彷徨う心無き天使

作者:雷紋寺音弥

●噂の真相
 人里離れた廃工場に、野生のナノナノが生息している。そんな都市伝説を耳にしたのは、いったい何時の頃の話だっただろうか。
(「ん……野生のサーヴァントなんて、存在するはずがないんだよ。これは、調べてみる必要がありそうだね」)
 奇妙な噂を耳にして、リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)は、単身廃工場の調査に向かっていた。大方、野兎か何かを見間違えたのだろうと思っていたリリエッタであったが……しかし、彼女の前に現れたのは、ナノナノに酷似した冷たい金属の塊だった。
「……NANO……NANO……ピュア……ハート……カイシュウ……」
 全身を小刻みに震えさせながら、片言で喋る謎の機械。それがサーヴァントの類などではなく、紛れもないデウスエクスであることは、誰が見ても明白であり。
「ダモクレス……まだ、こんなのが生き残っていたんだね」
 咄嗟に身構えるリリエッタ。既にダモクレスとの……否、デウスエクスとの戦いは終わりを告げたはずなのだが、目の前のメカナノナノは、戦いを止めるつもりはないらしい。
 果たして、ここでこのダモクレスを破壊してしまうのは正しいのか。そんな心の迷いを突くようにして、ナノナノ型のダモクレスは、問答無用でリリエッタに襲い掛かって来たのであった。

●機械星の置き土産
「大変です! リリエッタ・スノウさんが、廃工場でダモクレスに襲撃されることが予知されました!」
 デウスエクスとの戦いが終わった今、いったい何故。そんな疑問を浮かべるケルベロス達に、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は事態の詳細を簡潔に纏めたボードを指差して説明を始めた。
「リリエッタさんが襲撃を受けるのは、『野生のナノナノがいる』と噂されていた廃工場です。そこへ調査に向かったところを、ダモクレスの生き残りに遭遇してしまうようです」
 その名も、Dサーヴァント・メカナノナノ。ナノナノを模して作られた量産型ダモクレスだが、当然のことながら機械なので、愛を信じるピュアな心など皆無である。が、しかし、己をより完璧な存在にするために、ナノナノの捕獲を目的に水面下で活動していたようだ。
「アダム=カドモンとの戦いが終わって、ダモクレスと和平が結ばれたことで……メカナノナノは、その目的も失って、バグが起きちゃったみたいなんです。そのせいで、今はピュアな心を持っている人なら、誰彼構わず襲い掛かるようになっています」
 定命化に抗った副作用も相俟って、今のメカナノナノは完全な暴走状態。いくら量産型のダモクレスとはいえ、リリエッタ一人では荷が重い相手だ。
「今から行けば、リリエッタさんがメカナノナノに襲われた直後に助けに向かうことが可能です。折角、平和になったのに、戦わないといけないなんて悲しいですけど……」
 それでも、油断していると思わぬ痛手を食らうであろうと、ねむはケルベロス達に念を押す。メカナノナノは体内に大量のナノマシンを蓄えており、それを使って自己再生したり、相手に放って動きを止めたり、果ては猛毒を注入して来たりするので要注意。
「メカナノナノか……。ちょっと可哀想な気もするけど、やっぱり戦わないとダメなんだよね……」
 相手のことを考えると哀れな気もするが、今まで共に戦った仲間を見捨ててはおけない。そう言って立ち上がったのは、成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)。
 仲間のピュアなハートを守るため。そしてなにより、彷徨える心無き天使に安らぎを与えるため。そう言って、ねむもまたケルベロス達に、改めて依頼するのであった。


参加者
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
清水・湖満(氷雨・e25983)
リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)
九田葉・礼(心の律動・e87556)

■リプレイ

●機械仕掛けの忘れ形見
 噂の廃工場に向かったリリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)を待っていたもの。それは、当然のことながら野生のナノナノなどではなく、ナノナノの形をしたダモクレスだった。
「むぅ、戦いが終わったのに襲い掛かってくるなんて……」
 定命化の副作用か、あるいは本星からの指令が途絶えたことが原因か。目的を見失い、暴走したメカナノナノは、リリエッタの説得も空しく彼女へ襲い掛かってくる。
「NANO……マシンユニット……展開……」
 メカナノナノの瞳が怪しく輝いたかと思うと、その口から吐き出される無数の極小メカナノナノ。顕微鏡で確認しなければ形さえ判別できないそれは、一つ一つが敵を侵食し、動きを止めるためのナノマシン。
「……っ!?」
 ほんの少し触れただけなのに、左手の感覚が完全に失われ、リリエッタは思わず顔を顰めた。
 ナノマシンの群れに触れた指先が、完全に硬化している。集結したナノマシンがそれぞれ連結することで凝固して、彼女の身体を固めてしまったのだ。
 このまま防戦一方では、いずれ全身を石像のように固められてしまうだろう。もはや、戦って破壊する以外に道はないのか。そう思い、覚悟を決めたリリエッタだったが……運命の女神は、最後の最後で彼女を見捨ててはいなかった。
「お待たせ! 助けに来たよ!!」
 成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)の放った氷の螺旋が、一瞬だけメカナノナノを怯ませる。その隙に、バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)がリリエッタを含めた全ての仲間達に、羽の形をした光を放って与えた。
「冒されぬよう……病魔よ、消え去りなさい」
「ん……これで手も元通り動くね。助かったよ」
 羽が触れた瞬間、指先を固めていたナノマシンが融解し、リリエッタは指の感触を確かめるように手を握りながら礼を述べた。
 これで戦況はこちらが有利。後は、このメカナノナノを、果たしてどう処理するかだが。
「メカナノナノかぁ。ちと攻撃するの躊躇う……てわけはないね」
「これも、相手の攻撃の手を緩めさせるといった計算を入れての物であろう。外観に惑わされるわけには行かないな」
 清水・湖満(氷雨・e25983)とジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)の二人は、リリエッタが殺されるくらいであれば、破壊もやむなしと考えている節があった。しかし、そんな彼女達とは異なり、リリエッタは最後までメカナノナノを救うことを諦めてはいなかった。
「戦いはもうしなくてもいいのですが、相手は暴走状態。それに大切な友が危機なら、私も黙って放ってはおけませんよ、リリちゃん?」
「ん、暴走してるんだ。だったら、ケルベロスの暴走みたいに、どうにかして正気に戻すことはできないかな?」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)の問いに、リリエッタはあくまでメカナノナノを救いたいと改めて告げる。そのために、多少の負傷は仕方がない。皆には面倒なことに付き合わせて申し訳ないが、いきなり破壊するのは待ってくれと。
「ダモクレスと停戦が成立した今、戦う理由はありませんからね。命令がこなくて混乱して暴走しているならメカナノナノに罪はありません。出来る限りのことはしてみましょう」
 リリエッタの言葉に、頷く源・那岐(疾風の舞姫・e01215)。同じくルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)も、リリエッタの想いを尊重し。
「ケルベロス・ウォーの時も、リリちゃんはダモクレスとの決着をつけた後に、命を奪わずに手を取れないかとずっと考えていました。そんな今のリリちゃんが、ダモクレスの命を奪って傷つかないはずがありません」
 もはや戦う必要などないのだ。それでも、降りかかる火の粉は払わねばならない時もあるが、しかし助けられる命であれば、無駄に殺める必要もない。
「この一件、何とも難しい話だな。否、最善の手を探すのが私達の務めだ! リリエッタの望み、叶える為に尽力するよ」
「この子も何とか助けたい。皆、同じ気持ちですよ」
 リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)と九田葉・礼(心の律動・e87556)も、リリエッタの背中を押してくれた。見れば、他の者達も苦笑しつつ、リリエッタの考えに賛同を示してくれたようで。
「やはり、こうなったか。ナノナノ好きのリリであれば、何とか正気に戻そうとするだろうとは思っていたが……」
 結局のところ、この場にいる全員、お人好しの物好きなのだ。それでも、どうしてもリリエッタがメカナノナノを救いたいというのであれば、自分も破壊ではなく救出に全力を尽くそうと、ジークリットは先の言葉を訂正した。
「……みんな、ありがとう。なんとしても、あの子を止めるよ」
 己に与えられた任務に意味さえ忘れ、ひたすらピュアなハートを求めて暴走するダモクレス。そんなメカナノナノに、真にピュアなハートとは何かを教えるため、リリエッタは静かに拳を構えた。

●暴走、ピュアハート!?
 本来であれば、人間のピュアなハートを理解することで、ナノナノを再現すべく作られたメカナノナノ。だが、その目的もアダム=カドモンが倒れた今となっては失われ、メカナノナノは完全に『ピュアなハートを回収するだけ』の暴走メカと化していた。
「……NANO……NANO……ピュア……ハート……」
 尻の部分からドリルのような針を出して、メカナノナノは近くにいた那岐に襲い掛かって来た。だが、そうはさせまいと咄嗟に身を挺したリリエッタによって、その攻撃は那岐に届くことなく阻まれた。
「……っ! だ、大丈夫ですか!?」
「ん、問題ない……とは、言えないね……」
 針からナノマシンを直に注入されたリリエッタの顔色が瞬く間に悪化して行く。体内に侵入した極小のメカナノナノが、直にリリエッタの身体を蝕んでいるのだ。
「しっかりしてください、リリちゃん! あなたが倒れてしまったら、誰があの子を助けるんですか!?」
 慌ててルーシィドが大自然を媒介にリリエッタと自身をリンクさせたことで、辛うじてナノマシンは除去された。が、このまま何もしないでいては、いつまで経ってもメカナノナノの暴走は止められない。
「ピュアなハート持ってる人を襲うという情報ですから! ピュアなハートの皆さんは気をつけてください!」
 次に誰が狙われても良いようにミリムが叫んだが、果たしてどこまで注意喚起胃の効果があるだろうか。なにしろ、この場に集まった者の大半は、暴走するダモクレスでさえ身を挺して保護しようとする酔狂な者達。そんな彼らの心は、当然のことながらメカナノナノからすれば、全てピュアに見えてしまう。
「ア……ガガ……ピュア……ハート……タスウ……カクニン……」
 殆ど全ての者が標的にされる可能性がある以上、次はどこに攻撃が飛んでくるのか分からず、却って厄介なことになっていた。その度に回復すれば大事には至らないのかもしれないが、それでもこちらの体力とて、上限がないわけではないからだ。
「後、どれだけ戦えるのか分からんし……とりあえず、全力で止めんとまずそうやね」
 覚悟を決めて、湖満が竜砲弾でメカナノナノを狙い撃つ。衝撃と共に砲弾が炸裂したところで、続けて那岐がパズルより雷の竜を召喚し。
「メカなら電撃は有効でしょう。これで少しは、大人しくしてもらえると良いのですが……」
 メカナノナノを感電させることで、束の間、動きを止めようとする。さすがに高圧電流には耐えられなかったのか、メカナノナノは全身をショートさせながら、関節や装甲の隙間から黒い煙を上げ始めた。
「よし、今だ! 一気に畳みかけるよ!」
「ああ、任せろ。ただし……加減を間違えないようにな」
 リィンの言葉に頷き、合わせて飛び上がるジークリット。二人は空中でタイミングを合わせ、それぞれ流星の如き軌跡を描く飛び蹴りで、メカナノナノを蹴り飛ばし。
「そっちに行きましたよ、リリちゃん!」
「守りや支援は、こちらに任せてください。その間に、敵の動きを……」
 ミリムや礼が告げる中、リリエッタもまた軽く頷き脚を繰り出す。吹っ飛ばされたメカナノナノは、リリエッタに蹴られることで再び元の位置に戻って行き、そのまま甲高い音を立てて廃工場の床に転がった。
「や、やったの!? これで後は、説得すれば……」
「ん、まだだよ。なんだか、変な手応えだったからね」
 思わずメカナノナノに駆け寄ろうとした理奈を制止し、リリエッタは静かに告げる。果たして、そんな彼女の予想は正しく、メカナノナノは全身の負傷をナノマシンで修復させながら、傷口を硬質化させることで、更に強力な姿になり襲い掛かって来たのだった。

●ピュアなる願い
 暴走を止め、なんとか正気に戻さんと奮闘するケルベロス達だったが、しかし冷たい金属のボディを持つメカナノナノは、そんな都合などお構いなしに攻撃を繰り出して来る。
 やはり、心を持たないダモクレスに、人の心を理解させるのは難しいのだろうか。いや、そんなはずはない。レプリカントとして生まれ変わるダモクレスがいる以上、このメカナノナノにだって、絶対に人の心を理解させることができるはず。
「ダモクレス相手を正気に戻すとなれば……やはり、物理的に殴り回路に衝撃を与えての方が良いのだろうか?」
「う~ん、どうだろう。確かに、田舎のお祖母ちゃんの家にあったテレビは、叩くと映りが良くなることもあったけど……」
 それは根本的な解決にならない。というか、そろそろメカナノナノが限界過ぎて死にそうだと、ジークリットに理奈が告げた。
「仕方がない。全てはリリ、後はお前に託そう」
 これ以上、自分にできることはないと、まずはジークリットが身を退いた。他にも、何名かのケルベロスが戦いを中止して説得に回らんとしたが、敵が未だ完全に動きを止めていない以上、全員が戦列を放棄するわけにもいかず。
「暴走、てだけならもしかしたら……と期待しとったんやけどな」
「いえ、理屈とか理論とか関係ありません! 『暴走を解いて仲直りしたい』って思うその素直な気持と心を、思いっ切りぶつけることができれば……」
 どうしても必要なら自ら手を汚すことも厭わないと語る湖満だったが、ミリムがそれを制した。元より、湖満も決着そのものはリリエッタに委ねるつもりだったので、それ以上は何も言わず。
「さあ、この子に分からせてやるのです!」
 そのためにはナノマシンの防御が邪魔だと、ミリムはメカナノナノに組み付いて抑え込んだ。そして、動きの封じられたメカナノナノの金属ボディに、リィンの繰り出す音速を超えたスピードの拳が迫る!
「最後の決断は如何なる形になろうとも……リリエッタ、お前に委ねる!」
 凝結したナノマシンを正面から砕き、リィンは最後をリリエッタに託した。果たして、この状態のメカナノナノに、リリエッタは何をするつもりだろうか。
「大丈夫、痛くないよ……」
 それだけ言って、リリエッタは活動停止寸前のメカナノナノを優しく抱きしめた。その上で、斜め45度の角度から弾丸を……ただし、破壊のための弾ではなく、癒しのための弾をメカナノナノへと撃ち込んだ。
「……ッ!? NANO……NANO……コレ、ハ……ピュア……?」
 敵がいきなり戦闘を放棄し、果ては自分をいたわるような素振りを見せたことで、メカナノナノは明らかに混乱していた。これはチャンスだ。この機を逃してしまえば、もう二度とメカナノナノを、正気に戻すことはできないかもしれない。
「いまはもう、あなたに下されていた命令は失効しています」
「アダム=カドモンは言いましたよ。『諸君は自由だ』と……。ですが、目的を見失って暴走することに、それは含まれないと思います」
 ケルベロス・ウォーの際にアダム=カドモンが全ダモクレスに対して発した停戦命令の記録や、アダム=カドモン自身のタペストリー。それらを使って、ルーシィドと礼はメカナノナノに語り掛ける。
 もし、消滅を恐れて定命化へ抗っているのならば、恐れずに受け入れて欲しい。なぜなら、ここで破壊されてしまうのは、とても悲しいことだから。メカナノナノに限らず、全てのダモクレスは創造主であるアダム=カドモンに愛されていた。それを否定してしまっては、ピュアなハートなど理解できないと伝えたが。
「…………」
 メカナノナノからの返事はない。迷っているのか、それとも正論だけでは、やはり心を持たせることなど不可能なのか。
「ここにいる方は、貴女を助けたい大きな愛情で貴女を救いたいと思ってますよ。私もです」
 ならば、こちらの想いを余すところなくぶつけてやろうと、那岐は包み隠さず言葉にして、メカナノナノの頭を撫でた。
 大切な人の声が聞こえず、さぞかし寂しかったことだろう。だが、もう寂しがる必要はない。なぜなら、この地球で生きることを受け入れてくれれば、もう一人ぼっちではなくなるのだから、と。
「んっ……みんな、ありがとう。後はこれで、みんなの言葉からぴゅあなはーとを学習してくれればいいんだけど……」
 相変わらず返事をしないメカナノナノを、不安そうに見つめるリリエッタ。まさか、処理能力を超えたピュアなハートを与えたことで、オーバーロードを起こしてしまったのだろうか。
「あっ! 見て、メカナノナノが!」
 そんな時、理奈が思わず声を上げて指を差せば、なんとメカナノナノがリリエッタの腕から離れ、静かに浮遊を始めた。もっとも、既に攻撃の意思はなく……その背中から大量のナノマシンを放出し、自らのことを包み始めた。
「NANO、NANO、NANO……」
「NANO、NANO、NANO……」
 大量の極小メカナノナノが、まるで虹色の蝶の羽の如く拡散して行く。それは、メカナノナノ本体を包み込むと、やがて繭玉のような形に固まって、静かにリリエッタの腕の中へ戻って来た。
「えっと……これ、どうなってるの?」
 状況が読めず、理奈が繭玉を覗き込んだ。繭玉は何も答えなかったが、しかしリリエッタには、メカナノナノが暴走を乗り越え、こちらの話を理解してくれたのだと分かっていた。
「たぶん、この子はリリ達のぴゅあなはーとを勉強しているんだと思う……。それが終われば、その時はきっと……」
 機械の身体を持ったナノナノとして完成するのか、あるいはレプリカントに進化するのか。その、どちらかは分からないが、少なくともメカナノナノとは、これ以上の戦いをしなくとも済みそうだ。
「ふぅ……ええ戦闘やったな」
 額の汗を拭い、最後に湖満が呟いた。これから先、どれだけケルベロスとして戦えるかは分からない。だが、少なくとも単に殺し合うだけの戦いとは、本質的に異なるものが待っているのだろう。

●ピュアの伝道師
 ピュアなハートを学習することで暴走から解き放たれ、休眠状態に入ったメカナノナノ。鋼の身体が隠された繭玉を手に、リリエッタは工場の天井を仰ぎつつ呟いた。
「ぴゅあなはーとを理解できるなんて、ダモクレス驚異のメカニズムだね。でも……地球では飼えないよね」
 もっと機械に強ければ、あるいは休眠などさせずとも、しっかり修理できたのかもしれない。残念がるリリエッタだったが、しかしメカナノナノを救えなかったわけでもない。
「悲しむ必要はありませんわ。この子は、きっと近いうちに復活するでしょう」
「それに、ダモクレスの本星は、宇宙船に改造されている最中だと聞くぞ。そこに預ければ、あるいは人の心を理解した機械として、他の惑星にピュアなハートとやらを伝えてくれるかもしれないな」
 リリエッタを励ますルーシィドとジークリットの二人。その言葉は決して気休めなどではなく、彼女達の本心だ。
「宇宙にピュアなハートを伝えるダモクレス……」
「なんだか、本当に天使みたいですね」
 宇宙に飛び立ち、多くの星にピュアなハートを伝えているメカナノナノの姿を想像し、那岐と礼も思わず口にした。そのためには、マキナクロスの完成までに、眉の中での自己修復を終えてくれねば困るのだが。
「大丈夫! リリちゃんが一緒にいれば、きっと直ぐに繭から出てきますよ」
「そうだな。そのためにも……この子は責任を持って管理するんだぞ」
 ミリムとリィンに背中を押され、リリエッタも静かに頷いた。
 そう遠くない未来、マキナクロスが巨大な宇宙船に改造された時は、改めてメカナノナノを故郷に返し、宇宙へと送り出してやろう。ナノナノの偽物などではなく、地球人のピュアなハートを、まだ見ぬ宇宙の生き物達に届ける天使として。
(「ん、よく頑張ったね。次に目が覚めたときは、ちゃんとお話もできるといいね」)
 繭玉を優しく撫でながら、心の中で語り掛けるリリエッタ。改造されたマキナクロスに乗って、機械の天使が宇宙を駆ける。そんな未来はケルベロス達が思っているよりも、案外と近づいて来ているのかもしれない。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年8月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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