ケルベロス大運動会~虹の向こうへ!

作者:秋月諒

●ケルベロス大運動会
「皆様、まずは本当にお疲れ様でした」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は一度深く頭を下げた。全ての感謝を込めて——そして、またこうして話をすることができることの、確かに手にした日々への感謝を込めて礼をを告げた。
「それと、どうかこれも言わせてください。お帰りなさいませ」
 微笑んで告げたレイリは、集まったケルベロス達を見た。
「皆様のところにも、既にお話が言っているかもしれませんがケルベロスの完全勝利を祝い、地球全土を舞台とする『大運動会』が開催されることになりました」
 ケルベロスブレイドを使い、地球のあちこちの会場を飛び回り様々な競技を行うのだ。
「今回は、実はこの運動会の為に現地のテレビ局スタッフの皆様の協力を得て、処女宮に大運動会の特設ステージを作って頂くことになりました」
 ステージの映像は、『空中映像投射装置』によって、周辺の空間に立体映像としてリアルタイム投影される。
「モバイルカメラもしっかり使っていくので、競技エリアの様子もお届けできますし、皆様にも観客席の様子もお届けすることができるんです」
 デウスエクスの脅威が無くなった今、大運動会の収益は復興が遅れている地域の開発援助などに使用される予定だ。
「勿論、皆様にも存分に楽しんで頂ければ」
 夏にぴったりの競技ですから、とレイリはにっこりと微笑んだ。
●蒼穹に虹をかけて
「それでは、競技について説明をしますね。ズバリ、ヨセミテの滝をサーフィンみたいに滑り降りて頂きます」
 ずばーんと、どかーんと、ばっしゃーんと。
 びゅーんって感じです、と目を輝かせながら告げた狐の娘にたっぷりと間を開けて千鷲は聞いた。
「——それ、気のせいじゃなければ垂直落下じゃないかな? レイリちゃん」
「えぇ、それはもうずっばーんと落ちますよ?」
 あ、落ちるんだ。やっぱ落下なんだな。という声はあったか無かったか。にっこりと微笑んだままレイリは話を続けた。
「勿論、ただ滑り落ちるだけじゃなくて、ひとつパフォーマンスをして頂くんです。落ちながら虹を描いてみたり、これだって言葉を叫んでみたり」
 デバイスの使用は出来ないが、様々なグラビティを併用した様々なパフォーマンスも可能だ・勿論、己ひとつで華麗な滑り降りを見せるのも良いだろう。
 観客たちの反応が良ければ、応援の花火が上がるという。
「これに関しては映像で投影、という形にはなりますが、きっと皆様の目であればよく見えるかと」
 落ちていても——ということだろう。うん。落差はそれなりあるが、ケルベロスが落下して怪我をすることは無い。
「さぁ、準備の時間ですね。皆様に幸運を」
 盛り上げて、楽しんで行きましょう、とレイリは告げた。


■リプレイ

●蒼穹に虹をかけ、未来へと
 晴れ渡った青い空、深い緑を讃える国立公園に作られた特設デッキには大運動会の文字が掲げられていた。高く鳴り響く音楽は、処女宮に設置された大運動会特設ステージでも同じなのだろう。立体映像として映し出された大自然と、雄大な滝の姿に観客達から歓声が上がる。
「さぁ、始まりました! カメラに写ってる? マイクは届いているかい? こちらは、かの有名な地、ヨセミテの滝の前です! いやぁ、勿論、前と言ったってちょっとは離れてますよ? ここは現地特設会場で……」
 アナウンサーの声が高らかに響く中、最初の選手である少女がスタートラインに立っていた。目の前に見える景色は、雄大な自然とそして空だ。渓谷を流れる水流は、まるで空にかかるようにふつり、と途切れている。あの先が、競技ポイントである滝であった。此処を滑り降りるのだ。
「ケルベロスといえば落下、落下と言えばケルベロスだからね」
 会場から響くメインアナウンサーが、真正面から告げた落下の言葉に驚く様子も無いままに最初の選手――リリエッタは、くぅっと背を伸ばす。結い上げた髪が、心地よく風に揺れる。
「んっ、ケルベロスだいじょぶだいじょぶ、リリ、頑張って落ちるよ」
 手にしたサーフボードと共にリリエッタは、滝へと続く水流に飛び込んだ。ざぁああ、と派手な水飛沫が上がり早い流れに乗るように少女は滝へと向かっていく。観客達の賑わう声と共に、水が落ちる音が近づく。ざあざあと響いていた音が、ゴォオ、と空を唸らせる音に変わるタイミングで身を低めた。
「さぁ、落下だ!」
「んっ、行くね」
 煽るように響いた言葉に、応えるようにひらりと手を上げる。水の勢いに押されるまま、体が、ふ、と浮いた。
「――」
 青い空へと飛び出したような心地に、一度だけ少女は瞬く。表情こそ然程変えぬままに、けれどキラキラと舞う水滴に、歓声に応えるように手を伸ばす。踊るように、嘗て戦場を舞い踊り癒やし、仲間を支えた力で今、花びらを呼び、光の蝶を踊らせる。滝を滑り落ち、近づいてきた水面に、タン、とリリエッタはサーフボードを蹴った。
「わぁああ!」
「飛んだぞ!」
 上がる歓声の中、少女は空中でくるくると回る。花びらと光の蝶を踊らせながら、水に飛び込めばキラキラと輝く水飛沫が上がった。
 わぁああ、と響き渡る喝采と共に、花火が上がった。色とりどり、鮮やかな色彩は観客達の盛り上がりを示す光だった。

「さて、とそろそろだね」
 ウェットスーツに身を包んだウォーレンが、くぅ、と背を伸ばした。それ、と浅く聞こえた光流の声に笑みを返す。
「露出高いとミハルが嫌がるから」
「嫌ちゅうか……困るやろ色々」
 ため息一つ、まあ良えわ、と肩を竦めた光流がアナウンサーの声を聞く。カウントダウンと共に、タン、と岩場を蹴った。
「さ、行こか」
 掌に集めたのは氷結の螺旋。滑るように解き放てば、ごぉごぉ、と落ちる滝が――その表面が凍り付く。一直線、滑り降りながら光流は後ろを見た。
「――」
 視界に映るのはきらきらと輝く水滴、そして冷気と共に色彩を踊らせるウォーレンの姿だった。
「おぉ、これは連携技か!?」
「ふふ、そう」
 遠く聞こえたアナウンサーの声に、ウォーレンは笑みを浮かべ、空に手を伸ばす。光流の氷に重ねるように七色の花を重ねていく。
(「……アメリカでは虹は6色で、その方が簡単なんだけどやっぱり七色にしたいから」)
 赤、橙、黄、緑、青、丁寧に重ねながら両の手を広げてウォーレンは告げた」
「――虹をかけるよ」
 最後の色彩――藍、紫を重ねれば、わぁああ、と歓声が上がる。凍てつく水がゆっくりと溶け、色彩に煌めきを添えれば応えるように観客達から花火が上がる。大成功だ。そう、大成功ではあるのだが――。
「やっぱり難しかったかも?」
 何がと言えば着地がやばい。備えるだけの時間が無い。流石に表情は崩せずにひら、と手を振るにこやかな姿だけを残して落ちていけば、ぐん、と横から手が伸びてきた。
「ミハル?」
「危ないとこやった。死なへんちゅうても怪我はするさかいな」
 抱きかかえたのは光流だ。一緒になって水に落ちれば、派手な水飛沫がもう一つの虹を描いた。

 派手に上がった水音と共に歓声が次の選手の耳にも届いていた。すぅ、と礼は息を吸う。手にしているのはグラディウスに似た模造剣だった。
「さぁ、次なる選手は何を見せてくれるのか!」
「では、行きます」
 丁寧に一言告げて、礼は滝へと身を躍らせた。きらきらと光る娘の髪がふわりと揺れ、滝と向かい合うように観客に背を向ける。
「多くの先輩ケルベロスの尽力により、残霊と病魔以外の全てのミッション地域が解放されました!」
 高らかに告げ、広げた光の翼。模造剣を滝へと突き立てればスモークボールの煙が一瞬、礼の姿を隠す。それは、ミッション破壊の再現だった。
「私の想いはただ一つ! 元ミッション地域の復興応援、ご協力お願いします!」
 願うように祈るように告げた礼に、観客達から花火の投影が届いた。

 次なる選手は、オレンジ色に白の水玉模様のフリル付きワンピース水着に身を包み、ひらひらとカメラの向こうに手を振っていた。
 そう、これはよく遊んだり応援してくれているご近所冒険隊の子供達のために頑張ること。
『ねぇ、虹に乗ったり出来るの?』
 子供達とシルディの夢だった。準備と相談を重ねたのは「虹に乗る」ということを再現するため。掴まったりぶら下がったりできるように、しっかりとイメージを作ってシルディは飛び込んだ。
「らいどおーん!」
 ふわり、と浮いた体。舞い踊る水滴に触れるように手を伸ばして、空を二度蹴り上げる。水飛沫が生んだ虹へとシルディは手を伸ばす。虹にぶら下がるように見えた姿に、わぁああ、と観客席にいた子供達から喝采が上がった。

「虹の向こう……ロマンの感じるな……」
「確かに虹の向こう側って浪漫を感じ――」
 派手な水音と共に、僅かに虹の色彩が見えていた。賑わう会場へと目をやった屏に、一つ頷いたところで璃音は息を飲んだ。
「ちょっと屏、何してる……屏!? 脳天から落ちるよそれ!?」
「……」
 微笑一つ残して、屏は先に水面へと――滝へと後ろ向きに倒れるようにして身を落とした。バシャン、と派手な水音は足元だけに。ざぁああと足を水面に滑らせた男は、両の腕を璃音へと広げた。
「さあ、私を捕まえて、璃音」
「ちょっと……!」
 もう、と上げる声の代わりに璃音は、滝に飛び込んだ。流れを利用するままに、八つの属性の魔力を引き寄せる。
「流星、疾駆……!」
 ひゅん、と放つ糸を絡めたのは、先を落ちる屏の腕に。攻撃として長く紡いで来た力を、今、落ちていく恋人を捕まえる為に――その手に届く為に、紡ぐ。
「屏!」
「えぇ」
 がっしりと捕まれた体。水を蹴って飛び出る彼女を屏は強く抱きしめた。ざぁああ、と流れ落ちる水から飛び出した二人の軌跡が流星のように煌めいた。空が、見える。晴れ渡った空と、美しい青の髪。
「危なかったよ屏……全く、そういうところあるんだから。だからこそ放っておけないし、私も一緒にいようと決断したんだけど」
「うん、捕まえてくれると信じています。いつでも、どこでも、ずっと一緒にいよう」
 腕の中、強く抱きしめるようにして屏は告げた。指先を絡め、愛おしい鼓動を感じるように。

 喝采と共に虹が見えていた。ヨセミテの滝、投影される観客達の花火とは違う――この地にかかった虹だ。わぁあと盛り上がる人々の声を遠く聞きながら、次の選手であるティアンは切り立った崖のようにある地を眺めていた。
「水には随分慣れ親しんできたつもりだが、板で滑るとか落ちるとかは初めてだ」
「まぁ、基本的にはあまり経験無いと思うかなぁ、というかレイリちゃんがぶっ飛んだ企画を立ててきたというか……」
 一度、確りと濡れ鼠――基濡れレプリカントになってきた千鷲は視線を上げた。
「ティアンちゃんは高い所は大丈夫?」
「あぁ。何度も滑って大丈夫なものなら、千鷲、ティアンと一緒にも滑らないか」
「僕で良ければ」
 ついでに一回目のレイリちゃんの評価は普通、で終わったんだよね、と告げる男に、ぱち、とティアンは瞬いた後に緩く首を傾げた。
『さぁ、次なる選手は何を見せてくれるのか!』
 アナウンサーのカウントダウンが響き渡る。行こう、と告げる娘の声と、水音が重なれば、たん、と迷い無く細い体が空を舞った。足元には滝、荒ぶる水へ足先が触れるより先にティアンの指先は星の輝きを描き出す。
「行こう」
 輝く柱は、縦に積み重ねるように高さを出せば水飛沫と星辰の力が重なり合う。淡く、瞬きに似た煌めきの中、娘は空に舞う。天高く飛び上がる為に、触れた水は足先だけに。ぱしゃん、と跳ねた音を残して虹を連れて――身を、落とす。
「花の世よ、在れ」
 幻影の花々とひかりを撒いて、手を、伸ばす。水飛沫やグラビティの光が、ティアンが滑り落ちる中でもきらきらとして――声が、聞こえる。喝采が、賑やかな、楽しげな声が。
「見る人がよろこんでくれて、自分達も楽しいなら」
 自らも虹を描くように落ちてきた千鷲に、ティアンは薄く唇を開く。
「流れ星、きっとこういう気分かなって」
 空を渡り行く星。あの日、夜の空では無く眺めたもの。滑り落ちながら、ふ、と笑った千鷲にティアンは顔を上げた。
「どうだった、千鷲」
「うん、楽しかった。ありがとう、ティアンちゃん」
 煌めきと共に行く姿に、喝采と花火が上がった。
 ばしゃん、とまた一つ、派手に上がった水飛沫は、チロの待つエリアにも見えていた。
「波打ち際の狂犬と呼ばれたチロさんの、華麗なるライディングテクニックを見せる時が来たようだな!」
 ふ、と髪をかき上げたチロに、中継のカメラが気がつく。さぁ、次の選手は、と呼び上げられる名前と共にチロは、ぴしっと指を向けた。
「君のハートを、キャッチアンドリリース!」
『リリースしてしまうのかー! さぁ、これは楽しみな競技になってきたぜ!』
 盛り上がるアナウンサーに手を振るようにして、チロは滝に向かって滑り出す。出したのだが――途中で、見つけたのだ。虹鱒を。
「――!」
「グルァアア!」
 しゅっぱーん、と振るったチロの腕、跳ねた虹鱒は、だが突如現れたブラックベアーに受け止められる。
「ちょ……ッ返してもらうぜ!」
『おぉおっと、こいつは競技そっちのけで奪い合いだ。だがその先は滝だぜ!』
 滝。即ち落下。落ちる。そんな危機的状況において、先に消えたのは虹鱒であった。一抜け、生命の危機からの脱出。そして残されたチロとブラックベアーだけが――落ちていく。殴り合いを続けながら、最後に一発、チロのクロスカウンターが見事に決まっていた。

「……滝って、滑る部分あったっけ?」
 それは、ある種此処に来て久方ぶりの真っ当な意見であった。次の選手、とカウントダウンの声が響く中、シルはボードを手に呟いた。
「直滑降な気がするの」
「自然落下なにするものぞ、頑丈なケルベロスとしては魅せなければですねっ」
「ま、深く考えないで行こうか。それじゃ、琴、先に行くよ」
 鳳琴の言葉に、一つ笑ってシルは先に水面へと飛び込んだ。派手に一つ上がった飛沫、サーフボードと共に水面に飛び上がったシルは、一気に滝を下り――落ちていく。ぐ、とサーフボードの前に置いた足に力を込め、上げた水飛沫は翼のように煌めく。
「琴、世界より、宇宙より、わたしは、あなたを、愛してるよっ!!!」
 その煌めきの中で、シルは目一杯叫んだ。これから先を滑る彼女に届くように、指輪の煌めく手を向けて。
「――ッ」
 バッシャーン、と派手な水飛沫と、それよりも強く届いたシルの叫びに鳳琴は一瞬だけ、足を止めた。ほんの一瞬、だ。紅く染まりかけた頬を押さえて、息を吸う。
「……なんの、頑張る」
 投げ込んだサーフボードと共に、鳳琴も滝へ向かって一気に滑っていく。切り立った崖のように、がくん、と一瞬重力を見失う。水面を滑るように体を前に倒して、ざぁああ、と滑る。そう、ケルベロスの身体能力と拳法で鍛えた技が今、生きるのだ。わぁああ、と上がる歓声に、鳳琴は派手に水飛沫を上げるように、演舞の要領で手を回す。ざぁあ、と煌めきで一つ大きな波を作れば滝壺の近くに、最愛の彼女の姿が見えた。
「シル、私も貴女を、どこまでも、いつまでも愛しているよ! ――大好き――!!」
 最後の叫びは、ボードよりも先に飛び降りるように。派手に上がった飛沫が虹を描く。先に降りてきたシルが、ぎゅっと鳳琴を抱きしめた。

 派手な水飛沫と共に、二人の競技に喝采が上がっていた。投影された花火は、大運動会特設ステージにいる観客達からだ。色とりどり、賑やかな空にティユは瞬いた。
「うわ、結構すごいね、やり甲斐ありそうだ」
 黒地に金の走る水着に身を包んだティユの横、ジェミは赤の水着に身を包んでいた。
「そうね。ほぼ崖みたいだし」
 滑り落ちると落下はどう違うのか。今まで、様々なケルベロス達があの長大な滝を滑り降りていたのを思えば――まぁ、出来はするのだろう。
「まずは、ティユさんにお先して滑るわねー」
 ひらり、と手を振ってジェミはボードと共に水に飛び込んだ。たん、と沈む事もないまま、深く構えたボードの上、切り立った崖のように見える落下のポイントで――前を、見る。
「さぁ、行くわ!」
 たん、とサーフボードを叩くようにして、ぐん、と一気に角度を変える。水面に、滝に這わせるように。無茶なコントロールだが、筋肉とバランス感覚がジェミを支えていた。ざぁああ、と弧を描くように滝を滑り、ターンを決めればキラキラと輝く虹が見える。
「ティユさん! 出会ってくれてありがとう!素敵な言葉をありがとう! だいす――」
 近づく滝壺を前に、上げた言葉。沢山言いたいことがありすぎて言い切れないままジェミは滝壺へと滑り降りてしまっていた。
「――ジェミ」
 照れたり、喜んだり。僅かに頬を染めたまま、ティユは惜しみない拍手をジェミに送った。まだ上にいるティユからも、液晶越しの観客達が盛り上がっていたのは分かっていた。投影の花火の光を見ながら、ティユはボードと共に飛び込む。ざぁあっと水面を滑れば、虹色真珠の髪が煌めき靡く。
「行こうか」
 星を束ねたように、尾を引く髪を揺らしながらティユは一気に滝へと身を落とした。どうせ落ちているようなものだ。ボードから離れないことだけを意識して、強く踏み込む。バシャン、と派手に水面を叩きながら滝の滑れば、さっきジェミの描いた虹が見えた。
「うん」
 ふわと靡いた虹色真珠の髪が、ジェミの描いた虹に触れ、煌めく体でボードを強く滑らせた。落ちる速度は上がるけれど、共に行く虹を描くように。
「ジェミ! 出会えて本当に良かった! 勇気いつもありがとう! これからも宜しく!」
 滝壺へと落ちるその前に、ティユは高らかに告げる。顔を真っ赤にした彼女に応えるように、虹を描いたその手を振った。

 わぁあ、という賑わいと観客の喝采が国立公園に響いていた。投影される花火は、観客のものだ。特設ステージのアナウンサーが、次なる選手は、と高らかに告げる中、アレクシアは白の水着の上、揺れる羽織を寄せた。
「あの時以来ね。歌い手の役割って何だろうと思っていたけれど」
 ほう、と一つ吐息を零すようにしてアレクシアは微笑んだ。
「ねえ、歌はきっと、未来を変えるのね」
「ハイ。歌の可能性を信じまショウ」
 白銀の翼のスラスターを背に、エトヴァが頷く。青のスイムスーツに、軽く髪を揺った彼にアレクシア一度頷くように瞳を伏せる。
「これから先、前途洋々かどうかは、誰にもわからないけれど、明日も知れぬ中で、抗ってきた私達が描いた道……皆で掴んだ未来だわ」
 覚悟はいいかしら? と悪戯に笑う。口元、僅かに上げるように微笑めば、ふふ、と笑うようにエトヴァが頷いた。
「高い所は克服しまシタ」
 さぁ、と告げる声はアナウンサーのものだ。本日最後の競技者、と彼らは告げる。
『さぁ、どんな演技を見せてくれるのか! おっと、この曲は……!』
「ヘリオライトだ!」
 二人のアナウンサーの声が重なる中、アレクシアは翼を羽搏かせ、滝へと飛び込む。広げる翼と、白銀の翼のスラスターで二人水面を蹴るように滝を降りていく。
「――言葉にならない想いはいつも」
「めくれた空のオレンジ色に飲み込まれて」
 緩やかに描く軌道に光を纏い、踊るように交互に歌詞を紡いでいく。
「――巻き戻すことはもうできないけど」
「創造する世界は きっと」
 両の手を伸ばすようにして、祈るように願うようにアレクシアは歌う。水面を足で蹴って、広げた翼と共に二人は向き合う。
「運命を変えるんだ」
 二つ重なり響いた声。滝を蹴って、身を回しエトヴァはアレクシアの手を取った。賑わう人々の声が聞こえる。喝采が、花火と共に届く。その熱狂と共に二人は唄い踊った。
「虹をかけるよ」
「虹をかけるよ」
 最後、その言葉は二人重なるように紡ぎ上げて天に両手を掲げる。歌声に乗せるようにヒールの力を結集させる。高く、空へと。仲間を支え、戦場を支える為にあったその力で今――虹を、描く。
「わぁあああああ」
「大きな虹だー!」
 水飛沫と共に、空に大きな虹がかかる。煌めきを沢山に集め、滑り降りた二人に喝采が届いた。
 
 盛り上がるアナウンサーが告げるカウントダウンを気にせぬまま、雄大な自然に清春は声を上げた。
「って高っけーなぁ! 下にあるもんが豆粒みてー」
「なんと雄大なのデショウ……このような自然の高みが、地球にはあったのデスネ」
 手を掲げ、軽く陽を遮るようにしたモヱの前に清春が立つ。影になったのだと、彼女が気がつくのが先か、カウントダウンが終わるのが先か。
「まだ知らないことが世界には沢山デス」
「あぁ」
 モヱの言葉に笑って、清春はすぅ、と息を吸う。行き先は分かってる、この馬鹿みたいにデカイ滝。サーフボードを手に、迷い無く清春は滝に飛び込む。ざぁあ、と先に滑った男は、軽く身を回すようにして視線をモヱへと向けた。
「ハイ」
 視線に応じるのは声ひとつ。共にボードと一緒に滝に向かえば、ひらり、とモヱのワンピースの裾が揺れた。ガムランボールのついたシルバーのアンクレットが、唄うような音色を一つ届ければ、さぁ、と清春は笑うように告げた。
「滑り降りるぜ」
 ぐ、とボードの上、足に力を入れば、その背に生まれるのはオーラの翼。羽ばたきは一度、二度目は――横を滑り降りてきたモヱの炎の翼と共に。
『おぉおお、こいつはなんてことだ! 二つの翼が生まれたぞ!』
 アナウンサー達の声を聞きながら、清春とモヱは滝を滑る。ノーズを浮かせ、上げた水飛沫が二翼に煌めきを添える。
「比翼の鳥のごとく舞いマショウ」
 微笑むように告げたモヱに、清春は頷く。二人、飛ぶ鳥のように、落ちるなどとは感じさせずに――虹を、描く。行く二人の姿に観客たちからも喝采が響き渡った。
 ばしゃん、と派手な水音と共に着水した二人を祝うように投影の花火が上がる。
「お怪我はありマセンカ?」
「ははっ、また一つ、楽しい思い出が増えたねぇ」
 タオルで優しく髪を拭いてくれる人に、ぱち、と瞬いてモヱは微笑んだ。
「他にも滝や渓谷があるようなので、ゆっくり観ていきマショウ」
「うんうん、まずは近場から二人の知らないを見にいこうか」
 ふ、と笑った二人の頭上に、花が舞う。一位おめでとう、の文字と共に二人が描きだした首を傾げれば、一位おめでとう、の文字が投影されていた。
 喝采と共に、今日の競技を振り返るようにケルベロス達の姿が映る。その全てを讃えるように、何より共に楽しんだ観客たちからの花火が駆け抜けた空を彩っていた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年8月8日
難度:易しい
参加:17人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。