2021年、人類とデウスエクスの戦いは終焉を迎えた。
世界を脅かすものはなくなり、人々は訪れた真の平和に歓喜する。しかし一方では、長きに渡る戦いに傷つき、疲弊した地域が多く残されていることも事実だ。
戦いが終わっても、彼らの成すべきことはまだ終わっていない。寧ろこれからの未来を生きるためには、成さねばならぬことの方が多いだろう。
人々の心を慰め、新しい明日へと向かう希望の光となるために、ケルベロス達は再び世界の各地へ赴く。そう――地球全土を舞台とする最後の『大運動会』が、今まさに幕を開けようとしているのだった。
●風になる
「……と、いうことらしい」
ケルベロス達の完全勝利を祝して、世界各地で大々的に行われる今年のケルベロス大運動会。その開催概要を記した資料を手渡して、ゾルバ・ザマラーディ(翠嵐・en0052)は『因みに』と付け加える。
「収益は、復興の遅れている地域の支援に充てられる」
「うん、まあ、それは分かってるし、いいんだけど」
全くまた暑い中、とレーヴィス・アイゼナッハ(蒼雪割のヘリオライダー・en0060)は肩を竦めた。とはいえこれも立派な復興事業、こほんと咳払いをして青年は尋ねる。
「それで? 会場はどこなの」
「サバンナだ」
「サバンナ」
暑い時に暑い所へ行くのが好きなわけ? とでも言いたげな視線はさらりと流して、竜人は言った。
「南アフリカのサバンナを、一日かけて走破するそうだ」
ルールは至ってシンプルだ。南アフリカ共和国北部に広がるとある国立公園を、西から東へ約60キロ駆け抜けるだけ。スタート地点からゴール地点までのルートは不問で、素直に順位を競っても良いし、足を止めて野生動物の観察をしても構わない。ただし公平を喫するため、飛行やライドキャリバーへの騎乗は原則禁止となっている。
要は、普通に楽しめば良い……ということである。
「走るって、足で?」
「スタート地点で馬を借りられる。が、走りたいなら自分で走ってもいいのではないか」
「いや、僕は参加しないけど」
「? では、お前は来ないのか」
「そうは言ってないでしょ!」
「…………」
まあ、と青年の手から再び資料を取り上げて、ゾルバは続けた。
「ゴール地点は、らいぶびゅーいんぐ……? の会場になっているらしいからな。暑さが苦手ならば、そこで過ごしてもいいのかもしれん」
ゴールの特設会場では、ライブビューイングで競技を観戦できるほか、南アフリカの定番スイーツ『ミルクタルト』を楽しむこともできる。レースに参加した者も、ゴール後は迎えの艦がやってくるまで、星空の下でゆったりと過ごすことができるはずだ。
「……こんな祭も、もう何度もないだろう」
皆が良い時間を過ごせるといいな――そう言って、男は金色の瞳をほんのわずか、柔らかく細めた。
果ての見えない地平線が、空と大地を分ける世界。命溢れるサバンナは、訪れる者達にこの星の美しさと可能性を教えてくれるはずだ。
●
雄大なるアフリカの大地に陽が上る。地平線に突き立つ疎らな木々を黒い影にして、朝ぼらけの草の海を光に染めていく。
夜明けのサバンナに降り立ったケルベロス達は、ある者は馬に乗り、またある者はその脚で地面を踏み締めて、漸う昇り行く日を見つめていた。平原に広く渡された一本の綱が、彼らのスタートラインだ。
「今日一日、よろしくな」
鞍の下から伸びる太く逞しい馬の頸を繰り返し撫でて、ティアンは言った。
「馬に乗るのははじめてだ」
「俺なんか、乗ったどころか見たコトもほぼなかったな。都市エルフなもんで」
「シティーエルフ」
馬の鼻先に持参の人参を寄せて危うく手ごと食まれそうになっているサイガに口元を和らげ、なるほど、と娘は頷く。よく訓練されているのだろう、借り受けた馬達は異邦のケルベロス達を背に乗せながらも落ち着いた様子である。
「皆さん、行けそうですか?」
栗毛の艶やかな馬の背で、カルナは旅団の仲間達を振り返る。七人の大所帯だが、乗馬の経験があるのは彼だけだ。
「なんとかいけそう。ね、イザヤ」
「お前、ごつくて強そうだなっ! よろしくな、イーサン!」
借り受けた馬達にそれぞれ好きに名前をつけて、勇名と広喜は手綱を握り締める。馬達が仇名を理解しているかは分からないが、レースには支障ないだろう。
「千梨さんはポニーですか」
「ああ、可愛いだろ」
微笑むジェミに応じて、千梨は赤みがかった毛並みの小柄な馬に手を伸ばす。小さいが足腰はしっかりと太く、一日がかりのサバンナ行にも十分耐えられそうだ。
「そろそろ時間ダ」
ちらり、背後に設置された電光表示のタイマーを顧みて、眸が言った。天気よし、体調よし、レースへのモチベーションは十二分。カウントダウンの電子音と共にタイマーの数字が一つずつ減っていき――そして、スタートを告げる音が鳴る。
「では、参りまショウ!」
銀灰の馬の横腹を踵で軽く叩いて、エトヴァは飛び出した。八月八日午前六時、サバンナレースの開幕である。
●
まだ低い朝の陽射しに長く伸びる影が一つ、猛スピードで草原を駆けていく。その姿は半人半馬の妖精、セントールのシャムロックである。
「我こそは草原の走り屋、シャムロックっす! いざ、自慢のこの脚で正々堂々勝負っすよー!」
高らかに名乗りを上げ、自らの脚で一直線に草を割くその姿はしなやかでありながら力強い。吹き渡る風と一つになって、シャムロックは茶色がかった緑の大地を駆けていく。どんどん小さくなっていくその背中を後方で見つめて、カロンは呟くように言った。
「四年前の運動会も、サバンナでやったんだよね」
あの時はケニアだったかと懐かしく思い起こせば、唇は自然と笑みを描く。いつかまたこんな景色を見られる日が来れば、とは思っていたけれど、その時はまだ、戦いが終わった後の世界のことなど考えてもみなかった。振り返れば長かったようで短い四年間で、多くのことが変わったものだと思う。
「でも、思ってたよりずっと広いね」
辛くなったら言ってね、と声を掛けてひと撫ですると、ぶるると鼻を鳴らして馬が応えた。照りつける陽射しは既に強いが、時々ヒールをかけてやれば問題はないだろう。
「一位になれなくてもいいから、サバンナの動物をいっぱい見て回りたいなあ」
それで、仲良くなれたらもっと嬉しい。くふふと口元に手を添えて笑ったその時、大きな影がカロンの頭上を横切った。
「あ。鳥!」
見上げれば派手な色の翼を広げた大きな鳥が、長い尾を引いて飛び去っていく。急ぐ旅ではないのだから、鳥の行方を追いかけてみるのもまた一興かもしれない。
「本当に走るの?」
「ああ、こんな機会は滅多にないだろうし。走破は流石に無理だけど」
馬上から心配そうに覗き込むリュシエンヌを見上げて、ウリルは笑った。見渡す平原は果てしなく、空と大地の際がどこまでも続いている。
「ルル、馬で追いかけてこられる?」
「う、うん。大丈夫だと、思うけど……」
「そうか。じゃあ、ちょっと行ってくる」
妻をよろしく、と賢げな馬の鬣を撫でたかと思うと、ウリルは力強く地を蹴った。不意打ちの愛の囁きにリュシエンヌが頬を染めている間にも、その背はみるみる小さくなっていく。
「あ、はやく、追いかけないと――わわっ」
きゃー、と悲鳴を上げる娘を乗せて、馬は走り出した。振り落とされないようしっかりとその首にしがみつき、娘は先を行く良人の後を追う。レースはまだ、始まったばかりである。
「お馬さんに乗ってサバンナを旅できるなんてステキだね」
ぽくぽくと軽快に馬の蹄を鳴らして、リリエッタは道なき道をのんびりと進んでいた。ひょろりと高い木々が点々と聳える一帯は、キリン達の餌場らしい。動物園のキリンを見たことはあるが、野生の、それもこれほど多くの個体を一度に見るのは初めてだ。
「やっぱりキリンの首はすっごく長いね。お馬さんも長いけど……キリンさんには負けてるね」
実際に高い木の葉を食べている姿を目の当たりにすると何やら無性に感動して――同時に、空腹を実感した。えへへと照れたように笑って、リリエッタはひらりと馬の背を降りる。涼しい木陰に馬をつないだら、少し早いがランチの時間だ。
「なんだかリリもお腹が減ってきたや」
持参したサンドイッチを一口かじれば、汗ばんだ体に具材の塩気が染み渡る。腹拵えを済ませたら、ゴールを目指してもうひと頑張りである。
「うーん、いい景色!」
吹く風の音色に混じり、かしゃ、と軽やかなシャッター音がする。液晶画面に切り取られた空と大地を覗き込んで、礼は満足げに頷いた。
乗馬自体初めての経験で、元より順位などは気にしていない。それよりも、果てない平野の広大な景色と、生命力に溢れん野生動物達の息遣いを間近に感じられることの方が、礼にとっては重要だった。
今までも、これからもそう――ケルベロスとしてこれまで多くの場所を訪れた礼のカメラとスケッチブックには、地球上の美しい景色が何百枚と収められている。そしてそこに、今日新たなページが加わるのだ。
「お馬さん、待たせちゃってごめんね」
もうちょっと待っててね、とカメラのピントを合わせながら、礼は言った。借り受けた馬は非常に気性がよく、のんびりと草を食んでいる。
(「この景色を、しっかり焼き付けて行かなくちゃね」)
記録に残すだけではなく、その目にも、心にも。
けれど微笑みを浮かべサバンナの風に身を任せる彼女は、この時まだ知らなかった。
ゴール地点でレースを見守る彼女の『お姉さん』が、ささやかな悪行(?)を企てていることに……。
●
「レースガチ勢の走りっぷりは凄いわねぇ」
たっぷりの氷で冷やしたアイスティーを吸い上げて、ブランシュは言った。ここはゴール地点――レースに挑むケルベロス達の現在地から遠く離れたこの場所は、中継を見守る地元の人々は勿論、多くのケルベロス達でも賑わっている。山と積まれたミルクタルトに何気なく手を伸ばして、ブランシュははっと息を詰めた。
「なかなかのお味じゃない……うん?」
白いカスタードクリームにシナモンを振ったミルクタルトは、ヨーロッパにルーツがあるらしい。手持ちの端末で調べてみて、やば、と娘は呟いた。歴史に造詣が深い(婉曲な表現)礼がゴール地点でこの菓子を目にしたら、またいつもの蘊蓄が始まってしまう。
「こうしちゃいられないわ、あの子が帰って来る前に食べ尽くさなくちゃ!」
勢いよく席を立つと、ブランシュは周囲の人々にミルクタルトを勧めていく。尤も次から次へ焼き上がるそれを、食べ尽くすには到底及ばないのだけれど。
●
青空に張り出す岩場は、山羊達の住処だ。ほんの小さな足掛かりを頼りに山羊達がそこを登っていくように、二つの影が軽快に岩肌を駆け上がっていく。
「ケルベロスとしての最後の大運動会だ、全力で走ろう!」
「ええ、やるからには、トップを目指しますとも!」
軽やかに言葉を交わして、ムギと紺は岩場の天辺を目指す。馬では遠回りせざるを得ない険しい岩場も、ケルベロスの身体能力ならば身一つで超えていける。それゆえ二人は、馬ではなく自らの脚で、突き進むことを選んだのだ。
「行くぞ、紺」
「ええ、ムギさん」
視線を合わせて頷き合えば、それ以上の言葉は要らない。流れるように紺の膝裏へ手を入れて抱き上げると、ムギは岩山を蹴りつけた。岩場の反対側へ飛び降りて、地図と磁石で大体の方角を確かめたら、後はひたすら走るのみだ。
時刻は正午。降り注ぐ陽射しがいっそう熱を帯びる頃である。平原の只中に足を止め、ウリルはふう、と息をついた。流れるような汗を拭って走るには、流石に厳しい陽気だ。
「う、うりるさぁーん!」
「ん」
忙しない馬の足音に気づいて振り返ると、一頭の馬と、その背にしがみついたリュシエンヌが追いかけてくる。どうにか振り落とされることなく愛する男の元へ辿り着いた娘は、あたふたとウリルの隣に馬を寄せると、携帯用のミストシャワーを吹きかける。
「ありがとう、ルル」
ウリルの笑顔が霧の中で虹色を帯び、リュシエンヌはぽ、と頬を染めた。その瞬間――馬が嘶いた。あっという間にバランスを崩し、馬上から転げ落ちそうになった彼女を寸での所で抱き留めて、ウリルは胸を撫で下ろす。
「危なかったな……しがみついていたから疲れた?」
「う、うん。ごめんなさい……」
つい見惚れちゃって、と続けた言葉は、どうやら男の耳にも届いたようで。そっちか、と目を逸らしながら頬を掻き、ウリルは自らも馬に跨った。
「ここからは、二人でのんびりゴールを目指そう」
「……うん!」
そうだねと笑って、リュシエンヌは良人の腕に身を任せた。ぎらつく昼の太陽も、燃えるような夕焼けも、零れるような星空も、二人で見ればそれぞれが忘れられない記憶になるのだろうから。
「お空飛ぶのも楽しいけど、お馬さんと一緒も楽しいな! な、吾連」
「うん、風を感じられていいね」
吹き付ける空気は思いの外に心地よく、燃える太陽に熱せられた肌を冷ましてくれる。少しスピードを落とした吾連と並んで馬を駆り、千はきらきらと瞳を輝かせた。
「吾連はどんな動物見たい?」
「俺はトムソンガゼルに会いたいな。アフリカならではって感じ、しない?」
「いいな! 角が格好いい――あ」
噂をすればと前方を指差して、千は朗らかな声を上げた。行く手に広がるブッシュを点々と跳ねて行くのは、黒い角と縞模様が特徴的なトムソンガゼルだ。
「おお、ガゼルさんいっぱい! すごいすご……」
「……あれ?」
ガゼルの群れの動きを見て、吾連ははたと眉を寄せる。やけに一直線に、それもかなりのスピードで跳ねていくガゼル達は、走っているというよりも――。
「……逃げてる?」
まさかと振り返ってみれば、そのまさかである。ガゼルの群れの後方から猛然と迫るのは、数頭のライオン達だ。
「うわ、ライオンだ!?」
思わず叫んだ声は、猛獣の耳にも届いてしまったらしい。足の速いガゼルを諦めたのか、二人に気づいたライオン達はそのまま此方へ向かってくる。
「ちょっと待つのだー! 千達はごはんじゃないのだ、仲良くしよ!」
動揺する馬の背から飛び降りて、千はライオン達の前で両腕を広げた。この後、彼らと心通わせた二人は、彼らの案内でゾウの親子に出会うのだが――それはまた、別の機会に語られることもあるだろう。
「おーい……そろそろ行くぞー」
暑さに少し気の抜けた声で、サイガが言った。くいくいと引っ張る手綱の先で、完全に足を止めた馬は安閑と草を食み、全く動こうとする気配がない。
「こうしてみると、あいつらうらやまだなー。あの、下半身が馬の……」
「セントールか?」
一面の草原を興味津々に見回しながら、ティアンが尋ねる。そうそれ、と返して、サイガは続けた。
「自分の意思で行きてぇ方行けるし? ……だめだこりゃ」
諦めて急かすのを止めると、馬はまたのろのろとティアンの馬についていく。進めばいいやと気楽に構えていると、ティアンの右手がすっと伸び、明後日の方角を示した。
「あれなに」
「アレぇ?」
どうせサボテンか何かだろうとその指の示す先に目を移し、サイガははっと瞳を瞬かせる。土埃を巻き上げて猛スピードで走る、ずんぐりした胴に長い首、尖った嘴のシルエットは――ダチョウだ。
「おい、見ろよお前! 草食ってる場合か――って、うおああ!?」
ぺちぺちと馬の背中を叩いていたら、途端にサイガの馬が走り出した。ぎょっとして振り向いたティアンの馬もまた、釣られるように走り出す。
「え、わっ、わ」
ゴールできればそれでいいとは確かに言ったけれども、果たして無事に目的地へ辿り着けるのか。二人の珍道中はまだまだ続くのである。
「ふう……」
平たい岩の上で、一匹のヨロイトカゲが日光を浴びていた。気持ちよさそうに目を細めるその姿を離れた岩陰からぼんやりと見つめ、ピジョンはすっかりぬるくなった水を口に含む。その傍らでは、彼の足を勤める馬とテレビウムのマギーが涼しい日陰で身体を休めていた。見上げる空は青く澄み渡り、その平穏を脅かす者はもういない。
「色々な敵と戦ったな……」
これからの未来に、何が待ち受けているのかは誰にも分からないけれど。どう思う、と水を向けると、テレビウムがよく分からないと言うように首を傾げた。
しかし――それでこそ、人生は楽しい。そろそろ行くかと立ち上がった男のその後ろを、馬に似た影が一つ、颯爽と駆け抜けていく。
「うろうろしてたらすっかり遅れてしまったっす」
土煙を上げて走りながら、シャムロックは眉間に手を当てた。格好つけて名乗りを上げたのに、初めて見る景色についフラフラしてしまった――お蔭でアフリカの風景も動物達も、土産代わりの写真は、沢山撮れたけれども。
「さぁて、ここからは本気出して走るとしますかね!」
勝手気ままに一人で走るのも、決して嫌いではなかったが。奇縁あってケルベロスとなり、誰かの希望や未来を背負って走ることの誇らしさを、今の彼は知っている。だから故郷に居た頃の自分よりももっと速く、もっと遠くまで走れそうな、そんな気がした。
●
「本当にもう、みけ次郎ったら気まぐれで、一時はどうなるかと思いました」
ほう、と疲れとも安堵とも取れる息を吐いて、ジェミが言った。
途中、足の止まりそうな場面も何度かあったものの――それは例えば、ジェミの三毛馬が突然草を食べだして動かなくなってしまったことだとか、エトヴァの駆る銀灰の馬と共にシマウマの群れに混ざりに行ってしまったことだとか――今、遮るもののない広大な平野に七頭の馬が蹄の音をどうどうと響かせ走る光景は、正に圧巻である。途中分かれては追いつき、追い越され、再び一つに交わって進むうちに傾き始めた陽射しは、今やその下端を地平線に届けようとしていた。
「眸さんと広喜さんの方向へ走ればいいから、迷わなくて助かりましたよ」
「へへ、どういたしまして! あっ、あそこ! キリンがいるぜー!」
礼を述べるカルナに満面の笑みを向け、けれど目まぐるしく視線を移ろわせて、広喜は歓声を上げる。列を成すキリンの特徴的なシルエットは、赤らんだ空を背にして一枚の絵のようによく映えた。
「着いたらミルクタルトが食べられルのだっタな」
「みるくたると……? あまいものか?」
眸の呟きにぱっと瞳を輝かせ、勇名は走る馬から身を乗り出す。危ないですよと笑って、カルナが応じた。
「では……ラストスパートと行きましょうか」
「ああ、もう一踏ん張りだな」
力強く頷いて、千梨はポニーの手綱を握り締める。小さな体でここまで彼を連れてきてくれた相棒は、可愛いだけの馬ではない。夕暮れの風は昼間のそれよりも少しばかり涼やかで、エトヴァは心地よさげに目を細めた。
「このまま風と共に、どこまでも駆けてゆける気がしマス」
空と大地を一直線に分ける、地平線に向かってどこまでも。足並みを揃えて走る七騎の影は、彼らが共に過ごした数年を象徴するかのようだ。
「この時間の夕陽は、格別に綺麗なんだよね」
ぽつりと口にして、ツカサは燃える斜陽に目を向けた。
「でも――今日のは。前に見た時よりもっと、綺麗だ」
抱き寄せた腕の中では、瑠璃音が肩に掛けられた上着を引き寄せ、じっとこちらを見上げている。レース序盤は緊張気味だった彼女も今は気分が解れたようで、結んだ唇は柔らかな笑みを浮かべていた。
「これからも、こういうところに一杯連れていってくださいね」
「ああ、これからは二人で」
囁く声は甘く、見つめる視線は熱を帯びる。二人を照らす紅い太陽の縁はやがて地平に沈み――サバンナに青い夜が来る。
ライブビューイング会場は、聴衆の歓声と電飾の華やかな明りに包まれていた。続々とゴールする先駆者たちに続いて、ムギと紺もまたゴールラインを踏み越える。順位はそこそこ、それでも二人で走り切った達成感は一入だ。
頭上に瞬く星々の光は東京のそれとは比べるべくもなく、紺は感嘆の声を洩らした。
「日本で見る空と違って、広く感じますね」
「ああ、本当に」
この景色を二人で見られた。そしてきっともっと素晴らしい景色を、これからも見つめていく。この広い宇宙に浮かぶ、宝石のような青い星のどこかで――愛しい世界と、人々と共に。
作者:月夜野サクラ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年8月8日
難度:易しい
参加:23人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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