●祝いの宴
――長く苦しい戦いの日々であった。
しかしケルベロスたちは戦い抜き、デウスエクスに怯える事の無い世界。
平和を手に入れたのだ――!
「そういう訳で、完全勝利を祝って大運動会が開催される事になったぞー」
些か声音を弾ませて告げたレプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は片目を瞑り、掌の上にホログラムの資料を浮かび上がらせ。
「今回の開催地域は――地球全土だ」
『万能戦艦ケルベロスブレイド』に搭乗して地球全土を巡り、各地で行われる競技に参加をする事となる、と。ホログラムモニターを大きく広げて見せながら言った。
「さて、皆に参加して貰いたい競技だが……」
「はーい、はーい! 中継はもう繋がっているのかしらっ?」
広げられたホログラムモニタの中で、ドレスで着飾った遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)が大きく腕を振ってアピールをしている。
「ここグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国……ことイギリスでは、執事競争……バトラーレースが開催されるのよっ!」
イギリスは四つの国から成立する、連合国国家である。
その各首都――まずは北アイルランドのベルファストで紅茶を淹れてから出発し、海を泳いで渡る。
それからジェットパックに装備を変えて、スコットランドのエディンバラからウェールズのカーディフへと向かい。
そこからはイングランドのロンドンに位置する、お嬢様の待つお屋敷へと。
執事らしく走ってスマートに紅茶を届ける――これは四つの国の首都を駆け巡る、トライアスロンなのだ!
「えっと……、大体1260キロ程度の距離のレースになるみたい」
結構な距離を走って貰う事になるけれども、と冥加は首を小さく傾ぎ。
「各地に配置された小剣型艦載機さんたちが、ちゃんと撮影をしてくれるから撮れ高に関しては心配しないでね!」
なんて笑った彼女は、ぎゅっと拳を握った。
「それとね、途中で困っているお嬢様たちが沢山いるから、お嬢様を華麗に助ける事も執事の役目でしょう? 執事としての行動も、大切な加点対象なのよ」
執事たるものいかなる時にも冷静に、スマートに。
ただゴールするのでは無く、人々への気配りもポイントとして加味される。
――かといって、紅茶が冷めてしまっては本末転倒。
「私たちお嬢様――レディたちは、あなた達が紅茶を届けてくれるのをロンドンのお屋敷で待っているわ! できるだけ早く届けて頂戴ね!」
そうして。
中継画面の中で冥加がカーテシーをすると、ぱちりと画面は掻き消えて。
瞳を開いたレプスは小さく肩を上げ、下げ。
「ま、そういう訳だ。――頼んだぜ、バトラークンたち」
ケルベロスたちの活躍を確信した様子で、ウィンクをするのであった。
●
さあ、始まりました。
全世界を股にかけたケルベロス大運動会、イギリス部門はバトラーレース!
それでは執事達の活躍を、ダイジェストでご覧頂きましょう!
歴史を感じる、石やレンガ造りの目立つ美しい町並み。
気を抜けば目移りしてしまいそうな素敵な光景を、エレは駆けてゆく。
「おや、……失礼」
そこに石畳の上で蹲るお嬢様の姿を認めるとその場で膝を付き、彼女の手を取った。
「少し目眩が……」
「ああ、御無理をなさらず……軽い熱中症の様ですね」
執事であり心霊治療士でもあるエレはお嬢様を抱き上げ、迷わず涼しい場所へと向かって駆け出す。
「そんな……レースの途中、ですよね?」
「ふふ、困っているお嬢様は見過ごせませんから」
それは正に執事の鑑の様な姿で、エレは甘く笑みを浮かべた。
「お嬢様、いかが致しましたカ?」
海に向かって立ち尽くすお嬢様を見つけたエトヴァは、ボウアンドスクレープ。
「ああ困りました、母の形見の……」
帽子が風に攫われ海に飛んでいってしまったと、さめざめと泣く彼女を前に。
エトヴァは近くのベンチを示すと、予備の紅茶をカップへ注ぎ。
「まずは温かいお茶はいかがでショウ? ……帽子はお任せくだサイ」
「ありがとう、美味しい……」
紅茶を一口飲むと泣き止んだ彼女に、エトヴァは甘く微笑み。
「お嬢様のお役に立てる事は執事にとって何よりの喜びデス」
そうして帽子の場所の計算を始め――。
「ハッ!」
執事服でバッチリキメたベーゼは、執事アンテナへの強い反応に気が付くと。
「任せてほしいっす、お嬢様!」
「まあ、ありがとう」
重たい荷物を抱えるお嬢様の荷物を抱え。
「えーん、えーん」
「お嬢様、どうされたっすか!?」
「お母さんが……」
「一緒に探すっす!」
「ほんと?」
「勿論!」
迷子のお嬢様あらば、荷物片手に手を引いて。
「うっ持病が」
「今助けるっす!」
――駆け回るベーゼはレース途中であっても、見てみぬ振りなんて出来ない。
困っているお嬢様は手を差し伸べたい。どれだけ時間がかかろうとも――最後まで、全力で!
そう。ケルベロスは困っている人を見かけると、じっとしてはいられない者ばかり。
ベルーカだって、その一人だ。
お年を召しされたお嬢様を背から下ろしたベルーカは、深々とお辞儀を一つ。
「大廻りさせて、申し訳ございませんでした」
「いいえ、たすかったわ。よかったら、ご馳走したいわ」
「ケルベ……執事として当然の事をしたまでです。それに今は先約もございまして」
「あら、残念ねえ」
「ご縁がありましたら、是非」
「楽しみにしているわ」
「はい!」
笑うお嬢様に踵を返したベルーカは、先約であるゴールで待つお嬢様の為に更に駆け出し――。
困っているお嬢様は何も、一般人だけでは無い。
お嬢様であるティアンは長耳をぺったりと下げたまま、うらめしそうにある店を眺めていた。
「……お嬢、様?」
そんなティアンに気がついた、執事であるキソラは思わず足を止めて。
彼女の視線の先、『売り切れ』の看板が揺れる扉を見やって。
「実は……」
「は? スコーン?」
お嬢様がこの店のスコーンを求めていると聞いたキソラは、まあまあ素の声をあげてしまう。
「とても、楽しみにしてたのに……」
「……同じ趣向の」
「だめ、この店の味がいい。のです。わ」
「あっ、ハイ」
しかし無い袖は振れないもの、キソラは眉を少し寄せて。
「お気持ちはお察しシマス。しかしお嬢様、先の分は誰かの幸せと気持ちを切り替えて頂けるなら、帰り迄には手配を……」
「……絶対だぞ」
「はい、必ず」
思わずティアンを褒めてしまいそうになるけれど、彼女は今日はお嬢様。キソラはショートブレッドを取り出して。
「代わりにはなりませんが」
「ん」
頷いて顔を上げたティアンの耳は上向き。そうして彼を見上げ。
「ところで、こういう菓子には、紅茶がとてもあう。ます。の」
「……この紅茶はダメですよ、届け物! なので!」
ティアンは更にじっと見上げて――。
猫耳を揺らす環は、謎の出来事に悩んでいた。
「どうして……?」
執事枠で申し込みをした筈なのに。用意されていたのはどう見てもドレス、どう見てもお嬢様。
「そういえば環のエントリーが間違えてたから直しておいたんですけど……」
「ああ、執事参加はボクの見間違いかと思っていたけど……やっぱり間違いだったんだね」
そこに歩んできたエルムとアンセルムの会話が耳に入れば、環は尾を立てて。
「って、エルムさんの仕業ですかっ!?」
「あ、環……。あれ?」
自分をお嬢様に仕立て上げた犯人を、見つけるであった。しかし、もう登録されてしまったものは仕方がない。
「それではお嬢様、お」
「お嬢様、お手をどうぞ」
勘違いから登録を変更してしまった事もあり、エルムが手を差し出すと。ずいと彼を押しのけ、アンセルムも手を差し出し。
「……どうぞ?」
「あ、あの、アンセルム……こっちが先に……」
エルムがぱちぱちと瞳を瞬かせると、不思議と闘志を燃えている様に見えるアンセルムの瞳。
「ああいや、別に他意はないよ。エルムにはサポートをお願いしたいだけなんだよ」
「そ、そうですか? サポートはしますけど……」
美形二人に同時に手を差し伸べられる環は、妙にどぎまぎ。
「あのっ、えっと……」
なんたって、二人は顔がいい。
ああーっ、すっごいむず痒いし、すっごい心臓に悪い!
そこに。
はたと全てを理解したエルムは顔を上げて。
「もしかして嫉」
「違います……さあ、失礼いたします、環お嬢様」
言葉をノータイムで被せたアンセルムは、人形ごと紅茶ケースをエルムに投げつけ、環をお姫様抱っこ。
「人形を投げるなあっ!?」
キャッチするエルムの抗議をスルーしたアンセルムは、環を抱えて駆け出して。
「少々窮屈かもしれませんがご容赦を」
「わー!?」
……嫉妬ですよね?
エルムは二人を追いかけながら、遠い目をした。
「うえーん、うえーん。スパダリなイケメンがほしいよー」
いかにもお嬢様の装いで、レイはわざとらしく泣いていた。
――弱っているお嬢様を装って近づいてきたイケメンをゲット!
それこそが本日のレイの作戦だ。
「お困りでございますか、お嬢様?」
「スパダリなイケメンが――って、兄貴!?」
「はい、こんにちは、レイお嬢様」
そこに立っていたのは、イケメンを勝手に兄認定するレイの兄貴分の右院。
そりゃあ申し分がないと、レイは右院へと飛びついて――。
そうしてたどり着いた、空の旅。
上はイケメン、下は絶景。これなーんだ。
「ねえ、ねえ♪ あれが天使の島? 近くでみたい~!」
「ええ、勿論。お嬢様がご覧になられたい場所ならば是非行きましょう」
「ふふーん、それでこそあたしの執事ね♪」
答えは、ゲロ甘レイ得イベント。
光の翼を広げて二人手を繋いで空の旅なんて、幸せ以外の何事でもないのだけれども。
右院はレイの見たい所を優先して、ずいぶん遠回りもしてくれている。
「あの島は、引き潮の時のみ陸が繋がるそうでございます」
「へえー、だから今は本当に島なのね」
――エスコートと笑顔が素敵な執事と、ちょっぴりわがままなお嬢様の空の旅はもう少し続くのであろう。
執事とはスマートかつエレガントに、そしてマッスルでなければいけない。そう。お嬢様の為ならば、汗一つかかずに余裕の表情で物事をこなす筋肉が執事には必要なのである。
「……困りましたね」
石畳にヒールを引っ掛けてしまったお嬢様――紺は、地へと座り込んだまま。
「――お嬢様!」
そこに姿を現したのは、何処にでもいる圧巻の肉体美を誇る執事、ムギであった。
「紺お嬢様、……もしよろしければ私にお嬢様をお家までお送りする栄誉を頂けますでしょうか」
「栄誉だなんてとんでもない。あなたが駆けつけてくれて、どれほど安心したことか。ぜひお願いしますね」
紺に決して恥をかかせぬように申し出た紳士のマッスル執事は、紺をお姫様抱っこで抱えあげる。
それは紺にとって少し恥ずかしくて、……とても嬉しい事。
「私の頼れる執事様、どうか私を導いてください」
頬を染めて紺がその逞しい腕に身体を預ければ、ムギは柔く笑って。
「ええ喜んで、お嬢様が望んでいただけるならば、何処までも導き支えましょう。それが執事としての私の、いえ俺の望みだ」
今まで駆けていた速度よりは随分と遅い。
しかし執事としてお嬢様の安全を何より大切にする動きで、ゴールを目指し駆け出すのであった。
「危ないっ!」
駆ける馬車の跳ねた泥が舞い上がり、咄嗟にお嬢様の前に駆け込んだエリオットは、その背に泥を受ける。
「ごめんなさい……私がぼっとしていたばかりに……」
「いいえ、お嬢様のためなら、僕は代わりに泥を被ることも厭いませんよ」
防具特性で泥はすぐに落ちる、それに泥を被ろうとも、その心は汚れる事は無い。
――エリオットは普段、貴族として仕えられる立場である。
しかしノブレス・オブリージュの本質は、民の幸福を守る事。
貴族も、執事も、困っている人を助けるという姿勢は同じ事だ。
「もう大丈夫です……気にしないでくださいね」
幼き頃より世話を焼いてくれる『じいや』の姿を胸裏に浮かべ。
――優しい大人になれるように、エリオットは願う。
石畳の街は美しく。
そこに座り込んだ金髪のお嬢様は、美しいの街に映えて見えた。
「ああ、大きな銀狼の執事さん……! 足を挫いてしまいましたの、どうかお助けくださいまし」
リューディガーの姿を認めると顔を上げたチェレスタは、空の色をした瞳に憂いを揺らして。
「ああ、勿論。――お嬢様を助ける事は、執事にとって当たり前の事だからな」
自らの愛しい妻が着飾った姿はリューディガーにとって少し嬉しい事ではあったが、執事としてはそのような事をおくびにも出さずに。
リューディガーはチェレスタをお姫様抱っこで抱き上げて。
「それではお嬢様、少し揺れるかもしれませんが――」
「いいえ、お気になさらないで」
逞しい腕に抱き上げられれば、胸いっぱいに感じられる幸せ。
勿論、彼が気遣ってくれる事は嬉しい事だ。
しかし。
その事で真剣勝負に水を差してしまうチェレスタにとっては望む所では無い。
「ありがとう、チェレスタ。……お前のその優しさが何より俺の力となるんだ」
「ふふ、ありがとう」
――ああ。やっぱりルーディは私の素敵な旦那様。
「どうしましょう……」
川の前で立ち尽くす、一人のお嬢様。
「失礼します、お困りでしょうか?」
そこに執事服にいつものモノクル――何処からどう見たって執事のメイザースはボウアンドスクレープ。
「時間に厳しいおばあさまに呼ばれているのに……橋が壊れてしまっていて」
「ふむ、成程。――それでは近道でお送りいたしましょうか?」
「えっ、……は、はい」
「それでは、失礼致します」
「きゃ!」
お姫様抱っこをしたメイザースは、翼を広げて空へと翔び立つ。
――困っているお嬢様を助ける事は、執事……英国紳士として当たり前の事なのだから。
優雅に、華麗に、迅速に。
――最愛の人が何処かで困っている筈だから。
ハルはお嬢様達を助けながらも、気を抜く事無く。
そうして大量の本を持ち上げられずに困っているお嬢様――エリザベスを見つけると、勢いよくハルは彼女の前へと駆け込んだ。
「お困りですか?」
「……うん」
ハルとエリザベスは視線を交わすと笑い合って。
――お姫様抱っこで彼女を抱きかかえると、再び駆け出した。
しかし。
お姫様抱っこで駆けていたハルとエリザベスは、気づけば横並びで駆けている。
……お姫様抱っこだって素敵だけれど、一緒に横を走る事はもっと素敵な事だから。
「ねえ、少しはドキドキしたかい?」
「うん……。見知ったロンドンの街が、今日はまるで別世界みたいだったよ」
ハルの問いにエリザベスは柔らかく笑って、大きく頷いて。
「とっても、楽しかった」
ふふと笑ったエリザベスを見やるハルは、幸せそうに瞳を細めて。
「よかった。……けれど兄妹ならそうは感じなかったと思うよ?」
「そうかなあ」
くすくす笑う彼女は、肩を竦める。
ゴールまではもう少し。でも、本当は順位なんて気にしてない。
だって二人でこうやってはしゃげた事が、――かけがえのない最高の思い出だから。
目にも鮮やかな水色のドレスが、美しい黒髪を引き立てるよう。
星型サングラスを掛けた箱竜が、彼女に向かってぴょーんと跳ねて。
「ああっ、助けて! 突然悪いボクスドラゴンに襲われて……!」
「がおー!」
有理がそこに訪れた執事……夫である冬真にしなだれかかると、彼女の箱竜であるリムが頑張って作った悪い顔で吠えてくれる。
可愛いけれどがんばって演技をしてくれているのだから、なんとか笑わないように有理は瞳を細めて。
「きっとお腹が空いているのね。このままでは食べられてしまうわ!」
「成程空腹ですか……、承知いたしました」
冬真だってリムの熱演には笑ってしまいそうになるけれど背筋を伸ばして。
――ささっとテーブルを設営すると、完璧なお茶を用意するのであった。
「どうぞお嬢様、それにリム様も」
レースよりも、お嬢様に安心して貰う事の方がよっぽど大切。
……尽くしたいだけかもしれないけれど。
「がお?」
「まあ。流石、私の執事ね」
肩を竦めてクスクスと笑った有理は、冬真の頬へと口づけを落とし。
それから彼の引いてくれた椅子に腰掛けるとリムを呼ぶと、優雅なアフタヌーンティーを始めて――。
「……あら? もうこんな時間?」
楽しい時間は、あっという間。
キープアウトテープの巻かれた、古い石造りの建物の中。
困っているお嬢様がいると呼び出されたブランシュは、訝しげな表情で薄暗い屋内を歩んでいた。
「一体何故、この様な場所に呼び出……、ぶはっ!? こ、これは一体どういう事態で、ございますか!?」
大きなホールに足を踏み入れたブランシュの目に飛び込んできた光景は、礼が台に頭を押し付けられ、回りには斧を持った処刑人らしき者、兵士らしき者、僧侶に侍女らしき者。
礼はふてぶてしく顔を上げると、首をこてんと傾げて。
「え? 私はチューダー朝辺りの、権力抗争に巻き込まれ処刑される悲劇のお嬢様ですが何か?」
「どうしてそんなに胡乱な返事をなさるのか!?」
「ええ、気持ちはわかります、それでは頑張ってね、執事騎士様?」
「まさか、幽霊を巻き添えに……?」
否、それは礼のオリジナルグラビティで再現された者達だ。彼らは一斉にブランシュへ襲いかかり……!
これは普段から礼の店であまりに自由な事をするブランシュに対しての、執事はお嬢様を助けなければいけないというルールを逆手にとった、ちょっとした礼からのお礼参りなのである。
……ああ、覚えてなさい。
レイピアを手にブランシュは、内心歯噛みをひとつ。
理弥にとってロンドンは憧れの地、絶対来ておきたかった聖地だ。
「困りましたわ」
そこにおろおろと地を見つめるお嬢様が一人。
リボンタイを締めた理弥は、彼女の横へとすっと寄り。
「耳飾りを落とされた、と言う事ですね」
「ええ」
「耳飾り紛失事件の謎はティータイムの前に解くことにいたしましょう」
なんて格好をつけたのだが、どこをどう探しても見つからぬ耳飾り。
「何か見落としが……ハッ!」
その時理弥の灰色の脳細胞に電流走る。
彼女の鞄は開いていた、……その中に!
「ありましたわ!」
「これにてケースクローズド! って時間!?」
茉依はロンドンで待っている筈だった。
しかし彼女が居るのは、カーディフだ。その上木登りをして降りられなくなった少年と、猫まで見つけてしまったものだから。
「……困ったな」
風船を手にした少年と猫。全てを抱いた茉依は木上で困っていた。
彼らを抱いたままでは降りられない。しかし彼らを抱かないと助けられない。矛盾というやつだ。
「どうしてこんな所にお嬢様が……!?」
「助けてくれるか?」
そこに駆けてきたラギアの姿を認めると、茉依は小さく笑って。
「お嬢様の憂いは全て晴らしてみせましょう!」
「うむ、頼んだぞ」
速やかに猫と少年を救い出すラギアを――茉依はまるで魔法使いのようだと思うのだ。
「成程、フィッシュアンドチップスを召し上がりたいと?」
「そうだ」
ならばと案内を申し出て手を引くラギアは、やはり魔法使いのようで。
「混雑していますから、決して私の手を離さぬように。……それと、虫よけもお忘れですね」
そうして茉依の左薬指に通された指輪はあまりに自然で、魔法のようで。
「……私と共に人生のゴールを目指してくださいませんか?」
手の甲に口づけをされて、始めて茉依は目を見開き。
「……っ、あ、……ゴールでもどこでも、一緒に行くのだ!」
こくこくと頷きながらぎゅっとラギアに抱きついた。
カーディフまでたどり着いたリリエッタは、気合を入れ直していた。
そうここからは、いよいよラストスパート!
「執事らしい服装といえば、これだよね」
という訳でリリエッタはもっこもこの超ひつじ服を身に着けていた。
執事で羊な格好は日本より涼しいとはいえ、やっぱり熱いけれど。執事といったら羊だから仕方がない。
そこに響いてきたのは赤ちゃんの泣き声だ。
「あっ、ひつじさん……」
「うん、執事だよ、困ってるの?」
「妹が泣き止んでくれなくて……」
「リリのもふもふにお任せだよ」
そうして赤ちゃんを抱き上げた羊はあやしだして――。
ドレスに身を纏ったシルをエスコートするのは、執事たる鳳琴の役目。
「ねえ琴、誰かが困っている声がするよ」
「本当ですね、……今すぐ助けて参ります!」
シルはおしとやかに、清楚に、お嬢様らしく。
「シルお嬢様、こちらのスコーンも美味しいそうですよ」
「うん、とっても美味しいよ、琴」
そして鳳琴は、紳士に、スマートに、執事らしく。
――人々を助ける鳳琴の琴が、シルはとても格好良くて、誇らしくて。
それなのにどうしてだか助けられているお嬢様たちを見ていると、ちょっとだけ嫉妬してしまうのだ。……これって、独占欲なのかな。
「……シルお嬢様?」
「あっ、ううん、大丈夫」
シルがぼんやりしていると、鳳琴はすぐに声を駆けてくれる。
そう、レース中でも琴は何時だってシルの事を気にかけてくれていた。
それなのに。
「それでは、シルお嬢様。――失礼致します」
「わっ」
お屋敷の見える位置に来ると、鳳琴はシルをお姫様抱っこした。
シルはぎゅうっと抱きつくと、執事の耳へと内緒の話。
「ねえ琴。――わたしはわがままだから、あなたを独り占めしたいの」
鳳琴は、甘やかに笑って。
「……お嬢様の望みは、私の望みでもあります。琴は、貴女だけの――」
豊はゴールの近くでふわふわと浮いている翼猫を見つけると、瞬きを重ねた。
「おや、カッツェ君」
今日はこの翼猫の主と豊は一緒にレースに参加する筈だったのだが、何故か此処まで合流出来ずに居たのだ。
「君のご主人はどこかな?」
執事の問いにカッツェは彼を先導するように、ぱたぱたと空を泳ぎ出し。
その先で出会ったのは、ドレス姿の女性。
「あ、……千、歳緑さん?」
執事ではなくお嬢様としてバラフィールは参加して、その上で道に迷ってしまっていたのだろう。彼女は豊の顔を見た瞬間気が抜けたように、その場にへたり込み。
「大丈夫かね、アルシク君……いいや、お嬢様」
全てを察した豊は優しく笑うと、彼女へと手を差し出した。
「うう……ありがとうございます……」
そして彼女が立ち上がった、刹那。
「!?」
豊はバラフィールをお姫様抱っこした。
「それはそうと、どうやら私は今一等賞に一番近いらしい」
そうして。
「少し急ごうか!」
悪戯げにウィンクした豊は、一番と成るべくゴールに向かって駆け出し――!
作者:絲上ゆいこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年8月8日
難度:易しい
参加:31人
結果:成功!
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