケーキか! うむ、行こう行こう!」
 嬉しいのに、ドキドキしてしまうのを精一杯誤魔化すようにそう言った。

「にゃんにゃんと猫カフェにも行ったねぇ。懐かしいなぁ。なんやかんやであっという間の毎日だけど、皆はこれからどうするの?」
 世界が平和になったのならば――これからを、考えなければいけない時はやってくる。
「ボクは変わらず、かなぁ」
 いつでもご来店お待ちしてます、なんて和は店の宣伝を唇に乗せる。
「これからも私はこの世界を旅し続けようと思う。色んな人に会いに行ったり、それに彼……」
 ぽつり、と薊は呟く。宿敵として出会った彼のことを。
「調べようと思う。元になった人がどんな人か最近になって気になってきたんだ」
「私は旦那様と一緒に喫茶店を開いているからソコで頑張っていくつもりかな」
 リーズレットはそう言って、視線を上げた。
「皆も遊びに来てな?」
 旅の話とか近況を聞かせて欲しい。そう言って微笑んだ彼女に、マルティナは笑みを見せた。
「これから、か。私は、祖国で家督を継ぎ、家を再興させなくては」
 今回の功績で、マルティナは軍でも昇進予定だ。これからも、その在り方は変わらない。
「だが、日本にも度々足を運ぶ予定でいるよ。その際は、リズのカフェにも、是非立ち寄らせてもらうぞ」
 さぁ、これからのことを胸に抱いて。今日はとびっきりに甘くて素敵な時間を。

 夕暮れ時から夜に染まれば、通りに新しい店が姿を見せていた。カジュアルバー・ミッドナイトブルーだ。
「……あの時内緒にした酒言葉、やっぱり気になります……? 恥ずかしいから内緒にしてたんですけど。『心地よい空間を愛するピュアな心の持ち主』なんですよ」
 エルムはグラスを取る。心地いい空間を愛しているのは間違い無かった。皆と行くのは楽しいのだ。
「お酒はシンガポールスリングをお願いしましょう。私の誕生酒、らしいです」
 一人座りのファーにそれぞれ腰掛ければ、背の低いテーブルにはそれぞれが選んだお酒が並べられていた。
「以前アンセルムさんたちが誕生酒飲んでいたのを見て、私も飲みたかったんですよね」
 竜矢の言葉に、ぱ、と環は顔を上げる。
「中条さんも誕生酒が気になった仲間でしたか。私も自分のやつ調べてきたんですよー。『スコーピオン』って名前の甘酸っぱいカクテルらしいです」
 フルーティーなカクテルだというバーテンダーに、環が笑みをみせた。
「アンセルムさんは今日は何にしたんですか?」
「ボクはこのハロウィンに合うようなお酒をお任せで。誕生酒と言うと、なんだか特別なお酒と思えて美味しく感じるよね」
 柔らかな笑みを零したアンセルムの前、かりんが顔を上げた。
「ぼくが本物のお酒を飲めるようになったら、またみんなと一緒に来たいです」
「そうですねぇ。お酒飲めるようになったらまた違った楽しさもあるでしょうしね」
 竜矢の言葉に、環は微笑んで頷いた。
「仁江さんが大人になったら、またここで集まりたいですねぇ。みんなと過ごす心地よい時間はいつだって大歓迎ですから」
「その時もまた、自分たちの飲みたいものを頼んで、こうして楽しく過ごせたらいいな」
 ふ、とアンセルムは吐息一つ零すようにして笑った。
「地球から飛び出していく人もいるかもしれないけれど……ちゃんと飲みに戻って来るんだよ?」

「お、えーがは気が利くねぇ。……酒入り!? テンション上がってまうわ」
 有難く飲ませてもらお、と湖満は笑みを零す。黒の振袖姿が僅かに揺れる姿は、すらりとした美しい娘の姿であったのだが――……。
「大丈夫ブランデーも充分強い酒やから」
 血潮が、あった。振袖に。
「……」
 英賀は考える。柧魅は黒猫呪術師だろう、ピコはマリオネットで――……。
「ホラーじゃん……」
 息をついた英賀の瞳に、ぴん、と立つ黒猫の耳が見えた。
「タンゴ、皆さんに挨拶」
 にゃぁ、と主人と違って人懐っこい黒猫が尻尾を揺らす。
「タンゴが嫌がらないなら撫でても良いです」
「ピコのところの猫は黒かぁ。お、ええ子やね撫で――ごめんやめとこ。今の私やと不審者扱いされそうやわ」
 湖満はそう言って軽く肩を竦める。ピコの腕からひょこ、と顔を出す黒猫は、まだ子猫なのだろう。
「うちにもおばさん猫がおるんよ、灰色のね。今はぐーすか寝とるかな」
「ピコさん猫飼ってたんだ……抱っこしてもいい?」
 猫は好きだけどちゃんと触ったことはないのだという英賀に、ピコは頷いた。
「タンゴが嫌がらないなら撫でても良いです」
「ありがとう」
 すんすん、と鼻先をつけて身を寄せてくるタンゴを英賀はそっと抱き上げた。
「痛たた……なんか……凄く左耳を攻撃される…あっ……羽のイヤリング……!」
 抱き上げたら――てしん、と一発、子猫の興味が揺れるイヤリングに向いていたのだ。
「フフ、モテモテじゃないか」
 そろそろ行くか? と笑いながら柧魅は視線を上げる。今日は、皆で最後まで楽しむのだ。
「ピコさんヘルプ!ヘルプ!」
「あ、タンゴ、無闇にいたずらは駄目です。トリックといった人のみです」
 くろねこさまのお通りだ、と合い言葉を告げながら、神門の皆で通りを巡った。

 黒猫たちのパーティーには、専用の仕立屋だって姿を見せる。あの日、ドレスを仕立てた店の姿が通りの向こうに見えていた。
「あの時仕立ててくれたドレスが一つのきっかけとなって、今や王子様とお姫様は、旦那様とお嫁さんになったよ!」
 するり、と繋いでいた手を引いて、愛おしい彼女を――お嫁さんを抱き上げる。こつん、と一つ額を合わせるようにして、瑠璃音と呼べば、頷くように彼女が微笑んだ。
「くろねこさまのお通りです! ……で良いのでしょうか?」
「くろねこさまのお通りさ。魔女をより愛らしく出来る物はあるかな?」
 二人重なりあった合い言葉に、仕立屋は微笑んで頷いた。
「秘密の時間の始まりです。えぇ、ございますとも。今日は隣のカフェとも一緒にやっておりますので……そちらで少し、お待ち頂いても?」
 そうして二人がやってきたのは、ソファー席のあるカフェだった。
「食べさせてくれなきゃ、食べてる最中のを口で奪っちゃうぞ?」
 ツカサの膝の上、抱きよせられたままに悪戯っぽい言葉がひとつ、届く。黒猫執事のトリックオアトリートに、ふふ、と瑠璃音は笑って、するりと身を寄せた。
「猫耳魔女は悪戯好きです」
 触れる唇。口移しで甘く渡したチョコレートと共に、にっこりと瑠璃音は微笑んだ。

「ほらほら、ぼすねこさまのお通りだ!ってね」
「いよっボス~子分になんか奢ってくんね?」
 サイガと二人、確り声をかけてしまえば、ぎりぎりと振り返った千鷲が「集られた……」と息をついていた。
「――はい、どうぞ」
 まぁでも良いものみれたし、と千鷲が奢ったのはホットショコラだった。ブランデーマシマシに作ってもらった一杯を手に、キソラは街中を見渡した。街を飾る洋灯も猫の意匠だ。
「お、野良猫じゃん。にゃー」
 カフェに姿を見せているというまるい猫が、サイガの声に視線を上げる。
「にゃー」
 それはもう仲間オーラ満載で。黒猫さんモードで声をかけ――……。
「――」
 無視された。そっと視線を逸らされれば、ふ、と吹き出すような笑いを男二人が耐える。先に息がもれたのはどっちだったか。
「愛想がねぇんだよ愛想」
「……アンタらもやれよ」
 向けられた視線に、構えたカメラで一枚を収めるとキソラも同じように「にゃー」と一声告げる。告げるのだが――野良猫は、野良猫様は、孤高であった。
「うはは、よくできました」
 野良猫様が去って行くのを見ながら、サイガは一頻り笑うと、ずい、と押しつけるのはこっそり買っておいたスティックケーキ。傷のなめ合いにとびっきりの甘いお菓子を。

「しかし私とてゆさんは良いとしてそこなウェアライダーふたり……ん? 羊猫だの狐猫だのあざといキメラと化していますがそれに関してコメントはありますかにゃ?」
「え? 佐楡葉なにいってるの。全力で楽しむのが誘ってくれたレイリさんへのご恩返しになるのよ」
 ねー? と振った先、にゃんにゃかにゃーん♪ とティユが応じ、チェザが笑みを見せた。
「くろねこさまのお通りなぁん! 至高の生物、ひつじ猫の前に平伏すがいいなん」
 なにせもふ+もふである。二つが交わり最強に見えるポジションなのである。
「ほんまこいつあざといな……」
 3対1である。
 種族のアイデンティティに揺さぶりかけても動じない千穂に、ジト目を向ければ、ふ、とティユが笑みを零した。
「そういう白羽だってにゃざとい語尾にゃ」
「にゃざとい? ふ、形に入ったなら徹底するのがマナーですにゃあ」
 そう、郷に入れば郷に従え。何せもう猫耳はついているし、仕上がっているのだから。
「……」
 だが、そんな佐楡葉に容赦なく、うわ……という顔をチェザが見せていた。
「ちっほは許したるわ」
「――」
 審議その二のスタート共に盛り上がりだした二人を見ながら、千穂は何処から行く? と通りを見る。ホットショコラに、クッキー、お店はいっぱいあるのだ。
「あ、私パンケーキたべたい! チョコソースかかってるやつ!」
「僕は南瓜のケーキ貰いたいな。分けっこもしようしよ」
 ティユの言葉に、天才だったかー、と千穂が笑みを零す。賑わう二人も戻ってくれば――さぁ、黒猫たちの時間の始まりだ。何せ今日はとびきり素敵な、秘密のハロウィンなのだから。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年10月31日
難度:易しい
参加:43人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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