最近ある公園で児童誘拐未遂事件が発生した。その犯人はドラゴンとオラトリオのものと思われる片翼を生やしたデウスエクスの女性である。
奇妙な話だが、児童が犯人に腕を引っ張られてじきに抵抗を諦めて泣き出すと、犯人は急に優しく抱き締めてきた。抱擁後にまるで電池の切れたオモチャのように放心状態となった犯人から逃げることができたという。
華輪・灯(春色の翼・e04881)は事件によって一時封鎖中の公園内に調査の名目で入っていた。確証は無いものの、彼女には……犯人に1人心当たりがある。
真偽はともかく、撃破済みのドラゴンの配下で主の寵愛を受けていたとされるドラグナー『穢天妃・花月(えてんひ・かげつ)』。生死不明の灯の母親に酷似しているらしい者だ。
いつもは元気一杯の灯が、どこか寂しげに座っているブランコを漕ぐ。
花月は主のドラゴンに狂愛を捧げ、攫ったオラトリオの子供をベースに神造した屍隷兵を主との子と称し愛する狂った母性を持ち合わせていた。そんな子供まで失って彷徨っているのかもしれない。
現場に犯人が戻ってくるか断言できないまま、再び寂しげにブランコを漕ぐ灯。こちらにふらふらと近寄ってくる人影を発見するとブランコを降りた。
灯の記憶に残る母の姿と似た花月が……虚ろな目で主の名を呟いた後に声をかけてくる。
「私達の愛しい子。こんな所に居たのね」
「お母さ……っ」
我が子と扱う屍隷兵と認識してきたはずなのに攻撃されるも、灯は辛うじて回避することができた。たとえ許されざる罪があろうと母である可能性に期待した花月の心は、とっくに壊れてしまっているようだ。
「お母さん! 私の話を聞いてください」
「私と帰りましょう」
そう言いつつも殺意を露わにしてくる花月に……灯の声は届かないのだろうか?
サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)はいつにも増して真剣な表情でケルベロス達を待っていた。現在の世界情勢において皆が緊急招集されるといえば宿縁絡みで、彼女の態度から察するに余程複雑な背景があると考えられる。
「君達、集まってくれたか。ケルベロスの華輪・灯が力とは別の意味で厄介なデウスエクスに襲撃されることを予知した」
そして、やはり宿縁のつながった灯に連絡をつけられなかったらしい。
「猶予は無いわけだ。灯が無事の内に急いで救援に向かうぞ」
皆が向かうのは『穢天妃・花月』が児童誘拐未遂事件を起こした広い公園。封鎖中の上に花月の人払いでケルベロス達と花月しかいない状況になる。
「花月の称号のような穢天については、同じ称号があったデウスエクスとの関連は不明だと言っておく。そもそも、それに触れたところで反応は無いだろうが」
花月のグラビティの詳細は資料に纏められていた。特に癖も無いため、普通に作戦を練ることで灯は救えそう。
先程に時間が厳しいと言っておきながら一旦窓に目が向くと、サーシャが意を決した様子で皆を見やって説明を続けてくる。
「灯は花月を説得したいと思っている。だが……説得は困難と言わざるを得ない」
花月の心はもはや他人が簡単に解説できるような状態ではないのだ。
「それでも、君達は灯と共に花月の説得に挑むはずだな。だから、今回はハッキリと言っておこう。花月の撃破に気をつけるならば途中で手加減攻撃に切り替えるといい。撃破寸前になる頃には攻撃しないという手もある」
説得に重要な情報を忘れてはならない。
「君達もそうかもしれないが、私は刺激すべき花月の心を『母親の感情』ではないかと推測している。それをどうにか引き出してくれ」
皆にかける言葉が思い浮かばないのか、綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)は同行することだけを告げてきた。だが両拳は確かに握られている。皆と最後には灯の幸せをつかめると信じているのだ。
灯は花月に子を奪われた親達がいるという現実を重く受け止めており、彼女と一緒に罪を背負う覚悟ができている。
母だと願いたい相手の娘のつもりで望む『最良の結末』とは……。
参加者 | |
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ティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040) |
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695) |
ウォーレン・ホリィウッド(マシュマロ・e00813) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
華輪・灯(春色の翼・e04881) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426) |
ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983) |
●心の在り処
公園に駆けつけたケルベロス達を、『穢天妃・花月』は濁った瞳で見回してきた。その皆を無視して華輪・灯(春色の翼・e04881)に心身を蝕む花を振り撒いてくる。
父の暁良(あきら)と母の飛花利(ひかり)から生まれし太陽と花の子、灯(あかり)。戸惑いながらも守りを固めていた彼女だが、皆の顔を見回して落ち着く。
「私は灯。この名前に、貴女と似たこの姿に覚えはありませんか? ずっと、待ってたの」
特製の爆破スイッチを押し、花月に花の香りがする爆風を浴びせた。
「でも、私……もう待つだけの子どもじゃない。迎えに来たよ、飛花利お母さん!」
表情を変えない花月へと、それでも飛花利と呼び続ける。
仲間の盾となる自分達のために、ウイングキャット『アナスタシア』は翼で清らかな風を起こした。
「はじめまして。ずっと会いたいと思ってました」
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が灯の傍らに立って花月と向かい合う。
「大切なお嬢さんを僕にください……と、言いたくて。先日のハロウィンに灯さんと夫婦になった僕も貴女を義母と呼び、家族になりたいと願っています」
「紹介するね。カルナさんは本当に強くて、優しい人で……彼と一緒だと何でもできるの。勿論、お母さんを支えることも」
「飛花利さん……いえ、お義母さんの愛した人は暁良さんですよね?」
優しい緋色のベルに似たカランコエの『Engel Lamp』を形態変化させ、聖なる光で前衛陣を照らした。
「両親の名の一部と沢山の愛を受け継いだ子の名は……灯」
カランコエの花言葉の1つは『沢山の小さな思い出』である。
「どうか、思い出して下さい。僕達が護りますから」
「また……家族になろう?」
守り手として布陣するジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)は、反応の薄い花月に稲妻を放った。
「家族を討つ悲しみは知ってるわ。でも、今の私達なら。仲間1人の心を守れず何のためのケルベロスよ!」
唯一和解できた妹とハロウィンで再会した際には、『自分と重ねた人も大切に』とだって言われているのだ。
「灯さんの幸せを守れないジェミ・フロートじゃないわ」
「壊れた心をどうすれば取り戻せるか、そんなのわからないよ。でも、でも……」
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)が隊列中央で魔法の木の葉を舞い散らせて己の牽制能力をより高めておく。
「どんな言葉も、きっと伝わると信じてるからっ!」
「灯おねえ、一人で先に行くなんて水臭いのう。お母さんのことはヘリオンで聞いてきたのじゃ。じゃからこそ、水臭いのじゃ」
同じく牽制を担うドワーフの少女、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は彼女にとって威厳と知性の象徴である付け髭の形を整えた。
「皆がそれぞれ悩みを持ち、それに直面した時に助け合うのが仲間なのじゃ」
友達の望みを叶えたいだけで……ティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040)の親に対する心情は皆と同様というわけではない。
「親というのの考える事、ティアンはあんまりぴんと来ないが」
回復重視の隊列後方で灯に属性のエネルギーにて盾を形成する。
「守りたかったのか? 少なくとも、泣かせたかった訳では、ないのだろう。お前のやり方は、誰かの子供を傷つけて泣かせるだけだ」
(「ティアンちゃん……」)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は並々ならぬ事情のありそうなティアンを一瞥していた。血の繋がらない弟妹が大勢いて友人かつ妹分をほっとけない彼で、彼女にも頼もしいと思われている。
「あの人の心は壊されたんだ」
皆から一歩引いた雰囲気で呟いたのはウォーレン・ホリィウッド(マシュマロ・e00813)だった。仲間を守ろうと警戒しながら、花月に攻撃を仕かける。
「罪はあの人だけのものではないし、灯さんだけが背負うものでもないと思う。どうすればいいのかはわからないけど……どうしたいかは、はっきりしてる。灯さんがお母さんと一緒に帰れるように頑張るよ」
「傷付けさせるワケにゃいかねぇンだよ。華輪が親を、愛してる限りは」
途中までは隊列後方にて攻撃重視のため、キソラが白いドラゴニックハンマー『残骨』で花月に竜砲弾を撃つ。
ウィゼはパズルより解き放った稲妻を花月に回避されるも動じなかった。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」
2人の結婚には驚いていたが……それで外したのではなく、単純に花月が強いのだ。目先の問題はキソラの砲撃で解決することになるだろう。
「時間はこれからたっぷりとあるのじゃ」
●想いよ、届け
綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)が『御業』を鎧に変形させてくる。
「華輪さんに、ご加護をっ!」
別種の片翼を交互に羽ばたかせ、花月はウィゼに風の刃を放出してきた。
「お義母さんの事は灯さんから沢山聞きました。優しくて温かくて、料理には幸せの魔法がかかってる……素敵なお母さんだと」
カルナが『時空干渉治癒方陣』を展開してウィゼの切り傷の急激な治癒促進を行う。
「僕は母の記憶が朧気で、灯さんが嬉しそうに語る母の話は、僕の心も暖めてくれた」
「灯さんは悲しい涙を楽しい笑顔に変え、いつだって優しく温かく友を助けてきた。何年も本当に頑張ってきたんだよ?」
花月に礫を飛ばすと、ジェミは灯の肩に手を乗せた。
「ここにいるのは貴女の大切な娘。そして、私達の大切な灯さん」
「親が子を襲う、子が親を討つ……そんなこと、そんなことは、絶対にダメッ!」
シルが左手に持つ淡い碧色の刀身の短剣『風精の涙』で、前衛陣を守護する星座を描く。
「子が親を殺すなんて、そんなことはわたしで十分だ……」
一瞬だけシルを見やってきた花月。
解呪の力を強化するべく、ティアンは魔力の木の葉を纏った。大切な相手を『敵』として扱わなければならない感情は彼女も知っている。友達のために思うことは、ただ1つだ。
(「灯が辛くならないですむといい」)
灯の友達にしてシルの伴侶たる鳳琴も、決戦後からの奇跡を此度も信じている。
「私もシルも『お母さん』に、最愛の人との幸せな日々を見せられなかった。灯さんはまだ出来ますよね? 灯さんのことを、幸せにしていただけませんか!」
キソラがオーラを練る要領で精神を集中させて花月を爆破した。
(「オレは子を害する親を許せない……許せなかった」)
灯に他人事とは思えない部分があり、悔いは無くとも罪悪感のような想いを抱えている。実親の愛情無く育ったゆえ、それを求める者を応援したい気持ちは人一倍強い。
花月にドラゴンの威圧感を向けられたのは前衛陣で、ウィゼは今度こそ竜を象った強烈な稲妻を彼女の竜翼に命中させた。
「ふむ、やはり歪んでいるとはいえお母さんの心は残っているようじゃのう」
それならば花月にはドラゴンの因子に打ち勝ってもらいたく、子が親に楽しかったことを聞いてもらうみたいに話しかけていく。
「まずはヨンジューニゴーおねえが遊びに来た時のことを話すのじゃ」
攻撃標的に定められているウィゼを風の刃より守る灯。
「……私、寂しかったけど、頑張ったよ。一度だけ、甘えたい。褒めて欲しいな」
花月は邂逅時に声を発して以降から、ずっと黙ったままだ。
主を元気づけるため、アナスタシアが灯の頬にすりすりして羽ばたく。
「シア、ありがとうございます」
「子を殺す事を愛とは言いません。それは身勝手な思いの押し付け」
カルナは『魔砲キャノン』で花月をロックオンすると、魔力を弾丸に変換させて一斉発射した。
「母とは子を愛し、愛されてこそ……母なのだと思います」
花月に前衛陣として威圧されたウォーレンが、ふと弱気な顔をする。
(「僕は母にとってあまり良い子ではなかったから、困らせてばかりだったから……僕では説得がうまくいかないかもしれない」)
「我が子を求めているからこそ……だから、子供を求めているの? それは、あなたの主が求めていたこと? それとも、子供を求める親の本能?」
シルは左手人差し指から魔力弾を撃ち、魔力状の蔦や蔓によって花月を拘束した。
全身を切られたウィゼに、ヴァルキュリアの礼が治療を施す。
(「屍隷兵を作った者は絶対許せないと思ってたけど。彼女は犠牲者でもあり、私と似てるのかもしれない」)
夕暮れと見紛う彩の糸一重の『結』をはめた手を胸に当てるティアン。あるかも分からぬ灯との思い出に期待して幻で花月に記憶を思い起こさせた。
「今のお前にもあるのではないの、ひとつくらい」
荒療治になることを危惧していたが、幸か不幸か花月に変化は無い。
「諦めるのが正解かもと一度思ったけど……きっと、逆。諦めちゃダメだ」
ウォーレンが頭上より『聖母の涙』を降らせる。ウィゼの痛みに同調し、真珠色の光を掌に出現させて彼女に投げかけた。
「最後まで手を離さない……狂っても壊れてもあの人は愛を手放していないから」
光に照らされた雨粒が真珠のように煌く。
僅かながらも傷を癒してもらい、ウィゼはモードチェンジさせたブラックスライムで花月を捕まえた。
「次は灯おねえがお庭と言い張る樹海のこと、その後は灯おねえのそっくりさんが現れた時のこととか話すかのう」
呪花が風に乗ってくると、ウィゼに被害が及ぶ前に突っ込んだのはアナスタシアである。
「華輪さんには笑顔が似合います。微力を尽くしましょう」
バラフィールが治せる傷のあるウィゼを翼猫のカッツェと治療した。
「カッツェ、油断せずに皆さまも守りましょうね」
「なあ……ホントはナニを探してたンだ。親ってのはただ子の幸せを願うモノだろ」
花月の体に覆わせた砂嵐を地に刺さる雷ごとく硬化させて自由を奪うキソラ。
「アンタも愛する者の笑顔を、成長を、ただ見たかったンじゃねぇの?」
あくまでもウィゼを狙う花月は、片翼で風刃を発生させてきた。
シルがウィゼに光の盾を張り、わからずやの花月に接近するウォーレンにエールを送る。
「声が届かないなら、殴ったりしてでも届けちゃえっ!」
「うん!」
雨雫を弾く黒革のレインブーツ『虹渡り』で虹の軌跡を作り出しつつ、ウォーレンは加減して花月を蹴った。虹渡りを悲しき涙で濡らしたくはない。
キソラも闇に在れば無に融ける七彩のオーラの出力を弱めた上で、花月を軽く殴った。
「しっかり見てやれよ。何にも惑わされず、アンタの娘でありたいと願う、華輪の姿を」
稲妻の威力を抑え、ウィゼが静電気のような攻撃を花月に炸裂させる。
「灯おねえはもうウェディングドレスに袖を通したのじゃろうか? もう一度着てもらっても良いかのう。その時には傍で見守っていてあげてほしいのじゃ」
●花月の闇
水を纏うと左腕が矛と化し、花月はウィゼを屠ってきた。子細発覚を拒んでいたその一撃は……魂を凌駕させまいとする究極の刺突である。
幸い、告げたいことは先程の時点で言い尽くしていたウィゼ。
支援者達にウィゼの退避を任せ、ジェミが一旦花月の説得に専念する。
「私は灯さんを妹のように愛してます。私を何度も助けてくれた妹が……最後に母との永別を迎えるなんてあんまりです」
訴えかけるのは花月の母性だ。
「貴女の帰る場所は、灯さんの傍しかない。お母さん……沢山の人に好かれてきた灯さんのゴールを、どうか幸せにしてあげて」
「わたしは、お母さんをこの手で討った。その事実は変わらない事だ。この罪はどんなことをしても償えないものだから。でも……だからこそ、子が親を討つ悲しさや苦しみは知っている」
灯に光の盾を具現化させたシルは、爪が食い込んでも構わずに右手を強く握り締めた。
「親殺しの十字架を、子に背負わせるつもりなのっ!? そんな十字架を背負わせたくないのなら、壊れた心に抗えっ!」
想いが、言葉が、止まらない。
「あなたを求めている子は、そこにいる。あなたの求めている、欠けたピースは……その子だよ。自分の意志でっ、灯さんに声をかけてあげてっ!」
花月がどこか迷いを帯びさせながらも前衛陣に圧をかけてくる。
「お母さんがしてきたのは……罪深い事だと思う。だけど、泣く子を抱きしめた。心の底はいつだって優しい、お母さんのままだよね」
皆の被害が軽度のため、灯は花月の抱擁を待つように身を晒した。
「親を、子を、失う苦しみを、私たちは知っているはず。もう誰も殺さないで、奪わないであげて」
「お前は誰と帰りたかったの。幼いなら誰でもいい? それとも……お前自身の、血と縁の繋がる子供? 亡くせば取り戻せないが、傷なら癒える事もある」
ティアンが黒き鎖で前衛陣を守護する魔法陣を描いて花月に問いかける。
「……地球、愛せそう?」
微かに眉尻を下げると、花月は攻撃しないで俯いてきた。だが殺意は消え去っておらず、それ程までに彼女の心は壊れてしまっているらしい。
灯が沢山の光る羽と花の香りで花月を包む。
「大丈夫、傍にいるよ」
そんな灯に花月から返ってきたのは狂気の花だ。彼女に想いは通じているはずなのに……残酷な運命が皆の心すらも黒く塗り潰したいというのか。
「飛花利さん、ダメだ」
花月をその名で呼び、ウォーレンは灯に襲いかかるカマイタチの軌道上に割って入った。あえて灯みたいに無防備となってみる。
「どうか灯さんを助けてあげて。このままだとお母さんを殺さないといけないんだ。そんなの嫌だよ」
花月がウォーレンには目もくれないで執拗に灯に呪われた花を撒いてきた。
灯を抱き締めるジェミ。呪われながらも花月に懇願する。
「お願い、止まってください!」
竜翼に複数の稲妻を受けていた花月が、困ったように立ち止まってきた。戦場を離れた身であるウィゼとて、彼女の残していった影響は大きい。
「どんな姿でも、心が残っているのなら一緒に帰りましょう」
今一度カマイタチが灯に繰り出され、カルナは方陣で彼女の傷をふさいだ。
「心を汚された事に、犯した罪に苦しみ怯えるなら。一緒に償う方法を考えます。どんな時でも、支え合うのが家族ですから。大丈夫、貴女はこんなにも愛されてるのだから」
「共に背負うと、死なせたくないと言ってくれるヒト達がいる」
キソラがあまりに歯がゆく声を上げる。
「その幸せを、諦めるンじゃねぇ」
花の呪いと同時に、花月は灯を絶望感という猛毒に侵そうとしてきた。
ジェミが翼のごときオーラの『赫翼』を滾らせていき、明るい未来に飛び立つ気力を灯に与えて叫ぶ。
「灯さんに『お母さん』としての声を聞かせてくださいっ! 帰ってきてよ、お母さん!」
「私は大人になったよ」
灯を切り刻まれそうになり、カルナは彼女を抱き寄せて背中で花月の風刃をくらった。
(「どんな時も必ず護ると約束したから」)
自身の負傷具合を考慮して覚悟を決めた灯が、再び花月を正面より招く。
「大切な彼も、来てくれた皆のような頼もしい友達も沢山いるの」
カルナは灯の肩を抱いた。
「健やかなる時も病める時もと誓ったから、君だけに背負わせたりしない」
「もう大丈夫だよ。生きててくれて、ありがとう。どんな時もずっと愛してるよ。一緒に、帰ろう?」
無言で錯乱するように、花月が灯へと強襲してくる。庇おうとするカルナの隙を突き……想定外の強力な一撃で彼女の胸を貫いてきた。
灯はもう皆に後を託すしかない。
「そん、な……」
説得の要である灯が戦線離脱に至り、ジェミは子供みたいに無垢に泣いた。
常に希望を胸に戦ってきたケルベロスだが、時には絶望に打ちひしがれそうになって誰が責められるだろうか?
「……っ」
ウォーレンも灯の目から涙が流れて堪らずに泣く。
「ごめん、なさい……」
誰かに業を背負わせることを謝りながら、灯の意識は闇の底に沈んでいった。
●一欠片の心
闇の中にある灯の意識。懐かしい感じがする子守歌が聞こえた気がして目を開けると……優しげに小さく微笑む飛花利と見紛う花月の顔が眼前に広がった。
地面に座る花月の膝を枕に、灯は気を失っていたのだ。
「お母さんっ!」
起き上がって花月に思い切りと抱きついた。
皆が事の経緯を灯に話していく。
灯の気絶直後、花月は回復させてやれない彼女を抱くと、ほんの少し光を取り戻した瞳で皆に助けを求めてきた。それはまさに子を想う必死な母の姿だったという。総合的な理由で歩み寄ってはこなかったものの、泣く者も我が子と認識して激しく母性を刺激されたのか。
灯の『愛』と毒にしかならぬはずだった2人の『絶望』の合わせ技による大団円だ。
花月が側に立つシルを見つめると座ったまま徐に手を伸ばしてきた。不思議そうに屈んだ彼女の頭を……そっと撫でてくる。真の母性に目覚めて、辛い過去を抱える彼女を見過ごせなかったのかもしれない。
「こんな事、されたらっ……」
決戦後の再会で温もりを味わいたかった者の最期を思い出して涙が溢れ出すシル。花月にその者の代わりとなることはできなくとも、今だけは……『たられば』を想像したっていいだろう。
納得のいった花月は、気が抜けたように無表情となってきた。一部の者には微笑み返してくれて完全な放心状態じゃなく、灯が一緒なら大丈夫そう。
花月の手を取った灯のもう片方の手を、カルナが愛おしそうに握る。
「全員で帰りましょう」
「はい!」
しばらく離したくなくて、灯は2人の手をちょっぴりと強く握るのだった。
作者:森高兼 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年11月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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