ケルベロス大運動会~ツール・ド・ケルベロス

作者:秋月きり

「今年もケルベロス大運動会の時期がやってきたわ」
 ウキウキ半分、面白半分。そんな弾んだ声を上げるのは、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)その人だ。
「こ、今年はどんな無茶振りを……」
 対してグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の表情はやや硬い。
 度重なる全世界決戦体制の発動によって、大きく疲弊した世界経済を立て直す為の策として開催されるケルベロス大運動会は、言うならば「まぁ、超人なケルベロスにどんな無茶振りしても大丈夫だろう」と称される(と、少なくともケルベロス達は思っている)ショービジネスだ。故に、引き攣った笑顔が発せられても、致し方の無い事であった。
「まぁまぁ」
 宥めるようにそれを制したリーシャは、まずはとコホリ、空咳をする。
「今年の大運動会は今までと少し異なるわ。全てのデウスエクスを制したみんなの完全勝利を祝って地球全土を舞台として開催される物なの」
 侵略者の脅威が去った地球に於いて、今後、全世界決戦体制の発動は見込まれない。
 ならば! と眼を輝かせたグリゼルダの期待は即座に裏切られる結果となった。
「デウスエクスの脅威が無くなった為、この大運動会の収益は、復興が遅れている地域の開発援助に使われる予定なの。だから」
「やっぱり、無茶振りはあるのですね」
 表情を沈ませる。
 だが、それもケルベロスの使命だ。定命化し、ケルベロスの一員として戦う。その道を選んだグリゼルダに、断る理由はなかった。
 状況を飲み込んだ彼女は、先の発言の中、気になった単語を拾い上げる。曰く――。
「地球全土、ですか?」
「ええ。みんなには万能戦艦ケルベロスブレイドで地球全土を巡り、様々な競技に挑戦して貰います」
「な、成る程。それは……」
 その概要からも、恐ろしいまでの無茶振りであった。
「今回、みんなに挑戦して貰う競技は、自転車レースよ」
 主としてロードバイクと呼ばれる競技用自転車に跨がり、スタートからゴールまでのタイムを競う。競技の概要を説明すれば、それだけのシンプルなものだった。
「ところで、レース会場は?」
 グリゼルダの台詞は、リーシャの隣に立つホワイトボードを見ながら発せられた。
 そこに広がっているのは、彼女の記憶が正しければただの日本地図だ。大雑把過ぎるなぁ、と少しだけ思う。
「ええ。この通り日本全土よ」
「……本気ですか?」
 ちなみに、日本一周は約12000kmである。
「当然、自転車レースなので翼での飛行やらライドキャリバーを始めとしたサーヴァントへの騎乗は禁止。あ、ヘリオンデバイスは起動しないので、そのつもりでいてね」
 頼れるのは己の体力と土地勘である。なお、機材にお金を掛けるのは問題ないらしい。それが世界経済を回す切っ掛けとなるのだから、むしろ推奨されている。
 逆にママチャリを始めとしたロードバイク以外の自転車でも参加は可能だ。もっともその場合、良くも悪くも目立ってしまう事が懸念されるが。
「グラビティは……戦闘行為じゃなければ使用は構わないけど、周囲に被害を与えないようにね」
 無茶な走行をして道路や建物を破壊しても、ヒールを行えば対処は出来る。唯一の脚である自転車が壊れても、これもまたヒールで対処可能だ。
 そして今回のレースに関して、特殊なルールが二つ。
 一つは必ず、運営側と自チームが設定したチェックポイントを通過すること。これは各都道府県の観光名所などが望ましい。
 もう一つは全旅程を10日で終了させる事だ。
「補給や休憩は各自で行ってね。あ、各地の特産品を食べるって楽しみもあるわね」
「それは嬉しいのですが」
 まぁいいか、とグリゼルダは嘆息する。決して特産品で舌鼓を打つことに釣られた訳ではない。
「本場のツール……旅行って意味なんだけど、これはワールドカップ、オリンピックに次ぐ世界三大スポーツイベントと言われているわ」
 その分、熱狂的なファンも多い。一般市民の注目度も期待出来る競技であった。
「ま、色々と厳しい競技だけど、みんななら何とかなるって」
 期待を始めとした諸々を背負ったケルベロス達に、リーシャは笑顔で檄を飛ばす。
「それじゃ、いってらっしゃい」


■リプレイ

●グリゼルダ嬢、斯く語りき
 ツール・ド・ケルベロス。ツールと言うのは仏語で「旅行」を意味するそうです。ですから、これは正式な単語ではなく、所謂造語です。
 さて、此度、私たちが行った自転車レースは、10日間で日本を一周する、と言う物。
「本当、無茶振りですよ」
 命の危険や派手な大立ち回りがあるわけではありません。
 ですが、それとこれとは、別の話と思うのです。

 まずは移動速度。
 12000kmを10日間で移動する。単純計算して、平均時速50kmです。また、山や川、谷もあれば市街地もあります。休憩を考えれば『最低、移動速度50kmが必要』の文言なんて、本当に、気休めで。
 よって。
「うぉぉぉっ!!」
 裂帛の気合いと共に、ペダルを回す。回す。回す。
 ケルベロス大運動会の競技は全て無茶振りですが、それでも勝負です。座して負けるなど、ヴァルキュリアの名が泣きます。そう、私たちは誇り高き妖精族。戦乙女はただの愛称であるべきではないのです。
 そして、その思いは私だけのものだけではありませんでした。
 このレースに挑んだ、13名もの勇士の皆様もまた――。

「ふふ。種々様々な自転車が軒を連ねておるのぅ」
 竹と木材のみを使用した植物性手作り自転車を駆りながら、不敵な笑みを浮かべるのは括だ。共に走る仲間を見れば、電動のクロスバイクもあり、オンオフ切り替え可のグラベルロードもあり、ママチャリあり、そして違法ギリギリの改造ロードも見受けられる。
(「僥倖僥倖」)
 それらを自作自転車が下すのも悪くは無いと、微笑する。
(「む。悪い顔」)
 彼女の後方に位置取ったリリエッタは、グラベルロードの上でピクリと眉尻を動かす。
 だが、それ以上はおくびにも出さない。それ以上の警戒は不要だと判断したからだ。
「お先に、だ!」
 その横を滑走するかの如く、走って行く人影――否、集団があった。リーズレットを先頭にしたチーム【あぶらげ】の面々だ。流石に個よりも集団の力。ぐんぐんと残りの面々を引き離していく。
「皆さん! 此処は協力して進みましょう!」
「そうだな」
 後れを取るまいと周囲に呼び掛ける公子は、しかし次の瞬間、目を見開く結果となる。
 鳥が自転車に乗っている!!
 一瞬、ビルシャナを想像してしまったが、それがまんまるもっちりボディな着ぐるみを纏ったリューデだと気付き、何とか平静を装う事が出来た。
「ええ、『やらまいか』、です」
 浜松方言での返答は理弥からだ。
 即席に結成されたチームはプロトンと化し、魚の群れの如く道路を進んでいく。行く先には、東北自動車道の案内看板が見え始めていた。

 東北は宮城、牛タン。厚い肉は食いでがあって美味だった。
「そう言えば芋煮も美味しかったですね」
 それはつい先日、味わった郷土料理のこと。
 北海道は塩ラーメン。ラベンダーアイスにウニ丼海鮮丼と、様々な美味が舌の上で踊る。
「うーん。太っちゃいそう」
「いや、姉ちゃんはもう少し肉をつけ……痛ぇ」
 補給と称し、経路の様々な郷土料理を食べ歩くグリゼルダと神白姉弟である。今日も二人の漫談は冴えていた。
 日本一周の無茶なレースと言えど、休息は大事だ。
 運営が用意してくれたテントで休息を取るも良し、体力に任せて走るも良し。姉弟はテント泊を選んだ様子だ。
「覗いちゃメッだよ?」
「彼女いるのに覗かねーっつーの」
 姦しい姉弟のやり取りを背景に、グリゼルダも自身の寝袋に潜り込む。
 青函トンネルを再度抜け、明日は再び本州上陸だ。次はどんな美味……もとい、どんな出会いが待っているだろう。
 心地よい疲労に包まれて寝入った日の、その翌朝。
「比内地鶏ときりたんぽが、仲良く喧嘩していました」
 寝起き直後のグリゼルダが零した台詞は、そんな不可思議な物だった。

●ツール・ド・ケルベロス
 ケルベロス達のレースは、中盤戦である富士山ヒルクライムへと移り変わっていく。
「遂にこの日がやってきました」
 名物のしらすと桜エビの丼を書き込みながら、アンヴァルがにっと笑う。
 5日目の今日ばかりは、此処までの自由行動とは異なり、初めてゴールが設定されていた。
「海抜0メートルから3667メートルへ。……このレースを設定した人、正気ですの?」
 まぁ、10日間もえいやで決めたっぽいから、多分、駄目になっていたのだろうと、アンジェリカは嘆息する。
 此処までの旅路は抑え気味に走っていた。故に英気は充分……と言いたい処だが、流石に四日間も走っていればそれなりに疲労はする。ケルベロスは超人だが、異次元の存在では無い。
「地元民として負ける訳にはいきません」
 遙か彼方の頂点を指さし、理弥が宣言する。
「はて? 遠江と駿河はさほど仲が良い訳ではなかった筈じゃが?」
 括が小首を傾げる物の、それ以上は触れてはいけない話題だと口を噤む。そう言う物なのだ。
 斯くして、ケルベロス達による登山――基、ヒルクライムが開始される。
 緊張の色は、車輪の音と、各選手の息遣いの中へ消えていく。

 はぁ、はぁ、はぁ。
 胸が苦しい。胸だけではない。上半身全てが、否、身体全体が痛み、悲鳴を上げている。
 肺が酸素を求め、喘いでいた。足腰は痛みを以て限界だと訴えている。
 だが、それでも止まる訳にいかない。止める訳にいかない。
「お、重いですねっ」
 富士宮口五合目を抜け、今は登山道へ。踏み固められているとは言え、ロードバイクに不向きな未整備の路面を上るべく、公子はひたすらペダルを回す。
 それでも速度は今までの平均時速を維持している辺り、彼女らの超人っぷりが窺えた。
 周囲のロードと比べ、ややマウンテンバイク寄りのクロスバイクは荒れた路面に適合している筈だ。それでも、周囲は自身に食いついてくる。少し後ろではママチャリや手作り感満載の自転車なんぞもある。
 ここまで来れば負けたくない。心の底からそう思う。
「流石、日本一の山ですわね」
 流れる汗もそのままに、アンジェリカも嘆息する。日差しは強く、登りの道と相俟ってじりじりと体力を奪っていく。正直辛い。体操服とブルマ、黒ニーソの間から覗く肌がどれ程灼かれているか。日焼け止めなど役に立たないのでは? と錯覚すらしそうだ。
「そう。だから激戦区にもなった」
 ぽつりとリューデが零す。既に植物がまばらな高地であるが、その山肌には焼け焦げた痕が見受けられる。この地にドラゴンの強襲型魔空回廊が在ったことは記憶に新しい。デウスエクス侵略の傷痕が残る痛ましい姿もまた、今の地球の真実だ。
「それでも、ボク達は勝利したんだよ」
 だから、復興出来る。だから、このような馬鹿騒ぎが出来る。
(「山頂の景色は良いんだろうなぁ」)
 富士山頂は雲の上だ。是非ともみんなで見てみたいと、そんな胡乱なことをリーズレットは想像していた。

 そして、栄えある天頂を奪った主は。
「リベンジ、完了だよ」
 道なき道を踏破し、小柄・細身ですら武器にした、と胸を張るリリエッタの表情は、天頂に輝く太陽の如く晴れ渡っていた。
「でも、ちょっと、恥ずかしいね」
 勝者の証しと、ヘリオライダーに無理矢理着せられた赤い水玉模様のジャージ姿を見下ろし、破顔する。
 さて、登りがあれば下りもある。人生と同じだ。ここからは日本一のダウンヒルがケルベロス達を待っている。
 その途中、道を逸れて林に突っ込む彼女の姿をドローンが撮影してしまう。曰く、
「赤い水玉がそのまま緑に吸い込まれていた」
 と。
 だが、その映像は、山岳王の名誉の為、お蔵入りになったとかならなかったとか、噂は定かではない。

●番犬たちは日の本を往く
 富士山から西に約170キロ。同じ静岡県内の浜松市に位置する広大な湖を、浜名湖と言った。
 面積にして約65平米。日本で10番目の広さを誇る其の湖周をチェックポイントと選んだのは、ケルベロス浜松大使を自称する男、理弥であった。
 大会趣旨から言えば、一周し、距離を稼げない等、不利益にしかならない。
 それでも、彼はそれを選んだのだ。何故なら。
「やらまいかの精神だら」
「成る程」
 方言に明るくないグリゼルダは、そう頷くしかなかった。
 ちなみにやらまいかとは、浜松市の言葉で「やってやろうじゃないか」を意味する、との事。
「湖畔周囲は整備され、日本有数のサイクリングロード! 湖の穏やかな水音を聞きながら風光明媚な道を走るのは最高! そして何より、弁天島から眺める夕陽っ!! なのです」
「成る程」
 結局の所『好きだから』なのだろう、と思う。その心意気や良し。嫌いじゃない。
 それに。
「浜名湖名産の鰻は最高だら!」
「ですね」
 ずっしりと重いうな重に舌鼓を打つ。ぱりぱりの皮とほくほくの身、絡む醤油ベースのソースは甘辛く、それら全てを受け止める白米が奏でるハーモニーと来たら!
 美味しいのは正義。
 それだけは共有出来る気がした。

 そして、美味しいを求め、北西へと走る集団もあった。【あぶらげ】の面々である。
 富士山から日本海へと。無茶な旅路であったが、致し方ないと、先頭走者の和は頷く。
 雪菜希望の魚介類、そしてチーム名を鑑みるに、新潟県を外す訳に行かなかったのだ。
「口に入れればパリッ。そして弾力があって芯までふっくら、らしいよ」
「ほうほう」
「その後福井かな。ネット検索したら老舗の油揚げ屋さんとか出てきた!」
 全国美味しい物MAPを片手に和が語れば、ゴクリと喉が鳴る音がする。
(「お腹も鳴りそうだよ」)
 これは言葉を飲み込んだうずまき談。運動を続けている為か、お腹と背中が仲良しになってしまいそうだ。
「よーし。片っ端からいこう!」
 主旨はあくまでロードレース。しかし、皆で楽しむことに異存は無いと、リーズレットは是と言う。問題無い。今回はその為にも走っているのだから。
 併走する響が、同意の鳴き声を上げた。

「補給は大事じゃ!」
 移り変わって関西。天然物の鯛焼きを猫宜しく咥えた括は、ハフハフと忙しげに熱々の餡子と皮を味わっていた。
 ちなみに天然の鯛焼きとは、一丁焼の事を指し、養殖物とは複数を一挙に作る方法を指すとの事。
(「拘りが強いなぁ」)
 グリゼルダが零しそうになった感想は、即、甘い餡子と共に飲み込む。
 美味しさとは拘りから生まれる物。それは今までの経験でよく理解している。背後で神白姉弟やアンヴィル達が頬張っているたこ焼きも、何処かしらの拘りが見えた訳だし。
「この後は山陰に向かって立久恵峡、そして壇ノ浦じゃ! それが終わればしばし、秋津洲とはおさらばじゃのぅ」
 咀嚼に口を動かしながら、ぽつりと括が零す。
 今や、本州も3分の2を走破している。九州を制し、沖縄に到達すればそこは折り返し地点。
「無事、終わると良いのですが」
 感慨よりも不安だけが鎌首を擡げている。今はまだ、思い出に浸れる時間軸ではなかった。

 そして一路は西へ南へと進んでいく。
 関門海峡を抜け、日本海沿いに九州を南へ。
 リューデの脚が止まったのは、その最中――熊本城の荘厳な外観が視界に入ったその瞬間であった。
「美しい……」
 思わずその言葉を口にしてしまう。
 ドラゴン達の攻勢によって、この城が破壊されたのは3年も前の事。その過去から現在の期間に、白亜の城は見事、復旧を果たしている。所々外面に幻想が見えるのは、ご愛敬と言った処か。
 ヒールの補助があったとは言え、これが人の営みだ。全国に残るデウスエクスの侵略痕も、こうして皆、消していくのだろう。
「だんだん、復興を果たしていくのですよね」
 公子の言葉に、強く頷く。
 此処に至るまで、数々の復興後を彼女は映し、或いは駆け巡っていた。
 そう。デウスエクスに負けなかったのはケルベロス達だけではない。日本に住む普通の人々も負けず、元の世界を戻そうとしている。
 侵略者に勝利した、とはそう言う事なのだ。
「さて、行きましょう。まだレースは終わってませんよ」
「そうだな」
 好敵手として。即席の仲間として。
 公子の言葉に、リューデは再度、頷くのだった。

 さて。九州の最南端は鹿児島であり、しかし、日本の最南端は沖縄である。
「流石に海を自転車で渡れとか言わないですよね」
 流石に浮力を生まない自転車では物理的に無理だと判断。フェリーでの渡海を選択したアンヴィルは、自転車と共に甲板へ向かう。途中購入しておいた九州各地のおやつは、海を渡る際のお供だった。
「まぁ、休憩時間代わりに、ですね」
 肌を灼く日差しと潮風の中、練乳たっぷりのしろくまを口にする。甘くて冷たい。ああ、なんて贅沢。
 船の周りを跳ねる魚たちも、まるでアンヴィルを誘うかのように――ん? 魚。
「って、えええ?!」
 魚かと思って見下ろしていたそれは、自転車を背負って海を泳ぐケルベロス達の姿だった。
 ああ、確かに船の速度が20数ノットであれば、泳いだ方が早いという判断にもなるだろう。それはそうだけど。
「トライアスロンじゃ無いんですよ……」
 トライアスロンもそんな事をしないと誰かが突っ込む訳でもなく。
「……よし、到着したら頑張ろう」
 カステラ、羊羹、きんつばに軽羹と、まだまだお供は沢山ある。お茶だって用意している。
 彼らの行軍は、見ないことにしたのだった。

 そして一行は沖縄を抜け、再び九州へ。
 大隅半島を抜け、北上すれば、そこは日向こと、宮崎市だ。
 太平洋の荒ぶっていた海も、瀬戸内に入れば不思議と穏やかに思える。
 そんな中、【あぶらげ】の面々は、国道10号を北へと北上していく。その先頭を走るのは、案内を一手に引き受けた雪菜であった。
「この時期だとカンパチ、トビウオ、梨に……日向夏かな?」
「おおっ? 処で宮崎名物のマンゴーはどうなんだ?!」
「残念。旬は6月みたいだね」
「だけど、他の物もみんなで食べれば美味しいよね」
 既に疲労はピークを超過している筈だが、それでも仲間が集えば賑やかになる。こうしてわいわいと騒ぎながら走るのも、このレースの楽しみだ。
 食事に風景に観光を楽しんだ一同の脚は、やがて県境の高台へ。
 見下ろした夕陽に染まり、野里や海は、赤と青を基調とした幻想的な光景を映し出していた。
「ね、ね、記念写真撮ろうよ」
 雪菜の提案に、一同はにっこりと同意。和は頭にりかーを、リーズレットは響を抱き寄せ、そしてうずまきはねこさんと共に。
 ぱしゃりと写したそれは、きっと、大切な宝物になる。
「あ、雪菜さん、ボク代わるよ」
「そう? じゃあ、私もロールちゃんと一緒に写っちゃおう!」
 そしてまだまだ、賑やかさは終わりそうもなかった。

●輝かしき明日へ
 そしてレースは最終日を迎える。
 九州を抜け、中国を抜け、関西を抜けた一行が集ったのは、愛知県豊田市、新東名高速道路の入り口であった。
「こんな無茶を本当に、皆さん……」
 ポタリングを見紛う程ゆっくりと自転車を進めながら、グリゼルダが嘆息する。もう、泣いてしまいそうだった。
 皆が皆、本人から自転車まで、ボロボロだった。ヒールで応急処置しようとも、蓄積されたダメージ全てを消す事が出来ないのは、もはやお馴染みの光景だった。
「ふむ。しかし、それも今日で終わりじゃ」
 もはや幻想色濃くなってしまった自転車を繰りながら、括が笑う。前輪が大きくなり過ぎて運転し辛いが、これもまた、自転車の一つの形だ。
「第一東名があるので、新東名を止めても何とかなる……のかな?」
 今のパレードランの間だけでなく、今日一日、高速道路を通行止めしたとの情報に、すかさず理弥が注釈を入れる。
「最後、頑張りましょう」
 横浜中華街のお茶で締めくくるのも良い、とはアンヴィルから。既に心奪われているようであった。
 そして、市を跨いだ箇所で談笑の時間は終わりを迎える。
 刹那、泣く子も黙る真剣勝負の火蓋が、切って落とされたのだ。
「今は条件同じ。負けないよっ! レンちゃん!」
「俺も負けず嫌いなんだ。全力で行かせて貰うぜ。うおおおおっ!」
 ぶつかりそうなほど接戦に。火花を散らしながら飛び出したのは、神白姉弟だった。ここまで仲良く、最後は華々しく。青色の残像を生み出す勢いで、似たもの姉弟は突き進んでいく。
「負けませんわ!」
 続けて飛び出したのはアンジェリカであった。背を押す財団メンバーがいる。ここで負けるつもりはない。
「あ、みなさん。駄――」
 公子の声は飛び出た者達に届く筈も無く。
「全力全霊だな。皆」
 負けるつもりは無いが、今は速度維持の段階だとリューデは首を振る。勝負処は此処では無い。まだ我慢の時間だ。

 さて、結果のお話しです。
 最後の勝利を飾ったのは、【あぶらげ】の、それも、皆様に全てを託され、発射されたうずまき様でした。
 全力でペダルを回す鳥――もとい、リューデ様と、仲間にアシストを受けつつ加速したうずまき様の一騎打ちは、末長く人々に語られる戦いとなりました。
 ゴール直後、がしゃりと自転車ごと(サーヴァントやファミリアまでもが!)絡まってしまった【あぶらげ】の皆様の、呵々と笑う姿は強く印象的で。
 それもまた、ケルベロスの皆様の強さを人々に知らしめる素敵な画になったのですが……。
 此度に於いては、ゴール直後に笑い合う【あぶらげ】の皆様はまだ、知らない話なのです。との文言で、筆を置く事にしましょう。
 楽しく無茶苦茶な10日の締め括りとして。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年8月8日
難度:易しい
参加:13人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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