ケルベロス大運動会~太平洋横断障害ケルベロス競争

作者:雨屋鳥


 波がうねる。
 叫ぶは潮騒。吹き上がる血潮のごとく、砕かれた飛沫が白く舞い上がる戦場が――否、今はまだ平和な海原でしかないが――遠く、遠くに広がっている。


 ケルベロス完全勝利。その報により祝福の声が世界中から沸いた。
 戦争から解放されたという安堵、そしてそれを確かなものだと信じたいという、わずかな不安。
 勝利を祝い、その蟠る思いを未来へと繋がるものとする為。今ここに、ケルベロス大運動会が開催されることになった。
 この収益は世界の復興に使用される。その為、世界を熱狂させるようなパフォーマンスが期待されていた。


 パプアニューギニアからペルー。大雑把に二万キロの直線が太平洋の地図上に引かれている。
「レースの理想経路は、このようになります」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)は、やや濁した物言いをした。
 資料には『チキチキ太平洋横断障害ケルベロス競争』と銘打たれたイベントの詳細が記載されている。それを読めば、ケルベロス障害物競争ではない理由も、理想経路と言った理由も予想が付くだろう。
「まず、ケルベロスの方々にはパプアニューギニア、ソロモン海岸沖から海上を走り、ペルー、サン・ロレンソ島を目指していただきます」
 海上を走り。というのは比喩ではなく『沈む前に足を踏み出して海面を蹴れば沈むことなく海面を走れるだろう』という無謀論を体現しようというあれである。
 ケルベロスなら出来るだろうと、特に提案に対しここまで疑問は上がっていない。
「体の半分が凪状態の海面下に沈めば、その時点チャレンジ終了となります。また、終了時点の歩数がボーナスとして得点に加算されます」
 歩幅が大きい程度ならば、速度や距離を落とすほどの損失はないが、浮遊や飛翔、大跳躍などでは結構な失点が見込まれる。という事だ。
 ここまでは、普通の海上走りではあるが。
「なお、並走者を妨害し脱落させたと判断された場合、歩数ボーナスが×撃破数となり倍増します」
 なんとも、物騒なルールが追加された。
 直接攻撃するもよし、目印の一切ない海上で嘘の方角を教えあらかじめ設置していた罠で沈めるもよし、制限はない。
「障害物ならぬ障害ケルベロスということです」
 だとはいえ、海上走り競争の体裁を保った上で、ではある。
 とはいえ、この戦乱を協力し勝利へと導いたケルベロス達だ。
「まさか、皆さんが一つの競技の勝敗の為に足を引っ張りあったり、なんてする事は無いだろうなと思ったりもしますがー」
 あからさまな前フリの口上がダンドから滑り出てくる。
 撮影用の小剣型艦載機群により、『公正』な審判が行われると共に、世界へ配信される。
 逆に小剣型艦載機群から観客の様子も立体映像としてみえる。
 ウケがダイレクトに伝わるある意味地獄めいた競技でもあるだろうか。
「……楽しいレースにしてくださいね」
 勝ち負けよりもエンタメを――観客だけでなく、ケルベロス自身も楽しんで、と。
 ダンドはそんな笑みを浮かべていた。


■リプレイ

「……意外といけそう、ヤバイなケルベロス」
 緋織は呆れか困惑か分からぬ声で言う。待機時間、慣らしがてら波の上を走ってみたら走れた。走れてしまった。
「良い感じですね、やはり飛ぶ必要も無いようですし」
 反面、咲は自信を初めから持って挑んでいた。
「素早さには割と自信があるんですよね、私」
「いや、うん、そうだね」
 人間の括りとして海面を走れるのは、という台詞を飲み込んで緋織は頷く。と、その視線がその手に向けてのものと思った咲が、ソレをフリフリと動かす。
「いやいや、衣装の一つですよお」
 ライフル型の水鉄砲があった。
「ああうん、やっぱ水着に水鉄砲は定番だよねえ」
 とはいえ、並ぶ緋織の手にも片手で持てる水鉄砲。お互い様である。
「それじゃあ、咲、一緒に頑張って走ろうね!」
「はい、勿論ですよ!」
 タンクに汲水しながらに咲が答える。スタートの合図が、今まさに。
 空は青く、澄んでいた。
「緋織の方が先に沈みましたね」
 二人は海上に浮かぶ。脱落である。何があったかはお察しの通りで。
「コンマ秒差なんて誤差だよね」
「厳正なる審査を求めます!」
 それでも、ケラケラと笑う声は楽しげに波に揺れていた。

 少女は水平線を眺めて思う。
「泳げないなら水の上を走ればいい……目からウロコ」
 映像が映し出される先でツッコミの嵐だろうが、幸い声までは聞こえてこない。
 リリエッタは今、ルーシィドを先頭、左右をアイリス、ジークリットが担う騎馬の上に立っていた。運動会でよくやるあれである。
 息のあった六脚の馬が海を駆け抜ける。
「むむ前方に水飛沫。避けた方が良いかも?」
 いち、に、とリリエッタの声に合わせて三人が進んでいく。だが、妨害と疲弊が徐々に彼らを苦しめていく。
「――ッ」
 唐突にアイリスの足が水面を突き破る。数時間海面を足場として蹴り続けた限界ではない、僅な弛緩が命取りだった。
 体が沈むより早くアイリスは手を離し、一人波に沈みながら叫んだ。
「行って!」
 私達は運命共同体。一人は皆の為に、皆は一人の為に。
 私達は家族。私達は姉妹なのだから。
 リリエッタの勝利は、私の勝利でもある。だから。
「行きなさい!」
 振り向かずルーシィドは進む。
 悲しみはなく、ただ嬉しさに満ちていた。ジークリットは歩幅を合わせるようにアームドフォートのハンデを着けてくれた。アイリスは「家族」と言ってくれた。
 全力で楽しんでいる。前日に騎馬の意味について考えてしまったのも過去。
 楽しいからするのだ。
「やめるなんてできませんわ!」
 だから、リリエッタを送り出すその時も、ルーシィドは笑って彼女の背を応援した。
 ルーシィドが沈み、おんぶ、もとい騎馬としてジークリットは駆ける。だが身に着けていたアームドフォートのハンデ、その疲労は計り知れない。
 先へ。妨害の余波が降り掛かろうと避ける余力は無い。最早危険を省みずジークリットは、己の限界が訪れるその時までリリエッタを抱え走った。
「リリ、後は君が、走るんだ」
 ジークリットは己の背を蹴れと言う。少しでも前へ彼女を運ぶ為。リリエッタもまたそれを迷わない。
 目指す場所は見えている。アイリス、ルーシィド。そしてジークリット。
 彼らから繋いだこのバトンを離してはいけない。
 歩数加点なら騎馬に乗る騎手は加点なしでは? そんな思考が過るが考えない。
 そして、砂浜を踏んだ。
「私……着いたよ、ルー……アイリス、ジーク……」
 思うのは海に散った仲間達。失ったものは大きい、それでも彼女は進む。
 彼女は一人ではないから。だって、彼らは心の中で生きているのだから。
 眩しい光の下。彼らがリリエッタを笑顔で迎えてくれている。そんな気がした。

「なるほど、つまり妨害アリアリのレースってこったな!」
 カルマは意気揚々と叫ぶセクと辺りのガチの雰囲気に、若干気圧されていた。
「今度は海の上を走るってか。そういうノリ好きだぜ!」
 セクは勝負事になると大マジになる。覚悟を決める必要があるらしい。
「ああ、俺も真剣だ」
 セクが笑みを浮かべ、合図が鳴った。
「ぐ、やっぱ速い」
 競争も終盤。水鉄砲の妨害を物ともしないセクにカルマがついに直接妨害へと動く。
「待ってたぜ!」
 セクが胸から栄養ドリンクを取り出す。なんて所から、中継されているのに、とカルマが叫ぶよりも早く、セクがそれを投擲。直撃を受けたカルマはのけぞり。
「は! あたしの勝……ッ」
 その時、轢殺事故すら起こすだろう速度に近づけなかった彼らが、その一瞬に動いた。
「あーくそ! 一番油断する時だよなあ!」
「ズルいけど、でもこれは勝負だろ?」
 イルカの助力を得たカルマは体勢を立て直し、足を掬われたセクは海に沈んだ。そうしてゴールしたのは、カルマだった。
「は! 勝者はもっと堂々といけ!」
 それをセクは咎めない、勝ちは勝ちだ。セクは言い切り、胸を張ってからかうカルマを胴上げする。
 カッコよかったか? カルマが問おうとした言葉は、結局聞けず仕舞のままだった。

「まずはゴールを目指そうか、進路は任せるぞ!」
「任されました。予習はしてきましたからね」
 三日月にレフィナードは自信ありげに返す。調べた方位と方位磁石、太陽の位置を元にルートを構築、着実に標なき海原を進んでいく。
 三日月が波を凍らせてレフィナードの足が沈みそうな瞬間を乗り越え、不規則な波によろけた三日月にレフィナードがフックショットで突っ張り、ついにはゴールの海岸が見え始めた時。
「ここまで来ましたね」
「ああ、そうだな」
 レフィナードは並走する三日月から離れるように跳躍し、互いの跳ねる波が円を描く。
「残念ながら勝者は1人」
「ああ勝負だ、ルナティーク殿! やっぱ白黒つけないとな!」
 三日月が指を鳴らす。爆裂、狙うはレフィナードが次に踏む水面――周囲が真っ白に染まるほどの飛沫が噴き上がる。
 轟音に震える小剣視点に映るのは、咄嗟に足元にマインドシールドを展開させ、サーフィンするように空に舞い上がるレフィナードの姿。落下の数秒、その間にも攻防激しく交わされる。そのどれもが効率度外視見栄えに特化した攻撃と防御。
 完全アドリブの演武とも言える攻防に。沿岸でケルベロスを待つ観客も歓声を上げながら、二人の戦いに釘付けになっていた。

 普通の海上走りとは?
「僕らを一体なんだと……」
 ヴィルフレッドの突いて出た疑問に、ラルバは失笑する。
「やってやれないことはないしさ」
「まあ、ね。何はともあれ、うん」
 頷いてヴィルフレッドはいっそ清々しい程に作り物な笑いを浮かべた。
「ラルバ、一緒にゴールしようね!」
「そうだな一緒に……空気違わないか?」
 清廉潔白コートされた笑顔に騙されかけるが、滲む雰囲気に警戒するラルバは共にスタートする。その言葉通り、二人は初めは協力しながらに進んでいく。
 そう、初めは。
「っと靴紐が、ラルバ先に言ってくれ!」
「おう! はぇ?」
 靴紐を結ぼうとしたら即脱落では? そう思った瞬間に、周りの風景が歪む。いや、隠れていた爆弾が爆ぜんと――。
「僕のURAGIRI力が火を噴くぜ……」
「聞こえてるぞ、ヴィルフレッドォ!」
 跳躍、翼で爆風を受けて上空に吹き飛んだラルバは、一気に肉薄せんとするが、近距離戦を警戒するヴィルフレッドは氷結の螺旋でそれを許さない。
「……んの」
 ラルバは、冷気で海面を凍らせる。螺旋を避け、動けぬヴィルフレッドに一気に接近し。
「し」
「し?」
「死なばもろともー!」
「おま、まさか……っ」
 真上に隠していた爆弾によって仲良く、氷を突き破り海にドボンするのだった。

「物騒なルールを感じますが、楽しいレースにしましょうか」
 鳳琴が宣言し、彼らは仲良く同時に出発した。はずだったのだが、一体始まりはなんだったのか。
「しっちゃかめっちゃか……!」
 璃音は叫ぶ。そこかしこで水柱が上がり、妨害という名の戦闘行為が行われていた。
「黄金の弾丸の雨、避けられるなら避けてみなさい!」
 最初は後方で大人しくしていたはずのモモが、ここに来て攻勢へと転じた。
「いや、ホント誰がこの競技考えたんでしょうね」
 なぜか、アロンの姿のないキアリが手裏剣で弾丸の雨に対抗し、更には再現したバルムンクで切りかかっていく。
 阿鼻叫喚の状況に屏は、璃音が突出しないように諌めながら目立たない位置取りをキープする。
「待っ、シルさん、まさか……っ」
 だが、璃音の声に状況は更に一変する。
「わたしの琴に手を出すとは……覚悟はいいよね?」
 鳳琴とシルの明確なタッグが発生する。攻撃の最中、自然とシルと背中合わせに互いを守る形となった鳳琴は、シルの言葉に一斉に矛先が向けられるのを感じて、先手を打つ。
「私も同じ気持ちですから……お覚悟を!」
 近づけさせまいと、踏み込んだ足から光の龍が迸る。二人を中心に渦を巻くように周囲を攻撃する龍の中、シルが準備を勧めている。
 走っていれば狙いが定められない。だが、鳳琴と背中合わせの今なら海面を走りながら、その場に留まれる。
 四属性のエネルギーが魔法陣に収束し、幾何学に弾けた。幾条もの光が駆け抜け、刹那に現象へと変わる。
「余所見してて大丈夫か?」
 ティターニアに撹乱を頼んで、ある程度の安全を確保しているパトリックが、後ろの妹夫婦を気にするように視線をやる恭平に声をかけた。
「大丈夫だ、もんd――」
「恭平ーっ!」
 言い切る前に、恭平の姿はシルの放った光の奔流の中へと消えた。パトリックの声だけを残して。
「合掌……」
 さり気なく瑠璃音が視線誘導と位置取りに恭平を盾にしていたことを知っていたツカサは、沈んだ義兄に畏敬の念を手向けとするのだった。
「いや、オレもあぶなぁ」
 傍で仲間が消し飛んだのを見ながら、剣撃に拡散砲を凌いでみせたパトリックは息を吐く。
「ったく、正々堂々と走ろうとしてるのに、妨害なんて余計な真似するんじゃ、ねぇ!」
 咄嗟に隠密気流を放棄してしまったパトリックはそのまま混戦の中へと身を投じていく。
「ふふ……」
 離れていた為か、どうにか拡散砲を避けた屏は、隣で聞こえる不穏な笑い声に息を呑んだ。恐れていた事態だ。
「そっかー、みんなそうやって蹴落としにかかるんだねー、なるほどねー」
「璃音……」
「じゃあ私も遠慮なくっ」
 恐ろしく朗らかで真っ黒な笑みで璃音が、その手に虹色の剣を形成させる。ここまで来てしまえばどうしようもない。屏ができる事、それは。
「手伝い、ましょう」
 知己、故に完全なる奇襲とは、未知にこそ。
「今日の為に編み出した技……っ、走れ!」
 璃音が剣を振るう。それは光の衝撃波となり広がり――。
「全部まとめて叩き込む! 降り注げ、銀の雨!!」
 屏が幽世と現世の結界の崩し、その先から降り注ぐ光の雨が、乱反射する。
 戦場は加速していく。より過激に、より刺激的に――。
「そういえば、ツカサと瑠璃音の姿も見えませんね」
 少し前まで、いたはずの彼らの姿がない。

 海上を駆ける二人。道なき道を二人はひた走る。
「それで、ここどこ?」
 先行きの見えない逃避行であった。
「旦那様……この方角は南極ですね」
 手を引く瑠璃音がツカサに現実を教える。90度程ずれている。
「なるほどね」
 愛の逃避行は、新婦により一路正規ルートへ。
 後に、瑠璃音がいなければ確実に数週間は遭難していたと彼は語った。

 まだ二人の行方は知れない。10-2人は砂浜で、濡れた体を乾かしていた。ゴールした……のではない。
 約1名を除いて、7名がすでに脱落していた。
「結局、ゴール出来たの。モモだけかあ」
 攻撃し、妨害し、最後は放棄し一気に抜きん出る。そして。
「ふふ、最後にゴールさえ奪えばよし! なのよね」
 ウインクと共に微笑むモモが勝ち誇る。圧倒的な歩数(撃破数)ボーナスによって、王者の冠は彼女の頭に掲げられていた。
「……皆、出し抜こうとするから」
「アロンで歩数稼ぎ」
「ちょっと……覚えてないわね」
 歩数と撃破数のボーナスを増やせば、タイムを大きく上回るスコアが出せるのでは。競技の本質を見抜いたキアリが行った方策は、しかし、彼女自身の脱落によって水の泡と消えた。だが、誰にも話していないので知らないふりをするだけだ。
「あ、帰ってきた」
 遠くにその姿を見留た恭平が言う。水平線の上に瑠璃音とツカサが見え、面々は彼らを迎え入れるために、ゆっくりと立ち上がるのだった。
 二人も交えて、感想戦と行こう。きっと楽しいと、浮きだつ心を抑えながら。

「……」
 ウィルマは心なしか、浮きだっている様な無表情で、海面で爆ぜる飛沫を見つめていた。
「では、堅実に完走されたウィルマさんに、お話を」
 とレポーターがマイクを手に話しかけてきた。
「そうですね……私、達、は生きて、生き続けて……」
 ウィルマは静かに、語り始めた。
「人々がこの先の未来を作り出してゆくところを何も生み出せなかった自分が眺めてゆかなければならないのだとは……、ああ……なんて、なんて……」
 残酷で、そして素晴らしいのか。
 これまでの戦いと絡めた感じのそれっぽい事を答えたウィルマだったが。
「ふ、ふふ……お、愚か……です、ねえ……」
 またしても立ち上がる水柱と、楽しげに裏切り合うケルベロス達。それにウィルマが浮かべる笑みと漏れる言葉で、色々台無しになっている事を、レポーターは苦笑で誤魔化すのだった。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年8月8日
難度:易しい
参加:23人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 7
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